俺は、バッドエンドが大嫌いだ。でも、獣人と淫魔が戦争をしている今のこの世界では、俺たち獣人側にバッドエンドフラグが立ちまくりなんだよね。悲しい事に。 「淫魔どもも懲りないよねぇ。バカの一つ覚えみたいに侵攻してきてさぁ。ほんと、おじさんイヤになっちゃう」 「嘆くな。黒の勇士の名が泣くぞ」 「そんな痛々しい称号で呼ばれていたのは遠い昔の事だよ。今の俺は、ただのおじさんさ」  俺――レーヴェは、十二年ほど前までは剣を手に取り淫魔たちと戦っていた。自分で言うのも何だが、昔の俺はかなり強かったんだよね。敵対する淫魔をバッサバッサと薙ぎ倒して武勲を立て、気がつけば黒の勇士なんて呼ばれるようになっていた。俺が黒獅子の獣人だから、黒って言葉が称号に組み込まれたみたい。安直だよね。  まあ、持て囃されていたのも過去の事。今の俺は四十路に突入し、お腹にちょっと肉が付いてきた事に悩むただのおじさんだ。いや、でも太ってはいない。筋肉に少しだけ脂肪が付いているだけだからね。……って、誰に言い訳しているんだろう俺。 「ただの凡夫だと思っているのはお前だけだ。お前の異能のおかげで、他の異能者が救われているのだからな」  黒の軍服を纏った白虎の獣人が、深いため息を吐いた。  年中仏頂面の彼の名はヴァイス。俺たちが暮らす城塞都市ナインセントラルを守る防衛軍の司令だ。同い年で、俺の幼馴染でもある。 「買い被りすぎだよ。俺よりもヴァイスの異能――相互的な思念伝達(レシプロカル・テレパシー)の方が遥かに有用だしね」  ヴァイスが持つ異能は、出会った事のある相手と念話ができる能力。その能力を使えば、ヴァイスはナインセントラル防衛軍に所属する軍人に即座に指示が飛ばせる。逆に、軍人側からヴァイスに状況報告をする事も可能だ。そりゃ司令になるわって感じの異能だよね。 「私の異能は確かに便利だ。だが、お前の異能が無ければ、即座に作戦を切り替えて戦場で戦う異能者の犠牲を減らす事はできない。心的負担がかかる能力を使わせて、お前には申し訳ないと思うがな」 「おじさんのメンタルを心配する必要はないよ。そもそも、俺の異能は自動で発動しちゃうものだし。望まなくとも発動しちゃうんだから、せめて役立てないと」  俺が持つ異能の名は、悲劇的結末の予知(バッドエンド・プレディクション)。顔を合わせた事がある異能者を対象として発動する異能で、その異能者に起こり得る可能性が高い最悪の未来が見えるという能力だ。 「……げっ。話をしていたら、早速発動しそう」  頭がズキズキと痛み、目が霞んでいく。この頭痛と目の霞みは、俺の異能が発動する予兆だ。……加齢によるものではないからね! って、だから誰に言い訳しているんだろう俺。  ――くだらない事を考えているうちに、頭の痛みが取れて視界もクリアになった。  先程まで、俺は防衛軍の司令室に居たが、現在は鉄製の赤い門の前に居る。いや、居るように錯覚しているだけだ。今の俺の肉体は半透明になっている。この状態の俺は、幻覚を見ているような状態なのだ。少し先の未来に起こり得る最悪な事態が見える、幻覚を。 2 (さて、誰のバッドエンドが見えるのかねえ)  今、目の前に見える赤い門は城塞都市の東側にある門だ。振り向くと、木が生い茂っている。ここは、東門のすぐ外側の景色だ。  今日、東側に配置されていた部隊は確か……。 (ああ。やっぱり彼か)  数多の獣人が血を流して地に伏せる中、上半身に銀の鎧を纏った筋肉質な狼獣人が剣を振るって戦っていた。  灰色の獣毛に全身を覆われ、燃えるように赤い刀身の剣を振るう彼はゼクストくん。今年二十歳になったばかりの、異能者の軍人だ。  彼の口調はやや荒々しく、筋肉質かつ目付きが鋭いのもあって、一見すると近寄りがたい。だが、部下の相談に乗っている姿をよく見る仲間想いの子だ。  剣士として淫魔と戦っていた時代の俺を、ゼクストくんは子供の頃に見た事があるみたいなんだよね。その姿に憧れて防衛軍に入ったって、面と向かって言われた事がある。それが理由なのかは分からないが、俺に結構懐いてくれているんだよね。たまに俺を飲み会に誘ってくれるし、優しい子だ。 「はぁ、はぁ……! オレの攻撃が、効かないだと……っ!?」  全身が傷まみれの状態のゼクストくんが、焦りの表情を浮かべている。今、彼が対峙しているのは黒い獣毛に全身を覆われた牛の怪物だ。二足で地面にしっかりと立つ牛の怪物の額には、円の中に幾何学模様が刻まれた黒い魔法陣が浮かんでいる。あの魔法陣は、淫魔の証。つまり、この怪物は俺たち獣人の敵性種族である淫魔だ。 「残念だったな! 俺様に火の攻撃は効かん! 己の運の悪さを恨むが良い!」  牛の淫魔は叫びながら、ゼクストくんに向けて大きな戦斧を振り下ろした。 「ちぃっ!」  ゼクストくんは舌打ちしながら横に跳んで攻撃を辛うじて回避し、そのまま突進して手に持った剣で牛の淫魔に向けて横薙ぎの一閃を放つ。その一閃は牛の淫魔の胸部にヒットし、切り付けた部分が勢いよく発火した。横一文字の炎が、バチバチと音を立てながら爆ぜる。  ゼクストくんが持つ異能は燼滅の刃(デストラクション・エッジ)。切り付けた相手を燃やす炎の剣を召喚し、使用する事ができるという異能だ。  ゼクストくんの剣技は秀でていて、異能も強力。だが―― 「無駄無駄ァ! 抵抗はやめて、潔く俺様を受け入れるがいい!」  先程、牛の淫魔が言っていた事は真実のようだ。ゼクストくんの攻撃が、まるで効いていない。 (火の異能に耐性がある淫魔か。腕力も半端ないな。先程の攻撃で地面が抉れている。近接戦は仕掛けたくない相手だな)  ゼクストくんとは、あまりにも相性が悪い敵だ。  淫魔は、攻撃能力を持つ異能でしか傷を与えられない。だが、こんな風に特定の異能に耐性がある淫魔が出てくると詰みだ。別の攻撃手段を持つ異能者が対応しなければいけない状況であるといえる。問題は、淫魔に対抗できる異能者の数はとても少ないという事。 (俺も、昔はゼクストくんみたいに剣を召喚する異能を持っていたんだけどなあ。異能の変質っていう珍しい現象が起きた結果、今の異能を身につけたんだよね)  でも、代償として剣を召喚する異能の方は失ってしまった。  もし今も昔の異能――無想無念の断頭剣(エクスキューショナーズ・ソード)が扱えたら、前線に出て淫魔の首を刈って殺しまくったのに。人手不足だから、余計にそう考えてしまう。 (今は、ナインセントラルの東西南北から淫魔が同時攻撃を仕掛けてきている状況だからなあ。数少ない戦力をばらけさせないといけないのが辛いね)  防衛軍に所属する軍人の大半が異能を持たない支援兵だ。現在の防衛軍は、攻撃能力を持つ異能者が小隊の隊長となり、支援兵からのサポートを受けて戦うシステムになっている。  現在、地に伏せている獣人たちはゼクストくんの小隊に配属された支援兵。残念ながら、ゼクストくんの戦いをサポートできる支援兵は、一人として生き残っていないようだ。 「こんな場所で、やられる訳にはいかねえんだよ!」  頭に血が上っているようで、ゼクストくんは怒りの感情を剥き出しにしながら牛の淫魔に乱雑に斬りかかる。  攻撃が効かない相手に斬りかかり、体力を消耗するのは悪手の極みだ。今の彼は、冷静な判断ができない状況まで追い込まれている。 「フン。武器を使う必要もないな」  牛の淫魔は戦斧を地面に投げ捨てた後、右手で握り拳を作って深く腰を落とした。 「そこだァ!」 「があっ!?」  牛の淫魔が放った正拳突きが、ゼクストくんの腹部にめり込んだ。ゼクストくんは勢いよく吹き飛んで、近くにあった巨木に思い切り背中を打ち付けた。同時に、彼が身に付けていた銀の鎧が音を立てて砕け散る。 「ち、ちくしょう……っ!」  悔し涙を流すゼクストくんに、牛の淫魔がじりじりと歩み寄る。 「加減はしてやった。異能者を殺す訳にはいかんからな」  淫魔たちの目的は、種の繁栄。獣人を淘汰し、淫魔のみが栄える世界を望んでいるらしい。そのため、淫魔は異能を持たない獣人を容赦なく殺す。だが、異能者は殺さない。異能を持つ獣人は淫魔に堕とす事が可能――つまり、同族を増やす事ができるのだ。  淫魔が異能者を堕とす手段。それは、異能者の体内に直接精液を注ぐ事。つまり、抵抗できない状況で無理やりに強姦する訳だ。胸糞悪い。 「喜べ。今から貴様を、俺様の仲間にしてやる」  肉棒を屹立させた牛の淫魔が、ゼクストくんのすぐ前に迫る。 「い、嫌だ……! オレは、淫魔になんかなりたくねぇ……!」  全身を震わせながら怯えたような表情を浮かべるゼクストくんを見て、牛の淫魔は邪悪な笑みを浮かべた。 「安心しろ。じきに、何もかも忘れるからなァ!」  牛の淫魔が、馬鹿力でゼクストくんの衣服を乱暴に破り捨てる。 「クソぉ……!」  先程受けた正拳突きのダメージが大きかったようで、ゼクストくんはまともに身体を動かすこともできないようだ。もう、彼に抵抗する術はない。  牛の淫魔は邪悪な笑みを浮かべたまま、両の手でゼクストくんの太腿を掴み、乱暴に開脚させた。  ……この後、ゼクストくんの身に起こる事を想像すると、目を逸らしたくなる。だが、目を逸らそうが閉じようが、対象者のバッドエンドは頭の中に鮮明に浮かんでしまうから無意味なのだ。俺の異能の、嫌な特性である。 「ほう。立派な剣を振るっていた割に、こっちの剣はそうでもないようだな」 「見るんじゃねぇ……!」  恐怖で縮こまっているのもあるのだろう。ゼクストくんの陰茎は小ぶりで、少し皮を被っていた。 「まあ、気にしなくていい。俺様が使うのはこっちだからな」 「があっ!?」  牛の淫魔の太い示指が、ゼクストくんの無防備な肛門に無理矢理ねじ込まれる。 「いてえっ! 抜き、やがれ……! ちくしょ……ぐううっ!!」  乱暴に太い指を挿入されたゼクストくんの肛門からは鮮血が流れ、地面に垂れた。強い痛みを感じているようで、彼は涙をぼろぼろと流しながら歯を食いしばっている。 「そうかそうか。指を抜いて、代わりに俺様の魔羅をすぐに入れて欲しいのだな?」 「んなワケねぇだろ……! くたばれ、クソ淫魔……!」 「フン。生意気なやつだ。俺様の魔羅を突っ込まれても、その威勢が続けば褒めてやる」  牛の淫魔は、ゼクストくんの肛門から指を引き抜いた後、我慢汁をダラダラと流す太い肉棒の先端を彼の肛門に突きつけた。 「さあ、覚悟を決めろ! 一気に奥までぶち込んでやるからなァ!」 「やめろおぉぉぉっ!!」  彼の叫び虚しく、牛の淫魔が一気に腰を前に突き出す。 「あがっ、あ、があああああぁぁぁぁっ!!」  巨大な肉棒を根元まで一気に挿入されたゼクストくんの腹部が、ぼこりと膨らむ。結合部からは、先程とは比べ物にならない多量の血が流れている。……想像を絶する痛みだろう。 「かはっ、はっ、があっ……!」 「おいおい。さっきまでの威勢はどうしたんだ負け犬?」  目を見開いて全身をガクガクと震わせるゼクストくんに向けて、牛の淫魔は勝ち誇ったような表情を浮かべつつ鼻を鳴らした。 「ほおれ、俺様の魔羅で貴様の中を激しく抉ってやるぞ!」 「ぐあああああっ!!」  牛の淫魔がゼクストくんの両肩に手を置き、乱暴に腰を前後に動かし始める。 「いやだ、いやだぁっ!!」  子供のように泣き叫ぶゼクストくんに構わず、牛の淫魔は腰を振る速度を徐々に上げていく。 「ひぎっ、があっ、やっ、んぐっ……うああああっ!!」  凶器じみた肉棒で突き上げられる度に、ゼクストくんの口からは悲痛な叫びが漏れた。 (ああ、嫌だ。仲間が陵辱される姿なんて、これ以上見たくない。せめて早く終わってくれ)  今は、そう祈るしか無いのが歯痒い。 「ガハハハハッ! 貴様は魔羅が小さい無様で惨めな負け犬だが、尻穴の方の具合は良いぞォ! 褒美に俺様の種をたっぷりと注いでやろう!!」 「ダメだっ! それだけは……! いぎっ……! オレは、堕ちたくっ、ないっ……!」 