月が欠け始めて1ヶ月が経った頃、身体に奇妙な変化が現れた。 朝目覚めると胸に鈍い痛みがあり、触れてみると膨らんでいる気がする。まさかと思い服をめくると、乳房が以前より大きくなっていた。さらに驚いたのは先端から透明な液体が滲み出ていたことだ。 「これは……母乳?」 検索エンジンに「吸血鬼 母乳」と打ち込むと、驚くべき事実が出てきた。吸血鬼症候群の進行段階で稀に起きる身体的変化。特に若い女性に見られる兆候だという。 『吸血鬼の生殖機能の変化として、非妊性の乳汁分泌が報告されています。これは本来の子育て機能ではなく、栄養摂取の一形態として解釈されます』 つまり、他人の血を蓄える能力が増えたということだ。吸収した血液を体内に貯蔵し、必要に応じて「母乳」という形で排出する—生物学的には奇妙すぎる説明だが、納得できる部分もあった。 「姉ちゃん?具合悪いの?」 ドアをノックする弟の声。心臓が跳ね上がる。 「いや、ちょっと頭痛が……入ってこないで」 咄嗟に嘘をつくが、弟は心配そうに尋ね続ける。 「最近血飲んでないよね?大丈夫なの?」 「平気よ。薬飲んだから」  「でも声色悪いよ」 「本当に入るなって!」 声を荒げてしまい、すぐに後悔した。弟は何も悪くない。すべては私の問題なのに。 ドアの向こうからため息が聞こえた。 「分かった……けど体調が悪くなったらすぐに病院行ってね」 「うん」 弟が居なくなると急いで下着を交換した。胸に絞り出すように触れると、白濁した液体が指に絡みつく。 「これが私の……」 味わってみると、甘い。この中に弟の血も含まれているのかと思うと奇妙な興奮を覚えた。 その夜、例によって弟の部屋をノックした。 「入って」  返事が返ってきた。ここ数日血を吸っていないせいか、弟は少し元気に見えた。 「久しぶりに……いい?」 「うん」 ベッドに横たわる弟の首に顔を埋める。懐かしい匂い。牙を突き立てる前に深呼吸した。一気に噛みつく勇気がない。躊躇っていると弟が囁いた。  「慣れたからさ……好きにして」 その言葉がきっかけとなり、牙を突き立てた。瞬時に広がる血の味。相変わらず甘美だけど、どこか疲れたような味がする。 「もっと飲んでいいよ」弟が促す。「僕なら大丈夫だよ」 言われるままに喉を鳴らした。しかしいつもより量が味が薄い気がして途中で止めると、弟は眉をひそめた。 「どうしたの?足りないの?」 「ううん……十分」 「姉ちゃん血足りてないんじゃない?顔色悪いよ」 「違うの」 言葉に詰まる。自身の身体に起きている変化をどう説明すればいいのか。 「実は……」 薄暗い寝室の中、私は上着を脱ぎ胸を露出させた。恥ずかしさと緊張で手が震える。覚悟を決めて胸を見せた。弟は目を丸くした。 「これ……」 「多分あなたの血の一部が……こういう形で出てるの」 沈黙が流れる。弟の視線が一点に集中しているのを感じる。 「欲しい?」 「え?」弟の顔が赤くなる。 「冗談よ。気持ち悪がらせてごめんね」 慌てて服を着ようとするが、弟の声が遮った。 「飲んでみたい……かも」 「……じゃあ」 ベッドの端に座り、弟を膝に乗せた。小さい頃よくこんな風に絵本を読んであげたことを思い出す。当時はただの姉弟だったのに、今はどうしてこんなことになっているのだろう。 「痛くしないでね……」 「うん」 初めての接触。弟の唇が先端に触れると電撃が走った。未知の感覚だ。吸血時の快感とは全く異なる。もっと奥深くで生まれる充足感。 「っ……あぁ……」 思わず声が漏れる。弟は慎重に吸い上げていく。 「姉ちゃん大丈夫?」 「平気……続けて」 幾度か飲み込んだ後、弟はぽつりと言った。 「不思議な味がする……姉ちゃんの味だ」 「もっと欲しい?」 「……うん」 時間をかけて吸わせると、不思議なことに胸の痛みが和らいでいった。体液を出し切ることで吸血衝動も少し落ち着いた気がする。  ふと気づくと私の身体から力が抜け始めていた。そうか—私は彼に血を返しているんだ。 「ごめんね」 小さな背中を撫でながら囁いた。何に対して謝っているのか自分でも分からない。この歪んだ愛の形を、私はこれからも抱えていくしかないのだろう。