・01 時計の針は、そろそろ深夜二時を指そうとしていた。 丑三つ時と呼ばれる不穏な時刻、テーブルに広げられたノートの上でデジヴァイス01の仮想モニターが淡く光っていた。 「…ダメか」 何度目かの解析結果に成果はなかった。 リアルワールドへ戻ってから既に随分と経ち、そろそろ2024年も暮れが見えてくる。 祭後終は、義妹・ミヨを取り戻すためにデジタルワールドへ繋がる痕跡を探し続けていた。 「…チッ」 デジヴァイス01もタグも沈黙したまま。 こういう時に限って、世界は妙に静かだった。 必要な時ほど見つからない…世界ってのはそういうモンだと思いつつ、伸びをする。 その時─不意にスマートフォンが震えた。 画面に表示された名前を見た瞬間、シュウは露骨に眉をひそめる。 【バカ】 シュウはもう一度舌打ちをすると、スピーカーから顔を離すと画面を触る。 通話ボタンを押すより早く、騒がしい声が飛び込んできた気がした。 「シュウちゃーーん!起きてるぅ?」 「誰かさんのせいでな」 騒がしい唐橋チドリの声は、いつも通りを極めていた。 あれだけの戦いが都心を焼き払ったというのに、 電話越しのチドリはそれすら笑い飛ばすような調子だった。 「いやさー、駅にビルが生えててさー」 「お、酔ってるな」 シュウはチドリの頓珍漢な言葉に対し、即座にそう返す。 「酔ってるけど〜本当〜」 軽い声と共に、スマートフォンが再び揺れる。 チドリから送信されたファイルの通知─開かれた一枚の画像がシュウの表情を変えた。 崩れた駅舎へ巨大なビルが食い込むように重なり、その壁面は濃い苔と樹木に覆われていた。 建築ゲームで、誰かがオブジェクトを適当に重ね置きしたようだった。 ここ数年で完成した駅が地形の読み込みに失敗したような気味の悪い光景となっているのは、何より現実として存在してはいけない景色だった。 「そういう変なの、デジタルワールドで見かけた事があるわね」 背後から声がした。 いつの間にか目を覚ましていたすみれが、画面を覗き込んでいる。 「起きてたのか」 「隣の部屋からでも唐橋さんの声はうるさいから…」 ズボンのベルトをキツく閉めながら、寝室からすみれが現れる。 ボサボサの髪を一つにまとめる頃には、もう出発する準備は終わっていた。 電話の向こうでは、チドリが楽しそうに笑っていた。 「野次馬がワラワラ集まってるよぉ。あとねぇ…なんか怖そうな人達もいっぱい!」 「警察か…?」 「うんにゃ。怖そうさが違うね」 シュウは椅子から立ち上がり、デジヴァイス01を掴む。 「十分で行く」 「あっ、あとね」 抗議さえ許さず、通話を切る。 畳まれてもいない洗濯物の山から適当に長袖を引っ張り出し、袖を通す。 夜の冷気よりも、胸のざわつきの方がよほど気になっていた。 ・02 深夜三時の都内某駅─古びたコンパクトカーが規制線の手前で止まる。 エンジンを切ると、静かな夜に赤色灯だけが明滅していた。 「着いたわ」 すみれからそう告げられると、車の中からシュウは周囲を見回す。 一般人は既に規制線の外へ誘導されているが、それでもスマートフォンを掲げる野次馬は消えない。 報道陣、動画配信者…そして、どこか普通ではない黒いスーツ姿の集団。 「…なんだアイツら」 シュウは車を降り、バンッと思い切り扉を閉める。 二度目のバンッという音からカギをかけたすみれは、シュウと同じように眉をひそめた。 「警察(わたしたち)以外もいるわね」 「なんとなく予想はつくが…それよりコイツは車検通ってるのか?」 「失礼ね。誰かさんのせいで後ろの扉が丸々交換されてるくらいよ」 シュウは先程の車をコンコンと軽くつつく。 すると、規制線の向こうから若い男…すみれの後輩・色井恋夜が駆け寄ってきた。 「すみれさん!今日は非番じゃ…」 「休めって言われただけよ」 疲労の見える顔を互いに滲ませ、苦笑する。 「それより状況は?」 「えっと…っておい。祭後終、お前に話すことは何もないぞ」 当然の顔で話題に割り込む一般人に睨みを利かせると、恋夜は一瞬だけ駅を振り返る。 「あれを見てください」 視線の先…崩れた駅舎へ巨大なビルが食い込んでいた。 壁面は濃い苔に覆われ、割れた窓からは木々が伸びている。 何十年も放置されたような廃墟と最新の駅舎…時間だけが狂ったような光景だった。 シュウは目を細める。 「…ヘタクソのナントカシミュレーションみたいだな」 建物同士が無理やり重なり、当たり判定を無視して融合している。 現実では絶対に存在しない景色。 「デジタルワールド…」 すみれが小さく呟くと、シュウは頭を掻いてから頷いた。 「ああ。こっちじゃイカれてるけど、あっちじゃ珍しくもない景色だ」 つまり、リアルワールドで見るのは初めてだった。 その時…遠くから甲高い笑い声が聞こえる。 「おーっ、来た来たぁ!」 チドリが規制線の上で逆立ちをしたまま、大声で話しかけてきた。 「あはははっ!写真より実物の方がキモいっしょ?」 「お前、なんで…いやなんで逆立ちしてるんだ…?」 恋夜は逆立ちのまま素早くこちらに近づいてくるチドリに対し、既に恐怖を感じている。 恋夜の周囲を旋回するチドリの隣では、ミツメちゃんが深々と頭を下げる。 「毎度ご迷惑をお掛けして申し訳ないデス」 「謝るなら止めて貰っていいか?」 「いやー…ん。なんか来るデス」 ミツメちゃんからそう言われたシュウは、咄嗟に視線を崩れた駅舎の奥に向ける。 暗闇の中で、何かが動いた。 恋夜が着信のあった無線へ手を伸ばそうとした時─暗闇の奥で、赤い光が一つ灯る。 一つ、そしてまた一つ…静まり返っていた現場に、張り詰めた緊張だけが広がっていった。 「っ…レッパモン!」 恋夜が叫ぶと同時に、デジヴァイスが光を放った。 