サカエトル王都警察怪文書  サカエトル王都警察、ウァリトヒロイが誇る王都サカエトルの治安維持のために組織された機関である。  クルマに乗る人、ひたすらに反社を狩る人、暗躍している人、ロボなど様々な面々により今日も平安な日常が保たれている。  今日は暗躍してる人とロボのお話。 【アイアンハートレス】後編  前編でわかった三つのこと。  一つ、なんだかんだ引き受けちゃうおじさん。  一つ、ロボは首だけでも元気。  一つ、不良おじさんは生首抱えてても暗黒微笑が出せるもんだ。  それでは行ってみよう。  とある酒場....否、静けさを纏ったシックなバーと言った方が良いだろうか。  仕事場に住むわけにも行かず、かと言って誰も待っていない家に帰るのも忍びない。  刑事ギャン・スブツグは今日も虚無を肴に酒を煽るのである。 「マスター、ワイルドバンチ、ロックでな」    馴染みのある声が聞こえる、決して今を共にしたいとは思えない声でもある。 「ダテイワ...わざわざ隣に座るんじゃねえよ」 「かてぇこと言うなよ。顔見知りは大事にした方が良いぜ?」  この男のことである、大方情報を仕入れるか売り込むかのどちらかだろう。 「そういや、ギャンよお。お前この前の出入りで見つけたらしいな。女学生失踪事件の犯人」 「あぁ...粉微塵にしてやった。ヤツが薄汚え詫びを口にする前にな」 「そういうバイオレンスなのはどうでもいいんだよ。俺が知りたいのは遺体群がどこに流れたか、だ」 「誰が言うかよ、碌でもねえ」  女学生失踪事件、行方不明者は12名、そのいずれもが死者、被害者である。  刑事たちがそのアジトに踏み込んだ時に彼女ら、否、彼女らであった物は既に出荷された後だった。  魔王軍穏健派と呼ばれる食人を嗜む勢力、そこに流されていたのである。  関わっていたのはヒュドラ蛇眼四天王の一人「大食漢タケオ」の調理部隊を務めていた男たち。  文字そのままに人を食っていた男の厨房にいた者であるならば生きのいい若い娘の身体を切り刻み、食肉とするのは難しくない。  技術的にも精神的にも。  ギャンは酒を飲み干し、店を出ようとする。 「待てって、こりゃ表の仕事なんだよ。割とシリアスな話だぜ?」  振り向いたギャンは怪訝そうな顔をすると同じ酒を注文し、改めて席についた。 「機甲強盗、知ってるよな?今日ウェトネが戦闘した」 「ああ、聞いた。無事そうで何よりだよ」  ダテイワが資料を広げる 「クェスプからもらったモンだ。ここ、中枢部分なのに隙間が妙に多い。精密機器なのにな」 「それがさっきの話とどう…」 「ここにあったのが人間の臓器だったとしたらどうだ?」  くいと酒を傾けてダテイワが続ける。 「ホムンクルスやゴーレムみたいな模造品でない完全なナマモノ」 「それなら強力なジャマーの中でも目が見えるってか」  資料を見やり、ギャンが口を開く。 「魔王領に出荷されたのは肉だけだったぜ。押収したリストでも照合が取れてる」  顎に手を当てながらダテイワが思案する。 「上がったホトケのことを考えると初期ロットは12発…。全部をウチに突っ込むなんてのは考えにくい」 「技術屋だろ?こっちとは思考が違うだろうぜ」 「手際の良さから考えて操ってるのは都内の人間だろ。機体の技術は外国製、やってることは強盗まがい。  いずれもテストが主目的で稼ぎが少ない」 「なら、ウェトネと戦ったことそれ自体がテストの一部だろうな。ウチの反社じゃやらねえよそんなこと」 「傘下に加えられたのか…?いや、それでももうちょい割の良い条件をつけるはずだよな…。  …ギャンお前、組織の奴らみんなしょっぴいたか?」 「実行犯は捕らえた。