シュウこと人造勇者終號はその日夢を見ていた。それは懐かしい夢であった。 生命活動を始めて間もない彼にとっての懐かしいとは何か? それは自身の遺伝子の元となった男の記憶であった…。 それは遠い昔の嵐の夜から始まる。暴風雨の中、彼は幼い少女を抱えて逃げまどっていた。そして視線を横目に見ると、そこには稲妻を纏った金属製の巨大な人型の物体があった。 それはゴーレムのようであったが、漂うオーラは人工物ではない異質さを感じさせた。男は直感的に判断した、これは魔王だと…。 彼の住んでいた村にはある伝説が残っていた、それは社に奉納されている剣のことである。 かつて魔王と呼ばれる邪悪な存在を討ち果たした勇者が残した物であり、天地が乱れるような災いが起きた時には新たな勇者がそれを以って安寧を取り戻すと。 だが伝説はあくまでも伝説にしか過ぎなかった。翌日避難先から村へ戻ると、そこには一面の破壊された家屋と多くの人々の死体が映る。 そして聖剣が奉納されていた社だけは無事に残っていた。 何が勇者だ何が聖剣だ、役に立たない物はいらない。魔王を倒す真の勇者は神ではなく自分が作ると彼は決意したのだった。 数日後彼は妻子を連れてバルロスへと辿り着く。 村には誰も残っていないので奉納されていた役立たずの聖剣も持って来た。 心折れそうになった時に気持ちを発奮させるための材料とするためであった。 エンジニアの端くれでもあった彼は、真の勇者を作るために優れた技術を擁するこの地で活動することを選んだ。 彼は軍に入隊し技術部門に配属を希望する。軍へ入った理由はただ一つ、最強の戦士を作る研究を最も必要とされる場所は軍であるからだ。 機械系のエンジニアであった彼の選択したプランは、機械を体内に埋め込み強化する所謂サイボーグであった。 高出力かつ体内にも入れることが可能な小型サイズのジェネレーターとそこから生み出される電力で動く強化された腕、さらにはその電力を超高圧で放出する電撃兵器。 無意識ではあるが彼の抱く最強のイメージはあの日見た鉄の魔王だったのかもしれない。 彼は軍の仕事と並行しながら文字通り寝食を忘れて開発に励む。幼い娘の世話や家庭のことは全て妻に任せていた。 彼女は体が弱く床に伏せがちであったが、それ以上に根を詰める彼のことを心配した。 彼はそれに気づいてはいたが、感謝をしつつも自身の目的のために目を瞑っていた。 今製作しているコイツが完成したら少しは余裕ができる、その時は人を雇って妻の側にいる時間を作ってやろうと…。 ジェネレーターの試作品が完成し、軍の上層部へとプレゼンを行う。 だが結果は想像よりも逆風であった。上層部からの判断は実にシンプルである。 「それ人間でやる意味ある?ゴーレムで良くね」 彼は上層部へ必死に訴えた。 戦場に置ける迅速な判断や対応は人間の方が上であり、手足を失った傷病兵のリサイクルにも繋がる、そして何より魔王を倒す存在は人間でなければいけないのだと。 だが上層部の判断は変わらなかった。彼のプランは却下され、これ以上の開発を進めるならば自費で行わねばならなくなった。 さらに悪いことは立て続けに起る。妻が病を拗らせ帰らぬ人となった。 彼は泣いた。様々な気持ちで心はぐちゃぐちゃになっていた。 なぜ無理をさせてしまったのか、なぜもっと気遣ってやれなかったのか、彼女の言うことをもっと聞いてやれば良かった…。 その一方でこの犠牲に報いるためにも、今進めている最強戦士製造プランこと人造勇者計画を成功させねばならないと心に誓った。 開発には軍からの給料だけでは間に合わず、借金を重ねることとなった。 子供に粗末な食事しか与えられず贅沢もさせてやることができない恥ずかしい父親であると嘆く彼に、娘は「お父さんの夢のためだから我慢する」と言ってくれた。 そしてついに電撃兵装付きの義手も完成し小型ジェネレーターと併せて準備は整った。 後は被験者に取り付けて実働試験を行うだけである。 だが正式な軍の研究ではないため被験者の提供は断られた。 関知していない研究の実験で仮に事故が起った場合に、軍に責任が追及されるのは迷惑だからである。 計画は再び頓挫しかけた、だがその時一人の女性が被験者にと手を挙げた。それは彼の娘である。 彼は当然ながら反対をする。母さんの産んでくれた五体満足の体を粗末にしてはいけない、仮に成功したとしても試作品の不良のせいで死ぬことになるかもしれないと。 しかし彼女はこう言って譲らなかった。これは父さんだけの夢ではない、母さんの夢でもあり私の夢でもある。 さらにもし実験が失敗して見知らぬ被験者が死んだら、その人の家族や恋人はとても悲しむであろうと。 彼は娘の決意に感謝すると共に心を鬼にした。彼は娘の左腕を切り落し左目を抉り取り胸を切り開き、それぞれに開発したパーツを移植する。 そしてついに彼の悲願の第一歩が完成した、人造勇者壱號である。    *   *   *   *   * 人造勇者の実働試験が行われる。移植したパーツと肉体には拒絶反応はなく適合率は上々。 続いて試作聖剣の試験が行われる。試作聖剣、彼はメイン兵装のことを武器の種類に関わらずこう呼んでいた。 10mほど離れたターゲットに向けて電撃を放ち、見事命中する。 続いて出力と距離をどんどん上げて行きながら限界値を目指す。いよいよ最大出力での試射を行うと異変が起きた。 ジェネレーターの生み出す電力が体内の耐電処置の限度を超えてしまい、内臓に強大なダメージを与えてしまうのだ。 壱號は心臓が停止しかけ、血を吐いて倒れた。 