「ダースリッチ様に贈り物をあげたいんです」  お昼時の食堂、ダースリッチ軍事務員女子たちのランチの席。シェフ・ザ・キラー入魂のプルモャ風カユュヤをつつきながら、ネクロゴーストは真剣な顔で言った。 「もうじき誕生日ですから、何かプレゼントをあげなきゃいけないと思うんです」 「贈り物……」  ダイナが優雅に答えた。 「もっとも価値ある贈り物は……やはり、完全な死……では?」 「……んん……」  ネクロゴーストは曖昧に微笑み、曖昧に首を振って、周囲のメンバーに目を向ける。 「でもでも、ダースリッチ様って何をあげたら喜ぶのかな?」  グラタンを掬う手を止め、ジャガンナータンが歌うようにいう。 「ダースリッチ様が欲しいものってわかんないよね?」 「そりゃ、武功じゃないッスか?」  ナナナが含み笑いした。 「ウチらにゃ用意できないッスけどね」 「そうですね……私がもっと強ければ……ええと、そうじゃなくて……」  ネクロゴーストは頭をぷるぷる振った。 「ダースリッチ様が喜ぶもの……そうだ!休暇、休暇はどうでしょう!?」  ランチの席を緊張が走った。 「ダースリッチ様にはよくしていただいているし、可能であればそうしたいけれど……」  ノルチア・シクラーサが慎重に答える。 「……難しいかもしれないわ」 「ダー様、なにしてるかよくわからないもんねー」  ジャガンナータンの言葉通り、ダースリッチの業務を把握している者は、ダースリッチ軍配下の事務員にさえいない。魔王軍の事務と経理を一手に担うダースリッチは、魔王軍一多忙な男である。命令系統が曖昧な魔王軍では、突発トラブルの対応は序の口、魔王ブランドの商品チェック、ユーザーの苦情対応や電球の交換、あらゆる雑務がダースリッチの下に持ち込まれる。ダースリッチはそれら全てを自分の手元に抱え込み、ごく簡単な雑務を除けば、他人に渡さないのだ。 「誕生日一日だけなら何とかなる……んじゃないでしょうか?私たちの雑務を早めに片付けて……余裕を……」  ネクロゴーストの声が、消え入るようにか細くなっていく。自分自身、無理を言っているのがわかっているのだ。事務員たちは顔を見合わせた。 「そうね、努力はしてみましょうか……」 「ウチエビソ様のトコとは付き合いあるッスから、早めに業務を回してもらうように要請して……そんな感じで他軍に協力してもらうッスか」 「メイドールさんはよく直接いらっしゃるから、話してみてもいいかも……」  ネクロゴーストが、力いっぱいこくこくと頷く。その目はうっすら潤んでいる。 「そう、そうですよ、やってみましょう!」 「……アンデッドの誕生日って、いつになるのでしょうね?」  ネクロマスターが長いまつ毛をはためかせ、食後のコーヒーの水面を覗き込む。 「生まれた日?アンデッドになった日?死んだ日かもしれませんね」 「……あんま乗り気じゃないッスね?」 「それって……それって……好きってことですか?」  エゴブレイン軍ゴーレム、チェルシーのスピーカーが、熱の籠もった声を上げる。 「……ちっ……ちがいますっ」  ネクロゴーストは頰を銀色に染め、蚊の鳴くような声で答えた。 「けなげで草」  珍しく出勤してきていた研究員、イーナイが茶化す。 「何が草だよ。コケみてーな顔しやがって」 「え、ルッキズム?ウケる」  明らかに野次馬のイーナイと、ネクロゴーストを凝視するチェルシーを押しのけ、メイドゴーレムであるメイドールが前に出てくる。 「ダースリッチ様には世話になってるし、アタシらも協力したくはあるんだけどよ……」  メイドールはゆっくりと背後を振り返った。 「ジジイは、ジジイだからな……」  研究室をはみ出し部屋いっぱいに、部品やらゴミやら設計図やら請求書やらが、混合されて撒き散らされている。エゴブレインは先日受信したインスピレーションに従い、彼にしかわからない何かの開発の真っ最中なのだ。 「何がなんだかわかりゃしねー」 「電子なら専門ですけど、ザブライヤ様の請求は紙で来るんですよね……」 「お、お片付けなら手伝いますっ」 「今いじるとジジイ怒り出すんだよ」  メイドールは遠い目をして呟いた。部屋を見ないようにしているのかもしれない。 「八方塞がりな感じ?ほなイーナイさんが一肌脱いで差し上げますか、っと」  泣きそうな顔のネクロゴーストと、辛そうなメイドールとチェルシーを眺め、イーナイはちょっと縦に伸びた(伸びをしたと思われる)。そして隣室に姿を消し、少し経ってからエゴロリータを伴って戻ってきた。 「ほれ行け。教えたとおりにやんのよ」 「うん!」  エゴロリータは遠慮なく研究室を開け、エゴブレインを呼ばわった。 「じいじー!!」 「おお、おお、どうした」  研究室の扉が開き、薄汚れたエゴブレインが姿を現す。 