商品は出荷された後だったよ」 「そうか…いや、まさかな」  そういうとダテイワは席を降り店を出ようとする。 「もうちょっと説明しろよ。…俺も出るか?」 「いや、いい。これは俺のヤマだぜ?あとな、最近働き過ぎだぜ色男。たまには家で寝てろってことよ」  1週間程度経っただろうか。  新たな犯行、出現はなく、警戒体制が続くので神経だけがすり減っていく。   「出ませんね」 「出ないな」  調査も終わり準備のできたダテイワは数日ラボに通い詰めていた。  緊張と解放、否、新たな緊張を告げる鐘というべきか。  待つべきでない警報が鳴る。 「出て来なすった…!場所は…」 「銀行ですね、中央ではなく城壁付近の」 「ちと遠いな…」 「私にお任せください!」 「なに?うぉっ」  ウェトネはダテイワを小脇に抱えると室内だというのに脚部モーターを起動して走り出した。   「これ腰にきつい!ぐふぅ…!」  先日とは逆の状況をどうにか打開すべく声を上げんとするダテイワであったが聞く耳は持ってないし、舌を噛みそうだと判断してされるがままを選んだ。  ラボを抜け警察署の前に出る。  助走をつけて構造物を垂直に登り、高層建築物の屋上を飛び移りながら移動する。  現場まではあと少しで到着しそうだ。  ダテイワがつかまれている腕を叩く。 「なんでしょうか?」  急停車したウェトネが声をかける。 「大馬鹿野郎。俺も現場行ってどうするんだ。別行動のはずだろ」 「すみません。忘れておりました」 「もういい、俺はここで降ろせ。手筈通りにやれよ」 「ダテイワ刑事もお気をつけて」  振り向き言葉なく手を振るダテイワ。  それを見送ると先ほどより速度を上げて駆けだしていった。 「現着しました!」  ウェトネが現場に到着する。  既に金庫は破壊され、犯人は中身を収容している最中である。 「これで5度目、もはや現行犯です。」  睨むウェトネにゆっくりと振り返り視線を向ける。  タネが割れればどうにも人的なモノを感じざるを得ない。  構えて作戦を反芻する。  自分がディフェンス、オフェンスはダテイワ。  彼が犯人を逮捕するまでの間、この悲しい鎧をこの場に押しとどめる。  倒しきってはならないが倒されてもいけない。  早々にジャマーを発動させる敵機   「二度は食らいません!」  間合いを潰し、懐に潜り込む。  首部分の発生装置を手刀が穿ち、センサージャマーを無効化する。  更に、体勢を崩し、ポジションを入れ替えるために腹部へ膝を入れた後、相手後方へ飛ぶ。  膝裏のパーツを撃つと敵が膝を折った。  踏ん張りの利かない状態の背面めがけ、助走をつけた蹴りが炸裂する。   つんのめる形で店舗の入り口付近まで飛ばされていく。 「とりあえず室内から出てもらいます!」  立て直し、振り向こうとする視線を搔い潜り、機体の脇を高速で抜ける。  ある程度距離を取ったところでウェトネが両拳を突き出すように射出、剛性のあるケーブルが雁字搦めに押さえて自由を奪う。  脚部の星屑炉がうなりを上げ、全身にエネルギーを回す。 「スノーマウント!ストリーム!!」  大雪山おろし。  フルパワーで引っ張り上げつつ、絡めを解く動作で不規則回転を加える。  対象を店外へ引きずり出すことには成功した。  あのまま拘束しておいても良かったが、ダテイワが被疑者を確保できなければ逃げの一手を残すことになる。  相手に名残惜しさを与えなければならない。  ここからが正念場であるとウェトネは思った。   「さて…景気よくやり始めたみたいだな」  ところ変わってダテイワサイド。  現場を遠目に見下ろせる建造物の上で彼も仕事を始める。  術式から通知される情報では既に一部を除いて2重に交通規制が敷かれている。  