§  気がつくと俺は、司令室のソファの前に立っていた。現実に戻ってきたようだ。 「……ヴァイス。意図せずして人の恋路を邪魔するような存在になったらどう立ち回るのが正解なのかな。俺、若者の恋路を阻むお邪魔虫にはなりたくないんだけど……」 「は?」  いつの間にか俺のすぐ側に立っていたヴァイスが何言ってんだこいつと言いたげな表情を浮かべた。デジャヴ。  えっと、ゼクストくんは俺が好きで、クーゲルくんはゼクストくんが好き。つまりクーゲルくんにとって俺は恋敵? 嫌すぎる。 「くだらん事を言っている場合か。その様子だとまた異能が発動したんだろう。さっさと詳細を話せ」 「その通りだ。ごめん。予知の内容をざっくりと話すね」  拗れそうな恋愛模様については一旦棚上げしよう。今は、バッドエンドを防ぐために行動せねば。 「実は……」  俺は、今しがた見えた予知の内容をヴァイスに説明した。重要なところだけ、簡潔に。 「……ふむ。粋蜜亭で今日から働き始めたという白山羊獣人の男が実は淫魔で、そいつに毒を盛られたクーゲルが堕とされる予知を見たのだな。そして、毒を盛る現場を目撃したらしいハイターさんが口封じのために殺されていた、と」 「うん。ざっくりまとめるとそんな感じ。あと、ギフトと名乗った淫魔とは飲み会で話したんだけど、淫魔に滅ぼされたイスト村から来たって言ってた。あれは嘘だったのかな」  ギフトが飲み会の時に言っていた言葉は嘘の可能性が高い。だが、全てが嘘かどうかまでは分からない。嘘を吐く時は、少しの真実を混ぜるのが効果的って言うしね。 「イスト村か。私は、丁度それに関する書類に目を通していたところだった。ナインセントラルに逃げ込んだ自警団の生き残りが村に残った資料のいくつかを持ってきたようでな。それが手元に回ってきた」 「じゃあ、ギフトに関する情報もあるかも……」 「そうかもしれん。だが、今はハイターさんの命を守る事とクーゲルの身の安全を確保する事に専念せねば」 「そうだね。今、近くの酒場でゼクストくんが飲んでいると思うから、彼に協力してもらおう」 「それが良いだろうな。早速、ゼクストには思念伝達で協力を要請する。あと、クーゲルにも思念伝達で予知の内容を伝えておく」 「頼むよ。毒を注射される前に彼を叩き起こしちゃって。恐らく、クーゲルくんが酔っ払って寝ている隙に毒を注射されて、それをハイターさんが目撃するって流れがバッドエンドのトリガーになると思う」  ヴァイスに思念を送られたら、クーゲルくんもある程度は酔いが覚めるだろう。多分。 「……可能ならば、クーゲルには不意打ちで淫魔をしとめてもらいたいな」 「ギフトが何食わぬ顔でベッドに近付いてきたところをズドン、って作戦だよね。俺も考えた。まあ、その作戦を決行させるか否かはクーゲルくんの体調を確認してからの方が良いね。まずは、すぐに動けるであろうゼクストくんにハイターさんを避難させてもらおう。どんな作戦を決行するにしても、彼の身の安全を守るのが最優先だ」  ヴァイスは頷いた後、目を閉じて自らの額に左手の人差し指を当てた。ゼクストくんに思念伝達をしているのだろう。 「さて、おじさんも現場に出向きたいところだけど……」  淫魔は近くに居る異能者の気配を察知する事ができる。ゼクストくんだけでなく俺まで粋蜜亭に近付いたら怪しまれる可能性がある。  ナインセントラル内にひっそりと潜入していた淫魔の処理は今までにも何度か経験しているが、それらは決まって警戒心が強かった。怪しまれたら逃走し、潜伏する可能性が高い。ギフトみたいなやつは、派手に襲撃してくる淫魔よりも慎重に対処しないといけないから嫌なんだよなあ。 「ひとまず、彼らに任せるか」  彼らだけでギフトを処理できたらそれでよし。もしそれが困難なようなら、ギフトを逃してしまうのもやむなしだと思って助けに行こう。もし潜伏されたら、厄介ではある。でも、彼らを失うよりずっとマシだ。  §§ (……という訳だ。理解できたか、クーゲル) (承知)  ヴァイス司令から思念を送られた某は、何事かと思って飛び起きた。