「今さら俺様の射精を止められるものか! 孕め! 負け犬!」  破裂音に似た、腰を打ち付ける音が一際大きく響いた。 「うあああああっ!!」  牛の淫魔が小刻みに身体を震わせる度に、ゼクストくんの腹部がさらに大きく膨らんでいく。それは、淫魔の汚らわしい精が彼の腹に注がれた事を意味していた。 「オレ、まだ、伝えてないのに……っ! レーヴェさんが好きだって、伝えられてないのにぃ……っ!」  ――その言葉を最後に、ゼクストくんは気を失った。  ……生存本能のせいだろうか。彼の萎びた肉棒の先端からは、白濁液がとぷとぷと溢れ出ていた。牛の淫魔は右手でそれを掬い上げ、恍惚とした表情で口に含む。その後、こう叫んだ。 「ハハッ、好きなやつが居たのか? だが残念だったな! 俺様の種を注がれた貴様はもう、今までの事は何もかも忘れて俺様たちの同胞となるのだァ!」  くたりと脱力したゼクストくんの額に、黒い魔法陣が浮かび上がる。彼が、淫魔に堕とされた証だ。  淫魔に堕とされた者は、獣人として生きていた時の記憶を全て失う。そして、異能を持つ獣人を犯して堕とし、そうでない獣人は殺す。そんな存在に成り果てるのだ。そうなってしまったらもう、殺すしかない。俺たち獣人の敵として。  § 「おい。大丈夫か?」  俺はいつの間にか、司令室に立っていた。目の前には、心配そうに俺を見つめる幼馴染の白虎獣人の姿。  ――どうやら俺は、現実に戻ってきたようだ。 「……ヴァイス。歳がかなり離れた若い子に告白された場合は、どうやって断ればなるべく傷付けずに済むかな? いや、もしもの話なんだけど」 「は?」  ヴァイスが何言ってんだこいつと言いたげな表情を浮かべた。悲しい。  予知の最後の方でゼクストくんが放った言葉が衝撃的すぎて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。冷静さを保つためにスルーしようと思ったのに、結局スルーできなかった。  ……俺が好きだって言っていたよな!? 何で!? 将来有望な若者が、こんな腹が出てきたおじさんに恋するなんてありえないでしょ普通! ゼクストくんは優しくてかっこいいし、おじさん以外に絶対良縁があるって! 「私には、お前の言葉の意味が分からん。だが、そんな事を言っている場合ではないのは分かる。……悲劇的結末の予知(バッドエンド・プレディクション)が発動して、誰かが淫魔にやられる姿を見たのだろう?」 「……うん」 「詳細を話せ。作戦を組み直す」  そうだ。予知中にゼクストくんが放った衝撃的な言葉は、一旦忘れよう。今は、先程見えたバッドエンドが現実にならないように手を打たなければならない。 「……重要な部分だけ、簡潔に説明するよ。危ないのはゼクストくんの小隊だ。彼の小隊が、全身真っ黒の牛の淫魔にやられて全滅する未来が見えた。その淫魔はバカ力で戦斧を振るう戦い方をするやつで、火の異能に耐性がある」 「なるほど。それは、ゼクストと相性が悪い相手だな」  ペンを握ったヴァイスが頷きながら、俺の発言を紙に書き留めていく。 「ぶっちゃけ、接近戦を仕掛けるべき相手じゃないと思う。遠距離攻撃が得意な異能者を東側に配置して、アウトレンジ攻撃を行うのがベストじゃないかな」 「となると、西に配置しているクーゲルを東に向かわせるか。西の守りが手薄になるのは不安だが、ゼクストを失うわけにはいかないからな」  クーゲルくんは、蒼く透き通った鱗に全身を覆われた大柄な竜人の青年だ。確か、ゼクストくんと同い年だったはず。そのおかげか、二人の仲は良好だ。  冷静沈着な性格のクーゲルくんが持つ異能は、嘆傷の氷銃(コキュートス・ガン)。撃ったものを凍結させる氷の弾丸を放つ銃を召喚する異能だ。 「うん。牛の淫魔と戦う役目はクーゲルくんに任せた方が良さそうだね。ただ、その前にゼクストくんの小隊の支援兵は城塞都市の内側に退避させた方が良いと思う」 「何故だ?」 「ゼクストくんは、良く言えば仲間想いで優しい。悪く言えば、感情に振り回されやすい子だ。もし、クーゲルくんが到着する前に仲間の支援兵が殺された場合……」 「怒りの感情に支配されたゼクストが淫魔に無謀な突撃をしてやられるかもしれない、か」  ゼクストくんのバッドエンドを回避するためには、支援兵の命も守る必要があるだろう。そもそも、異能者もそうでない者も、助けられる命は助けるべきだ。 「そう。だから、おじさんはちょっと東に向かって支援兵くんたちの避難を手伝うよ。ついでにクーゲルくんが到着するまでの間、ゼクストくんと一緒に囮になって時間稼ぎもしよっかな」  この司令室はナインセントラルの中央部にある。今から全速力で走れば、おじさんの足でも西側に居るクーゲルくんより先に東側に到着できるはずだ。 「待て。そこまでやるのは危険すぎる」 「危険は承知の上だよ。でも、若者を助けるのがおじさんの役割だし」  若者だけに重荷を背負わせるのは性に合わない。おじさんはおじさんなりにやれる事をやらないとね。 「……仕方ない。どうせ、お前は止めても聞かないだろう」  ヴァイスは、とてもふかーいため息を吐いた。その後、こう言葉を続ける。 「報告は怠るな。何かあればすぐに私に思念を送れ。いいな?」 「了解。……ヴァイスは、今すぐにゼクストくんやクーゲルくんに上手く説明して、指示を出してね」 「分かっている。すぐに思念伝達を行うさ」  ヴァイスが目を閉じ、額に左手の人差し指を当てる。これは、彼が異能を発動する時のルーチンだ。早速、ゼクストくんやクーゲルくんにテレパシーを送って、説明と指示出しを行ってくれているみたい。 「さあて、おじさんもちょっと張り切りますかね」  さっき俺が見たバッドエンドのフラグを、バキバキにへし折らないと。  ――首を洗って待っていろよ、牛野郎。お前に待ち受けるのは、ミンチになって死ぬ未来だ。  §§ (……以上が、作戦内容だ。理解したか? ゼクスト) (はい。