応急処置が間に合ったおかげで最悪の事態は免れた。 彼は自分の見通しの甘さに嘆く、同時にもう戻ることはできないと覚悟を決める。 最大出力での発射は諦め、体内に負担がかからないようにリミッターを取り付ける。 電撃の精度は上がり、義手のパワーは魔熊のどてっ腹を撃ち抜くほと強烈であった。 後は人造勇者の披露をする機会を得ることだけである。 その機会は意外な程早く訪れた。 山に現れた魔獣を討伐するために、戦闘用ゴーレムを連れた分隊を送りこんだものの壊滅しかかっているという話であった。 彼は自身の開発した人造勇者壱號に討伐を任せるよう志願する。 難色を示す上官に対し「人造勇者は私の娘であり。何があっても軍に責任は求めません」と宣言し念書も書いて見せた。 そこまで言うのなら…と上官も折れ、あくまでも生存者の救護という名目で現場への介入を認めた。 壱號は山に入る。そこで見たのは食いちぎられて散らばった人間の体の一部分と破壊されたゴーレムだった。 生存者を探して周囲を捜索すると腕を失った一人の兵士を発見する。それは壊滅した分隊の隊長であった。 壱號は彼に自分は救援部隊であることを告げ、他の兵士はどこにいるのか質問する。 分隊長は部下は全員殉職し自身もこの様だと口惜しそうに言う。 壱號は分隊長に早く山を降りて治療をしようと言うと、彼を立たせ肩を貸した。 山を下る途中で抜き身のような生々しい殺気を感じる。それは分隊を襲った魔獣であった。 その魔獣は四つ足で頭を二つ持つ犬型の生物、オルトロスである。 壱號は分隊長を離すと左腕を構え電撃を放つ。 だが野生の勘なのか危険を察知したオルトロスはそれを避けると、素早い動きで翻弄しながら壱號に襲い掛かる。 どうやら兵士だけでなくゴーレムもこのスピードに付いて行けず敗北してしまったのだろう。 壱號は左腕の義手を盾代わりにしながら必死に耐える。飛び道具が当たらないのなら近接するワンチャンスを狙うしかないと。 壱號が左腕を伸ばすとオルトロスはそれを食いちぎろうと噛みつく。だがそれを彼女は待っていた。 オルトロスが食らいついた瞬間にリミッター限界値の電撃を放つ。オルトロスは黒こげになって死んだ。 壱號は分隊長を連れて帰還する。 その父親である彼は安堵すると共にボロボロになった娘を見て懺悔の念を抱くのであった。    *   *   *   *   * この一件がきっかけとなり人造勇者計画は軍の正式な研究として認められることになり、一人の被験者を得ることとなった。 それは壱號に救助された分隊長アイゼンヴァントである。 彼は部下を守れなかった自身の弱さを恥じ、壱號のような強さを求めて失った両腕の代わりを得ることを望んだ。 『特殊兵装実験部隊第四分隊』と名付けられた新設された部署には、彼の他に2名の研究者が配属される。 生物工学専門のグート博士と魔導工学専門のモーゲン博士である。 彼らもまた自らの技術を用いて強力な兵士を作ろうとしている者であった。 グート博士の研究は一部の人間が持つ特別なスキルを強化させるということである。 彼は被験者として誰も捕まえることができないという少女を抱えていた。彼女には人造勇者候補として惨號の番号が与えられた。 異なる分野を持つ研究者たちであったが、お互いの知識を融合して最強の勇者を作ろうと関係は良好であった。 部隊が誕生して1ヵ月ほど経ったある日、人造勇者たちに出動の命令が下される。 バルロス盆地の外れにある街に魔王軍の部隊が現れたのでその排除を行うというものであった。 惨號はまだ実戦には使えないため壱號と完成したばかりの弐號が向かうこととなった。 たった二名の戦力ではあったが戦果は見事なものであった。 弐號に取り付けたジェネレーターは壱號の物よりも出力は劣るものの安定性があり、両腕の義手はパワータイプの魔族を抑え込めるほどの剛力を発揮した。 壱號も前回の経験を生かして射撃と近接戦で電撃の使い分けを巧みに行い、魔王軍の部隊長の討伐を成功させた。 まだ成果は少ないが我々のやろうとしていることに間違いはない。彼はそんな手ごたえを感じていた。 初出動の際に壱號が重傷を負った生存者の少女を連れて帰って来た。 壱號は開発中の試作聖剣の義手義足を彼女に取り付けるように嘆願する。 だがその接続には非常な苦痛を伴うため、彼は少女の身では耐えられないと拒否をする。 現に3人もの被験者がそれに耐えきれずショック死をしていたほどであった。 その会話を聞いていた生存者の少女は自分は無痛症だから大丈夫だと訴える。 彼はその言葉に望みをかけ移植手術を行い、そして成功をした。こうして誕生したのが人造勇者肆號である。 その後も部隊には様々な形で被験者が増えて行く。 伍號と陸號は機械化部門の漆號と捌號はスキル強化部門のメンバーとして部隊入りする。 だが部隊として考えてみると、目立った成果のないまま人員だけが増えてることになる。 特にスキル強化部門は結果をまだ見せてはおらず、機械化部門もジェネレーターの出力を抑えている関係で性能が頭打ちになっているのだ。 上層部からは成果をせっ突かれる中、上官からある一人の男を紹介されたのであった。 (続く) シュッツガイストと名乗るその男は黒い仮面を付けた怪しい以外の何者でもない風貌をしていた。 古代技術の研究家であるその男は文献を求めてダンジョンに頻繁に潜るため、負傷が絶えず顔面もぐちゃぐちゃになっているので仮面を付けていると彼に謝罪をした。 男の要件とは自分の所蔵している文献をぜひ研究の役に立ててもらいたいというものであった。 