ある日のこと。 焚竜の元に一通の招待状が届いた。 「なにこれ?」 中身を読んでみようとした次の瞬間、彼はどこか知らないところに転移させられていた。 「ここ…どこ?」 「レッシェン・ジーク号へようこそ。ここはレッシェン・セレブリティ・クルーズ社が誇る、ラグジュアリークルーズ船でございます。」 そう彼に教えたのは、人間の姿に化けたネオデスジェネラルの一人、ドラグーンヤンマモンだった。 焚竜はデジモンが人間に化けているということにはすぐ勘付いたが、彼にはそれよりももっと気になるものがあった。 「なんか…美味しそうな匂いがする…」 「お食事をご希望ですか?それでしたら上の階にレストランが───「ほんと!?行ってくる!」 焚竜は話を聞き終わるよりも先に走り出していた。 ───────── 少し迷いはしたものの、匂いを頼りに焚竜はレストランに辿り着いた。 この船のレストランはバイキング形式で、好きに料理を取って席で食べる方式だ。 しかし、焚竜にバイキングの経験はない。 彼は料理の乗った皿をテーブルまで丸ごと持っていき、次々と食べ切っていくというとてもお行儀がいいとは言えない食べ方で、 なぜか同じくレストランにいたば〜ぷモンと競い合うように出来立てのローストビーフやキャビアにフォアグラ、デザートのフルーツを貪っていた。 「ちょっ、タケルあなた!どうしてこんなとこにいますの!?」 そんな彼を見て驚いたように話しかけてきたのは”穂村百合華”。 以前から度々彼に世話を焼いている少女…?であった。 「……まあいいわ、食べすぎてあそこにいるば~ぷモンみたいにならないように気をつけて。」 「食べられる時に食べないと死んじゃうから…お腹空いて死ぬのって苦しいんだよね…。」 まるで母親であるかのように彼を軽く諌める彼女に、焚竜はいつものように少しズレた答えを返した。 デジタルワールドは、いつも好きな時に好きなものを楽に食べられる環境ではない。 そんな環境での暮らしが長いことも彼にそう答えさせた理由の一つではあるが、彼が人間であったころの環境もまた、その答えの理由だった。 「…アレ、ちょっとまずくないかしら?重みで床が抜けそうっていうか……」 百合華はば~ぷモンの方に向かったが、焚竜はそれを気にすることなくしばらく食べ続けていた。 ───────── と、そんな風に空腹を満たしていたのはもちろん焚竜だけではない。 「ウメェー!ココの料理ウンメェー!!」 そう感嘆しながら肉や魚を食べ進めていたのはやたらと背の大きいムーチョモン。 彼は”近一ゲキ”のパートナーデジモンであり、焚竜とも幾度か拳を交えた相手だ。 「…オッ、オメーもここに来てたのかぁタダメシ喰らえてラッキーだなぁ。」 食材を枯らさんばかりの勢いで手当たり次第に料理を腹に流し込んでいた焚竜に気がついた彼は、まるで友人にでも話しかけるかのような様子で声をかける。 「とりにく…食べるにはちょっと小さいかな…。」 そんなムーチョモンを見て、焚竜は小さくそう呟いた。 思考が口から漏れてしまったと言った方が正しいかもしれない。 何せ、彼にとってデジモンは生存競争の敵であり、そして食物だからだ。 「今日んトコは大食い勝負だけならうけてやってもいいぜぇ」 「…勝負?あははっ。ぼくに勝てると思わない方がいいよ。戦いも、大食いも!」 挑発的に笑うムーチョモンの誘いを、焚竜は真正面から受け止めた。 少なくとも、彼が今までしてきた戦いの中ではかなり穏健な方に入るだろう。何しろ、悲鳴を上げるのはこの船の料理人だけなのだから。 ───────── 「ふー…そろそろお腹いっぱいになったし…なにしよっかな〜。」 おおよそ常人の一週間分ほどの量を食べ切った焚竜は、どこに行こうという訳でもなかったが、レストランを出て船内を探索し始めた。 船の甲板の方まで上がっていくと、そこにはインフィニティプールがある。 無限の名の通り、縁が見えないように設計されているそれは海と繋がっているように見える。 普通の人間が見ればその景観に感動したり泳ぎたいと思うところだが、彼は水が苦手だった。 「ん…甘い匂い?」 その匂いの元を辿ってみると、そこには褐色の肌に金髪が映える少女”ソフィー・カンブルラン”がいた。 