コージン=ミレーンの日記 D月J日 星骸炉なる忌器の破壊を目指し、かつてバルロスの街があったという地を見下ろす山の峠へと立っている。 いかんせん全貌も見えない組織だけにどこまでが奴らの勢力圏か分からない。故に警戒には万全を期する必要があるのであった…。 「そろそろ入り込む準備をするか、お前も何か顔を隠すものを用意しておけ…」 俺は聖騎士の制服と覆面を着込みながら、ライトにも変装を即した。 「でもここって大分昔に滅んだ街なんでしょ。人がいるかいないかも怪しいのに、わざわざ変装する必要ありますか?」 「前の邪竜教団相手の時もそうだったが、全貌の見えない組織立った敵を相手にするのに、こちらの素性を晒しているのは不利でしかない。それにこうしている間にもすでに奴らに見られているかもしれないから、ここからは警戒をして行くぞ!」 俺の意を決したような物言いにライトも気を引き締めたようで、以前レストロイカ帝より賜った気ぶり仮面を荷物袋から取り出して装着した。 *   *   *   *   * 「この街のことは良く分からないんですけど、確かバルロスという機械の竜がいたんですよね?」 「俺も資料とかで見た情報ぐらいしかないんだが、バルロスとは先の人魔大戦の際に作られた巨大ゴーレムで永久魔力炉といった現代の科学力でも再現が難しい高度な技術で出来ていたらしい。その技術を解析するために、多くの科学者技術者が集まったことで出来上がったのが学術都市としてのバルロスだ」 「そんなすごい街が一体どうして今は跡形も無くなったんですか?」 「その高い技術力を用いたこの地の防衛組織は下手な国軍よりも強力で、魔王軍に対しても多大な戦果を得ていた。しかしある日、街の内部に突如現れたエビルソードとの交戦によって滅んだとされている」 「まるでカンラーク事件と同じじゃないですか。エビルソード、何て恐ろしい奴なんだろ…」 噂に名高い魔王軍四天王、その強さの片鱗を聞いてライトも脅威を感じるのであった。 ミレーンはかつて一時的に共闘した元人造勇者でもあるスナイプの言葉を思い出しながら言う。 「ここからはスナイプの奴から聞いた話だが、バルロスの防衛隊の抵抗はエビルソードとも互角で人造勇者たちの犠牲も多かったが退けることはできそうだったらしい」 「じゃあ一体この街が滅んだのは誰が…?」 「バルロスの本体、つまり機工竜バルロスが突如起動し街を崩壊させ、どこへ飛んで行ってしまったんだ。エビルソードはそのまま帰ったからアイツが勝ったみたいに思われているが、実際のとこは痛み分けだよとスナイプの奴は言ってたな。まぁとりあえずこれがバルロス事変と呼ばれる件の真相だそうだ」 「とにかくこの一件で生き残った人々は散り散りになり、様々な国や勢力にその技術は広まっていった。俺たちが戦ったあのメックスーツもその一つじゃないかだとさ」 黒い甲冑ことメックスーツの厄介さは俺もライトも身に染みて知っている。故にこれから戦うであろう人造勇者にも十分対策を練らねばならない。 「人造勇者とか何たら機関とか呼び方が色々ありますけど、どういう組織なんですかこいつ等?」 「バルロス防衛隊とは所謂バルロス軍のことなんだが、その中にある特務機関で『特殊兵装実験部隊第四中隊』が正式名称。人造勇者とはその部隊で戦闘を行う改造人間の兵士のことであり、そいつらプラス開発やサポートを行う技術陣を加えた総称をヒジンドー機関と呼ぶらしい」 「元は優れた技術者でもあったイッテナン=ドナー中佐が立ち上げ、魔王軍との戦いでは敵拠点を取り返す戦果も上げたが。多くの予算や人員が回ってくると次第に組織は暴走し、ドナー中佐の死後は軍内部でもやりたい放題だったみたいだ」 「スナイプの奴も『転属命令で行かされたら無理やり変なもん仕込まれて改造人間にされちまった。後期の人造勇者連中はそんなのばかりだから、軍が無くなってせいせいしてるし戻る気も関わる気もねぇよ』だとさ」 「これから僕たちが戦うことになるのはその生き残りなんですね」 「粗製乱造された後期型と違って初期型、特に拾番台ぐらいまでの連中はコンセプトやプランも練られて作られているから強力な力を持っている者が多い。そして俺たちが戦うだろう相手は恐らくその初期型メンバーになるだろうと…」 『初期型のメンバーは仲間意識の強いやつらが多かった。もっともそれは初期型同士の話であって、他の後期型とはどこか一線を画していたよ。まるで常連だけで盛り上がってる酒場のような居心地の悪さがあったから後期型は軍解散後みんな消えちまったし、徒党を組んでやらかそうとしているのは初期型の連中なのは間違いない…』 初期型人造勇者の能力についてスナイプに問い質してみたが、彼は詳細はよく分からないと言ってた。 『俺たちとは一線を画してるって言ったろ。アイツらは妙に秘密主義で戦闘中に晒している部分程度の情報ぐらいしか俺たちには見せなかったんだ…』 山道を下りながらミレーンはライトと情報の共有をする。 下り坂の中腹からの眼前にはバルロスの街であった土地の全景が見える。周囲を山に囲まれた広い盆地の中に無数の廃墟が残っている。 そしてその中心地には半径2~3kmほどはある真円の更地が広がっている。おそらくそこは機工竜バルロスの起動した余波で生じた爆心地のようなものなのだろう。 *   *   *   *   * 山道を下りバルロスの街に入る。見渡す限りの瓦礫の山、そしてその傍らには今はも動かないであろうゴーレムがいくつも転がっている。 「すごいなぁ…、こんだけの数のゴーレムなんて今まで見たことないですよ。しかも五体満足で状態の良いのも結構ある。ジャンク狙いの冒険者に聞かせたら、凄い数の人たちが押し寄せますよ…」 ハイエナのように残り滓の中からお宝を探すような冒険者はこの世界にはうんざりするほどいる。 持ち主の所在が不明で交戦の恐れがないゴミ漁りは、効率の良し悪しは置いておいて危険性と言う意味では安全と言ってもいいレベルではある。 にも関わらず手付かずのゴーレムがそのままで放置してあるのは情報が知られていないのか、それともこいつらを守る墓守のような者でもいるのだろうか…。 とりあえず中心地の方向を目指して歩みを進める。すると遠くから銃声が聞こえてくる。 早速敵のお出ましか! ライトを伴い銃声の聞こえる方向へと向かって行った。 現場にたどり着くと瓦礫に退路を塞がれた状態で少女が4体の獣人に囲まれていた。獣人は鳥型、犬型、虫型、蜥蜴型の4種。 追われている少女…いや正確には小型の女性型ゴーレムのようだ。 客観的に言うなら小さい女の子が屈強な獣人4体に囲まれた絶体絶命の状況に見える。 