# 狐火恋灯(きつねびれんとう) --- ## 一、 片想いの宮 山の懐に抱かれた小さな社がある。 鳥居は朱というよりは柿渋に近い色をしていて、苔がその脚元を這い上がり、注連縄は毎年の秋祭りのたびに掛け替えられる。扁額には「稲生神社」と達筆な文字が刻まれていたが、村の者たちは昔からこの社を「お狐様」とだけ呼んだ。 秋津翔太(あきつ・しょうた)が初めてこの社の神を視たのは、高校二年の冬だった。 受験勉強に疲れ果て、気晴らしに裏山を歩いていた夕暮れ。社殿の裏手に回り込んだとき、縁側に腰掛けている女がいた。白い小袖に緋色の袴、長い銀髪が夕陽に透けて淡い橙に染まっていた。年の頃は二十代半ばに見えたが、切れ長の金色の瞳がこちらを向いたとき、その奥にある光の深さが人間のものではないと直感した。 頭の上に、三角の耳があった。ふさふさとした尾が、袴の裾からはみ出して縁側の板を撫でていた。 「——あら」 女は目を丸くした。次いで、花が綻ぶようにゆっくりと微笑んだ。 「視えるの、あなた」 声は鈴を振るような澄んだ音で、けれどどこかのんびりとした温もりがあった。翔太は呆然と立ち尽くしたまま、何も答えられなかった。 「ふふ、驚かせちゃったわね。……大丈夫、取って食べたりしないから」 女は——神は、膝の上に載せていた巻物を脇に置いて、緩やかに立ち上がった。身長は翔太より頭半分ほど低い。けれどその存在感は、まるで社の周囲の空気すべてが彼女を中心に巡っているかのようだった。 「わたしは白穂(しらほ)。この社の、まぁ、神様……ということになっているわ。千と少し前からここにいるの」 それが出逢いだった。 以来、翔太は折に触れて社を訪れた。大学に進んでからは町に出たが、休みのたびに帰省し、必ず裏山を登った。白穂はいつも同じ縁側にいて、巻物を読んだり、賽銭箱に入った願い事の書かれた紙を丁寧に広げたりしていた。 「今日はね、林道の崖が崩れないようにってお願いが来ていたの。交通安全……ということになるのかしら」 「白穂さん、それ土木の仕事では」 「あはは、そうかもしれないわね。でも頼られたら断れなくて」 本来は豊穣の神だという。五穀の実りを司り、田に水を引き、稲穂を風から守る。それが白穂の本分だった。しかし千年という歳月の中で、村人たちはありとあらゆる願いをこの気のいい神に託すようになった。縁結び、安産、商売繁盛、学業成就、厄除け、交通安全、果てはペットの長寿祈願まで。白穂はそのひとつひとつに目を通し、できる限りの力を注いだ。 「断ればいいのに」と翔太が言ったことがある。 白穂は困ったように笑った。 「だって、わたしを頼りにしてくれているのでしょう? それがどんなに小さなお願いでも、その人にとっては大事なことなの。わたしに届くまでに、どれだけ悩んで、迷って、最後にようやく手を合わせてくれたかと思うと……無碍にはできないわ」 その横顔を見たとき、胸の奥で何かが軋んだ。 恋だ、と気づいたのは大学三年の秋だった。遅すぎるほど遅い自覚だった。けれど相手は千年を超える神であり、自分はただ「視える」だけの人間の男に過ぎない。告白などという概念が滑稽に思えた。 それでも足は社に向かった。白穂の隣に座り、他愛のない話をし、たまに彼女が疲れた顔をしていると黙って缶のお茶を供えた。神に缶茶を供えるのもおかしな話だったが、白穂は「あら、嬉しい」と言って本当に嬉しそうに飲んだ。 大学を卒業して地元に戻り、小さな測量事務所に勤め始めた。二十四歳になっていた。 片想いは六年目に入っていた。 --- ## 二、 告白 その日も仕事終わりに社へ向かった。