太陽が沈んで夜に差し掛かる時間帯
人間は夜になっても忙しなく働き、働き終えてもぎゅうぎゅうの電車に揉まれてへとへとになりながら帰宅する
そんな時間に二匹のたぬきがポテポテと歩いている
大きなたぬきと少し小さなたぬきだ

「今日はちょっと帰るのが遅くなったし…ちょっと危ないけど光のある場所を通って帰るし…」
「わかったし…」

たぬきは昼行性の生き物で夜のうちに活動することはほとんどない
こうして野良のたぬきが夜に移動しているのはほとんどが帰りが遅くなったからだ
人間に混ざって仕事をしていた個体なのか食料を詰め込んだビニール袋を携えて電灯やまだ電気で明るい建物を通るようにしている
ただでさえ天敵の多い上による夜目も効かないたぬきに夜の移動は危険だ
なのでリスクを冒しても夜のうちは多くの人間が行き交う歩道を歩くしかない

「ふぅし…ふぅし……」
「つかれたし…はやくやすみたいし…」

まだ子たぬきの範疇である小さいたぬきは親の歩行に合わせるように早歩きで、親のほうも早く人間のいる歩道から抜け出す一心で歩いている
ただでさえ仕事疲れもある中で住処に戻るのも一苦労だ
無事に戻れたらご飯も食べる気力も無くそのまま寝付いてしまうだろう
そう思った矢先だった

「…グニュ！？」
「まま…？」

先頭を歩いていたはずの親たぬきが吹っ飛ばされたように子たぬきの後ろへ飛んだ
疲れからか呆然とそれを見つける子たぬきであったがそれがいけなかった
気づいた時には人間の足が子たぬきの頭上に迫っているからだ

「ｷﾞｭﾌﾞｩ」

一瞬だった
精々掌サイズだった子たぬきは呆気なく人間の足に潰された
まるで粘土か何かのように綺麗に靴跡の残る形で踏み潰された子たぬきの残骸は、無様に唯一無事だったモチモチの腕をジタバタを振り回している
しかし頭も胴体も地面と一体化してしまった以上、そのジタバタも長くは持たないだろう

「あぁ…あああ！チビ！チビィィィイ！」
「…あ？うるせぇな…げぇ、たぬき踏んづけてたのかよ…」

へばりつくように靴に付いた子たぬきの髪の毛や体液に人間は露骨に嫌そうな顔をしていた
ただでさえ仕事疲れで不機嫌ですと言わんばかりの声に、本来であれば関わるべき人間ではないとたぬきも理解できるはずである
しかし言葉を喋り、仕事のお手伝いもできるようになるまで成長した子たぬきを無残に殺されて黙っていられないたぬきだった

「ふざけるなし…！お前…私のチビを殺しておいてなんて言い草だしぃ…！」

怒り狂うたぬきは疲れもあったのか人間相手に臆せず突っかかる
これがもし平常時であれば慟哭しながらも子たぬきを回収してションボリと立ち去っていただろう
しかし相手は子たぬきを踏んづけて汚い何かを地面にこすりつけて落とすようにしている人間だ
人間が親たぬきに行うのは謝罪の言葉ではなく、頑丈な革の靴による蹴りだった

「るせぇんだよ！キャンキャン騒ぐな！」
「ぎぶぅ！？」

モチモチとした肌が何も役に立たない全力の蹴りは頭を貫くような衝撃を持ってたぬきを宙に飛ばした
それでも人間側にも理性があるのか、人間が行き交う道の中でちゃんと何もない場所へと蹴り飛ばしている
しかし反発力のあるサッカーボールの如く飛ばされたたぬきは全力でコンクリートの壁に激突し、叫ぶ声すら上げずに蹲っている
ジタバタすらできない傷を負いながらも蹴りの一発で少し満足したのか人間はそのまま去っていく
もちろん他の人間も関与はしない。人の多く行き交うような道に小さいたぬきが歩くのは自殺行為に等しいからだ
これが往来の目に付く場所で虐待などすれば白い目もあるだろうが、邪魔な野良たぬきを人間が蹴飛ばしてしまうのはいつものことだった