パトカーの天井を蹴り、銀色の獣が飛び出す。 全身を振るって放たれた目に見えない刃は、規制線を飛び越える。 ソレは駅舎の暗闇を暗闇を薙ぎ払い、潜んでいた影が悲鳴を上げながら吹き飛んだ。 「あらら。始まったぜ」 シュウの手首に巻かれたデジヴァイス01が勝手に震え、白い影が飛び出した。 「っらぁ!」 ガードレールを蹴って飛び上がったユキアグモンは、飛来した黒い光弾を勢いよく蹴り返す。 爆発と熱風が三人の間を吹き抜けた。 「助かったぜ」 「いいってことよ!」 ユキアグモンは着地すると、シュウに向かって牙をニッと見せる。 恋夜は横目だけ向け、小さく舌打ちした。 「こういうのは二度と御免だったんだがな」 「相変わらず嫌われてんなぁ」 へらへらと笑いながら、恋夜の横に立つ。 「一般人(おまえ)の仕事は規制線の後ろにいることだ」 「悪いね。もう満員で空いてないみたいだ」 軽口を叩きながらも、二人は同時に仮想モニターを展開する。 息は合わないし、合わせる気もない─それでも敵だけは同じだった。 ・03 最後の一体が倒れると、現場に静けさが戻る。 規制線の向こうで、騒ぎを聞き付けたであろう人物たちが集まりだしていた。 デジモンバウンティハンターだと思われる治安の悪そうな者が多く、戦闘手段を持たない警察官と睨み合いになりかけていた。 …しかし、そのどちらでもない黒スーツの彼らは大型ケースや測定機器を抱え、崩れた駅舎へ迷いなく近付いていく。 「シュウ、あいつらなんなんだ?」 ユキアグモンが緊張感の無い顔で指を指す。 「超生物研究所ですよ」 聞き慣れた、どこか気の抜けた声。 はい失礼…と謝りながら人の波を掻き分けて歩いてきた人物へ、シュウは軽く肩を竦めた。 「八北さん」 「どうもどうも。祭後サン、すみれサン、恋夜サン…はじめましての人もいますか」 ぶかぶかのコートの上から更にぶかぶかな白衣を着て、寝癖のようなセミロング。 相変わらず年齢も性別もよく分からない雰囲気のまま、イツキは笑っていた。 肩にはプットモンがちょこんと乗っている。 「パニック状態のデジモン達を抑えて頂いてありがとうございます」 そう言って周囲を見回す。 気絶したデジモン達は転がっているが、デリートされた個体は一体もいない。 レッパモンが得意げに鼻を鳴らす。 「ま、ボクにかかればこんなモンさ」 「そうそう。あたしのおかげさ」 何故かチドリも腕を組んで頷いた。 「…お前はなんもしてないだろ」 シュウのツッコミを見たイツキは嬉しそうに笑う。 「ぼくとしては、その判断が一番助かります」 遠巻きに此方を伺う野次馬、報道陣、ライブ配信者…イツキは規制線の外へ目を向けた。 「前から思ってたけどさー、もう都市伝説で誤魔化すのは無理なんじゃねーっすか?」 チドリの軽い態度に対し、イツキはそこまで問題視することはなかった。 「いずれそうなる必要がありました。それが今日ってだけです」 「ま。あっちの人たちは暴れなければ別に構いません」 「それは私たちの仕事です」 すみれの返事にイツキは微笑むと、研究員達へ「測定お願いしまーす」と軽く指示を飛ばした。 「さて祭後サン、少し付き合ってもらえますか」 イツキは崩れた駅舎から目を離さないまま、こちらへ軽く手招きした。 「…あの中か」 「はい〜。現場百遍と言いますし、実際に見た方が早いでしょう」 返事も待たず、イツキは規制線を越えて歩き出した。 「待ってください。俺も」 「いや、今の警察(わたしたち)にはもっと大事な仕事がある」 恋夜が静かに声を掛けるものの、すみれは規制線の外へ視線を向けながらその言葉を遮る。 野次馬、報道陣、ライブ配信者…そして、武装したデジモンバウンティハンター達。 規制線の向こうでは、誰もが駅の異変を一目見ようと押し合っていた。 彼らは、少しでも隙を見せれば一斉に規制線を越えかねない空気だった。 「…規制線をもう一段階広げます」 「ラジャー!!」 納得した恋夜は、力強く頷くと短く返事をした。 チドリも力強く返事をした。 「あの…貴女には言ってないです…」 追い出したい野次馬筆頭の意味不明なテンションに恋夜はどう反応したらいいかわからない。 だが、そう言いながらも視線だけはシュウへ向けられていた。 言葉の外にある「コイツはまた一人で行くのか」という恋夜の気持ちを受けたすみれは、小さく息を吐く。 「祭後くんを止められるなら、とっくに止めてるわ」 「はは。ちげーねーな」 シュウは肩を竦めると、デジヴァイス01を手首に巻いた。 「じゃ、行きましょう」 「はいは〜い。急がば回れですよ」 シュウとイツキが向き合うと、プットモンが「ぷぅ」と小さく鳴いた。 二人と二匹の姿は、崩れた駅舎の闇へ静かに飲み込まれていった ・04 崩れた改札を潜ると、そこには戦いの爪痕が色濃く残されていた。 電気を失った案内板、横倒しになった自動販売機、無理やりこじ開けられた改札。 砕け散ったホームドアだけが、奥へ進めと言わんばかりに口を開けている。 あの日の激戦だけが、その瞬間で時間を止めたような光景だった。 だが、数十メートルも歩かないうちに、その景色は静かに終わりを迎える。 「ありゃま」 イツキがそう呟くと、シュウもそちらに視線を合わせた。 線路が続くはずの場所には、巨大な空洞が広がっていた。 天井は見えず、駅の柱は途中から黒い岩盤へ飲み込まれている。 コンクリートの壁には濃い苔がびっしりと張り付き、その風景を緑色で染め上げている。 どこから伸びてきたのか分からない太い木の根が床を突き破り、砕けたレールは洞窟の奥へ吸い込まれるように続いていた。 天井の割れ目から差し込む淡い光が、青白い粒子をゆっくり照らしている。 