煙幕による目くらましで漆號から逃れた俺たちは地下下水道をひたすら進んで行く。途中階層を変えたり隠し通路のような箇所を通りながら30分ほど経った頃、俺たちを先導していたゴーレム少女が歩みを止める。 「もうこの辺でいいだろう。お前たちは一体何者だ?」 それは俺たちの方が聞きたい質問ではあるが、人造勇者に追われているぐらいだから少なくとも彼女は我々の敵ではないはずだ。 「俺たちは忌器と呼ばれる物を破壊するために旅をしている者だ。ここには星骸炉という忌器があると聞いたのでそれを目当てにやって来た。これでいいか?」 「お前たちは人造勇者のことを知っていたが、奴らとは敵対関係にあるのか?」 「奴らとは直接面識はないんだが、忌器に関してのついでの情報として知っているぐらいだ。まぁ最終的には戦うことになるのも辞さないがな…」 「なるほど…少なくとも現状お前たちは敵の敵ぐらいといったところだな…」 「逆にこちらからも質問させてもらいたい。君は一体何者なんだ? それになぜ奴らに追われているんだ?」 「現状2対1で数的には私の方が不利だ。ゆえにその回答に関しては私からの質問にお前たちが答え終わってからにしたい」 一方的な物言いに若干カチンと来たが、これも情報収集のためだと自分に納得させる。 「わかった。で、何を聞きたいんだ?」 「お前たちの目的は聞いた。続いて名前と所属、ついでにその仮面も取ってもらおう。私は素顔を晒さない者を信用しない」 ライトに目くばせをした後、二人とも顔を隠している仮面を外す。 「これでいいか。俺はレ…いや、コージン=ミレーンだ。元聖騎士だが今は一介の冒険者だ。所属なんてものはない」 当初リングネームの方を名乗ろうかと思ったが、さすがに信用はしないと思うので本名の方を名乗った。もっともこれも半分は偽名なのだが… 「僕はホワイトライト。同じく冒険者でミレーンさんの相棒です。所属は冒険者ギルドってことになるのかな…」 ゴーレム少女は数秒ほど目を閉じながら情報を咀嚼しているようだ。 「お前たちは現状私に害がないと判断したので質問に答えよう。私の名はメトリ。元バルロスの住人でかつてはお前たちと同じく冒険者もしていた。とある人物の依頼で奴らからあるアイテムを盗み出したので追われていた。質問に対する回答は以上だ」 「あれとかこれとか指示語ばかりでよく分かんないなぁ…」 ライトが小声でぼやく。 「まだお前たちを完全に信用したわけではない。不満があるのならここで別れても良い」 「えっ!こんな穴の中で放置されても困るんですけど! やっぱロボットだから融通利かないのかなぁ…」 ライトのぼやきに反応したメトリはマシンガンに変形させた左腕でライトの足元辺りを撃つ。 「このような姿をしているが私は人間だ。次ロボット扱いした時は容赦なく当てる」 間髪を入れずのいきなりの銃撃にライトは目を丸くする。その顔はまるで人の心とかないんか?と言いたげであった。    *   *   *   *   * さらに30分ほど地下下水道を歩き回る。臭気と空気の悪さで気持ちが限界に達しようとした時、メトリは歩みを止めここだと言った。そこは何もない壁面のようであるが…。 「ホログラムというやつだ。いいから中に入れ」 メトリはそう言うと壁の中へと消えて行く。中は小規模ながらも多くの機材を揃えた何らかの研究施設のようであった。数歩足を踏み入れると視界に血まみれの床に横たわる一人の男がいる。無数の刺し傷切り傷があり、まるで拷問でも加えられたみたいだった。 俺はホーリーヒールを使って治療をするが、いかんせん血が大量に流れ過ぎたため瀕死の状態には変わりない。 残念ながら俺の魔力レベルでは蘇生魔法を使うことはできないのだ。メトリは瀕死の男に話しかける。 「モーゲン博士、例のブツは持ってきた。貴方に一体何が起きた? 次は何をすれば良い?」 モーゲン博士と呼ばれた男は最期の力を振り絞りながら、メトリに何かを伝えようとする。 「すまない…それを持ってもう一人の協力者の元へ行ってほしい…。場所は同じく地下のX168Y79ポイントにある…」 彼はそう言い残すと目を瞑りそのまま息を引き取った…。 「出よう。この場所はもう奴らに割れたようだ。早く離れるぞ」 敵襲の恐れを感じたので、俺とライトは再び仮面を被った。 メトリの指示に従い小部屋から出る。すると通路の先に何者かが一人立っている。 「遅かったわね。あんまり待たせるからあの男が先に死ぬんじゃないかってやきもきしたわ。じゃあ聞いた情報を教えてくれるかしら。