「本日紹介する星は、太陽系第三惑星の──」  この部屋だけが俺の世界になって、そこそこ経った……気がする。  地球育ちの地球人にとって、昼夜のない生活は時間の感覚を少々曖昧にしてくる。  動かないと眠ることもできないので、時折身体を鍛えたりはしているのだが、集中できていない自覚はある。  なんとなく動かしているだけというか……これこそ散漫的というべきか。  プロはこういう風に他のことを思惑せずに身体をいじめ抜くのだろうが、今の自分にはどうにも荷が重い。 「表層の大部分が水で覆われたこの星は──」  ああ、諦めだ。  考え事と並行でもいいか、しないよりはマシだと割り切りながらスクワットを続けることにする。  洞窟の中だけで何日まで生活できるかという実験が昔あったのを、この期に及んで思い出した。  もちろん生活に必要な資材は外から搬入されるのだが、いつ起きていつ食べるのかは自分次第。  外部との通信は定期的な生存報告のみ……というものだった。  そんな奇怪な実験も、一度で終わらなかったのだから驚きである。  大体は体内時計が狂って心身に異常をきたす結果が出ていたとか。  その点、俺は電気を点け消しできるし、「彼女」がいるから孤独ではないし、献身的に起こしてもらったりもしている。  比べものにならないほどには恵まれている。  でも、当然今日のように居ない日だってあるわけで。   「NEMEANでの地位向上により多くの援助を受け、近年異常な気候が目立つこの貴重な環境を保護しようと──」   ……眠い。  今日はここまでか。  シャワーを浴びよう……そう思ってから、浴び終えて髪を乾かすまでに実感は湧かなかった。  気付いたら寝巻で、乾かしたはずの髪はまだ少し湿っている。  最近は意識を保とうとしていないと、たまにこういうスキップが起こる。 「皆さんも、この星に足を運んでみてはいかがでしょうか。それではまた」 「……ふー……。」  あぁ……。  力なく横たわったベッドから、とうとう「それ」に視線を向けてしまった。  意識に入れたくなくて、消すことさえも避けたその番組に。  そうなると、もう感傷的になる他になかった。  重ね重ね思うけど、別に逃げ出したいわけじゃない。  枕を濡らしながら、アドラのことは大好きで、この生活も大好きで。  どうしたらいいのか、どうしたいかとか、そういうヴィジョンはないのだけれど。  ただただ、溢れる感情が止まらないので。  その日は混濁の中で眠りについた。 ──夢を見た。  目を覚ましても、慣れた高級なベッドの感触で、身体は快適そのもの。  だけど枕はぐっしょりで、手も震えが止められない。  右手首を掴むけど、左手も震えている。 「ふーっ……あ……ああ……」 「ただいまー☆あの試合……だ、大丈夫!?」  部屋に入るなり、アドラは駆け寄ってきた。  俺はそれに対してノータイムでベッドに引きずり込んで、背中に手を回した。  胸に顔を埋めて、そのまま呼吸を繰り返した。  完全に誘っているととれる行動だが、聡明は彼女はその本質を理解してくれたらしい。   「私はここにいるからね」  彼女の顔が見たくなって、少し胸から頭を離す。  帰室してそのままだから当然だが、ユニフォームそのままだった。  華々しく、勇ましく、そして……頼れるあの姿。  顔つきも、試合の時の凛々しい表情だ。 ──今やっていることは、はっきり言って根本的な解決にはならない。  ニコチン中毒の人間が落ち着くために、とりあえず一服しているようなものである。  しかし、それでも今の自分には必要だった──。  それを見ていると不思議と安心感が湧いてきて、震えは一旦収まった。  呼吸の速度も、少しずつ落としていく。  たった一言、自分に向けた言葉だけで、人は落ち着きを取り戻せるのか。  それとも彼女が特別だったのか。  少なくとも俺にとっては特別な存在であるから、それを検証しようはないのだが。  とりあえず、暖かみが嬉しいから、抱き合ったまま離れたくなかった。 「──なるほど。時差ボケとホームシックかぁ……」 ……あれ。  また、スキップが起こったらしい。  話した感覚はなくとも、いつの間にか事情聴取が終わっている。   「いつかはこうなる気がしてたけど、もう目を逸らしてるわけにはいかないよね」 「ごめん。君が嫌じゃなくて、その逆で……」 「わかってる、キミは何の訓練もしてないもの。宇宙暮らしは大変だ。それでも私に合わせようとしてくれているのは、わかる」 「ありがとう……」  こういう生活にした本人に礼を言うのは不思議と思う人かもしれないけど、彼女の好意と心配は本物だし、俺の好意だって本物だ。  経緯じゃなくて、今この感情こそが大事だった。 「次の試合までは日程上結構な開きがある。……よし、里帰りといこう。キミが我慢した分、次は私の番だ」 「いいのか?」 「大丈夫、ちゃんと実利あってことだとも。次の試合は水中戦なんだ。」 「なるほど……」  特訓は地球で。  抜け目のない彼女らしい、100点の計画だった。 「そういうところが、好きなんだ」  そう言いながら彼女を抱き締める腕に、急に湧いてきた力を籠めた。  俺よりずっと賢くて。  俺よりずっと強くて。  俺よりずっと気丈で。  俺よりずっとかっこよくて。  そんなアドラだから、こうして重たくながらも愛されるのが幸せなんだと思う。  それはそうと、こっちももう大概彼女を手放したくなかった。 「なっ、急に……もう!」  珍しく、声を荒げられた。  虚を突いた、というやつだろうか。   「今日は随分と求めてくるね?元気が出たなら、それなりにハードでも耐えられるのかなぁ?」 「へ……へへ……」 ……虎の尾を踏んだ、が正解だったらしい。 両の手で俺の頬をむぎゅっと、逃げられないように挟まれてしまった。 でも、アドラの顔は紅潮して、口角は上がっている。 「集中したいから、最後に聞きたいんだけど……どんな夢を見たの?」 「え?ああ。アドラと一緒に帰省して親に見せに……」 「へぇー……。正夢にしちゃおっか?」 ……いきなり太陽系代表選手が来たら、びっくりするだろうなぁ。  一先ずは、おしまい。