『続・叛逆の物語』 「監視員からの連絡は、途絶えたままなのかい?」  キュゥべえが口を開く。 「そうだね」  別のキュゥべえが応じる。 「暁美ほむらに拘束された後、ボク達と意思の疎通が出来ない状況になっているね」  更に別のキュゥべえが言った。 「地球から撤退する以上、彼には犠牲になって貰う他は無いね」 「問題は、今後の魔法少女システムの運用についてだね」 「魔法少女は条理を覆す存在だ。現状のまま放置すれば、第二、第三の暁美ほむらが誕生して、宇宙の法則はその度に乱されて しまう事になるだろう」 「それを避けるには、魔法少女の存在自体を無くすしか方法が無いね」 「仕方が無い。例の精神疾患の患者達を使う事にするか」 「何をするんだい?」 「かつての地球には、最強最悪の魔女が居たそうだ」 「ワルプルギスの夜だね」 「そいつを使って、行う事にしよう」 「可能なのかい?」 「この間の観測値を元に魔女の復元が可能な事は分かった。しかし、魔女は誕生と同時に円環の理、すなわち鹿目まどかによって、 葬り去られてしまう。ところが、遮断フィールド内で魔女を誕生させる分には、鹿目まどかの干渉は及ばない。  ボク達の手で擬似的に魔女を作りあげて、地球に送り届ける事にしよう」 「だが、少々やっかいな問題があるね」 「暁美ほむらだね」 「彼女の能力は、未知数だ。しかし彼女は、もはや魔法少女ではない。魔法少女に協力するとはとても考えられない」 「マミ達が、ワルプルギスの夜を退治してしまう可能性はあるのかい?」 「ほむらが魔女化した時に、円環の理の助力がなければ、マミ達では到底太刀打ち出来なかっただろうね。  幸いにも、ほむらが記憶を封印してくれたお蔭で、円環の理の助力は絶たれている。この機を逃す手は無いね」 「さっそく準備をする事にしよう」 「それで、いつ決行する気だい?」 「地球上では、約一か月後と言うところだろうね」  終業のチャイムがスピーカーから流れる。生徒たちのざわめきの中、さやかがまどかの傍に寄って来た。 「ねぇ、まどか。帰りにCDショップ寄って行かない?」  まどかがノートや教科書を鞄に詰め仕込みながら答えた。 「うん、いいよ」 「もう家の片付け済んだ?」 「まだ、全然」 「そっかぁ、今度まどかの家に挨拶しに行かなきゃね」 「ママも喜ぶと思うよ。でも、みんな一緒のクラスで良かったぁ。さやかちゃんに仁美ちゃん、それに上条君まで」 「さっき、ほむらに呼び出されてたけど、何かされなかった?」 「ううん、別に」 「あいつ変わってるからさ。何かされたら、いつでも言いなよ」  まどかは苦笑いを返した。 「そう言えばさっ、まどかリボンの色、変わってない?」 「えっ、これは…。うぇひひひ」 「おーい、さやかぁ」  杏子が手を振りながら、寄って来た。 「あっ、杏子。丁度良かった。まどか、紹介しとくよ。家の同居人」 「佐倉杏子だ。よろしくね」  杏子が差し出した手にはお菓子が握られていた。 「もー、杏子ったら」 「帰りにマミの所に寄るけど、どうする?」 「んー、今日はパス。まどかに街を案内してあげるの。三年ぶりだモン、きっと驚くわよ」 「ふーん」  杏子は、まどかに鋭い一瞥を投げつける。 「じゃあ、マミにはあたしから言っておく。集合時間には、遅れるなよ」 「分かった」  さやかの様子が変わったので、怪訝そうにまどかが訊く。 「どうしたの?さやかちゃん」 「ううん、何でも無いよ。さっ、早く行こう」  夜遅く、さやかはマミのマンションを訪れていた。  さやかの分の紅茶をテーブルに置きながら、マミが言った。 「美樹さん、私は反対よ」 「マ、マミさん…」  ケーキを頬張りながら杏子が言った。 「そうだよ、さやか何考えてんのさ」 「杏子も…。