彼女の手元にあるバスケットには、缶詰がいくつか収められている。 「それ、美味しそうだね。ちょうだい。」 焚竜はそう言いながら勝手に缶を手に取った。 「うふふ、毎度あり……まさか今食べたりしないわよね……?」 ソフィーがそう言うのを意にも介さず、彼は素手で無理やりに缶をこじ開けてその中身を喰らった。 彼が食べたのは『ヘビーいちごチョコパン』一度口にすれば体重を大幅に増やしてしまうという効果付きのシロモノだ。 しかし、ブラックアグニモンというデジモンの燃費は想像を絶するほど悪く、少し戦えばすぐに体重は元通りだ。 彼は戦いを求め、また船の中へと戻って行った。 ちなみに、焚竜が踏み倒したこのヘビーいちごチョコパンの代金は百合華が支払ったのだが、それを彼が知ることはなかった。 ───────── 船の中に戻った焚竜は、自分と近い存在である、スピリットを使う者たちへ所構わずに戦闘を仕掛けていた。 時には小柄な金髪の少女が進化するガルムモンに「まぶしい…光のスピリットか…その力、見せてよ」と襲い掛かり、 フィットネスエリアでは「変な形…なんのスピリットかな…?戦えばわかる…!」とセフィロトモンに喧嘩を売った。 その後には「なまぐさくてさわやかな…海の匂い…あのおばさん…水かな?水は…いいや。」と青髪の女性を避けたりもしたが、 赤い髪の少年には「火のスピリット…ぼくと同じ…その炎…ほしい!」とスピリットを奪い取ってみようとしたり、結局は戦いに明け暮れていた。 そうして何時間かが経って焚竜がそれに飽き始めたころ、彼は覚えのあるデジモンの匂いを嗅ぎつけた。 「かいだことのある匂い…トウジ?やっぱりトウジだ!久しぶり。」 河戸トウジ。 焚竜とは一度共に戦ったことがある…厳密に言えば戦いに付き合わせたことがある少年だ。 焚竜と違い、トウジは一人でこの船に来たわけではなかった。 「あ!タケルくんだ!久しぶり!」 そう、屈託のない笑い顔を見せる彼を肩車していたのは、河戸リンドウ。 トウジの父親であり…焚竜とは敵対したことのある──少なくとも焚竜はそう認識している──相手だ。 「………あー…そっか。」 トウジを肩車している者が誰であるか、そのことをはっきりと認識した焚竜は自嘲するように呟く。 「やっぱりそうかぁ」 本当のところは、最初からうっすらと勘づいていた。 「似た匂いだもんな。」 元々の体臭、使っている石鹸の匂い、生活空間に由来する匂い。 トウジとリンドウの匂いはよく似ていた。 「…進化。」 彼はデジモンとしての姿へと変わり、両手に炎を滾らせる。 いつもなら先ほどまでと同じように即座に襲いかかっていただろうが、今度はなぜかそうしなかった。 その理由は、彼にもわからなかった。 「黒いアグニモン…トウジの友達か?」 「うん!」 ブラックアグニモンを警戒しながらも関係を確認したリンドウに、トウジはまたも屈託なく答える。 その返事を聞いて、彼は悩んだ。 ブラックアグニモンは攻撃力と不死性、残虐性を兼ね備えた間違いなく危険なデジモンだ。 しかし、焚竜は息子の友達である上に、見た目上は子供だ。どうしてもリンドウは甘くなってしまう。 「…この間はすまなかったな、これからもトウジと友達でいてくれるか?」 彼が選んだ答えは、そんなものだった。 「…っ!………仲良いんだね、トウジは…!」 それは、単純な攻撃よりも焚竜に痛みを与えた。 リンドウの憐憫と父性が混じり合ったような視線が、焚竜の身体に突き刺さる。 「なんでそんな風にぼくを見る…!その目は…なんだよ…!」 彼の両腕に滾った炎は勢いを増していたが、それが二人に向けられる様子はなかった。 ブラックアグニモンの目元を覆っているバイザーからは、涙かのように火の粉が散っている。 彼は自分の中に渦巻いている感情の名前も、それがどういうものであるのかも、どうやって発散すればいいのかもわからなかった。 「…そうだ…ぼくはデジモン…戦わなきゃ…。戦えばきっと…!」 だから彼は、自分が一番慣れきった解決策を取ることにした。 戦えば自分を害するものを殺せる。 戦えば自分の腹を満たせる物を手に入れたり、相手そのもので腹を満たせる。 だからきっと、戦えばこの感情もどうにかなるはず。 