水滴が落ちる音だけが、広い空間へ静かに反響していた。 「ここ、ずいぶんと広い駅だったんだな」 シュウが苦笑いしながら呟く。 「いやー、これは困りましたね。境界がここまで薄くなっていますか」 イツキは苔に覆われた壁へ手を触れると、付着した苔を指先で軽く擦った。 「リアルワールド(こっち)が侵食されているんでしょうか」 「少し違います」 イツキは洞窟の奥へ視線を向けた。 「変化ではなく─両方あるんですよ」 ノイズの走った空間を左、右と確認して少しだけ肩を竦める。 シュウはこれまでの経験からその答えを見つけ出す。 「…デジタルポイント」 「そうです。それも超特大」 イツキは両手でシュウを指差し、発言を肯定する。 「ここは駅でもあり、デジタルワールドでもあります…二つの世界が、同じ場所に重なっています」 シュウは改めて辺りを見回す…壊れたホームも本物で、苔むした岩壁も本物。 どちらかが幻なのではなく、どちらも確かに存在していた。 イツキは砕けた線路へ視線を落とす。 「貴方の、いやぼくたちの敵は二つの世界を縫い合わせるのが目的なのかもしれませんね」 「既にその境界は壊れかけている…と」 苦笑し、頷く。 「急がば回れと言いましたが…ここは二、三周くらい回ってから来るべきでしたかねぇ」 旧世代の選ばれし子供が集まるまで待つべきだったかもしれない…イツキはそう考えながら、それでもいつもの調子で続けた。 その時─プットモンが「ぷう」とだけ鳴いた。 遅れて、ユキアグモンの耳もぴくりと動く。 「…いるゼ」 暗闇の奥…岩陰で、何かが蠢いた。 敵意を持った瞳が一つ、二つ、三つ。 やがて闇のあちこちで、不気味な光がゆっくり灯り始める。 「歓迎してくれてるみたいですね」 イツキは相変わらず穏やかな口調のまま呟く。 「今度はパニックって感じじゃねぇな…進ませたくねぇって顔してやがる」 ユキアグモンが一歩前へ出る。 シュウはデジヴァイス01へ手を添えた。 「なら話は早い」 その瞬間、洞窟中へ足音が反響すると無数の気配が押し寄せてきた。 「多いゼ!」 ユキアグモンが低く唸るが、シュウは耳を澄ませたまま首を横に振った。 「実際の数は分からない…でも、音ほどはいない。これは反響してるだけだ」 そう言いながら周囲へ視線を走らせるシュウを横目に、イツキは小さく笑った。 「さ、プットモンは隠れててね」 シュウは崩れかけた岩盤へ顎をしゃくる。 その視線に、ユキアグモンは牙を見せて答えた。 「オレに任せろ!」 「派手にやるなよ」 瞬間、闇の中から複数のデジモンが飛び出した。 「そりゃあ無理なこった!」 そう叫んだユキアグモンは、スライディングでその股下を潜り抜ける。 「逃がすな!」 「デリートしろ!」 その背後に回り込まれたデジモンたちは、振り向きながら一斉に追跡を始める。 「あらよっと」 背後から怒号が飛ぶ中、ユキアグモンはぴょんぴょんと跳ねて壁に貼り付く。 敵は細い通路へ雪崩れ込む─その時、シュウは自身ありげに歯を見せて笑った。 「おいでなすった」 「おりゃーっ!」 ユキアグモンは壁から飛び出すと、勢いをつけて地面に向けて蹴りを突き刺した。 鈍い音と共に亀裂が走り、床が崩れ落ちる。 大量の岩石と共に、デジモンたちは悲鳴を上げながら瓦礫の下へ消えていった。 「ざーっとこんなモンだゼ」 巻き上がった土煙を眺めながら、ユキアグモンが肩を回した。 「最初から気付いてたんですよ」 シュウは崩れた床を指差した。 「ほら、そこの地面だけヒビが入ってたんです。ユキアグモンなら通れる。でも、あの数じゃ耐えられない。」 「なるほど。ぼくは戦いはからっきしなので助かりますよ」 「追う側はね、前しか見えなくなるんですよ」 イツキはどこか得意げに語るシュウを見て、微笑ましそうに小さく頷いた。 ・05 瓦礫を踏み越え、さらに奥へ進む。 洞窟は次第に広がり、やがて巨大な空間へと辿り着いた。 黒い岩盤が幾重にも折り重なり、天井からは青白い粒子が静かに降り注ぐ。 空気そのものがノイズを帯びて揺らいでおり、駅の面影は途絶えていた。 既にここは、完全にデジタルワールドの洞窟といった風貌になってしまった。 その時─シュウの体にもノイズが走り、その服装がデジタルワールドにいた時の物へと変化した。 背中辺りまでの短いマント、左腕に装着されたレザー生地のグローブ。 リアルワールドに帰還し、1ヶ月程だが既に懐かしさのある格好だった。 ユキアグモンは顔を明るくして跳ね回る。 「うおー!シュウ!魔法か!?」 「…デジタルワールドに来た。ということですかね」 「おそらく」 イツキは短く返答すると、懐から取り出したスマートフォンを触る。 数値がおかしくなり、電波が途絶え、充電が即座に満タンになっていた。 「ですね」 「─そう。ここはデジタルワールド」 シュウたちが声の方にハッと顔を向ける。 空洞の中心に、一体の巨躯が立っている。 黒い鎧、地に突き立てられた無数の巨大な武器。 顔の大半を占める無機質な結晶型の瞳が、静かにこちらを見据えていた。 「テラケルモン…!」 シュウが名を呼ぶ。 テラケルモンは腕を組んだまま、微動だにしない。 「待っていたぞ祭後終」 その一言と同時に、シュウはデジヴァイス01を掲げる。 「メタルグレイモン!」 ギュイーン!という音と共に青い光が洞窟を照らし、鋼の竜が一直線に飛び出した。 「メタルスラッシュ!」 放たれた鋼鉄の一閃がテラケルモンへ迫る。 しかしテラケルモンは二本の指を立て、メタルグレイモンViのトライデントアームを掴むと、そのままへし折った。 左右へ裂けた衝撃波が背後の岩壁だけを吹き飛ばし、跳ね返った風圧がシュウたちの髪を揺らす。 「…っ!」 