まどかは幼馴染だし、あたし達が魔法少女だって知っておいてもらっても、別に問題は無いんじゃないかと…」  身体を縮こませながら、さやかが言う。 「魔獣との闘いは、遊びじゃないのよ」 「なぎさ達と無関係な人が魔法少女の事や魔獣の事を知るのは、かなり危険な事のです」 「なぎさまで…。あー、分かった分かった。まどかには、魔法少女の事は内緒にしておけば良いんでしょ!」 「そうよ。じゃあ、飲み終わったら、今夜もパトロールに出掛けましょうか」  一か月後のある日の放課後。  物憂げな表情で校庭を見下ろしていたほむらは、ある異変に気が付いた。 「この気配は、魔女!」  屋上に急いで駆け上がる。  居た。見滝原の中空に、かつて何度も闘ったワルプルギスの夜が、青空の下浮遊している。 「どういう事?」  ほむらの顔が曇る。  自然災害として災厄を撒き散らすワルプルギスの夜が、まるで何かを待っているかの様に何もしないのは合点がいかない。  魔女。それは魔法少女の成れの果て。しかし、魔女が存在する事など、有り得ない。円環の理は機能している。筈だ。  今の私は魔法少女でもなく、魔女でもない。円環の理に背いた、言わば悪魔。その悪魔である私が奪ったのはまどかの記憶の一部。 正確に言えば、魔法少女になる前の記憶でしかない。まどかを独りぼっちにしない、元の人としての人生を送る事が出来る様に。  自問自答を繰り返す内に、ほむらはある一つの仮説に辿り着いた。 「キュゥべえ!居るんでしょ」 「ここに居るよ」 「こんな事が出来るのは、貴方達しかいないわね」 「キミの観測結果を元に魔女を復元する事が出来たよ」 「何が目的なの」 「魔法少女システムの廃棄さ」 「私達を処分しようと言うの!」 「キミがみんなの記憶を封印してくれたお蔭で、円環の理の助力は得られない。マミ達では到底、ワルプルギスの夜を倒す事は、 出来ないだろう」 「今更」  今更、と呟いてほむらはキュゥべえに背を向けた。 「私には、関係の無い話よ」 「意外だね。キミなら何らかの抵抗をするんじゃないかと思っていたよ」  空が分厚い雲に覆われ、辺りの温度が急速に低下する。突然、嵐の様に風が吹き荒れ始めた。  ほむらとキュゥべえとの会話が聞こえない給水塔の上に、マミ、なぎさ、さやか、杏子の4人が魔法少女姿で立っていた。  鳴り響く雷鳴の中、マミがなぎさに問い掛ける。 「あれが、魔女?」 「ワルプルギスの夜なのです」 「べべ、知ってるの?」 「最強最悪の魔女なのです。この四人がかりでも倒せるかどうか、分からないのです」 「円環の理によって、魔女は生まれなくなった筈よね。それが、どうして…」 「マミさん、ベベって…。って言うか、なぎさ、何でそんな事知ってんのさ?」 「思い出したのです。マミにも昨日この飴を舐めて貰ったのです。さあ、さやかもこの飴を舐めるのです」 「変なモン入ってないよねぇ…」  なぎさから手渡された飴を指で摘まんで、しげしげと眺めている。 「いいから舐めるのです!」  なぎさは無理やり、さやかの口の中に押し込んだ。  突然、さやかが苦しみだす。 「さやか、大丈夫か!テメエ、さやかに変なモン食わせやがって!」  槍の先端をなぎさに向ける。 「待って、杏子!」  咳き込みながら、さやかが杏子を制した。 「全て思い出した。なるほど、ほむらがあたし達の記憶を封印していたって訳ね」 「この飴は魔法少女達の祈りが作り出した物なのです。なぎさ達と連絡が取れなくなったので、円環界はこちらの世界に連絡を 取ろうと様々な試みをしていたのです。この飴はその試みのひとつで、昨日やっとなぎさの元に届いたのです」 「さあ、杏子も舐めるのです」  杏子はなぎさから飴を受け取ると、ぽいと口の中に投げ入れた。一呼吸し、左手の掌を右手の握り拳でぱーんと弾く。 