量産されるのは、いつだって成功したものの模造品だ。彼は打ち捨てられた側の一つであった。 誰もが求め、誰も得られぬもの。それを高々戦争の道具として作り出そうというのだから、 かつての研究者たちはよほど傲慢であったに違いない――成功を生まぬ失敗に意味があろうか? そして彼らは言うのだ。失敗作を処分せぬだけ自分たちは人道的である、などと。 鏡の中では、黒い甲殻の方々から蛍光色の黄色い人工筋肉の覗く異形が顔をしかめている。 重い音とともに、醜い虫けらの姿は割れた。だが拳には傷一つ付いてもいない。 硝子片の撫ぜた表皮の浅い凹みも、あっという間に元通りの弾力性を取り戻す。 しかしその程度では、彼の作られた目的――不死の兵士という存在には遥か遠い。 彼は己の価値を自ら証明せねばならなかった。造物主たちを施設ごと吹き飛ばしたところで、 烙印の消えることはない。自分と苦悩を分かち合える友などいない。 刻まれた本能によって、埋め込まれた人造の兵器によって、彼は狩りをする。何のために? 芋虫めいた口の上、二対の複眼をぎょろぎょろと動かして周囲の獲物を探す彼が生きることを、 この広い宇宙の誰が望んでくれようか?生物としての役割すら持ち得ぬというのに。 ゆえにもう一つの――兵士としての価値、誰もが恐れる最強の存在になるしかなかった。 芋虫野郎が酒場に顔を覗かせれば、無論、酒瓶より先に罵倒が運ばれてくる。 それをまとめてのしてやるぐらいのことは、何ともなかった。自尊心の足しにもならぬ。 そして彼の右腕の――高圧電流を離す黒光りした砲塔を見た連中はごますりがてらに、 伝説だとか宇宙最強だとか呼ばれている、ある賞金稼ぎとの類似性を挙げるのである。 そのこと自体は彼の心に些かの小波をも生じさせなかった。だが一つの閃きはあった。 件の生意気な賞金稼ぎを叩き潰してやったとしたら――これは何よりの意趣返しではないか。 失敗作と決めつけてきた連中のためではない。ただ己のためである。 相手は有名人である。情報を集めること自体は容易かった――そしてその目的さえも。 彼の作り出されるずっとずっと前、気の遠くなるようなはるか昔に栄え、滅びた種族。 その遺産に繋がる鍵を奪い合っての殺し合い――究極の力、とはいかなるものか? だがそれそのものを得ることよりも、その過程に発生する副産物こそを彼は求めた。 争奪戦の中では、銀河に名だたる賞金稼ぎや刺客が、いくらも暴れ回っていたのである。 それを打ち倒し――時に不利を悟って逃げ、隠れ、機を窺って、やり返す。 狩人の本能が騒いだ。己の生きるべきところはここであったのだと―― そして当初の目的物は、案外に簡単に見つかった。相手は鍵の全てを狙っているのだから、 怪しい箇所に張っていれば、直に向こうからやってくる。何度も何度も。 橙色の甲殻に身を包んだ暫定の銀河最強は、確かに彼を苦しめた――しかし結果はどうか。 殻の下からは青い筋膜らしき皮膜が覗き、その裂け目からは白み掛かった組織が見える。 苦闘の末、殻を全て破壊された相手は、想像以上に小さな中身を彼の前に差し出すのだった。 体毛が頭部に纏って生え、それ以外はつるりとした不均一な姿に、内心の嘲りが抑えられぬ。 一対しかない碧色の瞳で、恐らくは敵意を持って睨んできているのであろうが、 無力化された今、それは虚しい抵抗である――何より体型からして、 逞しい外骨格によって永遠に崩れることのない逆三角形を描いている彼に比べ、 砂時計めいて中心部が括れた柔らかで脆そうな身体、不必要に膨らんだ一対の重りは、 戦士としての美意識に欠けた、無様なものにしか映らないのである。 彼という存在は彼しかいない。他に同種のものは物理的に造られてもいない。 ゆえに――目の前の存在が、雌、というものであることすら理解してもいなかった。 己は己であり、雄、という性を保有していることにも無垢であった。 のしてやった荒くれたちは、体格と酒場という立地から彼を男扱いしたに過ぎない。 生身の雌を前にして、雄の心身がどのような変化を起こすかにも無論無知である。 女の柔肌を見ているうちに、兵器として作られた彼の肉体は、いまだ経験したことのない、 不規則で不意な心拍数の増加を観測した。体温の上昇についても同じである。 目の前の個体が、毒でも撒いたのか――と警戒を強めるも、それは杞憂であった。 何か隠し持っていないかを、柔らかな皮膚を揉み回しながら探るも、見つかるわけもない。 しかしその感触を指先が覚えるたびに――不可解な高揚感によって昂ぶっていくのである。 始めは、獲物を弄ぶ肉食獣の如くに血に酔っているだけかと思うた――だがそうでもない。 そしてこれまで小水の排泄ぐらいにしか使ってこなかった棒状の一器官が、 彼の意思とは無関係に、甲殻の継ぎ目を開いて伸び上がってくるのである。 女はそちらに目を向け――主に頭部の皮膚を中心に、薄っすらとした赤みを纏った。 