# 序章 カンストしたので、惑星が半壊しました  最強になるための準備はできていた。体力と魔力くらい、いつでも確認できるようにしておこう。  俺はフィールド用HUDを試験表示した。視界の隅に数字を置く機能だ。いちいち画面を開かずに済むし、戦闘中も邪魔にならない。その予定だった。 『HP 18,446,744,073,709,551,615 / 18,446,744,073,709,551,615』  下には同じ長さのMP表示。机が見えなくなった。 「邪魔だな!」  本来は端に『9,999 / 9,999』くらいで収まる欄だ。右を向く。数字もついてくる。左を向いても逃げられない。  HUDを消してステータス画面を開いた。仮想モニタを横へ広げると、装備プレビューの六枚羽が壁にめり込む。標準の三十二ビットを六十四ビットへ拡張したのに、表示の幅を忘れていた。数字は正しい。俺の見積もりが甘い。  ひとまず上限を『MAX』に置き換える。試験表示のMPを一つ減らすと、長い数字が復活した。 「そうだよな」  魔力は使えば減るし、通常プレイならダメージも受ける。強い敵を鑑定したときも困る。千単位のK、百万単位のMと省略する設定を足そう。単位固定と自動切替を選べて、正確な値は詳細で見る。残量も分かるようにしておけばいい。  試験用の値で表示を確かめると、ようやく机が戻ってきた。ハイパーインフレでお金の単位を切り替えたくなる気持ちが少し分かる。表示を縮めただけなので財産は減っていない。  自分でインフレさせて自分で困っている。全部俺しか遊ばないゲームなのが救いだ。 「試験項目を読んで」  机の端の小さな箱がこちらを向く。ランプ二つの案内役、パッチだ。 「最大値での攻撃。報酬加算。速度および操作感の確認。備考。『元気があれば日曜』」 「今日やる。今なら元気だから」  全ステータスと装備を上限へ設定した《六翼天主》が画面で回る。白金の鎧と光輪。必要以上に神々しいが、全部俺が付けた。  椅子に座る俺は普通のシャツ姿だ。企業でも使う開発室には本人照合があり、現実の身体をスキャンした姿でしか入れない。六枚羽になれるのは試験世界へ出てからだ。  住民なし、模擬敵のみの隔離コピーを選ぶ。復元用のスナップショットも確認済み。 「よし。まず一発」  開始地点を選ぶと机も椅子も消えた。      *  広い荒野に立っていた。  乾いた土と遠くの山。薄い雲が流れる空の下で、二階建ての家ほどある石の獣がこちらを向いている。体力の表示が頭上に浮かび、その下に小さく『報酬試験用』と書いてあった。  背中がいつもより広い。六枚の翼を順に動かしてみると、上から下へ白い羽が視界の端を通った。頭の上の光輪も影を落としている。鎧は見た目ほど重くない。そう作ってある。  右手には検証用の剣。能力だけは最高だが形は素直な長剣だ。派手な技を使う前に、普通に振ってどうなるかを見る。  石の獣が前脚を持ち上げた。  ずいぶんゆっくりだなと思いながら一歩踏み込み、俺は剣を振った。  獣が消えた。  そこまではよかった。  足元から白い筋が伸びた。筋は地面を割りながら枝分かれし、山へ向かって走っていく。剣を振り抜いた先で空がたわんだ。薄い雲が平たく押し広げられ、その下の地平線が持ち上がった。 「……ん?」  山が動いている。崩れているのではなく、山を載せた地面ごとこちらへ傾いている。土の裂け目の奥に赤いものが見えた。荒野の向こうにあるはずのない光が、地面の下から差してくる。  風景の大きさがうまく掴めない。巨大な岩塊がゆっくり浮き上がり、その裏側からさらに大きな亀裂が現れる。やけに豪華な必殺技の演出みたいだった。  そんな演出は実装していない。  視界の隅にある時計を見た。剣を振る前から、ほとんど進んでいなかった。  俺の感覚に合わせて世界の方が遅くなっている。  つまりこの一大スペクタクルは、普通の速さなら一瞬だ。 「俯瞰。全体を出して」  空中に小さな惑星が表示された。俺のいる地点を示す点の周りから、ひびが大陸を横切って伸びている。海岸線が消え、海の形が変わり、球の半分が外側へほどけ始めていた。  球体の断面なんて、学校の図くらいでしか見たことがない。  自分のゲームでも見る予定はなかった。 