彼はこの船で最も戦いの匂いが濃い場所、船底の倉庫に向かった。 ───────── 華やかなクルーズ船の底。 そこには、寄港地から寄港地までの数週間でこの船で使われる食料や日用品を納めておくための、広大な倉庫が存在する。 「さぁ!次の試合はスレイヤードラモンvsブテンモン!伸縮自在の剣術を扱う騎士と夜明けを齎す武士の戦いだあーっ!」 その倉庫内では拳闘会が開催されていた。 もちろん公式に行われているわけではなく、闘条組という反社会的組織が勝手にとり行っている物だ。 「さぁ、現在のオッズはスレイヤードラモンが1.5倍、ブテンモンが2.7倍!完全体と究極体の戦いということもあってブテンモンが一歩不利と予想されているようです!」 ざわめき立つ観客たち。 意気揚々とフラガラッハを振りかぶるスレイヤードラモンに対し、静かに構えるブテンモン。 二者の戦いが始まろうとしていたその頃、この拳闘会の主催者『闘条楓』は新たな参加者の対応中だった。 「試合に出るなら炎撃つのは押さえてね、特にここ倉庫であふ…舌噛んだ、危ないし、鎮火は出来るけど試合では殴る蹴るでよろしく。」 彼女は人間の姿でありながら身体に黒い炎を滾らせる参加者…焚竜に対してこの拳闘会のルールを話している。 しかし、彼はそんなことに聞き耳を持つデジモンではない。 「燃えろ…燃えろ…!燃えろぉぉォ!!」 彼はブラックアグニモンに進化すると、目の前で行われていた試合に乱入した。 「誰だ!」「何奴!」 両者が振るっていた剣を掴んで無理やり動きを止め、体から噴出する炎でまとめて焼き尽くす。 「スレイヤードラモン!!?!」「ブテンモン…!」 悲鳴まじりのテイマーの叫び声と、それをかき消さんばかりの観客の怒号。 「終わりだ。」 再び拳に黒い炎を滾らせ、幼年期まで退化した二者にトドメを刺そうとするブラックアグニモン。 「ちょっと!トドメ刺したら次の試合が出来なくなるでしょ!」 それを止めたのは、主催者の楓だった。 「…?」 「これは殺し合いじゃないの!それに炎も抑えてって言ったでしょ!わかった?」 「ぼくには関係ない。」 そう言い放って再び炎を滾らせトドメを刺そうとする彼に、楓は思わず呆れ顔を見せる。 「話通じないタイプかぁ……、ルックスとか惜しいけどいいや、潰して」 「承知した。レオモン進化!パンジャモンX!」 銀次と呼ばれているそのレオモンが進化すれば、普段ならば強烈な冷気で周囲の気温は一気に下がる。 ところが、今回は寒いどころか暑さすら感じる気温になっていた。 「氷…?ハハ…ぼくに氷のデジモンが勝てるとでも!?」 彼はそう叫びながら滾らせた炎を剣に変えて斬りかかる。 「ぬうっ…!単純な太刀筋だが…中々のパワーだっ…!」 武器でそれを受け止めたパンジャモンX。ミスリルで作られたその斧すらも、ブラックアグニモンのパワーと上がり続ける熱量によって少しずつ融け始める。 「全部燃えろ…全部燃やし尽くすッ…!」 彼はそのまま必殺技の構えに入り、そこから発せられる波動は周囲の物を自然発火寸前にまで熱していた。 「不味い…雪花火っ!」 このまま長引かせてはならない。銀次はブラックアグニモンから距離を離して斧を投げつける。 「そんなものがっ!」 それを難なく弾き飛ばし、彼はついにため込んだ力を放とうとした。 「邪黒…炎龍─────「氷獣拳ッッ!」 その瞬間、ブラックアグニモンの腹をパンジャモンの白い拳が突き破った。 「ぁ……がっ………そっ…か…!さっきので気を逸らして…背後に…ッ!」 彼は貫かれたまま後ろを向き、笑いながら自分を今殺そうとしている者の顔を見る。 「やる…じゃん…!つぎは…どう…戦おうかな…!」 「次はない、これで終いだ。」 パンジャモンXが拳から発する冷気をさらに強めると、辺りは段々と肌寒くなり始める。 ブラックアグニモンの黒い装甲が霜でうっすらと白く変わっていき、遂には彼は事切れた。 しかし彼は通常のデジモンと違って消滅することはなく、デジタマに戻った。 楓はこれを景品とし、拳闘会を続けるのであった。 ───────── 次に焚竜が目覚めた時、彼は百合華に抱き抱えられていた。 「あら、起きました?」 なんでまたこの子が自分の元にいるのだろう?