まるで子供のようにあどけなく、男は目の前に揺れる二つを手に取った。 女の口からは、その軽率さを叱る言葉の漏れはすれど、それを制止する様子は見られない。 彼の硬質な指が先端の桜色をぎゅむうと押し潰して初めて、声はいくらかの真剣さを纏った。 だが彼の指はやはり止まらず、彼女の乳房を玩具のように弄んでいる。 自分にはないもの――否、彼の種にはないもの。子を産んだ雌がその子を肥らせるための器官。 それがあるがゆえに、彼女は哺乳類地球人種に分類されているのである。 そしてそれは時に、雄の目を喜ばせ興奮を煽るための道具としても使われた。 薄橙の――にしてはあまりに白く透き通った――柔らかく大きな塊が二つ、 重そうにゆさゆさと揺れているのを見れば、誰もが反射的にそれを目で追ってしまうだろう。 彼女の肌の柔らかさや白い艶は、同種の――地球人種の雄に限らず、異種の雄をも惹きつけた。 このような娼婦の真似事をしている理由もそこにある。本来なら、こうして柔肌を晒さずに、 重金属の鎧に身を包んで、腰の下にいる男たちを蜂の巣にしているであろうに―― 兎を模している、といえばそうなのだが、布に覆われている面積は極めて狭い。 肩口から手首まで。鼠径部外側から踵まで。見方を変えればただの長手袋と長靴下。 そんなものと、付け耳に付け尻尾、後は胴体は背中までぐるりと一周、丸見えだ。 兎を逆にすればこうなる――というのは、卑猥な衣装を拵えるための後付けである。 女の肉体を売り物にする思想の果てが、露骨な演出に傾いていくのは自然の流れだ。 男たちはその外身に下卑た視線を向け、その中身に欲を吐き出ていく。 交尾とは、排泄や睡眠と同じく生物にとって極めて無防備な瞬間である。 それを娯楽として弄ぶのは、生存のために汲々としなくてもいいような上位存在だけだろう。 まして種の宿るかすらわからぬ異種の雌相手に、体力と財力を消費して腰を振るなど。 雌の側にとっても、それは同じことだ。万が一、億が一のこととても―― いずれにせよ、二人がこうして粘膜接触に至っているのには、相応の意味がある。 男は、自身の容易には満たされ得ぬ欲求を満たす相手を求めて。 女は、彼の持つ情報を本来の仕事――賞金稼ぎ稼業へと活用するために。 彼に指名されるまでのここ数か月、似たような嗜好を持つ連中を相手にし続けてきて、 彼女はすっかり、自分の衣装の異常性を忘れてしまっていた。 始めは似合いもせぬ――それが却って好評だった――雄を誘う言葉と腰つきも、 具合とともに次第にこなれ、より扇情的に蠱惑的に輝き始めていた。 それを向けられたのだから、彼が彼女に入れ込むのも無理はない――といって、 彼の性器を咥え込んだ瞬間、何のために今、この男の上に跨っているのかという、 根本的なことさえも、膣肉のひくつきが塗り潰してしまいかねなかった。 何度もそうしてきたように、女は男の上に腰を降ろし、ばねのある脚でゆさゆさと上体を振る。 すると当然、彼の顔先、鼻息の届く距離を重たげな乳房が往復するのである。 舌はべったりと、興奮に粘ついて赤くてらてらと光っている。 牙のそれぞれに唾液をなすりつけながら、思わず酸素と舌触りを求めてちろちろと触れる。 それは蛇のようでもあったし――あるいはもっと直接的に、赤子を想起させもした。 女の子宮は、赤の閃きに本能的に疼くのである。熱が、下から全身へと昇っていく。 ぎしぎし、ぎしぎしと寝床が揺れ、全身運動に従事する彼女の肌にいくつもの汗の粒が浮く。 それが、胴体ごと振られることによって飛び散り、時には本人の顔にも飛び、 当然、相手の顔や胸板にも飛び、甘ったるい、雌の体臭をそこら中に撒き散らす。 所詮、情報を抜き取るまでの――ただの、ほんの、“腰かけ”の仕事のつもり―― そんな風に思っているのに、奉仕には熱が入る。声も、次第に上ずっていく。 乳首をぐにぐにと捏ねられ、乳房を鷲掴みにされたりしているうちに、 段々と女の顔も赤く、余裕を失ったものへ変わっていくのである。 