深夜一時を回っても、身体の芯が冷めなかった。  エアコンは切ってある。窓も細く開けている。なのに掛け布団を蹴り出した脚の内側だけが、汗ばんだまま熱を抱え込んでいる。篠宮澪は仰向けのまま、パジャマの襟元、いちばん上のボタンに指をかけた。前を全部留めるのが自分のルールだ。守れている夜は、朝の目覚めが気持ちいい。指は、そのルールを一つ外した。 「……暑いだけ」  言ってから、しまった、と思った。壁一枚向こうで、妹のベッドがぎ、と鳴る。寝返りの音。それきり静かになって、家全体が息を止めたみたいになった。  澪は天井を見上げたまま動かなくなった。心臓が首の横で打っている。ここは実家で、この壁は薄くて、去年の冬に妹の目覚ましの音で自分が起きたことがある。つまり、逆も成り立つ。  肩の力を抜こうとして、太腿をこすり合わせた。ただ姿勢を変えただけだ。そのつもりだった。合わせ目のところ、下着の布がぬるりと横へずれた感触があって、澪は膝を止めた。 「……なにこれ」  寝汗、と処理しようとした。汗はこんなふうに、動いたときだけ音もなく滑ったりしない。  パジャマの上から、澪は胸に手を置いた。確かめるだけ。呼吸が速いかどうかを測るだけの、体調管理の手順。手のひらの下でおっぱいはやわらかく潰れて、横へ逃げて、その真ん中に硬い一点があった。布ごしにも分かるくらい、はっきりと立っている。 「……嘘でしょ」  指を離す。離した拍子に乳首が布に引っかかって、背中が一瞬だけ跳ねた。跳ねた自分に驚いて、澪は口を薄く開けたまま数秒固まった。  これは、そういうことではない。眠れないだけ。眠るために、身体の緊張を解いているだけ。理屈は三つくらい用意できたのに、手はもう二つ目のボタンを外していた。 「……胸だけ。胸だけなら、別に」  声が小さいのは、遠慮ではなく計算だ。妹の部屋との境は北側の壁で、ベッドの頭がちょうどそこに寄せてある。澪は身をよじって、枕ごと壁から少し離れた。それだけの動作なのに、脚のあいだで布がまた滑って、喉の奥がひゅっと鳴った。  パジャマの前が開いて、夜の空気が肌に触れる。窓からの外灯の光が斜めに入って、白い膨らみの上側だけを撫でていた。仰向けだから、おっぱいは重みに従って外へ流れて、いつもより平たく広がっている。その頂点で乳首だけが、ぷくりと影を作って上を向いていた。自分の身体なのに、知らない誰かの写真を見ている気分になる。  澪は人差し指の腹で、その一点を上から押した。  押した先が沈んで、周りの肉がふにゅっと逃げて、指の第一関節が乳輪の縁に嵌まる。押し込んだところから熱がじわりと広がって、下腹の奥がひとりでに、きゅ、と縮んだ。 「ぁ……っ、」  慌てて唇を噛む。噛んでから、澪は自分の反応を検分した。胸を押したのに、締まったのはお腹の下。距離が離れているのに、繋がっている。そんな配線は誰にも教わっていない。 「……なんで、下が動くの」  もう一度、今度は指の腹で撫で上げた。つん、と弾いた。弾かれた乳首がわずかに揺れて、揺れが収まるより先に、脚の付け根で下着の布が確実に湿った。  湿った、ではない。染みた。内ももに冷たい線が一本、外へ流れていくのが分かる。 「やだ……こんな、なるわけ……」  言いながら、澪は膝を立てた。立てただけで、下着が食い込んで、そこが自分でも分かるくらい膨らんで熱を持っているのが布ごしに伝わってくる。指を伸ばせば届く。届くのに、澪の手はパジャマの裾を握って止まっていた。  止まっている自分を確かめて、少しだけ安心した。まだ大丈夫。まだ、線は越えていない。  その安心が、次の一秒で裏切られた。腰が勝手に浮いて、股間を空気に押しつけるように前へ出たのだ。誰も触っていないのに、身体のほうが手を探した。 「……っ、ちょっと、待って」  自分に向かって言っていた。待ちなさい、と命令形が出て、出たそばから語尾が溶けた。腰が下りるとき、下着の縫い目がちょうど敏感な芯を撫でていって、澪の膝が内側へ倒れた。  どうしよう、と思った時にはもう、指は下着のゴムの内側にあった。 「……一回だけ。一回だけしたら、ちゃんと寝る」  それが取引の条件だった。声に出したのは、契約は口に出したほうが守れると知っているからだ。だから今のは決意であって、欲ではない。  指先が茂みを越えて、その下の割れ目に触れた瞬間、澪は息を止めた。  ぬる、と滑った。触れる前から用意ができていた。指を置いただけで、おまんこの入口が指の腹を吸うみたいに動いて、そのわずかな動きだけで腰から上がぞわりと粟立った。 「んぅ……っ、ふ、ぅ……っ」  声が鼻から抜けた。抜けた瞬間、壁の向こうで布団の擦れる音がした。  澪の指が止まる。全身が止まる。呼吸まで止めて、五秒、十秒。妹の寝息が規則正しく戻るまで、澪は天井を睨んだまま彫像になっていた。  そして、止めているあいだに、内側が、きゅうう、と締まった。  誰も触っていない。指は止まっている。なのに勝手に締まって、その締まりが指を押し返して、腰の裏に痺れが走った。 「……え、なんで」  小さく、本気で分からない声だった。澪はもう一度、わざと動きを止めてみた。