五月の風はまだ青くて、石段を登る途中で山藤の甘い匂いがした。 縁側に白穂はいなかった。 代わりに、本殿の中から微かに光が漏れていた。引き戸を細く開けて覗くと、白穂が板の間に正座し、両手を膝の上で重ねたまま目を閉じていた。彼女の周囲に無数の薄い光の糸が浮かんでいて、それが一本また一本と天井を突き抜けて四方へ散っていく。 願いを叶えているのだ、と翔太は理解していた。あの光の糸のひとつひとつが村人の——あるいはもっと遠くの誰かの祈りに応えるための力だった。 やがて最後の一本が消え、白穂がゆっくりと目を開けた。金色の瞳は少し潤んでいて、肩で息をしていた。額に薄く汗が滲み、銀髪が頬に張りついている。 「……翔太くん?」 「無理してる」 声が硬くなった。自分でも驚くほどに。 白穂はぱちぱちと瞬きをして、それからいつものように笑った。 「大丈夫よ。今日はちょっと数が多かっただけ。ほら、五月は田植えの時期でしょう? 豊穣のお願いが増えるの。本業だから、張り切っちゃって」 「目の下、隈ができてる。神様でも隈ってできるんだな」 「……あら、ほんと?」 白穂が袖で頬を拭った。その仕草がどうしようもなく人間くさくて、愛おしくて、翔太は気づいたら口を開いていた。 「俺、白穂さんが好きだ」 時間が止まったような沈黙が落ちた。 山鳥の声が遠くで聞こえた。白穂は袖で頬を押さえたまま固まっていた。金色の瞳が大きく見開かれ、狐耳がぴんと立った。尾がふわりと膨らんだ。 「……え?」 「六年、ずっと好きだった。神様だとかそういうのは全部わかってる。寿命も違う、存在の格も違う。でも、好きだ。白穂さんが誰かのために力を使って、疲れ果てて、それでもまた笑って次の願い事を開く——その姿を見るたびに、俺の胸はずっと痛かった」 翔太は板の間に正座して、真っ直ぐに白穂を見た。 「一緒にいさせてほしい。俺じゃ大したことはできないけど、白穂さんが疲れたときに隣にいたい。それだけでいい」 白穂の目尻から、透明な雫がひとつ、零れた。 光っていた。文字通り、小さな狐火のように淡く光る涙だった。 「……わたし、ね」 声が震えていた。 「千年以上生きて、たくさんの人を見てきたわ。生まれるところも、死んでいくところも。好きだと言ってもらえたことも……ないわけじゃないの。でもそれは信仰の延長で、わたし個人を見てくれていたわけじゃなかった」 白穂が涙を袖で拭い、けれど次から次へと零れてくるのでとうとう諦めたように笑った。 「翔太くんはいつも、わたしの愚痴を聞いてくれたでしょう? 『今日は厄除けの願いが百八件もあって大変だった』って言ったら、『お疲れさま』って缶のお茶をくれた。あのとき、わたし——ああ、この人はわたしを神様としてじゃなく、ただの白穂として見てくれているんだなって思って……」 尾が揺れた。耳が伏せられた。千年を超える神が、年若い男の前で泣いていた。 「わたしも、好きよ。ずっと、ずっと。言えなかっただけ」 翔太は膝で距離を詰めた。白穂の涙を親指の腹で拭うと、白穂が驚いたように息を呑んだ。触れた頬は人間のそれよりわずかに温度が高くて、絹のように滑らかだった。 「泣かないでくれ」 「……嬉しいから泣いてるの、馬鹿」 ふ、と二人同時に笑った。額と額がそっと触れ合い、鼻先が掠めた。 翔太が唇を重ねたのか、白穂が顔を上げたのか、どちらが先だったかはわからない。 最初の口づけは塩辛くて、温かくて、山藤の匂いがした。 --- ## 三、 夜に灯る 社の奥には人の目に映らない部屋がある。白穂の私室で、千年の歳月で少しずつ整えた空間だった。