『キブリーズの音楽会、その前日』    9月4日はクラシックの日。世直しのため各地を転々とするPT「キブリーズ」のリーダーの「あなた」は、度重なる戦いで疲れたPTのメンバーの心を癒し、絆を深める日にしようと、演奏会を企画した。  勿論、デュエットや練習風景で気ぶりを摂取したいという下心があるのではと問われれば彼は迷いなく「Yes」と答えるだろう。仕方ないじゃない。キブリーダーなんだもの。  反応は様々だった。喜びの声、戸惑いの声。一部には難色を示す者も出たが、圧倒的な賛成の声に渋々賛成に転じた。 ******************** 「…ふん、PTで演奏会を開こうなど、我らがリーダーは随分風狂だな」  借りたコテージのリビングで、コントラバスの調律をしながらサーヴァイン・ヴァーズギルトがぶつくさとぼやいた。聖都の仇、エビルソードへの復讐心を心に強く宿す彼は、この演奏会に当初難色を示していた一人であった。 「クク…そういいながらも昨晩も随分と熱心に練習していたではないか、棺桶男」 「…黙れヤンホモ」 「ヤンホモではない。ヤン・デホムだ!」  皮肉気に笑いながら彼に声を掛けたのはヤン・デホム。この者、レンハート王、ユーリンに深き執着心を抱き、今のアイドル化したユーリンの活動を認めず、過去のような勇者の姿へと還そうと反政府活動を行う危険人物だが、誰もが認める実績を持つ勇者でもあり、ユーリンの第三王女、スパーデ・ディ・レンハートが師事するほどの実力者である。 「なあ、お前もそう思うだろ?」  笑いながらヤンがギルのコントラバスのケースを叩いた。すると、中から「ぐえぇぇ」と、少女の悲鳴が漏れ出る。 「ちょっとぉ、何すんのよぉ」  寝ぼけまなこを擦りながら、ケースからもぞもぞ這い出た長髪の黒髪の少女の名は、☨天逆の魔戦士☨アズライール。本名はハナコ。レンハートの伝説の女戦士サキの娘。  今回の演奏に向け昨晩もフルートを猛練習したためか、非常におねむのご様子である。 「こいつが今回の演奏会に不満らしい。何か言ってやれ」 「…不安?なんで?私ギルのコントラバス、好きだよ」  ヤンとギルが顔を見交わした。どうやらまだハナコは半ば夢の世界にいるらしい。  ふわぁ…と淑女らしくもない大欠伸をすると、再びもぞもぞとギルのコントラバスのケースに戻っていく(豆知識だが、コントラバスのケースは眠るのに絶好の場所なのだ)。 「…お前さんの連れ猫は、どうやら随分とあのケースがお気に召したらしい」 「…はあ」 ********************  ギルが溜息を吐きながらハナコの寝袋と化したケースを眺めていると、喧しい喧騒とともに、数人のメンバーがコテージに帰還してきた。 「モームリ!解散だ解散!誰かこの騎士様をクビにしろ!」  魔術師マーリン。数々の伝説(真偽不明)を持つ男。 「はー!?クビは貴方の方です!もう少し協調性を持ってください!」  聖盾のクリスト。守備と回復と炊事を一手に担うチームの要であり、また、温厚で奥ゆかしいことで知られ、「このチームのおかんは?」と聞かれたら満場一致で彼の名が挙がるであろう、その彼が怒りを露にしている。  この二人、性格も信条も信念も何から何まで正反対。とにかく仲が悪いのである。 「クリスト落ち着いて…だいぶ上手く弾けてたじゃない」 「大丈夫ですイザベラ。この二人親友ですから」  二人の後に続くのは漆黒の勇者イザベラと偽勇者ユイリア。あわあわしながらクリストをとりなすイザベラを、何故か自信満々にユイリアが励ましている。なんとも締まらない空気の2人だが、いざ戦闘となれば鬼人のごとき強さで敵を蹂躙し、手玉にとる歴戦の強者たちだった。  イザベラ、クリスト、マーリンの手にはヴァイオリンケース──正確にいえばクリストの手にあるのはヴィオラケースだが──。ユイリアはチェロケースを手にしており。4人が練習帰りだったことが伺える。  どたどたどた…と廊下から音をたてながら駆ける音が聞こえる。