「むぅ…」  イザベルに難問が降りかかった。腕を組んで唸る彼女の目の前には、頬に張り手の跡を残して失神する聖盾のクリスト、泣きじゃくる漆黒の勇者イザベラ、(やっべえなこれ…)という顔をしてる聖騎士勢、神速のジュダ、石剣のヴリッグズ。そしてクリストとイザベラを見下ろしてオロオロしてるナチアタ・コンナーニがいた。 「つまり、ボーリャックがクリストを襲撃し、昏倒させて立ち去ったという事か?」  イザベルの言葉にサーヴァイン・ヴァーズギルトを始めとする聖騎士たちがブンブン頭を振る。  イザベルは首を捻った。仮にもクリストは聖騎士。歴戦の強者である彼を失神させるとなると余程の強者とみなければならない。ならばボーリャックの名が出てくるのもうなずける。だが、何かがひっかかる。 「ボーリャックと決めてかかるのは早計ではないか?」 「「「「「!!!???」」」」  その場にいた全員に衝撃が走った。  台風がくれば「おのれボーリャック!」。  株価が下がれば「おのれボーリャック!」。  物価が上がれば「おのれボーリャック!」。  ボーリャック憎さの余りこの世の有象無象を、何かとボーリャックに関連付けて恨みを募らせがちなイザベルのこと。今回もボーリャックのせいということで場を収められるかという彼等の予測、いや期待は無残にも裏切られた。  「そもそもだ、ボーリャックは剣の手練れ。なぜ張り手でクリストを倒す必要がある」  イザベルの言葉にその場にいる全員が顔を青くした。イザベラの肩が、ビクリと震える。 「い、いやぁそれはその、なんだ。ボーリャックもクリストを殺したくなかったんじゃねぇか。可愛いがってた弟分だし…」  だが、イザベルはイゾウの言葉に静かに首を振る。 「イゾウ、それはおかしい。ならば拳か、柄でやる方が張り手でやるよりよほど確実だ」 「そ、そうか…」  イゾウに続いてギルがおずおずと手を挙げた。 「不意打ちの一撃だ。クリストも不覚を取ったということだけでは?」 「クリストの頬を見てみろ。一撃で失神させられてる。それに…」  イザベルが周囲を見渡す。彼等のいる地は森の奥深く。木々や生い茂った草など隠れる場所には事欠かない。”だからこそあり得ない”。 「先程も言ったがクリストも歴戦の強者。このように不意打ちの危険の高い場所で警戒心を解くなどあり得ぬことだ」 「う、ウム…」  ギルがすごすごと引き下がる。不審げな顔で失神するクリストの顔を眺めていたイザベルが、「やはりおかしい」と呟いた。 「クリストの頬から高い魔力の気配がする。クリストに一撃を与えたものは魔法攻撃を得意とするのだろう」  イザベラの肩が目に見えて震え出す。それに構わずイザベルが推理を続ける。 「例えば、だ…クリストを襲ったものはクリストに余程信頼されてた者だったのだろう」  ジュダの顔は、最早真っ青になっている。 「森に潜伏しているナチアタにその者を連れて会いに行ったクリストは思わずナチアタの一部分を見て口走った」 『おっぱい、でっか……』  ヴリッグズが、がたがた震え出す。救いを求めるように周囲を見渡すも、誰もヴリッグズに目を合わせようとはしない。 「クリストは勿論セクハラの意図などない。無意識に漏れた一言だった。だが、その言葉にクリストと連れ添って歩くその人物の頭にカッと血が上った」  イザベルの目が、一人の人物に注がれる。その者は哀れにも目に見えるくらい、動揺を露にしている。 「その者は、激情のまま魔力を放出させた掌で、クリストの頬を思い切り張り飛ばした」  憐みを込めた目で、イザベルの視線がその人物の慎ましい胸に注がれる。 『クリストのッ……バカ――!!!!』 バシィィィンン 『ふげぶぅっ!?』 「違わないか?イザベラ殿」  イザベルが、裁判所で被疑者を断じるよう検察官のような面持ちで推理を終えると。静かにイザベラの返事を待つ。  イザベラが、落ち込んだ様子のまま立ち上がる。その涙腺は既に崩壊寸前となっている。 「わ、私…」  しゃくりあげながらイザベラがなんとか言葉を紡ぐ。コージン・ミレーンが耐え切れず目を逸らした。 「私…」  イザベルは何も語らず、憐みの籠った目でイザベラの言葉を待つ。 「私がやりm」 「やったのは………俺だ!!」 「なッ!?」  イザベルを始めとしてその場にいる聖騎士たち全員が声の方に一斉に振り向いた。  