「戻る!」  帰還の操作を思い浮かべる。灼けた大地の色が消え、白い壁が現れた。背中の重なった感覚がなくなる。視線を落とすと鎧ではなくシャツの袖があった。  本人照合完了。いつもの小さな表示を横目に、俺は停止ボタンを押した。  モニタの惑星が半分ほど崩れたところで止まる。  そのままスナップショットからの復元を指示した。進捗表示が動き始めるのを見届けてから椅子へ座る。コーヒーは元の位置にあった。一口飲む。少し冷めていた。  星は割れたが机は無事だ。  右奥のベッドも左奥の厨房も、窓の海も変わらない。モニタを必要なだけ浮かべられるこの部屋は、現実の自室より居心地がいい。内側の大惨事を脇の画面へ寄せると、いつもの作業机に戻った。  この環境を買うためにかなり節約した。食費を削って仮想空間に厨房を作るのは順序がおかしい。分かってはいる。  俺は瀬名律。二十八歳。今は遠隔で小さな仕事を受けながら、オフラインRPG『エンドレス・クラウン』を作っている。文章で仕様をもらい、期限までに返すのは得意だ。納品後に「今度ゆっくりお話ししましょう」と言われると返信が遅くなる。  前の仕事ではオンラインゲームの調整も担当していた。必要な仕事だったが、休日まで自分の遊び方を正当化する説明を考え始めてしまった。  だからこれは俺だけのゲームだ。誰かの攻略速度に合わせなくていい。好きな武器を使い続けても嫌な顔をされず、強すぎるからと明日から弱くなることもない。  内側の失敗を外の机から直せる。この仕組みがあってよかった。  仮想の作業部屋の中に、さらに試験用の仮想世界を作る。フルダイブの開発では珍しくないやり方だ。毎回現実へ戻って修正していたら、それだけで一日が終わる。  内側で何を壊しても外側の作業環境には影響させない。そのありがたみを、いま惑星半個分ほど実感している。 「パッチ。試験結果」 「上限処理は正常です」 「そっちはな」      *  消えた模擬敵からの報酬ログが、画面の下へ長々と続いていた。  経験値。通貨。素材。場所によって落とす物を変えてあるので、惑星規模で巻き込むとずいぶん種類が増えるらしい。こんな確認方法は試験項目に書いていない。 「所持金の加算を省略しました。アイテム数量の加算を省略しました」 「まとめて表示で」  パッチが読み上げを止めた。画面の行が一つに畳まれる。  もともと全部カンストしている。増やそうとしても増えない。それで正しい。  ただし正しく作らないと、上限を越えた瞬間に所持金がゼロになったりする。最強の魔物を倒したら全財産が消えるゲームは嫌だ。悲しすぎる。  加算する前に上限へ届くかを確かめ、届くならそこで止める。必要な処理がすべて通っている。経験値も素材の数量も異常なし。  今日の目的は一つ達成した。  残る問題は、試し斬りをすると冒険する場所がなくなることだ。  俺は破壊の直前までログを戻し、踏み込んだ足と剣の動きを別々に追った。地面に最初の異常が出たのは刃が標的へ届く前。踏み込みで伝わった作用が大きすぎる。その上から剣と腕の動きが空気を巻き込んでいた。  攻撃の判定だけで済むはずのところへ、身体の運動が盛大に上乗せされている。 「そこまで真面目に受け取らなくてもいいんだけどな」  数年前に個人向けにも売り出されたこの基盤は本当によくできている。遠くの場所を粗く扱い、必要な部分だけ細かくする仕組みで惑星規模の世界まで作れる。俺一人で山や川の挙動を全部書かずに済むのもそのおかげだ。  ただし基盤の方は、俺が全項目を最大にして楽しく剣を振ることまでは面倒を見てくれない。  力と速度を下げれば済む。  それは分かる。 「下げないけど」  それをやるために作ったゲームだ。普通の強さに戻して正常動作と言い張ったら、何のために休日と食費を使ったのか分からない。  最大のまま普通に歩けて、好きなときに無茶ができるように直そう。  復元はまだ四分の一も進んでいない。待ち時間にちょうどいい作業ができた。  よくはないが。      *  まず隠密スキルを開いた。  音を小さくする効果を土台に、自分の動きが周囲へ余計な作用を与えないよう項目を足す。足音だけでなく風圧や余分な光の散り方も抑える。