なぜ自分たちのような窓際部署に持ちかけたのかは分からないが、何らかの手掛かりになればとその男のオファーを受け入れた。 最初は全く期待をしてはいなかったが、男の提供した資料には様々な技術のヒントが豊富に載せられていた 最初に成果を出したのは魔導工学専門のモーゲン博士である。 博士はある配合の金属片に術式を刻むことによってスキルを与えたり制御を可能とすることを発見した。 だがその配合の金属を合成することは難しいため協力をして欲しいと彼に依願をする。 その依頼とは合金と同じ成分の金属をあなたは持っているので提供して欲しいとのことであった。 それは彼の故郷に奉納されていた役立たずの聖剣である。 彼は悩んだ末に過去と決別する意味を込めて役立たずの聖剣の提供を決めた。 術式を刻んだチップを惨號に埋め込み定着させる。すると彼女の持っていたスキルが時間操作という形で強力に発揮することが可能となった。 同様の手術を漆號、捌號にも行うとそれは強靭な再生能力と物質転送能力として覚醒された。 特に生命力の高い漆號には命を別の物へ保管するという術式の実験も成功させており、再生能力と併せて不死身の肉体を持つこととなった。 ちなみに命の保管の術式は他のメンバーでも試してみたが成功はしなかった。恐らく漆號の再生能力との相性の関係ではないかと推測された。 また機械式タイプのメンバーに同様の術式を行うと肉体が強化され、ジェネレーターの全力出力にも耐えられるようになった。 さらに一部のメンバーにはスキルが覚醒するという現象が起きた。 弐號は目に見えない障壁を発生させ、陸號は刃から血と生命力を吸うことができ、壱號は生体パルスに同調させた電流で人間や生物を操作することが可能となった。 彼は部隊の成果が上げられたことだけでなく、娘の身に自滅の恐れがなくなったことを大いに喜んだ。 そしてこの方式の成功によって新規の人造勇者の開発も進み、いつしか部隊は分隊から小隊へと変わって行った。    *   *   *   *   * メンバーを拾惨號まで増やした第四小隊は、その日激戦区の666高地へと向った。 複数の国と接する同地は魔王軍の侵略により占拠され、隣接する国々へといつでも攻められる危険な場所へと変わっていたのだった。 国境を接する国々は連合軍を結成し攻めるも、敵は強力な防衛陣地を構築し連合軍は徒に死傷者を増やすばかりであった。 連合軍は藁をも掴む思いで高い技術力を誇るバルロスへと援軍の依頼をする。そして上層部が派遣を決定したのが第四小隊であった。 彼はこれをゴーレム技術を軍の根幹と考える一部の幹部による部隊潰しだと睨んだが、命令を下された以上は行かねばならない。 彼は娘や隊員たちの無事を祈りそして送り出した。 666高地へ着いた部隊は早速攻撃をしかける。 沢山の罠が仕掛けられた防衛線に苦慮しているところを魔導砲と魔シンガンで遠距離から撃ち倒すのが敵の戦術である。 まずはその厄介な火器を潰しにかかる。伍號が敵の砲台の正確な位置をその高い視力で観測すると、捌號が瓦礫や岩を転送で上空から落とし破壊する。 そして対空戦力が無くなったところで拾弐號ツヴォルフ=ドラシーナが上空より爆炎をまき散らし蹂躙する。 その隙に主力部隊が敵陣まで近づく。 もちろん敵も銃撃で対抗するが、弐號の障壁はそれを通さず無傷で進んで行く。 そして敵陣へ乗り込むと後は一方的な虐殺であった…。 彼は部隊の圧倒的な戦果に歓喜した。ざまぁみろ!俺の選んだ道は正しかったと。 帰還した第四小隊はバルロス中の英雄となり、潰そうとしたゴーレム派閥は存在感を弱めて行く。 その中で何人かの軍幹部が不審な死で世を去っている。これは拾惨號のスキルを用いた彼からの仕返しであった。 これで軍内部で第四小隊を睨もうとする者はいなくなった。 その後も様々な戦場へ派遣された小隊は戦果をいくつも上げて行く。 カンラーク救援作戦は残念ながら間に合わなかったものの、廃墟と化した同地から忌器と呼ばれる古代アイテムとその研究者であった聖女を手に入れたのだった。 彼は戦利品として送られてきた忌器を初めて見る。その時脳裏に浮かんだのはこれは危険な物であり簡単に手を出してはいけないという直感であった。 多大な戦果を上げた第四小隊、そのシンボルとして彼の娘である壱號はバルロス全土で英雄視されるようになった。 誇らしくあると共に一緒に過ごす時間を失い、娘との距離を感じ始めた彼へと声をかける者がいた。 『お嬢様が独り立ち…いやご活躍されて、父親としてさぞや鼻が高いでしょうな…』 それは仮面の男シュッツガイストであった。 男は初対面での資料の提供後もオブザーバーとして部隊へとちょくちょく顔を出していた。 男の功績は十二分に理解をしているのであるが、この胡散臭い男はどうにも信用がならなかった。 男は忌器を手に入れたことで、部隊がより強化されることを望んでいた。 やはりこの男とは反りが合わない…と彼は思うのだった。    *   *   *   *   * 彼の元へ朗報が届く。特殊兵装実験部隊の強化のために人員予算が増えると共に、彼に部隊全体を取りまとめて欲しいと指揮権を持つ立場へ昇進することであった。 また双方に人員が増えたため今までのような兵士と技術陣の混成では回せなくなったので、それぞれを分離させることとなった。 人造勇者たちは『特殊兵装実験部隊第四中隊』、技術陣は『特殊兵装開発局』として独立。それらを併せた総称を『ヒジンドー機関』と名乗ることとした。 