コージン=ミレーンの日記   F月C日 借りていたメックスーツの返却と世界崩壊寸前となった人造勇者事件の事情説明をするために、俺たちはマスグラへと到着する。 レストロイカ帝との謁見をするまでの間、暇を持て余したライトは旧知の仲であるイワンやラーバル達に会いに訓練兵団ことヒナドリ隊の隊舎へと向った…。    *   *   *   *   * 「おらぁー!ぶっ飛ばしちまえ!」 「大したことねぇなぁ!勇者様よぁ!」 「そんなハゲさっさと殺っちまえ!」 隊舎内にあるグランドの片隅で大勢の訓練兵たちが二人の少年を囲む。 両者は上半身をもろ肌にして両手にはオープンフィンガーグローブを装着していた。 殺気立った観衆の声の中にいる一方は訓練兵団第一班員ナゴロ訓練兵、もう一方は冒険者ホワイトライトである。 「これが本当に勇者かよ、手応えが全然ねぇ。所詮は王子様のお兄ちゃんのおまけに過ぎないか…」 ナゴロはリズムを刻みながら呼吸を整えるとラッシュを仕掛ける。突き、蹴り、肘、膝。様々な角度からライトを攻めるが、必死にガードを固めるライトに決定打を打つことができない。 だが逆に防戦一方になっているライトからは全く手出しもできない。 傍目から見ればナゴロが一方的にボコボコにしているようにしか見えない。 「ライトぉー!少しは手を出せよぉ! そんなハゲに負けんじゃねぇ!」 ライトの旧知の中である第六班班員イワンが必死にライトを応援する。 元はと言えばイワンやラーバルに会いに来たライトがナゴロに絡まれたのがきっかけであった。 「よぉ…アンタ勇者様なんだってな? アンタ強いんだろ、よかったら俺と手合わせしようぜ…」 このナゴロの軽い挑発は瞬く間にヒナドリ隊中に広がり、収まりの効かない状況へとなっていった。 なぜならばライトとその相棒コージン=ミレーンの二人は世界を滅亡させ兼ねなかった人造勇者事件を解決し、このマスグラを始め複数の国から勇者認定の誘いがある英雄でもある。 おまけにこのマスグラ軍内にも彼らを気に掛ける理由はある。 人造勇者事件の以前にもこの二人は同国参謀であるクァン=ヴェイクロードに会わせろと皇城へとカチコミを仕掛けたのだった。 100名以上いた守兵を誰も死なせることなく無力化させ、レストロイカ帝の仲裁によって何とか鎮静化させたこの事件。 訓練兵の中には現場で直接関わった者もおり、何もできず一方的に無力化させられたこと(原因はがーすけの威圧)に憤りを感じている者の中には、彼は本当に強いのかという疑いの目を抱く者も多い。 そんな状況を見かねたのは教官の“刃こぼれのバークシー”であった。 彼はスパーリングという型式で、ライトと訓練兵の代表としてナゴロを手合わせさせるという解決をさせることにしたのだった。 もちろん彼自身にもライトへの興味が無かったというわけではない。 皇城カチコミ事件の際は別件で地方に出張しており、事件の詳細は報告書で知る程度でしかなかった。 だが上層部からは皇城の警備体制や兵員の教練について厳しいダメ出しをされることになり、非常に難儀をした思いもある。 それも込みで、当事者であるライトの実力を見てみたいという気持ちが彼の中にはあったのだった。 そしてその興奮渦巻く人の輪の中で唯一醒めた目で勝負を見ている者がいる。 イワンと同じ第六班員ラーバル=デイ=レンハートである。 「アイツ…何やってんだよ…。お前だったらあんなハゲ瞬殺だろ…」 彼がそう呟くのも最もな理由がある。彼はコージン&ライトの国外追放の見届け人として国境付近まで付き添った時に、リツィミェール辺境伯の行っていた領民人身売買事件に巻き込まれる。 その際数度行われた敵兵との交戦において、ライトの持つ実力を目の当たりにした唯一のマスグラ兵なのである。 背中から翼や腕から刃を生やし高速で動き、ドラゴンや女性に変身する。ライトの持つ人間離れした強さや能力を知っているからこその評価である。 「(くそっ!彼は強いな…。素の力だけじゃ、どうにもならないかもしれない…)」 ライトは心の中で落ち着け落ち着け…と呟きながら状況を分析する。 ライトはこの戦いにおいて身体や五感の強化と言ったがーすけの力は一切使っていない。 言うなれば自分が鍛え上げて来たフィジカルと技術、つまりライト=ヒラ本人の力だけである。 もちろんこうしているのには理由がある。 人造勇者たちとの戦いにおいてがーすけに変身したり主導権を入れ替えることで、自身の人格が磨り減りいずれ消滅してしまうことを知った。 故にこれからの旅の課題はがーすけに頼ることなく自身の力を強くさせることである。 その現状を測るために徒手格闘の達人であるナゴロとの手合わせは、丁度いい試金石と言えるのだった。 