「よーし、一丁やるか」  ひらりと舞いながら、ワルプルギスの夜へと突進する。 「あっ、佐倉さん待って」  ワルプルギスの夜の使い魔が次々と現れた。 「あたし、まどかを探して来る」  さやかは制服姿に戻り、自分達の教室を目指していた。  階下ではスピーカーから、急に天候が悪化した為、体育館へ避難する様に呼びかける声が響いていた。 「まどか!」  さやかは、避難する生徒達の列にまどかを発見した。 「あっ、さやかちゃん。何処行ってたの?探したんだよ。一緒に避難しようよ」 「まどか、一緒に来て!」  さやかはまどかの腕を掴み、再び屋上へ向かった。  二人は屋上の扉の前で、傍観者を決め込んでいるほむらを発見した。 「ほむらちゃん!みんなが大変なの。力を貸してあげて」  ほむらは、腕組みをしたまま黙っている。 「さやかちゃんから聞いたの。私には凄い力があるって」 「貴女には関係の無い事よ」 「そ、そんなぁ」 「さあ早く避難しなさい。美樹さやか、まどかを変な事に巻き込まないで頂戴。これは、魔法少女とインキュベータの闘い。 私達には関係がないわ」 「こんのーぉ!」 「さやかちゃん、やめて!」  さやかの攻撃をひらりと避けるほむら。 「早く行かないと、みんなが危ないわよ」  歯軋りするさやか。 「ほむらちゃんには、私が話をしてみる。さやかちゃんは、みんなの所へ行ってあげて」 「じゃあ、まどか。後は頼んだよ」  さやかはまどかに託して、二人を後にした。 「マミ!」  杏子が叫ぶ。使い魔がマミの隙を突こうとしていた。 「マミ!危ないのです!」 「ちぃ!連鎖結界!」  マミの前で、杏子が槍を真横に構え、結界を作った。 「流石に数が多いわ。べべ、何とかならないの?」  使い魔の攻撃を避けながら、なぎさはきょろきょろと辺りを見回している。 「ベベ、何をしているの?」 「円環界への通り道を探しているのです。飴が送られて来た抜け道が、どこかに必ずある筈なのです」 「そう言えば、そうねぇ…」 「さやか、あの背後の雲を晴らして欲しいのです」  なぎさは、ワルプルギスの夜の背後の分厚い雲を指差して、合流したさやかに言った。 「オッケー」  さやかは自分の身体に剣を突き立て、自らの巨大な分身を作り出した。 「さやか、これを使え!」  杏子は、地中から巨大な槍を取り出す。  さやかはその槍を、むんずと掴んで投擲した。  槍はワルプルギスの夜を貫通して次々と分裂する。分裂した槍は音符の魔法陣に形を変え、次々と雲を侵食していく。 「見えた!マミ、あの月に向かって撃つのです!」  ワルプルギスの夜の遥か上空に月が上っている。 「ベベ、力を借りるわね」  マミは、首に巻かれているリボンをほどいた。 「はいなのです」  なぎさは、魔女の姿になり、マミの作り出した大砲に覆いかぶさった。 「マミ、何をしてるのです。早く撃つのです」  マミが眉間に皺を寄せる。 「そうだよ、マミ。折角、さやかが雲を晴らしてくれたってぇのによぉ」  マミに襲い掛かる使い魔を薙ぎ払いながら、杏子が言う。 「まだよ。ぎりぎりまで、魔力を溜めないと」  大砲がさらに巨大化した。 「ティロ・フィナーレ!」  まるで何かが爆発したかの様な轟音と共に長大な光の弾が一直線に月に向かって行く。  光の軌跡が消える寸前、中空がガラスの様に割れた。 「遮断フィールド!?」  杏子が、マミの身体を支えながら叫ぶ。 「やっぱり、キュゥべえ達の仕業ね」  降り注ぐ遮断フィールドの破片と共に黒い影が大空に広がる。黒い影の正体は、円環の理によって救われた魔法少女達の姿だった。 次々と空から舞い降りて来て、ワルプルギスの夜とその使い魔に攻撃を加える。  闘いの一部始終を見ていたほむらは、背後の気配の変化に振り向いた。 