瓦礫の陰から様子を伺っていると獣人たちの囲みの向こうから男の声が聞こえてくる。年齢的には20代前半の若者といったところ、そいつは獣人ではなく軍服を身に着けていた。 「ったく手間かけさせやがって! さっさと盗んだブツを返して一緒に来るんだな。背後関係に関して色々聞きたいことがあるから、即破壊なんて真似はしねぇから安心しろ」 どのしろその流れだとろくな目に逢わないのは分かるから、応じるわけないだろと思っているとゴーレム娘も反応する。 「断る。コイツはマスター所縁の命令だ。お前たちが引かねば私と一緒に粉々になってもらう」 軍服男はチッ!と舌打ちしながら応える。 「吹っ飛ぶなら勝手に吹っ飛べよ。その前に俺たちがそのリュックを引き剥がせばいいだけさ」 4体の獣人が軍服男の合図で飛びかかる。タイミングを合わせたかのようにゴーレム娘は両腕をマシンガンへと変形させる。 ゴーレム娘の放つ弾丸は近接距離なので獣人たちにキレイに着弾する。しかしながら獣人たちの生命力が強いのか一瞬反動で怯むものの、くたばるどころか引く様子も見せない。 この状況どう見ても人造勇者とその対抗者であろうと判断し、ライトに目くばせすると戦闘へと乱入する。 俺はいつものように両手両足に魔力を込める。強化された手刀で虫型獣人を一刀両断する。ライトは両の腕から刃を生やし犬型獣人を切り伏せる。 俺たちの姿を見て軍服男は苦虫を嚙み潰したような顔になる。 「何だぁお前らぁ…どこのもんだぁ?! このゴーレム女の仲間か何かか? まぁいい情報源は一人で構わねぇ、お前らはとりあえず殺すわ…」 軍服男が携えてた大剣を構える。 「お前は人造勇者なのか?」 名乗り代わりに聞きたかったことを軍服男に質問してみる。軍服男は訝し気な表情を見せた後、にやりと笑いながら答えた。 「俺たちのことを知っているってことは敵であるのは間違いないようだな。その通り!俺は人造勇者漆號レーベン=フィール様だぁ!」 漆號は大剣をまるで曲芸でも見せるかのように軽々振るって俺に斬りつける。おそらく改造手術的なもので身体の強化をされているのだろう、だがその技は大分お粗末だ。 荒い太刀筋に加えて扱いにくい大剣、振り切った隙間を縫い腰を掴むと俺は奴にフロントスープレックスを決める。もちろん一撃で仕留めるために頭から叩きつける通常の試合では禁じ手verだ。 俺が漆號を仕留める間、ライトは残りの犬型と蜥蜴型の獣人を両腕の刃で切り捨てていた。 ライトがゴーレム少女に大丈夫?と聞くと、彼女は「油断するなアイツらはしぶとい」と淡々と返した。 倒したはずの4体の獣人が再び起き上がる。負傷した箇所が徐々に再生されていっている。 ライトもこの状況には「何なんだいったい…」と返すしかなかった。 「奴らは生命力復元力ともに強い。殺すなら心臓を潰すか頭部を完全破壊しろ」 ゴーレム少女は再び両腕をマシンガンに変形させると犬型獣人に向けてヘッドショットを加える。 だが弾丸の口径が小さいためか敵を沈黙させるまでには達しない。 あわやとなったその時ライトの刃が犬型獣人の首とボディを二つに分かした。 「嫌だけど…これしか方法はないんだよね…」 ライトの問いにゴーレム少女は頷いて答えた。 ライトが感情をクールダウンさせると残りの3体を瞬く間に仕留める。 これで状況は終了したかと見届けていると背後から何者かが俺に斬りつけてくるのであった。 「よくもやりやがったな…テメーだけは必ず殺す…」 それは漆號であった。完全にへし折れたはずの首の骨が正常に付き筋肉や皮膚も復元されるのが早回しでもしたかのようにはっきりと見える。 漆號がまた大剣を振るい俺に斬りかかる。強化した左腕で受け止めようとすると前腕に裂傷が走る。 「アホか!聖剣は聖剣でしか受け止めれねぇんだよ!」 そういえばマスグラの国境で戦った捌拾弐號もそんなこと言っていたな。だが聖剣持ちということはコイツは確実に人造勇者の一人ということだけは分かった! 「お前達。一旦引くぞ」 ゴーレム少女がそういうと煙幕が拡散される。煙の中から見えるゴーレム少女のこっちに来いという合図を目標に、俺とライトはそちらへ向かって行った。 煙が晴れてから漆號が視界に見えていたのは4体の獣人の死体と蓋の開いたマンホールであった。 「ちっ!逃げられちまったか。だが穴の中にはすでにアイツが入っているから追う必要はねぇか。あの女に手柄取られるのはムカつくから、適当にボコボコにされてSOSでも出してくんねーかな…」 通信機を起動し状況を伝え漆號は本部に帰投するのであった。 (続く) 煙幕による目くらましで漆號から逃れた俺たちは地下下水道をひたすら進んで行く。途中階層を変えたり隠し通路のような箇所を通りながら30分ほど経った頃、俺たちを先導していたゴーレム少女が歩みを止める。 「もうこの辺でいいだろう。お前たちは一体何者だ?」 それは俺たちの方が聞きたい質問ではあるが、人造勇者に追われているぐらいだから少なくとも彼女は我々の敵ではないはずだ。 「俺たちは忌器と呼ばれる物を破壊するために旅をしている者だ。ここには星骸炉という忌器があると聞いたのでそれを目当てにやって来た。これでいいか?」 「お前たちは人造勇者のことを知っていたが、奴らとは敵対関係にあるのか?」 「奴らとは直接面識はないんだが、忌器に関してのついでの情報として知っているぐらいだ。まぁ最終的には戦うことになるのも辞さないがな…」 「なるほど…少なくとも現状お前たちは敵の敵ぐらいといったところだな…」 「逆にこちらからも質問させてもらいたい。君は一体何者なんだ? それになぜ奴らに追われているんだ?」 「現状2対1で数的には私の方が不利だ。ゆえにその回答に関しては私からの質問にお前たちが答え終わってからにしたい」 一方的な物言いに若干カチンと来たが、これも情報収集のためだと自分に納得させる。 「わかった。で、何を聞きたいんだ?」 「お前たちの目的は聞いた。続いて名前と所属、ついでにその仮面も取ってもらおう。私は素顔を晒さない者を信用しない」 ライトに目くばせをした後、二人とも顔を隠している仮面を外す。 「これでいいか。俺はレ…いや、コージン=ミレーンだ。元聖騎士だが今は一介の冒険者だ。所属なんてものはない」 当初リングネームの方を名乗ろうかと思ったが、さすがに信用はしないと思うので本名の方を名乗った。もっともこれも半分は偽名なのだが… 「僕はホワイトライト。同じく冒険者でミレーンさんの相棒です。所属は冒険者ギルドってことになるのかな…」 ゴーレム少女は数秒ほど目を閉じながら情報を咀嚼しているようだ。 