「それでは唐門と錦香宮の皆さん。江湖一のおしどり夫婦に円満の秘訣を講演していただくっす」 「どうしてこんなことに……」 「趙夫人です。よろしくお願いします!」 頭を押さえる夫の隣で、あなたは頬を上気させる。 あなたが趙夫人となってからいくつかの冬を越え、唐門と錦香宮には新しい問題が発生した。 夫婦喧嘩の大量発生である。 ◆◆◆ 厳密に言うと、先の西武林包囲戦にて外堡へ匿われた、錦香宮の宮人がいくらか唐門の門人と恋仲に落ち、そのまま結納してしまったのだ。 はじめは喜んでいた両派であったが、すぐに問題が露呈する。 「いわゆる吊り橋効果っすね」 先日あなた達を訪ねた、唐門の四師兄は冷たく吐き捨てた。 彼にとって伴侶とは金銭の付属品であり、色恋沙汰に現を抜かす門人達の心情が理解し難いのである。 「闘いの熱を恋の熱と勘違いして、そのまま夫婦になった輩が大勢っす。平穏無風になれば冷めるのが必然っすよ」 他人の色恋に口を出すのは野暮というものだが、それで離縁されては被害を受けるのは唐門と錦香宮である。 何も確執が無いのに惚れた腫れたで疎遠になっては堪らない。 掌門代理と溫夫人(偽物)が頭を悩ませる中、そこに唐惟元が商機を見出した。 「江湖一不可思議な夫婦である君たちが講演すれば、門人達も上手い付き合い方を模索できるっすよ」 「不可思議じゃねえよ……真心による必然だっての…」 「え? 師弟、金で買ったんすか?」 「……」 「……」 殴りあう唐門陰険コンビを尻目に、あなたは思案する。 錦香宮の面々はあなたにとって実の姉妹にも等しい存在。 溫夫人(本物)の忘れ形見でもあり、それが不利益を被ることは避けなければならない。 役に立てるならば講演でもなんでもしたい。というのが正直な思いだ。 あなたは単純なので、そもそも唐門と縁を結ぶことが不利益であるという考えには至らなかった。 「ゼェ……ハァ……それで、師弟と龍俠には是非講演していただきたいっす……グムゥ……」 「ハァ……ハァ……四師兄……、それで快諾する奴がいるかよ……グフッ……」 「あたし、やりたい」 「嘘だろ湘姉」 「マジすか」 「おい唐四」 その答えに、小さな目を丸くする人型の肉まんと妖怪型の妖怪。 一人と一匹に向かって、あなたは顔を真っ赤にして頷いた。 錦香宮と唐門への恩返しがしたい。 それ以上に、江湖一の夫を見せびらかしたかったのである。 ◆◆◆ あなた達夫婦は唐門と錦香宮の面々を前に、十体の木彫り人形を背にして立っていた。 講演の始まりである。 夫はしきりに背後の不気味な人型を気にしていた。 「ちょっと待ってくれ、この人形はなんだ」 「葉俠に彫ってもらった趙活君人形っす」 「なんでそんなものを……」 「そりゃ、趙夫人が君を切りたくなったときに、代わりに切ってもらう為っす」 「……」 「今回ばかりは君が切られたら大惨事っすからね。リコールの嵐っす」 「……」夫は顔を抑えている。 「代金は君たちへの報酬から天引きしといたっすから、気にしなくて良いっすよ」 頭を抱える夫の横で、あなたは聴講者に向かって話し始めた。 演説は英雄の資質である。妻の資質は無くとも、あなたには英雄の資質があるのだ。 挨拶もそこそこに、講習が始まった。 ◆◆◆ 「夫婦円満の秘訣はまず第一に、『隠し事をしない』です。活弟……趙郎とあたしの間には隠し事はありません」 「嘘つけ」 そして出鼻を挫かれた。 あなたが睨みつけると、夫も睨み返してくる。 「作ってた鶏煮込みを、俺が居ない間につまみ食いしてたのは誰だ?」 「う……」 事実であった。 あなたは夫との新婚生活の果てに毒への耐性を獲得した。 即ち唐門料理への耐性を獲得したのである。 