ユーリエ=アッテンボロー 王都警察セルフ怪文書  サカエトル王都警察、ウァリトヒロイの王都においてその治安維持を目的に組織されたであろう警察機構である。  今日は恋愛面でちょっと残念なお姉さんのお話。   【Senses】    ユーリエ=アッテンボロー、交通安全課所属でサンタの娘。  呪いとも言えるほどのダメンズウォーカー、つまり男運が非常に悪い。  今日もトナカイのスレイに跨り魔杖を振るう。 「待ちなさい!待ってダーリン!!」 「ちっ、アイツ、ポリだったかのかよツイてねえ」  男が人ごみをかき分け逃げていく。  追う婦警はユーリエ、逃げる男はその彼氏、正確には元カレシと言えるだろうか。  スレイのスピードならば余裕で追いつけるはずだが、人ごみのせいか上手くつかみ切れない。 「くそっ邪魔だ!」    逃げる道中、男が少女を突き飛ばす。  必死な動きから繰り出されたそれに、少女の身体は容易く浮き上がり、車道へ飛んでいく。 「あぶない!」  追走を中止し、少女の方向に頭を向ける。  トナカイ、スレイは時を踏みつけて走る特殊なトナカイである。  気合を入れると時を飛び越えて瞬間移動も可能となる。  一晩で様々な場所を回るサンタクロースに時間の制約を突破させる術であるのだ。  超高速で少女に近づき、鞍に足をかけ、側面にぶら下がるように傾く。  ギリギリのところで少女を拾い上げ、馬上に引っ張り上げる。 「大丈夫?けがはない?」 「ありがとう、お姉ちゃん!」  突き飛ばされたあたりを払ってやり、地上に下す。  親が子を抱きしめるのを微笑みながら確認し、彼らが礼をせんとこちらを向き直る前にスレイが高く跳躍する。 「許さない」  目が座る。  愛したものを見失わない天性のセンサーのようなものか、男を人ごみの先に見つけ出す。  手綱を引き、そこに向かって空を蹴りながら突進する。 「なっ!てめ…ぐっ!」  問答無用に魔弾が炸裂する。  ユーリエが魔杖「ブルームハンドル」より放つ魔弾は対象の健康状態を損ねる効果を持つ。  男は悶絶し突っ伏した。  どこぞに結石でもできたのだろうか。 「被疑者、確保しました。回収お願いします」  いつもの朗らかさはどこへやら、彼女の故郷のように冷たい声で通信に告げる。  捕り物はここに終着を見た。    いつからだろうか、ガラの悪いオトコに惹かれるようになったのは。  両親はサンタクロース、全世界共通で最高レベルの善なる存在。  その血が自身に流れているのはわかるし、誇りでもある。  反動だろうか?  その割には警察官などしているのだから趣向と行動に矛盾が生じている。  もしかしたら自身の矛盾を世界が許容しきれるのか試しているのかもしれない。  さてなぜこんな小難しいことを考えているかと言えば本日も彼氏を逮捕したからである。 「はぁ…」 「お手柄じゃあないかユーリエ」 「課長…」  ハルノ=レノレヴィン、交通安全課課長。  ユーリエの上司である。  傷心の部下をねぎらい話しかける 「まぁたまにはこういうこともあるさ…いや割とあるようとは思うけどよ」 「うぅ…薬品関係の会社に勤めてるって言ってたのに、まさか売人だったなんて…」 「…今度はもう少し吟味した方がいいな~」  肩を軽く叩き、ハルノが自身のデスクに戻っていく。  当直の時間も終わったので今日は帰ることにするユーリエ、切り替えの早さが自身の取り柄だと言い聞かせる。 「おつかれさまでーす、おさきでーす」 「「おつかれー」」  買い物を済ませ、帰宅し、ポストを確認すると手紙とチラシが入っていた。 「…母さんからだ」  チラシを脇に置き、手紙を読む。  特にいつもと変わらない内容、元気でいるか、街には慣れたか、今度いつ帰る。  サームイテツクの奥地からここまでと考えると、さてこの手紙が投かんされたのは何週間前のことになるか。  確かな親愛の情を感じ、返信の手紙を書こうと筆を取った。  その時、先ほどのチラシが目に入った。 『サカエトルへの移住者限定!いい出会いを見つける婚活セミナー』 「…これだ」  ダメンズウォーカーの目に何かが灯った気がした。  ペンは母への手紙からチラシの申し込み欄へとその矛先を変え、滑り出していった。  