鮮やかな折り口は、メタルグレイモンViにダメージすら感じさせない。 瞬間、その爪の切っ先が喉元へ突き付けられていた。 あと一歩─あと数センチ踏み込めば、その首は飛んでいた。 メタルグレイモンViは舌打ちしながら後退した。 テラケルモンが手を下げようとした瞬間─ 肩口へ一本の赤い線が走る。 ずるり、と崩れ落ちた黒い左腕はどじゃっと音を立てて土煙を上げた。 「ふふ、成る程。やはり"此方"側となったか。」 だというのに、テラケルモンは僅かに笑いながらゆっくりとシュウを見る。 「デジモンイレイザー様の御命により、貴様の肉体へダークマターを植え込んだ。見事、開花したようであるな」 「なんとなく思ってたンだよ…オレの中にある嫌な感じ、おめーとそっくりだってな!」 メタルグレイモンViは力を込めて構える姿を前に、シュウは一瞬だけ目を細めた。 否定はできない。だからこそ、その話を続ける気にもならなかった。 「…ミヨはどこだ」 「答える義理は無い…貴様ではデジモンイレイザー様を守ることはできん」 洞窟へ静寂が落ちる。 「お前もソレかよ…嫌われてんな、オイ」 ブラックラピッドモンとの戦いを思い返しながら、メタルグレイモンViは肩を竦めた。 ミヨの傍にいる者は、誰もが同じような言葉を口にする。 「魔王は亡び、聖騎士は去った─故に、デジタルワールドを統べるは我らネオデスジェネラル。」 その言葉と同時に、周囲の空間が大きく揺らぐ。 ノイズが走り、岩壁と駅舎が何度も重なって見えた。 「世界を隔てる境界は、役目を終えた。即ち、次に我らが治めるは此方の世界」 イツキは周囲を見渡し、小さく息を呑む。 「だから境界が…」 「左様─二つの世界は、やがて一つとなる」 テラケルモンとシュウは同時に拳を握り締めた。 だが、その意味は違う。 「そんなことさせるか…ミヨを助けるために、まずはお前から」 「笑止─戦とは目的のために行うもの」 テラケルモンは鼻で笑う。 「目的を果たした今、無益な斬り合いに興ずるほど我らは愚かではない」 その時、テラケルモンの視線がゆっくりとイツキへ向いた。 「して…八北一着よ」 名を呼ばれたイツキは、穏やかな笑顔のまま一歩前へ出る。 「なんでしょう」 「貴様が友と思う怪物(ルーチェモン)を信じた、その結末が今である」 鈍い音が広間へ響いた。 「デジタルワールドは乱れ、世界は裂かれ、多くの命が失われた─その責を、貴様はどう考える?」 イツキは少しだけ目を伏せ、それから静かに頷いた。 「そうですね」 それから、ほんの少しだけいつもより真面目な顔をして言葉を続けた。 「ですが、ぼくが責任を感じていないと思われるのは心外ですよ」 「…ほう?」 「取り返しは付きません。だからこそ、二度と同じことを繰り返さないために今があります」 「ぷぇ」 イツキは、なにかを確かめるようにプットモンを撫でる。 テラケルモンも否定はせず、静かに数歩下がる。 「その責任とやらが果たせるほど、全ての人間(ヒト)は幸福でない」 「…そんな事は知っていますよ」 「ふん…ならば、足掻いて見せるがよい」 テラケルモンは赤炎を翻し、振り向く。 「待て!」 シュウが叫ぶものの、テラケルモンは歩みを止めない。 空間が大きく歪む─まるで映像が処理落ちしたように景色が乱れ、テラケルモンの姿はノイズの向こうへ溶けていった。 直後─地鳴りと共に完全体デジモン・ヴォルクドラモンが地下から噴火のように飛び出した。 咆哮。風圧がシュウたちを押し付けようとする。 『我らの計画を知った者を、そのまま帰す訳にもいかぬ』 テラケルモンの無機質で重い声だけが、洞窟へ確かに響く。 「くそ…最速で突破する!」 シュウは舌打ちをし、首のゴーグルを装着した。 暗闇の奥で赤黒い光が脈打ち、岩盤が内側から膨れ上がる。 次の瞬間、轟音と共に地面が弾け飛び、巨大な竜がマグマを噴き上げながら姿を現した。 黒く焼けた岩肌を思わせる巨体、全身を流れる灼熱の亀裂。 火山そのものが意思を持って歩き出したかのような威容に、洞窟の天井は軋みを上げた。 「ヴォルクドラモン…!」 イツキはその姿を見上げ、小さく息を呑む。 「本来は活火山に棲む温厚なデジモンなんですが…これは、最早別物ですね」 ヴォルクドラモンは答える代わりに低く唸り、踏み出しただけで岩盤を砕いた。 シュウは素早くデジヴァイス01の仮想モニターを展開する。 高速で流れる解析データが対象を捉え、戦闘能力を数値化していく。 「…イレイザーベースの番人」 表示された数値を見たシュウの表情が僅かに曇る。 「いや…それ以上だ」 「祭後サン!」 イツキが叫ぶより早く、ヴォルクドラモンは巨大な前脚を振り上げた。 「通すな!防御─ッ!」 シュウの言葉よりも早く、メタルグレイモンViは咄嗟に飛び出す。 「言うと思ったゼぇぇ!」 メタルグレイモンViはトライデントアームを交差させ、迫る巨体を迎え撃とうとする。 轟音─振り抜かれた蹴り上げは鋼の身体を真正面から捉えると、十メートルを超える巨体を小石のように吹き飛ばした。 「ぐおっ…!」 天井を突き破り、岩盤を砕き、崩壊した駅舎を貫通する。 爆発と共にメタルグレイモンViは地上へ叩き出され、駅と融合した廃ビルの外壁が激しく崩れ落ちた。 規制線の外では、ライブ配信者がスマートフォンを落とし、報道陣やデジモンバウンティハンターたちが一斉に空を見上げる。 「な、何だあれ!」 「逃げろ!」 悲鳴が響く中、廃ビルの内部が赤く発光した。 次の瞬間、建物そのものが内側から弾け飛ぶ。 巨大な体がコンクリートを引き裂き、火山竜・ヴォルクドラモンが咆哮と共にリアルワールドへ姿を現した。 降り注ぐコンクリート片が赤熱化し、街を照らす。 