【蟲惑魔博物館案内】 俺は特に貴重でもない休日を利用して、隣県のカードの精霊が存在するという博物館に寄った。 ここに来たのは俺がカードの精霊に興味があるとか、博物館巡り趣味があるとかそういう明確な理由があったわけではない。 ただ何となく寄っただけで、中身にもさしたる興味もなかった。 気ままにドライブしていたら、このデカい建物が目についただけだ。 そんな適当さ加減だから入場した時もどこを見ていいか分からず、入り口の案内地図の前で5分以上立ち止まる始末。 オーパーツエリア...シャルルマーニュ伝説...カタカナがずらっと並んでてよく分からん地図だ。 そんなふうに案内地図前で立ち尽くしていると、後ろからキンキンと耳に響く小学生の声が聞こえてきた。 「おーい!こっちこっち!」 「キャーーーッ!」 「さっさといこいこ!」 まだ何を見てないのに妙にテンションが高い小学生の一団が、モタモタしている俺の横を通り過ぎ去っていく。 小学生たちには何か明確なお目当てがあるような動きだ。 .........付いていくか。 小学生でも興味を持つような場所なら、博物館ド素人で何の知識も無い俺でも楽しめるだろう。 若干不審者っぽい動きにはなるが、小学生たちの後ろに付いていく。 駆け足の小学生に付いていくと、いつのまにか入り口からかなり離れた場所になっていた。 小学生たちが足を止めて、賑やかに鑑賞している。 目的地はここだったようなので、俺はここは何のエリアなのかあたりを見渡して確認することにした。 ここは博物館というより...動物園...いや、植物園? 動物園のようにカードの精霊たちが、一枚のガラス越しの向こうで佇んでいる。 だが、カードの精霊がいるガラスの先は青々とした植物が生い茂っており、それは植物園のようでもあった。 大きな木に複雑に絡んだツタが植物の生命力を感じさせている。 住んでいた生態環境を再現しているのだろうか? 「~~♡」 小学生の一団の方に目線を送ると、ガラス越しに緑のツインテールを揺らしているカードの精霊が目に入った。 小学生たちと似た幼い体格のカードの精霊が、子供に向かって愛想よく笑顔で手を振っている。 【セラの蟲惑魔】と近くのポップに書かれているので、これが名前だろう。 「~~~~~!」 そのセラの蟲惑魔は子供たちに向かって何か言っているようだが、仕切りのガラスに阻まれてちょっと聞こえない。 「わ~~かわいい...」 「キレ~」 小学生たちはジュニアアイドルを見るような目線で、セラの蟲惑魔とガラス越しに触れあっている。 セラの蟲惑魔はサービスのいいことに、ガラスに手を付けた女子小学生にガラス越しで手のひらを合わせることまでしてら。 この少女が気になった俺は、小学生の一団が通り過ぎるまで待ってセラの蟲惑魔のところまで足を運んだ。 「~~~♪」 大人の俺には、セラの蟲惑魔はサラリとした微笑を浮かべて軽く手を振った。 子供と大人で笑顔を使い分けているようだ。 幼い見た目に反して、そういう細かい機微が分かるらしい。 その微笑みに対して俺もセラの蟲惑魔に愛想笑いを返してやる。 見た目も大人の人間として、ちゃんとこういう反応はやってあげないとな。 「.........ニコ」 余程俺の愛想笑いがアレだったのか、セラの蟲惑魔から帰ってきたのはぎこちない苦笑い。 若干というか、滅茶苦茶ドン引きされた。 悪かったな不気味な笑い方で。 「こっち見て~~」 「おーーーーーい!」 俺の横で、小学生たちが大きく叫んだ。 小学生の一団は別の蟲惑魔の場所で立ち止まっているようだ。 そこには【アトラの蟲惑魔】と横のポップに可愛らしい字体で書かれている。 ...そのポップのキャッチーさと裏腹に、アトラの蟲惑魔は小学生たちに一切の反応を返していなかった。 アトラは紫髪の三つ編みツインテール以外セラと同じような幼い体格だが、セラと違って愛想は全くない。 岩に腰かけ、クールな表情で赤い表紙の小説を読んでいる。 ...特徴的な表紙だから分かったが、あの本は確か最近発売された推理小説のはずだな。 そんなものを読んでいるだなんて、蟲惑魔達にも福利厚生が行き届いているのか。 