そして、彼の話を聞いてさらに意識は清明になる。 (よもや、あの青年が淫魔だったとは……) (程なくして、お前が居る部屋に淫魔が来るだろう。可能ならば不意打ちで仕留めろ。正体に気付いていると悟られる前にな) (善処する)  身体は重いが、動く。  上体を起こして嘆傷の氷銃を召喚した後、それを布団で隠した。淫魔が部屋に入ってきたら、素早く二丁の銃を取り出して撃ってやろう。  ハイター殿の命は、きっとゼクストが守ってくれる。某は、淫魔を仕留める事だけに集中しよう。 「……むう」  それにしても、待つだけの時間はもどかしい。窓から差し込む月明かりを見ながら、つい色んな事を考えてしまう。特に、某が恋焦がれる相手――ゼクストの事を。  彼との出会いは、二年前。某と彼は同い年であり、同時期に防衛軍に入った。寮の部屋も隣同士だ。そのため、自然と会話をする機会が増えた。それどころか、よく彼の手料理を食べさせてもらっている。  某は、料理が苦手だ。いや、苦手というのは正確ではないか。腹が減ったらレーションを齧れば良いだけなのだから、する必要がないと思っていたのだ。だが、防衛軍に入って数日が経過した後、某の食生活を知ったゼクストにこっぴどく怒られた。  その後、“オレがメシの楽しみを教えてやる”と宣言され、手料理を振る舞われた事は今でも覚えている。あの時に食べたクラムチャウダーの温かさとまろやかな味わいは、生涯忘れる事は無いだろう。……それ以降は、食費を彼に渡して毎日料理を作って貰っている。  彼の部屋に上がり込み、毎日手料理を食べる内に、彼を番にしたいという気持ちが某の中で膨れ上がっていった。  鼻歌を歌い尻尾を揺らしながら楽しそうに料理をする姿、出された料理を美味いと言えば得意げに鼻を擦る姿、食事中にしゅんとした表情で悩みを打ち明けてくる姿……どんな姿も、魅了的に感じる。ずっと、側に居たいと感じてしまう。愛しているんだ。  これからも某は生きたい。生きて、ゼクストと共に歩みたい。だから、淫魔に負けるわけにはいかないのだ。 「……おや、起きていたのですか?」  部屋の扉が開き、白山羊の淫魔――ギフトが入ってきた。  ……今だ! 布団に隠した二丁の銃を取り出し、ギフトに素早く照準を向けた後に引き金を引く! 「なっ!?」  狙い通りだ。放たれた弾丸はギフトの頭部と胸を貫いた。直後、銃槍から氷晶が広がる。  ……程なくして、彼の全身は完全に凍り付いた。 (ヴァイス司令。聞こえるか。たった今、部屋に入ってきた白山羊の淫魔を嘆傷の氷銃で撃ち抜いて仕留めた)  これで、某の悪い未来は回避できたのだろう。呆気ないものだが、そう感じるのもレーヴェ殿の異能のおかげだ。先手を打てた方が容易く勝ちを得る。そういうものなのだろう。 (……ヴァイス司令?)  中々、返事が返ってこない。何故だろう。胸騒ぎがする。 (……クーゲル。落ち着いて聞いてくれ。今しがた、レーヴェが新たな予知を見た。ゼクストが白山羊の淫魔に堕とされるという、新たな予知を) (何故だ!? 白山羊の淫魔は某が仕留めた! 死体だって目の前に……)  ……無い。ギフトの凍り付いた死体が、どこにも。  §§  クーゲルくんが、ギフトを撃ち抜いたという報告をしてきた。そうヴァイスから聞いて一安心したのも束の間。また、悲劇的結末の予知が発動した。  今、俺の前に広がる光景は、月明かりに照らされた繁華街の路地裏。そこで、燼滅の刃を構えたゼクストくんと穏やかな笑みを浮かべるギフトが対峙していた。 「ハイターさんは逃げましたか。まあ、良いです。面倒ですが、探し出して口を封じましょう。貴方を堕とした後にね」  どうやら、ゼクストくんはハイターさんの身の安全を守るという役目を立派に果たしたようだ。 「何で生きてんだよてめえ……!」  クーゲルくんがギフトを撃ち抜いた。その報告を、ゼクストくんもヴァイス経由で受けていたようだ。でなければ、何で生きているんだという疑問は出てこないはずだからね。 「どうやら、僕がクーゲルさんに撃たれたのを知っているようですね。防衛軍の司令官は思念伝達ができる異能を持つと聞いていましたが、それでしょうか。