そんな疑問が焚竜の脳裏に浮かんだが、彼にはもっと重要な問題があった。 空腹だ。 戦って死んで蘇って、これだけのことをすればさっき山のように食べた分は消費済み。 そうなればやることは一つ。 「あっ、ちょっとタケル!?」 彼は猫のように身を捩って百合華の腕から抜け出し、再びレストランへと向かおうとした。 しかしその時、この船はすでに終わりへの道を歩み始めていた。 「タケル!敵が来てますわよ!食べてる場合じゃありませんわよ!足場は私が作りますから、あなたも戦って頂戴!船が沈んでしまいますわ!」 「…え、敵?」 二人がそれに気づいてからまもなく、船は大きく揺れた。 焚竜は不意を突かれ、進化する間もなくそのまま海に投げ出された。 ──────これはネオデスジェネラルの一人、水龍将軍ホムコールモンの行ったこの船への攻撃開始の合図だったのだが、彼はそのことを知る由もない。 「ごっ……がぼ………!」 炎の力を操る彼にとって、水は天敵だ。 デジモンの姿に進化していればなんとかできるが、人間の姿のままで投げ出されてしまえば溺れるしかない。 そもそも、彼は普通の人間であるころから泳げなかった。 (こうやって死ぬの…苦しいんだよな。) 肺に水が入って息ができなくなる苦しみを感じながら、焚竜は妙に冷静だった。 彼にとっては、自分の命が消えていくのはもはや日常に等しい。 走馬灯も見ることはない。 しかし、今回は違った。 うすぼんやりとしていく意識の中で、彼は久々に自分が力を得た時のことを思い出していた。 なにもない、蒼い虚無の海の底へゆっくりと沈んでいきながら。 ━━━━━━━━━ むかしむかし…と言うほどでもないすこしだけむかし、あるところで一人の男の子の真っ赤な命の灯火が消えようとしていました。 その子は名を、龍ヶ崎焚竜と言いました。 龍と竜が被った、少しだけ変わった名前です。 焚竜はお父さんの顔を知りません。彼は、お母さんと行きずりの男の間に生まれた子供です。 焚竜のお母さんは、ほんとうは焚竜のことがさほど好きではありませんでしたが、焚竜はそれを知ることもなく育っていきました。 彼が小学校に通うようになると、お母さんはあまり家に帰ってこなくなりました。 そんなことが数年続いたある日、お母さんは男の人を連れて帰ってきました。 「この人は氷室さんっていうの。挨拶しな焚竜。」 その人は、お母さんの彼氏でした。 氷室さんは最初こそ焚竜に優しくしてくれましたが、すぐに彼のことが鬱陶しくなったのか、暴力をふるうようになりました。 「ガキは大人の言う事黙って聞いてりゃ良いんだよ…弱えんだからよ!」 なぐられたり、けられたり。 焚竜は学校に行けなくなりました。 悲鳴をあげても、先生も、警察も、お母さんも、周りの大人は誰も助けてくれません。 そのうち、焚竜はこう思うようになりました。 もっと強くなりたい。誰にも助けてもらえないなら、強くなるしかない。強ければ、何もかも思う通りだ。と。 そうして、”その日”はやってきました。 ───────── その日焚竜が目を覚ますと、目の前がかすんでよく見えませんでした。 のどが掠れて声が出ないし、お腹がとても空いていて、起き上がる力すらありません。 最後にご飯を食べたのがいつなのか、よく思い出せません。 (ぼく…しぬのかな。) 焚竜はうっすらとそう思いました。 (あー…ねむいなぁ) 彼がその眠気に身を任せようとした時、声が聞こえました。 『選ばれし子よ。欲するならば、手を伸ばせ。』 目の前に、何か赤い塊のようなものが浮かんでいます。 それは、炎のスピリットでした。 焚竜は最期の力を振り絞って、それに手を伸ばします。 そして彼の指先に炎のスピリットがほんの僅かに触れた途端、それは真っ黒に染まった"悪の炎のスピリット"に変わりました。 焚竜の心の底に溜まっていた闇は、それだけ濃いものだったのです。 次の瞬間、悪の炎のスピリットが焚竜の胸に飛び込んできました。 スピリットが彼の体に直接融合したのです。 この瞬間から、焚竜の生命の灯火は、真っ黒に変わりました。 「………ぁ…ァ…!ウ……!」 なぜか体がとても熱く、何かを食べた訳でもないのに、体に今までにないぐらいとても力がみなぎっています。 