「(とはいえ…負けるつもりはない…。人造勇者たちに比べたら彼は大したことはない!)」 ライトは突きを仕掛けるつもりなのか顔面付近を守る右腕のガードを下げた。 「(ようやく反撃か…。だがそんな隙だらけなのは仕掛けてくれって言ってるようなもんだぜ!)」 ナゴロは左の指を揃えると手刀の突きをライトのがら空きとなった右肩と右胸の間へと放つ。手刀は見事にヒットし肉を貫く。 ライトの右腕はダラりと垂れる、だがその時ナゴロの目にはライトの瞳がギラリと輝くのを見逃さなかった。 「まさかっ!お前っ!」 ライトが胸筋を固めるとナゴロの手刀が抜けなくなる。 指が引き抜けなくなり焦るナゴロを嘲笑うかのように、ダラりと垂れていたはずのライトの右腕がナゴロの肘関節を絡み取る。 そして左手で右手の掌を掴みナゴロの軸足となっていた左足を右足で軽く払うと、ナゴロはバランスを失い体を崩す。 ライトは体位差を活かしてナゴロの肘関節に体重をかける。ライトの腕絡みが完璧に決まった。 関節技をがっちり決めたライトはナゴロへニヤリと笑顔を見せる。 これは人造勇者との戦いにおいて陸號や漆號が、殺し合いの中でも余裕を見せるかのように笑みを放つ姿が非常に不気味だったので、これは使えるということで取り入れたのだった。 だがそれは相手を選ばなければ行けないということをライトは知る。 「そうか…。お前も俺の同類か?!」 ナゴロもニヤリと笑うとライトの胸に差した左手の指先をグリグリと動かす。 肉を抉り取り苦痛で関節技のホールドを外させようというものである。 ライトは対抗してナゴロの肘関節に体重をかけるも、ナゴロは全くタップする気配はない。 決めている肘関節に体重をかけてへし折るしかないか…、だが殺し合いの相手でもないのにそこまでする必要は…。 ライトが躊躇する間にもナゴロの指はライトに突き刺した胸部の肉を少しづつ抉り取る。 ライトの思考が痛みと駆け引きでぐちゃぐちゃになり始めたところで、ストンと落ちるように気持ちが一気にクールダウンする。 「(一気にへし折る…)」 ライトが体重をナゴロの肘関節へと一気にかけようとした瞬間、バークシー教官のストップが入る。 「ストップ!ストップだ!お前らこれはスパーリングだぞ!殺し合いじゃないんだ!」 まるでどこぞのドラゴン社長みたいな発言にライトのテンションは一気に下がる。 関節技のホールドを外すと、ライトはナゴロの姿をしっかり見据えながら彼から離れて行く。 ひょっとしたら目線を切った途端に彼が不意打ちを仕掛けてこないとも限らないのだから…。 「勇者っていうから見に来たけど、全然エレガントじゃないのね…」 巨大なリーゼントのようなポンパドールヘアが印象的な第7班班長ローゼズが、興味を失ったかのように人の輪から去って行く。 彼と同調するかのように観衆はどんどん離れて行き、この騒ぎも終わりを迎えようとしていた。 バークシー教官はライトに諭すように話しかける。 「確かにあんな局面になる前に止めなかった私が悪いが、彼だけでなく君の戦い方も大分問題がある。あんな風に自分を犠牲にするようなやり方は止めた方がいい、命がいくつあっても足りない…」 「自分よりも強い相手と仮に1対1でやり合うならあれぐらいやらないとダメですよ。手足の一本や二本失おうが敵を倒さなければ、こっちが死にますから。教官さんって実戦行ったことあるんですか?」 嫌味な言い方だな…。バークシー教官ではなく自分の発言にライトは舌打ちをする。 ただ彼の発言も単なる言い返しではなく、今まで通り過ぎて来た多数の実戦で学んだ経験則であるから曲げる気はない。 思いもよらぬ返しにバークシー教官も頭を冷やす。 「(そういえばそういう子だったな…。あそこまで覚悟が決まっているとは…)」 バークシー教官もかの大粛清時代を経験した世代の軍属である。当然ながらいくつもの実戦や人を殺すこと、そして仲間を失うことの辛さを知っている。 故に若い世代にそれを伝えるために教官として奮闘をしているが、彼が伝授しているのはあくまで軍人としてのメソッドであり勇者・英雄としてのそれではない。 軍人は基本的に部隊で行動し、生存のためなら撤退することも許される。 勇者と呼ばれる者は圧倒的な強者に対しても、怯むことなく腕の一本や二本の精神でぶつからなければならないこともある。 もっともライトにとっては手足が吹っ飛ぼうが、本体の竜の力でまた生えてくるから気にすることではないのだが。 とにかく教官として第一声で伝える“まず生きろ”という考え方は、彼らには通用しないのだ…。 もちろん訓練兵の中にもそれを鼻で笑うような“覚悟”が決まっている者も何人かいる。 