低いレベルなら静かに歩きやすくなり、最大なら高速で動いても空気を盛大に押し飛ばさない。  見えること、声を出すこと、床に立つことまで消してはいけない。静かに歩こうとして地面を抜けたら別の不具合だ。  意図した接触は残す。意図しない巻き込みは切る。高速移動の時間差まで物理へ律儀に計算させる必要もない。そこはゲームの移動規則で扱う。  変更を保存し、小さな試験箱を起動した。  広さは学校の教室二つ分ほど。机と紙片を置き、隅に的を立てる。今度は壊れても片付けやすい。  中へ入ると六翼の身体になる。俺は机の脇を通り抜けた。最初の設定では紙が全部飛んだ。風を抑える対象に翼の先が入っていなかった。 「六枚もあるんだった」  戻って修正し、もう一度入る。今度は紙が動かない。机に置いた細い紙片さえ、そのままだった。  的を剣で打つ。的だけが消えた。壁も床も残っている。  よし。静かなだけで何も殴れない最強になるところは避けられた。  次に水の入ったコップを持つ。指が触れる瞬間は少し身構えたが、器用さと出力補助がきちんと働いていた。薄い縁も砕けない。傾ければ水も飲める。  力は最大のまま。なのにコップが持てる。  さっきは惑星を割った男が、コップを持てて喜んでいる。進歩の尺度というのは難しい。  しかし階段を下りようとして別の問題が出た。  一段目から足を離しても、身体が落ちない。  いや、落ちてはいる。途方もなくゆっくりと。  前へ出した足の下には床がある。その床まで身体が下がってくるのを待たされている。翼で飛ぶのは簡単だが、今確認したいのは階段を普通に下りる方法だ。  俺はもう一度世界の時間倍率を見た。 「なるほど。重力まで待つのか」  素早さを上げたからといって、プレイヤーまで速く考えたり指を動かせたりするわけではない。ものすごく強くなったのに、操作だけはものすごく急いでくださいと言われても困る。  だから自分の体感はそのままに、世界の方を遅くする仕組みにした。  ソロ専用にした理由の一つだ。大勢が同時に遊ぶ世界で、俺の都合だけで全員を待たせるわけにはいかない。ここなら俺しかいないから好きにできる。  できすぎて階段に負けている。  確認用の人形を出して話しかけた。決まった挨拶を再生するだけの人形だ。 「こんにちは」  人形の口が、ごくわずかに開いた。  俺は待った。少し待って、それからやめた。  村でこうなったら大変だ。挨拶が終わる頃にはこっちが老ける。相手はまだ一言も発していないのに、俺だけ人付き合いへ疲れ果てている未来が見える。  部屋へ戻って感覚の切替を組み直した。  普段は人間並み。速く動くつもりで動いたときと、危険を察知したときだけ対応する。危険が去れば元に戻す。遠くで何が起きても分かる予知能力ではなく、見えたり感じたりした危険に反応するものだ。  調整しては試験箱に入り、戻って数値を直す。椅子へ座るたび背中が軽くなり、画面の中の六翼が少しずつ暮らしやすくなっていく。  三度目の試験で階段を普通に下りられた。 「こんにちは」 「こんにちは。よい旅を」  会話が終わった。  こんなに短い挨拶をありがたいと思ったことはない。  続けて壁の発射器から小さな試験弾を飛ばす。視界の端で弾が遅くなり、伸ばした手に収まった。指を開けば床へ落ちる。落ちる速さは普通だ。  机の上の紙は動いていない。  もう一度的を殴る。的は壊れて机は無事。 「よし」  今度の声には少しだけ力が入った。  強さを下げずに、普通に暮らせる。これで村へ行ける。店の扉も開けられるし、露店の食べ物も受け取れる。用事が済んだらさっさと帰って一人で強い敵を殴ってもいい。  誰かに合わせる必要はない。でも選びたければ、そういう遊び方もできる。  部屋へ戻り、修正したコードを保存する。試験結果も残した。内側の世界を巻き戻している間でも、外側で直したものまで消えることはない。  復元の進捗はまだ終わりに届いていなかった。 「思ったよりかかるな」  残り時間の表示は一度短くなってから少し長くなった。これを見つめていても速くはならない。俺は冷めたコーヒーを脇へ寄せ、椅子を倒した。  シャツの背中が柔らかい張地へ沈む。指を開いて閉じた。いつもの人間の手だ。机の下へ足を伸ばす。  