焚竜はよろよろと立ち上がりましたが、足がもつれて壁に手をつきました。 そしてその時、自分の手が触れたところの壁が、手の形に真っ黒に変わっていることに気づきました。 自分の手が汚れているのかと思いましたが、違います。壁が真っ黒に焦げているのです。 「な……で……?」 焚竜はそのことを不思議に思いましたが、どうしてそうなっているのか考えてもよくわからなかったので、そのままふらふらと歩き出しました。 もちろん、彼の通った後の床も、足跡の形に真っ黒な焦げ跡がついています。 「クッソ!また5万負けた!」 テレビを見ながら氷室さんが叫んでいるのが聞こえます。 「あ?んだよガキか…チッ…どっか行けよクソ!」 いつもならとても怖かったはずの怒鳴り声を聞いても、なぜだか全く怖くありません。 「あーイラつく…殴られなきゃわかんねえのかよこのバカガキ!」 氷室さんはそう叫びながら、いつものように焚竜に殴りかかりました。 「あァァ……!!」 「なっ…!?」 考えるより先に体が動き、焚竜はその拳を掴んで受け止めていました。 「このガキいつの間にこんな……あっつ!!あ”あ”っ”!どうなってんだよ!?」 掴んでいる所からは煙が上がり、氷室さんの皮膚は真っ赤に焼け、水ぶくれができ、そして黒く焦げていきます。 「離せっ!クソガキ!」 氷室さんは逃れようとしてもがいているようですが、焚竜にはそれが全く本気には思えませんでした。 彼が軽く手を払っただけで氷室さんは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられました。 (なんだ、こんなによわかったんだ。) 焚竜はそう思って、氷室さんの方へとにじり寄っていきます。 「ばっ…ばば…化け物…巨人…!?」 怯えた顔でそう言われ、彼は自分の体を見てみました。 黒いグローブをはめていたり、鎧のようなものがついていたりします。 それに、さっきよりも天井が近いような気もします。 (そっか、ぼくがつよくなったんだ。) 焚竜は氷室さんの首を掴んで持ち上げます。 「弱イ奴ハ…強イ奴二従エ…」 次の瞬間、氷室さんの体は燃え上がって真っ黒になっていました。 「きゃあああぁぁぁ!?」 後ろの方から悲鳴が聞こえました。お母さんです。 「オ前モ助ケテクレナカッタ………オ前モ敵ダ!!!!!!!」 彼が叫ぶと、体から一気に炎が吹き出して家が燃え上がりました。 ━━━━━━━━━ ………そのあと、気づいたらぼくはデジタルワールドにいた。どうやって来たのかはわからない。 手にはDスキャナを持っていたけれど、これもどうして持っていたのかはわからない。 でも、一つだけはっきりとわかっていたことがある。 ぼくは、デジモンになったんだ。 …もう思い出すことなんて無いと思ってたな。 どうしてこんなことを思い出したんだろう?……きっと、トウジのせいかな。 僕は死にゆきながら、最期にそう思った。 ━━━━━━━━━ ……………ル!タケル!」 誰かの声が聞こえる。 また生き返ったのかな? 「………げほっ。」 …違う。海のしょっぱい味も、息のできない苦しさも、目にしみる塩水も、全部身体に残ってる。 生き返ったんじゃなくて、死ななかったんだ。 「まったく世話の焼ける弟分ね!実の弟だけでも4人もいるっていうのに!……だから一人ぐらい増えても平気ですけど?」 助け…られた? 「ユリっちー、助けたのアチシなんだけどー。」 なんで? 「何で助けたの。」 「はぁ!?あなた何を……そう、そういう疑問が出てくるような昔だったのね……。タケル、あなた、食べたり戦ったりする時にいちいち理由をいろいろ考えて食べたり戦ったりしますの?」 理由? 「食べないと死ぬし…戦わないと死ぬよ。」 生きるため。死なないため。 「似たようなものよ。私もあなたが死んだままになったら、死にはしないけど……生きている楽しみが減ってしまうもの。楽しみの無い人生なんて、苦痛ではなくて?」 ぼくが死んだままだと…楽しみが減る? どういう意味だろう。 ………そっか。ぼくが楽しみなんだ、この人の。