オレは、クーゲルが来るまでの間に仲間を都市の内側に避難させれば良いって事っすね。もしその途中で牛の淫間に遭遇したら、ひたすら逃げ回って時間稼ぎをすれば良いと) (その通り。程なくして、レーヴェもそちらに到着するはずだ。あいつがお前のサポートをする予定だから、存分にコキ使え) (承知したっす!)    突然、ヴァイス司令から思念伝達された時は驚いた。まさか、オレの隊が全滅する未来をレーヴェさんが予知したなんて。 「……頑張るしかねぇよな」  オレはともかく、仲間が危険な目に遭うのは許せねえ。隊長として、仲間の命を守らねえと。 「雑魚淫魔の相手はオレ一人で充分だ! みんなは都市の中に避難してくれ! もうすぐ、レーヴェさんやクーゲルが応援に来てくれるらしいから心配すんな!」  ワラワラと群がる雑魚淫魔を燼滅の刃で薙ぎ払いながら、オレは叫ぶ。  司令曰く、もう少ししたらオレの異能が効かない牛の淫魔がここに来るらしい。それまでに、雑魚淫魔を燃やし尽くしつつ仲間を退避させねえと。 「へいへいへ〜い! こっちにおいで支援兵くんたち〜! ゆっくり急いで避難してね〜! どっかの国の言葉で言うと、フェスティナレンテってやつだよ!」  レーヴェさんの声だ! どうやら、早速駆けつけてくれたらしい。ちらりと振り向くと、東門がゆっくりと開いているのが見えた。恐らく、門のすぐ内側にレーヴェさんが居る。 「……へへっ。かっこいいとこ、見せねえとな」  レーヴェさんは、憧れの存在だ。  ――今から十五年前、レーヴェさんはオレの命を助けてくれた。五歳の頃のオレは、抜け穴を使って都市の外でこっそりと遊ぶのが好きなクソガキだったんだ。当然、都市の外は淫魔が彷徨いている事が多くて危険である。  案の定、ガキの頃のオレは都市の外で淫魔に見つかった。そして、もうダメだと思った時に若い頃のレーヴェさんが助けてくれたんだ。  迷いの無い太刀筋で淫魔の首を一刀両断したレーヴェさんの姿は、今でも鮮明に思い出せる。淫魔を倒した後に、レーヴェさんが手を差し伸べながらオレにかけてくれた言葉も、鮮明に。  ――大丈夫か、少年。もう怖がらなくていい。君は、俺が安全な所まで連れて行く。絶対に――    ……あの時からずっと、オレはレーヴェさんに憧れているんだ。  まあ、あの時と比べると今のレーヴェさんは体型と性格が緩くなった気はするけどな。それでも、憧れの存在である事に変わりはない。昔みたいに剣の異能が使えなくなっても、別の異能でオレたちを助けてくれているしな。とてもありがたいし、かっけえと思う。  ――何やかんやあって異能に目覚めて軍人になったオレは、レーヴェさんの近くで過ごす事が増え、オレの中でますます憧れは強くなっていった。  酒を飲んで子供みたいに屈託なく笑ったり、体重が増えた事に落ち込んだり、すげえ真面目な顔で軍議中に声を上げたり……ここ数年で、色んなレーヴェさんの姿を見てきたな。そして、色んなレーヴェさんを見る度に、憧れ以外の感情がオレの中で膨れ上がっていった。    好きだ。オレは、レーヴェさんが大好きなんだ。彼を想うと、胸が熱くて、切なくて、堪らなくなる。はち切れそうになるんだ。  いつか、勇気を出して大好きだと伝えたい。伝えなければいけない。だから、それまでは悲劇的な結末なんかを迎えるわけにはいかねえんだ! 絶対に!  § 「やっほー、ゼクストくん。支援兵くんたちの避難は完了したよー」  いつの間にか、オレのすぐ後ろにレーヴェさんが立っていた。もう避難誘導が済んだのか。仕事が早すぎだろこの人。 「感謝するっす! あと、予知の中で無様に敵に負ける姿を見せてしまったみたいで、すんません……」 「謝らないの。予知はあくまでも予知。行動次第で、悪い未来は変えられるんだから」 「レーヴェさん……」  そうだ。ゼクストさんは、今までに何度も悪い未来を変えてきた。そのおかげで、近年は異能者の仲間が淫魔に堕ちずに済んでいるんだ。オレの悪い未来も、きっと変えられるはず。 「……ちなみに、予知の中でオレの裸を見たっすか?」 「ゼクストくん! 今は余計な事を考えないように!」  レーヴェさんが勢いよく目を逸らした。  この反応、絶対見たな! クソッ、恥ずかしい! オレのちんこ、小さいから見られるの嫌なんだよ! いやでも大好きなレーヴェさんに見られたのはむしろ嬉しいかも……って、何考えてんだオレは! 「ほう。貴様ら、異能者だな。異能の臭いがぷんぷんする」  少し離れた場所から、低い声がした。  声がした方に視線を向けると、そこには戦斧を持った巨大な牛の怪物の姿があった。  ……こいつか。予知の中で、オレを倒した牛の淫魔は。 「おじさん、こう見えても毎日水浴びするくらいには綺麗好きなんだけどなあ。そんなに臭わないはずなんだけど」 「誰も体臭の話はしていないと思うっすよ……」 「フン。ふざけた奴らだな。まあいい。大人しく投降しろ。そうすれば、二人並べてじっくりと優しく犯してやる」  ちんこを硬くしながら舌舐めずりをする牛の淫魔を見て、鳥肌が立ってしまった。気持ち悪い。こんな奴にやられる姿を、レーヴェさんに見られちまったのか。最悪だ。 「悪いけど、おじさんは純愛ハッピーエンドしか認めない派なんだ。凌辱バッドエンドはお断りってね。だから、君には死んでもらうよ」 「ガハハハハッ! 俺様に勝てると思っているのか!? 面白い!」  牛の淫魔が戦斧を構えながら、レーヴェさんに向かって勢いよく突進してきた! 「レーヴェさん!」 「心配しないで! 俺は意外と動けるおじさんだからさ!」  レーヴェさんが懐から取り出した何かを、牛の淫魔に投げつける!  「うおっ!?」  レーヴェさんが投げたものは牛の淫魔の右足に直撃し、牛の淫魔はバランスを崩して勢いよく転倒した。 「支援兵くんから頂戴した強力粘着ボールの味はどうだい?」  牛の淫魔の右足に、地面に縫い付けられるような形で白い粘着剤が付着している。 「小癪なァ!」  