珍しく大きなトラブルもない、平和な一日だった  今日のイベントといえば学食で催される七夕フェス、多くの生徒の関心はそちらへ向いているのだろう  琴田さんと荒川先生が普段よりやや露出多めの衣装で何かするというのもあって皆気も漫ろというところか  おかげで学園内カーストバトルに興じる生徒の姿もあまり見かけなかった  そういえば極夜荘の方でも寮生主催の七夕祭りをやるそうだが  正直そちらは寮長こと森ちゃんの領分なのでどうぞご自由に、というやつだ  今は放課後  とはいえ廊下は静かだった  普段はバトルの喧騒や、遠くから僅かに聞こえる運動系部活動のやりとりがこの時間のBGMだったが  それも今日はあまり耳に入ってこない  ただ、そうは言っても風紀委員会のやることは平時とそう変わらなかった  写と綺羅璃は学園長との定期面談、定期報告、事前相談という名の根回し、その他諸々で委員会室を空けている  保とオメガも学園内パトロールその他の用で今はいない筈だ  彼、七森七瀬は特にこれといった用があるわけでもなかったが  いつも通り、委員会室へ顔を出してパトロールという名の散歩へ出るつもりだった  先客がいた  委員会室の前に、懐かしい顔があった 「おっ、誰かと思えば」  裏芋毛学園の生徒会長殿、蔵書宮悦蘭その人だ 「えらい久しぶりだな。仕事が立て込んでたのか?」 「ああ、まあそんなところだ」  裏芋八皇衆と芋学の抗争後の事後処理に当たっていた頃、一時期は連日連夜、写相手に相談という名の恨み辛みを零しながら  過酷な現実から逃げるように「委員長代行」または「複写うさぎ」の名で可愛がられている風紀委員会のうさぎさんを愛でに来ていたが  最近は度を超えた多忙を極めていたのか、こちらにも姿を見せていなかった  それにしては以前より血色が良い気がする 「お陰様でここ数日は休息を取れている」  こちらが聞く前に蔵書宮会長はそう応えた。心でも読んでいるのか 「そりゃ良かったじゃないの。今日は写に用か?」 「いや、違う。彼に用が無い訳ではないが、まず君にだ」 「ああ俺ね、……はい? 俺? いや、なんで?」 「年長にもなると他人から祝われる機会というのは減る一方だからな」  いつの間にか会長は箱を抱えている  ちょっとしたサイズがあるやつだ 「今日は君の誕生日だろう、七森七瀬。おめでとう」 「……どうも」  言われて気付いた、というわけでもなかった  誰かに祝われるかも、という下心があるわけでもなかった  今日は自分の誕生日。ただ、それ以上でもそれ以下でもなく  つつがなく、退屈な、それでいて平和な日常の一部として、なんとなく通り過ぎていく  今年はそんな気がした。特に拘るわけでもなく、それで受け流していく。そのつもりだった 「私も何を用意すればいいか迷ってしまってな  八皇衆有志にも声を掛け、君の喜びそうなもの、役立ちそうなものを選定した  ……断っておくが妙なモノは入っていないぞ? 念のため私が事前に検めておいたからな  適当に使ってもらえればそれで良い」 「ん、いや。ありがとう  ……まさか裏芋の皆さんに祝ってもらえるだなんて、露ほども予想してなくてね」 「さて。こそばゆいやり取りはここまでだな  今日はこんな物を用意してきた  ……うさちゃぁぁぁぁぁぁんんん、今行くぞぉぉぉぉぉぉぉおおお!」  出し抜けに蔵書宮会長は玩具を取り出すと、そのまま委員会室の中へと突入していった  手にしていたのはうさぎさん向けのオモチャだろう 「うさちゃぁぁぁん、お姉さんだぞぉぉぉぉぉ!  ……おお、覚えていてくれたのか、愛いやつめぇぇぇ  ほーれほれほれ、こういうのが好きなんだろ! うりうりうり❤️」  委員会室の扉が閉まった後、早速室内からうさぎとじゃれ合っている会長の声が響いてきた  思わず苦笑してしまう  そんなとき、ポケットの中身が震えた  慌ててプレゼント箱を小脇に抱え直し、引っ張り出したスマホを確認する 「あん?」  珍しいことに、またも裏芋関係者からだった  【尾満仔卯】 からの着信だ。しかもビデオ通話ときた  裏芋関係者との面合わせ以降、特に絡みがある相手ではない  しかし拒否する理由もない。とりあえず出た 『ふぇっ、んあっ❤️ あっ❤️ 七もり、せんぱっっ❤️❤️ です、か? あゔっ❤️』  出たことを後悔した  画面一杯に映り込んだ相手は確かに尾満仔卯その人だ  彼女の顔面は夥しい量の涙と鼻水、そして唾液に塗れている  要するに彼女は行為中だった 『おたんじょ、び、おめっと、ございひゃ❤️ お゙うっ❤️ あのっっっ、あの、ねっっ❤️  「覚醒教導」 って、ストレスの、軽減にもっっっっ❤️❤️❤️❤️ う、うってつけで、おぐっ❤️❤️』 「あ、あー……」 『もし、良ければっ❤️ あのっ❤️ 七森先輩も゙っ、複写先輩とっ❤️ 一緒に、裏芋へっっ❤️❤️❤️  あっ❤️ あっ❤️ あっ❤️ 待って❤️❤️❤️ いま、だめっっっ❤️❤️❤️ だめ、てば❤️❤️❤️❤️ 小刻みっ❤️ トントンっっ❤️❤️ やだっ❤️❤️  おっ お゙ゔっ❤️❤️ せんぱっ❤️❤️ ごめん、なさ、っっっっ❤️❤️❤️❤️ やっ❤️ あっ❤️ お゙っ❤️ お゙ま゙っ❤️❤️❤️ っっっ❤️❤️❤️❤️ っっっ❤️❤️❤️❤️❤️』 「あのー、ありがとなー! お気持ちだけ受け取っとくわー!」  若干上ずった声で手短にそれだけ答えて通話を切り上げた  溜息と共に急いでスマホを定位置に戻す  ……いきなり裏芋のノリで来られると、非常に心臓に悪い  そして今の出来事については蔵書宮会長に一言伝えておくべきじゃないか、と一瞬迷う。が、止めにした  久しぶりにうさちゃんに会いにはるばるやって来た会長殿が、せっかくうさちゃんと戯れているときに、こんな話を持ち出すべきではない  何も見なかったことにしよう  そして今度こそ委員会室に入ろうと扉に手を掛け 「エセ関西じーん! 元気かーこのー!」 「誰がエセ関西人やねん!? ええ!? お前コラほんまいい加減にせえよホンマ!!」  背後からあまりにも元気すぎる女子の声が追い縋ってきた  見ずとも分かる。相手は因縁深き生徒会執行部の会計ちゃん、兵塁屋きくりである 「元気やねー、今日はアンタん誕生日やろ? 上等なヤツ持ってきたでー」 「お前っ、……それ、シャンメリーか? めっちゃお高いヤツやんそれ」 「せやでー、氷華が用意してくれたんよー! みんなで飲も飲もー! ほらー!」 「あっいやお前押すなってオイ!!!」  いつの頃からか兵塁屋とのやり取りと言うべきか、ノリとツッコミに巻き込まれたと言うべきか、自分まで関西弁のようなものを話すようになり  いつの間にか下級生からも「関西弁の人」として理解されるようになってしまったのは、ほぼコイツの所為かもしれないが  まあいい、そんなのは些細なことだ  この後は結局、賑やかな日常が戻ってきてしまった  ただ、それでも  写と綺羅璃が誕生日を祝ってくれるケーキを持ち込み  生徒会や喧嘩部の面子も合流してちょっとしたバースデーパーティーのような状況になった以外は  大きなトラブルもない、平和な日だった  裏芋からのプレゼント箱を開封して、どこからどう見ても卑猥な淫具(※)がまろび出て  (※…呆れた蔵書宮会長によると、大方引ノ手バシェルが姑息な手を尽くして梱包直前で滑り込ませたのだろう、とのことだった)  兵塁屋が爆笑して、綺羅璃が激しく発光した以外は  本当に、平和な一日だった  【了】