翌日、昨日とは打って変わった非常にワクワクしたような彼女の姿がそこにはあった。 「またえらく上機嫌じゃないのユーリエ、なんかいいことあった?」 「見てくださいよリンダ先輩、リズ先輩、これ」 「ん?婚活セミナー?」 「へぇ…」  婚活セミナーのチラシを見せて微笑むユーリエにリンダが話しかける。 「これで男性を見極めるチカラをつけるんですよ!」 「…まあ良いんじゃないかな。うん」  男を見る目がないというより惹かれるタイプがワル傾向なのだからアプローチが違うだろうという言葉は飲み込むことにした。 「あんまり信用してませんね?」 「いや、アタシはあんまりその…今のところ必要としてないから勝手がわからないだけで…ねぇリズ」 「ザっと調べたけど、このチラシだけで他の媒体で案内も出てないわ。信用していいのかしら」 「む~…まぁ実際ワタシもそんな気がするので、今日の面接で感触確かめたいと思うんですけど」 「え?面接とかあんの?」 「…こういうのは結婚相談所と直結してるでしょうから、あんまり素性が知れない人は入れたくないんでしょ」 「オペ子先輩、含蓄のあるお言葉」 「リンダ貴方…巡査部長、ね。」  オフェリアがするりと会話に入ってきた。 「一緒にいきませんか~?」 「私はそういうの間に合ってるから、それに移住者限定でしょ?私は代々のサカっ子よ」  もちろんオフェリアも独身ではあるが、ガツガツしないようにと心掛けている。 「まぁどんなだったかは明日聞かせて」 「はぁ~い」  そうして彼女たちは各々の仕事へと戻っていき、忙しい1日が終わりを告げた。 「それじゃあ、おつかれさまでした〜」  ユーリエは疲労した身体に鞭打ち、チラシに記載された住所へと向かう。  都内の雑居ビルの一角にその会場はあった。  少し不気味さすら覚える佇まいではあるが、これは自身の緊張からきているものだろうと判断し、中へ入る。 「こんにちは~、ようこそお越しいただきました」  自身の目線より少し下から声が聞こえる。  見下ろすと一人の亀人がいた。 「どうも、失礼しました」  見失ってしまった非礼を詫び、頭を下げる。 「いえいえ、ではこちらにどうぞ」  それほど広くもない会場内に内扉、看板には土足厳禁、そのように書いてある。   「あの…」 「脱いだお靴はこちらに並べてください」  言われるがまま指示に従う。  靴を脱いだ先はタイルカーペットが敷いてあるが、備え付けのものではないよう思える。  いくらか疑問に思いつつも指示された席に腰を落ち着けた。 「えー、時間になりましたので、これより面接会を実施いたします。  名前を呼ばれた人からこここに入ってください」  他の参加者はぱっと見屈強な冒険者から細身の学者まで若いという以外は多種多様である。  しかしながら、皆一様にひとりの世界にいる。  まだ王都の環境に慣れていないのだろうか。 「ユーリエさん、ユーリエ=アッテンボローさん」  そういうものかと考えていると名前を呼ばれた。 「この部屋にどうぞ」  仏頂面な係員に通された部屋には先ほどの男がいた。 「どうぞ、お掛けください」  促されるままに椅子に腰掛け、質問を受ける。 「ユーリエさんね、ご職業にサンタクロースとございますがコレは」 「サンタさんです。世の中の子どもたちに夢を与える仕事をしています」 「…配送業ですかね?」 「まあ、そうですねぇ」  特に嘘をついているわけではない。  彼女は警察官であり、サンタクロースでもある。  これまでの人付き合いの中でいきなり警察官であることを告げるとたいてい壁を作られがちだったので、仕事に関係ない時はこうしている。 「どういった方との出会いを望まれますか?」 「ちょっとワルめのぉ…」 「それはいけない!」  まだ話があるのに大声で遮られる。 「今のご時世、安定が重要です!ワルめのナリしてるやつなんざ、大体反社なんですからオススメしませんよ」 「はぁ…」  確かにその通りではあるのだが、いきなり否定することもないだろうと彼女は思った。  その後も普通の質問が続くが回答は何度か否定を伴い遮られた。  あまりいい気分ではない。 