ビルの砕けた衝撃が遅れて放たれ、周囲の窓ガラスが一斉に弾け散る。 洞窟の出口へ駆け出したシュウは、その光景を見上げながら静かに息を吐いた。 「もう、この中だけの話じゃあない…!」 「シンドゥーラモン、右をお願い!」 「オバチャンに任せなさい!こんなのちょちょいのちょいヨ!若い子はすぐ力任せなんだからよくないわネ!オバチャンくらいになるとアダルトなテクニックがあるのヨ!そういえば昔すごく肉食系な男子がいたんだけどアレはまだ成熟期になったばっかりで羽も今ほど立派じゃなかった頃で」 「だからそれいつの話…?」 すみれの指示と同時に、金翼から放たれた電撃が瓦礫を叩き落とす。 「レッパモン、ディアトリモン!おまえたちもだ!」 「おまかせっ!」 恋夜の叫びに応え、二体のデジモンが次々と瓦礫を切り裂いていく。 「皆さん規制線の外…いや、とにかく遠くへ!走って…あ、こら!」 避難誘導を続ける警察の横を、武装したデジモンバウンティハンター達が駆け抜けた。 「今がチャンスだ!」 「完全体でも数で押せば!」 彼らが構えたスマートフォンが瞬き、次々とデジモンがリアライズする。 その直後、ヴォルクドラモンの背中を走る灼熱の亀裂が一斉に赤黒く脈動する。 「─まずいぞ!」 シュウが叫ぶより早く、無数の熱線が空を覆った。 雨─いや、灼熱の光が、無差別に降り注ぐ。 爆発、悲鳴、熱風…光の雨は建物を貫き、地面を抉り、ハンター達をまとめて吹き飛ばした。 展開された防御フィールドは、灼熱の光へ触れた瞬間に砕け散る。 直撃を受けたデジモンは地面へ叩き落とされ、進化を維持できず退化していく。 恋夜は歯を食いしばると、ディアトリモンとレッパモンも悪態をつく。 「この距離で無差別攻撃か!」 「まだ復興も進んでないのに…!」 すみれは即座に判断した。 「救護を優先するわ!シンドゥーラモン、上空の警戒を…!」 「すみれってば最近オバチャン使いが荒いわヨ!」 シュウは一瞬だけ救護へ向かうすみれ達へ視線を送る。 「…これで援護は期待できねぇか。足止めはオレたちだけでやるしかねぇな」 シュウはデジヴァイス01の仮想モニターを展開し、技の一覧に目を走らせる。 インフィニティバーンとリベンジフレイムは現状に適さない…そして、ギガデストロイヤーは論外だ。 視線が最後の項目で止まる─つまり、アルタラウスモードのレールガンによる一点突破を狙う。 これならヴォルクドラモンすら撃ち抜ける─だが。 あの巨体が街のど真ん中で爆散したら…シュウはシャイングレイモンとの戦いで焼け野原になった駅前を思い出す。 カオスドラモン、バイオロトスモン、デーモン…あの時は考える余裕なんてなかった。 だが今日は違う。 「相手を倒すだけなら仕事は終わりだが…生憎、今日はそういう日じゃねぇ」 シュウは短く息を吐き、額の汗と迷いを振り払うようにデジヴァイス01を掲げた。 「メタルグレイモン! アルタラウスモードだ!」 戦いながら答えを出す─眩い進化の光が一気に解き放たれた。 「おう!」 右腕から鞭のように唸るエネルギーが迸る。 メタルグレイモンViはそれをしならせ、ヴォルクドラモンの頬を立て続けに打ち据えた。 弾かれた光は空中で一気に収束し、一瞬だけ青白いワイヤーフレームを描き出す。 骨格だけの機体が組み上がるように輪郭が完成し、その上へ装甲が重なる。 折れたトライデントアームの指は再生し、翼はさらに鋭く研ぎ澄まされて大きく展開した。 【メタルグレイモンVi:アルタラウスモード:完全体】 シュウを初めとし、各々のデジヴァイスから警告音声が鳴る。 「おお…これが、貴方の個体が変化したアルタラウスモードですか」 イツキは思わず息を呑む。 「興味深いですねぇ…特殊な個体が、さらに特殊形態へ至るなんて」 いつもの穏やかな口調のままではあるが、その声だけは僅かに弾んでいた。 「出力を絞れ! ダメージだけ与えて、表面を削ぐ!」 シュウの指示と同時に、アルタラウスモードとなったメタルグレイモンViの右腕が唸る。 レールガン・アルタラウスから迸った電撃がヴォルクドラモンの背中を撃ち抜き、岩盤の一部を小さく爆ぜさせた。 砕けた岩塊は火花を散らしながら駅舎へ降り注ぎ、轟音と共に建物を抉る。 「ぼくの持っているログの平均値よりかなり脆い…この個体、何らかの改変を受けています」 イツキはタブレットで解析結果を比較しながら、僅かに表情を曇らせた。 「テラケルモンめ…街中に岩石爆弾を仕込んだってワケか」 マントを翻したシュウは舌打ちする…そこでようやく、自分の服装がデジタルワールドにいた頃の姿へ戻っていることに気付いた。 「侵食は…もう、ここまで進んでるのか」 その時、ヴォルクドラモンの背中を走る無数の灼熱の亀裂が、一斉に赤黒く脈動する。 「来るぞ!回避!」 放たれた熱線はメタルグレイモンViではなく、その背後――逃げ惑う人々へ向けられていた。 「─いや、防御だっ!」 言い終わるより早く、メタルグレイモンViは高速機動で人々の前へ滑り込む。 やがて、遅れてきた幾筋もの熱線が鋼の装甲へ突き刺さる。 「ぐううううっ!」 激突の衝撃で身体は大きく仰け反り、両翼が悲鳴を上げるように軋んだ。 それでも翼を限界まで広げ、地面スレスレで踏み留まる。 押し返される風圧が突風となって吹き荒れ、人々を地面へ伏せさせた。 受け切れなかった数本の熱線だけが脇をすり抜け、周囲の高層ビルを撃ち抜いて爆炎を巻き上げる。 「こンのやろーーっ!」 咆哮と共に翼が大きく羽ばたき、メタルグレイモンViは熱線を真正面から受け止めるなら。 「…想定以上だ」 シュウはデジヴァイス01へ目を落とすと、表示された損傷率が予測を大きく上回っていることを確認する。 