一人の少女の話をしましょう。 たかが一つの小学校という小さな世界の中で、自分はあらゆる分野の頂に立っていなければならないのだと信じ込んだ、哀れな少女の話です。 少女の名は、浅野陽葉理。 そのきっかけは、きっとひどく些細なことでした。 彼女はただ少しだけ、同い年の子どもたちよりも身体の成長が早く、ただ少しだけ、物事を呑み込むのが上手で、そして、ただ少しだけ、要領よく立ち回ることができました。けれど、子どもの世界では、その「少しだけ」が決定的な差になるものです。 だから、運動会では誰よりも速く走れました。 学芸会では、いつも主役を任されました。 テストでは、すべての教科で満点を取れました。 もちろん、努力をしなかったわけではありません。 できないことがあれば、できるようになるまで繰り返しました。分からないことがあれば、分かるまで調べました。そうすれば、昨日までできなかったことが、今日はできるようになりました。 その時の陽葉理にとっては、それは間違いなく楽しいことだったのです。 「陽葉理はすごいね」 「よく頑張ったな」 結果を出すたび、両親も周囲の大人たちも、惜しみなく彼女を褒めてくれました。 「陽葉理ちゃんに任せれば大丈夫だね!」 同級生たちもまた、当然のように彼女を頼るようになっていきました。 ――そこに悪意などは、きっとどこにもなかったのでしょう。 褒めてもらえること、みんなから頼られること、どちらも陽葉理には嬉しいことでした。自分が必要とされているようで誇らしく思えました。 だから、もっと頑張りました。 次も、ちゃんと期待に応えよう。その次も、みんなを喜ばせよう。 そうして褒められるたびに、彼女は『期待されるにふさわしい自分』であり続けようと、努力を重ねていったのです。 みんなの一番でいること。 何があっても、頼りにされる自分でいること。 それが、いつしか陽葉理のすべてになっていました。 一番になれたことを喜ぶよりも、一番でいられなくなることを恐れるようになりました。期待は静かに呪いへと姿を変え、一番でない自分を、彼女は許せなくなっていったのです。 そうして少女は、これからも周囲の期待に応え続けるために、血の滲むような努力へ持てる時間のすべてを注ぎ込むようになりました。 けれど、学年が上がるにつれて、一番でいなければならない事柄も増えていきました。どの分野でも頂に立とうとすれば、そのために必要な努力も大きくなっていきます。何か一つに時間をかければ、そのぶん、ほかのことに使える時間が減ってしまいます。 それでも、彼女に妥協の選択肢はありません。 足りないぶんは、眠るはずだった時間を少しずつ削って作り出しました。重くなったまぶたをこすり、疲れの抜けない身体に鞭を打ち、昨日よりもできる自分であろうとする日々。 まるでゴールのないマラソンのような地獄。それでも――彼女は、満足していました。 どれほど苦しくても。 どれほどつらくても。 挫けそうになったとしても。 みんなの期待に応えられている、そのあいだだけは。 壁があるなら、乗り越えればいい。努力は必ず報われる。 この意志さえ失わなければ、自分はこれからも、ずっと頂に立ち続けられる。 彼女は無邪気に、そう信じていたのです。 * * * 私、浅野陽葉理の朝は早い。 「んぅ……んっ」 毛布の中で小さく伸びをして、重たいまぶたを何度か瞬かせる。それから、のそのそと上半身を起こした。 まだ、頭は半分くらい眠っている。ぼんやりと周囲を見渡した。 ふかふかのベッドも、勉強机も、本棚もない。あるのは、すぐ頭の上まで迫っている布の天井と、寝床の脇にまとめた荷物だけだ。 二畳にも満たない、今の私のお城。もとい、テント。 ……そうだった。 