「では最後に、お茶を淹れなさい」  命令口調であったが、仕方ないかと従う。  脇に用意されていたポットから茶を注ぎ、面接官へ渡す。 「お出口はあちらになります」  色々割り切れない気持ちはあるが、家路につく。  家の近くの最後の路地に差し掛かると道に少女が立っている。 「こんな時間にどうしたの?迷子?」    ユーリエが声をかけながら近づいていく。 「たすけて」  あと数歩というところで背後から声がする。  振り向くが声の主はいない。  もう一度向き直ると少女がいない。  道の脇に背を向け両方向を視界に収める。 「ゴーストさんですかぁ?」  警戒をしながらも柔和に話しかける。  サンタで警察官でネクロマンサーと過積載な彼女からすれば専門分野である。 『たすけて』  聴覚より脳に直接語り掛けるような信号、幽霊との会話で感じる声の様相。  精神体が持つエネルギーがこの世に像を結ぶのが心霊現象とすれば、少女の弱弱しい声からはそういった強い思いは感じることが出来ない。  感覚を開く、見えないものに目を凝らし、聞こえぬ声に耳を澄ます。  意識の指し示す先に目を向ける。 「大丈夫、大丈夫だよ」  落ち着けるような素振りで再度少女に近づこうとする。 ≪たすけて≫  そう言い残すとふっと消えた。  気配ごと消滅したといった感じだ。 「うーん…」  いたずらというには凝り過ぎている。  しかしながら今受け取れる情報は助けてほしいということのみで要領を得ない。 「スレイさん、ちょっと署まで戻りましょうか」  控えていたトナカイに声をかけ、背に乗る。  既に退勤した後ではあるが警察署に向けて戻っていった。 「で、朝までかい」 「ふぁい…」  翌朝部署内で疲弊した様子でユーリエが発見されたにハルノが声をかける。 「話を聞くがてら、朝飯でも食おうか。顔洗ってきな」   王都警察内食堂、昼も夜もなく働く警察官たちに温かい食事を提供するため一日中開いている。  そうは言っても混雑しない時間帯に提供できる物は限られてくるので軽いホットサンドとスープを頼んだ。  ハルノは茶をすすっている。 「子供が対象になってる事件、ここ最近はないみたいだね。  現在進行形で思念を飛ばしてるってワケじゃなさそうか」 「私もそう思います。少し範囲を広げてみないと…あ、これ美味しいですね」  スープを飲みながら情報を出し合う。 「お前が近づくと消えるのはなんでだろうな」 「そこですよね。話を聞こうにも消えちゃうんじゃ、やりようがないですよ」 「やっぱ偶然波長が合ったってところか?だいぶ過去の、その、被害者と」 「でもなんとかしたいとは思います」 「子ども好きか?いつものゆるフワがどこ吹く風じゃないか」 「まぁ、実家が実家なので」 「それもそうか。さて、仕事熱心なのは良いけど、通常の業務はちゃんとしろよな。  半休にしとくから、午前は休んでな」 「ありがとうございます~」  ユーリエの抜けた穴は課長直々に埋めに入った。  午前中は多少いつもより平和だったように思える。  署内のシャワールームで昨日からの汗を流して、夜勤用にストックしてある制服に袖を通す。  車庫の片隅に腰掛ける、多少冷房が効いていて心地よい。 「スレイさん、今までこんなことあったかな。特にこっちに出てきてからさ、見ようと思わないとゴーストさんたちは見えないものだったでしょう?」  言葉なくトナカイは首肯する。 「いなくなっちゃったら、お話も出来ないのに…。昨日のセミナーもなんだか変な感じだったし…ま、どうでもいいか」  トナカイは目をパチクリさせ、若干の異変を感じる。 「スレイさんどうしたの?何かあった?」  小首をかしげながら見つめるが疑念は伝わっていないようである。 「さてと、そろそろ行こっか、セミナー…じゃなくて仕事」  様子はおかしいが午後の仕事はそつなくこなし、終業となった。 「そういえばユーリエ、今日もセミナーなんだって?」 「そうですよぉ~」  帰り際にオフェリアに声をかけられた。 「実際どうだったのセミナー」 「すごくタメになりました」 「へぇ、どんなことしたのよ」 「えへへ、企業ヒミツです」 「何よそれ」 「ん?ん~」  言うべきでない言葉が出ている気がする。  