並の相手なら動きを封じられたはずだが、相手が悪い。牛の淫魔は脚の筋肉を膨張させながら勢いよく立ち上がり、粘着剤を無理矢理にひっぺがした。 「うーん、やっぱりバカ力だなあ」 「舐めた真似をしやがって! 貴様は脚の骨を砕いてから犯してやる!」  粘着剤から逃れた牛の淫魔が、再度レーヴェさんに突進する! 「させるか!」  オレは逆手に持った燼滅の刃を、地面を切り裂くようにして勢いよく振るった! レーヴェさんと牛の淫魔の間に、一瞬だけ炎の壁が現れる! 「ちっ!」  牛の淫魔は怯み、素早くバックステップをした。その隙にを見逃すレーヴェさんではない。牛の淫魔から距離を取るために、素早くオレの元へと走り寄ってきた。 「ありがとう、ゼクストくん!」 「役に立てたなら良かったっす」  レーヴェさんの予知によるとあの淫魔に火の異能は効かないようだが、目の前に勢いよく炎の壁を出せば怯ませる事はできるだろうとオレは読んだ。その読みは、当たったようだ。  ……だが、今のオレの技に怯んだのは初見だからだ。今の一撃で、あいつはオレが火の異能使いだと知った事になる。 「フン、驚かせおって! 俺様に火は効かん! 貴様の手品は二度と通じぬわァ!」  牛の淫魔が叫びながら、今度はオレに向かって突進してきた! タネが割れた以上、オレの異能はもう頼りにならない。あいつは怯まず強引に攻めてくるだろう。 「ゼクストくん! ぐるぐるフォーメーション作戦で行こう!」 「なんすかそれ!?」 「君は時計回りで、オレは反時計回りで……あいつの周りを囲むようにぐるぐると逃げ回ろう!」 「逃げ回りつつ撹乱するんすね! 了解っす!」  止まっている暇もじっくりと考える暇もない! なのでレーヴェさんのネーミングセンスの悪さにも突っ込む暇はない!   オレたちは一度頷き合った後、走り出した! 今はクーゲルが到着するまで逃げ回るしかない! 「ちょこまかと目障りなやつらだ! 逃げ回って俺様の体力を削るつもりか!? ならば浅知恵であるとしか言えん! 俺様よりも貴様らの体力が尽きる方が先に決まっているからなァ!」  オレたちの体力が尽きるのが先か、クーゲルが到着するのが先か……。後者である事を祈りつつ、今は鬼ごっこをするしかない。 「いやあ、良い運動になるなあ! でも疲れてきたからちょっと休憩させてくれない? ダメ?」  レーヴェさんは走り回りつつ、適時粘着ボールを投げつけて牛の淫魔の動きを鈍らせた。 「オラ牛野郎! イキってる癖にオレを捕まえられねえのか!? バーカ!」 「何だと犬っころが!」  挑発に耐性が無い単純バカで助かるぜ。汚い言葉を浴びせれば、すぐにこっちを狙って突進してくるからな。  レーヴェさんより、オレの方が体力はあるはずだ。オレが走り回って、少しでもレーヴェさんが休憩する時間を稼がないと。 「ぬぅん!!」  いきなり、牛の淫魔が巨大な戦斧をオレに向かって投げてきやがった!  「うおっ、危ねえ!」  思いっきり身を捻らせてそれを回避したが、体勢を崩して地面に転がってしまう! 「これでくだらん鬼ごっこは終わりだァ!」  体勢を立て直すよりも先に牛の淫魔は目の前に迫り、右手で握り拳を作ってオレに叩き付けようとする構えが見えた。まずい、やられる! 「終わるのは汝の命だ」  ――低いバスボイスと共に、銃声が辺りに響いた。 「……なっ、何だこれはァ!?」  牛の淫魔が情けない声を上げる。牛の淫魔の胸には小さな穴が開いていた。その穴から外側に向かって、じわじわと氷晶が広がっていく。 「某(それがし)の友を害そうとした報いは受けてもらうぞ」  さらに二回、銃声が響く。直後、牛の淫魔の頭と腹部にも穴が開いた。開いた穴からさらに氷晶が広がり、霜が降りたかのように全身の被毛が白くなっていく。 「くそっ、俺様が、こんなところでええぇっ!!」  その叫びを最後に、牛の淫魔は動かなくなった。 「……ゼクスト。遅くなってすまない。怪我は無いか?」  蒼い鱗に全身を覆われた竜人――クーゲルが、左右の太腿に着けたガンホルダーに二丁拳銃を仕舞った後、オレに手を差し伸べてきた。 「すまねえ。助かったぜ、クーゲル」  ごつごつとした無骨な手を取り、立ち上がる。直後、何かが砕けるような音がした。 「霜降り冷凍ミンチになっちゃったねぇ」  音がした方を見ると、完全に凍り付いた牛の淫魔をレーヴェさんが真顔で蹴り砕いていた。  相変わらず、レーヴェさんは淫魔相手には容赦ねえな。文字通りの死体蹴りだ。  ……気のせいだろうか。今のレーヴェさん、怒っているように見えるし、すげえ悲しそうにも見える。何を、考えているんだろう。  §§  死体を蹴ったところで意味なんか無い。そんな事は分かっていた。でも、淫魔を前にすると憎しみと破壊衝動に身を苛まれてしまう。  憎しみは視野を狭くするから、抱くべき感情ではないんだけれどな。感情に振り回されやすいだなんてゼクストくんを評しておいて、自分自身がこれだ。情けない。  ――十二年前に、大切な友が淫魔に堕とされた。そして俺は、その友の首を刎ねた。それ以降、淫魔を憎む気持ちがずっと胸の中で燻り続けている。年月が過ぎても、変わらずに。 「辛気臭い顔をしとるのう。大した被害を出さずに淫魔を追い払えたんじゃろ。もっと嬉しそうな顔をせんか」  赤いエプロンを着けたふくよかな熊獣人の中年――ハイターさんが、俺の背中をバシバシと叩きながらそう言ってきた。 「やだなー、ハイターさん。俺はいつだって嬉しそうな顔をしているおめでたい頭の獣人だよ」 「適当な事を言うでない。まったく」  現在、俺は粋蜜亭という名の酒場の中に居る。ゼクストくんとクーゲルくんも一緒だ。  クーゲルくんが牛の淫魔を倒した後、他の淫魔たちは形勢が不利だと判断したのか、ナインセントラルの近辺から退散していった。束の間とはいえ、平和な時が訪れたわけである。  平和な時は、思いっきり羽を伸ばすべきと俺は思っているんだよね。