仕事中?に読書ができるなんて、業務時間前に仕事をねじ込むうちの会社よりよっぽど楽そうだ。 「ねえねえ、コンコン」 「アトラちゃ~~ん!」 アトラに無視された小学生が行儀が悪い感じに仕切りのガラスを叩くも、その目線は本の次のページに送られるだけだった。 小説を渡したことで、客をガン無視しているのは博物館側としていいのかねえ。 いや、サーカスとか動物園ってわけじゃないから客に愛想よくする必要はないのか? 「~~~♪」 ...? なんかセラの蟲惑魔が、ゆっくりと背後からアトラの方へと歩いてきたぞ。 アトラの態度を注意しにでも来たか? 「~~~~!」 あっ、気を抜いていたアトラの脇の下からセラが腕を通し、羽交い絞めのような状態にしてから両人差し指を口に突っ込んだ。 更にその両人差し指を斜めに引っ張って、無理やりアトラに笑顔を作らせる。 「~~~~ニッ」 アトラのクールな表情が崩れてヘンな笑顔になっているのをセラは小学生の一団に見せた。 「アッハハハハハ!」 「おもしれ~~~~」 その様子が面白いのか、小学生たちは大笑い。 「~~~~!!!」 その行動に怒ったアトラはジタバタと体を動かしているが、セラにわきの下に腕を通されて抑え込まれているために脱出できない。 無様な笑顔で抵抗する様子を客に晒すだけだ。 そんな蟲惑魔達の様子はまるでコントのようだった。 「~~~~フーッ」 そうした抵抗が数十秒続いた後、アトラは深呼吸してその動きを止めた。 もう無理だと観念したのか? そう考えたのもつかの間、アトラは持っていた本を閉じて縦に持ち...。 ゴン。 本の角で背後のセラの頭を殴った。いい感じの角度で。 うわ、痛そう。 「~~~~!!!??」 その衝撃でセラは拘束を解き、頭を押さえながら地面を転がりまわって悶絶する。 「~~~~~!」 ひとしきり転げまわった後、セラの蟲惑魔は立ち上がった。 痛む頭に手を当てながら、なにやら抗議している。 「~~~~~~、~~~~~~...」 そんな抗議を、アトラは涼しい顔をして受け流している。 何か長々と喋っているようだが...たぶんアトラは、セラの自業自得だと言っているんだろうな。 「ヒィ~アハハハハッハハ!!」 「バカみたい~~~ふふっふ」 小学生は深くツボに入ったのか、呼吸困難になりながら笑っていた。 俺もアホなキャットファイトが面白くて内心笑みをこぼす。 この光景だけでも、休日を潰した甲斐があったな。 そうやってセラはひとしきりアトラとやり取りした後、新しく来た客に笑顔を向けた。 ......痛むたんこぶを抑えながら。 プロ根性あるな~この子。 「...寝てる」 蟲惑魔のコントを見終えて移動した小学生たちは、草木のベッドで眠っている蟲惑魔にそう言った。 この蟲惑魔の名前をポップで確認すると、【ティオの蟲惑魔】というらしい。 大きな水枕のようなものに、黒髪ツインテールを垂らしながら顔をうずめてぐっすりと眠っている。 「スー、スー...」 あの騒動でも寝ているだなんて、のんきな奴だ。 こんな鈍さで、野生で生きていけるのか? 「...先行こうぜ」 「そうだね」 流石にあほの小学生ズも寝ている子を起こすのに気が引けたのか、抜き足差し足と言った様子で横を通り過ぎる。 まあさっき隣でガラスをコンコンしたりだいぶ騒いでいたんだけどな。 今更だと思うが。 小学生ズの後ろをついていく俺も休日にたたき起こすのは可哀想だと、そっと無言で通り過ぎようとする。 まあ、蟲惑魔達にとっては今日は休日じゃなくて出勤日なんだが。 「ん......」 俺が目の前を通ろうとした瞬間、寝ていたティオの蟲惑魔が身体を伸ばしながら起床した。 ありゃ、音を立てたつもりは全くなかったんだが...起きたか。 まあ俺の責任じゃないだろうし気には病まないが。 「.........ジーッ」 ティオは開ききってない寝ぼけ眼でこちらの方を見てくる。 ボーっとしており、今にでもまた寝てしまいそうな雰囲気。 まるでナマケモノの生態だな。 寝て起きて食って...。 「~~~~~?」 何やらティオが俺に向かって喋っているようだ。 