頭をそれは関係ないという意識が支配する。 「どうかした?」 「いや、なんだか…調子が…」 「大丈夫?」  なんだかんだでセミナーへ行く。  今日は声出しとあいさつの練習をする。  心なしか教官の圧は強くなっている。 「先生、これ婚活に重要なことなんですかー?」 「挨拶は社会生活の基本ですよ。」   なんだか断定口調、周りを見渡しても特に疑問もなくそれに従っている。 「「ご機嫌麗しゅうございまーす!」」  今日の講義も終わり、みな帰宅し始める。  何か話ができないかと雑居ビルを出たところで他の参加者に話しかけた。 「おつかれさまでーす!今日も色々やりましたね」 「…」  無反応 「…あぁ、私はユーリエ、ユーリエ=アッテンボローって言います。  サームイテツクから来ました。貴方は?」 「…」  意に介さず歩いていく。 「えー…付き合い悪いってレベルじゃないですよねぇ」  疑問には思うが、そういうものかという気持ちが勝ち、自身も帰ることにした。  帰り道にはやはり少女がいた。  たすけて、という声が、言葉が頭に入ってくる。  しかし、昨日よりは薄い気がする。 「よく聞こえない。何から助ければいいの?」 「─────」  ゴーストの声がここまで聞こえないのは珍しい。  感覚が薄れ、また見えなくなる。  今回は言葉もなく、意識から消えていく。  そのまま家に入り、眠りについた。  翌朝、今日は仕事ではあるがセミナーもある。  新たに貰った書面には場所が書いてあり、武器類持ち込み禁止、さらには一人で来るようにと但し書きされている。  重い体を引きずるようにスレイに跨るとセミナーの会場に向けて進み始めた。 「おう、おはようお前ら。…ユーリエは?」 「おはようございます課長。」 「昨日最後に会ったのお前だろうオペ子。なんか言ってたか?」 「いえ、婚活セミナーに行くという以外は別に何も」 「アイツに限って無断欠勤ってこたぁないよな」 「ですね」  朝の部署内での会話。   「とりあえず、家にでも行ってみっか。寝てるかな」 「あの子、おっとりしてますけど、こういうのはなかったと思うんですよね」 「そこがひっかかってるのもある」 「良いんですか?仕事とか」 「午前中は聖子園中継見るくらい暇だったんでね」  専用チューンのハチロクのキーを回しながらハルノが課を後にした。 「…着いた」  ユーリエが到着したのはサカエトル郊外、森の奥に建つ館であった。  自分以外にも既に何人か到着している。 「…おはようございます~」  馬上から挨拶する。  先日のように返事はない。 「…」  もはやこれに関して疑問に思うほどの心の余地がない。 「はーい、みなさんこっちでーす」  講師の声が聞こえてきた。  手綱を引きそちらを向く。 「ちょっと、ダメじゃないですか。おひとりでというお約束でしたよね?」 「スレイさんはその、知人扱いなんですか?」 「そりゃあ、まあそうでしょう。ほら降りた降りた」  ユーリエがスレイから降りる。 「そういうわけだから、先に帰ってて…」  主人のうつろな目から何かを感じ取ったスレイであったが、来た方向に戻り始める。  館に案内されていくその他大勢に紛れていくユーリエを見ながら。 「さて皆様方、本日はようこそお越しいただきました。最終段階です」  そういいながら主人が館を案内していく。  カロの間、朝市の間と通り抜け、田月の間にたどり着く。  部屋の中は館の外観と打って変わって普通のセミナールームである。 「みな、そこに座りなさい」  ぞろぞろと参加者が着席し始める。  全員が着席したタイミングを見計らって講師がマイクを握る。 「皆さんはこのサカエトルまで何をしにいらっしゃいましたか。  旅の末に流れ着いたはいいものの、ここは貴方がたにとって新天地たりえましたか。  こうしたセミナーに顔を出すということは実際うまくいってないということでしょう」  とげのある言葉に反応するものはいない。 「…いや、そんなこともないですよ」  否、一人いる。 「…アッテンボローさん。何か」  このセミナーそのものが精神干渉の儀式であろうことは薄々勘付いていた。  それでも疑問に思ったりしなかったのは忘却術が強く働いているからだろう。  