畳が敷かれ、行灯が柔らかな橙色の光を落とし、壁際には書物が山と積まれている。 「散らかっていてごめんなさいね」 「いや……すごいな、ここ」 白穂は照れたように耳を伏せ、翔太を中に招き入れた。襖を閉めると外界の音がすっと遠ざかり、虫の声すら届かない。行灯の灯りだけが二人の影を畳に落とした。 「……あの、翔太くん」 「うん」 「わたし、こういうことは——その——初めてなの。千年も生きておいて恥ずかしいのだけれど」 翔太は目を瞬いた。 「千年で、初めて?」 「だって……好きな人とじゃないと嫌だったんだもの」 耳が真っ赤だった。尻尾がそわそわと左右に揺れている。千年の神のこの初々しさに、翔太は胸がいっぱいになった。 「俺もそんなに経験あるわけじゃないけど」 「……じゃあ、二人で、少しずつ」 白穂がそっと手を伸ばし、翔太のシャツの第一ボタンに指を掛けた。ボタンひとつ外すのにずいぶん手間取り、最後には「開かないわ……」と小さく唸った。翔太が堪えきれず笑うと、白穂がむくれた。 「笑わないで」 「ごめん。……可愛くて」 「——っ」 翔太は白穂の手にそっと自分の手を重ね、一緒にボタンを外した。一つ、二つ、三つ。シャツが肩から落ちると、白穂の金色の瞳がじっと翔太の胸元を見つめた。 「……人間の体って、温かいのね」 細い指が鎖骨をなぞった。その指先は人間よりわずかに爪が鋭く、触れるたびにぞくりとした快感が走った。 「白穂さんも——脱いで、いい?」 白穂は逡巡するように唇を噛み、それから小さく頷いた。 帯を解くと、白い小袖がはらりと開いた。月光のような肌が行灯の灯りに照らされた。鎖骨の窪み、なだらかな胸のふくらみ、腰のくびれ。人間の女性とほとんど変わらない——いや、肌理の細かさと、仄かに発光するような質感が異なっていた。銀色の髪が肩を流れ、その先に薄桃色の頂が隠れたり見えたりした。 「……見ないで、と言いたいところだけれど」 白穂が腕で胸元を覆おうとした。翔太はその手首をそっと押さえた。 「見させて。綺麗だから」 「お世辞は——」 「お世辞じゃない」 額にキスを落とした。瞼の上、鼻先、頬。ひとつずつ触れるたびに白穂の呼吸が浅くなっていくのが唇越しに伝わった。ようやく唇に辿り着くと、白穂が小さく口を開いた。 舌が触れ合った。甘い——文字通り甘い味がした。果実ともはちみつとも違う、名前のない甘さ。白穂が翔太の首に腕を回し、引き寄せた。 「んっ……ぁ……」 口づけを解くと、唇の間に細い銀の糸が引いた。白穂の瞳がとろんと潤み、耳がぺたりと伏せられていた。尾が翔太の腰にふわりと巻きついた。 「ねえ翔太くん」 「うん」 「……もっと、触って」 その一言が引き金だった。 翔太は白穂を畳の上にそっと横たえた。銀髪が扇のように広がり、行灯の光を受けて絹糸のように輝いた。覆い被さると白穂が両手を翔太の肩に置いた。細い指が少し震えていた。 鎖骨に唇を寄せ、舌で窪みをなぞった。白穂が小さく身じろぎした。首筋を吸うと、甘い吐息が漏れた。 「あ……っ、そこ、敏感、なの……」 「ここ?」 耳の付け根——狐耳の内側の薄い毛並みに唇を寄せた。ふ、と息を吹きかけると、白穂の体がびくりと跳ねた。 「ひゃっ——だ、だめ、そこは……っ」 「すごい反応」 「意地悪しないで……んぅっ……」 翔太は笑いを噛み殺しながら、指先を耳の付け根から顎のラインに沿って滑らせた。白穂が目を潤ませて翔太を見上げた。その表情があまりに艶めかしくて、腹の奥に熱が溜まった。 胸の膨らみに手を添えた。掌にすっぽりと収まるくらいの柔らかさ。親指で頂を撫でると、白穂が唇を噛んで声を堪えた。 