「お前たちは現状私に害がないと判断したので質問に答えよう。私の名はメトリ。元バルロスの住人でかつてはお前たちと同じく冒険者もしていた。とある人物の依頼で奴らからあるアイテムを盗み出したので追われていた。質問に対する回答は以上だ」 「あれとかこれとか指示語ばかりでよく分かんないなぁ…」 ライトが小声でぼやく。 「まだお前たちを完全に信用したわけではない。不満があるのならここで別れても良い」 「えっ!こんな穴の中で放置されても困るんですけど! やっぱロボットだから融通利かないのかなぁ…」 ライトのぼやきに反応したメトリはマシンガンに変形させた左腕でライトの足元辺りを撃つ。 「このような姿をしているが私は人間だ。次ロボット扱いした時は容赦なく当てる」 間髪を入れずのいきなりの銃撃にライトは目を丸くする。その顔はまるで人の心とかないんか?と言いたげであった。    *   *   *   *   * さらに30分ほど地下下水道を歩き回る。臭気と空気の悪さで気持ちが限界に達しようとした時、メトリは歩みを止めここだと言った。そこは何もない壁面のようであるが…。 「ホログラムというやつだ。いいから中に入れ」 メトリはそう言うと壁の中へと消えて行く。中は小規模ながらも多くの機材を揃えた何らかの研究施設のようであった。数歩足を踏み入れると視界に血まみれの床に横たわる一人の男がいる。無数の刺し傷切り傷があり、まるで拷問でも加えられたみたいだった。 俺はホーリーヒールを使って治療をするが、いかんせん血が大量に流れ過ぎたため瀕死の状態には変わりない。 残念ながら俺の魔力レベルでは蘇生魔法を使うことはできないのだ。メトリは瀕死の男に話しかける。 「モーゲン博士、例のブツは持ってきた。貴方に一体何が起きた? 次は何をすれば良い?」 モーゲン博士と呼ばれた男は最期の力を振り絞りながら、メトリに何かを伝えようとする。 「すまない…それを持ってもう一人の協力者の元へ行ってほしい…。場所は同じく地下のX168Y79ポイントにある…」 彼はそう言い残すと目を瞑りそのまま息を引き取った…。 「出よう。この場所はもう奴らに割れたようだ。早く離れるぞ」 敵襲の恐れを感じたので、俺とライトは再び仮面を被った。 メトリの指示に従い小部屋から出る。すると通路の先に何者かが一人立っている。 「遅かったわね。あんまり待たせるからあの男が先に死ぬんじゃないかってやきもきしたわ。じゃあ聞いた情報を教えてくれるかしら。ついでにラボから盗み出した物もね…」    *   *   *   *   * 立っていたのは軍服を着た10代半ばぐらいの少女であった。 可憐な顔立ちとは裏腹に機械化された手足が両腕両足に装着され、さらに手には鉈のような刃物を持っていた。 恐らくコイツも人造勇者か…。 「お前も人造勇者なのか?」 俺は軍服の少女に話しかける。 「私たちのことを知ってるってことは、アナタ方がレーベンのアホが取り逃がしたという侵入者ね。ちょうどいいわ皆殺しにして、手柄だけでなくアイツの悔しがる顔を拝んでやるわ」 軍服少女は両腕で輪を作るように構えると徐々に手足を動かして行く。それはまるでバレエのフォームのような華麗な動きであった。 彼女はバレエ用語でアロンジェと呼ばれるポーズを取るとまるで引き絞られた弓から放たれたように高速で斬りかかって来る。 さっきの漆號と違って素早い太刀筋だが刃物が一本だけならそれだけ見切ればいい…。 そんな甘い考えを見越したかのように左足からの後ろ回し蹴りが来る。俺はそれを左腕で受けると、腕に裂傷と激しい痛みが走った。 軍服少女の手足を見ると機械の手足から何本もの刃が覗いている。恐らくこの一つ一つも聖剣なのであろう。どうやらコイツ相手も打撃戦は諦めたら良いようだ…。 軍服少女が再び斬りかかって来ると、ライトが両腕から刃を生やして俺たちの間に入ってきた。 「コイツ相手はどうも不利なようですから、僕が相手するんで逃げて下さい!」 「分かったお前も上手く撒いたら、さっき休憩した場所で落ち合おう」 名前が割れないようにお互い慎重に言葉を選ぶ。 軍服少女は傍らに潜んでいたと思われる獣人たちに俺とメトリを追うよう命じる。 ライトが邪魔をしようとすると軍服少女が襲い掛かってそれを阻止する。 「反応速度を上げるよ、がーすけ!」 本体の主であるがーすけによってライトの動体視力と反射神経が強化される。敵から放たれる高速かつ不規則な連撃を紙一重で躱す。 機械製のメリットでもある、人間の通常の可動域ではありえないような方向から来る意表を突くような斬り付けにも難なく対応できた。 「そういえば君に聞きたいことがあったんだ。小部屋の中にいた人をあんな目に逢わせたのは君なのかい?」 モーゲン博士と呼ばれる男の無残な姿にライトは静かな怒りを感じていた。 「そうよ、それがどうかしたの。たかが裏切り者を処分しただけじゃないの。素直にブツの在処や仲間の居所を吐けば、あそこまで痛めつけずに済んだのに。自業自得ってやつね」 「君は人の心とかないのか…」 「あるに決まってるでしょ。あるからさっさと死なないアンタにムカついてるのよ」 「じゃあ人の痛みってものを教えてあげるよ。その機械の手足じゃなかなか解らないようだしね」 ライトが左腕で軍服少女が右手に持つ聖剣を受け止めると、膠着した一瞬の隙を突いて右腕の刃を腹部に突き刺す。- ライトは刃を引き抜き、一歩下がる。 「急所は外してあるんですぐには死なないから安心して。早く仲間を呼んだ方がいいよ…」 ライトが振り返りミレーン達を追おうとした瞬間、背後から斬りつけられる痛みを感じた。 それは腹部を刺されたはずの軍服少女であった。通常なら苦痛で動けなくなるレベルだというのに、まるで平然と何事もなかったかのようにライトへ襲い掛かったのだった。 幸い殺気を感じたのが早く深手を負う前に躱せたため、傷は戦闘にも逃走にも支障はない程度ではある。 「何でまだ動けるの…?」 「人の痛みを教える?! 残念だったわね、私にはそんなこと無理よ。だって無痛症だから。私が痛みを実感できるのは他人の苦悶を見ている時だけ。そんなに教えたければもっと傷ついて痛がる顔を見せて」 右腕の鉈型聖剣を天に掲げつま先立ちのフォームを取ると、再び高速の動きで斬りかかって来る。 だがライトはそれを紙一重で避ける、まるで何かを待っているかのように…。 両腕での連撃が躱され敵の意識が上半身に集中したのを見計らうと、軍服少女は再び後ろ回し蹴りを入れようとする。だがライトが待っていたのはその技であった。 「刃を振るわせろ、がーすけ!」 ライトがそう命じると腕から生える両の刃が高速で震えだす。