通報の内容から今回は転移してから犯行までが早い。   「糸を伸ばしながら逃げてるってことだろうな。二重包囲とはよく考えたもんだ。逃げるに時間がかかる」  地図術式を開き、共有される情報を表示する。  動きを制限しつつも、盤面上の反応は非常に多い。  これまでのプロファイル、そして刑事の勘を駆使し情報をフィルタリングしていく。  突然の交通規制に慌てふためく群衆の中、淀みなく出口に向かう影が一つ。  ダテイワがどこかへ連絡する。 「あー…こちらデルタ、アルファー聞こえるか?」 「聞こえてますぜダテイワさん」 「コードで話せよ、秘密通信なんだからよォ…。まあいい。これからお前の前を何かが不審な何かが通過する。  車両を報告したらそこから離脱しろ」 「尾行はせんでいいんですかい?」 「変に接触してアシがついても困るのはお互い様だろ」 「お優しいこって…」  情報屋の側面を持つダテイワ・クシテル。  自身の足でつかむものもあれば、王都内外に張り巡らせたネットワークから売買することもある。  会話していたのはその協力者の一人。  ウェトネに抱えられている間に彼らへ連絡し各所に配置、警察の包囲網以外にも網を用意した。 「…? 言われたような車両は来ませんぜ」 「何が通った?」 「いや、クルマらしいクルマは…。真っすぐ動いてたのは鎧の騎士とかくらいで」 「そいつだな。何か背負ってたか?」 「背嚢はデカかったですね。冒険者と言われればまぁ普通のサイズでしょうけど」 「ちょっと予定と違うが…まぁいい。引き上げてくれや。…他の奴らもいいぞ」 「うーす」    これまでの逃走の速さから複数犯かと思っていたダテイワ。  自分で用意した包囲を解き、犯人の方向に向かいながら認識を改める。  目星は当たっているのか、いや当たっているはずだ。  ギャンが片付けたヤマはこの一連の事件と関係している。  逮捕または処理された件の少女解体犯はそのほかの構成員と照合すると何名か足りない。  それが今回の黒幕に取り込まれて現場部隊にされている。  ダテイワは現状をそのように推察した。 「まさか、残弾がないのは…」  辻を抜け、人ごみを抜け、開けたところで相手を見据える。  大きな背嚢のフルフェイス、フルプレートアーマー。  多くの人が流入するサカエトルにおいてこのような鎧姿は珍しくない。   「待ちねぇ、ヨロイの兄ちゃん」  ダテイワが声をかける。  鎧は声のした方向を見てぴたりと動きを止める。 「わかるか、警察だ。悪いがついてきてもらうぜ。理由はわかるだろ?」  鎧が構え、腰を落とす。 「おいおい、俺はそういうの苦手なんだよっ…!」  走ってくる鎧を寸前で避ける。  よろける中年めがけて再度一撃が飛んでくる。 「うぐっ…」  後方へ飛ぶことで鎧の一撃を軽減する。  しかしながらそこはダテイワ、荒事は対処するより回避することを信条としているため気絶しない程度のダメージ。 「まぁでも喰らった甲斐はあったか…」  ダテイワを穿った腕が溶けていく。  中身はない。 「服だけを溶かすスライムってやつだ。精製強化したやつな。その装甲…いや拘束具か?グズグズだぜ」  スライムが腕部から脚部へ広がり膝を折らせる。  胸部装甲が溶かされたとき、そこに男の姿があった。 「た、助けてくれ…!」 「…ったく嫌な予想は当たるモンだな。お前も組み込まれた側だったか」  背嚢ごと鎧と一体化してしまっている男。   「実験が成功したら俺を戻してくれるって!奴らは!!」 「そういってお前のお仲間は帰ってきたかよ」 「そんな…助けてくれよ…」 「人間切り刻んでたやつが今際の際に命乞いか?」 「お、俺はやってねぇ!