「声、出していいよ。誰にも聞こえない」 「……っ、それは、そうだけど……恥ずかしい、の……」 翔太はゆっくりと唇を下ろした。頂を舌先で転がすと、白穂の手が翔太の髪を掴んだ。 「あっ、あぁっ……翔太くん……っ」 甘い声が室に満ちた。反対の胸も掌で包み、揉み解すように形を変えた。柔らかく弾力があり、指の間から溢れる感触が蕩けるようだった。白穂が背を反らし、尾がばさりと畳を叩いた。 「す、すごい……なんで、こんなに……気持ちいいの……?」 「それはこっちの台詞だよ。白穂さんの体、すごく柔らかくて……」 もどかしい。もっと触れたい。翔太は唇を胸から腹へ、臍の横へ、腰骨の際へと移した。白穂の肌は下るほどに熱くなり、微かに汗の匂いに混じって花のような香りがした。 袴の紐に手を掛けると、白穂が翔太の手に自分の手を重ねた。止められるかと思ったが、違った。 白穂が自分で紐を解いた。 「——自分で、脱ぐわ。……見ていて」 袴が滑り落ちた。白い太腿が露わになり、下着という概念は彼女にはないらしく、股の間に銀色の繊毛がうっすらと見えた。白穂は両膝を揃えて恥じらうように閉じたが、翔太の視線を受けて、おずおずと開いた。 花弁のような薄紅色の襞が、すでにうっすらと蜜を帯びて光っていた。 「……恥ずかしい」 「綺麗だ」 翔太は白穂の内腿に唇を寄せた。肌がぴくりと震えた。指先でそっと花弁を割り、蜜を掬うように撫でると、白穂が息を詰めた。 「ぁ……っ、そこ……」 滑りのよい指をゆっくりと滑らせた。小さな突起を見つけ、円を描くように撫でた。白穂が声を殺しきれず、あ、あ、と切れ切れの吐息を漏らした。尾が翔太の背中に回り、ふさふさの毛並みが肌を撫でた。 「入れるよ」 指をひとつ、花芯に沈めた。白穂の内壁がきゅっと指を包み込んだ。信じられないほど熱くて、滑らかで、脈打つようにうねった。 「あぁっ——んっ、ぁ……翔太くん……っ」 「大丈夫? 痛くない?」 「平気……平気、よ……もう少し、奥……」 第二関節まで沈め、ゆっくりと中を探った。浅い場所を撫でると白穂の腰がびくんと浮いた。少し上を押すように曲げると、甲高い声が弾けた。 「そこっ——そこ、いいのっ……!」 白穂の両手が翔太の肩を掴んだ。爪が肌に食い込むほどの力だったが、痛みよりも快感に近かった。翔太は指の動きを速めた。くちゅくちゅと湿った音が行灯の灯りの中で淫靡に響いた。 「んぁっ、はぁっ、だ、だめ……何か来る……来るの……っ」 「いいよ、そのまま」 「翔太く——ぁああぁっ!」 白穂の背が弓のように反り、内壁が指を強く締め上げた。びくびくと波打つ絶頂が指先に伝わってきた。白穂が翔太の胸に顔を埋め、細い体をがくがくと震わせた。尾がぱたぱたと畳を打ち、行灯の灯りが揺れた。 余韻が長かった。翔太が指をゆっくりと引き抜くと、白穂が力の抜けた声で「ん……」と小さく鳴いた。指先は蜜でてらてらと光っていた。 「……すごかった……」 白穂が顔を上げた。金色の瞳がとろとろに蕩けていて、頬は上気して桜色に染まっていた。耳が力なくぺたんと伏せている。 「翔太くんも……脱いで?」 翔太が残りの衣服を脱ぐと、白穂の視線がそこに落ちた。すでに硬く屹立していた。白穂が息を呑んだ。 「……大きい」 「やめてくれ、恥ずかしい」 「わたしだってさっき恥ずかしかったんだもの。おあいこよ」 白穂がおずおずと手を伸ばし、指先で触れた。ぴくりと反応すると白穂が「わ、動いた」と小さく声を上げた。包むように握り、ゆっくりと上下に動かした。手つきはたどたどしかったが、その不慣れさがかえって翔太の理性を削った。 