「コホン」は枢機卿からの召集 「はい、今日はここまで!」 トレーナーの声が響き、ことねがその場でへたり込んだ。 「つっかれたぁ〜……! プロデューサー、ちゃんと見てましたぁ?」 「もちろん。最後のところ、かなり良かったですよ」 「ほんとですかっ? よしっ!」 ぱっと笑顔になることね。 その横で、十王星南も満足そうに頷いている。 「ええ。特に最後のターン。重心移動が以前よりずっと滑らかだったわ」 「星南会長まで……! ありがとうございます!」 「ただし二番のサビ前は――」 「あっ、それはもういいです! 今日は褒める日ってことにしましょう!」 「そんな日を勝手に作らないの」 ことねが笑う。 俺も笑う。 星南さんも微笑んでいる。 完璧に健全な、アイドルとプロデューサーと生徒会長の光景だった。 その時。 「……コホン」 星南さんが咳払いした。 一回。 俺を見る。 ほんの一瞬だけ。 俺もわずかに頷く。 ――枢機卿から教皇への召集である。 「じゃあプロデューサー、わたし先に戻りますね!」 「はい。ちゃんとストレッチしてくださいね」 「分かってますって〜!」 ことねが元気よく手を振り、廊下の向こうへ消えていく。 完全に姿が見えなくなってから、星南さんがこちらを見る。 「……三十分後」 「御意」 「その言い方やめなさい」 「枢機卿からの正式な召集かと思いまして」 「普通に来なさい」 そう言って歩き出した星南さんの耳は、なぜか少し赤かった。 * 三十分後。 星南さんの部屋へ入った俺は、しばらく無言になった。 「……」 「何よ」 「増えてません?」 「何が?」 「ことねグッズ」 部屋中にことね。 棚にことね。 机にことね。 壁にことね。 ソファにもことね。 「気のせいよ」 「前回来た時、あそこの棚には空きが――」 「気のせい」 「はい」 この議論は勝てない。 だが今日、何より目を引いたのは星南さん本人だった。 「……星南さん」 「何」 「その服」 星南さんの肩が、ぴくりと動く。 見覚えがある。 というより、ついさっきまで見ていた。 ことねが私服でよく着ているものと、ほとんど同じ組み合わせだ。 「……調達したの」 「本当に買ったんですか」 「悪い?」 「いえ。ただ……」 俺がじっと見ると、星南さんがそわそわし始める。 「な、何よ」 「すごく似合ってます」 「……」 一拍。 「……似合う、かしら」 さっきまでの生徒会長らしい堂々とした態度はどこへ行ったのだろう。 「すごく綺麗ですよ、星南さん」 「〜〜〜〜……っっ!!」 一瞬で赤くなった。 「あまりジロジロ見ないでちょうだい!」 「貴女が着てきたんでしょう?」 「〜〜〜〜〜〜〜……!!!」 完全に言葉を失った。 「いや、褒めただけですよ」 「分かっているわ!」 「じゃあどうして怒ってるんです?」 「分からないなら黙っていなさい!」 理不尽である。 俺は笑いながらソファに座った。 「星南さんも座ったらどうです?」 「……ええ」 隣に腰掛ける。 いつもより少し距離が近い。 すると星南さんが急に硬直した。 「……待って」 「何です?」 「ことねが見ているわ」 「はい?」 星南さんが恐る恐る指差した。 ソファの端。 ことねぬいぐるみ。 満面の笑顔でこちらを見ている。 「……」 「……」 「ぬいぐるみですよ?」 「分かっているわよ!」 「じゃあ問題ないでしょう」 「問題あるわ!」 「どんな?」 「気まずいのよ!」 星南さんは真剣だった。 「せっかくことねと同じ服を着て、その……恋人と二人でいるところを……ことね本人に見られているような……」 「本人じゃありません」 「分かっていると言っているでしょう!」 仕方なく、ぬいぐるみを持ち上げる。 「ことね、ちょっと失礼します」 「話しかけなくていいわ!」 くるり。 壁向き。 「はい」 「……ありがとう」 「礼を言うことなんですか、これ」 星南さんは少し安心したらしい。 ところが今度は、自分の服を見下ろして急に深刻な顔をした。 「……やっぱり、いけないわ」 「今度は何です?」 「こんなこと……許されることではない……」 「何がです?」 「ことねへの冒涜よ」 「服を買っただけでしょう」 「同じ服を着て、貴方に褒めてもらっているのよ?」 「それのどこが冒涜なんですか」 「何となく!」 ものすごくふわっとしている。 俺は思わず笑った。 「星南さん」 「何よ」 「本当は嬉しいんでしょう?」 「……何が」 「ことねと同じ服を着て、俺に似合うって言われるの」 「……」 黙った。 「星南さん?」 「……少しくらいは」 「素直ですね」 「今のは忘れなさい」 「無理です」 「教皇命令で忘れなさい」 「教皇は俺です」 「……そうだったわね」 設定まで混乱している。 俺は星南さんの頭を軽く撫でた。 「星南さんは星南さんですよ」 「……」 「ことねの服を着ても、それで星南さんじゃなくなるわけじゃないでしょう」 「……それは分かっているわ」 「綺麗だと思ったのも、星南さんが着ているからです」 「……」 星南さんの顔がまた赤くなった。 「そういうことを平然と言うの、本当にずるいわ」 「恋人なので」 「……っ」 さらに赤くなった。 しばらくして。 星南さんが俺の袖をちょこんと摘んだ。 「……でも」 「はい」 「せっかく同じ服まで用意したのだから……」 「だから?」 「その……」 ちらり。 壁を向いたことねぬいぐるみを確認する。 そして、ものすごく小さな声で言った。 「……今夜だけは」 「はい」 「ことねって呼んで……?」 「……」 「何か言いなさい!」 「いや、枢機卿、かなり思い切りましたね」 「枢機卿って呼ばないで!」 「じゃあ星南さん」 「それも今は違うでしょう!」 「注文が多いですね」 「私もそう思うわよ!」 自覚はあるらしい。 俺は笑った。 「分かりました」 「……」 「ことね」 「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 星南さんが両手で顔を覆った。 「無理! やっぱり無理よ!」 「自分で言ったでしょう!」 「思っていたより恥ずかしかったの!」 「じゃあやめます?」 「……」 「星南さん?」 「……もう一回だけ」 「どっちなんですか」 「いいから!」 「ことね」 「〜〜〜〜〜〜っ!」 今度はクッションが飛んできた。 俺はそれを受け止める。 「暴力反対です」 「うるさい!」 「もう一回?」 「……」 ちら。 「……あと一回」 「増えてますね」 「黙りなさい」 壁の方を向いたことねぬいぐるみ。 それに見守られないよう細心の注意を払いながら。 教皇と枢機卿による秘密の集会は、今日も本来の活動目的から少しだけ脱線していた。