機関の長として任務だけでなく様々な折衝も行わなければならなくなり、彼は現場に顔を出すことも少なくなってきた。 もっとも開発の主力はリスクが少なく拡張性の高い聖剣チップ方式となっており、彼の生み出した機械化方式は旧式として用済みとなっていた。 現場では加わった技術者たちによって、様々な能力を持つ人造勇者たちが増えて行ってる。 壱號を始めとした機械化組も新たなジェネレーターや人工筋肉の増設等でそれに負けじと改造を繰り返す。 だがそれが上手く行くことばかりではなく、時には実験の失敗で負傷をすることも少なくなかった。 この対抗心は人員増加前の初期型メンバーと増加後の後期型メンバーとの間に溝を生むこととなった。 ヒジンドー機関の発足から半年後、立ち上げの業務もひとしきり終わった彼は久しぶりに現場へと顔を出す。そこで彼は愕然とすることとなる。 役立たずの聖剣はチップの素材としてもはや半分も残っておらず。 技術陣は自らの研究を実証する材料として新たな人造勇者を増やして行ったのであった。 その様はまさにワンアイデアワン勇者と言った具合の粗製乱造ぶりであり、最強の勇者を作るためという理念はもはや消えていた。 彼はすぐさま全ての研究開発を凍結させた。 そして技術者たちに粗製乱造した理由を問うと、人数が増えたのだから一人で賄う全部乗せではなく一機能に特化した者を集めた方が効率良いとおためごかしな理屈を言い放った。 勇者とは最強の存在でなければいけない、他人の体に手を加えるのだからその者が決して後悔しないような力を与えなければいけないと、彼は技術者たちに説いたが皆馬耳東風な様子である。 怒りで頭に血が上った彼の元に娘である壱號がやって来てこう言った。 「あなたにも理想はあるのでしょうが、今現場は良いサイクルで回っているので口出しはしないでもらいたい。これは皆の総意です」 壱號の発言に愕然とした彼に追い打ちをかけるようにシュッツガイストが耳打ちをする。 『今組織は壱號が中心になっています、中佐は長らしくドンと構えて下さい』 『それに最強の勇者はいずれ生まれますよ。星骸炉という忌器を用いた“廻天計画”というものを秘密裏に進めております。その勇者はあなたの娘さんになるかもしれませんね…』 もはや組織は目的と手段が逆転した歪なものになっている。それを正すべき壱號もその空気に染まっている。 一度リセットして最強の勇者を作ることをまた最初から始めよう…。彼はそう決心した。 彼は軍上層部に組織の解体を宣言する。 理由は無暗に増えた研究によるリソースの浪費を無くすためのリストラであると。 彼の決意は固く上層部の説得も通じなかった。 最悪の場合を想定して、彼は一番古いメンバーであるグート博士とモーゲン博士に今後の方針をしたためた手紙とそのための素材を渡した。 その後、彼は壱號を執務室に呼び出すと機関の解体を告げた。 理由を問い質す壱號に彼は今の組織は目的と手段が逆転している歪なものになっていること、廻天計画のような禁忌に触れるような手段を用いようとしていることを挙げた。 壱號は最強を目指すのであればそのような手段を用いても構わないのでは、あなたの理屈ではこの先開発される人造勇者以外は用済みなのですかと問いた。 彼は理屈をあれこれこねるよりも率直に言った方が通じると判断し、そうであると切り捨てた。 この言葉を聞いた時に壱號の中で何かが切れた。 壱號は彼の首を左腕で掴むと微弱な電流を放つ。 右腕は勝手に動き、護身用に持ち歩いていた拳銃を抜くと銃口を自身のこめかみへと向ける。 「私はあなたのために母からもらった体を切り捨て機械の体になった。あなたのために幾多の戦場で血を流してきた。あなたのために組織をまとめ上げた。それなのに…」 壱號の目からは涙が溢れていた。娘の泣き顔を見て、自分は何をどこで間違えてしまったんだろうかと考えた。 その瞬間引き金が自らの手で引かれ彼の意識は切れた。彼は息を引き取る瞬間、最後に謝っておけば良かったと後悔したのであった。 (続く) 人造勇者のリーダー、壱號ことアインス=ドナー大尉は沈思にふけていた。 それは女神像を破壊しようとしていた一味の中に自分がよく知る男がいたからである。 だがそれはこの世にはもういないはずの男であった。男の名はイナッテン=ドナー中佐、 かつての上官であり自身の父親であった男の姿であった…。 アインスは自身の昔の記憶を辿る。それは物心付いて間もない頃の嵐の夜から始まった。 父の胸に抱かれ暴風雨の中を逃げ惑う、幼い彼女には何が起きているのかは理解できない。 ただひたすら冷たい雨と何か恐ろしい物がいるという朧げな印象であった。 翌日避難所から帰還したアインスの目の前に見えていたのは全壊した自宅と集落の様子であった。 今からするとあの時何も分からない子供であったのは良かったと思う。 一緒に遊んだ幼馴染や優しくしてくれた近所の人々、それらが皆潰れた建物の下で永遠の眠りについていることを理解したら、恐らく正気を保ってはいられなかったであろう。 数日後、ドナー一家は見知らぬ町へと移住する。最初は初めての遠くへのお出かけにはしゃいでいたが慣れ親しんだ村が離れて行くに連れて、不安な気持ちだけが湧き上がってくる。 移住してからの慌ただしい日々が過ぎ、落ち着きを見せると生活は一変した。 優しかった父は仕事に没頭し帰って来ず、家の中には寂しそうな母と自分との二人だけの生活が始まった。 最初はひたすらに寂しいという感情だけであったが、彼女が成長し苦労をする母の様子を見ていると家庭を顧みない父への反発が生まれてくる。 