これは高周波振動ブレード、ライトがマスグラで憶えた必殺技の一つである。 軍服少女の放つ右後ろ回し蹴りに合わせるように右腕の刃でガードをすると、機械の足の膝関節を狙って左腕の刃で両断する。 無痛症といえど片足がなければ立つことも追うこともできない。 ライトが振り向きミレーンたちを追おうとした時、軍服少女が口惜し気に言った。 「私の名は人造勇者肆號フォルタ=アフィーツィア。お前の命を奪う者の名を憶えておけ。必ず殺してやるからな」 (続く) 来た時とは全く別のルートを回ったため、先ほどより時間は掛かったがようやく合流地点へとたどり着く。恐らく追手も撒けたであろう…。 「もうこんだけ関わっちまったんだから、そろそろ詳細を教えてくれてもいいだろ。あのモーゲン博士という男とお前との関係は? 人造勇者どもが必死になって探す物とは何だ?」 汗ばむため覆面を脱ぎながら、俺はメトリに問い質す。 「モーゲン博士は今回の件の依頼人であり、私の父の古い友人でもある。優れた魔導工学の権威でもあった彼は事変以前はヒジンドー機関に所属し研究を重ねていた。その最たるものがこれだ…」 メトリは背負っていたリュックから柄と鍔だけが残る剣の残骸を出した。 「彼は鍛冶屋でもやっていたのか?」 予想外のアイテムに俺は煙に巻かれたような気分になった。 「すまない説明が足りなかったようだな。正確にはその剣の刀身を使った魔術刻印の装置だ」 「人造勇者たちにはこの剣の刀身を砕いた欠片に術式を刻み込んだチップが埋め込まれている。その力によって人造勇者たちには、あの漆號の肉体のような超常的なスキルが備わっている。この方式を考え出したのがモーゲン博士と言うわけだ」 刃の無くなった剣を持ちながら、俺は素朴な疑問をメトリに問う。 「そんな重要人物が何で逃げ出すようなことになったんだ? それに刀身のないコイツはもう使い道なんてないのに何で追いかけてくるんだ?」 「茎の部分がまだ残っているだろ。アイツらに言わせるともう2~3人分ぐらいはそれで作れるらしい。それに博士が逃げ出したのは開発者技術者の一斉処分が始まったからだ」 「一体何のためにそんなことを…?」 優れた技術者研究者というのは仮に今の現場で必要はなくとも別の現場で役に立つことは多い。 優秀な頭脳を失うということは単純労働力が10人100人減るよりも損失なのだ。 「アホどもの考えることはよく分からん。ただモーゲン博士は当時主流であった大尉派ではなく先の指導者であった中佐派であった。それだけでも処分する理由となるのであろう」 「しかし博士も馬鹿ではない。拘束される前に真っ先に逃げ出したのだが、コイツを置き去りにしたのが気になり、私に取り返してくれるよう依頼したわけだ」 「そんなめんどくさいアイテムだったら、いっそ完全に破壊しちまった方がいいんじゃないか」 メトリが俺から剣の柄を取り返すとこうつぶやいた。 「私もそう思うが博士が言うには、この剣の残骸はやつらが行おうとしている『廻天計画』を打破する鍵なんだそうだ」 「廻天計画?何だ一体それは?」 「私もよくは知らん。例の星骸炉を使ってこの星の管理権を得るそうだ。それを使ってエビルソードや魔王モラレルに一糸報いてくれるというのなら見過ごすのも考えなくもないが、いかんせんその着地点が不明だ…」 「何にせよ元仲間をあんな風に扱うイカレ連中に渡していい力ではない。君もそう思うだろ」 メトリの言葉に俺は頷いて答えた。    *   *   *   *   * 俺たちのやって来た太い配管から何かが近づく音がする。最初はライトが来たのかと思ったが何やら気配が全く違う。警戒しながら様子を見る、すると配管から出て来たのは3体の獣人であった。 先頭を走っていた犬型獣人が俺に飛び掛かる。撒いたつもりだったのに追いかけてこれたのは俺たちの臭いを辿って来ていたのか…。 俺は強化した手刀を犬型獣人の喉笛に突き刺す。このまま一気に首を掻っ切るつもりが、一緒にやってきた2陣3陣の獣人に邪魔をされ取り逃がす。第2陣でやって来た鼠型獣人はとてもすばしっこく、第3陣の両生類型獣人は下水道に飛び込み俺たちの状況を虎視眈々と観察している。そうこうしている間に犬型獣人のケガがとりあえず動けるぐらいまでに回復する。 メトリは鼠型獣人をマシンガンで狙うも素早い動きで避けられる。まずはとにかく数を減らすか!と俺は負傷持ちの犬型獣人を強化した手刀で切り裂く。だがその瞬間、俺の背後からメトリの悲鳴が聞こえる。双方の相手に集中している隙を見て両生類型獣人が下水道に引き釣りこんだのであった。 「メトリ!」 俺が注意を下水道の方向に取られると鼠型獣人が俺の首を噛み切ろうと飛びついてくる。油断はしたがこんな奴に殺られるわけにはいかない! 噛みつこうとする口を強引に引き剥がすとそのまま顔面を壁に何度も叩きつける。すっかりグロッキーになった獣人の首を俺は手刀で跳ね飛ばす。 俺は下水道の方へと向き直す。さっきから何の動きもないがメトリは果たして無事なのか? ここは飛び込まざるを得ないんだろうけど、汚ったねぇし正直飛び込みたくねぇな…。そんなことを思っていると水中から大きな水しぶきが上がる。 「にょわ~☆」 水しぶきの中からメトリの体が打ち上げられる。俺はそれを追いかけてキャッチする。 「おい!メトリ!大丈夫か?」 「大丈夫だ。汚水を被って非常に不快だが、防水加工はちゃんと施してあるから安心しろ」 「そんな減らず口が叩けるなら本当に大丈夫なようだな…」 俺は再度下水道の水面を見つめる。すると再び大きな水しぶきが上がる。その中には組み合う二体の獣人がいたのであった。 一体は俺たちを追ってきた両生類型獣人、そしてもう一体は3m近い巨体の白い鰐型獣人であった。 「スヮり~んボム☆」 白い鰐型獣人が両生類型獣人の体を抱え込みジャンピングパワーボムの体勢で叩きつける。これだけの巨体のリーチ差でさらにジャンプまで加えているのだ、両生類型獣人の頭部は当たり前のように割れ絶命した。 獣人が俺たちの元に近づいてくる。果たしてコイツは敵なのか味方なのか? 「大丈夫だったにぃ☆」 獣人は警戒していたのが拍子抜けするぐらいに呑気な第一声をかけてきた。    *   *   *   *   * 白い鰐型獣人に助けてくれた礼を言う。ここから彼女について色々質問したのだがしゃべり方が独特な上、分かりにくいフレーズも混じるので要約をすると。 メトリを引き釣り込んだ両生類型獣人に彼女を離せと言ったが抵抗してきたので始末したとのこと。 人造勇者やヒジンドー機関に関しては全く知らない様子だったので敵とは違うと判断した。 