「白穂さん……もう、入れたい」 「……うん」 白穂が仰向けになり、翔太を受け入れるように脚を開いた。翔太は白穂の上に身を置き、先端を花弁に当てた。蜜がたっぷりと溢れていて、触れるだけで滑った。 「ゆっくり、入れるから」 「……ん」 先端が沈んだ。白穂の内壁が熱い蜜とともに翔太を迎え入れた。想像を超える締まりと温度に、翔太は思わず呻いた。白穂もまた、「あ、ぁ……」と声を震わせた。 少しずつ進めた。中ほどまで入ったとき、白穂の眉根が僅かに寄った。 「……痛い?」 「ううん……少し、苦しいだけ。でもね」 白穂が翔太の頬に手を添えた。金色の瞳が真っ直ぐに翔太を見つめた。 「嬉しいの。繋がってるって、思ったら……涙が出そうなくらい、嬉しい」 翔太は白穂の額に唇を落とし、最奥まで腰を進めた。完全に結ばれた瞬間、白穂が小さく「ああ……」と吐息を漏らし、翔太の背に両腕を回した。尾が腰にきゅっと巻きついた。 しばらくそのまま動かなかった。ただ抱き合い、互いの体温を確かめ合った。白穂の心音が——神に心臓があるのかはわからなかったが——翔太の胸に伝わってきた。速くて、温かかった。 「動くよ」 「……うん」 腰をゆっくりと引き、また沈めた。白穂が小さく声を上げた。ぬるりと蜜が二人の結合部から溢れ、淫らな音を立てた。 「あっ……あぁっ……」 「白穂さん……気持ちいい……すごく」 「わたし、も……翔太くんが、中に……あぁんっ……」 律動を緩やかに繰り返した。白穂の内壁はうねるように翔太を締め上げ、引き抜くときには名残惜しそうに吸いついた。翔太は白穂の首筋に顔を埋め、鎖骨を舐めた。汗と花の香りが混ざった味がした。 「もう少し……速く、して……?」 白穂の懇願に応えて腰の動きを速めた。ぱん、ぱん、と肌のぶつかる音が室内に響いた。白穂が翔太の背に爪を立て、声を抑えきれなくなっていった。 「あっ、あっ、あっ——翔太くんっ、奥、当たっ——んんっ!」 「白穂さん、中すごい……締まって……」 「だって、気持ちいいんだもの……っ、はぁっ、あぁっ……!」 白穂の脚が翔太の腰に絡みついた。爪先がぴんと伸び、全身で翔太にしがみついていた。金色の瞳には涙が溜まり、唇は半開きで、銀髪が汗で額に張りついていた。 こんなに美しいものを、見たことがなかった。 「白穂さん——好きだ。好きだ」 「わたしも……わたしも好き……翔太くん、好き……っ」 腰を深く打ち込むたびに白穂の声が跳ね上がった。内壁がいよいよ強く脈打ち始め、翔太の限界も近づいていた。 「俺、もう——」 「中に……中にちょうだい……っ、大丈夫、だから……全部、受け止めるから……っ」 その言葉が最後の一押しだった。翔太は白穂を強く抱き寄せ、最奥に腰を押しつけた。体の芯から爆ぜるような快楽が走り、白穂の中に熱を放った。 「——っ、ぁぁあぁっ!」 白穂が同時に達した。内壁が激しく痙攣し、翔太から注がれたものを搾り上げるようにうねった。白穂の全身を包むように淡い金色の光が灯った。狐火——いや、もっと柔らかな光だった。 光は数秒で消え、二人は汗だくのまま畳の上に倒れ込んだ。 --- ## 四、 甘やかしの朝 つながったまま、しばらくどちらも動けなかった。 白穂が先に口を開いた。 「……翔太くん」 「ん」 「重い」 「あ、ごめん」 慌てて体を起こそうとすると、白穂の腕がきゅっと背中に回った。 「嘘。まだこのままがいい」 「どっちだよ」 「ふふ」 白穂が子供のように笑った。金色の瞳がすぐ近くにあった。汗で睫毛がくっつき合い、頬は紅潮し、耳はまだぺたんと伏せたままだった。 