……ですが、それ以外にも厄介な異能を持つ方が居そうですね」 「何だと?」 「今、クーゲルさんも貴方も僕が淫魔であると気付いている様子ですが、一緒にお酒を飲んでいた時はそんな素振りは無かったですよね。飲み会の後に何らかの異能で僕の正体が看破され、貴方たちに伝わった。違いますか?」 「……てめえは今から死ぬんだから、そんな事を気にする必要はねえよ!」  燼滅の刃の柄を両手で握ったゼクストくんが、ギフトに斬りかかる。上段から振り下ろした刃がギフトを真っ二つにし、彼の身体は左右に分かれた状態で炎上した。  ……確実に死んでいる。そう判断するのが妥当だろう。 (だが、それだと俺の予知が発動している理由が分からない)  考えられる可能性は二つ。一つは、ギフト以外の淫魔が潜んでいて、そいつにゼクストくんがやられる未来が見える可能性。もう一つは、今の攻撃でギフトが絶命しておらず、ゼクストくんが反撃を受ける可能性である。……どうやら、後者のようだ。  真っ二つになった挙句炎上し、炭化したギフトの死体。それが黒いモヤに覆われ、消失した。次の瞬間、 「ぐあっ!?」  傷一つ無い状態のギフトが、ゼクストくんの背後に出現していた。ギフトの右手には注射器が握られており、先端にある注射針がゼクストくんの首に突き刺さっている。完全に、不意を突かれた形だ。 「何なんだよてめえは!」  ゼクストくんは振り向きざまに横薙ぎの一閃を繰り出し、ギフトの首を刎ねる。再び、ギフトの身体が炎上して炭化した。だが、またすぐに黒いモヤに覆われて消失する。 「こいつ、まさか元異能者の淫魔か……!?」  首の後ろを押さえながら、ゼクストくんが呟く。 「ええ、そうですよ」  ゼクストくんの前に現れたギフトが、不敵に笑う。やはり、傷一つ無い。 「クソッ! 不死身かよてめえ!?」 「不死身では無いですよ。でも、仕組みは内緒です。手の内を明かしてみっともなくやられたくはないので」 「インチキ野郎が!」  ゼクストくんは手に持った剣でギフトの胸を貫こうとした。しかし、刃がギフトの胸に届く前に彼は前のめりで倒れてしまう。 「がはっ!?」 「ああ。やっと毒が効いてきましたか。本当はクーゲルさんに使うつもりだったのですが、まあ良いです。この城塞都市内に居る異能者はみんなまとめて仲間にするつもりですので」 「ふざっ、けんな……!」  先程見えた予知でクーゲルくんに打たれたのは、筋弛緩効果と催淫効果がある毒だった。それと同じ毒を打たれたというのは、まともに身体を動かせなくなる事を意味する。 「野外で致す趣味は無いのですが、クーゲルさんが来る前に手早く済ませないといけないので致し方なしですね」  ナイフを持ったギフトが慣れた手つきでゼクストくんの衣服を切り裂いていく。 「すみませんね。本当はじっくりと慣らしてあげたかったのですが時間が無いので早速挿入させていただきます。ですが、潤滑剤を使いますのでご安心を」  ギフトは下衣を脱いだ後、懐から小さな小瓶を取り出した。そして、その中に入っていた透明で粘度の高い液体を自身の硬くなった肉棒に垂らし、ぐちゅぐちゅと音を鳴らしながら満遍なく馴染ませる。 「クソッ、動けよ……オレの、身体……っ!」  ギフトは、石畳に横たわるゼクストくんの片脚を持ち上げ、露わになった肛門に透明な液体が馴染んだ肉棒の先端を宛てがった。 「さあ、一つになりましょう」 「い、いやだ、やめ……ぐあああぁっ!!」  犬が小便をする時のような体勢を取らされながらギフトの肉棒に貫かれたゼクストくんの悲痛な叫びが路地裏に響く。 「あっ、ぐっ、あぁぁっ! 抜け、抜けよぉっ……!」  ゼクストくんが涙目で訴えるが、ギフトは彼の願いを無視して激しく腰を動かし続ける。 「はっ、あうっ……あぁっ……!」  本来ならば苦痛しか感じないであろう状況だが、催淫効果がある毒に蝕まれているせいだろう。ゼクストくんの肉棒が硬さを帯びていくのが見て取れた。  ギフトの腰の動きに合わせて揺れるゼクストくんの肉棒。