コージン=ミレーンの日記 D月M日 忌器を追ってバルロスに入り、人造勇者と名乗る面々との抗争が開始してから3日が経った。 その間特に戦闘らしいものは起きていなかったが、決して何もしていないというわけでは無かった…。 抜けるような快晴の中、地上から100mほど離れた中空にライトはいた。 「この辺は住宅地だったのかな。目だった建造物はなくて同じような形の小さな建物が規則的に並んでいる…」 ライトはスケッチブックのような物にペンでラフな見取り図のような物を描いている。 本来なら空撮でもした方が早いのだろうが、いかんせん機材の無い以上記録する方法はこれしかない。 「おっと、もう見つかっちゃったか」 ライトから見て11時の方向から鳥型の獣人が2体上がって来るのが見える。何も隠す物はない空の上である、見つからない方がおかしい。 ライトは踵を返すとただちに高度を下げ、ビルの立ち並ぶ跡地の区画を縫うように低空飛行で逃げて行く。 古めかしい廃ビルの中に入ると物陰に身をかがめながら追手をやり過ごす。 しばらくやり過ごして追跡者がいなくなったのを確認すると、ライトは地階にある水道施設に入りさらに点検用のハッチを開けて地下道へ繋がる通路へと入って行く…。 「戻りました。追手は多分上手く撒けたはずです。はい、これ今日の分。もう大体は記録できたと思うんですけど…」 ライトが帰還したアジトこと元グート博士のラボの中には、仲間であるミレーン、スヮリゲーター、そして人造勇者終號の3人が待っていた。 ライトは今日の成果であるスケッチブックをミレーンに渡す。 「これで地上の大体の様子は見えて来たな…」 ミレーンがスケッチブックに描かれていた見取り図を並べて行くと大まかなバルロスの鳥瞰図となっていった。 「次はスヮリの方だな」 ミレーンがスヮリゲーターに向かって言うと、彼女は「もちろんバッチバッチ☆だにぃ☆」と言い何かが描かれている紙の束を渡す。 それはバルロスの地下を流れる下水道や地下道の地図のようであった。 「スヮリさんの地図のおかげで今日も上手く逃げ切れましたよ」 ライトが例の廃ビルからここまで逃走するルートは、スヮリゲーターが調べてくれたようだ。 彼女はお褒めの言葉に満更でもない表情を浮かべる。 ミレーンは二つの地図を方角を合わせて並べてみると、皆何かに気づいたようだ。 「まぁ当たり前の話ではあるが、デカい建物の下には地下道へ繋がるルートがあるみたいだな。これならいざという時の奇襲や逃走ルートにも事は欠かない…」 この3日間一行がやっていたのは、見知らぬこの街について把握することであった。 ライトには空から地上をスヮリゲーターには地下を探ってもらった。そしてミレーンはというと…。 「認識阻害を使って人の流れを調べてみたが、使われているのは大きく分けてこの3つだな。獣人たちは大講堂と呼ばれている施設。非戦闘員と思わしき連中はラボと呼ばれていた研究施設。人造勇者たちを含めた色んな層が行き来していたのが司令部と呼ばれていた建物だ…」 ミレーンはライトの描いた地図に3箇所大きな丸を入れる。 「とりあえず敵の拠点はこの3つのようだ。まずはどこから攻めるべきか…」 ミレーンが思案をしていると横から終號がすまなさそうに声をかける。 「申し訳ない…、私だけみんなの役に立てなくて…」 彼の沈痛な表情にライトは答える。 「何言ってるんですかシュウさんが留守番してくれてるから、僕らも安心して外に出れるんですよ」 「そうだにぃ☆ 帰ってきてお家無くなってたらスヮリ悲しいにぃ☆ これもシュウちゃんのおかげだにぃ☆」 「シュウ、お前はある意味俺たちの切り札だ。だからその姿も力もギリギリまで隠していたいんだ」 終號は3人からシュウという名で呼ばれていた。 終號という番号では敵の人造勇者みたいで嫌なので別の呼び名はないかと考えていたところ、ライトが終號だからシュウさんでいいじゃないんですかと安直な提案をしたら皆に受け入れてもらえたという流れであった。    *   *   *   *   * ラボと呼ばれる施設の一室に人造勇者肆號がベッドに横たわっていた。 ライトに付けられた腹の刺し傷は見る影もなく治癒しているが、破壊された片足の修理がまだ終わらないため出るに出られないのであった。 部屋のドアが開き、退屈をしている彼女の元に一人の女性がやって来る。 「もうすっかり傷の具合は良さそうね。最初は腹部に血を滴らせていたんでどうなるかと思ったけど、筋肉を貫かれた程度で安心したわ。それぐらいなら私の治癒魔法程度でも治せますもの…」 「なにせ全身の半分以上が機械化され、腹筋の向こう側には鉄の塊しか入っていない貴女ならね」 普通なら痛烈な嫌味とも受け取れる発言であるが肆號には褒め言葉として受け取っている。無痛症も機械化された体も全て自分が凡人を超えた存在であるという証明なのだから。 「ところでドクトル、今日は何の要件?」 肆號の向かい合わせに立っているドクトルと呼ばれる女性、彼女の名はドクトル・パンドラ。 ヒジンドー機関の研究員であり主に忌器に関する研究を行っているが、治癒・回復魔法も使えるため負傷などの応急処置が必要な時には借り出されるのである。 「そうそう、今日は貴女と戦った敵について聞かせてもらいたいの。レーベンの話だと忌器を狙っているらしいけど、どんな奴なのかな?」 「私が相対したのは仮面を付けた…恐らく少年。年齢は10代半ばほどで両の腕から刃を生やしてた。