浮かんだ疑問をそのまま口にしたような雰囲気。 なんて言ったのだろうか。「あなたは誰?」とか「なんでこっち見てるの?」とかか? でもまあ、言ったことが分かったところで俺の話は相手に聞こえない。 言葉の内容は互いの想像に任せるしかないのである。 ...まあ軽い反応くらいは返してやるか。 そう思って俺はティオに笑みを見せてやる。 これやってさっきセラの蟲惑魔にドン引きされたけど。 「.........!」 えっこわ。 笑う俺を見たティオの蟲惑魔は寝ぼけ眼から急に目をカッ開いて、こっちに射貫くような視線を送ってくる。 草木のベットから体を起こして俺のすぐ近くまで、視線を動かさずに歩いてくるし...。 「~、~~~~?」 少し頬を染めて何か話しているようだが、こちらには伝わらない。 目をカッ開いたまま話されるとなんか恐ろしく感じる。 「~~~~~~~~。」 獰猛な蛇に睨まれているようだ。睨まれてる俺はさしずめカエルか。 「..................」 何を話しても聞こえないだけで無意味と悟ったのか? ティオはひとしきり話すと、蟲惑魔達の群れの方へと離れていった。 「~~、~~~?」 ティオの蟲惑魔がアトラとセラに真剣な表情で話している。 その話を聞いたセラは何やら興味津々といった様子で、アトラは他人事として何かを楽しんでいる様子だ。 さっきの笑いかけた行為が蟲惑魔の中でセクハラ認定されたんじゃないだろうな。 今じゃ子供に挨拶しただけで不審者扱いの世の中だし、それで仲間内で相談を......。 想像したら、なんか気分悪くなってきた。 いやさっき不審者そのものみたいな動きしてたしな、そう思われても仕方ないのかもしれない。 俺はこの場所をそそくさと立ち去ることにした。 早歩きで蟲惑魔園を立ち去ると、【世界の壺】...と案内板に書かれたよく分からない場所に着いた。 カーペットが敷かれた部屋の中で、気持ちの悪い顔が付いた壺がショーケースに入れられてたくさん並んでいる。 説明によればこの壺たちは中世の貴族の住居から発掘された...らしいが、よくこんなもん飾ろうとしたな。 呆けたオッサンとか笑顔のオッサンの顔付いた壺なんて家に置きたくねえ。 ただの無機物とはいえ、こんな今にも動き出しそうな壺を持ちたがる人間の気が知れない。 「いや、その壺はちゃんといきてる」 後ろから少女の声が聞こえると同時に、白目をむいていた目の前の壺がケタケタと笑い出した。 うわっ!! そんな光景にビビッて、俺は体のバランスを崩してしまう。 やべっ、後ろの女の子がいるほうに倒れこんで──── ────おっ!? 倒れこみそうになる体を後ろから凄い力で支えられた。 まるで、重機に寄りかかったような感触というか、俺を転倒から助けた小さい腕が微動だにしてない。 そのままその小さな腕は、俺を助け起こしてくれる。 「だいじょうぶ?」 その強大な力を持つ小さな腕の主は────ティオの蟲惑魔だった。 俺を睨むように見ていた黒髪ツインテールの少女。 ...何が何だか分からないが、転びそうな俺を助けてくれたことにありがとうと感謝の礼を言う。 「やっぱりおっちょこちょいなんだね、あなた」 ティオはくすくす笑いでそう言った。 酷い言われようだ。 「蟲惑魔園にいた時なんかへんなわらいかたしてたもん、不器用で、おどろおどろしくて、かわいいえがお」 くっ...! 二度も馬鹿を晒したばっかりに反論できん...。 こんな見た目小学生に煽られるとは...。 「それでなんでこんなところにきたの?あなたは」 なんでここに居るのか...いや、それはこっちのセリフだ。 さっきまでティオはガラス窓の向こう側にいたはずだ。 檻から脱走したとかじゃないだろうな。 「そんなわけない」 ティオの蟲惑魔はあきれた顔で、トントンと俺の後ろポケットに突っ込んでいた館内パンフレットを指す。 俺はその指に従って館内パンフレットを取り出すと、続けてティオはパンフレットの蟲惑魔園の欄の横を指さした。 その欄を見てみると【蟲惑魔ふれあいコーナー この時間中は蟲惑魔達が外に出て博物館内を案内してくれるよ!