だがそれは戦い自体に喜びや興奮を感じる、所謂バーサーカーやバトルジャンキーと呼ばれるような連中である。 使命のために無理やりにでも自身を奮い立たせ困難に立ち向かう、勇者・英雄としてのそれとは根本的に違っている。    *   *   *   *   * スパーリングが終わり、人垣の方に帰って来るライトへ大柄な少年が駆け寄ってくる。 彼は第六班所属のイワン。かつてふとしたことからライトの友人となった少年である。 彼はライトの体にハグをすると泣きそうな声で語る。 「良かったーお前が無事で…。あのエロハゲ無駄にクソ強ぇからよぉ…」 とりあえず彼が相当心配してくれていたことだけは分かる。 イワンがライトの右胸の傷に気づくと医療班の者に声をかける。 「おーいっ!ナタリア! 早くこっち来てくれ!ライトのケガを治してくれよ!」 人垣の対面にいる金髪の少女にイワンは声をかける。ライトはこの呼びかけに内心ビクッとする。 だが彼女はエロハゲことナゴロの治療をやっている最中だ。 「えっ…あのぉ…今ちょっと手が離せない最中で…」 困惑しながら左腕に治癒魔法をかけているナタリアの腕をナゴロが掴む。 「悪りぃが俺が先なんだよ…。あぁ~あ!ナタリアの治癒魔法はすげぇ効くなぁ!もうビンビンだぜ!」 まるでエロ漫画の竿役のような発言にイワンはカリカリ来ているが、ライトは逆にドン引きすらしている。 「治療は別にいいよ。もう血止まっちゃったし…」 イワンが怪訝な顔でライトの傷口を見ると、実際血が止まり傷は塞がりかけようとしている。これも本体の竜が持つ修復力のおかげである。 人垣から離れようとしているライトに声をかける者がいた。 「ダメです!そうやって軽傷だからって見くびって後で取り返しのつかない事象になることは沢山あります!」 ライトを叱責したのは訓練部隊第3班班長セラフィであった。 エルフの年少者であるため、年齢自体はライトと変わらないが見た目はまるで児童と呼ばれるぐらいの幼さである。 そんな彼からガチ説教されると何とも言えない気分になる。 「じゃあ頼むよ…」 ライトがそう言うと、セラフィは背中のボックスを開いて医療用のアイテムを出す。 何種類もの薬をかけられ包帯にグルグル巻きにされる。まるで重病人かのような扱いに、さすがのライトももう大丈夫だから…とツッコまざるを得なかった。 「それにしても君強いんだね! 僕と年が大して変わらないぐらいなのに、あのナゴロと互角の殴り合いをしてさぁ! すごいなぁ…憧れちゃうなぁ…」 セラフィの思わずこぼした発言にほんまやねぇ…と乗っかる者がいる。 「よぉっ!まいど!それにしてもやっぱ勇者さんやねぇ。あのハゲと真っ正面から殴り合いしてボコボコにしてくれるとはおおきにな!」 乱入者の言にライトはため息をつきながら応える。 「だから僕は勇者じゃなんかないって…。現に彼との勝負は上手い事関節取れたから引き分けになったけど、それまでの様子見ればボコボコにされてたのは僕の方だよ…」 ライトの発言に乱入者が反応する。 「そういう発言はほんま嫌味やぞ。あのクソハゲはステゴロの強さだけで言ったら、このマスグラ軍でも5本の指に入るだけの実力者や。勇者さんの実力はここにおる半分ぐらいは認めとると思うで。もう半分ぐらいは何かこうプラスアルファ必要やけどな…」 対戦相手の意外な高評価を知り、ナゴロの方を見る。 彼はすでに治療を終え、長身長髪の色白の男性と何やら話をしている。 そして彼らの背後に何やら興奮しているような一人の女性の姿が見える。荒い呼吸をしながらうーとあーの唸り声を上げている。 そして彼女はこちらの様子に気づくと同様にうーとあーの呼吸音を奏でながら人の輪から去って行った。 「ちょっ!あれ何!めっちゃ怖いんだけど!」 ライトの困惑に乱入者が答える。 「あぁ、あれか?あれは第2班の班長のキルトや。まぁ体が色々弱いらしくて呼吸音が少々荒いけど気にすんないう話や。それ以上ツッコむと面倒な団体とかがねぇ…、色々出てくるからねぇ…、まぁ察してくれや」 えぇ…そういうのとは何か別方向じゃね…。 ライトはそうツッコミたかったが色々めんどくさくなりそうなので口を塞いだ。 「ところでさっきから君は誰なの?」 ライトはさっきから会話に挟まる乱入者に質問をする。 「あぁ俺はライラ、ライラ=ルフェ。あのハゲとさっきおったむっつりロン毛と同じ班や。君とは仲良くなれそうやから、まぁよろしくな」 乱入者ことライラが右手を差し出す。ライトは困惑しながらその手を握手した。 人の輪が少しづつ減り、この無駄に賑やかな催しも終わりに近づく。 遠くに離れて行くナタリアの姿を見てライトは助かったと胸を撫でおろすのだった…。 (続く)