ありがとうございます――己の喉からその言葉が淀みなく流れ出しても、 少女は違和感を覚えなかった。そうするのが当たり前だと、心底教え込まれているからだった。 男は足元のくしゃくしゃになった紙幣を、殊更に靴底で踏み汚してから、 突然、彼女に興味を失ったようにくるりと背中を向けて懐中の煙草を探り始める。 無論、没交渉になった相手方も、また別の客を求めて、視線をうろうろと路地に投げる。 一時前には、最奥まで粘膜を擦り合わせた仲というのに――離れた瞬間に縁は絶え、 二人は互いに、それぞれに住む世界、違った時間の流れる中に、帰っていくのである。 また別の男が、よたよたと赤ら顔を陽気に歪めながら手元の酒瓶を呷った―― だが舌に垂らすにも足りないだけの量しかないことに気付くや否や、表情は丸めた紙になる。 そして憂さ晴らしの種を探す自動機械と成り果てた彼は、路地の壁に乱暴に打たれた鉄杭、 そこに繋がる鎖に繋ぎ止められた少女の裸体に、ふん、と詰まった鼻を鳴らすのである。 いくらだ、との乱暴な声に、やはり流暢に彼女は応える。その応答の早さがまさに、 隣でがりがりと痩せこけていく同僚たちに先んじて“仕事”を得る秘訣であったし、 そうすることが、自分の役割であるのだと――心の底から信じ込んでもいた。 じろじろと少女の顔を覗き込みながら、男は内心に酒瓶一つよりも安いその肉体を値踏みする。 目鼻立ちは整っている。ここにいるような連中の中では、目を惹くだけのことはあろう。 といっても、ぐったり転がり臥す他の女たちに隈や皺、負の化粧が多すぎるだけでもあるが。 大きな減点材料は、“女らしさ”に随分欠けていることである――遠目からはたと見たとき、 わかりやすく揺れる二つの柔らかな目印もなければ、腰まで届くような長い髪もない。 そして、一部を除いて全体に肉の足らぬ薄い身体ともなれば、 彼女がこうして、肌にいくらかの艶を残せているのが不思議なくらいでもあった。 彼の好奇心は次第に、その理由を探るために――蛞蝓のような言葉に、姿を変えていく。 聞き慣れない名。どこかの植物の名だったか悪口だったか、そんな文字列だったが、 男は聞いた端から、それを忘れてしまった。そしてまた、年齢。二十に届かないのは確かだ。 来歴――これはここまで堕ちてきた女たちには、あまり意味のないことでもある。 街角に繋がれて一夜いくらで抱かれ、稼ぎのほとんどは“場所代”として巻き上げられる。 食い扶持を維持するだけでも、日に何人と男を招き寄せねばならぬのだ。 そんなただの肉穴に、御大層な過去のあったところでどうなるというのか。 言っている本人も――やがて現状に押し潰され、口にしなくなるものと相場が決まっていた。 それよりも大切なことは、彼女がどれだけの男を知り、抱かれてきたか、の方である。 あるいは、どの部位を責められると弱いのか――そんな、穴としての具合である。 赤裸々に、少女は語る。ほんのりと、頬を染めて。その方が受けが良いと学習したから。 二桁ではとても収まらぬ数――それは彼女の姿を見れば、容易に想像できよう。 すっかり狙いを定めた男の指が、少女の肌の上を滑り――先客の忘れ物を拭う。 ちりん、と胸先の金輪が揺れた。じゃらり、と長い鎖が揺れた。 そして鎖は、彼女の唯一出っ張った部分――その突端に擦れて薄っすら赤くさせながら、 地面に鞭のように身体を叩きつけ、大きな音を立てる。すると少女の身体は、 その音に――何か恐ろしい記憶でも掘り出されたかのように、びくん、と小さな身体を震わせる。 男はその反応を見逃さず、鈴緒めいてじゃらじゃらと金属の蛇を踊らせた。 少女は音の鳴るたびに、びくびくと背を震わせたが、無論、やめろ、とはとても言えない。 薄い胸を上下させながら、縋るように彼を見る――嗜虐心を満たした彼は、 先ほど用を足したばかりでまだ熱気のこもるそれを、彼女の鼻先にぶら下げた。 言われもせぬうちから、赤い舌がちろちろと、彼のそれに付いた汚れの一切を舐め取る。 えづきもしないとは、流石に慣れたものだ――外気に縮こまっていた彼のものは、 むくむくと、本来の大きさと硬さを取り戻し、威容を哀れな少女に突き付けるのであった。 