そんな娘の姿を見て母は「お父さんにはやらなければいけないことがあるの。だから理解してあげて…」と諭すように言う。 父が一番迷惑をかけているであろう母がそこまで言うのならと、アインスは父への反発心をぐっと堪えるのであった。 そんなアインスの少女時代も転換点を迎える。 当時父の仕事は上手く行かない様子で、夜分遅く帰って来ても部屋に籠り仕事を続け朝まで出てくることはない。 その頃にはアインスの方も父にはもう何も求めるものはなかった。そんな平行線が続く中で二人を繋げる唯一の絆であった母が亡くなった。 葬儀の日も気丈に振る舞う父の姿を見て、こんな男のために命をすり減らした母を気の毒に思った。 その夜、父はいつものように部屋に籠った。こんな日にも研究か…と半ば軽蔑しかかってた時、部屋の中から彼の呟きが聞こえた。 それは泣き崩れ、母への謝罪と後悔をこぼす父の声であった。 何を今更…アインスはそう叫びたかったが、母が常々語っていた父の夢そして母自身の夢のことを思うと出かかった言葉を飲み込むしかなかった。 その日より親子の生活は少しづつ変わって行った。母に代わりアインスが家事を一手に引き受けるようになる。 この頃父は仕事が上手く行っていないのか以前よりも家にいる頻度が増えた。 収入の多くを研究費に充てるため生活は苦しくなっているが、その代わり父との会話は増えて行った。 彼は満足な生活もさせてやれずにすまないとアインスに謝罪をする。アインスは母の夢のためだからと父に返す。 とにかく何らかでもいいから彼の研究が形になれば、少しは変わるであろうという期待も込められていた。 親子二人の慎ましやかな生活は相変わらず続いていた。念願の人造勇者の装置も完成したが被験者を得られず、研究は足踏み状態であったのだ。 状況を打破するためにアインスは志願する。もちろん大いに思い悩んだが、これは父と母の夢の実現でもあり自身が抑えていた反抗心の表れでもあった。 上手く行ったら行ったでいい、ダメだった時にはほら見たことかと父に一生ものの負い目を与えてやろうと…。 恐らく渡りに船とばかりに乗って来るかと思っていたが、父の言葉は意外なものであった。 「母さんの産んでくれた五体満足の体を粗末にしてはいけない。仮に成功したとしても試作品の不良のせいで死ぬことになるかもしれない」 父から返ってきたのは志願への拒否であった。 自身を心配してくれる言葉にアインスは安堵の喜びを感じた。だがここは負けじと食い下がる。 「これは父さんだけの夢ではない、母さんの夢でもあり私の夢でもあるの。もし実験が失敗して見知らぬ被験者が死んだら、その人の家族や恋人はとても悲しむでしょ…」 とっさに出た思いつきの言葉であったが、これは以前よりうっすら思い描いていたことでもあった。 アインスの熱意に負け、父は改造手術を行うことを了承した。 当日手術台に横たわり麻酔を投与されるとほんのりと後悔の気持ちが浮かび上がる。 だがもう進むしかないのだと、アインスは改めて決意を固めるのであった…。    *   *   *   *   * 目を覚ますとどうやら手術は成功しているようであった。試作聖剣と名付けられた金属製の義手は拒絶反応もなく、元の左腕と変わらない滑らかな動きを見せる。 左目に取り付けられた多機能カメラスコープには、遠近自在の視界や暗視装置に加え主兵装である目には見えない電撃のラインを捉えられる高機能さを有していた。 手術から数日が経ち、いよいよ実験が行われる。義手のパワーの出力は問題なし、続いて短距離での低威力での電撃射出も異常はない。 実験は距離と出力を変えて行きながら成功を続けて行く、そしていよいよ最大出力での射出となった…。 全身を貫く衝撃と痛み。気が付くとアインスはベッドの上で横たわっていた。 体内に施した耐電加工がジェネレーターの最大出力に耐えきれず、余剰の電撃が体内を貫いたからであった。 一歩間違えれば否、むしろよく生きていられたという事故である。 これは明らかに設計段階での想定ミスであるが、最大出力に耐えられるようにするにはもう一度開腹手術を行い全身に更なる耐電加工をする必要があった。 アインスの状態を考えるとそれは無理であると判断し、ジェネレーターの出力にリミッターを取り付ける処置を施した。 本来なら設計者に苦言いや抗議を入れても構わない立場であるが、当のアインスは自分が弱いせいで失敗したかも…と自罰的に悔やむのであった。 体調も回復し再度実験が始まる。取り付けたリミッターのおかげで実験はスムーズに進み、上々の成果も得られる。 実験の中盤からは人造勇者として戦うことを想定して、アインス自身への戦闘訓練も取り入れる。 何せほんの少し前までは一介の少女に過ぎなかったゆえ訓練には音を上げたりもしたが、父と真っ正面から向かい合う日々は彼女の中に幾ばくかの充実感を得たのだった。 チャンスと言う物は唐突にやって来る。その日、父に呼び出されたアインスは実戦への出動を要請される。魔獣に襲われた分隊員の捜索救助であった。 軍人でもないただの市民の自分がやってもいいのか?自分に何ができるというのか?自分は魔獣を倒せるというのか? 彼女の抱く様々な疑問に父はこう言って発破をかける。 「これは人造勇者の華々しいデビューだ。お前ならやれる。私たち家族の夢を皆に披露してやれ」 不安を抱きながらもアインスは決意を固めた。 山に分け入った彼女の目に入ったのは、初めて見る戦闘の残滓というものであった。 