このセミナーはよかった、だが内容を話すことはできない。  領域内でじわじわと術をかけ、簡単な命令を鍵として心の壁を侵していく。 「ここに来て、警察に入って、毎日楽しくお仕事ができてます」 「サツ…?この娘…」  講師の表情が強張る。 「まぁいいでしょう。多少骨のある人間はこれまでもいましたからね」  魔力を言葉に載せ、相手の脳を揺さぶる。 「お前を待つ者など誰もいない。お前もそれを忘れる。  遠い思い出のみが残り、現在は彼方に追いやられる」  不思議と心に響いてしまう言葉に意識が遠のく。 「でも、母さんも待ってて…」 「待ってない待ってない、誰もお前の帰りなど待ってない。異国で立派にやっていないと母も悲しむぞ」  手紙、思い出す。  返そうと思って返せていなかった手紙。  何が書いてあったか。 「言わない」 「なに?」 「母さんはそんなこと言わない」 「なんだと?」  催眠で幻惑されても、どれだけ自身を否定されても、崩れない深い深い記憶。  父がいた、母がいた、己がいた。  親が世界に振りまく無償の愛、自身にも注がれている一層の愛。  国を出るまで見続けてきた、それは揺るがない。  忘却術と精神操作に対抗するのは血に依る遺伝、サンタクロースという誰もが現実とともに拭い去る概念を現代に残す一族だからこその抜け道。   「私はどれだけ否定されても大丈夫、壊れてもダイジョブ」 「なんだコイツ」 「本物を知らないヒト、うちの家族は誰も突き放さない。誰だって大好きなんだから」  虚飾を祓う。  憑き物の落ちた瞳が目の前の小亀を見据える。  身体を落下させる勢いを前進方向へ変化、踏み込みながら腰に差した魔杖を振り下ろす。 「!」  消える対象を探し、防御態勢を取りながら周囲を確認する。 「ちゃんと武器はおいてこなきゃダメだろクソが」 「どこ!?」  意識がはっきりしてきたせいか周囲が変容する。  もはや部屋でなく体内を思わせる情景になる。 「体内を模した擬似結界…って感じ?」 「その通り、お前たちはここで消化されるんだぜ。  仲良くカロリーになってくれや」 「くっ…」  部屋の隅にある残留物、人であった何かが目に入る。 「こんなことして、何が目的?」 「食事だよ食事。日々を健やかに生きるために糧を得る」 「そんなことのために…」 「食事は大事だろう。より効率良く、高カロリーなものが良い」  先ほど消えた亀が姿を現す。 「厳選には苦労するぜ?その点、今のサカエトルは非常に好都合だ。  色んな国から色んな奴らが流入してくる。前は移民難民で我慢だったがよ。  一年に一回の食事が三年に一回まで効率化できたぜ」  つながる。  自身の前に現れた少女、霞んではいるものの特徴はこの国の者ではない。   「あの子は…」 「? まあ移住者や移民なんていなくなろうと誰も気にしないしな。  ましてや婚活なんてコミュニティで浮いてるやつが来るところだろう?  バックレたって関係ないさ」 「お前…」  ユーリエは勝ちを確信して嗤う男を彼女に似つかわしくない眼光で睨みつけた。  さて、スレイはと言えば、色々疑問は残ったが帰れと言われたので家の付近まで帰ってきていた。 「…スレイか?どうした、ユーリエは?」  とぼとぼと歩いてきたスレイを見つけたハルノが声をかける。  最近のユーリエのおかしさなど諸々が彼女の中でつながった。 「…案内しなスレイ。ハチロー!」  ハチロクの助手席で丸くなっていた愛猫が窓から外に出てきた。  大きく伸びをすると紅蓮を纏い、その姿を変える。  乗り込んだハルノはスレイを追いかけながら術式で無線を飛ばす。 「ギン!署内にいるな!!」 『はぁ、課長はん。いますけど何かありました?』 「ユーリエのデスクに婚活のチラシがあるから、そこ押さえろ!ジョーも連れてけ!」 『…了解しました~』 「あとオフェリア!」 『なんでしょう』 「フォルデで出な!アタシとギンたちの中継!」 『了解しました』  意図はよくわからないが、今の剣幕からシリアスな話だと判断し、両者は指令に従う。 「さて鬼が出るか蛇が出るか…」  確証はなくとも自身の勘と状況を信じてトナカイを追う。  