帰省している間、あなたは小腹が空いたら唐門の調理場へ行くことにしていた。 まさかバレていたとは。 「あれだけバカスカ食ってバレないと思ったのか? 俺が減った嵩をどうやって補填したと――――」 スパン!! 趙活君人形が一体、真っ二つに割れた。 「……」 「……」 「……そこまで知ってるんなら隠し事じゃないよね?」 「ハイ」 それを見ていた錦香宮の宮人達は一斉にメモをした。 『夫婦円満の秘訣は、妻が夫より強いこと也』 趙活君人形、残り九体。 ◆◆◆ 「夫婦なら、お互いの長所を三つ挙げて欲しいってことよ!!」 との意見があったため、あなたは夫の長所を三つ挙げることにした。 三つじゃ足りなかったので、さらにいくつか追加する。 次第に質問者の表情が引き気味になり、天を突いていた手はいつの間にか下げられていた。 それでも褒める口を閉じないあなたを、夫自身が止めに来る。 「湘姉、寝てるときの鼻提灯の形とか長所でもなんでもない!!」 「どうして? とても綺麗な球形だったけど」 その言葉に、趙活は羞恥のあまり真っ赤にした顔を手で覆った。 端で物見遊山を決め込んでいた唐布衣も 「流石は錦香宮媚媚殺人魔……ハハ」 と、やや引き攣った笑顔を浮かべている。 このままではあなたを止められないことを認識した趙活は、強引に手番を奪い取った。 「し、湘姉は!! 美しいだけでなく、心も優しく、多才多芸で、読み書きは言うに及ばず、音律にも通じている」 「……」 「性格は朗らかで、颯爽としており、義を見て勇を振るい、人助けに熱心だ」 「……」 スパン!! 「……武功はさらに高い」 趙活君人形、残り八体。 ◆◆◆ チリンチリン。 「師兄、湘さんとはどっちが告白したの」 漬物石のような一石が投じられた。 顔を真っ赤にしたあなたは、茹蛸のようになった夫と顔を見合わせる。 彼はあなたから目を逸らしつつ口を開いた。 「そりゃ、もちろん湘姉だ」 「えっ!?」 大嘘を吐かれたあなたは目を見開いて反論する。 「いやいや、君が告白してきたんじゃん!! 西武林盟を作ろうってなった夜に!!」 ((あ、あの時の夜なんだ……)) 「いや、あれは悔いを残したくなかっただけで……裏山で土を香に見立て、天地に拝もうと言ったのは君じゃないか!!」 ((裏山で結納したんか)) 「それはっ、活弟が……!!」 チリンチリン。 「じゃあ、質問を変える――――どちらが先に好きになったの?」 「「えっ!?」」 再び漬物石が投げられた。ここには石公遠がいるのだろうか。 あなた達夫婦は仲良くパニック状態である。 やがて隣から、か細い声が聞こえてきた。 「それは……俺だな」 チリンチリン。 「出会ったその日から、妻の事はずっと気にかかっていたんだ」 「それは何故ですか!!」と、唐門の若き門人が尋ねる。 「美貌が輝き、剣戟は鋭く、偽公子にも慈悲深く自害をみとめ、そして何よりも俺を弟と呼んでくれた。唐門の外弟子に過ぎなかった俺をだぞ? どうして嫌いになれるって言うんだ」 「つまりお兄ちゃんが女だったらワンチャンスあったってことよ!!」 「雲裳!!」 にわかに騒めく聴衆を尻目に、あなたは夫の言葉を聞き、ふと思った。 ――――じゃあ、あたしの方が早いんじゃ そんなことは無い筈だ。あなたは確かに彼の飛俠、唐布衣に憧れを抱いていた時期がある。 それを鑑みれば、夫があなたに恋をする方が、あなたが夫を愛するよりも早い。 本当に? 夫から告白を受けたあの夜、あなたは三思し、過去と未来を振り返った筈だ。 自分に愛の言葉を囁く、外面ばかりを着飾った武俠達を淡々と切り捨てて来たあなたは、その日初めて告白に心動かされた。 それは趙活という少年から受けたものだからである。 