鎖のせいで、彼女が自分から取れる体勢というのはそう多くはない。 壁に向かって、肘から先をべたりとくっつけて上体ごと体重を預けるか、 もしくは完全に人形となって、客たちの好きなように身体を預けてしまうか。 男は少女がおずおずと自分に尻を向け――腹部を庇う様子を見せたのを見逃さない。 彼女がしっかりと身体を支える準備を整えるのを待ってもやらずに、 ずん、と後ろから一突きに、彼女を脳髄まで貫くように深々と挿し入れてしまう。 哀れ少女は、壁で身体を支えるどころか、男との間に挟み込まれて押し潰される格好だ。 そして男はさらに、彼女の身体の――痛々しく、重く、卑猥なまでに膨らんだ腹、 今にも産まれておかしくないような臨月胎を樽でも抱え込んだかのように強く握り締め、 両腕の圧でぐっと絞り上げながら、尻の側でも容赦なく腰を叩きつけるのであった。 抱えがいのある大きさの胎は、少女の薄い尻と小さな骨盤をみしみしと軋ませる。 余裕のなくなった容量は、必然的に、“内容物”を外に出させようと促し始める。 悲鳴はやがて懇願に切り替わり、それでも男が一向に腰を止めないと悟ると、また悲鳴に。 隣やまたその隣、自分と同じ立場の、“街角の恋人たち”が――そうやって、 男たちに乱暴されて産気付かされ、放ったらかしのままに子を産む光景を、 彼女は既に幾度か見て来ているはずなのに――それが自分の身に振りかかる瞬間まで、 どこか、嘘のようにも感じていたのだ――けれど、この痛みは嘘のはずがない。 男は興奮しながらも、少女を罵倒する言葉をあれこれと考えては投げつける。 しかしそれらに反応する余裕は、全くないのである――内側から押し寄せてくるものが、 全く止まる気配なく、内臓をぎちぎちと押し潰して肺腑から空気を吐き出させているのだ。 どうして気の利いた言葉の一つも返せようか?無理やりのお迎えをされている最中に。 男が産婦相手でも一切慈悲を見せぬのは、それが自分の種である確率の皆無なことと―― こうして肉穴を男たちに提供する他に価値のない、自分の仕事を見つけられない女たちへの、 社会福祉をしている、そんな建前を与えられていることが、根本にある。 暴力と背徳の正当性を与えられれば――自然、彼らはそちらで日々の鬱憤を晴らす。 そうすれば、家庭では良き夫であり、職場では良き同僚であれるというものだ。 そして、野垂れ死ぬだけの無価値な女も生命を繋げる――何ともできた制度ではないか。 男の腕の力が急に抜け、支えを失った彼女は振り子めいて壁にがつんと顔を打ち、 鼻からつう、と赤い筋が垂れた――顔を擦りながらも、礼の言葉を絞り出すうち、 やはり男は背中を向けて、いくらかの紙幣をそこに放り出していってしまう。 地面に血の塊をぷっ、と吹くと、少女は陣痛から意識を逸らすために、 周囲のごみ溜の臭いを嗅がずに済む利点と、いきみにくさという欠点を比べ始めた。 ふごふごと、豚の鳴き声のような鼻呼吸の音を――どこか滑稽にも感じながら。 既に地面はべったりと、一年かけて子宮に溜め込んだ液体に濡れている。 その気化熱で、火照りの僅かに冷まされるのが、なんだか気持ちいいようにも思うのだった。 まるで自分のものでないかのように、ずきずきと痛む膣口――裂けて、真っ赤に染まっている。 そこから、さらに赤い塊が這い出てきている光景は、一体何の冗談だろう? 彼女にとって幸いなのは――産んだ子は国の財産として買い上げられ、国民となることだ。 その養育費まで請求されたら、たまったものではなかったろう。 痛みと疲労に霞む目に、通りを走る車の灯りがちかちかと光を投げ掛ける。 その様に、彼女は何故だか酷く懐かしさを感じた――ゆるゆると、微睡み始めた思考の奥に、 失って遠い相棒、既に解体されて螺子の一本まで売り尽くされた二輪車の影が映る。 その名前を思い出すことはできない。声の高低も、もう耳には残っていない。 入るのはやめないか――と、忠告してくれていたことを、ふと、思い出す。 働かざる者食うべからず。その冷徹なる掟を、旅人にさえ敷くこの国に。