『よう、Yachi。久しぶりだな。お前の活躍を聞かない日がなくなってからしばらくになるが、元気そうでなにより』  こんなチャットがツクヨミの端末に届いたのは、一仕事を終えてアバターボディに帰還しようかと思ったそのタイミング。明らかに普段メッセージをくれる神々のみんなからのものじゃない。そもそもこの呼び名を使われるのが本当に久しぶりだ。  ツクヨミを作る前どころか、ヤチヨの部屋を作る前。掲示板で他人と繋がることを覚えた頃、少し調子に乗って使っていたハンドルネーム。あの頃は私も若かった……とは言えないかな。今が8000歳オーバーとしても7900歳は少なくとも超えてたわけだし。  しかし誰だろう。匿名掲示板という性質上、特定個人の特定は難しい。一般人にはとても困難なことだと思う。だがしかし! 私を誰だと思ってるのかな~。電子の歌姫、月見ヤチヨなんだよ~! 「IPアドレスから遡る……のは流石に無茶か。でも掲示板の削除キーとかは流用してる可能性もそこそこ……おお、見覚えある文字列。んーと、思い出し……たぞ! 誰かと思えば君かあ!」  黒歴史と化している記憶の底の底、そこに見つけた削除キーの配列。それは間違いなく今メッセージを送ってきた誰かの物だ。パスワードとかを昔から変えないのはオタクの悪い癖でしてよ~!  変にテンションが上がって即座にチャットを打ち込む。自然と口の端が持ち上がるのが分かる。鏡を見なくても分かる。今の私はニッコニコだ。 「めちゃくちゃ久しぶりじゃん、娘ちゃんは元気? ︎︎今は高校生くらい?」 『耄碌しすぎだろYachi。娘はとうの昔に結婚して、子供もいるっての。子供できた話したのお前がまだ場末の掲示板で浮かれたコテハンやってた頃だぞ』  即座にチャットが返ってくる。そりゃそうか。あの掲示板に入り浸ってたの30年以上も前だもんね。でも認めるのはちょっと恥ずかしいから適当なノリで流してもらおう。 「ヨヨヨ、ヤチヨはもうその辺の黒歴史の記憶が曖昧なのです~」 『自分で消せないログってのは大変だな? ︎︎しかし、あの自称8000歳の掲示板のおもちゃが今や世界の歌姫なんだよなあ、今になっても信じられん時がある』  む。誰が掲示板のおもちゃだって? そりゃあ匿名掲示板でコテハンやる人なんて変な人しか基本居ないけどさ。私は断じてそんなに変じゃないけども! 「酷い言われよう。嘘はなーんにも言ってないんだけどな?」 『ピラミッドの作り方はぐらかしたくせによ、俺割とマジで気になって聞いたのに』 「自分で調べろカス」 『ほら見ろ、レスポンスが染み付いてるぞ』  つ、つい脊髄反射で釣られクマ……ぬるぽ以外にもこんな釣り針があるとは……! 今日びこんな引っかけをしてくる神々の子たちもいないから油断しきってたよ……。 『そんな餌に釣られるなよ……クマじゃねえんだから』  書いてもないのに反応がバレてるんだけど!? エスパーなのこの人!?  たらり、と汗が流れ落ちる。鼓動もばくばくと早くなった。掲示板で顔真っ赤にしてレスバしてた頃の感覚。彩葉にはFUSHI経由でちらっと見られてたみたいだけど、内容までは聞かれていない。万が一にでもバレたらしばらく引きこもるくらいには黒歴史なんだよねこれ……。 『この返信の遅延はなんでバレたか慌ててるからだと思うが。お前めちゃくちゃ反応分かりやすくて、打てば響くからおもちゃ扱いされてたんだぞ』  知りたくなかったよそんな真実……。あれ、割と本気でショックなんだけど?  うなだれていると、FUSHIが何事かと覗き込んでくる。端末の文面を見るなり、酷く呆れた顔で仕事に戻っていった。FUSHIの薄情者ぉ……。 