少しだけ休もう。  作業は終わっている。通知が来たら起きて、直った世界を散歩すればいい。      *  背中が痛かった。  変な寝方をしたらしい。身体を起こそうとして、肩とは違う場所が背もたれに引っ掛かった。  何かが挟まっている。  手を後ろへ回すより先に白いものが動いた。視界の右端を長い羽が横切り、机の脚へ触れた。  椅子から立とうとして足を止める。  シャツの袖がない。  腕には白金の装甲があり、指先まで見慣れないほど整っていた。机に置いた手が大きい。顔を上げると暗くなったモニタの表面に、光輪を戴く男が映っている。  背後には六枚の翼。 「……なんで?」  首を動かす。モニタの男も首を動かす。右上の翼を意識すると、その羽が持ち上がった。試験箱で動かしたときと同じ感覚だった。  周りを見た。机。厨房。海の窓。椅子の足元に落ちた、俺が蹴った室内履き。  ここはデバッグルームだ。試験世界ではない。 「パッチ。現在地」 「開発用プライベートルームです」  俺は本人照合の表示を開いた。  緑色。  整合性確認済み。接続者本人。  そこまで読んでから、表示を閉じずにもう一度自分の手を見る。  入れるはずがない。  開発環境は企業でも使われる。自宅から入って仕事をする人間が、勝手に別の社員の姿になれたら困る。ゲームの外見設定は入口で外され、ダイブシステム側の身体スキャンと一致する姿に戻される。  少なくとも寝る前まではそうだった。  それが今は、この六翼の男を本人だと認めている。 「いや。照合が通ってるのは分かったけど」  通っているのが怖いんだよ。  俺は翼の付け根へ手を回した。鎧の隙間から伸びる部分に触れると、触られた感覚が背中の奥へ返ってきた。  この身体が本来の俺だとするなら。現実で横になっている俺は、どうなっている?  通知音が鳴った。  肩が跳ねた。六枚の翼まで一緒に動き、モニタの光が白い羽を照らした。  画面の右下に『ロールバック完了』。  少しの間それを見つめ、それから開く。  寝ている間に終わったのだろう。適用済みの修正も表示されている。環境干渉抑制。感覚切替。試験した内容と一致する。  だが、その下に知らない行があった。 『警告:復元後の整合性検証で未登録IDを検出』 「復元は終わったのに?」  詳細を開いた。復元した世界の識別情報が増えていた。元の保存にない領域があり、配置していない対象があり、オブジェクトの参照先に見覚えのないIDが並んでいる。  参照テーブルの復元に失敗したのか。終了通知が出たからといって、中身まで正しいとは限らない。  寝ぼけた頭で画面を見間違えているのかと思い、文字表示を切り替えた。同じだった。ログの時刻は先へ進み、対象の数が少しずつ変わっている。 「いったん止めよう」  フィールドの一括停止を選ぶ。  警告が出た。 『保護対象セッション:128,406』 『安全確認未完了につき一括停止不可』  俺は指を止めた。  数字の区切りを目で追う。十二万八千四百六。 「一人なんだけど」  返事はない。パッチも警告を読めと頼まなければ黙ったままだ。  俺一人のゲームだ。そもそも他人の接続を受け付ける機能がない。十二万人どころか二人目も想定していない。  デバッガが壊れたのか。  それはしゃれにならない。  比較のため小さな試験箱を選んで停止する。そちらはすぐに止まった。モニタを動かせる。記録を保存できる。時計も進んでいる。部屋全体がおかしくなったわけではなさそうだった。  停止しようとしている相手が違うのかもしれない。  俺は今あるログを保存した。こういうときに慌てて再起動すると、後で必要な情報まで消える。手順を一つずつ追っている間は、少なくとも手を動かせる。  まず現実へ戻る。接続を調べる。再起動が必要かはそれからだ。  あの部屋に普段来る人間はいない。受託の連絡なら明日の朝に入るが、返信がないだけで装置を外しに来てもらえる距離でもない。外側の保護機能がどうなっているかも、こちらのメニューから確かめる必要があった。  ゲーム側ではなく、ダイブシステム側のメニューを呼び出す。  ログアウトを選んだ。 『帰還先照合失敗』  それだけだった。  もう一度押しかけた指を引っ込める。