「温泉なんて何年ぶりだろうなぁ」
「ヴッフフ…楽しみだし…」

たぬきを抱えて着替えとタオルを入れた袋を持って歩く男が一人
彼らは近くに温泉施設があるのは知っていたが中々行く機会も無く、たまたま各種の温泉紹介されているテレビを見た事で急に行きたくなった部類だ
受付で大人一人とたぬき一匹の入浴代を払って真っ直ぐと着替え室に入って全裸となっていざ風呂場に
ちなみに大人480円に対してたぬきは小人と同じく一匹80円である
一般公衆浴場の入浴料金は統制額が決まっているのでとてもお安いのである

「かゆい所はありませんか～」
「ないですし～♪」

もちろん風呂に入る前に体を綺麗にすることは忘れない
備え付けのシャンプーで頭を洗い、ボディソープで体の汚れを落としていく
たぬきは水に濡れる事を嫌うが体が綺麗になる行為はまた別だ
動きこそ遅くなっても不快感は無く、飼い主にごしごしとされるままである
そして公共浴場としてのマナーも終えていざ温泉に浸かっていく

「うふぃ……」
「たぬぅ……」

あっつあつのお湯に浸かれば人もたぬきも関係無しに体が疲れもションボリも抜け落ちていく
たぬきのションボリ顔もさすがに温泉に浸かればほにゃほにゃとした締まりのない顔になるようだった
何よりも家のお風呂場よりも比べ物にならないのが温泉の醍醐味である
広々とした湯舟に人の少なさから来る独占的心地よさ
全てが快感に繋がるものである

「極楽だ…たまには温泉も良いもんだなぁ」
「だぬぅ～～♪」

もはやたぬきも人の言葉を喋らずに応答している始末である
びばびばのんのん ああ良い湯だなアハハン
思考も良い感じに蕩けてきた中でたぬきはふと何かに気付いたように腕で示す

「ごしゅじん…あれなんだし…？」
「ん…？ああ…あれはサウナだな」
「さうな…？」

聞き覚えのない言葉にたぬきは頭をかしげる
飼い主も良い機会と思ったのか湯から立ち上がるとのしのしとサウナ部屋へと向かい始めた

「めっちゃ熱い中でめっちゃ汗を流すための部屋だな。俺もよく知らんけど」
「……それ、何が楽しいし…？苦行みたいだし…」
「さぁ…？まぁせっかくだから入ってみようぜ…人生は度胸！なんだって試してみるもんさ…」
「仕方ないご主人だし…たぬきも付き合うし…」

どちらも好奇心に動かされるままにサウナに引き寄せられていく
温泉の心地よさに良い感じに頭が蕩けている一人と一匹は未知の体験にホイホイと誘われてしまうのだ
とはいえそんな状態でもサウナのマナー表記を読んでちゃんと湯水と汗をタオルで拭いていざ入場である

「！あっつぅ…！」
「ギュゥゥウ！？」

サウナの扉を開けるとまず来たのが熱の圧である
温泉が42℃程度ならばサウナは80℃から100℃まである蒸し焼きの空間だ
真夏の昼間、それも異常気象と恐れられるほどの温度でもなければ体験しようのない熱気は先ほどまで汗を拭ったはずの体に次の汗を拭き出すほどだ
しかしここで引き下がってはせっかく入ったのにちょっとカッコ悪い
人もたぬきも己のみみっちいプライドで持ってサウナ部屋の中にずんずんと入っていく

「…中は思ったより…静かだな…」
「良い感じの狭さだし…熱いけど落ち着くし…」

人間であれば10人ぐらいは入れるだろう二段式の椅子
薄暗くもぼんやりとした明かりは気持ちを穏やかにさせてくれる
どうやら自分たち以外の客は頭に頭巾のようなものをかぶっている一匹の先客たぬきだけである
タオルの敷かれた椅子に飼い主とたぬきが座り込み、じわじわと熱さに蒸されていく空間を体験していく
顔も体も腕も足も、全身から汗が止まらない
先ほどまで温泉でほにゃほにゃした顔のたぬきも尻尾も汗で塗れまくってションボリ顔だ。しかしジタバタできるほどの余裕もない熱さである

「ふぅ…ふぅ…これちょっと舐めてたかもしれん……この中で10分…？」
「ひぃし…ひぃし…熱い…熱いし…」

サウナの基本はサウナ10分、水風呂、休憩の繰り返しになると聞きかじった知識として飼い主は知っていた
しかし初となるサウナの熱さはとてもじゃないが10分も耐えれるほどじゃない
現にたぬきもふらふらとしてきてかなり危ない状況だ…

「……もし、そこのお方とたぬき……タオルを頭に巻くし…」
「……え？」
「お二方はサウナーのビギナーと見受けられたし…まずは頭を守れば耐えやすくなるし…」

先客たぬきの指示通りに慌てて手に持つタオルで頭に巻いていく
すると頭の熱さが和らいできたのか思考もすっきりしてきたように感じる

「それとサウナに入る前に水分補給を済ませたし…？」
「いや…温泉からそのまま入ってきたから何も飲んでないな」
「むっ、それはいかんですし…お風呂も十分な汗で水分を失っていますし……お二方が入られて3分ほど経っていますから水風呂に行かれると良いですし…」