切れ味や強度は私の聖剣と変わらず、身体能力も私と同じぐらい。忌器に関しては何も言ってなかった…」 パンドラは目をノートに移しメモを取る様子を見せていたが、その表情には興味の色が全く失せていたようだった。 「(どうやら『関係者』は他のメンバーの方か…)」 「そうなのね。他の連中はどんな奴だったか覚えているかな?」 パンドラの質問に肆號が答える。 「小型ゴーレムと覆面の大男。見ただけで会話もろくにしていないので、情報はあまりない…。そういえばそいつは聖騎士の制服と覆面を着てた。変質者みたいな恰好は絶対そう」 聖騎士の制服と覆面、そして漆號の聞き取りの際に言ってた『レンハートマンホーリーナイト』というコードネーム。 正体は恐らく元聖騎士またはその関係者であろう…、その中でレンハート出身の者はというと…。 「(来たのね…彼が…)」 パンドラの表情に乾いた笑みが浮かんだ…。    *   *   *   *   * ドクトル・パンドラがラボを訪れていた頃、司令部に一台の大型の兵員輸送車が入って来る。 ドアを開けると中からギリセフに遠征に出ていた人造勇者たちが降りてくる。 「よぉお疲れさん。こいつらが新しい『お仲間』さんかい」 出迎えに来た漆號が兵員輸送車の後部ドアを開けて降りてくる元ギリセフ兵たちを見て言う。 弐號が無言で軽く頷くと、漆號は兵たちを食堂に連れて行って飯を食わせてやれと陸號に指示した。 「これが最期の晩餐になるかもしれねぇから、せめていいもん食わせてやらねぇとな。もっともレーションぐらいしか残ってねぇんだが…」 「それよりも留守中に敵が現れたみたいだな。准尉がやられ伍長は義足が破壊されたと聞いた。軍曹貴様はどうだ?」 弐號は遠征中に起きた侵入者との交戦について漆號に質問した。 未だに軍人気質が抜けていないのか軍が解散した現在でも仲間を階級で呼んでいる。 「俺は3回殺されちまった。レンハートマンホーリーナイトと名乗る覆面の大男に1回。気ぶり仮面とか名乗る小僧に2回。同じく気ぶり仮面を名乗る中年のおっさんと女の大型獣人が一体に小型のゴーレムが一体。この5名が敵の面子だ」 「覆面野郎は恐らく特筆すべき能力は無さそうだがとにかく腕が立つ。逆に小僧の方は腕から刃や背中から翼を生やして飛んだりと厄介な能力を色々持っている。小型のゴーレムは銃器を搭載しているのが確認されているが戦闘力自体は大したことない。女獣人はこちらの獣人どもを簡単に破壊できるぐらいにはパワーがある。その中でも一番面倒そうなのが…」 「中年のおっさんだな。奴は恐らくカウンター魔法のような物を使う。そのことを知らずに突っ込んだせいでファルテの奴はやられちまった…」 粗暴な言動が目立つ漆號であるが、こと戦闘に関しては彼は馬鹿ではなく冷静に分析できる判断力がある。 「了解した。この事は皆に周知させておく。ところでその女獣人はウチから逃げ出した一体なのか」 「いや首輪は付いていなかった。だがあの造りは天然ものじゃねぇ。恐らく合成獣人に違いない」 「我々が関知していない合成獣人となると…、カンラークの者か…。背後関係に関しては何か掴めたのか」 「フォルタが最初に会敵したのが逃げ出したモーゲン博士の施設だった。だからその繋がりであることには間違いねぇが、カンラークの獣人に聖騎士の覆面野郎がいるってことは教会関係が背後にいるのか?」 「そう断定するには早計だが、警戒は怠らない方が良い。何せ我々は神の教えに背くような存在であり、行いをしようとしているのだからな」 「じゃあ俺からもドクトルに気を付けろって伝えておくよ。裏切り者の聖女様にな…」    *   *   *   *   * アジトの中でミレーンたちは最初の攻撃目標をどこにするか検討していた。 その結果、目標をカンラークの天使像とすることに決めた。 理由は二つ。合成獣人に変えられる哀れな人々をこれ以上無くす事と敵戦力を頭打ちにすることである。 恐らく三か所の重要拠点のいずれかにあるのだろうが、認識阻害を使うにせよ探るのはかなり骨の折れる作業となる。 「仕方ない…またあの手を使うか…」 ミレーンは何かを思いついたのかぼそりと呟く。 「ライト…女になれ…」 ミレーンは両の手をライトの肩に置きながら指示をする。 「またですか…」 「ミレーンくん、さすがに何を言っているのかよくわからないぞ…」 「ミレーンちゃん、頭おかしくなったにぃ☆」 とうとう頭がイカレたのか…という目で自分を見るスヮリゲーターと終號のために、ミレーンは説明をする。 ライトは変身能力持ちで女になることができ、彼を囮にして自分は認識阻害で追いかける作戦を以前行ったということを。 二人が哀れな者を見るような目で見始めたので、論より証拠とばかりにライトに変身をさせることにした。 「これでいいですか…」 ライトは女性に変身する。その表情にはもう諦めました…という言葉が張り付いているようであった。 「ほぉ…これは見違えるもんだね…」 「きゃー☆ライトちゃんきゃわいい☆ スヮリがいっぱい盛ってもっと可愛くしてあげるにぃ☆」 この街に流れ着いた流民の少女という設定だから盛る必要はないと、楽しそうにライトを着飾らせようとするスヮリゲーターを制する。 スヮリゲーターは少し不貞腐れた。 街を散策中に見つけた古着やマント代わりにするぼろ布をライトに着せる。これで準備は完了だ。 「行くぞ!作戦開始だ!」 (続く)