司令部と呼ばれる建物の一室。多分集会場として使われている部屋なのであろうか、そこには広い舞台の上にピアノが一台置かれていた。 その舞台上に二人の女性がいる。黒髪の女性はピアノを演奏し、可憐な顔立ちの少女はダンスを踊っていた。 人造勇者伍號トラウアーゲサングと人造勇者肆號フォルタ=アフィーツィアである。 先日スヮリゲーターと死闘を演じたばかりの肆號だが、負傷などどこ吹く風と言わんばかりに優雅に舞っている。 機械の手足は修繕をすれば良く、肉体に負ったダメージは一切感じてはいない。なぜならば彼女は無痛症だからである。 肆號には幼い頃から痛みと言う物を知らなかった。周囲は可哀想と憐れむが、当の本人はその意味が全く理解できなかった。 人間というのは失敗、特に痛みを伴うような出来事を経験することで恐怖や自身の限界を植え付けられる。 つまり痛みを知らないということは恐れる物がないということである。 裕福な家庭に生まれた彼女は幼い頃よりバレエを習っていた。バレエを始めとする舞踏には股関節の可動域を広げるために股割りという訓練を行う。 自分の限界以上に開脚をするのであるから子供はおろか大人でさえも悲鳴を上げる苦痛を伴うのだが、無痛症の彼女にとっては大した意味もない行いであった。 なぜみんなこんな簡単なこともできないのか? この傲慢な思考は自身を特別な者であるという特権意識を彼女の中に芽生えさせた。 彼女はバレエの技術をめきめきと上達させたが、年月が経つにつれ自分よりも才能を上回る者が現れてくる。 昔は股割りもろくに出来なかったくせに…。そんな思いを抱くも彼女は決して僻むことはなく努力を重ねるという方向性へと力を費やした。 これは自分は特別な者であるという意識が真っ当な方向に働いたからであろう。 文字通り寝食を忘れレッスンに励んだ。 爪先から血が滲み筋肉は悲鳴を上げる、そんな状況になっても彼女は踊り続けることができた。それは痛みを感じないからである。 努力を重ねると言っても気持ちや肉体には限界がある。そういう意味では彼女は努力の天才とも言える。 そうして重ねた努力の甲斐あって、肆號は見事主演の座を手に入れることができた。 そんな彼女の転換期となったのは△年前。彼女の住んでいた街に魔王軍の先兵が現れ戦場となったからである。 崩れた家屋の下敷きとなり、彼女は家族と四肢を失うこととなった。 瀕死の彼女を救い出したのは人造勇者壱號アインス=ドナー大尉である。 大尉は肆號を救うべく開発中であった義手義足型の試作聖剣の装着手術を嘆願する。 この手術は義手義足を滑らかに動かすために神経接続をする必要があり、麻酔程度では収まらないレベルの苦痛を伴うため少女の身では無理だと却下されようとしていた。 事実これまで3人の被験者が同様の手術を行ったものの失敗し廃棄されていた。 その会話を聞いた肆號は「大丈夫…私、痛み感じない…」と呟き、それを聞いたイナッテン=ドナー中佐が許可を出したのである。 手術は無事成功した。 懸念されていた義手義足との適合率は想像以上の数値を見せ、その顔立ちとは似合わない無骨な造りの両手足は元の肉体と変わらない滑らかな動きを見せていた。 以後彼女には厳しい戦闘訓練と様々な実験が繰り返されたが、彼女は事も無げにクリアをする。 やはり自分は特別な人間であり特別な存在であるべきだと、彼女の中で再認識される。そして人造勇者という新たな希望が彼女の中に芽生えた。 生命と夢、その二つを与えてくれたアインス大尉には感謝の気持ちしかなく、時が経つにつれその感情は崇拝の域にまで達したのだった…。    *   *   *   *   * 曲は佳境へと進む。クライマックスへ差し掛かろうとした時、ピアノの演奏が止まった…。 「どうした? なぜ止める?」 恍惚の表情で踊っていた肆號は、その演奏が止まったことに軽い不満を表していた。 「すまない。どうにも納得がいかなくてな…。あのパートはもっと優雅に…いや官能的なタッチで弾かねばならぬのに、何だか力が入りすぎてね」 「君ぐらいの適合率があれば、もっと思う通りに弾けたんだろうが…」 「トラウアー、自分に厳しい。音楽、もっと楽しめ」 「確かにそうだな。だがこれは演奏家の性ってもんでね、どうしても完璧を求めてしまう…」 ピアノを演奏していた黒髪の女性、彼女もまた両腕に金属製の義手を付けた人造勇者である。 彼女の辿った人生も先程の肆號フォルタ=アフィーツィアと似通った部分がある。 大きな違いはかつての彼女はピアニストであり、無痛症ではない普通の人間であるということだ。 彼女もまた裕福な家庭に生まれ、幼い頃よりピアノのレッスンを受けていた。 才能があった彼女はめきめきと腕を上げ、コンクールに出れば優勝や入賞を重ねていた。 そして彼女もまた厳しい努力を重ねていた者であった。 コンクールで優勝を逃せば、録音した演奏を何度も聞き至らなかった部分や優勝者の優れた部分を洗い出す。 譜面を読み込み、適した演奏プランの注釈を譜面が読めなくなるまで書き込む。 そしてその通り正確に弾く、納得の行かない場所があれば注釈を修正し再度弾く。これを果てしなく繰り返すことで力を付ける。 そう彼女もまた努力の天才であったと言えよう。 彼女の努力の方向性には一つの指針があった。それは完璧を求めるというものであった。 テンポ、タッチ、フィーリング、etc…、全てがプラン通りに行い聞き手にも想定していた感動を与える。 全てが自分の思う通りに進み着地する、それが彼女の目標とする完璧さであった。 