食いちぎられた腕や足そして内臓が辺り一面に飛び散っている。その異常な光景に彼女は吐き気を催す。これは人として当たり前の反応であった。 出すものを出して気持ちを整えると左目のカメラスコープを使って周囲の索敵と捜索を行う。30分ほど歩くと人の形をした熱源反応が見えた。 そこにいたのは腕を失った大柄な男性の軍人であった。彼はアインスの姿になぜこんなところに一般人の少女が?と訝し気な様子を見せた。 「私はあなた方の捜索と救助に来た」と少女が答える。 軍人はとても強い魔獣がいる早く逃げろと返す。 「だから一緒に行くのよ、腕の無くなった人に比べたら私の方が全然役に立つわ」と少女は返した。 とにかくここにいては共倒れになる。そう判断した軍人は少女に肩を貸りて山を下ることにした。 下山の途中で件の魔獣と出くわしてしまう。軍人は少女が何もできない自分に代わって魔獣に立ち向っている、非常に情けない…そう痛感させられた。 救助の少女ことアインスは初めての実戦に困惑する。訓練では魔熊を電撃で仕留めたり動けなくさせたところを義手で始末したりできた。だがこいつはそれを軽々と避け、なおかつ自分へ襲い掛かろうとする。 逃げる。アインスの脳内にはそんな選択肢が浮かび上がるが、もし逃げてしまえば傍らにいる軍人は食い殺され、家族の夢も潰えてしまうであろう…。 ここは踏ん張りどころだと理解した彼女は左腕を突き出し魔獣を誘う。想定通りにまんまと食らいつこうとした魔獣の口内で出せる限界の電撃を放つ。魔獣は黒こげになり感電死した。 負傷した軍人を抱えて山を下りると、そこには不安で顔面を蒼白にしながら待ち構えていた父を発見した。 彼はアインスに抱きつくと無事に帰ってこれて良かった、無茶をさせて済まないと感情を吐露したのだった。 アインス自身は帰還当初は何とか成果を出すことが出来て良かったという気持ちしかなかったが、彼の言葉を聞いて自分は愛されていたんだという安堵の気持ちが浮かんだ。 恐らくこれは親子が初めて心を通い合わせたのかもしれない瞬間であった。    *   *   *   *   * この成果が決め手となり人造勇者計画は軍の研究として正式採用されることとなり、アインス自身にも軍籍が与えられた。 正式採用からしばらく後、プロジェクトに二人の研究者とスキル養成部門の被験者が一名新たなメンバーとして加わる。 さらにアインスが魔獣から救助した軍人も加わった。 彼は先日の一件で無力さを痛感し自身の腕と部下の死を無駄にしないために、自分を救い出してくれた少女のいるプロジェクトへの参加を希望した。 彼の名はアイゼンヴァント。手術は成功し人造勇者弐號のコードネームを受け取る。 彼は自身の命を救ってくれた恩義なのか、年齢も階級も下のアインスを先輩として常に立ててくれた。 もう一人、新たな人造勇者として認定されたのがスキル養成部門の被験者ブリッツクリークであった。 誰も彼女を捕まえることができない不思議な能力を持っている少女で、元々はある良家の子女であったが不慮の事故で家族を全て失い、その能力の噂を聞きつけて引き取られたのが参加の経緯であった。 誰にも懐かず人の姿を見かけるとどこかへ消えて行く彼女を、アインスはまるで野良猫みたいだなと思った。 そこで野良猫を餌付けするような感覚で適度な距離を保ちながら接していると、いつの間にか距離は近づいて行き身の上話もできるような間柄となっていた。 彼女も本来は愛情深い人柄なのに、これまでの過酷な経歴が今のようなパーソナリティを作り上げてしまったのであろう。 アイゼンヴァントが改造されしばしの訓練期間を終えるとアインスの部隊『特殊兵装実験部隊第四分隊』に初出動の命が下る。 バルロス郊外に現れた魔王軍の先兵の討伐である。たった二名での出撃であったが戦果は見事なものであった。 壱號が強烈な電撃を放つ間、弐號は背後に立ち敵を近寄らせず。弐號が剛腕を振るいながら行う突撃を壱號は間髪入れずの電撃で援護する。 初めて行う仲間と組んでの実戦にアインスは強い手ごたえを感じたのだった。 その初出動の際に戦災で手足を失った少女を発見し運び込む。アインスは彼女の命を繋ぐために実験中の試作聖剣の義手義足を取り付けるように依願する。 最初は断られるものの自分は無痛症だから大丈夫という少女の言を信じて改造手術が行われ、そして成功した。 回復した少女には人造勇者肆號のコードネームが与えられた。 少女はアインスが命の恩人だということを理解しており大いに慕ってくれた。 アインスの方も自分は一人っ子ではあるが、もし妹がいればこんな感じなのかと受け入れた。 その後も様々な形でメンバーは増えて行く。そして部隊はあるターニングポイントを迎えようとしていた。 (続く) シュッツガイストという得体の知れない男から提供された古代技術の資料より、例の役立たずの聖剣を用いたチップを埋め込むという方式が開発される。 その方式により惨號ブリッツクリークを始めとしたスキル養成部門の被験者たちが能力を覚醒し、新たな人造勇者として戦力となって行く。 その方式をアインス自身も試してみることとなる。定着具合は良好で左腕から流れる電流によって他人を操作できるスキルに覚醒をする。 アイゼンヴァントのように強力な攻撃手段が欲しかったと悔やむアインスに、父はお前はリーダーなんだから人を操る能力大いに結構ではないかと励ました。 もっとも聖剣チップの効能により身体能力が大いに向上し、ジェネレーターの全力出力に耐えられるようになったのは予想外の副産物であった。 