翔太は額に唇を落とした。白穂が気持ちよさそうに目を細めた。 ゆっくりと体を離すと、結合部から蜜と白濁が溢れた。白穂が「あ……」と小さく声を上げ、羞恥に顔を赤くした。翔太も耳まで赤くなった。 「……片付ける、もの、あるかな」 「大丈夫。ほら」 白穂が指を一振りすると、二人の体を清潔な風が撫でた。汗も体液も消え、肌がさらりと乾いた。 「便利だな、神力」 「こういうときくらいは使っても罰は当たらないわ。わたしが神様だもの」 白穂は翔太の隣に寝転がり、尾をふわりと翔太の腹に掛けた。天然の毛布のようで、温かくて柔らかかった。 「ねえ、翔太くん」 「うん」 「わたし、ね。これまでずっと、皆のお願いを叶えるのが役目だと思ってた。それが嫌だったわけじゃないの。でも……わたし自身の願いは、ずっと後回しにしていた」 白穂の指が翔太の手を探り、指を絡めた。 「誰かに好きだと言ってほしかった。神様としてじゃなく、白穂として。……千年かかっちゃったけれど、叶ったわ」 翔太は繋いだ手を持ち上げ、白穂の指の関節に唇を寄せた。 「これからは俺が白穂さんの願いを叶える番だ」 「あら、大きく出たわね」 「缶のお茶くらいしか供えられないけど」 「十分よ。あなたがいてくれるなら」 白穂が翔太の胸に頭を預けた。銀髪が翔太の肌に広がり、仄かに花の香りがした。 「ねえ……もう一回、していい?」 「——え、今?」 「だめ?」 上目遣いの金色の瞳。ぴこぴこと揺れる耳。千年を超える神の甘えた声。 翔太の理性は瞬時に蒸発した。 --- ## 五、 二度目の灯火 今度は白穂が上だった。 翔太が仰向けになり、白穂がその腰に跨がった。銀髪が垂れ下がり、翔太の胸を撫でた。行灯の灯りが白穂の輪郭を金色に縁取り、まるで仏画のようだった。 「こうすると……自分で加減できるかなって」 「白穂さん、意外と積極的だな」 「千年分の……その……好奇心、と思ってちょうだい」 白穂が自分の手で翔太を起こし、花弁に宛がった。ゆっくりと腰を沈めると、再び灼けるような熱が翔太を包んだ。 「あ、ぁ……入って、くる……っ」 一息に根元まで咥え込んだ。白穂が「っ……深い……」と息を吐いた。翔太から見上げる白穂は、揺れる胸も、紅潮した肌も、潤んだ金色の瞳も、すべてが途方もなく美しかった。 白穂がゆっくりと腰を動かし始めた。上下ではなく、円を描くように腰を回す。中で翔太の形をなぞるように内壁が蠢き、二人とも同時に声が漏れた。 「っ……白穂さん、それ……すごい」 「ん、ふ……こう……? ぁっ……自分で動くと、奥に当たって……」 白穂が眉を寄せ、唇を噛んだ。快感を堪える表情がどうしようもなく色っぽくて、翔太は白穂の腰に手を置いた。 「無理しなくていいから。気持ちいいように動いて」 白穂が頷き、腰の動きを縦に変えた。上がるときに花弁の際まで抜け、下がるときに根元まで沈む。そのたびにくちゅりと蜜の音が立ち、白穂の声が「ぁんっ」と弾けた。 尾がぶわりと膨らみ、翔太の脚をくすぐった。毛並みの柔らかさと、白穂の内壁の締め付けが同時に感覚を侵食し、翔太は腰を突き上げずにいられなくなった。 「あっ、あぁっ、翔太くん、下から——んんっ!」 「ごめん、我慢できなくて——」 「謝らないで……もっとっ……もっと突き上げてっ……!」 二人の律動が噛み合った。ぱんぱんと肌のぶつかる音が加速し、白穂が翔太の胸に両手をつき、髪を振り乱して腰を打ちつけた。胸が揺れ、汗の雫が翔太の腹に落ちた。 「いいっ、いいのっ……翔太くん、好きっ、好きぃっ……!」 「俺も——白穂さん、好きだ——っ」 白穂の内壁がひときわ強く脈打った。