「あれだけの熱線を正面から受けるなら…あと数発が限度か」 「祭後サン!」 イツキの叫びに、シュウは弾かれたように顔を上げる。 ヴォルクドラモンは口元から黒い煙を静かに吐き出していた。 煙は地面を這うように走り、シュウたちを追い越して避難する人々へ迫る。 警察官、報道陣、デジモンバウンティハンター。 更には、すみれ、恋夜、シンドゥーラモン、レッパモンとディアトリモン。 黒煙は彼らを包み込み、次の瞬間にはその場へ次々と倒れていく。 「なっ…!」 「ヴォルクドラモンの技"サークルオブデス"、でしょう」 イツキは息を整えながら煙を見据えた。 「即効性の睡眠ガスで命に別状はありません。ですが、しばらくは目を…」 イツキの言葉が終わるよりも早く、ヴォルクドラモンの背中が再び赤く輝く。 その狙いは明白で、眠りに落ちた人々に容赦なく熱線が降り注いだ。 メタルグレイモンViは迷うことなく翼を翻し、灼熱の雨へ飛び込んだ。 次々と傷を増やしていくメタルグレイモンViへ向け、ヴォルクドラモンが大きく息を吸い込む。 灼熱が喉奥へ収束し、赤黒い光が口内を埋め尽くした。 【ヴォルカニックフォーン】 デジヴァイス01から甲高い警告音が鳴り響く─超高熱エネルギー反応。 「くっ…変異種防壁(イリーガルプロテクト)の札を切る!」 あれは防ぐと辺りに拡散し、被害を産む…そう確信したシュウが手を突き出して叫ぶ。 「おう!オレが、守る!」 その瞬間、メタルグレイモンViの左腕へ埋め込まれたデジメモリが眩く輝いた。 幾重もの結晶が空中へ展開し、半透明の結晶壁が一瞬で形成される。 街を呑み込むはずだった灼熱の奔流は、その結晶へ触れる。 瞬間、まるで存在そのものを拒絶されたかのように打ち消された。 「防いだ…!」 爆炎だけが空へ吹き上がり、イツキが思わず息を呑む。 完全体を遥かに上回る一撃…それすら受け止めるメタルグレイモンVi最大の切り札、変異種防壁(イリーガルプロテクト)。 だが、それは何度も使える力ではない。 結晶がゆっくりと消え、メタルグレイモンViは腕をだらりと下ろす。 全身には熱線を受け止め続けた傷跡が刻まれ、肩で大きく息をしていた。 「みんなを守ることまで計算した上で、必殺技を撃ってきやがったか」 シュウはヴォルクドラモンは暴れているだけではなく、背後にテラケルモンの指示があることを確信した。 こちらが人命を優先すると理解し、その隙を突いてくる"戦術"があった。 「厄介なんてもんじゃねぇな…」 ヴォルクドラモンは低く背中の裂け目から溢れ出す灼熱が再び膨れ上がり、街全体を焼き払わんと脈動した。 ─勝つ方法はある。 ただし、過去の声が脳裏に蘇る。 『そうだ。ダークドラモンへの進化を繰り返せば、いずれ石の中のエネルギーは枯渇し、相殺しきれなくなるだろう』 「分かってるさ」 デーモンの冷たい記憶に、啖呵を切るつもりで小さく呟く。 だが…ここでは駄目だ。 ダークドラモンへの進化は、周囲の空間そのものを侵食する。 異空間が展開されれば、この場に倒れている人たちまで巻き込んでしまう。 「チッ…」 シュウが思考に躊躇いを見せた時─ヴォルクドラモンが咆哮を上げて再びヴォルカニックフォーンのチャージを開始した。 まるで、迷いも考える時間も与えないように。 ・06 灼熱が収束し始めた、その瞬間─金色の杖がヴォルクドラモンの額へ叩き込まれた。 パァン!という音が響き、巨体が僅かによろめく。 「へー…頭は硬いネ」 軽やかに着地した女が口元を吊り上げる。 その隣では六枚の翼を広げたエンジェモンが杖を構え直していた。 「エンジェモン油断すんナ!相手は完全体だからネ!」 「承知─任せてくれ」 その姿を見たイツキの表情が一気に明るくなる。 「おおー。来てくれましたね」 「もしかしてワタシだけ?」 女性は自分を指差して苦笑いすると、かけた眼鏡の位置を直した。 「ほぼ首都陥落みたいなものですし、他の皆さんも簡単には動けませんよ」 「そりゃそうネ…ってなんかデジタルワールドの時の学校になってるナ?」 シュウはイツキの反応から、彼女も元選ばれし子供であろうことは確信した。 しかし、耳と尻尾の付いた奇妙な格好とどこかで見た顔に思わず目を細める。 「助かりました…えと…」 「彼女はプロゲーマーのセヨンサンです。ゲーム好きの祭後サンなら、もしかしたら知ってるかもです」 「ン?ワタシのファン?」 イツキはシュウの反応を見ると、そう紹介する。 女性は僅かにニヤけつつ、首を傾げる。 「ダイシュー5で負けたことありますよ。野良なんで覚えてないかもしれませんが」 「あぁ、あの案件配信で…」 数秒の沈黙。 「あ゙ぁっ!?もしかして壁から抜けた人ォ!?」 「セヨン!思い出話は後だ!」 エンジェモンがヴォルクドラモンの熱線を杖で次々と受け流しながら叫ぶ。 メタルグレイモンViもヴォルクドラモンの周囲を旋回し、狙いを逸らす。 「そりゃそうネ…で、どうすんのニイサン!なんか考えてるデショ?」 シュウはヴォルクドラモン、倒れた人々、崩れかけた駅舎を一瞥すると、迷いなくデジヴァイス01の仮想モニターを展開した。 「倒さないでください」 「おー。できるヨ」 ここへ駆け付ける途中、アルタラウスモードの砲撃でヴォルクドラモンの背が砕け、その岩塊が街へ降り注ぐ様子を見ている。 セヨンは脆いヴォルクドラモンの背中をちょんちょんと指差すと、簡単に言って見せた。 「派手な花火は嫌いじゃないですが、観客席まで吹き飛ばす趣味はありませんからね」 「時間稼ぎとヘイト管理はワタシの専門だからナ」 デジヴァイス01が表示した地形データへ視線を滑らせると、セヨンはニヤリと笑ってまた眼鏡の位置を直す。 