配属されたその日のうちにガサ入れされて…それで…」 「そいつは可哀想なことだが…知らぬ存ぜぬで通せるもんでもねぇぞ。  まあそこはいい。お前が動かしてるアレ、今は止まってんのか?」 「あぁ!止まってるはずだぜ!…なんでだ、動いてる!動いてるぞ!」    慌て始める男、宥めるようにダテイワが話しかける。 「話が見えねぇ、落ち着いて話せ、俺はお前を殺しゃしねぇよ」 「…俺たちは奴らに商品を取り上げられた後、始末される代わりに実験台になったんだ。  生きてたかったからな…。そしたらこのザマだ。  鎧に縫い付けられて、あの黒いのを運転できるようにされて、  上手くやったら解放してやるって…解放してやるって言ってたんだよ!!」 「クソ…ウェトネ!聞こえるか!!」 『戦闘中につき、簡単な受け答えしかできませんが…!』 「被疑者の身柄は押さえた、だがそっちがスタンドアローンになったみてぇだ」 『了解 もう手加減しなくて良いってことですね?』 「そうだ。…早く楽にしてやってくれ」 『…了解!!』  舞台戻って銀行前、これまで時間稼ぎに神経を使っていたウェトネの駆動音が強くなる。 「終わらせます!」  自動操縦に切り替わったとされるタイミングから動きにキレが増した。  否、自身を顧みなくなった。  破損をいとわず突撃してくる黒い塊を華麗に飛んで躱す。 「腕部トルクモーター最大出力…グリム…リパーッ!」  背面から肩にかけてを一閃。  高速回転する手刀が腕部を切り落とす。 「もうひとーつ!」  敵機体の腹部に腕を突き刺し勢いよく貫く。  内部パーツの一部をくりぬいて吹き飛ばした。 「これで…!」  エネルギーを精製する内燃パーツ、転じて内部機関を焼却するための自爆機構。  少女たちを縛る拷問器具は静かに彼女たちを抱きしめる棺と成った。  ズシンと音を立てて崩れる本体。   「時間をかけてしまってごめんなさい。…貴方が眠るべき場所にお返ししますね」  亡くなった人、処理されてしまった人、もはや戻らない。  被害者遺族にどのように話すか、そもそも告知しないのか、自身が判断できるれ別の事柄でないことはわかる。  それでも何か、これに携わることがあるのならば、できることはないだろうかとウェトネは思っていた。   『ダテイワ刑事、こちらは状況終了いたしました』 「お疲れさん、片づけは後続に任せな。一度こっちに合流してくれ」 『しかし…こちらの引継ぎは…』 「サトーが監視についてるだろ、任せておけ。お前の仕事は終わりだ」 『わかりました。少々お待ちください』 「あいよ」  ウェトネとの通信を終え、ダテイワが拘束した容疑者兼被害者の方を向き直る。 「お前の迎えもじきに来るだろうさ。元の生活に戻れるかはわかんねえが…。  まあ曲がりなりにもヒュドラの盃を貰ったんだろうから、命はなんとかなんだろ」 「そうか…!」 「ナニ安心してやがる」 「は?」 「迎えが来る。元の生活に戻れるかはわからない。取り調べの話だぞ。  お前がその姿から元に戻れるとしたら、捜査が終わってからだろうよ」 「そんな」  ヒュドラ構成員の近くまで行きしゃがみ込む。 「そんな都合のいいことはねぇよ。あんまり流ちょうにデマカセを喋るもんで笑いがでそうだったぜ」 「…なんだと?」 「顔が割れてないとでも思ったか。お前、解体チームの流通責任者だったろ」  この男、若いナリをしているが、それはヒュドラ盃による肉体強化の影響。  人体解体チームの流通部門を担当しており、ギャンらによるガサ入れで取り逃がしていた者の一人であった。 「ガサ入れ前にやってきた闖入者と取引したな?  自分がいなくなればこれ以上のブツは見込めないとか言って。