「お友達にじいじの発明品見せてあげたいの!お部屋のお片付けしてもいい?」  エゴブレインは疲れきった顔で、目だけを爛々と輝かせ、考える様子を見せた。 「ムム……」 「だめー?じいじのすごいとこじまんしたいんだけどなー」 「ム……」  エゴブレインはしばらく床を見回していたが、やがて散らばった紙類を雑にかき集めた。 「これは……わしのじゃ……後は片付けても構わん」 「ありがとじーじ!」  エゴロリータはとびきりの笑顔でにっこりした。エゴブレインもつられてだらしなく笑う。 「じーじいそがしい?ちょっとお休みしたら?」 「今いいとこなんじゃ……」 「ホントにー?ちょっと見てもいー?」  研究室に戻っていくエゴブレインの後を、エゴロリータがあれこれ話しかけながらついていく。 「被造物の皆さんは、エゴ様の自主性を大事にしすぎてるとこあるよね」 「……」 「…………」  イーナイの声に、皆返事を返さない。褒めたくなかったのだ。 「これでエゴ様の了解は取ったろ?書類の仕分けと事務手続きはマッスルとボインに任せるだろ?よくわからんとこの問い合わせはチェルシーにでもやらせるとして、後はチビども集めてパーティでも開けば証拠隠滅ってワケよ」 「おめーは何もやんねえのかよ」 「俺は今働いたから」 「そんなわけで、協力してほしいッスよ」 「了解しました!」  エビルソード軍では珍しい非戦闘員、ジム・カッターは軽やかに言った。 「了解しましたが……先に言っておきますと、私自身は割り当ての業務は、期限よりも余裕を持って済ませています。軍の皆さんへの連絡程度は可能ですが、改善のお約束はできません」 「わかってましたけど、やっぱそうなっちゃうッスかねー」  ジム・カッターはやはり軽やかに、謝罪の会釈をして見せる。派遣社員であるカッターに、軍団員に何かを強制する権限はないし、割り当て以上の業務をせねばならない立場でもない。 「お役に立ててなくてすみません……」  イオーナ・トゥゴーノの表情は暗い。エビルソード軍の業務改善のため、ダースリッチ軍から派遣されている彼女はしかし、エビルソード軍からはほぼいないものとして扱われている。四天王エビルソードその人が、イオーナを徹底して無視(よくわからないから触らないでおこうという電子機器のような扱いを受けているのだが、周囲の軍団員にそのニュアンスは伝わっていない)しているためだ。 「まあ……しゃーなしッス。エビルソード様ッスからね」  ナナナは想定内といった表情で腕組みした。時々エビルソード軍と行動を共にする彼女には、軍の体質がわかっているのだ。 「ま、でもダースリッチ様の仕事減らすってのは、意識の隅に置いといてもらえると助かるッス」 「了解した」 「とぅあっ!」  奇妙な叫び声は誰のものだったか。音も気配もなく現れたエビルソードは、三人の間をのそのそと横切って自室に消えた。 「了解されちゃいましたね……」 「不吉な予感がします」  女たちはエビルソードの去った方を見て、一様に表情を曇らせた。 「うーん、煮詰まってきました。少し失礼して、骨を鍛えさせていただきます」  Mr.末骨は朗らかに告げ、自席の前で激しいスクワットを始めた。 「フンッ!フンッ!フンッ!」  魔ソコンのキーボード音をかき消して、末骨の掛け声が響き渡る。皆少しも気にしなかった。いつものことである。 「皆さんも骨を鍛えてみませんか?健康になりますよ!」 「末骨さんは、死にはご興味はないのですか?」 「ないですね!私には骨がありますので!ダイナさんもいかがですか?」 「いいえ、私は死を信じていますから……」  この会話も誰も気にしなかった。いつものことなのだ。 「ちわっす!ダースリッチ様いらっしゃいますか!?」  扉を開けて現れたのは、ヘルノブレス軍チコ・クーマだった。彼は部屋をぐるりと見回すと、くるりと後ろを向いた。 「いらっしゃらないっすかね!じゃあ出直して来ますんで」  提出期限を超過した書類を、ダースリッチに直接手渡すのは、魔王軍で広く知られているサボりの手段だ。ダースリッチはもちろん怒るが、怒りながら不備を全て自身で修整してしまう。誰が広めたのかは不明だが、この手段を使う者は多い。 「チコ・クーマさん!五十人力の猛者と聞き及んでおります!しかし……骨を鍛えればその力、八十人、百人力にできる……どうですか!?」 「あ、いいっす。間に合ってるんで!」  しかし末骨が猛スピードでにじり寄り、チコ・クーマの退路を塞いだ。受け答えの間に、ジャガンナータンがチコの書類を覗き込む。 「チコ・クーマさんですねぇ。ちょっとお待ちくださいねぇ〜……ここの数値が間違ってて、あとは……」 「ああいや、ダースリッチ様にお渡ししますんでっ!」 