同じ失敗を増やす前に詳細を見るべきだ。そう思って開いた先にも、利用できる帰還先が確認できないとしか書かれていなかった。  掌を机へ置いた。  冷たい。  今の掌も、冷たいと思っている俺も、どこまで信用していいのか分からない。  窓の向こうでは波が寄せていた。さっきまで休憩にちょうどよかった音が、妙に遠く聞こえた。  強制終了の項目はある。  しかし十二万人という表示が本当なら、何を切ろうとしている?  自分の試験箱だと思って惑星を割ったときとは違う。よく分からない相手につながっているかもしれない状態で、まとめて消す操作はできない。  俺はその画面を閉じた。 「……まだ分からない。順番に見よう」  誰に聞かせるでもなく声にした。      *  記録に残った識別子を接頭部分でまとめると、大きく三つに分かれた。  一つ目は『エンドレス・クラウン』。間違いない。俺が付けた識別子だ。残り二つも同じ形式の文字列に見える。二つ目には見覚えのある名前があった。 『アストラル・リンク』。  有名なフルダイブMMOだ。この開発基盤を売っているオービット・ワークスの看板タイトルでもある。同業なら嫌でも知っている。俺自身は遊んでいないが、公開された開発事例は読んだ。  三つ目は読めなかった。  文字のようなものと四角い記号が混ざり、表示形式を変えると別の崩れ方をした。名前なのかどうかも分からない。ただ一つ目とも二つ目とも違うまとまりがある。  三つの世界が同じフィールドを使おうとしている。  画面だけを見るなら、そんなふうに見えた。 「混信……?」  有線は抜いている。無線も切った。外部通信をしない状態で使っているし、自作ゲームにはネットワーク接続そのものを実装していない。  同じメーカーの基盤だからといって、隣のゲームと勝手につながるなら大問題だ。それでも名前を見ただけで原因を決めるわけにはいかない。表示の方がおかしい可能性も残っている。  フィールドの現在映像を出した。知っている平原だった。少なくとも開始地点の周りは残っている。  そこから調べよう。  止められないなら、何が動いているのかを見る。  修正した環境干渉抑制は有効。共有状態を検出したため時間倍率は等速に固定され、操作補助へ切り替わっていた。他人がいるかもしれない場所を自分だけの都合で遅くはできない。それは分かる。今は移動と帰還が使えればいい。  帰還用の操作を確認し、開始地点を出室先に指定したところで自分の姿が目に入った。  六枚羽。光輪。白金の神装。  この格好で第一声が「すみません、ここどこですか」は厳しい。  目立つ。どう考えても目立つ。人がいたら話しかける前に囲まれるかもしれない。それだけは避けたい。  外見テストを開き、開発キットに入っていた青年のサンプルを選ぶ。装備の見た目は素朴な上着と革の靴。性能は今のまま。序盤の町に何人でもいそうな姿が画面に出た。  適用。  翼は残っていた。 「こっちまで?」  もう一度設定を見る。選択済み。プレビューは普通の青年。俺の腕は白金の装甲。  少し考えてから額に手を当てた。 「デバッグルームだ」  ここでは姿を変えられない。本人の姿でしか入れない部屋だから。  選ぶことはできる。外へ出たときに何を使うかの設定なのだから、選べなければ困る。ただし室内の俺には反映されない。  その仕様自体は正しい。本人の姿がこれだという部分だけ、どうしようもなくおかしい。  次回出室時に適用、という表示を確かめた。普通の青年。普通の服。翼なし。念のためもう一度プレビューを回す。背中にも何もない。 「頼むぞ」  俺は開始地点への移動を選んだ。  足元が草に変わった。風が頬へ触れ、窓越しではない空が頭上に広がる。  まず手を見た。  装甲はない。素朴な袖から普通の指が出ている。肩越しに背中を確かめ、何もない空間へ手を振った。  翼もない。  大きく息が抜けた。  能力の表示は全部MAXのままだった。  地味な服を着た最強の何かが、一人用のはずの草原に立っている。  とりあえず見た目は普通になった。事情を聞く相手を探そう。  できれば向こうから話しかけてくれる人がいい。  白い石道へ目を向ける。その先に、俺が敷いていない黒い舗装が続いていた。