またバルロスにいる理由を問うと、現在住んでいるサカエトルの下水道に自分と似たような獣人たちが現れいざこざも起きていたので事情を聞くと、皆バルロスから流れ着いて来た者というので状況を確認するためにやって来たんだとか。 よくここまでたどり着いたなと感心すると「下水道と河を辿れば世界中どこでも行けるにぃ☆」だとか。すげーな下水道。 倒した3体の獣人の遺体を並べる。それを見ながら白い鰐型獣人がふとこぼす。 「何かこの子たちまるでカンラークのお仲間みたいだにぃ☆」 確かにこの地に来てから戦った獣人どもには俺自身も若干の違和感を感じていた。ケモ度という言葉もあるように、獣人の姿とは段階が異なるにせよ動物・魔獣が人間の姿を得るまでの進化の途中過程のような自然な流れの姿を取っている。 だがこの地の獣人はそれとは異なる姿をしている。それはまるで人と獣のパーツがパッチワークのように混じり合う歪な姿。かつて邪竜教団によって融合手術をされ半端に竜化したライトの姿がよく似ていた。 「ちょっと待て?! それはどういう意味だ」 ここから先、彼女が語る話は俺も絶句する内容であった…。 カンラークの都にはかつて天使像という忌器があり、教会はそれを使って合成獣人と呼ばれる存在を何体も作っていたのであった。 そしてこの白い鰐型獣人ことスヮリゲーターもその一人であると。 「でもスヮリの場合は無理矢理でも嫌々でもなかったにぃ☆」 彼女曰く合成獣人となるのは主に身分の低い修道女たちで、獣人となり強力な力を得ることで聖女たちの護衛や身の回りを世話をする護衛女官の地位を得るためだとか。 俺自身もその存在は知っていたが彼女たちは獣人の身でありながらも同じ神を信仰する敬虔な教徒であり、その力を存分に奮える特別職だと聞かされていた。 つまり教会の連中は忌器を使うというやましい行いをしていた上に、俺たちを騙していたということになる。 彼女の場合は自分を育ててくれた孤児院への仕送りを増やすために、実入りのいい職へ就くための志願であったという。 その甲斐あって彼女は聖女の一人であるカプナーマ様の御付きとなり、あのカンラーク事件の際は偶然サカエトルへ派遣されていたため難を逃れていた。 「カプナーマ様はとても優しくて好きだったけど、スヮリはもう気力が無くなっちゃったんだにぃ…」 カンラーク事件によって仕送りを送っていた孤児院の人々は皆死に、さらにサカエトルでは獣人への偏見もあったため彼女は護衛女官としてのモチベーションを大いに失って行った。 そして退職願をカプナーマ様に渡すと彼女は文字通りサカエトルの地下へと潜っていった。とまぁこれがスヮリゲーターの辿った人生である。 さらに彼女からは合成獣人に関して、こんな情報も教えてくれた。 「そういえば合成獣人にはスヮリみたいな下っ端だけじゃなくて聖女様の獣人もいたにぃ☆ あの人たちも力が弱いと色々嫌~な思いするらしいから、変身して強くなるんだって言ってたにぃ☆」 女同士の世界というのはこうも醜く後ろ暗いものなのか…。 マリアン様のような気さくな方やジャンク殿のようなサッパリした気性の方は珍しい部類なのかとしみじみ思うのであった。    *   *   *   *   * 「すみません!お待たせしました! アイツ妙にしぶとくて倒すまでに時間かかっちゃいました…」 息を切らせながらライトが入って来る。すると眼前には俺よりも遥かに背の高い白い鰐型の獣人が見える。 「えぇっと…この方は一体…?」 「はじめましてライトちゃん☆ スヮリゲーターだにぃ☆ 一緒にはぴはぴだよ☆」 こうして俺たちに新たなメンバーが一人加わった。 (続く) 地下道から獣人たちに運ばれた担架が出てくる。その上には腹部に血の滲む包帯を巻いた少女が乗っていた、人造勇者肆號フォルタ=アフィーツィアである。 「いい恰好だな!フォルタ! いつも冷静ぶってるお前がこのざまとはなぁ! 油断でもしちまったかぁ~」 目つきの悪い軍服姿の男がにやつきながらやって来る。フォルタの人造勇者の同僚でもある漆號レーベン=フィールである。 「わざわざつまらん嫌味を言いに来たのか。下種な男が…」 元々馬の合わない性格ではあるが、この男は何かとウザ絡みをしてきたりマウントを取ろうとしてきたりする。 もっとも普段はそんな言動を完全スルーするのであるが、今回は自分のミスで敵を取り逃がしただけでなく、搬送されるような手傷を負っている。 感情の起伏が乏しく見えるような彼女にもやらかしたという落ち度を感じていた。 「嫌味じゃないさぁ~。心配だから『わざわざ』見に来たんだよ。何せ可愛い『部下』が敵に腹刺されたっていうんだからよぉ」 「今はもう存在しない組織の階級で下らないマウント取りのつもりか。それを言うなら私の方が先輩だぞ」 「へっ!それこそ無くなっちまった組織の入った順なんて意味ねぇだろ。大体俺の方が年上なんだから、ちゃんと『さん』付けで呼ぶんだな」 「まぁいいや。これからまた穴の中潜ってアイツらを取っ捕まえに行くからよぉ。『部下』の尻ぬぐいってのも上官の仕事だからつらいけど仕方ねぇな!」 肆號は舌打ちをしながら吐き捨てるように言う。 「私が倒せなかったような相手をお前が倒せるというのか? 返り討ちに逢ってくたばらないように気を付けるんだな」 漆號は笑いながら返す。 「そんな冗談がまだ言えるなら大したダメージじゃないようだな。俺が死ぬわけないだろ。100回だろうが1000回殺されようが、最期まで立っているのはこの俺だ」 「で、お前をやったのはあの中のどいつだ? 覆面被ったデカいやつの方か?」 漆號はミレーンとの交戦経験でその強さを知っているため、奴なら肆號を倒せるかもしれないという予感は抱いていた。しかしながら肆號の答えは違っていた。 「仮面を付けていたので詳細な人物像は不明だが。私と戦ったのはお前の言うデカい覆面男と一緒にいた恐らくではあるが少年の方だ…」 「マジかよ!お前あんな小僧にやられちゃったのかよ?!」 初見のパッと見はただの少年にしか見えない。しかし両腕に刃を生やし、4体の合成獣人を倒したのは彼である。油断はできねぇな…と漆號は心の中で肝に命ずるのであった。 言い合いをしていた漆號と肆號の背筋にゾワッとするような感覚が走る。そして二人の背後から声をかける者がある。 「仕事中デスよ…。ケンカは止めて下サイ…漆號に肆號…」 物の例えで棒人間という言葉がある。 通常その意味は絵心のない人間が丸と棒線だけで書いた人間の絵のことを差すのだが、彼ら二人の背後にいたのは手足の生えた木の棒に服を着せたビジュアルの文字通りの棒人間であった。 