だから今日の戦闘で頑張ったゼクストくんとクーゲルくんを誘い、馴染みの酒場に来たのだ。ハイターさんは、俺が二十年近くお世話になっているこの酒場のマスターだ。 「何でも好きなものを頼んじゃってよ、二人とも。今日はおじさんが何でも奢っちゃうからさ」 「そんな、悪いっすよ」 「若者は遠慮すべきではないぞ。こいつは後輩に頼られると喜ぶ男じゃ。無趣味な奴じゃし、懐も温もってるじゃろうな」 「無趣味云々はともかく、大体ハイターさんの言う通りだよ。ほら」 「あ、ありがとうございます……」  俺はゼクストくんにメニュー表を押し付けた。おじさんは若者が美味しそうに飲食する姿を見るのが好きなのだ。だから遠慮せずに好きなものを飲食してほしい。 「レーヴェさんはもう何を頼むか決めたんすか?」  クーゲルくんと一緒にメニュー表を眺めつつ、そう尋ねてくるゼクストくん。俺が頼むものは、メニュー表を見なくてももう決まっている。 「ペールエールとチキングリルを頼むつもりだよ」  この酒場で取り扱っているペールエールは強い苦味があって好きなんだよね。塩味が強いチキングリルによく合うんだ、これが。 「……某は、ミルクを頂いても良いだろうか」 「せっかくだから酒を飲もうぜ。お前が下戸なのは知ってるけど、一杯くらいはいけるだろ」 「むう……ゼクストがそう言うのなら……」  へえ、クーゲルくんってあまりお酒を飲めないんだ。そういえば、クーゲルくんと一緒にお酒を飲むのは初めてだ。彼が飲み会に参加する姿を今までに見た事は無かったが、それはお酒に弱いというのが理由だったのかも。 「んじゃ、とりあえずペールエールを三つ頼むか。あとチキングリルとー……」  ゼクストくんが手慣れた様子でハイターさんに注文を伝えた。彼、この辺りの酒場街でよく飲み歩いているみたいだもんなあ。俺もお酒は好きだけど、昔みたいに色んな店を飲み歩く気力は無くなってしまったな。若さが羨ましい。  ……暫しの間、二人と他愛の無い会話をしながら注文の品が届くのを待った。と言っても、口数が少ないクーゲルくんはあまり会話に参加してくれなかったが。 「……失礼します。先にペールエールを三つお持ちしました」  程無くして、頭に包帯をぐるぐると巻いた長身の白山羊の獣人がお酒を持ってきた。初めて見る顔だ。 「新しい店員さんかな?」 「はい。今日からここで働かせていただく事になりました。ギフトと申します」  ギフトと名乗った青年は机の上にお酒を置いた後、丁寧にペコリと頭を下げた。 「その頭はどうしたんだい?」 「僕はイスト村の出身でして。淫魔に追われながらも、何とかナインセントラルまで逃げ延びる事ができました。頭の怪我はその時に」  イスト村。つい最近、淫魔に襲撃されて滅んだと聞いた村の名前だ。ナインセントラルの東に存在していて、少数の獣人が身を寄せ合って農業を営んでいたと聞く。村の自警団の中には異能者も存在したらしいが、村が滅んだという事は淫魔に敗北して堕とされた可能性が高いだろう。 「ハイターさんには感謝しています。余所者である僕に働く場所を与えてくれたのですから」 「そんなに畏まらなくても良い。人手が増えて儂は大助かりじゃよー」  ギフトくんの声が聞こえていたようで、調理場の方からハイターさんの声がした。 「そう言ってもらえると嬉しいですね。……では、ごゆっくり。後ほど料理もお持ちします」  もう一度頭を下げた後、ギフトくんは調理場の方に向かっていった。礼儀正しい子だなあ。 「……とりあえず、乾杯しよっか」 「うっす」 「承知」  琥珀色のペールエールが並々と注がれたジョッキを持って二人のジョッキに軽く打ち付けた後、まずは中身を少量だけ口に含んだ。……苦いけど後味爽やかで疲れた身体に沁みるなあ〜。今日は年甲斐もなく走り回ったからねえ。数日は筋肉痛で動きがぎこちなくなるのを覚悟しないと。 「……むう」  クーゲルくんの方に視線を向けると、顔を顰めながらちびちびとペールエールを飲んでいた。 「クーゲルくん、大丈夫? 苦手な味だったんじゃない?」 「こ、これしきの苦難、乗り越えてみせる……」  苦難って。やっぱりクーゲルくんにとって苦手な味だったようだ。 「実はクーゲルって、苦いのが苦手で甘いのが好きなお子様舌なんすよ」 「へえ、意外。……ん? ゼクストくんはそれを知っていたのに、クーゲルくんの分のペールエールを頼んだのかい?」 「へへっ、面白そうだったからつい」  そう言って、ゼクストくんは小さく舌を出して笑った。いたずらっ子め。 「某は子供舌ではない。それを証明してやろう……!」  ゼクストくんの言葉がクーゲルくんに火を付けたようだ。クーゲルくんは一度深呼吸をした後、ごくごくと喉を鳴らして勢いよくペールエールを飲み始めた! 「おお! 良い飲みっぷりじゃねえか! いけー! クーゲル!」 「いや、無理しない方がいいんじゃ……」  お酒が苦手なのに一気飲みをするなんてダメ、ゼッタイ。嫌な予感しかしない。 「料理をお持ちしました」 「熱々な内に食べるのじゃ!」  クーゲルくんがジョッキを空にしたのとほぼ同時に、ギフトくんとハイターさんが料理を持ってきた。 「ひっく、見たかぁ。某は、大人なのら……」 「おいレーヴェ。こやつ、すでに悪酔いしとるようじゃが大丈夫なのか?」 「大丈夫じゃない。問題だ……」  今のクーゲルくんは目が据わっているし呂律も回っていない。そして、顔は真っ赤。どこからどう見ても立派な酩酊ドラゴンだ。 「某はらいじょーぶ。悪酔いなんかしていない……」 「んじゃ、もう一杯いっとくか? ペールエールを」 「鬼かな?」 「いいらろう。受けてたつ……」 「あーダメダメ。お酒はストップ。ミルクを追加で頼むよ、ギフトくん」 「分かりました」  これ以上はクーゲルくんにお酒を飲ませない方が良い。そう思った俺は、お酒を追加しようと提案したゼクストくんを制止しつつ、ミルクを追加注文したのであった。 