彼女自身、自覚はなかったが――地球人種としては破格の身体能力、無二の美貌は、 “こういう”方面においても、如才なく発揮されてしまうのである。 そしてそれはさらに、雌として――母体としても、同じこと。 異種同士の交配は、本来的に生る可能性が低い――これは自然の道理である。 無用な雑種を防ぐために、生態ごと分けてお互いに棲み分けている種も決して珍しくない。 けれどそれは逆説的に、生らぬがゆえに生ることを雄たちに望ませる。 異種である自分をも魅了するこの雌の内に、己の種を残したいという欲求―― 彼女を抱く男たちは、自分たちが彼女とは星系からして違うからこそ、強く燃え上がるのだ。 あの柔らかな胎の中に、自分の子が、卵が生ったとしたらどうであろうか? それは異種をも征服した、己の雄としての強さを証明するものではないか。 強く強く腰を打ち付け、深く深く中を穿ち、濃く濃く精を撒き散らし、吐きつけていく。 その執念が――彼女を毒していないと、どうして言えようか?所詮は一匹の雌なのだ。 多くの雄に求められ、子を孕めと囁かれているうち――本当に、その気になってしまう。 彼が次の来店予約を取り付け終えて、そそくさと部屋を出るのを見送りながら、 女はようやく、自分が何のために彼と肌を重ねていたのかを思い出したのだった。 だが、それを悔いるより先に、また扉が叩かれる。返事より先に、扉が開く。 また別の男が――近頃一気に指名を集めるようになった人気の嬢を孕ませたくて、 三本生えた股間のものを、既に二本まで固く反り立たせて鼻息を荒くしている―― 何人もの雄に身体を開きながら、彼女は自分の本来の目的を思い出そうとする。 しかし、よもやそれを誰かに告げることなどできはしない。胸の奥にしまい込んでいるうち、 それは甘い声と乳腺の張りに置き換えられてしまい、どんどんと薄れていく。 源氏名で呼ばれているうち――かつての、銀河最強の賞金稼ぎとしての自分が、 まるで赤の他人であるかのように、剥がれていく。現実味を喪失してしまう。 鏡の中で膣内の精塊を指で掻き出しているこの女の顔は――こんなに、締まりがなかったか? お前は誰だ――そう問いかけて、答えを見失う。誰かがそこで聞いているやもしれぬのに。 赤の二本線。女はそれをどこか外宇宙の瞬きのようにも遠く見た。 それは生るまじきものの生った証である。己の母となった証である。 だというのに――女はそれを無感動に便所の床に投げて転がすのであった。 そうなるような、気もしていたし。そうならないような、つもりでもいたし。 ただその不安定な重なりが、一意に絞り込まれただけに過ぎないのである。 女はただ手元の端末と指に意識を集中しながら、幾人かの得意に含みのある文面を送った。 その中には彼の名も含まれている――脂ぎった返信の内容など見るまでもない。 膨らんだ胎を感慨深げに撫で回しながら、しかし男たちはまた激しく腰を振る。 己の種やもしれぬ。そうではないやもしれぬ。産まれるまで不確定のその危うさが、 彼らを満足感と嫉妬心の狭間に落とし込み、ひたすらに煽り立てている。 無論その気になれば、遺伝子型から何から、血の繋がりを調べるのは容易い時代だ。 だが彼女はそうしない。答えは不明確なればこそ、雄たちを狂わせるからである。 そうして強く求められている、母胎としての己に――孕み袋としての己に、酔っている。 黒く染まった乳首を、より一層下品なまでに振り回し、雄の視線を釘付けにして。 重たく実った胎を、自分でも強く雄たちの腰へと叩きつけて最奥に誘って。 その日々の中に――彼女は自分を見失い、目的も、名も、朧気になっていった。 何のために自分はここで働き始めたのだったか。依頼の締め切りはそろそろではなかったか? それを振り返るだけの頭はもうない。色に溺れ、繁殖の本能の中に埋もれて―― 母親譲りの金髪の混血児をひり出してなお、彼女がそれを思い出すことはなかった。