「なんだファルテか…、いきなり後ろから来るのはやめろよ。お前なんか妙な圧があるから姿見えないとビビるんだよ」 一見何かのオブジェか衣文かけのようにしか見えないが、彼女は人造勇者仇號ことファルテ准尉である。ミレーンたちの追跡任務の追加として呼ばれたのであった。 「面倒をかけて済まないファルテ…」 漆號に対する態度とは打って変わってしおらしくなる肆號である。 見た目が得体のしれない存在というのもあるが、彼女自身の人柄や実力自体が人造勇者たちの中では評価されているということなのであろう。 仇號は獣人たちに移動を即し、肆號は担架に運ばれて行った。 「じゃあそろそろ俺たちも穴倉の中にでも行くか。アイツらのせいで『犬』が全滅しちまったから、この中を探す方法が見つからねぇ…」 『犬』とは恐らく下水道の中をミレーンたちの臭いを辿って追跡してきた犬型獣人のことであろう。 「補充するにはまた『ガチャ』回さなきゃいけねぇけど『素材』がもうねぇんだよな。アイツらとっ捕まえたら絶対ブチ込んでやるからな!」 漆號のボヤキに答えるように仇號もこぼす。 「この中は臭いし暑いから行きたくナイ…」 仇號の不満を耳にした漆號はそうだろ!とでも言いたげな笑顔を見せて提案を持ちかけた。 「実はな…ちょっといい作戦があるんだよ」    *   *   *   *   * 地下下水道の中を4つの人影が進む。まともに人間に見えるのはミレーンとライトの二人だけであるから、正確には二人と一体と一台とでも言えば良いのだろうか。 かなりの時間を歩いた気もするのだが、入り組んだ構造の上に周囲の位置関係がわからないために堂々巡りをしているようである…。 「臭いし暑いししんどい…。いいなぁ…スヮリさんは…」 ライトが不快な周囲環境に愚痴をこぼす。 そして一行のすぐ横を流れる水路の汚水の中をスヮリゲーターは、まるでプールで遊泳でもするかのようにはしゃぎながら泳いでいた。 「きついのは判るが人としてそれは止めておけ。あんな汚水の中に入れば赤痢かコレラか知らんが命に関わるぞ…」 「ところでこの辺はさっきも来たような気がするんだが、後どれぐらいかかるんだメトリ?」 目を閉じて機械の動作音を立てながら、メトリは何かの解析をしているようである。 「どうやら道に迷ったようだ。ここにはナビやGPSの電波は届かないから、どこかで方向を謝ったらしい」 「どうします?一度地上に上がりますか」 「人造勇者の一味、最初に戦った漆號やその手下たちが俺たちを捜索している可能性は捨てきれんからな…」 この先の方向性に一考をしていると、周囲に焦げ臭い匂いが漂い煙が広がり始めた。 「とりあえず煙の無い方向に向かいましょう!」 ライトがこの場からの避難を提案した。 主通路と横にぶつかる管路に入り進んでいく。抜けようとした先では炎が燃え立ち、軽い爆発のようなものも起きていた。 「仕方がない地上へ上がろう…」 危険ではあるが地下ルートからの退避を決めた。    *   *   *   *   * 煙が立ち上る蓋の開いたマンホールから10mほど離れた場所に、漆號と仇號が何かが来るのを今か今かと待ち構えていた。 彼らのいる場所から半径1kmほどのエリアでは地面からいくつも煙が上がってきている。 「どうよこの策!俺って頭良くね! 敵が地下に潜って隠れてるなら、燻り出しちまえばいいって寸法よ!」 漆號の提案した作戦とは地下下水道内で火を放ち、炎と煙で居られなくさせるというものであった。 もちろん遠くへ逃げて行く可能性もあるため多くの獣人たちを広範囲に散らばらせ、遠くから徐々に漆號たちの待つ出口へと追い込むように仕向けていた。 「知ってるか下水道ってのはな、メタンや硫化水素といった可燃性のガスが溜まりやすいんだ。そんな場所に火を放り込んだら即ボーン!ってわけよ。しばらく待って出て来なかったら焼け死んだか窒息死のどっちかってことで、明日獣人たちにでも捜索させればいい…」 (※下水道にはメタンや硫化水素は溜まりやすいが仮に爆発するレベルまで濃度が上がると、燃える燃えない以前に酸欠で中にいる人間は即お陀仏になるのだが、ここはファンタジーな創作物なので気にしないでもらいたい) 作戦が始まってから20分程経過すると煙の立ち上るマンホールの中から何かが出てくるのが見える。 それは二人と一体と一台のミレーン一行であった。 「や~っと出て来たか、散々待たせやがって。さーてこれからお仕置きタイムだ。何せ可愛い『部下』の仇を取らなきゃいけねぇからなぁ…」 待ち疲れがようやく終わり清々したのか、漆號は嬉々とした顔で挑発する。 「やはり罠だったか…」 ミレーンは周囲を見渡す。 敵は漆號の他に手足の生えた棒としか例えようのない物体が一つ、そして20体ほどの獣人たちが距離はあるものの一行を取り囲んでいた。 大がかりな策を行うために獣人も多めに動員していたためである。 「あれ?なんか獣人が増えてんぞ。ウチから逃げ出したってわけではないよな」 新たにミレーン一行に加わったスヮリゲーターを漆號は訝し気に見ている。 「よく見テ…首輪がないデスよ…」 仇號が漆號の抱いた疑問に答える。 首輪?棒人間がこぼした言葉が気になり、ミレーンは周囲の獣人たちを見回してみる。 確かにその首には黒い金属製と思われる首輪が嵌められていた。 そして観察を続けていると敵獣人には一つの違和感を感じた、それは知性の欠如である。 言葉を発しコミュニケーションも取れてパーソナリティも人間時代と変わらないであろうスヮリゲーターと違い。 敵獣人は唸り声しか上げられず本能的な暴力を振るうものの人造勇者たちには従う。そして時折何かに抵抗するかのように苦しんでいるようでもある。 もちろん個体差というのもあるだろうが、同じ天使像から作られた合成獣人がここまで差があるのは何らかの手が加えられているのは確実だ。 「ひょっとしてその首輪で獣人どもを操っているのか?」 「そうだよ、躾の道具ってやつだ。せっかく獣人になってパワーアップさせたのに反抗的だと収集がつかなくなるからな」 「何てことを…。反抗するってことは獣人になった連中は素直に従ったわけでもなさそうだな」 「正解だ。こいつらの素体はな粛清で処されるとこだった機関の開発者や技術者、バルロスで悪さをしようとした盗賊連中、ゴミ漁りに来た冒険者や住みつこうとした流民どもってとこだ。本来だったらブチ殺されるところを生き長らさせてお仕事もくれてやったんだぜ。まぁこっちも人手不足だからwin-winの関係ってやつだな」 「お前ら仲間をこんな姿にしたのか! 盗賊はともかく罪のない冒険者や流民の人まで!」 