1.押しかけ通い弟子は肉体派  石造りの階段を地下に向かう。上の階での激しい剣戟と、大捕物の騒乱が背中に遠くなるのを感じつつ、吾輩は最下層に降りたった。 「光よ道を示したまえ……極光道標《アウロラ・ヴェリタス》」  魔導杖から光が拡がり、薄暗い石の通路を照らす。奥へ進むと……すすり泣く声が聞こえた。  牢屋に監禁されていたのは、今回の保護対象者だ。  赤毛に茶色い瞳をした小柄な少女である。間違い無い。年齢はたしか七歳だったか。  着衣に乱れ無し。怪我もしていなさそうだな。 「君がバンデラス卿の娘で間違い無いな?」 「ううっ……あうぅ……」  大きな瞳を涙で潤ませるばかりで、彼女は黙り込む。  はて、困ったな。子供の相手は苦手だ。今すぐ牢屋の鍵を破壊して、彼女を連れ出し親元に送り届ければ任務完了ではあるが……。  相手は貴族の令嬢だ。冒険者や魔導師を見たことがないのかもしれぬ。目立たぬようにとはいえ、こちらは灰色のフードとマント姿の怪しい成人男性。  年端もいかない子供が怖がるのも無理もない。誘拐した連中の仲間と思われているやもしれない。 「ふむ、先に自己紹介すべきであったな。吾輩はローガイ・ガンメイン。君の父上から救出を依頼された。怪しいものではない」 「えうっ……ひっく……」 「ワルプルギス・カトリーナ・バンデラス嬢。もう安心したまえ。上では君を誘拐した不貞な輩どもの一掃が進んでいる」 「あうぅ……」  ダメだ。泣きうめくばかりでらちが明かない。魔法で眠らせて運んでしまおうか。  いや――  怖い思いというものが、心の傷となって一生残ってしまうかもしれん。  仕方あるまい。  出来損ないの創作魔法だが、これで機嫌を取ろう。 「光る虹の泡よ舞え……虹彩泡沫《イリス・スプーマ》 」  魔導杖から無数のシャボン玉が放たれると、それは牢屋の中の少女の周囲をくるくると舞うように周りながら、七色の光を放ち、色を変え続けた。  幻想的で儚く、美しい。ただそれだけの魔法だ。戦闘の役に立つかと言えば、無意味と言わざるを得ない。  途端に少女の目に精気が戻る。茶色い瞳をまん丸くして、彼女は笑顔になった。 「わぁ……とっても……綺麗……」 「魔導師にとっては、取るに足らない魔法だ。実験的に吾輩が最初に生み出した、気まぐれな創作魔法だよ」 「おじさま、魔法使いなの?」 「魔導師だ。厳密には古典魔法の……と、これ以上は講義になってしまい退屈だろう。ここはあまりにも居心地がよろしくない。少し下がってくれたまえ」  少女は「うん」と頷くと、鉄格子から距離をとった。 「封じし鍵を砕きたまえ……破鐵断鎖《クラドゥス・フェルム》 」  錠前に意識を集中し、魔導杖で軽く触れる。振動と衝撃を内部機構に集約、粉砕し鍵を破壊した。  かんぬきを外し格子扉を開くと、吾輩は跪き少女にそっと手を差し出す。 「では、参りましょう」 「は、はい……ステキなおじさま♡」  少女は素直に吾輩の手を取った。  セブンスターズ王国の王都イーブレンで起こった、侯爵令嬢誘拐事件は見事に収束。  かくして、吾輩ローガイと、相棒の剣士ハイウィンドの両名は、事件解決の功労者として大いに称賛され、報酬と報償も望むままとなった。  相棒はこれを機に結婚。かねてより親交を深めていた、とある伯爵家に婿入りし、今では貴族様である。  して、吾輩はというと。  古典魔法のローガイ堂――  手にしたのは、自宅兼、研究室兼、工房兼、魔法薬と魔導具販売の店舗だった。  以来、冒険者として第一線から身をひき、第二の人生を歩み始めて早、十年の月日が流れたのである。  誘拐された少女とはあれきりだが、きっと今頃は素敵で可憐でたおやかな淑女に育っているだろう。救出時に心のケアを優先した判断は、正解に違いない。  時の流れは早いものだと、身なりを整え鏡を見ながら想いふける。  まだ四十代ながら、髪にもグレーが混ざり始めて久しい。毛量をキープできているのは幸運だ。  髭と顎髭を蓄えつつも、綺麗に整えるのを忘れない。威厳と気品。伝統の古典魔法を扱う者としての風格が備わったと、我ながら思う。  準備万端。  箒を手に店の前に出る。道を清掃していると――  爽やかな風が吹き抜け、朝陽が照らす中、巨大な影が道を覆うように落ちる。  吾輩の視界を閉ざす巨躯。同時に、ローガイ堂の店舗前に騒がしい女の声が響いた。 「師匠! おはようございます!」  頭を下げて一礼し、身体を起こすと……ふむ、相変わらず吾輩が見上げるほどデカい。  どことは言わぬが、全体的に大きいのが彼女――ワカバ君の特徴だ。  道行く人がつい振り返る超恵体。背を覆う長い赤毛を振りまき歩く姿は、さながら巨馬の如し。  世紀末的な覇王の愛馬にさえ比肩しうる逸材と言えよう。  その前髪は長い。両目元を隠すように髪のカーテンが掛かっていた。やや厚みのある唇が印象的で、双眸を隠す前髪もあって、ミステリアスさを兼ね備える。  