『まあ久しぶりにYachiで遊ぶのも良いんだが、本題は別件だ』 「ついでで遊ばないでよ、なんなのさ」 『あの頃のお前を知ってる人間も減ったよなぁ。何十年も前からお前を知ってるわけだが、変わらねえのはお前だけな気がしてるぞ』 「そりゃあまあ、8000歳だよ? 数十年くらいは瞬きの内に通り過ぎちゃった」 『笑って流してたけど案外マジなのかもなと最近思ってるよ』 「流さないで~」  チャットを打つ手がよどみない。こういう気楽な会話が出来る相手って貴重なんだよね。神々のみんな相手だとどうしても月見ヤチヨを演じてしまうし、彩葉相手だと素ではあるけど、それともまた違う。思いのほか心地よいやりとり。半分くらい遊ばれてる気もするけど。 『で、だ。まあ俺もぼちぼち体も動かなくなってきてて、認知症検査なんてもんを受けねえといかん歳なわけさ。誰がボケ老人だよ、笑っちまうよな』 「そっか、もうそんなになるんだね」  打ち込むのが文章だから、平坦な返答になってしまったけれど。今までよどみなかった指が、鉛にでもなってしまったかのようだ。  8000年の間、誰かとの別れは何度も繰り返してきた。昔はそれこそ人の命はあまりにも軽くて、昨日知り合った人が次の日には亡くなっていたなんてことも多かったけれど、現代になるにつれてそんなことは減っていったのに。 「なにか、病気なの?」 『今のところは大丈夫だろうけども、不摂生をしてきた自覚はあるからなあ』 「寂しくなる」 『今日の今日まで忘れてたやつが何言ってんだ』 「あはは、ごめんね」 『それが匿名掲示板ってもんだ、一期一会のネットの片隅。そんなもんだろ』 「ずるいよ。思い出させといて、そんなこと」 『まだ死ぬつもりは毛頭ないが、心残りといえばお前の事でな。こうしてチャットを打つことにした』  ぽん、ぽんとメッセージが返ってきて、最後に一つのファイルが添付されている。  幼い女の子の写真だ。ツクヨミランドで撮ったのかな。私の髪型のヘアバンドを付けて、にっこりと笑っていてかわいい。 「この子が、お孫さん?」 『ああ、お前の大ファンだってよ。まだスマコンには早いからツクヨミにはログインしたことがないんだが、買って買ってとねだられてる』 「おじいちゃんしてるねぇ」 『俺みたいに昔のお前を知ってる連中が減っていって、孫の世代までお前を推してる。改めて奇妙な感覚だよ』 「老若男女問わず愛される歌姫をめざしてるからね~」 『お前が本当に8000歳の宇宙人なのか、はたまた誰かが作ったAIなのかは知らんが、たまには電子の海の端っこの底のことも思い出してくれよな。俺たちもお前を忘れないからさ』  多分、何かがあったのだろう。インターネットで何度か会話しただけの相手に、こんな長々とメッセージを送るような何かが。  聞いてしまおうか、それともさっきみたいに勝手に見てしまおうか、そんな選択肢を浮かべては消す。多分それを画面の向こうの誰かは望んでいないはずだから。 『まあいつかうちの孫もそっちに遊びに行くだろうからさ、覚えてないだろうがその時は頼むわ』 「無茶言うねえ。ユーザー数一億人超えてるんだよ、もう」 『だよな。そろそろ寝る時間だ。最後に一つだけ良いか、Yachi』 「なんだいなんだい?」 『実のところ、ピラミッドってどうやって作られたんだ?』  脊髄反射を理性で押しとどめる。  多分、こうやって会話することはもうないのだろう。その上で最後の質問としてこれを選んだのだから、誠実に答えてあげるべきなんだろうけど。少しの逡巡の後、打ち慣れた一文を送信する。 「自分で調べろカス。じゃあね」 『そうでなきゃお前じゃねえよ。じゃあな』  少なくとも、この人が知っているYachiの回答としては、これが正解。  今日は少し、夜更かしをしようと思った。