思うところがあったのか、ライトが俺たちの会話に割って入る。 「人の家に勝手に入って盗みをしたり住みつこうとするような泥棒どもは殺されても文句言えねぇんだよガキィ! それに仲間とか言ってるがコイツらは実験と称して俺らの体を好き勝手にいじくってきた連中だ。こいつはなぁ因果応報ってやつだよ憶えておけ」 「もういい…お前らと話す必要はなくなった。目の前から消えろ」 静かな物言いであるがライトは完全にキレている。 かつて邪竜教団による改造手術で異形の姿になり友を失いかけた彼からすれば、奴らは許されざる敵であり獣人たちには多少のシンパシーを感じるのであろう。 「そういえばフォルタをやったのはお前だったな。この甘ちゃん小僧に世の中の現実を教えてやるよ…」 漆號が剣を構えるよりも早く、ライトが奇襲を仕掛ける。これが戦いのゴングであった。 (続く) ライトは奇襲一閃、漆號の首を落とす。 「アンタは獣人以上に再生能力が凄いみたいだから首を落とさせてもらったよ。これでそのむかつくしゃべりもできないでしょ」 すると首を落とされたはずの漆號のボディ側が地面に落ちた生首を拾い、体とくっつけようとしている。 「いってーなこのガキが…。どうせ隠すことでもねぇから教えてやるよ。俺の能力は再生能力だけじゃねぇ、こんぐらいじゃ死なねぇんだよ。分かりやすく言ってやると俺は不死身ってやつだ」 漆號は自前の大剣を構えるとライトに斬撃を加える。ライトは両手の刃でいなし弾くが重い一撃一撃に苦戦している。 「ついでに俺のストロングポイントは不死身だけじゃねぇんだよ。フィジカルもパワー型だからアイゼンのおっさん程じゃないが真っ正面からぶつかっても強ぇんだぜ!」 ライトは漆號の重い大剣の連撃を堪えた表情で弾き返している…。 スヮリゲーターはメトリを庇いながら、やってくる敵側の合成獣人どもとやり合っている。 多勢に無勢の状況だがメトリが腕のマシンガンで援護をしてくれているので致命的な状況には陥っていない。 俺は服をきた棒人間こと人造勇者仇號と対峙する。 奴は数歩俺に近づくとまるで重力が無くなったのかと錯覚するような軽いステップで俺に詰め寄る。 どうやら奴は肆號と同じスピード型のようで手に持った杖のような武器で突いてくるが、飄々とした動きからは想像できない素早い突きに俺は避けるので精一杯であった。 しかしいつまで避けていても状況に変わりはない。 奴の突きを払い無防備になったところを投げ技で仕留めるか…とプランを立て、ディフェンスの構えを取ると脳内にいる聖女から何かが伝えられる。 『アレに触れてはいけません…』 その指示に従い俺は仇號の突きを避ける。するとその一撃は俺を逃がさないように囲っていた獣人の一体に誤爆した。 軽い突きだから大したことはなかろうと高を括っていると予想外の出来事が起きた。 獣人の体がエビ反りになり、ありえない角度まで曲がると獣人はそのまま絶命した。 目の前の光景を見て血の気が引く俺を見て、漆號は煽るように叫んだ。 「どうだ!何が起きたか理解したか?! どうせ知ったところで対抗策が見つかるわけねぇから教えてやるよ。仇號の持っている聖剣は突かれた対象を何でも折るという概念武装だ! しかも不可逆の存在で折れた物は決して元には戻らねぇ! どうだ!怖ぇか!ビビったか!」 そんなもん怖ぇしビビるよ! 対処法の見つからない敵を相手にどう立ち回ろうか必死に考える。 そうこうしている間にライトの方で動きがあった。 ライトの周囲を囲んでいた3体の獣人がライトに飛び掛かり取り押さえようとする。ライトは力を振り絞り振り切ろうとするが、左側を押さえていた獣人の首元の黒い首輪が目に入った。 「あなたを…自由にさせてあげます…」 ライトは左手でその獣人の首輪を掴み引きちぎる。すると予想外のことが起こった…。    *   *   *   *   * ガァァァァァ! ライトは右手で左手をかばいうずくまる。痛みの衝撃で暴れたせいで、ライトを押さえていた2体の獣人は振り払えたようだ。 「バカかお前。アイツの首輪取ってやろうとしたんか。この黒い首輪には仕掛けがしてあって、本部にあるパスキー以外で外そうとすると中に仕込んである爆弾が破裂する仕組みなんだよ。これで解ったろ、アイツらを助けてやることなんてできねぇんだ!」 痛みで蹲るライトの傍らには爆発で首とボディが分かたれた獣人の遺体が転がっている。それを見てライトは堪えるような声を出す。 「くっ!!!!!」 それは爆発で指が吹き飛んだ痛みに対してなのか、無計画な見通しで獣人の命を奪ったことに対してなのか、それとも人造勇者たちの悪辣な仕掛けへの怒りなのか…。 ライトは左手の指が吹き飛ぶ負傷、俺は敵に打つ手がなく、メトリたちは何とか耐えている状況。 今の状態から算出すると取る策は一つだけだ! 「ここは逃げるぞ!」 ライトに向かって俺は叫んだ。 俺の声に呼応してライトが背中に翼を生やす。それを見て漆號が逃がすまいと大剣を斬りつけてくる。 「逃がすかー!」 そう叫んだ漆號に向けて、ライトは軽く深呼吸をすると強烈なブレスを放った。 ガァッァァァ! 溜めが浅かったため全身を吹き飛ばすまでには行かなかったが、それでも胸元から上は跡形もなく消え去った。 「みんな来てください!」 数メートルばかり浮き上がったライトがそう言うと、俺は左腕そしてメトリを抱えたスヮリゲーターは右腕を掴む。 そのまま一気に飛び去る…かと思いきや、低空飛行のまま地表近くをゆるゆると移動していく。 「おい!早く飛べ! 敵に追いつかれるぞ!」 合成獣人や仇號がもたついている俺たちに向かって来る。いかんどうするか…そう思った瞬間であった。 「仕方がない私が降りるとするか」 メトリがそう言い放ちスヮリゲーターの抱えていた腕を解く。地面に落下していくメトリ。 俺たちは彼女の自己犠牲に対して名前を叫ぶぐらいしかなかった…はずだった。 メトリは着地する寸前に背中と脚からガスを噴出し飛行する。 少女サイズとはいえ重い鉄の塊が消えて飛行への支障が減ったライトと共に、そのままこの場を去って行ったのだった…。 「お前飛べるなら何で言わないんだよ!」 さすがにこの生死を決する場面での突発的な情報に皆は怒りを表さずにはいられなかった。 「自律での飛行が必要であれば事前に言ってもらいたかった。それに推進剤も無駄遣いはしたくなかったのでな」 こうして俺たちは奴らの囲みから一時的にではあるが逃げることができた…。 「結局逃げ切られちまったか…。だがあの方角からすると行先は旧市街地だな。