金色の光が再び白穂の体を包み、行灯の灯りが揺らいだ。翔太は白穂の腰を掴んで最奥に押し込み、二度目の熱を深く注いだ。 「くぁっ——ああああぁっ!」 白穂が天を仰いで絶頂した。全身を震わせ、内壁が翔太を強く律動的に締め上げた。その痙攣が翔太の射精を長引かせ、互いの快楽が螺旋のように絡み合って昇り詰めた。 やがて白穂が力尽きたように翔太の上に崩れ落ちた。とくとくと脈打つ内壁が余韻を伝え、白穂が翔太の首筋に顔を埋めて「はぁ……はぁ……」と荒い息を吐いた。 翔太は白穂の背中に腕を回し、汗ばんだ髪を撫でた。尾がだらんと力を失い、畳に垂れていた。 「……大丈夫?」 「……千年で、いちばん、気持ちよかった……」 「比較対象ないだろ」 「あるわよ。千年分の想像と比べて、ということ」 翔太は笑った。白穂も、くすくすと笑った。 再び神力で体を清めてもらい、二人は寄り添って横になった。白穂が翔太の頭を膝の上に乗せ、髪を梳いた。長い指が地肌を優しく撫でるたびに、この上ない安堵が全身に広がった。 「甘やかされてるな……」 「甘やかすのは得意なの。千年の練度を侮らないでちょうだい」 「誰を甘やかしてきたんだよ」 「村のお年寄りとか、迷い込んだ子狐とか、色々よ」 白穂が翔太の額にキスを落とした。母性とも恋情ともつかない、柔らかくて深い愛情がそこにあった。 「翔太くん。……明日も、来てくれる?」 「明日も、明後日も、毎日来る」 「……ありがとう」 白穂の声がかすかに震えていた。 「わたし、もう独りぼっちじゃないのね」 翔太は白穂の手を取り、指を絡め、ぎゅっと握った。 「ずっと一緒だ」 行灯の灯りがふたりの影をひとつに重ねていた。社の外では夜風が新緑を揺らし、どこかで梟が鳴いていた。 --- ## 終、 朝の社 朝靄の匂いで目が覚めた。 白穂の膝枕はいつの間にか普通の添い寝に変わっていて、翔太の腕の中で丸まるように眠っていた。銀色の耳が規則正しく微かに動き、寝息は穏やかだった。尾が翔太の腰に巻きついたまま離れない。 翔太はしばらくその寝顔を眺めていた。千年の時を生きてきた神は、寝顔だけ見ると年相応の女性のように無防備で、穏やかだった。 やがて白穂がうっすらと目を開けた。 「……ん、おはよう」 「おはよう」 「……夢じゃないのね」 「夢じゃない」 白穂がふにゃりと笑った。翔太の胸に額を押しつけ、くすぐったそうに言った。 「今日のお願い事、まだ見てないわ。溜まっているかも」 「手伝えることある?」 「そうねぇ……賽銭箱の紙を仕分けしてくれたら助かるわ。カテゴリ別に分けてほしいの。豊穣、縁結び、交通安全、その他——」 「了解。朝飯食ってからな」 「あら、わたしの社に朝ごはんなんてないわよ?」 「コンビニで買ってくる。白穂さん何がいい」 「……おにぎり。鮭の」 「千年の神様の朝ごはんが鮭おにぎりか」 「美味しいんだもの」 翔太は立ち上がり、衣服を身につけた。襖に手を掛け、振り返った。 白穂が畳の上に座り、両手を膝の上で重ね、銀色の尾をゆるりと揺らしながら翔太を見ていた。朝の光が板戸の隙間から差し込み、銀髪を透かしていた。金色の瞳が柔らかく細められていた。 「——行ってらっしゃい、翔太くん」 その声を聞いた瞬間、ああ、これだ、と思った。 自分がこれからの人生で、何度でも聞きたい言葉はこれだった。 「行ってきます」 石段を下りながら、翔太は空を仰いだ。五月の朝空は高く、雲ひとつなかった。 裏山の社に、千年の片想いを終えた神がひとり、鮭おにぎりを待っている。 そう思うだけで、世界がひどく、美しく見えた。 --- *了*