見慣れてしまった景色を確かめて、自分が今どこにいるのかを思い出す。それも、いつの間にか朝の日課になっていた。 入口の隙間から、青白い光が差し込んでいる。そっと外を覗いてみると、夜のあいだ濃い青に沈んでいた景色が、少しずつ輪郭を取り戻しはじめていた。 地球なら、夜明けと呼ぶ時間なのだろうけれど、この世界に太陽はない。代わりに空のずっと高いところには、見上げれば視界の大半を埋めてしまうほど巨大な天体球が浮かんでいる。 そこから降り注ぐ『電子の光』とかいうものが強くなったり、弱くなったりすることで、この世界にも朝や夜に似た時間が訪れる――らしい。 ……らしい、というのは、私も詳しい仕組みまでは知らないからだ。とにかく、明るくなったら朝。暗くなったら夜。今のところは、それで困っていない。 ――そう、ここはデジタルワールド。 日本でもなければ、地球ですらない。大地も、水も、空に浮かぶあの天体球も、ここで暮らす不思議な生き物たちも、何もかもが『データ』でできている世界なのだという。 もっとも、そう言われても、いまひとつ実感は湧かないけれど。 転べば膝をすりむくし、お腹だって空く。硬い地面で眠れば、こうして背中も痛くなる。データだと説明されたところで、痛いものは痛いのだ。 「……さむっ」 もちろん、こうして寒いものは寒い。隙間から入り込んだ冷たい空気が、頬を撫でて首筋へ忍び込んでくる。私は思わず肩をすくめ、毛布を身体へ引き寄せた。 あと、もう少しだけ。 そんな考えが浮かびかけて、慌てて首を振る。 ……駄目だ。ぬくぬくしている場合じゃない。 天体球の光がもっと強くなれば、みんなもじきに目を覚ます。 ――私には、その前に済ませておかなくてはいけないことがあるのだから。 ぬくもりへの未練を振り切るように毛布を払いのけると、すぐ隣で何かがもぞりと動いた。 「ハニモン、起きた?」 毛布の端に声をかければ、小さな頭がひょこりと覗いた。 埴輪によく似た、不思議な生き物。私のパートナーデジモン――ハニモンだ。 土色の丸っこい身体に、ぽっかりと穴が開いたような目と口。かわいいと言えばかわいいのだけれど、そこに表情らしい表情はほとんどない。 それでも最近は、身体の傾け方やちょっとした仕草から、なんとなく気持ちが分かるようになってきた。どうやら今は、まだ眠いらしい。頭だけ毛布から出た格好で、ゆらゆらと揺れている。 「ほら。起きるんでしょ?」 毛布を少しめくってやると、ハニモンはようやく身を起こした。それから、どこにしまっていたのか、一枚の木の看板を取り出す。 【おはよう】 「……ふふっ。おはよう、ハニモン」 声を返すと、ハニモンは看板を掲げたまま、こくりと頷いた。 ――初めて会ったときも、こんなふうに看板を向けられたっけ。 あの日、私は学校から家へ帰る途中だった。いつもの道を歩いていたところまでは覚えている。 帰ったら、また頑張らなくちゃいけない。明日も、みんなの前でちゃんと笑わなくちゃいけない。 そんな当たり前のことを考えていたはずなのに……その日はたまたま、いつものように心に蓋ができなくて。こみ上げてくるものを抑えきれなくて、私は足を止めた。 ――それから先の記憶は、途切れている。次に目を覚ましたとき、私は見覚えのない森の中に倒れていた。 最初は夢だと思ったけれど、頬に触れる地面は冷たかったし、起き上がろうとすれば身体のあちこちが痛んだ。そうやって、どうにか身を起こした私のそばに、その子はいたのだ。 土色の、小さな生き物。少し離れたところから身体を傾けて、じっとこちらを覗き込んでいた。 正直に言えば、怖かった。知らない場所で、知らない生き物と二人きり。逃げなくちゃと思ったのに、足には上手く力が入らなかった。 