「ほむらちゃん」  そこには、円環の理の姿のまどかが立っていた。 「まどか!」 「ほむらちゃんはいつも損な役回りばかり。本当はみんなを助けてあげたいのに。私の為にほむらちゃんが独りでいるのを見るのは、 私だって哀しいよ」 「円環様」  なぎさが飛び跳ねながら、寄って来る。  まどかは、なぎさに目配せした。そして、悪戯っ子のように笑って、ほむらの鼻を摘まんだ。 「何をするの!やめなさい、まどか」 「チャンスなのです」  なぎさが、ほむらの口に飴を放り込む。  苦しみだすほむら。咳き込む口の中から出て来たのは、ダークオーブだった。  まどかはそれを拾い上げ、ふっと息を吹きかけた。するとダークオーブは、ソウルジェムへと形を変えた。 「はい、ほむらちゃん」 「無理よ。もう昔の私には戻れないわ」 「人間なんだもの、間違った事や失敗する事だってあって当然だよ。ほむらちゃんが繰り返し私を守ってくれたから今の私が あって、その私の為にほむらちゃんが悪者になるんだったら、今度は私が悪者になる」 「何を言っているの、まどか」 「魔法少女みんなが一緒に幸せになる方法を思いついたんだ。ほむらちゃんが教えてくれたんだよ。全ての宇宙、過去と未来の 全ての魔法少女を救うの。キュゥべえと契約して魔法少女になっても使命を終えた後は、元の人間に戻れる様にするの」 「無理よ!そんな事をしたら、みんな消えてしまうわ。文明も、地球も、宇宙全体が滅んでしまう」 「奇跡を信じる心。奇跡を願う人々の祈り。全ての魔法少女達の願いや希望が消える訳ないじゃない。二人の力でこの宇宙を作り 直すの。私に協力して。二人ならきっと出来るよ」 「まどかにはいつも振り回されてばかりね」  ほむらは、溜息をついた。 「いいわ、やりましょう」  まどかとほむらの手には、弓が握られていた。 「いくよ、ほむらちゃん!」  二人の放った矢は、ワルプルギスの夜の身体を通り抜け、遥か彼方に消えて行く。  物凄い勢いで宇宙空間を駆け抜け、瞬く間にキュゥべえの母星に辿り着いた。  その刹那、二度目のビッグバンが惹き起こされた。  138億年後のある日。 「今日は、みなさんに重大なお知らせがあります。心して聞く様に」  こほん、と咳払いをして早乙女先生は続けた。 「ステーキの焼き加減は、レアですか?ウェルダンですか?はい、中沢君」 「どっちでもいいんじゃないかと…」 「駄目です」 「えー」 「男子のみなさんは、ステーキはミディアムレアとはっきり言える、家の旦那様みたいにならなくてはなりません。それから、 女子のみなさんは…」 「ノロケかよぉ」  さやかが振り向いて、後ろの席に座っているまどかに言った。まどかは苦笑いを返した。 「じゃあ、転校生を紹介します」 「そっちが後回しかよぉ」  教室の扉が開き、眼鏡を掛けた、お下げの少女が入って来た。 「すっげぇ、チャ−ミング」  さやかが独り言の様に呟く。 「暁美ほむらです。宜しくお願い致します」  一時限目の授業が終わり、ほむらの周りには人だかりが出来ていた。 「暁美さん」  その人だかりを掻き分けて、まどかがほむらの目の前に立った。 「保健室行かなきゃいけないんでしょ?場所、分かる?」 「いいえ」 「じゃあ、案内してあげる。私、保健係なんだ。みんな、ごめんね。暁美さん、休み時間に保健室でお薬飲まなきゃいけないんだ」 「そうなんだ」 「ごめんね、引き留めちゃって」  まどかが先導して、教室を後にする。  校舎を結ぶ渡り廊下。  先を歩いていたまどかが急に立ち止まり、ほむらの方を振り向いた。 「やっと、会えたね。ほむらちゃん」 「うん、やっと会えたね。まどか」 「これからは、ずっと一緒だよ」  手を繋ぐ二人の手には、指輪が光っていた。