一方、体内結界にとらわれたユーリエ、自身は正気を保っているが、周りの参加者は完全に術中にはまっているため、力を合わせようがない。   「あ、そうか」  トンファー状の魔杖をくるくると回転させながら周囲に魔弾を乱射する。   「はうっ」 「ぐっ」 「ああっ」  うつろな目をしていた他の参加者たちに魔弾の効果が表れていく。  迷走神経反射、激痛により血圧が急低下し意識が寸断される。  しかし瞬間的に意識がはっきりすることもあるという。  ユーリエの魔弾はその効果時間を彼女自身がコントロールできる。  生来の運の強さから確実なタイミングを引き当てた。 「よし、みんな起きた!」 「ここは、私は一体…」「うぅ…まだ痛い気がする…」  上手く状況が飲み込めないでいる他の参加者に状況を伝える。 「まぁ、よくわからないけどわかった。早くことを出ないといけないんだな」 「武器はないが…任せろォ!」  一人が大きく手を動かすと大きく火柱が上がり、天井を突いた。 「少しは熱がってくれてもいいんだが」 「下がってなさい」  もう一人、女性が高速回転しながら壁面に蹴りを叩きこむ。 「これでもだめね」  強力な魔法攻撃や打撃を通さない結界の構造、それを体外に形作るよりはるかに容易であろう。 「無駄なあがきを…ん?」  亀は見つける、自身の目でも家の目でも、彼方より走り寄せる爆音と土煙。  腹の中にもそれは伝わる。 「あ、課長だ」  自身の立てる音に負けず劣らずの声を拡声器で張り上げる。 『ユーリエー!助けに来たぞー!』 「外からならいけるかもしれません。とりあえず皆さん部屋の端の方に集まってください  通信は…つながらないか、流石に…」  だがわかることがある。  自分の上司はとりあえずぶっ壊して侵入しようとするだろう、ということだ。 「返事がねえな、ハチ!車輪貸しな!!」  猫は飼い主を乗せたまま変化を解く。  飼い主はと言えば、シートベルトを外し、タイミングを合わせて跳躍しながら警棒を抜く。  ハルノ=レノレヴィンの警棒、銘を「星流れ一本髪」  大層な名前であるが、その辺にあったイイ感じの棒に魔力を注ぎ続け、硬化させた一品。  猫より射出された変化時そのままの車輪が、警棒の先に納まり回転を始める。 「家か?館か?…頭が門だな。ちと大きさが足りないな」  自身の魔力のみで鍛え上げた一振り、いわれや伝承はないが使いやすさはピカイチである。 「倍、倍の倍、さらに倍!打ち砕かれよ!轟天大主!!」  時速280kmで直進するスピードを重さに変えて、鬼亀の頭に鉄槌が振り下ろされる。  一帯に地鳴りが響き渡り大きく陥没する。 「い…ってえじゃねえか」  多少ヒビが入ったように見えるが未だ健在、外に意識を向ける。 「おいおい、九頭竜の硬いヤツだってもうちょい痛がってくれたぜ?」 「お前は…交通課のゾク課長か、なんだってこんなところまで来やがった」 「お前がユーリエにコナかけやがったから来てやったんだろうがよ。この亀スケ」 「そういうことかよ、あのオンナよくもだましやがって」 「カカカ、お笑いだぜ。詐欺師が騙されてやがる!」  周囲に魔法陣が浮かぶ。   「!」 「ちょこまかされても面倒だからな、うちの従業員たちに相手してもらうわ…ん?」  召喚魔法陣から人形の頭が覗くが様子がおかしい。 「ハッハー!!」  鷲掴みにした頭を砕きながらジョージ=アカザワが飛び出してくる。  ギンコも追従してするりと抜けてきた。 「なっ…!」 「ギン、どうだったね首尾は」 「まぁ、クロでしたわ。真っ黒。当人がいないから隠ぺいも杜撰、書類も何もかもやりたい放題」 「上手くいっとっただろうからなあ」     状況が飲み込めない亀ハウス。 「アンタのところの従業員さんね。ちょーっと手帳見せたら襲い掛かってきはりまして。  あとはまぁ、公務執行妨害の現行犯。転び公妨ってやつ?人形なら使用者責任ってことで」 「そうだな…大方、移住者限定で参加者募ってだ、婚活するようなヒトは繋がりが薄いってタカ括って、  いなくなってもバックレたと思われるだろうと踏んでたんだろうが」 「時代が違うわな、時代が。生きすぎなんだよジジイ。