私が動けずにいると、その子は困ったように身体を右へ、左へと揺らした。やがて、おそるおそる近づいてきて、木の看板を差し出したのだ。 【だいじょうぶ?】 ――それが、私とハニモンの出会いだった。 ハニモンは言葉を話さない。話さないだけなのか、話せないのか、今でもそこはよく分からないけれど、伝えたいことがあるとあの日と同じように看板を使う。 ちなみに、看板をどこにしまっているのかも、いまだに謎のままだ。一緒に寝起きしているのに見破れないのだから、なかなか大した秘密だと思う。いつか、出すところをちゃんと見てやるのが、今の私のひそかな目標だったりする。 そんな他愛ないことを考えながら、私は旅用の外套を羽織った。長い髪を隠すようにフードを目深にかぶり、寝床の脇に用意しておいた着替えと帽子、身体を拭くための布を抱える。 忘れ物がないことを確かめてから、ハニモンへ人差し指を一本立ててみせた。静かにね、という合図だ。ハニモンは分かっていると言いたげに頷いた。 テントの入口を少しだけ開き、まずは顔を外へ出して辺りを窺う。 近くのテントから、誰かが起き出してくる気配はない。夜番の子たちがいる焚き火は、ここからは見えなかった。向こうからも、私のテントはほかのテントの陰になる。 ――よし。 この数日で、見張りの位置も、交代する時間もだいたい覚えた。なるべく人目につかずに目的地まで行ける道も探してある。 私は荷物を抱え直し、テントの外へ滑り出た。数歩進んでから振り返り、声を潜める。 「……行こう、ハニモン」 ハニモンは看板を抱えたまま、ちょこちょこと私のあとについてきた。 まだ薄暗い道を、パートナーと共に進む。辺りには大小さまざまなテントが並び、中からはみんなの寝息が聞こえていた。 この一団には、数十人の人間の子どもたちと、そのパートナーデジモンがいる。ハニモンのように同じテントで眠れる子もいれば、どう頑張っても入口を通れそうにない子もいる。そういう大きなデジモンたちは、野営地の外側で身体を丸め、地面をベッド代わりにしていた。 テントの間を抜けながら、近くで眠るそのうちの一体を起こさないよう横目で確かめる。風が木々を揺らす音に混じって、ときおり、布が擦れる音や誰かが寝返りを打つ気配がした。そのたびに足を止める。 ……大丈夫。誰も起きてこない。 そう確かめてから、また歩き出す。 テントの並びを抜けると、川辺へ続く道は森に入り、すぐに細くなった。 木の根があちこちで地面を持ち上げ、足元では見慣れない色の苔が淡く光っている。ぼんやりしていれば転びそうな道だけれど、毎朝通っているうちに、大きな石のある場所も、滑りやすい根の位置も覚えてしまった。私が足を置いたところをなぞるように、ハニモンがぺたぺたとついてくる。 天体球の光は、少しずつ強くなっていた。木々の隙間を抜けた青白い光が、地面にまだら模様を作っている。夜のあいだ黒い塊にしか見えなかった森へ、ゆっくりと色が戻りはじめていた。 急がないと。 少し足を速めると、やがて、木の葉が擦れ合う音に、水の流れる音が混じりはじめた。 道を覆う草をかき分けると、視界が開ける。 目の前には、朝の電子光を映した川が流れていた。 川幅はそれほど広くない。向こう岸までなら、頑張れば石を投げて届きそうなくらいだ。流れは穏やかで、透き通った水の底には白い石がいくつも見える。岸に近い浅瀬では、小石に遮られた流れが細かな波紋を広げていた。 ――ここが、私たちの目的地。 両岸には背の高い草が生い茂り、少し離れればこちらの姿はほとんど見えない。野営地からも距離があるし、今のところ、この時間に誰かが来たことはなかった。 それでも、今日も来ないとは限らない。 「ハニモン、いつものお願い」 川辺へ続く道を指さすと、ハニモンは胸を張るように身体を反らした。