「ギュウゥア…ギィィ……！」

たった一発の蹴りと言えども成人男性の、革の靴による全力の一撃
それはモチモチとした顔でありながらも片目が抉られてるような痕が傷跡として残っていた
加えて壁に叩きつけられた際には左腕が折れ曲がり、いくらたぬきの柔らかい体でも完全に壊れている
これではもはやジタバタすることも、普通に生活することすら困難と言える重症だ

「ゆる…ぜな…し……！ダヌーッ！ギュウウハアア！！」

もはや仕事の報酬で貰ったビニール袋を手放し、ずるずるとたぬきは街中から去っていく
誰が見てももうすぐ死ぬだろうという親たぬきの現状に、誰も手を貸す者はいなかった

「ひぃし……ひぃ…し………」

親たぬきは死にかけの体を引きずりながらやってきたのは町の外にある寂れた公園だった
寂れてる公園だけあってか子供が遊ぶ器具も無ければ手入れもされているわけでもない
そもそも住宅街からも離れているため人も滅多に来ない
だからこそたぬきの隠れ場所の一つであり、親たぬきが求める者もそこにいた

「まだ…起きてるかし……！」
「こんな時間に何の…うわっ！？お前酷い怪我だし！？どうしたんだし！？」
「そんなことは…どうでも、いいし…！呪って…呪ってほしい奴がいるしぃぃ！」

寂れた公園の一角に住む老たぬき
これこそが今親たぬきが求めるものを持つ力を持ったたぬきだった

「恨みを晴らす気かし…まぁ良いけどまずは怪我を…」
「いいし…もう長くはない、のは…自分でもわかるし…それよりも私が覚えてるうちに…はやくし！」

ションボリの気が集まって産まれるたぬきは稀にションボリを扱うたぬきが産まれる
そうしたたぬきは小規模ながらもションボリを祓ったり、もしくは逆に集めることもできる
さすがに集めたションボリで新しいたぬきを産みだす事までは出来ないようだがそれでも集められたションボリは陰鬱の源だ
これによって呪詛として送り込むことで恨みを晴らす呪詛たぬきという存在が出てきた

「分かったし…ならお前の恨みをぶつける相手を頭に強く浮かべるし…」
「はぁ…はぁ…チビ……チビ………！お前を殺したあいつ…絶対許さないし…！」

もっと早く帰宅できれば
そもそも違う道を使っていれば
後悔の念はあれども自分たちの幸せを奪った人間に全ての怒りと恨みをぶつけると言わんばかりに親たぬきの顔はもはやションボリどころではない
目は開き、口を食いしばり、その鬼気迫る顔には呪詛たぬきも及び腰だ
そしてその怒りと恨みは呪詛となって確かに人間に届けられる
不幸になれ。痛みを味わえ。何ならそのまま死んでしまえ
陰鬱の気は数十分前にたぬきを蹴飛ばしたことも忘れた人間に届けられた

「……？」

人間は何かに触れられたようなものを感じ、気のせいだと手に持ったビールを喉に流し込んだ
呪詛は確かに人間に届けられた
しかし呪詛というのは自分が相手より力を持っていなければ効果を発揮しない
ションボリという陰鬱の気からたぬきが産まれるように、元来の生物のほとんどはたぬきより遥かに多くのションボリを蓄えているのだ
そうではないのは精々そうした気を持たない事の多い子供ぐらいなもので、苦も楽も味わいつくした人間の大人のションボリはもはやたぬきの一匹二匹でどうにかなるものではない
そんな人間に、大人へと呪詛を向けて正しく効果を発揮するだろうか？

「ダヌ…！ギュフ………！？」
「ど、どうしたし…？」

呪詛の失敗はそのまま呪詛の送り主に戻される
俗に言う呪詛返しが発動する
親たぬきの恨みを乗せた以上の、人間のションボリをそのまま返されたことでたぬきの許容は軽く超えてしまう
もはや声にならないうめき声を上げながら親たぬきはそのままバタリと倒れてしまう
その目には恨み以上の恐れを宿しながら

その時である
メキメキと何かおぞましい音を立てながら親たぬきの胸から何かが飛び出してくる
それはたぬきの体液をその身に浴びながらも毛むくじゃらの獣の姿をしたたぬきではない何かだった
呪詛たぬきはその獣を見て、驚き、恐怖し、絶叫した
たぬきの天敵が、たぬきの身から這い出るという光景に正気を失ってしまう