皆の視線が集まった廊下のドアが開くと、怒り顔のハルナがリビングに飛び込んできた。 「マアアァァァァァァリイイィィン!!!!!」 「おぉっと!」  その勢いのまま跳躍した彼女の、するどい飛び蹴り──まともに当たれば常人なら確実に重症不可避の一撃を、ひらりとマーリンが躱す。追撃に入ろうと振り返ったハルナをユイリアが羽交い絞めにした。 「どうどう、どうしましたハルナ?」 「放してユイリアお姉ちゃん!こいつ殺せない!」 「殺すとはおっかねえなあ!こんな虫も殺せねえ善人に向かって」  その言葉にクリストが顔を顰める。振り向きもせずクリストに中指を立てながら、マーリンがハルナにやけ顔を向ける。 「おれはただ、お前が音楽の才があるのに遠慮してるのが勿体ないから、推挙してやっただけだぜぇ??」 「こっちの地方の楽器は弾いたことないの!なにが「三味線弾けるならヴァイオリンもいける」だよ!」 「でも、弾けてんじゃん」  マーリンの言葉にそれまで烈火のごとく捲し立ててたハルナがぐっと詰まった。『隠密舐めんな!この程度の修羅場お師匠さまの試練に比べりゃどうでもないわ!』と叫びたかったがそれを言ったら最後、破滅は必須なのでハルナは黙るしかない。 「大丈夫大丈夫!ソロで演奏するわけでもないし気楽に弾けばいいんだよ。ま、俺と一緒に弾くんだから大船に乗った気でいな」  ハルナの内心を知ってか知らずか高笑いするマーリンを、クリストとハルナはジト目で見つめる。唯一、ユイリアだけはマーリンの言葉に後方理解者面で何度も深く頷いていた。 ******************** 「おろ?何人かまだ帰ってないのか」 「最後の追い込みだとよ」  騒動がひと段落し、コテージを見渡したマーリンに、リビングの喧騒を眺めにトランペットを手に個室から顔を出した、サンク・マスグラード帝国の元訓練生、ジーニャが答えた。ジーニャの顔にもこれまで繰り広げられていた彼等の口論にも、特段驚いた表情はみられない。このPTなら誰もが知っている日常茶飯事なのであった。 「ジーニャ。夫婦での初セッション、楽しみにしてるぞ義妹よ」  ぬっと、音もなく現れたスパーデが背後からジーニャの耳元で囁いた。 「夫婦じゃねぇ!」  首元まで真っ赤にしたジーニャが振り返って怒鳴った。笑い声を挙げながら逃げ出すスパーデを、ジーニャが怒りを露に追いかけていく。その様子がおかしく、場が暫し笑いに包まれた。その中には、先程まで憮然とした顔をしていたギルも含まれていた。  その頃、近場の里のレンタルスタジオでは、ネーサ、あなた(ネ)、ラーバルがラストスパートの猛練習をこなしていた。 「うおおおおお!!!唸れ、俺の手!奏でろ!「月光!」」  決め台詞を叫びながらピアノを奏でている赤毛の少年はラーバル・ディ・レンハート。幾多の修羅場を潜り抜けて落ち着いてきたとはいえ、やはり未だそういう年頃の少年。旅路の中で久しく忘れていた、楽器に触れるという体験も拍車をかけているのであろう。 「ふふ、ピアノ二重奏なんてなんてロマンチック!あなたもそう思うでしょ?」  ピアノを弾き終え、練習で流れた汗を拭いながらネーサ・マオが振り返ると、あなたが笑いながら頷いた。期待通りの反応にネーサの笑みが深まる。 「うふふ、オトーが見たらなんていうかしら?きっと私も混ぜろって悔しがるわ」 【その時はピアノ三重奏かな】と、にやけ顔で応えるあなたの言葉にネーサがクスクスと笑った。 「へっくしっ」  オトーが可愛らしいくしゃみをした。 「おいおい、風邪か?」 「いえ、私は至って健康です……はっ!?まさか姉さまが私の話をしているのでは!?」  ワイワイ盛り上がる参加者を複雑な目で見つめるメンバーが数名。ツジカイ、シーフのフレイ、傭兵アリシア、オトー・コギラウィンである。 「楽器が弾けるってカッコいいなあ…」  ツジカイが呟いた言葉に、実感を込めて3人も頷いた。彼等は演奏できる楽器がなく、今回の演奏会では観客、という立場にある。 「いえっ!