それはまるで、彼の身体が快楽に悦んでいる事を表しているように感じた。 「僕のペニスの味はどうですか? 気持ちいいでしょう?」 「んなわけ、ねぇだろ……」  否定の言葉を口にするも、彼の肉棒の先端からは透明な汁が垂れていた。ギフトもそれに気付いているようで、含みのある笑みを浮かべている。 「そうですか。では、もう少し強く抉ってみましょうか」  腰を打ち付ける乾いた音が、より強くなる。 「うあっ!? や、あっ……ぐっ! 動くな、動くんじゃねぇ……っ!」  その言葉虚しく、ギフトの腰の動きは止まらない。むしろ、余計に激しさを増していく。 「ああ、良い具合ですよ。おかげでもう出そうです。たくさん、中に精を注ぎ込んであげますからね」 「やめろ、やめてくれ……っ!」  ゼクストくんが涙を流しながらそう懇願する。だが、それは何の意味も無かった。  ギフトの全身が、小刻みに何度も震える。直後、結合部から濃厚な白濁液がどろりと流れ出た。 「おめでとうございます。これで貴方も僕の仲間です」 「うあっ、嫌だ……こんなの嫌だぁ……っ! すまねえ、クーゲル……レーヴェさん……」  その言葉を最後に、ゼクストくんは気を失ったようだ。それと同時に彼の肉棒が何度も跳ね、白濁液を撒き散らす。催淫効果がある毒に侵されながらも絶頂しないように必死で堪えていたのだろうが、気を失った事で決壊したようだ。  ──程なくして、ゼクストくんの額に刻まれる。獣人としての彼が死に、淫魔として生まれ変わった証が。  § 「……というわけで、ギフトは元異能者の淫魔だ」  現実に戻ってきた俺は、予知の内容をすぐにヴァイスに伝えた。 「殺してもすぐに復活する白山羊か……」  ヴァイスが手に持っている書類の束をぺらぺらと捲る。何か、ギフトに関係する記述に心当たりがあるのだろうか。 「……あった。これだ」  ギフトが、俺に資料を渡してきた。その資料には、滅んだイスト村の自警団に所属していた異能者の種族、名前、異能の詳細が書かれていた。 「この名簿に載っている白山羊獣人の異能者は一人。名はメディ。彼が持っていた異能の名は、月下の影法師(ムーンライト・シャドウ)」 「……敵からの攻撃を受けた際に実体を伴わない影が身代わりになる、月夜の晩にだけ発動する異能か」 「ああ。このメディという男は薬学に精通していて、月夜の晩に淫魔と自警団が交戦するような状況になった時限定で戦場に出て、衛生兵のような役割をしていたという記載がある。こいつが、淫魔に堕とされた後にギフトという名で暗躍している可能性が高そうだ」  皮肉なものだ。ヴァイスの予想が当たっているのなら、薬で獣人を助けていた男が今は毒を用いて獣人と敵対しているのだから。 「今、外はバリバリ月が出てるよね。つまり、今晩はどうやってもギフトは殺せないわけか」 「そう考えた方が良さそうだ」  不死身ではないが、現時点では殺せない。厄介だな。 「捕縛して、朝になったら殺す。それができたら良いんだけど……」 「それは難しいだろう。拘束できたとしても毒をあおったり舌を噛んだりなどして自死されたら、影が身代わりになって逃げられるだろうからな」 「つまり、なんちゃらかんちゃらで逃げるになんちゃらって状況か」 「三十六計逃げるに如かずと言いたいのか?」 「そう、それ。さっすがヴァイス。以心伝心だね」 「よく理解していないくせに、古代文明の言葉を使おうとするな」  難しい言葉って意味もなく使いたくなるよね。全然覚えてなくてヴァイスに呆れられてしまったけれど。だっておじさん、歴史の勉強は碌にしてこなかったし。 「だがまあ、逃げるのが得策なのは間違っていないだろう。ヴァイスとクーゲルを失うわけにはいかんしな。しかし、ギフトと名乗る淫魔を野放しにする訳にもいかん。となると……」 「あの子に頼るしかないかあ……」  朝になるとギフトは異能を使えなくなるはずだ。だから、その前にあいつは行方をくらますはず。そうなったら、夜が来る度にあいつの襲撃を警戒しなければならなくなって厄介だ。  ギフトを見失わないようにする方法は一つ。ある異能者の力を借りる事だ。 【続く】