先客たぬきが自分も付き合うとばかりにサウナを出ると、先ほどまでの熱圧が嘘のように楽になった
まだ季節も秋に近づくころではあるが涼し気な風が非常に心地よい

「ここの水風呂は種類が豊富ですし…まずはこの25℃で体を休ませるし…」
「つめてぇ…！…いや冷たくない？」
「なんだか気持ちがいいし…ずっと入ってられそうだし…」

かけ湯でサウナの汗を流して次は水風呂へ
水風呂と一口に言っても一桁代の温度もあれば少し冷たい程度の温度もある
そしてサウナによって十分に体が温まった状態で水風呂に入れば飼い主とたぬきの体は表面は冷たく中はじんわりと温かい状態となる
それが大変心地良く、たぬきは元より飼い主もほにゃほにゃ顔だ

「次は休憩だし…サウナで十分な汗を流して水風呂で急激に冷やした負担を一気に開放するし…」
「ふぅ…なんだかどっと来る感じがあるな…」
「ふわふわするし…」

椅子に深く腰掛けてゆったりと休む
サウナの熱気と水風呂の冷気は体の中でぐるぐると回るような感覚があり、何もせずにじっとしているとそれが気持ちよかった
時間は夜だけあってか施設の外からも響く虫が奏でる音がいつも以上に気分を高揚させていた

「本当ならこれを3セットするし…お二方はサウナの神髄を味わいますかし…？」
「…ちょっとした体験で終わらす気だったけどここまで親切にされたら行くしかないな…」
「ヴッフ…たぬきも行くし…ご教授願うし…！」

こうして先客たぬきの指示の元に真のサウナが開始する
まずは前もって水分補給をしっかり済ませて再度サウナに入る
相変わらずの熱気だが前持っての水分補給と頭にタオルを巻いての保護が効いてるのか最初より耐えられそうだった

「…この何もないってのが結構きついな…」
「サウナによってはテレビもありますし…でも私はこうした無音の中でじっとしているのが好きだし…」
「分かるし…熱いけど何か落ち着くし…木の匂いも良い感じだし…」

ひたすら熱気の中で10分耐え凌ぐ
これこそがサウナで最大の難所であり、数多のサウナー初心者が挫折する部分でもある
飼い主のほうは何もない空間に上手く処理できないようだが、たぬきのほうは逆に木材で構成されたサウナの空間は逆に落ち着くようだった
サウナの熱は容赦なく汗を放出させ、1秒がまるで10秒に、1分が5分に感じるような苦行を過ごしていく
なぜこんな苦行をしなくてはならないのか。それはサウナー共通の認識である

「しかしその苦行の果てに喜びがあるし…10分だし…よく耐えたし…！」
「やっと10分……全身がからからだ…」
「尻尾が汗まみれだし…」

忘れずにかけ湯で汗を流して次は水風呂である
それも15℃というキンッキンに冷えた水風呂は先ほどまで10分の蒸し焼きを帳消しにするかのような冷たさが体を支配する
たぬきもびちゃびちゃな尻尾も水風呂の中でギュンと立ち上がるほどの反応を見せている

「さむっ…！つめたっ…！いやヤバいだろこれ…！！」
「ギュグググ！！」
「大丈夫し…すぐに慣れるし…」

全身がガチガチに震えるような寒さの中でも段々と心地良さに変わっていく
まるで膜を纏っているように自分の熱が水風呂の冷たさを相殺しているのだ

「…すごいし…前のより気持ちいいし…！」
「これを目当てにするサウナーもいるほどですし…」

わずか3分のサウナと25℃の水風呂とは比較にならない心地良さ
気づけば2分近くも水風呂の中に浸かっているのだからその気持ちよさは当人と当たぬきにしかわからないだろう

「なんだろう…さっきより凄いぐるぐるしてる気がする…」
「それに委ねるし…目を閉じてゆっくりとするし…」
「キュ…キュゥゥン……なんだし…なんだか…凄く天に昇りそうだし……」

先客たぬきに言われるがままに休憩椅子に座りながらじんわりとする体に身を委ねていく
熱と冷、それが体の中でぐるぐると回り続けて脳内に広がるのは恍惚感
まるで体が浮いてるかのような至福が身を包んでいく
これこそがサウナーが最終的に求める「ととのう」という感覚を後日知る事になる

「ヴッフ……お二方がサウナーの道に歩いたし…」

…⌚…

こうして飼い主とたぬきは見事にサウナにハマった
今では暇さえあれば各地の情報を集めて休みの日に行けるといいねと話し合う毎日である

「ここはどうですし？温泉もいっぱいあるし何より金沢の魚介類も楽しめそうですし…」
「良いな…俺は沖縄のここも景色が最高だと思うんだが…」
「問題は沖縄までの遠征費ですし…」
「ああ…」

お金の問題はあれども同居人と共通の趣味が出来るというのは人とたぬきの関係であっても心地良いものだ
そんな中でサウナ雑誌の記述に飼い主は気づいた
そこには見覚えのあるたぬきが映っていたのだ

「ん…このたぬき…"名誉サウナ親善大使"！？あいつあんな凄い奴だったのか…」
「凄いし…勲章もキラキラしてるし…」

一人と一匹が偶然出会った先客たぬき
ニッコリ顔かつ誇らしげにサウナ勲章を掲げるたぬきが正しくサウナを導けるのは当然の成り行きと言えた