その挙句がこれじゃあ、なんとも」 「くそが…」 「今回の件でお前が知ってることなんざ、たかが知れてることだとは思うが。  これまでの件も含めてしっかり協力してもらうぜ」 「ハッ…悪党警官が。まともなフリしてんじゃねえよ」 「そういうのは聞き飽きたよ。おら、迎えが来たぜ。」  男は静かにハチロクに載せられ連行されていった。  ダテイワは静かに別の場所へ向かう。 「ウェトネ!」  ダテイワに合流せんと動き出すウェトネに、後方からバックアップしていたサトーが駆け寄ってきた。   「大丈夫?」 「ええ!大丈夫ですとも!」 「本当に?」 「…嘘です。今回はちょっと疲れました。精神的に」  ロボはロボ、人は人、そうは言えども心で動くのがエジンナイルの勇者たちであろう。  ウェトネもその例には漏れない。  彼女が気持ちで動くことこそが彼女を警察ロボでなく警察官たらしめているのかもしれない。 「…では、後はよろしくお願いしますサトー先輩」 「わかった。ダテイワ刑事と話したらすぐに帰るんだよ?」 「了解です」  ところ変わって都内某所、容疑者を引き継いだその足でダテイワがやってきた。 「ヤサはここだと思ってたんだが…まぁもぬけの殻だよな、操縦係のタマは撃ち尽くしたからよ」  おそらくラボがあったであろう後を指でなぞりながらダテイワがつぶやく。  きれいに撤収した跡。  一方通行の転移に使用されたであろう魔法陣のみが遺されている。 「鑑識でわかるとしても技術体系だろうが…このアガリじゃ大臣納得しねぇだろうな」  一つでも多く情報を持ち帰るために辺りを探る。  残滓はないようにも思えたが、換気扇周りに手をかけた。   「小うるさい姑かっての…ん?」  指に付着した埃と軽い痛み。  すぐに指を拭き取り小瓶に採取する。 「細かい粒子…埃に混じって…こりゃ一体」 「…やはり証拠は確実に滅却するに限る」 「誰だ!?」  突如発せられた声の方向に振り向くと白い男がいた。  否、正しくは白い兜とマントの人物である。 「…見たことあるぞ、お前。バルロス、ヒジンドー機関の…シュッツガイスト」  シュッツガイスト、魔工都市バルロスにて組織されたヒジンドー機関幹部。  機工竜バルロスの守護天使を自称する仮面の男。   「警察機構というものも侮りがたい。諜報機関ではないのだろう?」 「こういうのはまぁ、俺の趣味ってところかな…」  彼我の戦力差は明白、どうにかして切り抜けなければならない。  軽口を叩きながら、ニコチンの切れた脳みそを最高出力で回転させる。 「俺を消すかい?」 「ここに訪れたのは、この施設からの撤収を確認するためだ。  部下達のいた痕跡を残してはならない。…ここまで言えばわかるだろう」 「引っ越し前はちゃんと掃除するように部下に伝えな、旦那」 「…」  無言で男が腕を構える。  おそらくこれを振るえばダテイワなど木っ端みじんに吹き飛ぶだろう。 「おっと、どうせ死ぬなら答え合わせをさせてくれや。大丈夫大丈夫、こんなとこ人っ子一人来ねえよ」  魔術的な隠ぺい、隠すのではなく目立たなくするアプローチ。  雑居ビルの一室を空間魔術で拡大する。  どこにでもあるが故にどこにも存在しない。  ダテイワ自身も見つけることが出来たのは「違和感がない」という違和感のためである。 「ホロビタルリング…そこの探索不可能ゾーンだろう? 換気扇に残ってるのはその粒子か」  ホロビタルリング、惑星軌道上に存在する超巨大構造物。  技術の最終地点、否、それを志す者であれば通過点と呼ぶだろうか。  二柱の女神の確執を繋ぐハビタブルゾーンの限界点と言える。   「今回の人体パーツを使ったカラクリ。