「も、もど…もどきだしぃぃいいい！？」

たぬきもどきと呼ばれる獣が親たぬきから這い出れば、正気を失いジタバタとしている呪詛たぬきに襲い掛かる
声を出す暇も与えられずにグチャグチャになるまで食い潰されてしまう
それこそがもどきの産まれた理由と言わんばかりに笑顔で行う様は悪魔のようであった

「ギュゥゥウン……クウゥゥン♪」

呪詛たぬきの住処であったそこはたぬきの散乱とした肉片が散らばり、親たぬきも同様に見分けが付かなくなるほど壊され、食い潰された
もどきが寂れた公園を飛び出すときょろきょろと辺りを見渡して一直線に駆け出していく
まるでそこに新しい獲物がいると言わんばかりに

「クゥゥン！タヌータヌー♪」

たぬきもどきの産まれには諸説あり、たぬきの変異であることは間違いない
そのトリガーの一つはションボリを貯め込みすぎる事ではないかという説がある
しかしたぬきがションボリを貯め込みすぎるほど貯めるまでには大概は死んでしまう環境も多いため、その多くは無意識の呪詛に対する呪詛返しが引き起こしている
自然災害、他動物による干渉と言った多くの障害にたぬきもそうした何かに恨みを持つ者だっている

「もどき！？もどきが来たしぃぃぃい！」
「逃げるし！みんなチビを連れて…！ギュウ"ア"ア！」
「やめ…し…！たぬきは…食べてたら…タヌータヌー…」
「ｷｭｰ！ｷｭｩﾝｷｭｰ！」
「ﾏﾏ…ﾏﾏｱｧｱｧ！ﾀﾞｼﾞｭｹﾞﾋﾞｭｩ！」
「ﾀﾞﾇｰ！ﾀﾞﾇｩｩｩ！ｷﾞｭｳｱ…ﾀﾇｰ…」

ションボリから産まれた生き物ゆえに呪詛として送ることが成立し、しかしたぬき程度の呪詛では大概が呪詛返しされてしまう
そうした無駄にションボリを抱えてしまってたぬきはもどきへと変異してしまう

「うわ、もどきがまたたぬき襲ってるよ…保健所に連絡しないと…」
「でも相変わらず食べ方汚いよね……なんだろう、何か恨みを持ってるみたいに…」

たぬきに優しくない何かへの恨み
そんなたぬきに恨まれて疎ましく思う者たちの膨大なションボリ

「クゥゥゥン…？」
「まま…なんだか…あったかそうになったし…？」

その二つが合わさったもどきは産まれた時からたぬきを食い荒らし、たぬきへ誇示するように肉片をまき散らす
自分の存在意義は呪詛によってたぬきを食い殺すと言わんばかりに

たぬきの呪いは反転し、たぬきを害する獣に変異する
こうして見知らぬ野良のたぬきにまた一匹、もどきとして誕生する



たぬき余談話

呪詛たぬきはションボリを操ってちょっとした不幸を祓う、もしくは逆にぶつけることができるたぬき
なので親たぬきがもしタンスの角に小指ぶつけろぐらいの恨みなら効果は発揮していたか、呪詛返しが起きてももどきが産まれるほどではなかった
それ以上は殺意となると効果がデカすぎてションボリの差から呪詛返しが確定で発生してしまう
今回の呪詛たぬきは老たぬきではあるが精々上記の軽い恨みを晴らす程度の依頼をするたぬきしか出会っていないため、許容量を超えた時にどうなるか知らなかった

本能で分かっているのか、普段のたぬきは悲惨な目に合ってもションボリ顔で立ち去る事が多い
これは仕方ないことだと心にブレーキをかけて無意識の呪詛を引き起こさないため
しかしたぬきの中には子たぬきを育てたり一定の群れで生活して情緒や感性、愛情の概念が育つとどうしても恨みや妬みを持てる個体になってしまう
たぬきがたぬきのままでいられるのは自分に対しても他者に対してもドライな精神を持ち合わせた者だけである