忘れもしないその声、聖都にいた時、その声に励まされた。その背中を必死に追いかけた。そして…その人物のようになりたいと、心からそう思った!  数多くの聖騎士を切り捨てたエビルソードへ降りし裏切者。元勇者ボーリャック……いや、仮面魔候リャックボーがそこにいた。 ********************  リャックボーはここにくるまで乗車していたであろう、ハチロクに背中を預け、腕を組み余裕に満ちた表情で聖騎士たちを睥睨する。 「ボーリャック…貴様ぁ!なぜクリストを!!」  イザベルが、激情を露に吠えた。「えっ、えっ?ええ!?」と、イザベラが傍らでオロオロしていることは、最早思考の遥か彼方へと飛ばされていた。 「なんでか~~~~?……そうだなぁ…面白そうだったからさ!」 「なにぃ…!?」  ボーリャックが一歩前に進み出る。イザベルを、ギル達の顔を見渡しながら嘲笑を浮かべる。 「おろかにも、この俺を未だに正道に戻そうとする、このお花畑野郎のクリストを、あいつの言葉に乗る振りをして虚仮にしてやりたかっのさ!いやぁ面白い見世物だった!」  さも可笑し気に語り終えるとリャックボーが哄笑する。その場の空気が異様な殺気に包まれた。 「リャックボー……!クリストはなぁ、お前の離反は何か理由があるはずだと、未だ愚かにもお前に希望を捨ててなかった。そのクリストをお前は謀ったのか!」 「そうだ。それが何か?」  ガチャリと、誰かが鍔を鳴らす音が聞こえる。再びせせら笑うと、リャックボーは再び聖騎士たちの顔を見渡す。 「ついでに教えてやる。ギル。お前があのアズライールとかいう、際どいラインのボディスーツ来た小娘引き連れて歩き悦に浸る、ユーリン野郎という風評を流したのは俺だ」 「……何ぃ!」 「イゾウ、お前の総受け18禁BL本合同誌を企画したのは……俺だ」 「なん……だと……」 「コージン。俺は常々思っているが、プロレスなんてぶっちゃけショーだろ。そう思ってプロレスやらせ説を世に流しておいた!これでプロレス人気も終わりよぉ!お前も早く総合かボクシングに転向して、俺の親切心に感涙しながら礼を言いな!」 「貴様ぁ!!」  言い終えるとひらひらと手を振りながらリャックボーがハチロクの助手席のドアを開く。乗り込む前にもう一度振り向き、ニヤリと笑った。 「今日は久々に愉快な日だった。礼を言わせてもらう」 「「「「待てーーーーー!!!」」」」  急発進するハチロクを必死に聖騎士たちが追いかけるも、勿論自動車に生身の人間の足が追いつけるはずもない。その背を。呆然としながらジュダとヴリッグズが見送る。 「な、なにがどうなってんのやヴリッグズはん…」 「ふ、ふ…俺はとっくに考えるのをやめたぜ姐さん…」  わけのわからないまま二人はナチアタの顔を見上げるも、彼女も途方に暮れた顔で首を捻るばかりだった。 「う、う~~~ん……」 「っ!クリスト!大丈夫!?」 ********************  木々生い茂る森の中を、ハチロクは快走する。物も言わず虚心な表情でリャックボー窓の外の風景を眺めている。既にハチロクは聖騎士たちを遠く突き放し、その姿は見る影もない。  運転席でハンドルを握る魔族の美女──、豪雨のバリスタはちらりとリャックボーの顔を横目で見た。 「いいの?貴方あれで。今日一日でよっぽど嫌われちゃったと思うけど」 「とっくの昔にこの身は煉獄にあると思い定めた身さ。どうということはない」  「そう」と小さく答え、バリスタは口を閉じる。彼女が運転するハチロクはエゴブレインの工房で特注してチューリングした世界にただ一台のオリジナルカーであり、最高速度666kmを誇るこの車は道なき道を意に介さず、行く手を遮る樹木をA級クラスの戦士の会心の一撃にも耐えうる耐久性のフレームで粉砕し、まるでコンクリートの上を走るかのように快適に飛ばしていく。  暫し車内に無言の空間が続く。先に沈黙を破ったのはバリスタだった。 「貴方は、エビルソード軍で異色だったわ。なんでこの報連相が消滅した軍にいるのかというくらい、器用で、気が利く軍人で」 「買い被りさ」 「でも…」  バリスタが前方から目を逸らさぬまま、左側に体を寄せリャックボーの頬を突いた。 「ッ!?おいっ」 「貴方、思っていたより不器用な男だったのね。嫌いじゃないわよ。そういう男の人って」