ミレーンたちによる天使像の破壊により劣勢を強いられている人造勇者陣営。だが彼らもただ手をこまねいているだけではなかった。 ここは『火の国』の通称で知られるカルデラシア、その象徴である霊峰モエテラの麓に一人の男と一匹のドラゴンがいた…。 「しかし暑い上にあんな高けぇ山をここから登って行かなきゃなんねぇのかよ…。なぁドラシーナよ、途中まで乗っけてくんねぇか?」 噴煙を上げるモエテラの頂上を見上げながらそうぼやくのは、人造勇者漆號レーベン=フィールであった。 彼の傍らにいる巨大な竜はブルルッ!と口鼻を震わせながら拒否の意思表示をする。 この巨竜もまた人造勇者であり拾弐號ツヴォルフ=ドラシーナという名前がある。 この山には火山王と呼ばれる妖精がおり、この地を踏み入った者に試練を与えるという。 そして漆號たちの目的はその火山王=星姫と呼ばれる存在を討伐し、その死体を持ち帰り星骸炉に入れ星の管理権を奪おうというものであった。 元々は魔王を討伐し星骸炉によって引き出した無尽蔵のマナを用いて攻略する予定であったが、ミレーンたちの介入によって方針転換せざるを得なくなっていた。 まずは星皇になりその上で邪魔者や魔王も討伐すれば良いという、端から見れば至極真っ当な手順を踏まえた段取りとなった。 呼び水として用いる魔王の遺体の代わりは魔王の残滓と呼ばれる物質から抽出したマナを用いる予定である。 起動に足るだけの量があるのかは分からないが、とにかく現状やるしか選択肢はない。 漆號の頼みにドラシーナが拒否するのにも理由はある。火山王は試練として火山弾や溶岩によって行く手を阻むという。 いかにドラゴンという強靭な肉体を持っていたとしても大自然の持つパワーを食らえば命の保証はないのだ。 「しゃあねぇ!いっちょ腹括って行くか!」 漆號は歩みを始める。ドラゴンでも無理な高難度のミッションをクリアできるのは、今の人造勇者陣営には不死身の肉体を持つ彼以外にはいないのだから。    *   *   *   *   * 山道の脇には至るところに溶岩の湧き出るスポットがある。 見た目だけはまるで赤い泉のようであるが、そこから発せられる熱は頂上を目指す人間の体力を容赦なく奪って行く。 暑さに耐え兼ねたのか漆號は上着を脱いで上半身裸で歩み続ける。 煮えたぎる溶岩の中から一人の少女が水面から上体を浮かべる。 それはまるで泉の中で泳いでいるかのような優雅で自然な動きであった。 溶岩の中の少女は漆號の姿に気づくと興味深げに彼を見つめる。 一方漆號は驚きと困惑と恐怖の感情が同時に湧き上がった。何なんだコイツ…、その感情を一言でまとめるならばこうであろう。 だが恐らくこいつが目指す火山王もしくはその関連であることには間違いない。漆號は持っていた大剣を構えたのであった。 臨戦態勢に入った漆號の様子を見た少女の反応は意外なものであった。興味深げに漆號を見るとこう切り出す。 「どこから来たの?」 「何しに来たの?」 「外の話を聞かせてよ」 会敵即発を予想していた漆號にとってはいささか拍子抜けしたが、この様子だと話し合いで協力してもらえる可能性もなくはない。 彼は剣を収めると少女からの対話に応じ始めた。 「俺はバルロスってところから来た。ここにいる火山王って奴を倒して死体を持って帰るためにな。お前は奴の居所を知っているのか?」 漆號の返答を聞くや少女はいたずらっぽく口元をゆがめる。 「へぇー、君はそんなことはできるぐらい強いんだぁ。じゃあ一つ質問するね『汝…勇者なりや?』」 「勇者ねぇ…。まぁ上に人造って付くけど勇者ってことには変わりねぇか。じゃあそうだってことにしといてくれ」 漆號の言葉に少女は薄っすらと笑みを浮かばせる。 「そうかい…。じゃあ君に試練を与えるね。山頂にある『輝く泉』にいるから、余を倒したくばそこまで来るのだな…」 そう言い放つと少女は姿を消した。すると大地が揺れ、地面より湧き出る溶岩流が活性化し火柱を上げて噴き上がる。 そして火山口が轟音を奏でると大量の火山弾が漆號に向って降り注ぐのであった。    *   *   *   *   * 降り注ぐ火山弾を漆號は大剣を振るいながら弾き返す。だが雨あられのように落とされる岩石は容赦なく漆號に着弾する。 腕は砕け、頭が弾け飛び、灼熱の炎により身は焼かれる。だがその都度漆號は再生を繰り返し、一歩一歩頂上へと進み続ける。 これでもう何回死んだのであろうか…、数えるのも馬鹿馬鹿しくなってくる。 