「……他にお客さんは居ないし、せっかくだからハイターさんたちも一緒に飲もうよ」  戦闘の後処理が長引いたから、粋蜜亭を訪れたのが遅い時間帯になっちゃったんだよね。そのせいか、俺たち以外に客は居ない。 「お邪魔しても良いのかのう」 「オレは大歓迎っすよ。マスターとはじっくり話してみたいと思ってたし」 「某も、問題ないのら……」  というわけで、ハイターさんとギフトくんも一緒に席に着き、男だらけの飲み会が始まったのであった。  § 「恋バナが聞きたいのう!」  クーゲルくん以外がお酒を三杯ほど飲み終えた頃に、ハイターさんが突然そんな事を言い出した。 「のう、レーヴェよ。浮いた話はないのか?」 「ありません」 「即答じゃのう……」 「おじさんは一人が性に合ってるから、恋愛とは無縁なの」  もう恋にうつつを抜かせる年齢でもないしね。 「ゼっくんはどうじゃ? 浮いた話は無いのか?」 「オレっすか!? オレは、その……」  急に話を振られたゼクストくんが、もじもじしつつ俺の方をちらりと見た。やばい。これは良くない流れだ。 「ゼクストくんは仕事が忙しいからね! 恋愛なんてしている暇は無い! そうでしょ?」 「あっ、はい。そうっすね……」 「ううむ? 何故レーヴェが慌てておるのじゃ?」 「気のせい気のせい。俺はいつだって冷静沈着なおじさんさ」  なんかそれっぽい流れになって彼に告白されたら困る。もしこの場で告白されて、それをズバッと断らないといけなくなったら流石に胸が痛む。 「クーちゃんはどうかのう?」 「某は、ずっと恋焦がれている相手なら、居るのら……」 「ほほう! どんなやつじゃ!?」  朦朧とした様子のクーゲルくんに、みんなの視線が集まる。ハイターさんもクーゲルくんも、目が爛々と輝いているなあ。クーゲルくんの好きな相手に興味津々といった様子だ。 「某が、好きなのは……」 「誰だ!? オレも知っているやつか!?」 「…………ぐごー」 「こ、こいつ! 肝心な部分を吐かずに寝やがった! 起きろ! 起きて吐け! 誰が好きなんだ!?」  机に突っ伏していびきをかきはじめたクーゲルくんを、ゼクストくんが思い切り揺さぶる。だが、彼が目覚める様子は無い。 「面白い話を聞けそうだったのにのう」 「そうですね。残念です」  コーヒーリキュールが入ったグラスを片手に、ギフトくんは穏やかに微笑んだ。 「ギフトくんはどうなの? 実は恋愛経験が豊富だったり?」 「申し訳ありませんが、僕も恋愛とは無縁な生き方をしていたもので。誰かを好きになるという気持ちが、良く分からないのですよ」 「なんじゃ、つまらんのう」  ギフトくんは真面目そうだからなあ。恋愛にうつつを抜かす姿は想像できないかも。  §  恋バナが終わってから程無くして、飲み会はお開きになった。  泥酔したクーゲルくんを俺とゼクストくんで運んで、粋蜜亭の二階にある小部屋のベッドに寝かすのは大変だったなあ。でも、防衛軍の寮に連れ帰ろうとしたらもっと大変だっただろうから、クーゲルくんを泊めると言ってくれたハイターさんの厚意に感謝だ。 「たっだいまー。いやー、楽しかった!」  ゼクストくんと粋蜜亭の前で別れた後、俺はすぐさま防衛軍の司令室に駆け込んだ。何故か、寝る前に幼馴染の仏頂面を見たくなったんだよね。  ちなみに、ゼクストくんはまだ飲み足りないみたいで粋蜜亭の近くの酒場で飲むと言っていた。一緒に飲まないかと誘われたけれど、二人きりになるのはまずいかなと思って断ったんだよね。 「ここはお前の私室じゃないぞ」 「細かい事は気にしない」 「はあ……」  椅子に腰掛けて書類と睨めっこをしていたヴァイスが深いため息を吐く。なんか、顔を合わせる度にため息を吐く姿を見ている気がするなあ。 「ヴァイスも来れば良かったのに」 「立場上、私は有事に備えなければならないからな。酔うわけにはいかん」 「お酒以外を飲むって選択肢もあるでしょ」 「ゼクストやクーゲルの気持ちも想像してやれ。私が飲み会に参加したら、気まずい思いをするだろう」 「そうかな……そうかも……」  仏頂面の上司が飲み会に参加したら、確かに気まずい。俺は慣れているけれど、あの二人はヴァイスと顔を合わせてじっくりと話す機会はあまり無いだろうしな。 「くだらない事を言ってないで、さっさと寝て体力を回復させろ」 「はーい」  ちょっと司令室のソファを借りて寝ちゃおっと。俺がそう思った瞬間…… 「……っ!?」  頭痛と、目の霞みが生じた。間違いない。これは、悲劇的結末の予知が発動する予兆だ。  ――少しして、頭痛が和らぎ視界もクリアになる。  気がつくと、俺は木造の建物の中に居た。ここは、さっきまで俺が居た場所……粋蜜亭の二階にある小部屋だ。  小部屋の中に居るのは、三人。ベッドに横たわって苦しげな呻き声を上げるクーゲルくんと、そんな彼を見下ろすギフトくん。そして…… (……死んでいる、のか?)  部屋の扉の近く。その床上で、血溜まりに沈む熊獣人――ハイターさんの姿が見えた。 「ハイターさんも間が悪いですねえ。僕が、君に毒を注射する瞬間を見てしまうなんて。口封じのために殺すなんてみっともない真似はしたくなかったんですがね」 「ふざけるな……っ!」  クーゲルくんが、片手に注射器のようなものを持ったギフトくんを睨み付ける。 「良い目をしていますね。憎しみの色が浮かんだ目で睨まれると、非常に興奮します」  そう言いながら彼は、頭に巻いていた包帯を外した。  剥き出しになった彼の額。そこには、黒い魔法陣が刻まれていた。 (こいつ……!) 「どこから潜り込んできた、淫魔め……!」 「そんな事、どうでも良いじゃないですか。邪魔者は居なくなりましたし、僕と楽しみましょう。クーゲルさん」  白山羊の淫魔――ギフトは、懐からナイフを取り出してクーゲルくんが身に纏う服をビリビリと切り裂き始めた。 「や、やめろ……っ!」 「抵抗しようとしても無駄ですよ。さっき貴方に打ち込んだ毒には、筋肉を弛緩させる効果があります。