息を殺して、耳を壁に向けて、指をぴたりと押し当てたまま。  止まっているのに、そこはひくひくと動き続けた。動くたび、内ももの筋がびくんと跳ねる。  止めるほど昂ぶっている。声を殺すほど、殺したぶんが下へ落ちてくる。 「……そんなの、おかしい」  おかしいと言った口で、澪は枕を引き寄せた。半分を顔の横に立てて、いつでも噛めるようにしてから、指を動かし始めた。おかしいなら、なおさら早く終わらせるべきだ。終わらせるためには、続けるしかない。理屈は通っている、と思う。  中指を折り曲げて、割れ目の上端をなぞる。二度目でその小さな粒に当たった。当たった、というより、剥き出しになったそこが指を捕まえた。 「ひ、ぅ……っ、ぁ、ま、待って、そこ……っ」  肩が跳ねて、かかとがシーツを蹴った。クリトリスは思っていたより外に出ていて、指が触れるたびにぴくんと逃げる。逃げるのを追いかけると、追いかけた分だけ腰が跳ねた。ぬるついた液を絡めて、円を描く。ゆっくり、小さく、時計回り。  三周目で、澪は枕に口を押しつけた。 「……ん、ぅ゛ぅ……っ、ふ、う……っ、んん──っ」  くぐもった声が羽毛に吸われる。吸われながら、澪は自分が声を出さないために全身に力を入れていることに気づいた。歯を食いしばり、つま先を丸め、太腿で自分の手首を挟み込んでいる。その力みが全部、指の下へ集まってくる。  黙っているほど、気持ちがいい。  認めたくない発見だった。認めないまま、澪の手首は速くなった。 「だめ、だめだって……声、出ちゃ……っ、お姉ちゃん、こんな……っ」  自分を「お姉ちゃん」と呼んだのは、隣で寝ている子の視点が頭をよぎったからだ。よぎった瞬間、おまんこの奥がどろりと重くなって、指の下で粒が一段硬くなった。想像したら悪化した。悪化したことに気づいてしまった。 「ちが……っ、ちがう、そういうんじゃ、なくて……っ」  訂正しながら、澪は空いた左手を下へやった。中指を、濡れてぱくりと開いた入口へあてがう。  当たる。押し当てる。縁が指の形にへこんで、抵抗して、それから、ぬぷ、と沈んだ。  第一関節。息が詰まる。第二関節。腰が浮く。付け根まで入りきったところで、澪は動きを止めた。中が指を丸ごと包んで、脈に合わせて締めて、緩めて、また締める。自分の内側がこんなに忙しく動く器官だと知らなかった。 「……はいっ、ちゃった……わたし、指、入っちゃっ……ぁ、ぁ、ぁ」  言葉が三回目で崩れた。左手が中を浅く出し入れし、右手の指が上の粒を潰し続ける。二つの手はまるで別の生き物で、どちらも澪の言うことを聞かなかった。ぬちゅ、ぬちゅ、と粘った音が布団の中で鳴って、その音が自分の耳に届くたび、澪は音の大きさに耐えられなくて枕をきつく噛んだ。  腰から下が、ふわりと軽くなった。  来る、と分かった。分かるほど、その形をはっきり知っていたわけでもないのに、身体のほうが順番を知っていた。膝が震えて、内ももがひとりでに閉じようとして、閉じきれずにびくびくと痙攣する。 「だめ、だめ、だめ……っ、いま、だめ、聞こえ……っ、んぅ、ぅ゛──っ」  だめ、が止まらない。禁止のつもりで出した言葉なのに、口が繰り返すほど指が速くなる。だめ、と言うたびに中が締まる。だめ、が合図になっている。もう意味が反転していることに、澪自身がうっすら気づいて、気づいたことがとどめになった。 「──っ、ぅ、く……っ、ん゛……っ、あ、ぁ、や、やだ、やだ、く、くる、くるっ、きちゃ……ぁ、ぁあ、ぁ──」  枕の端が唇からずれた。ずれた隙間から、抑えていた声がひとかたまり漏れた。  その瞬間、澪の背中がベッドから浮いた。  中に入れた指を、内側が万力みたいに締め上げる。締めて、離して、また締めて、うねりが指の付け根から奥へ順番に走っていく。腰が三回、大きく跳ねた。跳ねるたびに、粒に押し当てたままの右手が新しい波を叩き出して、澪はもう何も考えられなくなった。つま先がシーツをたぐり寄せて、かかとが宙を蹴って、開いた口からは声にならない息だけが、ひゅ、ひゅ、と出ていった。  視界の端が白く飛んだ。  それから、ゆっくり降りてきた。 「……っ、は……ぁ、……ぁ……っ」  背中がシーツに落ちる。落ちてもまだ、下腹の奥が思い出したように、きゅ、きゅ、と縮む。そのたび指が締めつけられて、澪は小さく呻いた。指はまだ抜けない。抜こうとして、締まりに引っかかって、その引っかかりでまた腰が跳ねた。  太腿が細かく震えている。汗が首筋を伝って、耳のうしろへ落ちていく。前を開いたままのパジャマの下で、おっぱいが呼吸のたびに大きく上下して、乳首はまだ硬いままだった。  壁の向こうで、ぎ、と音がした。  澪はびくりと肩を跳ねさせ、慌てて口元へ枕を戻した。戻した拍子に、また中がきゅうと締まって、余韻の波が一つ、遅れて腰を撫でていく。 「……っ、ん、ぅ……っ、や、まだ……終わって、ないの……っ」  濡れた指を抜けないまま、澪は目尻に溜まった涙を枕の端で押さえた。震える息の合間に、誰にも聞こえない声で、自分にだけ言い訳をした。 「……一回だけって、言ったのに」