一緒に館内を巡ってみよう!】とのこと。 なるほど...そんなものが...。 なんか今度は遊園地のキャストみたいだな、節操のない博物館だこと。 「アトラは本よんでばっかり、わたしはねてばっかりらしいから、セラがお客さんのために職員のひとにていあんしたの。はぁ、よけいだよね」 ティオの蟲惑魔は心底不満そうにため息をつく。 客ほったらかしでいいのかとは思っていたが、やっぱり許されてなかったか。 「それでなんでここに来たの?」 ティオは小首をかしげてそう俺に聞き直してきた。 答えにくいことをまた聞いてくるんじゃないよ。 聞いたことを忘れていればいいものを。 別に休日にやることないから何となく寄ったってだけなんだが。 それ以上でもそれ以下でもない。 「ひま、なんだね。あなた」 ティオは俺の休日の過ごし方がよっぽどおかしいらしくキヒヒヒ、と不気味な素の笑い方をした。 ...オマエだけにはヒマとか言われたくない。 というか仕事中なんだから、パンフレットに書いてあるように客に博物館案内とかしなくていいのか。 「してほしい?」 首をかしげてどうしよっかなーみたいに俺に伺ってくる。 うざっ。 別に要らな──── 「......いやなの?」 言いかけた瞬間、ティオが子犬が縋りつくような目でこっちを見てくる。 断ろうかと思ったが、そんな悲しげな表情で見られると罪悪感が湧くな...。 ...その、まあなんだ。断る大きな理由も無いし...。 分かった、案内を頼むよ。 「よかった」 ティオは胸を押さえて心底嬉しそうに安堵した。 なにやら物凄いドキドキしていたようだ。 案内なんて毎日やってることだろうに、そんな緊張することでもないんじゃ。 「じゃあまずこの世界の壺展をあんないするね」 ティオはそう言ってさりげなく俺の手を握った。 ...握る必要ある? てか不審者として俺が通報されかねんぞ、ガチで。 「だいじょうぶ、親子に見えるとおもうから」 親子...親子かあ。 俺にもし子供がいたら、確かにこんなぐうたらな子供になりそうだなぁ...。 「...も、もしかしたらこいびとに見えたり」 ティオは顔を赤らめて、つないでる手をもじもじと動かした。 この体格差で見えてたまるか。 それじゃ俺がロリコンみたいじゃねえか。 「む~~...」 俺に恋人に見えそうなことを否定されると不満げに頬を膨らませる。 なんでだ。 てか、本当は何歳なんだ? 見た目は小学生低学年だが、カードの精霊には常識は当てはまらないし。 「さっきあなたがおどろいた、強欲な壺についてせつめいするね」 ティオはぎゅっと握った手を引っ張って目の前の強欲な壺を見せる。 年齢聞いたらごまかしやがった。 もしかしたら俺より年上だったりして。 「この強欲な壺は、もったひとにすごい力をもたらすといういいつたえがあって、むかしからその伝承を信じた古物商とかときの権力者に求められてきた歴史があるの」 こんな気味悪い壺が...? ポンと飾られているが、そんなにすごいものだったのか。 「うん、それもあってかきしょうかちが高い。だから、ひともうけしようともくろむ贋作士による偽物もおおくでまわっていて、それにだまされた権力者もたくさん。【強欲な者に強欲な壺は持てず】なんて故事もうまれたくらい」 へ~、そんな歴史があるんだなこの壺に。 この壺を持てたここの館長はよっぽど無欲な人間なんだな。 「いや、これもにせもの。れぷりか」 んがっ。 俺はおもわずずっこけた。 もしかして、他のも偽物だったりするのか? 「ほかのはほんもの。別のもせつめいする?」 流石に全部贋作だったら寂しいか。この強欲な壺も動くくらい精巧ではあるんだが。 ...案外専門的な解説までできるんだなティオは。 説明はところどころ舌足らずだけどさ。 にしてもここにあるもの全部の詳細が分かってるなんて、博物館案内のために詳しく勉強でもしたのか? 「ぎゃらりーあてんだんとってひとの話を毎日きいてたらおぼえた。それをひろうしたら館長は説明をぜんぶわたしたちにまかせるようになった。けち。」 ティオはふてくされるように、つま先でカーペットに覆われた床を叩いた。 