「すぐ修正できますし、大丈夫ですよっ」  頑張りましょうのジェスチャーをするジャガンナータンだが、チコは既に逃げの姿勢に入っている。 「……ちょっとトイレ行ってきていいっすか」 「いいですよ〜、その間に付箋貼っておきますねぇ」  笑顔で見送るジャガンナータン、出ていくチコ・クーマ。魔ソコンの画面を見たまま、ナナナが指を鳴らした。ナナナナイトが、不気味に鎧を軋ませて立ちあがる。 「うわっ!なんすかっ!……ひょっとして俺、疑われてます?やだな〜」  廊下からチコの慌てた声が響く。無論、ナナナナイトの返答はない。 「いいえ!チコさんに是非とも骨の偉大さをお伝えしたく!!」  代わりに末骨の朗らかな声が聞こえてきた。  ダースリッチ軍事務員たちの策は密かに進行し、少しずつ、少しだけ、事務作業の量は減って……ダースリッチの機嫌は、なぜか右肩下がりに悪くなっていった。 「……おかしいっ!!」  ダースリッチが吠えた。 「エビルソード軍から一切連絡が上がってこないっ!」 「いつものことでは?」 「事後報告も費用請求も、何もかもが一切ない!バリスタやウームーは直接わたしに連絡を寄越すのだぞ、それすらも……」  ダースリッチは虚空を睨み、不安と激情にわなわなと震えた。 「何かが起きている……恐るべき事態が……」  ダースリッチは席を蹴って立ち上がった。事務員たちも慌てて上司の後を追う。 「今すぐ確認しに行くッ!!」 「駄目だ」  エビルソードは簡潔に答えた。ダースリッチは憎悪に双眸を赤く燃やす。 「貴様……何を企んでいる?」 「何も」  兜の奥の目が、ちらりとダースリッチの背後を見やる。それが秘密の共有のまなざしか、単に「おるね」と思っただけなのかは、寡黙な武人の立ち姿からは読み取れなかった。 「よかろう、貴様と話す気は失せた。奥に通せ」 「押し通れ」 「とことんわたしを侮辱するか……」  ダースリッチは怒りに震え、ゆっくりと鎌を構えた。 「……来るがいい」  エビルソードは笑ったようだった。  復活を果たしたダースリッチは、起き上がるや否や怒鳴った。 「シュニー・マンジワール!」 「はっ?」  シュニーがやや疑問形の声音と共に現れる。 「エビルソードめが何かを企んでいる!探り出して来い!」 「はっ……」  シュニーが「ええ?」の声音で去る。 「ええい腹立たしい……貴様らもだぞ!」  四天王の怒りを浴びて、部下たちはすくみ上がった。ダースリッチはキリキリと歯を鳴らし、憎悪に濁った目をする。 「分かっているぞ……わたしを嘲笑いおって!」  爆発した怒りは止まらない。ダースリッチはなおも言いつのる。 「わたしに隠れて陰謀を企てているだろう!わたしの業務を奪って追い落とそうとでも思っているのか?気づかぬはずがなかろうが!」  ダースリッチは自らの怒りに煽られ、更に怒りを深めていく。真っ赤な目が病的な光をたたえて燃える。 「これだから誰も信用などできんのだ、貴様らもわたしを小物と」 「わ、私が悪いんですっ!!」  ネクロゴーストの叫びが、ダースリッチの声を遮った。 「ダースリッチ様のお誕生日に、お休みを差し上げたくてっ!」 「誕生日?」  ダースリッチはきょとんとした。 「そうそう、そうなんです!ダースリッチ様にプレゼントをしようって、ネクロゴーストちゃんの発案で……」 「疑いすぎッスよ、ウチらがダースリッチ様に逆らうわけないじゃないッスか」  ダースリッチのきょとんが、徐々に困惑の表情へと移り変わっていく。 「……今頃だったか?忘れていた……」 「どうなさいます?」 「あー、うん」  ダースリッチは困惑したまま生返事をする。そこに、怯え怒った猫のような顔をしたシュニーが戻ってきた。 「むっちゃデカいムカデみたいな目に見えないバケモノに襲われたでござるーっ!!」  そして、誕生日当日。ダースリッチは魔王城に姿を現さなかった。 「やりましたね」 「よかった……」  事務員たちは互いの健闘を称え合う。 「ダースリッチくんのためなら一肌脱ぐさ、友人としてね」  ダースリッチ不在にもかかわらず出勤しているバトルマンが、自分に言い聞かせるように呟いた。 「バトルマンさん、申し訳ないけどよろしくお願いしますね」 「バトル星……帰りたいなあ……」  と、皆のス魔ホが振動する。グループ魔INEの発信元は、戦闘員、水密のパースカルだった。 『ダー様こっち来てるんだけど大丈夫?今日魔王城の日じゃなかった?』  ネクロゴーストの肩がはっきりと下がっていく。誰かが慰めを口にした。 「一番やりたいことをやってるってことで……」 「……ということがありました、キブーリ卿」 「バッドエンドじゃないか!」