口さえ開かなければ……と、付け加える必要はあるが。  着衣こそ魔導師風だが、赤いローブ風のマントの下のチュニックは、はち切れんばかりに常にパツパツであった。  特に胸元は苦しそうなくらいである。 「相変わらず大きいな。ワカバ君」 「す、好きで大きくなったわけじゃないですよぉ。まだパパより二センチ『も』低いんですから」 「そうか。父君は身長二メートルか」 「た、体重だって四捨五入したら、お師匠様とそう変わりませんからぁ」 「一トンの桁で四捨五入すれば、誰だって同じだろう。吾輩の重量は君の半分よりやや重い程度だ。それを同一とは言わぬ」 「うう! 骨太なんです! デブじゃないです信じて下さい!」  彼女の自己申告する体重は九十八キロ。身長百九十八センチということで、ワカバ君自身は「まだ大台に乗っていないからセーフです」と言い張るのだが、一体誰に何の赦しを得ようというのか。  控えめに言って、手遅れなデカさである。  筋肉質で骨太だ。戦士になるべく生を受けた存在。それが、吾輩の弟子見習い候補のワカバ君だった。 「ううぅ……お師匠様のバカぁ」 「教えを請う立場で失礼だな君は」 「あ! 嘘です冗談ですやんお師匠様ってば。もう、イジワルなんだからぁ」  彼女は指で吾輩の胸をツンツンした。その膂力に半歩下がりそうになるのを踏みとどまる。  ワカバ君的には、軽く突いたつもりなのだろうが、パワーが段違いなのが困りもの。  この肉体で魔導師になりたいというのだから、なんとももったいない。  加えて、天は彼女に二物を与えてしまった。  内に秘めたる魔法の力も、その身体に見合う以上の潜在能力《ポテンシャル》を持っている。  ただ、魔法を操るには致命的に不器用すぎて、水平線の彼方に隠された大財宝の持ち腐れなのだが……。  ワカバ君は口元を緩ませた。大型犬が舌を出してハアハアするようにしながら……。 「それではお師匠様! 今日はどんな魔法を教えてくれるんです?」 「まだ弟子と正式に認めたわけではないぞ」 「ええぇ! ちゃんとテストは合格したじゃないですか?」 「あくまで弟子見習い候補だということを、肝に銘じたまえ」 「つまり……ほぼ弟子ってことですね! 四捨五入したら……最愛の愛弟子!」 「その過剰なポジティブさ……いつか君に牙を剥くだろう」  ちょうど一週間ほど前のこと。  突然、ローガイ堂に押しかけてきて弟子入りを志願したのが、すべての始まりだ。  一目見て「その体格で魔導師は冗談ではないか?」と思ったため、彼女を諦めさせるべく、試験と称して難問……最初に吾輩が生み出した創作魔法が、なんだったのかを質問したところ……なんとワカバ君はあっさり正解してしまった。  吾輩の著作した魔導書の数々に隅々まで目を通し、穴が空くほど読み込んでもいない限り、気づきもしないハズなのだが……。なぜ回答できたかと、質問してみたところ。 「お師匠様の著作は毎晩抱いて寝てます! 枕にもぴったりです!」  とのことだ。読んでいるのか甚だ疑問である。  諸々あって、結局押し切られ、彼女が通いの弟子見習い候補になり今に至る。 「ではまず、店の前の掃き掃除から始めたまえ」 「了解しました! さあ! この世のゴミどもを掃きだめにシュートして、とってもとってもエキサイティングにしますよ! この世界もろとも!」 「……意気込みだけは認めよう」 「お師匠様! お任せください! もっと認めてもらえるよう、誠心誠意がんばりますから!」  頬を紅潮させつつ、ぐいっと迫る。  圧が……すごいな。出会った時から、ずっと彼女はこの距離感だ。何をそこまで前のめりになる必要があるのか、これがわからない。  吾輩の手から箒を取り上げ、ワカバ君は一心不乱に店の前を箒で掃き散らかし始めた。  さて……こちらはゆるりと店を開く準備を始めよう。  と、思った矢先―― 「お師匠様! 大変です! 箒がどんどん短くなる魔法が発動しました!」  ワカバ君の膂力で石畳の道を思いきり擦られつづけたせいか、箒が先端からすり減っていた。まるで塊のチーズをチーズ削り器で粉チーズにするように。 「それは魔法ではないぞワカバ君」 「じゃあ……いったい……どうしてこんなことに!? お師匠様気をつけてください! 我々はすでに、何者かの攻撃を受けている可能性があります!」  ゴゴゴゴゴゴ……と、空気を鳴動させる迫力《すごみ》で臨戦態勢に入るワカバ君。  彼女が大地をグイッと踏みしめれば、ガギャンと音を立てて石畳そのものが割れ砕け、陥没した。 「ほらお師匠様! 丈夫な石畳が陥没していますよ! 重力です! 敵は重力に干渉する魔法を行使しています!」 「補修費用は君のバイト代から天引きしておこう」 「なんでぇ!?」  こっちが聞きたい。どうして自分のせいだと気付かないのだろう。鈍感も度を過ぎれば犯罪であることを教えるところから、本日も始めなければならなさそうだ。  弟子になりたいなら、一日も早く常識を身に着けて欲しいものである。