⑨  放課後の特美研の部室で、鬼塚光はスマートフォンの画面を指先で送りながら、作業机の向こうにいる日野勇太を見た。  画面に映っているのは、黒から濃灰へと重なる分節装甲に、赤い前腕の爪状武装と橙色のラインが走る試作スーツの写真だ。 「ねえ、こういうのSNSに載せないの? せっかく作ってんのに」  手元で前腕パーツを拭いていた勇太が口を濁すと、机の端に顎を乗せていたヴォーボモンが普通に口を開いた。 「勇太、何つぶやけばいいか分かんなくて、すぐやめちゃうの。あと、厄介そうな人とすぐレスバしちゃうから、ユーコに禁止されてる」 「…あ~。あ~~~~~~分かる」 「…そこは納得しないでよ。あれは向こうが――ちゃんと作ってる人に、何も知らない相手が適当なこと言うから…」 「今ので分かった」  光におかしそうに遮られ、勇太は反論を飲み込んだ。普段は口下手なくせに、言い返す時だけ言葉が速くなる。 「じゃ、私が代わりにやってあげる。日野は作る担当。写真と文章はこっち」 「…そんなに載せるもの、ないし」 「あるって。ほら、外装とか、作業中の手元とか」  光は撮り溜めていた制作途中の写真を数枚並べてみせた。ヴォーボモンも「僕とスーツが一緒のも載せて!」と身を乗り出す。楽しそうに写真を選ぶ光の勢いに押され、勇太は「…じゃあ、お願い」と、放置していた『スーツ制作メモ』という記録用アカウントを任せることにした。  数日後の昼前、勇太が作業用の荷物を持って廊下を歩いていると、知らない生徒の視線が耳元から頭の上まで動くのを感じた。 「…あの人?」「ほんとに大きい」  そんな小声が聞こえる。一度なら気のせいで済むが、別の場所でも長い赤毛の髪や荷物をちらちらと見られた。勇太は182cmの背を少し丸め、袖に何か付いているのかと確かめる。  さらにすれ違った生徒の「特美研の」「ピアス、すごいって」という断片的な声が耳に入った。自分のことなのか、他にそんな部員がいるのか判断がつかない。足元のヴォーボモンが「スーツ、見てもらえたのかな」と期待する横で、勇太は首を傾げながら部室へ向かった。  部室にいた光へSNSの反応を尋ねると、光は「見る? 結構見てもらえてるよ」と明るく画面を向けてきた。  画面には、黒と赤のスーツや作業途中の手元が、見やすい写真で並んでいた。太陽風のベルトや、炎とゴーグルを思わせる額の意匠も綺麗に写っており、作品がいい形で見えていることはすぐに分かった。  ところが添えられた文章は、勇太の普段の喋り方とは似ても似つかない。 『黒×赤、やっぱ優勝じゃん🖤 今日は腕のとこ詰めてる✌️』 『赤い爪、盛れた❤️ これちゃんと動くやつなので、映像にするの楽しみすぎ』 『中の人182cm。縦に盛れてるので、スーツで立つと圧すごい😂』  写真の勇太は、顔を伏せて作業する長髪の大柄な人物として写っている。輪郭を隠す髪の間から耳元の飾りもわずかに見えるが、小さな写真と伝聞では数や形までは判然としない。  反応は造形への好意が中心だったが、その中に『特美研のギャルの人?』『耳、ピアス多くない?』といった知らない生徒の取り違えが混ざっていた。そこから校内で話が膨らみ、「特美研には、ピアスを開けまくっている182cmの大柄ギャルがいる」という噂になっているらしい。よく知るクラスメイトなら誰だか分かっても、別クラスや他学年からは派手で人当たりのよい長身女子が作っていると思われていた。 勇太は画面を見つめたまま、低く呟いた。 「…俺の身長に、鬼塚さんの喋り方が乗ってる」  横から覗き込んだギルモンが「こっちの日野、よくしゃべるね」と鼻先を鳴らし、ヴォーボモンも「文章だけ、光だね」と頷く。 「…あ。これ、私の文だからか」  光はそこで初めて、写真の人物が書いているように読まれたことに気づいた。 「スーツ着る前に、ギャルに変身してる…」  勇太がこぼすと、光は一度吹き出しかけてから、すぐ「ごめんって、そっちは直すから」と引き受けた。  勇太は「俺から訂正する」と自分の端末を取り出し、メモ欄に下書きを打ち始めた。最初は性別と担当を示すだけのつもりが、勝手な憶測を思い出すうちに指が止まらなくなる。 『そもそも、実際の制作も確認せずに、写真の角度と勝手な憶測で人物像を決めつけるのはいかがなものかと――』 まだ投稿はしていないのに、画面の半分が文字で埋まっていく。横から冒頭を覗き込んだ光が、呆れたように止めた。 「日野。それ、訂正? 喧嘩の準備?」 「いや、事実と違うから、ちゃんと言わないと…」 「ユーコ、そこ心配してるんだって」  ヴォーボモンに落ち着いた声で言われ、勇太の親指がぴたりと止まる。ギルモンも「また長くなってるよ」と画面を指さした。 「『作ってるのは男子、文章は友達』で終わる話じゃん」  勇太は言い返そうとして口をつぐんだ。ここで弁明を続ければ、また最初に光を納得させた時と同じになる。  光は手元の投稿文に、『※スーツを作ってる中の人は男子です! 写真と文章は友達が担当してます✌️』と説明を書き足した。ギャルっぽい調子は残っていても、これで知らない生徒にも取り違えだったと伝わる形になった。  訂正を終えた画面で、勇太は投稿された写真をあらためて見返した。  そこには外装だけでなく、勇太が夢中で手を動かしながら、隣のヴォーボモンへ何か説明している作業中の写真もあった。普段の自分では絶対に撮らない写真だ。 「…どうしてそんなに載せるものがあったの」  勇太が聞くと、光は少しだけ目を瞬かせた。 「だって、日野が作ってる時、結構楽しそうな顔してんのに。部室来ない人、そういうの知らないじゃん」  勇太は画面の中の自分の手元へ視線を落とした。 「…鬼塚さんは、そう見えてたんだ」 「そりゃ、見てるから。  …スーツをね」  光は自分で付け足した言葉のあと、少し早口で画面の写真を切り替えた。勇太はそれ以上問い詰めず、机の上の次に調整する部分を指先で示した。 「…じゃあ、次のやつも、撮ってもらっていい?」  最初は押し切られただけだったが、今度は自分から頼めた。  光は顔を上げ、いつもの調子で頷いた。 「いいわよ。その代わり、直したいところは投稿する前に言いいなさい」  同じ画面を少し近くで覗き込んでいると、ヴォーボモンが胸を張って言った。 「でも、ユーコとの約束は守れてるよ。勇太、まだ一回もつぶやいてない」 「…俺、何もつぶやいてないのに、俺の噂だけ増えてる」  勇太がぼそりと返すと、光がこらえきれずに笑い、勇太も今度は画面から顔を上げたまま短く笑った。机の上から、次の写真を撮るために光のスマートフォンが持ち上がった。