貴方たちは今回のイベントで裏方として大変働いてもらいました」 「うんっ、音楽ホールの予約までしてもらったのは、ツジカイたちのお陰だし」  クリストとイザベラがこもごもフォローに回った。二人の言う通り、楽器のレンタルから音楽ホールの予約まで、率先して手配してくれたのは、専ら彼等四人だった。  二人の言葉に、リビングに集まった仲間たちも賛同の声を上げる。仲間たちの暖かい反応に、照れた様子で頬を掻き、或いは恥ずかしさを誤魔化すようにそっぽを向いた。 「何なら今からでも覚えればいいじゃねぇか?何だったら俺がレクチャーしてやってもいいぜ」  マーリンの言葉を引き金にリビングはツジカイの勧誘合戦の場に変貌した。 「やはりクラシックの楽器の入門だといったらピアノかバイオリン。それなら僕が基礎から指導しますよ!」 「ええっっ!!??クリストさん!」 「わ、私もクリストと一緒に教えたいな、えへへ…」 「イザベラさんまで!?」 「金管楽器がいい。トランペットのジーニャだけなのはどうも寂しい」 「ヤンさん!?」 「私は木管楽器がいいと思うな、オーボエとか……ふわぁぁ…」 「あ、アズさん起きたんですね」 「コントラバスがいい。でかい、観客には聞こえにくい、運びにくい、メロディーを弾くことが少ないからいまいち役割がわからないと言われながらもその実オーケストラで重要な役割を担っているコントラバスを選べ」 「サーヴァインさん…だいぶ悔しい思い抱えてたんだね…」 ********************  喧騒に巻き込まれないよう、少し離れた位置で、フレイとアリシアがツジカイたちを眺めている。ふと、アリシアがフレイがなにか言いたげにもじもじとしていることに気づく。 「どしたの?フレイ…」 「あ、うん。えっと……アル=コールさん、って今日はどうしてるのかな?」 「…アル=コールさんは、スプドラートさんは一緒に行動してるよ。きっと」  フレイの疑問にシーフのフレイが答えた。  女性、そのうえシスターという職業のアル=コールへ強い苦手意識を抱く、目の前の美少年の心がなるべく波立たないよう。平坦に喋るよう心掛けながらアリシアは言葉を続ける。 「アル=コールさんは今もオルガンを弾いている」  音楽ホールで、一人のシスターが無心でオルガンを奏でる。多彩な音色を自在に操るアル=コールの技量と練度に、スプドラートが普段殆ど表情筋の仕事をしない彼には珍しく、感嘆の声を漏らした。 「見事だ…」 「うぷっ、どうも」  演奏を終えたアル=コールが恭しく一礼をする。座席に座るスプドラートの所に戻ったアル=コールは、彼の傍らに置かれているギターケースに視線を送る。 「クラシックで、ギターですか…ふふふ…」 「「クラシック」ギターだ。文句はあるまい」  手に持つ楽譜に視線を落としながら、スプドラートが言葉を返した。 「ギター用にアレンジされたクラシック音楽、というものも中々味がある、と、思う……」 「そこは自信満々に言う所でしょう……うぷっ」  フラフラと座席に足を運んだアル=コールが勢いよく座り込む。暫しの沈黙が続いたあと、ぽつりとアル=コールが口を開いた。 「私、あの少年にどうも避けられていますね…」 「お前に罪はあるまい。あるとすれば、シスターという職業に対してか」  無言で頷くとアル=コールは視線を下に向け、ため息を吐いた。 「神に仕える徒で在りながら邪な心を抱き、護り、導くべき民に欲望の手を向ける悪しき者も世の中にはおります。残念なことですが…」  吐き気が収まったことを確認したアル=コールがパイプオルガンを見上げた。彼女の視線につられるように、スプドラートもオルガンに目を向ける。 「私の演奏が、少しでも彼の心を癒せるように、神に、祈ろうと思います」  語り終えるとアル=コールは両手を組み、祈りの姿勢を取った。 先程まで壮大な音楽の世界を作り上げていたパイプオルガンは今は何も語らず、相変わらず荘厳な見た目を保ったまま、祈りを捧げ続けるアル=コールの前に鎮座している。  