つまり、あなたが彼を愛したのは、あの日以前だということだ。 では、いつなのだろう。 彼への想いが揺らいだ日は一度として無く。 ならばあなたが彼を愛したのは、いつからなのだろう。 それは初めから、と言うことにはならないか? あなたの頭にある、一番古い思い出を掘り起こす。 そこに居るのは、あなたを石灰粉から庇う少年の後ろ姿である。 それまでは彼を気にも留めていなかった。 彼の武力は大したものでは無いと、視界の端からでさえあなたは分かっていた。 偽公子との闘いで傷ついていたのは分かっていたが、あなたにとっては守るべき大多数の一人でしかなかった。 しかし、結末はどうだろう。 百折不撓の少年は尚も走り出し、あなたを追い越した。 その時、あなたが感じた衝撃は、あなたが自覚していた以上のものだった。 自らの淺慮を心から恥じる。 そして、あなたはあの偽公子に感謝した。 あの男が見苦しい淺い悪あがきをしなければ、淺慮な自分は、彼とすれ違ったままであっただろうから。 とどのつまり。恋も愛も『好き』になるのなら。 あなたは一目で、未来の夫を愛してしまったのである。 そして、夫の言では、その時はまだ、夫はあなたに恋をしていない。 つまり、あの行動は下心ではなく義侠心から出たものであり―――― スパン!! 「えっ!?」と、夫が驚愕の表情を浮かべてあなたへ振り返る。 「ひっ……一振りで趙活君人形をまとめて二体カチ割ったっす……」と、唐惟元がドン引きし。 「うわあ……ハハハ」と、唐布衣もドン引きし。 「後進の武が育っていることを喜ぶべきか……ううむ」と、唐陞もドン引きしていた。 恐らくは掌門のベッドの下に住んでいる唐錚もドン引きしている。 一方、あなたは不気味なことに、菩薩のような微笑みを浮かべていた。 「……ふふふ」 趙活君人形、残り六体。 ◆◆◆ もはや何があなたの逆鱗に触れるか分からず、借りて来た猫のように大人しくなった夫を尻目に、あなたは講演を続ける。 『夫婦円満の秘訣は夫を恐怖で支配する』以上の教訓は無いと思うのだが、後はどんな恥を晒すのであろうか。 「夫が他の女性と親しくしていたら?」と、怖いもの知らずの誰かが言った。 もはや趙活が真っ二つになることを期待する、見世物小屋の観客と変わりない。 「あたしは阿活を信じてるし、弟にも交友関係がある。あたしは束縛なんてしない」 あなたは手元の湯飲みを握りつぶしながら言った。 悋気な女は郁竹にも勝る。 では郁竹が嫉妬したら何が産まれるんだ。 趙活は青ざめた顔で辺りを睨みつけた。 「この話題を続けたい者は?」 皆が首を横に振った。 趙活君人形、残り六体。 ◆◆◆ 「夫婦喧嘩はどうすればよいか」と、誰かが聞いた。 「気が済むまでやれば良い」と、あなたは答えた。 「三十合、死ぬ気で頑張れ」と、夫も頷いた。 「では、前回の喧嘩はどちらが勝ちましたか」 「もちろんあたし」 「いや、俺だ。どっちが窓際で寝るか喧嘩したはずだ」 「あたしが勝ったじゃん。だから涼しい窓際で寝れたの」 「俺が勝ったんだ。だから蚊が来ない廊下側で寝れた」 「朝起きたら汗でびしょびしょだったくせに。感触が最悪だったんだからね」 「蚊に食われまくりだったろうが。背中に薬を塗る俺の身にもなってくれ」 チリンチリン。 「……」 「……」 スパン!! ガキィ!! そうしてあなた達は喧嘩のための喧嘩をおこなった。 それを見た唐門弟子たちはメモを残す。 『夫婦喧嘩で暗器と毒は使用可能。むしろ耐性がつくから推奨』 趙活君人形、残り五体。 ◆◆◆ 「夫婦で同じ部屋に泊まる時は」 スパン!! 「……」 「この質問は夫婦円満ではなく、質問者の生命に関わる。