これで父のくれた力の本気を出すことができる、最強の力はここにあるのだと誓うのであった。 この聖剣チップ方式の成功により新たな被験者が増え分隊から小隊へと拡大した部隊は、666高地奪還作戦を始め様々な作戦にて勝利を果たす。 部隊はバルロス中から英雄扱いをされ、自身もそのアイコンとして様々なメディアに取り上げられるようになった。 あの冷や飯食いのどん底から皆が認めてくれるまでになった…。 これで父や私だけでなく母の夢も叶うことができたのだと思うと、もうこれで終わりでいいのでは…という気が起きなくもなかった。 いつの間にやら階級は腹心である弐號を超えて大尉へと登り上がる。 そんな時アインスに声をかけるものがいた。黒仮面の不審人物シュッツガイストである。 『いやはや見事なご活躍ですね。あなたは素晴らしいリーダーです。さぞやお父様もお喜びでしょう』 このあからさまに怪しい男に褒められるのは不安であるが、せっかくの誉め言葉だ素直に受け取っておこう。 だが実際父はどう思っているのであろうか? お互いが忙しくなったため顔を突き合わせて会話をすることも少なくなってきている…。 さらに追い打ちをかけるように部隊は小隊から中隊へと更なる拡充がされ、今まで二人三脚でやってきた技術部門とも分離されることとなった。 勇者たちの取りまとめはアインス、技術部門の取りまとめは父が行うこととなった。 だが父はヒジンドー機関と名付けられた組織の長として表に出なければならず、技術部門の現場の取りまとめも自然とアインスが行わなければならなくなった。 アインスの気苦労を知ってか知らずか、人造勇者側も技術者側も人が増えた分今まで無かったような軋轢が生まれてくる。 体内に機械を組み込み苦痛と共に己が身を強化してきた初期型と違い、チップ一枚でただの凡人から特別なスキルを持つ人造勇者へ作り変えることができる後期型との間に深い溝が生まれ始めていた。 初期型メンバーは苦痛も知らずに勇者を気取りやがってと妬み、後期型メンバーは型落ちが何か言ってると一笑する。 また技術陣にも統括する父がいないせいで、明らかに思いつきで考えたような勇者と呼べないレベルのスキルの兵士が粗製乱造されて行く。 とにかく研究のラインが多すぎて補佐をするはずであったグート博士やモーゲン博士も手に負えない様子であった。 困り果てたアインスに声をかける者がいる、シュッツガイストであった。 『あなたは皆のリーダーなのですよ。お忙しい中佐の代わりにあなたが組織の全てを取りまとめるべきでしょう…』 この男に言われるのはいささか不本意ではあるが、強権を発動しなければならない時であるのは火を見るよりも明らかである。 アインスはまず初期型と後期型の諍いを仲裁しようとする。初期型組をなだめ、後期型組とはディスカッションを繰り返し理解を深める。 だがそれでも納得しない口さがない者は見せしめとして自ら粛清をして初期型メンバーの力を見せつける。 いささか乱暴なやり口ではあるが、結局のところ個々が強い力を持った集団であるから実力行使は避けられない。 この顛末を見ていた初期型メンバーは力のマウントを誇示するために更なる再改造を行い強化を図る。 そしてその頃には技術陣たちの暴走はある程度収まったかに見えた。やはり力には力しかないのか…。 そんなことをアインスが考えている時に声をかける者がいる。シュッツガイストである。 『そうですよあなたはもっと強くならなければなりません、中佐の求める者は最強なのですから。ちょうどいいプランがあるのでお聞き下さい…』 シュッツガイストの語る廻天計画は実に荒唐無稽としか言いようがなかった。 魔王の死体を星骸炉に入れ星の管理権を手に入れる?馬鹿馬鹿しい。 そもそも魔王を倒せるぐらいならその時点で最強ではないか?それ以上何を倒せというのだと。 彼女の極当たり前の反応にシュッツガイストが答える。 『魔王以上の脅威ですか…。例えばバルロスとか?』 「なおさらアホらしい。あれはこの地に埋まって活動を止めたまま、何百年いや千年以上も動いてないスクラップだ。何が脅威だというのか?」 『私も研究者の端くれですからね。機工竜バルロスに関してはいささかの知識は持っています。あの永久魔力炉という機関はまだ完全に壊れたというわけではありません。あの魔王を倒せるだけの力が仮に再起動した場合、この街はどうなると思いますかね…?』 「その気持ちを言葉で何と表現されるか教えてやろう。杞憂というやつだ。私もあの忌器という不気味なアイテムは好かん。これでこの話は終了する」 とにかく少しづつではあるが組織は改善し始めている。自分は父の助けになれたのであろうか…。    *   *   *   *   * 父ことイナッテン中佐が現場に復帰する。すると好き放題やって乱れていた現場の様子を見て憤慨して出て行く。 アインスはそれを追いかけて説得する。今はまだ改善の途中であるから黙って見ていてくれと…。 「あなたにも理想はあるのでしょうが、今現場は良いサイクルで回っているので口出しはしないでもらいたい。これは皆の総意です」 娘として情に訴えるというやり方もあったのだろうが、皆の前であるゆえ毅然とした言葉で対応しなければならない。 アインスの言葉に父はため息をつきながら現場を去った。 全てを諦めたようなあの父の目つきに言いようもない不安を感じる。 そんな時またあの男がやって来たのだった…。 『こういう言い方は何ですが。中佐はもう全てを見限ったのかもしれませんね…』 「それはいったいどういう意味だ?」 