頭が固すぎて身体までこんなじゃねえか」  言いたい放題の移住者、半魔族、移民三世。 「貴様ら…!馬鹿にするのも大概にしろよ。こっちには人質だっているんだぞ」 「人質取ってるやつが焦るかよ。腹の中でも外でも想定外が起きてんだろう?」 「クソが…まあ良い、お前らのパワーじゃ俺の守りは飛ばせねえのはわかった。  内側のやつらも外に出れねえ。俺の中で同僚が消化されていくのを待ってな。  そのあとでゆっくり料理してやる」  負け惜しみのようだが、実際そうである。  現状の最大火力で破れなかったため、外側の増援に成すすべはない。  最悪囲まれたとして、あれ以上の大火力を食らい倒れたとして、仲間を救えなかったという点で精神的に有利である。  などと考えてはいるが一つ見落としがある。 「さっきすごい音したけど知り合い?」 「たぶん上司ですねー あの感じだと外から壊すのは難しそうです」 「かといってこっち側でもな」  屋内、体内では今まさに消化されそうな一団が知恵を絞っていた。 「原理はわかる。我々が通された館を自身の身体と照応させて、屋内に超強力な結界を張る」 「体内はある意味で自由自在ですからね、こっちの攻撃は全然通さない」  冒険者上がりの人間が多く、様々な知見からの考察がなされる。 「あ、攻撃じゃなければいいんですよね」 「まあ、向こうが勝手に吐き出すようなことはないと思うが」 「同じようなことはできます。これなら」  魔杖を差し出す。  ブルームハンドル、生活習慣病の魔弾。  その真髄は攻撃ではなく、ステータスへの強制介入にある。 「この中で強力な障壁を張れる方はいらっしゃいますか?」 「私、昔PTで魔導士やってました。結界には自信があります」 「ではここで思いっきりすごいやつを展開してください」 「はあ」  そういうとユーリエは部屋の中央に行き、天井に向けて杖を構える。 「人の希望を弄んだ罪は重たいです。キッツい奴をおなか一杯プレゼントします!!」  この館の強みは完全に持ち主の身体と照応されているため魔術の行使が容易で、効果も高いところにある。  しかし結びつきが強すぎるので館内での攻撃はすべてフィードバックされてしまう。  先ほどの一般的な高火力魔法については、このデメリットをメリットで相殺できていたが、   彼女の魔弾は一般的な武器で弾くことが出来る弱いものではあるが、身体であれば無条件に侵襲する。 「ぐっ…?なんだ?」  結石である。 「ほら言わんこっちゃない。よくわからんもの食べるもんじゃないぜ」 「お前の部下は一体…何を…これは呪いか…」     これが呪いの一種であることはわかる。  それらを解呪し、癒すこともできる。  しかしながら数が多い。  治しても治しても次から次に症例が襲ってくる。 「アタシたちもわからん。ランダムだからな」 「素直に吐いちまった方がいいんじゃねえか」 「この…!クソどもゲフッ!ゲハッ!変なところに入った」  横隔膜痙攣、アレルギー性の咳、併発して誤嚥。   「おおりゃあああ!!!」  体内ではユーリエがランダムに病を打ち込む。  館亀はもがき苦しみ、二択を迫られる。  ひとつ、病へ一つずつ対処していき消化を待つ。  ふたつ、本体との連携を解き、ただの建物に戻す。  彼は長寿な種族であったため、この食事方法を思いつき、実行するに至るまで途方もない時間を費やした。  苦労して掴んだモノを手放すことは容易ではない。  しかしながら今の彼は非常に切迫した意識の中で葛藤している。  基本的に精神というものは痛みや苦しみに耐え続けるように作られてはいないのだ。 「!」  屋内の雰囲気が変わる。  ユーリエ達はただの建物となったように感じることが出来た。 「ただの建物になったみたいだねぇ」 「みたいっスね」 「ジョー、ギン、とりあえずぐるっと見てこいや」 「はーい」  二人が哨戒し始めようとしたその時、 「スレイさん!ラッセル!」  邸内から響くユーリエの声に反応して、それまで沈黙していたトナカイが動く。  ジョージとギンコの間を縫って時を止めたようなスピードで疾駆する。 「うおあぁぁ!!」    大きな叫びをあげて小さなものが遥か上空へと放り投げられる。  