これをバーティルーン、死者の軍隊に混ぜて送り返すって算段だろうよ」 「…」  仮面の男が手を下げる。  首の裏に脱水症状もかくやという汗をかきながら、まずは第一関門を突破したとダテイワは確信した。 「俺は原理がどうこうの難しい話は知らないぜ?  でも姉の方か?それが大切にしてる領域があるって話じゃねえか。  何かはわからねえが、お前はそこにある何かが欲しい。  いや…必要なのは”外”に行くためか」 「ほう…」 「意外と聞き上手じゃねえか旦那。俺も話がいがあるってもんだ。」 「…命を削る者には敬意を示したい。それが吹けば消える儚いモノであっても、な」 「ならばせめて終えるまではご静聴いただきたいもんだね」  信用に値する言葉であろうか。  何せ、この舞台は観客の機嫌一つで幕が引かれる。  役者の都合は一切関係ない。  ダテイワはこの即興劇を文字通りの鉄面皮に向けて展開しなければならない。   「アンタ方があのリング外へ行くために人造勇者を生み出してるのは知ってる。  生命倫理なんてあったもんじゃないが、そんなことは知ったこっちゃない。  しかしサイキョーの人造勇者を外に送り届けるための扉はこわーい女神サマが管理してる。  勇者様がサイキョーなせいで武力でことを構えようなんて考えたら土台が崩れちまう。それじゃ本末転倒だ」  役者は歩き始める。  彼が動く平らな床はその実、どこを踏み抜くかわからない薄氷である。 「人を内包した鎧、あの輪っかから落ちてくるアレだ。  おかしいぜ、似てるよな今回のソレに。  アレにソレを紛れさせてリングに侵入、敵勢力を内部から制圧する。  自国の人間を入れないのは、アンタらは技術者を決死隊にはできねえからだ。  大切にしてるわけじゃねぇ、単純にマンパワーの不足だな。  ゴーレムやホムンクルスじゃ人間大好き女神様には絶対にばれる。  だから人もパーツとして必要分を調達することにした」  顎をさすりながらターンを決める。 「圏外へ行くにはリングの完全掌握が必要、今回はその実験、大方そんなところじゃねえかい」 「流石だ、よくぞ推測した」  仮面の男は拍手を送る。  役者への称賛、そして舞台の終わり。 「問答は終わりだ。解を抱えて終えるが良い」  焦りを出しつつもダテイワは笑う。   「ハハ、役者へのおさわりは禁止されてるんだぜ…ッ!」  後ろへ飛ぶダテイワ、当然のようにシュッツガイストは間合いを詰めようとする。  潰されるその余白に拳の回転槍が割り込む。 「!?」 「くそ、今の避けやがるか…よっ!」    奇襲に加えての投擲物、これも当たり前のように受け止められる。 「…」 「流石だぜ、アンタ。戦士としても大概だな」 「ダテイワ刑事!」  奇襲を実行したウェトネが突入してくるがこのタイミングではもはや間に合わない。  シュッツガイストの腕が振り下ろされる瞬間。 『パイパイ☆シスターズが成敗してあげるわ!』  突然三人の女が仮面の男を掴み姿を消した。  何が何だかわからず固まるウェトネ、安心で腰が抜けて動けないダテイワが現場には残された。 「…どういうことでしょうか?」 「そいつだ」    ダテイワの指差す先に落ちているピンクの何か。 「コチョウピックですね」 「良く知ってるじゃねえか、博識だな。アイツが召喚者になるギリギリのタイミングで渡してやった」  コチョウピック、対戦相手を記録し、召喚、再戦するためのアイテム。 「これで、あの女性たちを召喚したと」 「あぁ、パイパイ☆シスターズだ」 「はい?」 「パイパイ☆シスターズだよ」 「もう一回」 「パイパイ☆シスターズ、わざとだろもう」  パイパイ☆シスターズ、魔王軍…かは定かではないが対象を自身の結界内に転送して麻雀を強制させる布面積の少ない女性たち。  