さっさと帰りてぇ…。そんな思いも頭によぎるがこれは任務である、決して引くことは許されない。 それに何よりも漆號自身がこんな目に遭わせた火山王に対して、一発ぶっ飛ばしてやらなきゃ気がすまないという気持ちが原動力となっているのだ。 数時間後漆號はついにモエテラの山頂に辿り着いた。そこには巨大なくぼみに溶岩が溜まっており、その光景はまさにオレンジ色に輝く泉のようであった。 その中心にまるで泉の中から突き出るかのように一つの巨大な岩が見える。そしてその上に先程見た赤い肌をした少女こと火山王ラーヴァが待ちかねたように座っていた。 「おらぁ!ここまで来てやったぞ!ぶっ殺してやるから覚悟できてんだろうな!」 漆號は溜まった鬱憤を晴らすかのように威嚇の言葉を放つ。 「じゃあ待っててあげるからここまでおいでよ。心配しないで、意外と浅瀬だから歩いてでも来れるよ…」 ラーヴァは漆號をからかう様に手招きするのであった。 漆號は溶岩溜まりの表層を見つめる。道中色々熱い目にも痛い目にも遭って来たが、しかしそれは死ぬことで苦しみは一瞬で済んだ。 だがこの溶岩溜まりを進んで行けば、人の身では耐えかねないレベルの熱と苦痛が連続して襲い続けることになる。進むべきか進まざるべきか躊躇をする。 しかし彼は進むことを決めた。目的地の岩の上から見えたラーヴァの嘲るような笑顔が非常に腹立たしかったからである。 漆號は右足を溶岩溜まりの中に入れる。言葉ではもはや表現できないほどの熱さと苦痛が彼を襲う。そして左足も入れさらに右足を進めて歩み始める。 まるで流水のように見えた溶岩であるが粘性は意外と高く、一歩進めるだけでもかなりの労力を消費する。 自身の再生速度は間に合うのか…、そんなことを考えながら進んでいると地面のくぼみに足を取られて転倒する。 頭から溶岩に突っ込み全身が燃え上がる、だがそれによって漆號の意地にも火が点いたのであった…。 溶岩溜まりを歩み始めてから30分後、漆號はラーヴァの待つ岩へと辿り着く。 「ようやく着いたぞ…。今すぐぶっ殺してやるからな!」 彼の目の前には散々笑い過ぎたのか、目の端からは涙の跡が見えているラーヴァの顔があった。 「いやぁ~いい物を見せてもらったよ。人間たちが言うリアクション芸人の熱湯風呂ってあんな感じなんだろうね」 「そのお礼ではないけど君の願いを叶えてあげよう。余の首を持って行くと良い。どうせ死とは無縁の存在なのでな、少しばかり職場を放り出してバカンスでもしようじゃないか…」 「最後に一つ質問だ、君たちは余の死体を使って何をするつもりなんだ?」 ラーヴァの質問に漆號は答える。 「この星の管理権を得るためだ。それにはお前の死体を星骸炉にぶち込む必要がある」 漆號の回答にラーヴァは怪訝な顔を見せるとせせら笑いながら言う。 「管理権?あんなつまらない物が欲しいのかい?奇特な連中だね。まぁいい君の情熱的なアプローチには楽しませてもらったよ。余の首を持って行くといい…」 ラーヴァは頭部と胴体を自らの手で分割した。元々そうするはずであったのだが、目の前で思いもよらぬ展開を見せられた漆號は困惑の表情が隠せなかった。 とにかくこれでミッションは完了した。ドラシーナを呼ぶためにズボンのポケットに忍ばせておいた呼子を吹くと、漆號はまるで糸が切れたかのように岩の上に横たわるのであった。    *   *   *   *   * 漆號と拾弐號がカルデラシアから帰還した翌日、某国にある魔王の残滓回収部隊のトラックが司令部へとやって来る。 トラックの助手席のドアが開くと一人の顔色の悪い男が降車した。 彼の名はカイモス=カルディウス准尉、研究員ではあるが番外として人造勇者としての能力を持っている。 カイモスがトラックの幌を開け、中にいる人物へ下りるように即す。 中から出て来たのはとても巨大な人物であった、いや人かどうか自体も怪しい。 身長は約6~7mほど。漆黒のローブのような布とヘルムを纏い、人間の視覚ではまともに姿を捕らえることができぬほどの禍々しいオーラを放っていた…。 突如現れる超常的な存在に人造勇者たちは危険を予知し警戒態勢に入る。 カイモスは件の人物を応接室に入れると、上司である人造勇者壱號アインス大尉へと報告に向かう。 「お前が連れて来たアレは一体何なんだ…」 アインスは困惑と不安の表情を現しながら、カイモスに事情の説明を要求する。 