いつの間にか、看板の文字が変わっている。 【まかせて】 ……だから、いつ取り替えているんだろう。 「誰か来たら、すぐに教えてね」 ハニモンは力強く頷き、来た道を少し戻っていった。 その小さな後ろ姿を見送ると、私はもう一度周囲を確かめて、抱えてきた着替えと布、帽子を平らな岩の上へ置いた。 「……よし、私も手早く済ませなくちゃ」 外套と服を脱ぎ、濡れない場所へ畳んで重ねる。 屋外で肌を晒すのに思うところはあるけれど、背に腹は代えられない。小さく息を吸い、そのままの勢いで浅瀬へ足を入れた。 「ひゃっ……!」 思っていたより、ずっと冷たい。反射的に引きかけた足を、どうにか踏みとどまらせる。毎朝のことなのに、この瞬間だけは慣れない。少しくらい慣れてくれてもいいのに、この身体は律儀に、毎回ちゃんと驚いてくれる。 「分かってたでしょ……冷たいのは」 自分へ言い聞かせ、両手ですくった水を顔へ浴びせた。頬に残っていた眠気が、一瞬で吹き飛ぶ。そのまま急いで汗や土埃を洗い流し、髪の汚れも落としていく。のんびりしているつもりはないのに、指先はもう冷たくなっていた。 地球にいた頃なら、こんな時間に川へ入るなんて考えもしなかった。家へ帰れば、温かいお風呂があった。石けんも、柔らかいタオルもあった。何もしなくても蛇口からお湯が出てくるというのは、今思うと、ずいぶん贅沢なことだったらしい。 ……まあ、思い出したところで、この川がお湯になるわけじゃないけれど。 私はそそくさと岸へ戻り、岩の上の布を掴んだ。 「さむ、さむさむ……」 急いで身体の水気を拭き取り、乾いた服へ袖を通す。誰も見ていないのだから、これくらいの弱音は言ったうちに入らないはずだ。 そう思ってから、念のためハニモンへ目を向けた。川辺には背中を向けたまま、道の先をじっと見張ってくれている。その丸い後ろ姿を見て、少しだけ肩の力が抜けた。 「ありがとう。もうちょっとだから」 声が届いたのか、ハニモンが片手を上げる。 私は濡れた髪を布で挟み、できるだけ水気を取った。それから帽子を持って、流れの緩やかな岩陰へしゃがみ込む。 水浴びもここに来た目的の一つだけど、ここからが本番だ。 水面には青白い光が映り、細かく揺れていた。鏡の代わりにするには頼りないけれど、顔も髪も、どうにか確かめることができる。 そこには、一人の女の子が映っていた。 濡れた長い髪。少しつり気味の目。その上で、どこか頼りなく下がった眉。 見慣れた顔だ。 ――弱くて、醜くて、情けない、大嫌いなこの顔。 「早く、消さなくっちゃ……」 私は長い髪をひとまとめにすると、慣れた手つきで編み上げ、帽子の中へ収めた。 次に襟元を直し、大きめの上着を整える。少しくらい着崩したほうが男の子らしく見えるのだけれど、だらしなくは見せたくない。この加減は、何度やっても難しい。 背筋を伸ばし、下がりかけていた眉を少しだけ上げる。強張っていた口元を緩め、少しくらいのことでは動じないような笑みを作った。 そこまでしてようやく、水面の中に『ヒバリ』が現れはじめる。 誰かに頼まれれば笑って引き受け、困っている子には自分から手を差し出す。何でもこなせて、弱いところなんてこれっぽっちも見せない。みんなが知っている『ヒバリ』は、そういう男の子だ。 そんなふうに振る舞っていれば、みんなは私を頼ってくれる。役に立てば喜んでもらえるし、ありがとうと言われると、胸の奥が温かくなる。そのあいだは、何をやっても足りなかった自分のことを、考えずに済んだ。 今日もみんなの役に立てれば、ここにいてもいい。明日も、ちゃんと頼りになる『ヒバリ』でいられれば、その次の日だって。 ふいに帽子の下から髪が一筋落ちてきて、私は慌てて手を伸ばした。