まともに身体を動かせないでしょう?」 「ぐうっ……!」  ギフトの言葉は真実のようで、クーゲルくんはまともに身体を動かせないようだ。睨みつけて、抵抗の意思を示す事しかできない様子である。 「全てを曝け出して僕に身を委ねてください。僕は有象無象の淫魔とは違う。時間をかけて優しく犯してあげますから、安心してください」  ついに、クーゲルくんの身を守る最後の砦であった下着が切り裂かれた。 「綺麗な色をしていますね」 「見るな……!」  クーゲルくんの股間部にある薄桃色の縦筋に、ギフトが舐め回すような視線を向ける。  竜人の股間部には生殖器が格納されているスリットと呼ばれる割れ目が存在すると聞いた事はあるが、俺も見るのは初めてだ。 「どれ、味見をしましょう」 「ひっ……!」  スリットに顔を近づけたギフトが、長い舌を割れ目に侵入させて嬲り始める。くちゅくちゅと、湿った水音が部屋に響き始めた。 「某は、このような辱めに、屈しない……! んうっ……」  クーゲルくんの頰が、ほんのりと赤みを帯びてきた。羞恥心からだろう。  ギフトはスリットの中に舌を挿入したまま、長い示指もゆっくりと挿入した。 「うおっ!?」  クーゲルくんの口から、大きな声が漏れる。秘部に指を突き入れられたのだ。不快感で声を出すのは仕方のない事だろう。 「ゆっくりと解してあげますからね」  ギフトは優しい声色でそんな言葉を投げかけた後、クーゲルくんの中に挿入した指を引き抜く寸前まで動かし、再度根元まで挿入した。湿った音を立てながら、彼はその動きをひたすらに繰り返す。唾液が潤滑剤の役割を果たしているためか、指の動きは徐々にスムーズになっていった。 「負けぬ、某は、淫魔なんぞに……!」  クーゲルくんは歯を食いしばり、必死に与えられる刺激に抗っているようだ。だが、彼の股間部にあるスリットからは透明な汁が溢れ出ている。 「ふっ、うぅっ、んん……」  気のせいだろうか。クーゲルくんの口から漏れる声が、熱っぽく艶やかなものになっているように感じるのは。 「ふふ。さっき貴方に打った毒には、催淫効果もあったのですよ。気持ちよくなってきたでしょう?」 「ぐっ、感じてなど、いない……っ!」  否定の言葉を口にするクーゲルくんであったが、スリットから溢れる汁の量は増え続け、彼の息遣いも荒くなっているように感じる。 「……さてと、充分に解れたようなので愛撫はここまで。そろそろ本番に移りましょうか」  汁まみれのスリットから指を引き抜いたギフトは、ズボンを下ろして巨大な男根を取り出した。そして、彼は無抵抗なクーゲルくんの両脚を掴んで大きく開脚させた後、小さく口を開いたスリットに男根の先端を突き付ける。 「屈しない……某は、絶対に屈しない……っ!」 「そうですか。頑張ってくださいね」  無慈悲な言葉を放つのと同時に、ギフトは腰を前に突き出した。 「んおおおおぉぉっ!?」  クーゲルくんの悲鳴と、ギフトの男根が秘部を貫く音が部屋に響く。 「はしたない声を出しましたねえ。でも、まだ先端しか入っていませんよ。今からもっと奥まで抉りますが、屈さないと言うのなら頑張って耐えてくださいね?」  ギフトは体重をかけ、男根を更に奥へと押し進めた。 「ひぎっ、や、無理だ、もう、やめ……がああああっ!!」  男根を根元まで一気に挿入されたクーゲルくんは、悲痛な叫びを上げた。スリットが、巨大な男根で限界まで押し広げられている様子が見て取れる。ギフトはそんなクーゲルくんの両脚を肩に担いだ後、腰を前後に動かし始めた。 「ふぐっ、ううっ、んっ、あああっ!」  ギフトが腰を動かす度に、湿った音とクーゲルくんの艶やかな声が部屋に響く。 「クーゲルさん。中で、貴方のペニスと僕のペニスが激しく擦れているのが分かりますか?」 「言うな、そんな……んがあああっ!」  クーゲルくんの言葉を遮るように、ギフトがさらに激しく腰を動かし始めた。スリット内で男根が激しく擦れて生じる刺激は凄まじいようだ。クーゲルくんの目から、止めどなく涙が溢れ出ている。 「中を抉られるのが気持ちいいのでしょう? 素直になりなさい」 「違う、某は、そんな事を思ってなど、んうううぅぅっ!」  ギフトは男根を根元まで突き入れた状態で、円を描くかのように腰をグリグリと動かし始めた。クーゲルくんの目から溢れる涙と、スリットから溢れる汁の量がさらに増していく。 「があっ、すまない、ゼクスト……ゼクストおぉぉっ!!」  その叫びと同時に、クーゲルくんは全身を大きく痙攣させた。直後、結合部から白く濁った液体がどろりと溢れ出る。どうやら、スリットの中でクーゲルくんは吐精したようだ。 「ふむ。この場面でゼクストさんの名前を呼ぶとは……。もしや、貴方が好意を抱いている相手とはゼクストさんなのですか?」 「ひぐっ、うううっ……!」 「ふふ。野暮な質問でしたね。お詫びと言ってはなんですが、貴方が淫魔になった後は僕が手助けをしてあげますよ。貴方がゼクストさんを堕とす手助けを」  泣きじゃくるクーゲルくんに、ギフトはそう言った。背筋がぞっとするほど、優しい声で。 「い、嫌だっ! そんな事、したくない……! 殺せ……っ! 某を、殺してくれええぇっ!」 「残念ですがその願いは叶えられません。何故ならば……」  ギフトは一旦腰を引いたかと思うと、一際強く腰を前に突き出した。直後、彼は身体を大きく震わせる。 「たった今、僕の精を中に出させていただきましたから」 「うあっ、あ、あああぁ……っ!!」  絶望。彼の口から漏れた声に宿る感情は、その二文字だった。 「安心しなさい。間もなくゼクストさんも仲間になりますよ」  ギフトは穏やかな笑みを浮かべながら、男根を勢いよく引き抜いた。その瞬間、クーゲルくんの太い男根が大量の白濁液とともにスリットから引きずり出される。 「……ゼクスト、もし、淫魔となった某に会ったら……」  焼き尽くしてくれ。それが、彼の最後の言葉だった。