『最強の勇者を作る目的を忘れた組織。それに甘んじる烏合の衆の人造勇者たち。ひょっとしたら大尉、あなたのこともね…』 「なぜ父が私を見限るというのだ?」 『あなたは最強にはなれませんからね。機械式のそのボディではいずれ性能は頭打ちになる。それに何より術式の研究が進んだ今、チップ一枚で初期型メンバー以上の最強勇者を作り上げることも可能なのですから…』 「そんな…はず…は…ない…」 抑えきれない動揺は言葉を震わせる。 数日後アインスは父に執務室へと呼び出された。そこでヒジンドー機関の解体を伝えられる。 彼女は理由を問いただす。 すると父は今の組織は目的と手段が逆転している歪なものになっていること、廻天計画のような禁忌に触れるような手段を用いようとしていることを理由として挙げた。 確かに理屈は分からなくはないが前者は今改善中であるし、後者はシュッツガイストの奴が吹いているだけだ。 理由はなんであれ父に切り捨てられるかもしれないと疑心暗鬼になったアインスは彼に問い質す。 「仮に最強を目指すのであればそのような手段を用いても構わないのでは、あなたの理屈ではこの先開発される人造勇者以外は用済みなのですか」と。 父は数秒考えた後こう言い放つ「そうだ」と。 その瞬間アインスの何かが切れた…。 落ち着きを取り戻した時、自身の足元に見えていたのはこめかみを銃弾で貫いた父の遺体であった。 動揺するアインスの傍らにシュッツガイストがいた。 『おやおやこれは痛ましいことで…。中佐は機関の現状に大いに悩んでおりましたから、精神が錯乱してもおかしくはないですからね』 あからさまな取り繕いではあるが、私が殺ったと知られたら組織自体の存続にも繋がる。ここは乗るしかない…。 「そうだ!中佐は心を病んでいた! 精神に異常をきたし機関の解体を宣言して、それが無理だと分かるや自決を謀った! そうだなシュッツガイスト!」 『そうですね。ヒジンドー機関は未来永劫続きます!真のリーダーであるあなたが率いてね…』 機関の長である中佐の不慮の死は秘密裏に処理される。 組織内の動揺を抑えるためと、中佐が上層部に進言したリソースを消費する無駄な研究のリストラとして技術陣への粛清が行われた。 ろくでもない研究ばかりしていたエンジョイ&エキサイティング勢を対象にと見せかけてはいたが、真の目的は中佐シンパの研究者を処分することであった。 そのことを察知していたのか、立ち上げメンバーであったグート博士とモーゲン博士は研究成果を持ち逃げして地下に潜った…。    *   *   *   *   * 「なっ、何なんだあれは…」 アインスはバルロスの中心地の上空を飛び去ろうとする機械の竜を見上げて言う…。 中佐の死後、組織を完全掌握したアインスの前に魔王軍四天王エビルソードが現れる。 それは本当に突然としか言いようがなかった。 バルロスの上空にまるで排水口に吸い込まれる水流のような渦を巻くゲートが現れると、その中から金色の鎧を纏った大男が降下する。 彼は視界に映る動くものを全て切り伏せる。それはまるで殺戮機械のようでもあったが、漂う強者のオーラは明らかに生身のものであった。 防衛用のゴーレム部隊があっさりと倒されると、第四中隊にも出動の命が下る。 エビルソードとの交戦が始まると力の差は露骨に出始めた。 技術陣が錦の御旗としていた多種多様に渡るスペシャリストの混成部隊は圧倒的な暴力には何も抗えず、時代遅れと言われた初期型部隊の奮戦で戦線を辛うじて維持することができた。 「結局あの男が正しかったということか…」 状況は一旦休憩という様相となり、エビルソードも人造勇者も体勢を整え直そうとしたその時であった。 轟音が響き大地が揺れる、陳腐な言い方ではあるがあの状況を表現するにはこの言葉しかなかった。 その振動が止まるとバルロスの中心地で何かが弾け飛ぶような衝撃が広がる。 例えるのであれば話に聞いた異世界における核爆弾というものが近いであろう。 爆風と衝撃波がこちらに向ってくる。 「総員!物陰に伏せろ!」 衝撃が濁流のように流れる。自身はとにかく激流に流されないように目に見える構造物にしがみつくしかなかった。 衝撃が収まり周囲を見渡す。恐らく半数以上の手勢は死んだであろう。 全てが終わると周囲は更地となっていた。 何もなくなった周囲を見てエビルソードは興味を失ったかのように遠くへと去って行く。 逃げるな!と引き留めようとする気持ちとこれで終わりか…という気持ちが葛藤し合う。 悩んでいる間にエビルソードは彼方へと消えて行った…。 一体何が起ったのだ…?アインスが状況を把握するために周囲を見渡す。 その時街の中心地に浮上していた巨大な機械の竜を見上げながら放ったのが先程のセリフであった…。 後にバルロス事変と呼ばれる出来事から2日経った日、残存した全機関員を集めた。 そこで組織の再編と今後の方針を図るための話し合いを持ちかける。 その時、一人の人造勇者が手を上げる。 「もうバルロスの街も軍もないんですよね。だったら俺退役します。お世話になりました」 彼の言に乗っかるように生き残った人造勇者や技術者が次々と離脱する。 生き残った初期型メンバーたちはアイツら全員ぶち殺してやろうかと息まいていたが、アインスは無駄だと制する。 憔悴しきったアインスの耳元にシュッツガイストが囁く。 『これは致し方無いことですね。全てあなたが弱いのが原因ですから…。だったら全てをひっくり返して見せつけてあげましょう』 『廻天計画の始まりです!』 (続く)