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・風見 麗夜 (カザミ レイヤ) 招待状を受け取ってレッシェン・ジーク号に乗り込んでいたスレイヤードラモンのテイマー。19歳の大学1年生、女。所持デジヴァイスはD-3。 中学生時に選ばれ、仲間のブレイクドラモンがパートナーのテイマーと共にエグザモンのテイマーとして活躍していた。 真面目なタイプで、大学デビューもあまりハジけられなかったことを気にしていた夏休みに招待状が届き、自分を変えてみようと思い立って乗船した。 酒を飲んだことがあるわけでもないのに船のレストランで提供されていたシャンパンを口にしたことで気が大きくなってしまい、楓が開催していた拳闘会に参加していた。(レッシェン・ジーク号船内の酒類提供基準はドイツ基準である。) 焚竜にスレイヤードラモンを撃破された後はベビドモンがなかなか回復しないことを心配していたが、襲撃時には海中に投げ出され、水龍軍のデジモンに全身を噛みちぎられ死亡した。 ・玄野 武治 (クロノ タケジ) 招待状を受け取ってレッシェン・ジーク号に乗り込んでいたブテンモンのテイマー。72歳無職、男。所持するデジヴァイスは懐中時計型の自作の物。 元商社マンで、海外出張の旅にその土地のテイマーをパートナーと共に血祭りに挙げていた戦闘狂。 現在は引退後の楽しみとしてパートナーと各地を旅行しながら土地土地のテイマーたちを叩きのめしていた。 究極体のタクティモンへの進化は隠し球としての運用をしているため、拳闘会にはブテンモンの状態で参加していた。 なんなら成熟期のムシャモンの時点で並の究極体なら翻弄できるぐらいの戦技を誇る。 焚竜にブテンモンを撃破された後も回復は早く、ムシャモンまで進化してその後の試合も戦い抜いていた。 襲撃時にはこれ幸いと襲撃者に次々と戦いを挑んでいたが、ホムコールモンが他のテイマーとの戦闘中に放った氷のミサイルの流れ弾を受けてテイマーが死亡、ムシャモンは後を追い腹を切った。 ───────── ・◼️◼️市住宅火災事件 ◼️◼️市に存在した木造住宅が全焼した事件。 黒い色をした炎によって家が焼けているとの近隣住民の通報によって消防が出動し、約5時間で鎮火した。 当該の住宅に住んでいたのはシングルマザーと息子の二人だったが、男が頻繁に出入りしていたようだ。 頻繁に怒鳴り声や子供の泣き声が聞こえるなど、近隣からの評判はかなり悪かった模様。 事件後の現場検証により、一部には数千度を超す高温に晒された事によって木材内の水分が急速に膨張しごく小規模な水蒸気爆発が起きた形跡が発見されたが、 一般家庭にそんな高温を出せるものがあるはずもなく、具体的な出火原因は特定できなかった。 また、通報時にも触れられていた黒い炎についても原因は不明で、建材に含まれていたなんらかの成分と反応した火が光の都合でそう見えた、 もしくは建材に含まれていた有害物質による幻覚と結論づけられ、目撃証言としてあげられた”黒い巨人”についても同様の結論が下された。 また、該当の家屋が存在する地域には甦咲京、甦咲理音兄妹の実家もあり、当時10歳だった甦咲京はこの”黒い巨人”を目撃した一人である。 ・龍ヶ崎明美(享年29) 龍ヶ崎焚竜の母親。高校卒業後、当時流行っていたJKビジネスで遊ぶ金を稼いでいたところ妊娠してしまい、気付いた頃には堕胎することもできず、仕方なく出産した。 最初の頃こそちゃんと焚竜を育てていたがだんだんと放置気味になり、彼が小学生になる頃には男の家から帰らないことも珍しく無くなっていた。 元々粗暴な傾向があったためか、焚竜に行き過ぎたしつけをしていた事もあった。 ブラックアグニモンの放出する黒い炎による火災と爆発に巻き込まれ死亡した。直接的な死因は天井の崩落による圧死。 ・氷室達也(享年30) 龍ヶ崎明美の彼氏。とある暴力団の下っ端で、当時まだ暴力団排除条例が施行されていなかったこともあり、金回りは良かった。 アル中かつギャンブル中毒で、金をスッては焚竜に暴力をふるってストレスを発散していた。 ブラックアグニモンの能力によって全身を超高温で熱され、全身が炭化し死亡した。 死後も体が高熱に曝された結果ほとんどの部分が灰化し、身元は歯形から特定された。