ついでにラボから盗み出した物もね…」    *   *   *   *   * 立っていたのは軍服を着た10代半ばぐらいの少女であった。 可憐な顔立ちとは裏腹に機械化された手足が両腕両足に装着され、さらに手には鉈のような刃物を持っていた。 恐らくコイツも人造勇者か…。 「お前も人造勇者なのか?」 俺は軍服の少女に話しかける。 「私たちのことを知ってるってことは、アナタ方がレーベンのアホが取り逃がしたという侵入者ね。ちょうどいいわ皆殺しにして、手柄だけでなくアイツの悔しがる顔を拝んでやるわ」 軍服少女は両腕で輪を作るように構えると徐々に手足を動かして行く。それはまるでバレエのフォームのような華麗な動きであった。 彼女はバレエ用語でアロンジェと呼ばれるポーズを取るとまるで引き絞られた弓から放たれたように高速で斬りかかって来る。 さっきの漆號と違って素早い太刀筋だが刃物が一本だけならそれだけ見切ればいい…。 そんな甘い考えを見越したかのように左足からの後ろ回し蹴りが来る。俺はそれを左腕で受けると、腕に裂傷と激しい痛みが走った。 軍服少女の手足を見ると機械の手足から何本もの刃が覗いている。恐らくこの一つ一つも聖剣なのであろう。どうやらコイツ相手も打撃戦は諦めたら良いようだ…。 軍服少女が再び斬りかかって来ると、ライトが両腕から刃を生やして俺たちの間に入ってきた。 「コイツ相手はどうも不利なようですから、僕が相手するんで逃げて下さい!」 「分かったお前も上手く撒いたら、さっき休憩した場所で落ち合おう」 名前が割れないようにお互い慎重に言葉を選ぶ。 軍服少女は傍らに潜んでいたと思われる獣人たちに俺とメトリを追うよう命じる。 ライトが邪魔をしようとすると軍服少女が襲い掛かってそれを阻止する。 「反応速度を上げるよ、がーすけ!」 本体の主であるがーすけによってライトの動体視力と反射神経が強化される。敵から放たれる高速かつ不規則な連撃を紙一重で躱す。 機械製のメリットでもある、人間の通常の可動域ではありえないような方向から来る意表を突くような斬り付けにも難なく対応できた。 「そういえば君に聞きたいことがあったんだ。小部屋の中にいた人をあんな目に逢わせたのは君なのかい?」 モーゲン博士と呼ばれる男の無残な姿にライトは静かな怒りを感じていた。 「そうよ、それがどうかしたの。たかが裏切り者を処分しただけじゃないの。素直にブツの在処や仲間の居所を吐けば、あそこまで痛めつけずに済んだのに。自業自得ってやつね」 「君は人の心とかないのか…」 「あるに決まってるでしょ。あるからさっさと死なないアンタにムカついてるのよ」 「じゃあ人の痛みってものを教えてあげるよ。その機械の手足じゃなかなか解らないようだしね」 ライトが左腕で軍服少女が右手に持つ聖剣を受け止めると、膠着した一瞬の隙を突いて右腕の刃を腹部に突き刺す。- ライトは刃を引き抜き、一歩下がる。 「急所は外してあるんですぐには死なないから安心して。早く仲間を呼んだ方がいいよ…」 ライトが振り返りミレーン達を追おうとした瞬間、背後から斬りつけられる痛みを感じた。 それは腹部を刺されたはずの軍服少女であった。通常なら苦痛で動けなくなるレベルだというのに、まるで平然と何事もなかったかのようにライトへ襲い掛かったのだった。 幸い殺気を感じたのが早く深手を負う前に躱せたため、傷は戦闘にも逃走にも支障はない程度ではある。 「何でまだ動けるの…?」 「人の痛みを教える?! 残念だったわね、私にはそんなこと無理よ。だって無痛症だから。私が痛みを実感できるのは他人の苦悶を見ている時だけ。そんなに教えたければもっと傷ついて痛がる顔を見せて」 右腕の鉈型聖剣を天に掲げつま先立ちのフォームを取ると、再び高速の動きで斬りかかって来る。 だがライトはそれを紙一重で避ける、まるで何かを待っているかのように…。 両腕での連撃が躱され敵の意識が上半身に集中したのを見計らうと、軍服少女は再び後ろ回し蹴りを入れようとする。だがライトが待っていたのはその技であった。 「刃を振るわせろ、がーすけ!」 ライトがそう命じると腕から生える両の刃が高速で震えだす。これは高周波振動ブレード、ライトがマスグラで憶えた必殺技の一つである。 軍服少女の放つ右後ろ回し蹴りに合わせるように右腕の刃でガードをすると、機械の足の膝関節を狙って左腕の刃で両断する。 無痛症といえど片足がなければ立つことも追うこともできない。 ライトが振り向きミレーンたちを追おうとした時、軍服少女が口惜し気に言った。 「私の名は人造勇者肆號フォルタ=アフィーツィア。お前の命を奪う者の名を憶えておけ。必ず殺してやるからな」 (続く)