なんて適当な博物館なんだ...。 強欲な壺は絶対持てなさそうな館長だなあオイ。 ──────────────────────── 俺はティオと繋いだ手に連れられて、館内を歩き回った。 最初は博物館巡りはツマラナイものになるかと思っていたが、解説付きだと結構面白い。 けだるげな性格のはずのティオの解説もなんだか熱が入ってるし。 すぐに帰るつもりの博物館巡りは、もう昼時になっていた。 そんな風に時間を忘れて歩いていると、何やら食べ物のいい匂いがしてくる。 「みぎてにあるのは、食堂だね。きょうは休日だからひとはおおめだと思う」 少し大きな柱の影を通り過ぎると小部屋前に食堂の看板があった。 黒板のような看板に、定食のメニューの内容がチョークで書かれている。 確かに入り口前の案内地図に書かれてたな食堂。 ここで飯食うのは予定にまったくなかったが、腹も減ってるし丁度良い。 「ここのカレーはおいしくてたのむひとがおおいの」 美味しいのはカレーか...でも今カレーの気分じゃないし、別なの頼もうかなあ。 中に入ってメニューの内容でも見てから注文決めるかな。 んじゃ、俺は一旦飯食うから。 「そうだね」 そう言うと、ティオはさも当然のように俺に付いてきた。 ...なんでついてくるんだ。 「おごって。あんないりょう」 ......。 まさか、案内を申し出たのも最初からこれが目的だったのか...。 この分だと、都合よく昼時に食堂の前を通るルート取りも計算していたな。 いやまあ、メシおごるくらいいいけどさ。 1000円以内な。 「いっしょのごはん~♪いっしょのごはん~♪」 俺が飯をおごると約束したことでご機嫌になったのか、ティオは歌い出した。 現金だな。 ティオと一緒に小部屋に入ると、キャパシティが20人程度の小さい質素な食堂が見えた。 丸椅子の前に折り畳みで運べる長方形のテーブルが複数並んでいる。 ティオの説明通り混雑しており、キャパの20人に対してもう18人くらい座っていて俺たちで丁度満席になるくらいだった。 ...ちなみに既に座っていたその18人中4人は蟲惑魔。 さてはティオと同じ手口で食堂に誘い込んだな? 「ティオ~!」 残り二人の空席の隣にいたセラと呼ばれている蟲惑魔が、こちらに向かって手を振ってくる。 またその隣に座っている人を見るに、セラの同行者は朝いた小学生ズのようだ。 ...流石にないと思うが、まさか小学生にメシおごってもらっているんじゃないだろうな? 「セラもきてたんだね」 「うん、いっしょにご飯食べたいって言ってくれたからね。特別におごってもらったの!」 やっぱりたかってるんじゃねえか! 小学生の小遣いなんてたかが知れているだろうに...。 ...流石にどうかと思ったので、1000円札をそっとセラに差し出す。 釣りは要らんから、飯代をこれで払えと耳打ちも添えて。 「ありがとう、いい笑顔のお兄さん」 かわいい笑顔でそう言うセラ。朝の出来事もちゃんと覚えていたようで。 営業スマイルだろうしおべっかだろうが、こんな愛想よく振舞われると何か買ってあげたくなる気持ちもわかるな...。 おねだりがうまいんだろうな、セラは。 今も結果的に俺が払ってるし。 そんなセラの顔をじっと見ていると、ティオが不満げな顔で俺の横腹を肘でグイグイ押してきた。 お前もメシおごってやるんだし、別に他の蟲惑魔に同程度甘くしてもいいだろう。 なんでだ。 ...まあいい。 立っているのもなんだし、俺たちは空席に座る。 横の小学生たちの席は、空皿が並んでおりもう食べ終わっているようだ。 更になにやら友達同士でスマホのゲームをやっているようでこっちは眼中にない感じ。 まあ騒がれるよかいい。 んじゃ早速メニュー表を見て注文内容を決めるか。 「ここの食堂はカレーがおいしいよ!」 「それ、もういった」 「ええっ」 セラがおすすめのメニューを教えてくれたが、もう解説済みだとティオの蟲惑魔にツッコまれた。 そんなにカレーがおいしいのか、全員共通のテンプレ通りの解説なのか。 まあカレー頼まないけど。 さてメニュー表の中身は...うげ、写真とか無くて料理名の文字並んでるだけのタイプじゃん。 