次へ」 夫が次を促していた。 趙活君人形、残り四体。 ◆◆◆ 意地悪な唐門師姉が言った。 「趙夫人は夫の内面に惚れたようですが、もしも趙活と同じ中身で大師兄と同じ外見の武俠が居たらどうしますか」 「ハハハハ!! 頼む!! もう俺を巻き込まないでくれ!!」 あなたは迷いなく答えた。 「活弟を選ぶに決まってる」 地獄の溫夫人はこう言った。 『常に虐げられ罵られている者は、時が経てば卑屈でひねくれ、他人に対して敵意を持つようになる』と。 同じ中身であったとしても、外見が異なれば違う生き方を強いられる。 であれば、不細工である方がより辛い人生を歩んだはずである。 それでもなお、大俠として笑えるのなら、そちらの方が良いに決まっている。 「いや、それは違うぞ」 あなたの意見を、他ならぬ夫が否定した。 「自分が善人だとは思わないが、美人が苦労知らずだとも思わない。君が言っていたじゃないか」 「うわ、師弟の悪い所出てるっす」 地獄の溫夫人はこう言った。 『美男子は生まれつき人に好かれやすく、時が経てばそれが当たり前だと思い込み、傲慢で貪欲になり、人を騙すのが得意になる』と。 同じ中身であったとしても、外見が異なれば違う生き方を強いられる。 であれば、美男子である方がより誘惑の多い人生を歩んだはずである。 それでもなお、大俠として笑えるのなら、そちらの方が良いに決まっている。 そんな道理があるか。 スパン!! 「ひ、一振りで趙活君人形が三体……!!」唐惟元は誓った。絶対に龍湘を敵には回さないと。 あなたは怒りのあまり、絶世に足をかけつつあった。 『夫が一番』と言いたいだけなのに。 どうしてこうも邪魔されるのか。 いい加減腹立たしくなってくる。 趙活君人形、残り一体。 ◆◆◆ 最後にコツンと、丸めた文が投げ入れられた。 『お前たちは無駄に気力が有り余っているから考えが及ばないのだろうが、終の棲家はどうするつもりなのか』 「この字、二師兄のに似てるような……そんな訳ないか」 訝しむ夫の隣で、あなたも内心頭を抱えた。 住処など、考えたこともなかった為である。 自分たちは永遠に諸国を漫遊し、時々唐門に里帰りするものだと思っていた。 実際はそんなことはある筈がない。 あなた達は日々老いて、弱くなっていく。 老後を過ごす何処かは必要なのである。 言葉に詰まるあなた。 一方、夫はあっさりと回答した。 「俺の変える場所は湘姉だ。屋根と壁は後で考えればいい」 「「おお」」 武林の英雄らしい言葉がようやく聞けて、聴衆たちも満足げだ。 一方あなたはまるで面白くない。 これでは夫による妻自慢だ。 妻による夫自慢をしなければ、この講演を受けた意味がない。 あなたは無い頭を絞り、何とか言葉をひねり出した。 「だったら、あたしの家はここかな」 少しだけさびれた本門を見回して、あなたは胸を張った。 「貴方は誰よりも唐門を愛しているから」 「「おお」」 唐門の古株師兄姉達、通称ブサイクファンクラブが感嘆の声を上げた。 彼らは長きにわたる趙活の苦労を知っている。そして唐門に対する愛も。 当の本人はそんなことを露知らず、あなたをじっと見つめていた。 そしてくしゃくしゃに醜い顔を歪めて、幼い童のように笑う。 「姉さん、参った」 顔を真っ赤にした夫は、短剣でブサイクな人形の首を切り落とした。 「さて、これにて幕切れ。ご清聴ありがとうございました」 聴衆に向かって、夫は深々と頭を下げ、あなたもそれに習った。 今すぐ夫と二人きりになりたかった為である。 趙活君人形、残り零体。 ◆◆◆ その日から、唐門内では夫婦円満の秘訣として、以下の看板が立て掛けられる事となる。 『喧・嘩・上・等』 おしまい。