冷えた指先では上手くつかめず、何度かやり直して、ようやくほかの髪の下へ押し込む。 水面を確かめ、ほっと息を吐いた。今度は、ちゃんと隠れている。 ――女の子だと知られたら、みんなはどんな顔をするのだろう。 驚かれるかもしれないし、黙っていたことを怒られるかもしれない。案外、そんなことかと笑われるだけかもしれない。 でも浅野陽葉理に戻った途端、昨日までできていたことまで、できなくなってしまうような気がする。そんなはずはないのかもしれないけれど、それを確かめる勇気はなかった。 せっかく、また頼ってもらえるようになったのに。 私は水面を見つめたまま、上着の袖を引いた。 「……私、は」 そこまで口にして、言葉を飲み込む。肩の力を抜き、声を少しだけ低くして、もう一度。 「――俺は、ヒバリ」 今度は、いつもの声だった。みんなの前で使っている、男の子の『ヒバリ』の声。それを自分の耳で聞いて、ようやく胸のつかえが少し下りた。 昨日までと同じように振る舞えばいい。頼まれごとをされたら自分から引き受ける。難題を前にしても屈せずに不敵に笑って、それでいて何とかしてしまう。 ―そう、それが私の理想の『ヒバリ』なのだから。 「大丈夫。俺に任せて」 念のためそう口にすると、水面の中の少年は、ちゃんと頼もしそうに笑っていた。 私はその顔を確かめてから、ようやく立ち上がった。外套を羽織り、濡れた布と脱いだ服をまとめて、ハニモンの待つほうへ歩いていく。 足音に気づいたハニモンが振り返り、頭から足元まで、じっと私を見た。 「……何だよ」 どこかおかしいのだろうか。帽子へ手が伸びかけたところで、ハニモンが一枚の看板を取り出す。 【きょうもいい感じに決まっているぞ、ヒバリ】 「そ、そういうのはいいって」 思わず声が高くなり、慌てて咳払いをした。ハニモンは気にした様子もなく、看板を掲げたまま私の隣へ並んでくる。 「……見張り、ありがとな。でも、それはもうしまってくれよ」 野営地まで持っていかれたら、何を言われるか分かったものじゃない。 ハニモンは少しだけ身体を傾けたあと、ようやく看板を下ろした。私が目を離した次の瞬間には、もう両手が空いている。 ……本当に、どうなっているんだろう。 天体球の光は、川へ来たときよりもずっと強くなっていた。森の奥からは、目を覚ましたデジモンの鳴き声らしきものも聞こえてくる。そろそろ、みんなも起きはじめる頃だ。 荷物を抱え直して来た道へ足を向けると、ハニモンが外套の端を軽く引いた。 振り返った先には、小さな看板があった。 【だいじょうぶ?】 一瞬、返事に詰まった。ハニモンは外套をつかんだまま、じっと私を見上げている。 寒そうにしていたからだろうか。それとも、支度に時間がかかったからだろうか。それとも――。 理由を尋ねる代わりに、私は帽子の鍔を押し上げて笑った。 「大丈夫だって。ちょっと寒かっただけだよ」 今度は、ちゃんと口は動いてくれた。 ハニモンはしばらくこちらを見ていたけれど、やがて看板を下ろし、外套からも手を離した。それでも先へ行こうとはせず、私が歩き出すのを待っている。 「……ほら、戻ろう。みんなが起きる前にさ」 私が一歩踏み出すと、ハニモンも隣で足を動かした。ぺたぺたという小さな足音に合わせて、私も歩幅を少し狭くする。 誰にも見せられない、浅野陽葉理の朝はここまでだ。ここからは、みんなが知っている男の子――『ヒバリ』の一日が始まる。 森の向こうにテントの屋根が見えてきて、私は帽子へ伸ばしかけた手を下ろした。もう何度も確かめたのだから、きっと大丈夫。 ――今日も一日、ちゃんと『ヒバリ』でいられますように。 そんな願いを胸にしまい、私は仲間たちの待つ野営地へ歩いていった。