これでは何を頼んだらいいのか分からん。 そりゃ安牌なカレーに飛びつくわけだよ。 A定食・餃子ランチ・生姜焼きセット...。う~ん美味しそうなのは...。 悩んでいるとティオも小さい体を伸ばして、俺が見ているメニュー表をのぞき込みに来た。 目の前にもう一つのメニュー表があるんだが、なぜかスルー。 「どうしよっかな~」 ティオはわざとらしい感じで注文を悩んでいる。 というか、なんかメニュー表の方角より俺の方に寄ってくっついてきてない? 小っちゃい子特有のむにむにとした二の腕の柔らかさが伝わってくるんだけど。 そんなティオの妨害に遭いつつ、メニュー表の文字と格闘すること3分。 よし、野菜たっぷりラーメンというやつに決めた。 決めた注文内容をちょっと太めのおばちゃん店員を呼んで伝える。 メニュー表を指してこれだと教えると、ティオが俺の指に手を合わせてきた。 「わたしもこれ」 お前もかい。 メニュー表見てたんじゃないのか、それにおすすめのカレーはどうした。 「いっしょのごはんがいい。つがいは...じゃなくてえっと、仲のいいニンゲンはいっしょのごはんをたべる」 照れ照れした様子で同じものを頼んだ理由を説明するティオ。 親友の真柄でも同じものを頼む必要はない気がするが。 よく分からん。 そんな俺たちの様子を隣のセラもなんかニヤニヤして見てるし...。 ティオ、お前は俺と友達にでもなりたいのか? 「ちがう...その...」 ティオは恥ずかしそうに言葉を詰まらせる。 なんなんだ。 「いや~青春、青春だね」 そんな様子を見たセラは両腕に顎を乗せてじじむさい事を言ってくる。 何が青春なのかはわからんが、そういう歳じゃないだろ俺は。 ティオに至っては青春始まる前みたいな見た目してるし。 俺には蟲惑魔の考えていることはなにがなんだか...。 俺がこの状況の答えを長考しているうちに、会計のために椅子から立ち上がった家族連れの一団が横を通る。 最後尾にはあのアトラの蟲惑魔の姿が。 「...捕まえられたのね、アナタ。一度決めた獲物は逃がしちゃダメよ?」 「...うん!」 アトラが真横を通り過ぎる前に意味深なやりとりが。 ティオは何か決意したようだが...。 その獲物って俺のことか? いやまあ絶賛金ヅルでカモにされてるけどさ。 「その...」 まあ、そういう扱いでも構わん。 今日の案内面白かったし、これくらいは気前よく払ってやるよ。 俺の気前は1000円以内だけど。 「......にぶちん」 ティオが抗議するような目線で、俺を責めてくる。 なんで!? 特に俺にそんな要素──── ちゅっ。 ほっぺにやわらかい感触。 キスだ。 今ティオにほっぺにキスされたのか。 「だ、大胆......」 「まぁ」 「......ほんきだもん」 まさかの行動に驚愕するセラ、あらあらとクールな調子を崩さないアトラ、ツインテールを前に寄せて照れ顔を隠すティオ。 え、キスされたの俺...? ほっぺに手を当てるとキスの感触が確かに残っていて、後からそのことを実感してきた。 「野菜ラーメンの方、大変お待たせしました~」 場の空気が固まっていると、お盆に料理を乗せたおばちゃんが空気を読まずに来た。 ちょっとまだ考えさせて。 いや、そのただの挨拶、スキンシップなんだよな? 蟲惑魔特有の。 「そうおもうなら、もっかいやってあげる」 そう宣言するティオは俺の顔をぺちんと両掌で挟んで強い力で引き寄せる。 またほっぺにキスかと思ったが、その唇は俺の頬に近づくのではなく──── ちゅっ。 ────唇だった。 えっえっえっ。 頭がフリーズする。 今回は不意打ちじゃなかったので唇のむんにゅりした感触が、正確に伝わってきた。 ティオの余りの大胆な行動に周りが騒ぎになる。 いつの間にか見ていた小学生たちからは黄色い歓声が上がり、おばちゃんは思わず料理の盆を落としてしまった。 「...また、博物館あんないさせてね。今度は...デートってことにしよ」 ティオは照れと嬉しさが混じった笑顔で俺にそう宣言する。 俺の唇には、いつまでも柔らかいキスの感触が残っていた。