エンジェモンが翼を広げる。 「ではヴォルクドラモンは我々が引き受ける!」 「任せてチョンマゲ!」 びしっと標的を指差しながらそう叫ぶ彼女に、シュウは一瞬だけ返事に詰まる。 「…はい。お願いします」 「相変わらず独特の言い回しですね〜」 シュウは頷くと、即座にメタルグレイモンViへ指令を飛ばした。 「そういうワケだ。昏倒した人たちを最優先で回収する!」 「了解だゼ!」 ─その時、上空から聞き慣れた声が響いた。 「どうもぉー!宅急便コンパクトでぇーっす!」 「デスデス」 それは、どこで調達したのかも分からない巨大な網を手にしたチドリとミツメちゃんだった。 「チドリ!ミツメちゃん!」 予想外の援軍に、シュウの表情が明るくなる。 彼女たちは網の中へと、次々に人やデジモンを放り込んでいく。 「後で高くつくよ?」 悪びれもせず親指を立てるチドリに、シュウは呆れたように肩を竦めた。 「ったく…セコいヤツだよ」 だが次の瞬間、その視線は網へ向く。 パンパンに膨らんだ網を抱えたミツメちゃんが、下半分を地面にずるずる擦りながら必死に走っていた。 「デス、デスー」 「っておい! 引き摺ってる引き摺ってる! ダメだって!」 昏倒させられているのがまだ救いな気がするほど、その運搬は実に荒っぽい。 その間もエンジェモンはヴォルクドラモンの猛攻を捌き続けている。 生真面目な彼がこちらを見る余裕もないのは、不幸中の幸いだろう─そんなことを思いながら、セヨンは小さく苦笑した。 「ちょっと重いデス〜」 「あ、二人とも。その人も頼む」 助走をつけようとしていたミツメちゃんへ、シュウはイツキを指差した。 「あ、そう?乗ってく?」 「いや…でも…」 「そーそー。適材適所ってやつナ」 セヨンに肩をぺしぺし叩かれ、イツキは苦笑する。 「…そうさせてもらいます」 タブレットとプットモンを抱え直したイツキは、ミツメちゃんの背へなんとか乗り込んだ。 「一人追加デス〜」 「はいはい!安全運転でお願いしまーす!」 荷物を一つ増やしたミツメちゃんは、ふらりと揺れながらも羽ばたき、人々の避難する方角へ飛び去っていく。 シュウはデジヴァイス01のバンドを締め直し、大きく息を吸った。 「─さて、と。やりますか」 ・07 「これがベストかは分からない。でも、圧倒的な力で捻じ伏せるのが一番早い」 「ま、戦意を削ぐしかないからナ」 シュウは静かに頷き、デジヴァイス01を掲げた。 「メタルグレイモン!」 迸った進化の光がメタルグレイモンViを包み込む。 その瞬間─空間そのものへ亀裂が走った。 硝子が砕けるような音と共に異空間が無理矢理こじ開けられ、黒い裂け目が街へ口を開く。 メタルグレイモンViの全身から黒い光が膨れ上がる…それは暴走する奔流のように身体を包み、そのまま異空間へと沈み込んでいった。 「メタルグレイモン─究極進化ぁッ!」 裂け目へ吸い寄せられるように、コンクリート片や街路樹、放置された車までもが浮き上がる。 次の瞬間─異空間の奥で蒼い閃光が炸裂した。 内側から世界そのものが弾け飛び、砕け散った裂け目から暗黒竜が飛び出す。 【ダークドラモン:究極体】 その姿が現れた瞬間、大気は重く淀み、周囲を走る電子ノイズが火花となって弾けた。 「やってやるゼ!」 対するヴォルクドラモンはエンジェモンの杖による連撃を受けながらも、口腔でヴォルカニックフォーンのチャージを完了させていた。 「こいつ…なんて闘争心だ」 エンジェモンが息を呑み、回避を試みる。 灼熱の奔流が放たれる─その瞬間。 ビシュンッという空気を裂く音を遅れて響かせダークドラモンがヴォルクドラモンの眼前に現れていた。 蒼黒の竜は放たれたヴォルカニックフォーンを避ける素振りすら見せない。 それどころか彼は両手を合わせるように前へ突き出すと、灼熱の奔流をそのまま挟み込み─握り潰した。 音も無く火炎が霧散し、爆ぜた熱風だけが街を吹き抜ける。 「デジタルワールドまで押し返す!人もデジモンもいない場所で決着をつける!」 シュウは胸を刺すような違和感を覚えながらも叫んだ。 ダークドラモンの出力なら、それは決して不可能ではない…だがその時、ヴォルクドラモンが天を裂くような咆哮を放った。 次の瞬間─全身へ幾何学的な紋章が次々と浮かび上がる。 まるで魔法陣が展開されるように、赤黒い紋様が岩肌を埋め尽くしていく。 「…ンだありゃ」 ダークドラモンが思わず目を細める。 「デジタルハザードだ!」 エンジェモンの声が鋭く響く。 「デジタルワールドに災厄をもたらしかねない存在へ刻まれる紋章…でも、そんな使い方は…!」 赤黒い紋章は脈打つたびに数を増やし、ヴォルクドラモンの全身を覆っていく。 エンジェモンは息を呑んだ。 「あれは危険を示す警告だ。力を増幅する術式でも、兵器でもない!」 デジヴァイス01がヴォルクドラモンの体内で膨れ上がるエネルギーに、強く警告音を響かせる。 「つまりありゃ割れ物注意ってコトかい…」 シュウはその紋章が敵への威嚇と改造された危険物であることを示す"警告表示"を兼ねたモノであると悟った。 イツキの言っていたなんらかの改編とは、これが真の目的だったのだ。 「部下まで爆弾にして使い潰すのかよ…許せねぇ!」 ダークドラモンは怒声を上げる。 しかし、ネオデスジェネラルの名を思い浮かべたシュウは背筋に冷たいものが走った。 「進化…いや…」 セヨンが拳を握り、ヴォルクドラモンを渋い顔で睨む。 「ここまで仕込んだ相手が、"おさわりOK"なんて甘い許可してくれるワケないネ…!」 ─ヴォルクドラモンは苦しむように咆哮する。 全身を覆うデジタルハザードが赤黒く脈打ち、そのたびに膨れ上がるエネルギーが空気を震わせる。 