トナカイは邸内に突入し、騎手を伴い飛翔体へ取って返す。  ユーリエはトンファーの持ち手部分をひっかけて地上へふわりと降りる。 「ぐわっは」 「詐欺、殺人未遂の現行犯で逮捕します。余罪は追って他の人が明らかにしてくれると思います」  魔杖を小亀に向け、逮捕の口上を読み上げる。 「お疲れさん」 「課長~怖かったです~」 「かっこつけて何今更言ってんのさ…ん?」  ハルノが館を見やる、ジョージとギンコが他の参加者を保護するその向こう、空間のよどみが見える。 「なんだあれ」 「アレは精神です。この人が食べてきた人たちの精神」 「魂とは違うのかい?」 「この人は生命力を直接取り込んでいたようですが、カロリーとしかみなしていなかったみたいです」 「基本的に生きたまま取り込むなんて芸当すれば、混ざるはずだよなあ色々と」 「あの館は身体を模しています。彼自身が不要物とみなしたものは吸収されなかったんでしょう」 「だから上に乗っかってた重しが外れて出てきたと」  ユーリエは拘束されて横たわる犯人に見るべき方向を示す。 「見てください。あれが貴方の業です。他者を欺いて得たものの結果です」 「…」 「わかるでしょう。あのヒトたちは貴方に復讐したがっている」 「はっ、だからって人命軽視はできないだろう公僕ならな」 「貴方を彼らに突き出さないのは、貴方のためというわけじゃないんですよ」  ユーリエがよどみの前に進み出る。   「あなたたちにこの男を突き出して、気の済むまでやらせるのは本来正しいんだと思うんです」  言葉を選びながらネクロマンサーは続ける。 「でもあなたたちにはそのような物を背負っていってほしくはないんです。  あなた方はこの子を押し上げてくれたんでしょう。自身もわからなくなるほどの奈落の底から」  よどみの脇に少女が見える。  包まれてはいるものの同化してる様子はない。  モヤに触れてユーリエが続ける。 「その優しさに敬意を。あとのことは、今生きている人間にお任せください。  あなた方一人ひとりのことは今、触れたことで覚えることが出来ました。  あなた方の無念は、私たちが伝えにいきます。今はどうか安らかに」  ネクロマンサーは死者を操る。  母はその力を死者と対話するために使用した。  自身の選択がたとえ独善的であったとしても、少女を救おうとした彼らに復讐の業を背負わせて送り出すわけにはいかない。  死者のその死の先までも慮ることが出来るならそうしたいとユーリエは考えた。 「さようなら、おやすみなさい」  霧散する魂の断片。  郊外の森の中をさわやかな風が吹く。 「あなたもよ」 「ありがとう、お姉ちゃん」  ユーリエに握られた小さな手が光とともに消えていく。 「終わったか?」 「はい」 「お前が見てたっていう女の子は…」 「おそらく容疑者が何年か、いや何十年か前に食べた難民家族の一人なんでしょう」 「えげつねえことしやがる」 「もうちょっと早く気づけていればこんな…」 「それは考えても仕方ねえよ。アタシら警察官は風邪薬なんだ。  風邪をひいたとわからないことには飲めねえさ」 「…」  背中を叩いて部下を励ます。 「ありがとうございます…」  犯人は強面二人が捕まえられた宇宙人がごとく手をつなぎ連行していく。  それとすれ違う様に大学病院のメディカルチームが駆けつけてきた。  気持ちを切り替える暇もなく疲弊した参加者の引継ぎに追われ、その日が終わった。 ─────翌日 「せーんぱぁーい!」 「はいはい」  オフェリアに抱き着いておいおいと泣くユーリエ。 「お手柄じゃない、頑張ったわね」 「今回は上手くいくと思ったんですよ~婚活~」 「そっち?」 「事件の方は解決したので」 「ああ、そう」  ケロリと応える後輩にあきれつつ頭を撫でる。 「そういえば、事件で知り合った元冒険者の人たちはどうなのよ。  いい人もいたでしょう?」 「あぁ、今度飲みに行く約束をしました!」 「それじゃあ」 「でもみんないい人過ぎて、こう、恋愛対象じゃないっていうか…」 「はあ?」 「こうちょっと、ダークな雰囲気が漂ってる方がいいじゃないですか」 「アンタねぇ…」  これは治りそうもないなと思うオフェリアであった。