隠れる場所は腐るほどあるから探すのも一苦労だな」 体を再生するかいなやのタイミングでミレーン一行に逃げ切られ、何が何だかわからないまま戦闘の終了した漆號が彼らの行った方向を見ながらぼやいている。 旧市街地には所謂官公庁で使われていた建築物が状態の良いまま残っており、地下道と合わせると捜索に掛けるコストは先ほどの比ではないのだ。 すると漆號が何かに気づいたように不敵な笑みを浮かべる。 「アイツの気配を感じたと思っていたら、敵どもを追いかけて行っちまいやがった。どうやらあの中の誰かは知らないが極上のエサがいるようだぜ。じゃあ俺たちはアイツに後を追わせてゆっくり向かうとするか…」 「頼んだぜ拾参號!」    *   *   *   *   * トンズラから一区切りつき、廃墟の中で皆息も絶え絶えになっている。俺はとりあえず指の吹き飛んだライトの元へ向かった。 「ライト手を見せてみろ…」 左手は親指以外の指が無くなっており手の平も半分ぐらい無くなっている。 これはホーリーリジェネで手を復元させねばならないかと考えていると、ライトは右手を上げて俺を制した。 「大丈夫ですから…こんな傷ぐらい…」 ライトは左手の手首を右手で掴むとぬんっ!と気合を入れる。すると欠損した箇所から失った手や指が生えてくるではないか。 「だから大丈夫って言ったでしょ…。でもこれやると体力が…」 ライトは今までの疲労の蓄積もあり疲れ果てたのか気絶するように眠っている。 見た目は人の姿とはいえ本体は伝説クラスの竜であるがーすけの体だからこそできた荒業であろう。 とりあえず追手の目を逃れたが奴らはじきにここにもやって来るであろう。 追跡者が来る前に次の一手を決めたいとメトリに相談しようと思っていると、彼女は目を瞑り機械音を立てながら何やら演算をしていた。 「うん。どうやら偶然ではあるようだがここは目的地と非常に近い場所にある。皆、休憩は済んだな。一気に目的地にまで向かうぞ」 俺は居眠りしているスヮリゲーターを起こし、眠っているライトを担いでこの場を発った。 メトリの歩みがクラシカルなデザインの建物の前で止まる。 ここは以前官公庁で使われていた建物らしいのだが当然ながら今は人の気配など全くない。 ドアを蹴破り中に入る。そして地下のフロアに行くとメトリは何もない壁面を探る。 「あったぞ」 壁面に隠してあったスイッチのようなものを押すと床板が開き地下に入る階段が見える。 幾層にもなっている地階を進むと明かりのついている小部屋を見つける。 ここがメトリのいう目的地、いったい何が隠されているというのだろうか…。 ドアを開き中に入る、すると左上の死角から銃器のような物を突きつけられる感覚があった。 「おいお前ら何者だ?敵や不審者ならこのまま焼き殺す…」 ガスマスクを付けた男が俺たちに火炎放射器を向けていた。 「我々はモーゲン博士の使者だ。これをここに持って行くように彼から命令された。さっさとこいつを受け取れ」 メトリは例の剣の残骸をガスマスク男に差し出した。 「何だお前らも代理人なのかよ?!」 ガスマスク男は火炎放射器を下ろすとぶつくさ言いながら俺たちを中に案内した。    *   *   *   *   * ガスマスク男はマスクを脱ぎ、俺たちを椅子に座るように促した。 「俺の名はフリッツ。ここの主であったグート博士の友人だ。奴からは仲間のモーゲン博士が来るまでここを守ってくれって話だったんだが、まさかお互いくたばっちまうとはな…」 とりあえず現状を把握するためお互いに持っている情報を開示し合う。ガスマスク男の名はフリッツ博士。 魔法生物工学の権威でこの施設の主であったグート博士とはバイオテクノロジー分野の繋がりで親交があったらしい。 グート博士もまたヒジンドー機関に携わる者であり例の開発陣一斉処分の際に、もしもの場合は後を頼むとフリッツ博士に依頼をしていたようだ。 ちなみにグート博士本人は結局機関からは逃げ切れず、追手の獣人たちの手によって亡くなっていた。 「グート博士は何をしようとしていたんだ?」 先行きの見えなくなった状況を何とか探ろうとした俺の質問にフリッツ博士が答える。 「まぁとりあえず敵ではなさそうだから教えても構わないか…。奴さんなコイツを作っていたんだよ」 フリッツ博士が開けたカーテンの先には、培養液に満たされたカプセルの中に男が一人眠っていた。 見た目は金髪の引き締まった体格ではあるが特筆すべき特徴のない普通の中年男。いったいグート博士とモーゲン博士は壊れた剣と彼を使って何をしようとしていたのか…。 「この人がグート博士なのか?」 「いや、全然知らねぇ人間だ。どっかで見たことあるような気がするが思い出せねぇんだよな…。博士の残したデータによると、こいつはその誰かのクローン人間らしい。名は人造勇者終號。博士によるとコイツとその剣の欠片が奴らへの抑止力になるんだとさ」 「本来はコイツにクローン元の記憶をインストールさせて使うつもりだったんだが、その前に本人が死んじまったんでガワだけ残ったのがコイツだ。持ちスキルは『反転』。どんな能力かは試してみなきゃ分からん。じゃあ引き取り手が来たってことで俺は帰らせてもらうぜ」 「ちょっと待て!コイツと剣はいったいどうするんだ?」 宙ぶらりんになった事態の行方を探ろうと俺はフリッツ博士に聞いた。 「知らねぇよ!俺だってもう関わり合いたくねぇんだよ。じゃあここの施設から何から全部お前さんたちにくれてやるから好きにしな」 フリッツ博士はそう言い残すと小部屋から去って行った。メトリも何か言いたそうにしている。 「これにて今回の依頼は全て完了した。この施設及びこの人造勇者の所有権もお前らに移ったので、私はこれで失礼する」 メトリが例の剣の残骸を俺に渡す。立ち去ろうとするメトリを引き留めようと声をかける。 「これは私にはもう関わり合いのない件である。面倒だと思うのならお前たちも放棄すればいいだけの話だ」 メトリも足早に小部屋から去った。 「ちぇっ!やっぱあいつロボットなんだな。人の心がないわ…」 メトリに向かってライトが愚痴をこぼす。 「聞こえたぞ」 ライトに向けて数発銃撃を加える。ライトは物陰に隠れて避けたが、その一発がカプセルに当たり培養液が漏れ始めた。 「やばっ!ミレーンさんどうします?」 突発的な事故にライトは焦る。 「とりあえずこの男を開放させるか…」 培養カプセルのスイッチを操作し、男をカプセルから引き出して床に寝かせる。 彼が目覚めるまでの間、小部屋の中にあったシーツのようなもので水気をぬぐい服を着せてやる。 突発的な事故のせいで開放してしまったが、コイツは本当に動くのだろうか…。 そんなことを考えていると入口の方から何やら気配を感じた。 (続く)