街中のモニターがノイズを走らせ、デジヴァイス01は警告音を鳴らし続けた。 シュウは思わず一歩引く…どう止めればいいのか分からない。 近付けば何が起こるのかも分からないし、撃てば街が吹き飛ぶ。 放っておけば、この場でヴォルクドラモンが暴発する。 答えが出ない…その時、ダークドラモンが口を開いた。 「ダメで元々!オレはブン殴る事しかしらねぇ!」 「─待て!」 シュウは反射的に叫ぶ。 止め方が分からないし、近付けば何が起こるか分からない相手だ。 「このままじゃアイツが可愛そうだ…それに、オレはシュウを助けるんだ!」 「そうだが…だからこそだ!」 「オレがどうにかする…オレを信じてくれ!」 シュウは一瞬だけ歯を食いしばる。 分からない─だが、この場で誰よりもダークドラモンを信じられるのも、自分だけだった。 「…わかった。」 シュウは汗を拭うと、ニッと笑う。 「行け!」 「何!?」 エンジェモンは、シュウの勢い任せの返答に驚きの声を上げる。 咄嗟に阻止しようと翼を翻すが、音だけを残して蒼黒の竜はその姿を消した。 「おらあっ!」 瞬間─ダークドラモンの拳が振り抜かれて、ヴォルクドラモンの顔面を捉えた。 「ひょおーっ!ナムアミダブ─…あれ?」 セヨンはびっくりしながら手を組むが、爆発は起きない─そして、衝撃波も走らない。 ただ、拳が触れた場所からヴォルクドラモンの身体が音もなく消えていた。 巨大な胴体の半分近くが、一瞬で世界から切り取られたように失われた。 「…は?」 セヨンは固まり、エンジェモンも杖を構えたまま動けない。 シュウも固まり、目を大きく開くしかできない。 デジヴァイス01は、先程まで鳴り響いていた警告音が嘘のように沈黙していた。 画面に表示されているのは通常待機画面には、エラーの表示すらない。 何も起こっていない─この画面は、最初から何も悪いことなんて存在しなかったことになっているようだった。 「…なんだ、今の」 誰へ向けた言葉でもなく、シュウは呟く。 そこに存在していたはずのものだけが、最初から無かったかのように消えていた。 「あれ…」 その頃─戦場から離れた場所。 イツキは避難する人々を誘導しながらも、タブレットで戦場のデータ解析を続けていた。 ふと、その指が止まる。 プットモンはいつもの調子で短く鳴いた。 「ぷぷ」 「どったのセンセイ」 チドリがタブレットを覗き込むと、ヴォルクドラモンの解析画面が表示されているはずのそこには、なにもなかった。 【DATA NOT FOUND】 ・08 暗い空間へ、音もなくテラケルモンが姿を現す。 「挨拶は済みましたか」 デジモンイレイザーの同盟者であり、ネオデスジェネラルと同等の権力を持つ聖先提督・ブラックセラフィモンは、まるで世間話でも始めるような口調で声を掛けた。 「貴様と違い、卑怯な真似は好まぬのでな」 テラケルモンは短く答える。 「はは。なんのことやら…しかし、その気高さ、噂に名高い武人なだけはありますね」 ブラックセラフィモンは仮面の奥で静かに笑った。 「がっははは!テラケルモン殿、ヴォルクドラモンは実に惜しかったなぁ!」 広間へ豪快な笑い声を響かせたのは、木竜将軍・ドラグーンヤンマモンだった。 「最後は盛大に散るはずだったのだが…華々しく散ることも出来なかったとは!」 「ほう…それはどういう意味です?」 不思議そうに首を傾げてみせるブラックセラフィモンへ、ドラグーンヤンマモンは胸を張る。 「我輩が自爆機構を仕込んでやったのだ!」 悪びれる様子は一切ない。 「弱き者は最後くらい役に立って散ればよい!敵を道連れに出来ればなお良し!我輩の部隊では当然のことぞ!」 一瞬、広間の空気が止まった。 「…余計な真似を」 テラケルモンは低く呟く。 怒りを露わにするでもなく、ただ呆れたように一言だけ残すと、それ以上は何も語らなかった。 「がーっはっは!なぁに気負うことはない!我輩が好きでテラケルモン殿を助けたいと思ったのだ!」 ドラグーンヤンマモンは当人の反応など意にも介さず、さらに豪快に笑い飛ばす。 そのやり取りを横目に、ブラックセラフィモンは誰にも気付かれぬよう仮想モニターを展開していた。 視線は円卓へ向けたまま、仮面の裏では膨大なデータが高速で流れていく。 戦歴、構成情報、行動履歴──あらゆる記録を遡る。 だが、表示される情報はあまりにも薄かった。 旧日竜将軍のクーデター鎮圧、ネオデスジェネラルへの加入…自分の知ることは記録されている。 しかしそれ以前が存在しておらず、削除されたようにも、隠蔽されたような痕跡も見当たらない。 まるで、その時点から世界に現れたかのような不自然さだけが残っていた。 やがてブラックセラフィモンの視線が、一つの項目で止まる。 【ダークマター】 表示された識別情報は、祭後終のパートナーへ埋め込まれたダークマターと完全に一致していた。 ダークマターは前デジモンイレイザーがバルバモンの研究施設から持ち去った一つしか存在しない。 現在の技術で複製は理論上・実証上共に不可能とされている。 故にテラケルモンがユキアグモンへ埋め込んだと聞いた際、移植されたものだと判断していた。 しかし、その推測は誤りだった。 解析結果が示したのは、複製でも移植でもない。 そこに存在していたのは、識別コードまでも一致した紛れもない同一個体だった "存在し得ないものが、存在している"─仮面の奥で、小さく笑みが深まる。 やがて仮想モニターは静かに閉じられた。 (ダークマターを内包し、その力に耐え得る"器"─それが二つに増えたということだ) 未知はいずれ観測すればいい。 ブラックセラフィモンは何事もなかったかのように円卓へ視線を戻した。 おわり .