それを3人、召喚者と合わせて面子が揃う様に召喚した。 「再現体だから前口上は最低限、麻雀するだけの装置さ。面子も揃ってるしすぐに卓を囲める。  お面野郎の雀力がどんなものかは知らねえが、ここから遠く離れたところに吐き出されるだろうさ」  座したダテイワにウェトネが手を差し伸べる。 「…っと、ありがとよ、間に合ってよかったぜ。おかげで牌を掴ませることができた」 「集合地点にいないときは困りました。しかし、まさかこれをそのまま活用するとは」  何もない虚空を引くようなそぶりを見せるウェトネ。   「こうなる可能性はあったからな。何もなかったらゴメンで済むだろ」 「意思の伝達が可能な不可視の繊維、普通に使えたんですねこれ」  ダテイワの手には何らかの装置が握られている。  機甲強盗が機体を有線操作するために開発された疑似神経カートリッジである。  操縦者との接触時に拝借した装置からここまで糸を伸ばしてきた。  ウェトネが自身を探索するであろうルートに網を張り接続、通信開始、現在に至る。 「何はともあれ事件はいったん解決を見たってわけだ」 「あの…」  話を切り上げようとするダテイワにウェトネが尋ねる。 「他の犠牲者たちの話か?」 「ええ、我々で何かできることはないかと」 「まぁ、現状できることはないわな。ここからは政治のお話、あのタヌキにでも動いてもらう他ないぜ」 「ううむ…」 「悩んでも仕方ねえ。今日は引き上げだ。次の事件を起こさないために、明日も元気に出てくんだぞ」 「…はい」    現場に戻るウェトネを見送り、ダテイワもその場を後にする。  人気のない廃ビルに侵入した彼はそこで通信術式を広げた。 「もしもし、聞こえてるんでしょう大臣」 『あぁ、聞こえているとも。事件は解決かね?』 「バトンタッチといったところですね。こっちでできることは終わったので」  ダテイワは事の顛末を話した。 『バルロス、ヒジンドー機関…。そもそも国家間の話として成立するかどうか』 「それでも頼んますよ大臣。」 『ふん、久しぶりに組んで行動したせいか絆されたか?』 「そうかもしれねぇですね」 『…国内外への諜報費を多めに割く。なんなら新規に諜報部門を新設しても良いが。  来るか?ダテイワ・クシテル』 「やめときますわ。そんなことしたら命がいくつあってもたりねぇんでね」 『まあ良い。此度は大義であった。残りは書面にして送れ。報酬は指定の口座に振り込んでおく』 「へへ、毎度あり」  通信が切り、タバコに火をつけるダテイワ。  絆されたからではない。  必ず犯人をあげると息巻いた上でこの結果は歯切れが悪い。  自身の手が届かない案件、状態は己の無力を痛感する事態である。 「ま、しばらくはバルロスのあれこれが飛んでくるかもしれねえと思えば、ちんやりもしてられねぇわな」  この後の潜伏先のことを考えながら、ダテイワはサカエトルの街に消えていった。  ところ変わって銀行前のウェトネ。  なんだかんだで現場の片づけを手伝っている。 「結局戻ってきたのねウェトネ」 「はい、役割分担は大事ですがそれはそれ、できることはできるだけ全部手を付けておきたいんです」 「はは、わがままだね」 「そうです。…サトー先輩。また今度お出かけしませんか。色々リサーチして、ゆっくり休日を楽しんで」 「うん、いいよ!今度はどこにいこうか」 「そうですね…次は…」  仕事を傍らに休日の予定を立てる若手たち。  当日待ち合わせ場所に現れたのがギャンだったのは別の旅の別のお話。 「いい加減じれってぇと思っていたところなんで、ちょっと強硬策です」  鋼鉄の乙女は笑いながらそんなことを漏らしていたという。