「何と説明したらよろしいのでしょうか…」 事態の当事者であるカイモスも理解不能な成り行きで連れて来た同行者のことをどう説明しようか迷っていた。 「実はあれは数日前、例の酒場にてまた魔王の残滓が出たから回収してきてくれと通報があったので向ったのですが…。現場に着いたところで今まさに残滓を絶賛生産中の方がいらっしゃいまして…」 「とにかく素人でも分かるぐらいのただならぬオーラに、ひょっとしてこれは魔王本人なのかと思って聞いてみたのですが…」 (回想) カイモス「あの…大分お辛そうですが、大丈夫でしょうか…」 ????「すまぬ…少々安酒を飲み過ぎたようだ…」 カイモス「あの…ちょっとご質問なのですが、あなたひょっとして魔王様ですか?」 ????「とんでもねぇ!あたしゃ魔王だよ!」 「---とまぁそんな流れで計画のためにマナが必要なんですという話をしたら、面白い暇だから協力してやろうと言われたので連れて来た次第でして…」 カイモスはどう考えてもありえないような異常な状況についての報告を行う。 「そうか、お前は何を言っているんだ…」 アインスはまともに相手するのを諦めた。    *   *   *   *   * カイモスはアインスを伴って応接室へと向かう。 ドア越しからでも周囲を焼き払いかねないほどの強力なオーラが感じられる。 二人は覚悟を決めてドアをノックし入るのであった。 威圧感のある巨漢がソファに腰かけている。 アインスは逃げ出したくなりそうであったが、星皇を目指す者がこの程度の相手に尻込みを見せるか!と自らを発奮させる。 アインスは巨漢の対面のソファへと座った。 「私はアインス=ドナー大尉、この組織のリーダーをしている者だ。いきなりで不躾ではあるが君は魔王なのか?」 「余は魔王モラレルである。それだけ言えば十分であろう」 謎の巨漢はあっさりと自分の正体を晒す。いや魔王本人だからこその余裕なのであろうか。 何しろ自分自身がある意味世界のルールなのである、わざわざごまかしたり名を騙る必要なのないのだから。 正体を知ってしまえばその存在を必要以上に恐れる必要はない。こいつもいずれ倒す通過点に過ぎないのだから…。 アインスはそう腹を括ると、背筋を伸ばして魔王と正面から対峙する。 「我々の計画についてはあのカイモスから大まかには聞いているとは思うが、そのためには君の遺体が必要である。我々に協力するということは君は死んでくれるということなのか?」 「その必要はない。星骸炉という忌器を起動するためのマナが欲しいだけなのであろう。ならば生身から活きのいいマナを抽出すれば良かろう。余をその忌器の中へ放り込め。貴様らの行く末をショーとして最前列で楽しもうではないか…」 確かに理屈としては通る。だが一度起動してしまえばこの星由来の膨大な量のマナが湧き上がるのである、いかに魔王であろうが中にいて無事でいるはずはない。 待てよ、この起動実験で魔王が死んでしまえば儲けもの。仮に弱らせただけだとしても星皇の力を以てすれば魔王も楽々討伐できるではないか。 つまりこれはジリ貧になった人造勇者陣営に最大のチャンスが訪れたのである。何せ星皇のための素材は全て揃ったのだから…。 「ならば魔王モラレルよ、貴方の協力に我々は感謝する」 アインスが右の掌を差し出す。魔王も彼女の手を取り握手をする。奇妙な協力関係がここに成立したのであった。 握手から手を離すと魔王はアインスに要望を告げる。 「退屈しのぎの酒が欲しい。それも大量にな。キンキンに冷えたストロングな奴を箱単位で用意しろ。余へのギャラはそれで良い」 「わかった…。今すぐ買いに行かせる」 アインスはカイモスへストロングな奴の購入を指示する。カイモスはダッシュで部屋から出て行った。 緊張と緩和、高低差の激しい事態の連続にアインスはため息をつく。するとその傍らに一人の男が立っているのに気づく、それはシュッツガイストである。 「あぁ…素晴らしい…。星骸炉!星姫!そして魔王!星皇のための全てが揃いましたな。これでアナタの…そしてお父上の望んだ最強が手に入りますよ!」 悲願の達成が見え始めたのか、いつも淡々とした傍観者のような物言いの彼とは思えないテンションの高さである。 「ウムッ(何だこいつ…)」 突如現れたハイテンションな不審人物には魔王も若干困惑をした。 シュッツガイストは振り向くと聞こえないようにボソッと呟く。 「(バルロスの心のままに…)」 (続く)