スプドラートにはそれが、パイプオルガンが無言で彼女を見守っているような幻覚を抱いた──── ******************** "…よし"  コテージのベランダで、チェロの調律に自身を深めた「あなた」が会心の笑みを漏らす。"君もどうだった?"と「あなた」は首を上に向けながら訊ねた。 「あなた」の前にいる、上半身は白き肌をした美女、下半身は蟲のような形態をした、滅びし聖都カンラークに所属していた聖騎士。  エビルソードの剣に前に散り、カバネグイに魂を食べられたことで逆に半人半蟲の魔物として復活した女性、ナチアタ・コンナーニが、悠然と「あなた」を見下ろしている彼女は、「あなた」の言葉に深く頷いた。 「あなた」は礼を言うとチェロをしまいながら音楽ホールに連れていけないことを彼女に詫びる。 『気にしてない』というように首を横に振るナチアタに再度礼を伝える。 "戻った後もコテージの外で小さな演奏会を開く予定だから。勿論ピアノやオルガンは持ってこれないから、全部とは言えないけど"  ナチアタが、小さく微笑んだ。『ありがとう』と伝えるかのように、頭を下げたナチアタにもう一度笑いかけると、「あなた」はコテージに戻っていく。  ベランダから室内に戻った「あなた」がチェロケースを床に降ろすのを待っていたかのようにフレイが部屋に入ってきた。 「進行表を作ったんでみてほしくて」 "どれどれ…"  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 1,アルルの女より『メヌエット』   アズライール(フルート) 2,無伴奏チェロ組曲 第1番   「あなた(キ)」 3,弦楽四重奏 第77番『皇帝』 第2楽章   イザベラ(第一ヴァイオリン)/マーリン(第二ヴァイオリン)/クリスト(ヴィオラ)/ユイリア(チェロ) 4,輝く雪の歌による変奏曲   ジーニャ(トランペット) 5,動物の謝肉祭より『象』   サーヴァイン・ヴァーズギルト(コントラバス) 6,3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調   マーリン(ヴァイオリン)/イザベラ(ヴァイオリン)/ハルナ(ヴァイオリン)/サーヴァイン・ヴァーズギルト(コントラバス)      お昼休憩 7,シシリエンヌ   ヤン・デホム(ピアノ)/スパーデ・ディ・レンハート(クラリネット) 8,ピアノソナタ 第14番『月光』 第3楽章   ラーバル・ディ・レンハート(ピアノ) 9,聖者の行進   ラーバル・ディ・レンハート(ピアノ)/ジーニャ(トランペット) 10,2台のピアノのためのソナタ   ネーサ・マオ/あなた(ネ) 11,G線上のアリア ~ メヌエット ト長調 ~ ピアノソナタ 第8番『悲愴』 第2楽章   スプドラート(クラシックギター) 12.トッカータとフーガ ニ短調 BWV565 ~ 主よ、人の望みの喜びよ   アル=コール(パイプオルガン)  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ "…うん、上出来だ" 「えへへ…」  満足げに頷いた「あなた」が進行表を返すと、面映ゆそうな笑みを浮かべながらフレイは進行表を受け取った。 「じゃあ、これ人数分複写するね」 タッと踵を返すフレイがドアノブを掴みながら振り返った。 「あの、僕…凄い楽しみにしてるからっ、その…アル=コールさんの演奏も」 そう一息に言い終えると薄く笑って、今度こそフレイは退室する。 閉じたドアを呆けたように「あなた」は眺めていたが、やがて壁によりかかると、ずるずると座り込んだ。 "やばい、泣きかけた” 窓を見ると、ナチアタが「大丈夫か」と言いたげに案じ顔で部屋を覗いていた。 気づけば、空は赤く染まり始めている。もうすぐ外出組も戻ってくるだろう。そう思いつつ「あなた」は再度チェロケースに手を伸ばした。