肌の上には、透明な液体がぽつぽつと粒を作って重力に引かれて落ちていく。 観念したように、相手は目を閉じる。好きにしろ、と吐き捨てるように呟く。 彼は首をかしげた。勝敗は明らかである。これ以上何をしろというのだろう? だからといって、それをわざわざ問うのを恥と思うだけの自尊心はあるのだ。 渋い顔をしたまま、彼が何をもせぬのを見て――女もまた、不思議そうな様子を見せた。 裸の女に勃起した性器を見せつけておいて、何をすればいいかわからぬということがあるか? 彼女の指は――使い道がわからず持て余されているそれに、自然と沿うのであった。 急に触れられて驚いたのは彼の方だ。それでも、嫌な気はしなかった。 咄嗟に、暗器の一つでも突き立てられることを警戒すべきではあったろうに―― 女は彼の性器を撫でさすり、固さと大きさを確かめてみる。自分が壊されてしまわないように。 すると刺激によって、更に角度は大きくなる。下腹部にぴったり押し当たるほどに―― わざわざ身体を差し出してやろうとは思わない。けれども、これで終わるなら。 彼から身を離した女は、一つ深呼吸をしてから、股をぐっと開いて寝転んだ。 白い皮膚は羞恥に赤みを増し、それよりも鮮やかな赤い内臓の、膣口の色が視線を吸い寄せる。 それは雄の本能に働きかける、抗い難い魅惑の色である。健康な雌の胎の色―― 自然と、彼は己の棒状のものを、そこに差し込まねばならぬように思った。 吸い込まれるように――女の手首程はあろう太さのものが、奥へ奥へと這入っていく。 ぎちぎちと、何かが締め上げてくる。これまで知り得なかった刺激である。 それをより強く味わうために、彼はまた無意識に彼女を手元に引き寄せ、 小さな身体を、己の胸板に密着させるように捕まえるのであった。 その方がより深く、より中心部に近く――届くように感じたからである。 まんまと彼の至近に引き寄せられた女であったが、その手元に刃物の一つもあるでなし、 ただ両手を彼の背中に回し、自分からしがみつくように肌を密着させてくる。 柔らかく重いだけの邪魔物としか思えなかった一対の大きな膨らみが胸板に当たって歪むと、 彼は一層、己の中の何かが燃え上がってくるような感覚にとらわれる。 そしてより奥を狙うには、押し入れる一辺だけではうまくいかずに、 軽く引き抜いたり角度を変えてみたりして、うまく刺さる道を探る必要があることもわかった。 すると彼女の声は――聴覚を介して、より一層の変革を彼に強いてくる。 周波数が高くなり、絡みつくようなゆったりした息遣いの、その声色が、彼を興奮させる。 すっかり当初の、戦闘の目的すら忘れて、ひたすらに腰を叩きつける――より正確には、 彼の腰に向けて、掴んだ彼女の肉体を打ち下ろしている、と言った方が近いだろう。 次第に二人の視界は、棒と穴、という接触面以外の部分への色彩を失っていく。 もう、そこに全意識が集中してくる。何か、が訪れることを細胞が期待している―― 呆気なく爆ぜる。体内から、吐き出されていく熱の塊。それを受け取る相手は、 自分の身体の熱が奥へと注がれていくことに、声を震わせて反応するのである。 彼自身、知らずに息が上がっていたことに気付いた――だがそんなことよりも、 股間から熱が放たれた瞬間の、頭の中を一気に白く染め上げるような刺激の波。 倦怠感が全身を薄衣のように包む――だが不思議と心地よい。 そして単なる負け犬、鍵を全て奪われる間抜けとしか思っていなかった彼女のことが、 何か酷く形容しがたい、心の隔壁の内側にぬるりと入り込んできた感覚があるのだった。 それは粘膜接触をした雌雄にしか分からないものであろう。 二人は無言のまま、散らばっていた装備品やら武器やらを拾い集め、身に纏った。 また橙色の甲殻に身を包んだ彼女の後ろを、彼は理由も分からずについて行った。 奪ったはずのそれのことも、何だかすっかりどうでもいいようだった。 返してくれと促されて素直に渡してようやく――本来の目的を思い出したぐらいである。 星系に巣食う悪しき彗星の化身――その封印を解いて滅ぼしにいく彼女の後ろ姿を、 彼は兵器に似つかわしくない、どこか切ない気持ちで見送るのだった。 今ではもう、彼は自分の存在意義を証明することに汲々とはしていない。 賞金稼ぎとしての仕事も、彼女と二人、食うのに十分な程度に留めている。 自身の腕前を証明してみせたということもあろう。力の正体に拍子抜けしたこともあろう。 だが何より――女の、膨らんで糸巻きめいた体型への満足感があった。 そこには自分に連なるものの在ることが、説明されずともわかったのである。 優しい表情で、自らの腹部を撫でる彼女の横顔を見ると、彼は満たされるのであった。 打ち捨てられ孤独に朽ちていくはずの自分が――いつの間にか、つがいを得ている。 それによって、自然と湧いてくるもの。相手から、与えてもらうもの。 きっとそれこそが――己の求めた、力。間もなく父となる彼は、そう感じるのである。