彼女の転換期となったのは△年前、肆號が人造勇者入りしてから少し経った後である。 有名なコンクールをいくつも制覇し、将来を嘱望されるピアニストになった彼女の滞在先に魔王軍の襲撃があった。 魔族の兵士に斬りかかられ、とっさに頭を庇おうと手を出して防ごうとしたため、右目と両の手を失うこととなった。 気が付いた時には同行していた家族を失い、拠り所であったピアノも失っていた。 涙が枯れるほど泣き喚き、なぜ自分は一緒に死ななかったのだと自暴自棄になっていた時に出会ったのがアインス=ドナー大尉であった。 大尉は治療のため衛生兵の元に運ぶと、世を儚むようなことを口走る女性に一人の兵士の話をした。 その者は自分と同じように家族と両手足を失いバレリーナの夢も潰えたが、義手義足を取りつけ人造勇者として魔王軍と戦っている女性であると。 その話を聞いた手を失ったピアニストは私にもやってくれと志願をする。 こうして誕生したのが人造勇者伍號トラウアーゲサングである。 最初は魔王軍への復讐のために始めたが、徐々にその気持ちは仲間のために尽くすという方向へと変わって行った。 特にリーダーである大尉へは命の恩人というだけでなく自分の新たな目的をくれたこともあり、心酔を超え狂信とまで言える領域へと達していた。 ちなみに自分と似たような経緯の肆號とは同担拒否することもなく「大尉いいよね…」「いい…」で通じる間柄となっている。 部屋のドアが開き、演奏を止めた二人の元へ一人の女性がやって来る。人造勇者捌號ことキューケン=ピープ少尉である。 「二人ともこんなとこいたんだ。アインスがみんなに話があるから来いってさ」 大尉からの呼び出し、そう聞いた二人は足早に部屋を出て行くのであった。    *   *   *   *   * 「うわっ!お前どうしたんだよその顔? キモッ!」 人造勇者漆號レーベン=フィール軍曹が大尉からの総員呼び出しを知らせるために、人造勇者陸號ザット上等兵の部屋へ入った時に放った第一声である。 漆號の視線の先にはベッドから起き上がったばかりの陸號がいる。 いつもと違う点があるとするなら、その顔や体の至るところに継ぎ目のような筋が入っている。 「あぁこれですかぁ。何か昨日ぐらいから出ちゃったんですよね。多分あの合成獣人の血を吸ったからなのかなぁ…」 「でもこの肌結構便利なんですよ。すっげぇ丈夫で叩いても全然痛くない!」 陸號は自身の体に起きた変化をまるで事も無げに語る。 「それ大丈夫なのか? その内治んのかな…」 「まぁみんなその内見慣れますよ。そういえばレーベンさんは何しに来たんですか?」 「そうそう、大尉殿が話があるらしいから全員集合しろだってさ。さっさと着替えて行くぞ」 漆號は部屋に入った要件を思い出したかのように言う。 人造勇者壱號アインス=ドナー大尉の執務室に人造勇者たちが全員集合する、いや一人足りていない…。 「ブリッツのやつまだ来ねぇのか。おいキューケンお前探して来いよ」 漆號がこの場にいない惨號ことブリッツクリーク一等兵と仲の良い捌號に呼び出しを命じた。 大尉が漆號と捌號の会話を遮って話始める。 「構わない。皆に話したいのはその惨號、ブリッツクリーク一等兵についてのことだ」 「単刀直入に言うと彼女は我々を裏切った。よって発見次第始末せよ。以上だ」 「まさかブリッツのやつが…」 「大尉の命令、仕方ない。惨號、殺す…」 大尉に心酔する肆號、伍號の二人は困惑しながらもこれは命令だからと飲み込む。 「裏切りってどういうことだよ?! ヘタレのアイツが俺らを裏切るような真似できるか? 何かの間違いだろ!何納得してんだよお前ら!」 漆號は非情な命令に食い下がる。 「本当だよ。ブリッツのやつは生き残り組でも一番仲間思いな子だよ。騙されてるとかじゃないの?」 捌號も漆號の反論に乗っかる。 『いいえ残念ながら真実です。彼女が組織の情報を漏洩し、敵側に協力をすることを誓ったシーンを私が直接目撃しました』 大尉の横に経っていたシュッツガイストが口を開く。 「アンタの言うことなんか誰が信じんだよ?! それにブリッツのやつが裏切る理由なんてねぇだろ」 漆號が反論する。 『確かに彼女は仲間思いではありますが、組織には完全に忠誠を誓ってはいません。彼女は組織の方向性について大いに不満を持っていました。廻天計画のことです』 『最近現れた我々の敵、コージン=ミレーンとその一派は全ての忌器を破壊することを目的としております。彼女はそれに目をつけ、星骸炉の破壊への協力を申し出たところを私が目撃したという次第であります』 理屈としては筋が通っているが証拠は信用ならない人物の目撃証言だけである、一同に不満と不審の顔が現れる。 『信じてもらえないのでしたら、もう一つ気になる情報をお伝えしましょう。例のコージン=ミレーンの一派にはイナッテン中佐と思わしき人物がいます。おや?!これは言ってよろしい話でしたっけ?』 大尉は知ってて言うか…と言わんばかりの苦い顔を見せる。 「確かに中佐と思わしき人物がいるのは知っている。だが真贋が不明である以上、余計な動揺を与えたくなかっただけだ」 『でもそれがブリッツクリーク一等兵の裏切りに影響を与えたかもしれませんよね。まぁ彼女の情報を元にいずれ敵は忌器を破壊しに現れるでしょう。その時一等兵がその場にいたら…。これはもう完全なクロでよろしいですな』 その後、今後の方針・対策を決めるための会議が同室で行われることとなった…。 (続く)