ションボリからポップという形で産まれ、死んでもリポップという形で再誕する不可思議生物
たぬきは現代でも多くの謎に包まれている
そんな謎を解き明かそうと多くの(暇を持て余した)研究家がたぬきを研究し、ある一つの発見が医療業界に激震を走らせた

それはたぬきの体液が人間への輸血に使えるという点だった
しかも血液型に左右されないその万能性は希少な血液型の輸血への安定供給にも繋がるとして注目を集めた
無論、たぬき一匹から採れる体液はたかが知れているものだ
しかし緊急時に輸血を気にせずに済むというのは病院側からすればかなりの安心感にも繋がる
そして驚くべきは体液だけではない

たぬきにも骨があり、その骨髄には人への骨髄移植にも使える可能性も示していた
輸血ほどの万能性はないがそれこそ他人であれば数万人に1人の割合でしか一致しない骨髄移植
それがたぬきの骨髄を使えば数千匹に1人は一致するという驚くべき報告がされた
まさに人間の難病、危機を救える能力を持ったことが判明されたのだ

現在では病院に隣接する形でたぬきの住処が設けられている
そこでは常に安心と安定の中でたぬきがストレス無しに暮らし、そしていざという時は自分たちが人間を救う対価を払う事を教えられている
緊急時の輸血パックの役割がありながらも多くは骨髄ドナーとしての待機がほとんどだ

「たぬき…7番！」
「はいし…！」

番号管理されながらもそれに不満を持つたぬきはいない
多くは小さい頃から育成され、それが当然だと認識があるからだ

「出番だ。骨髄ドナーとして選ばれて君の骨髄が近々移植されることになる」
「おぉ…凄いし！」
「先超されたし…おねえちゃん頑張ってし…」

たぬきの番号を呼ぶ白衣の男は少しばかり高級そうな箱を取り出す
中からはこれまた精巧に作られた勲章が出てきた
職人の手による煌びやかな勲章には細かな装飾も施されている
野良たぬきはもちろんのこと、それこそ一般の飼いたぬきですら手は出せない正真正銘の勲章であった

「ドナー勲章だ。これに恥じないように頼むよ」
「…はいし！頑張りますし…！」

7番と呼ばれたたぬきは番号が示す通り、それなりの古株だ
姉と多くの妹を見送り、そしてついに自分の出番が来たのだと感動に震えている
輸血パックたぬきであれば死なない程度に体液を取られて元に戻ってくるのだが、骨髄たぬきはそのまま患者に引き取られると聞く
もしかしたら自分も飼いたぬきになれるかもしれない
そんな淡い夢を見ながらもドナー勲章を取り付けられ、7番は白衣の男に連れていかれた

病院に向かい、病室に入る前に過剰とも言えるぐらいに清潔にされる
医者に連れていかれた先には小さな女の子がベッドの上にいた
まだ10才にも満たぬその子は厳重とも言える機械と防菌シートに守られている

再生不良性貧血
それが少女の体を蝕む病名あり、優れた現代医療でも難病に指定される一つだった
簡単に言えば骨髄に問題が生じて血液が作れなくなる病気だ
そうなることで細菌から守る、酸素を送る、出血を止めると言った血液の働きが機能しなくなる
感染症にかかりやすいのはもちろんのこと、息切れや疲れやすさも起きやすくなり、出血も止められないので知らずと体の内部に痣もできやすくなる
軽度あれば輸血等の治療で経過観察で日常を送れる
しかし重度であればちょっとした感染症で命に関わり、現にたぬきの目の前にいる少女もその部類だった

「こんにちは芽衣ちゃん。今日の調子はどうかな？」
「こんにちは先生…今日の朝はちょっと息苦しかったです」

重度の再生不良性貧血ともなればもはや隔離された空間ではないと生きられない
細菌の類から引き離し、常に体の異常を知らせる機器を繋げないといけないのだ
本来であれば遊び盛りと言える年齢でありながら大人しく病室から一歩も歩けないのは痛々しいすら感じる

「今日は芽衣ちゃんにお友達を連れて来たんだ…ほら、挨拶して」
「たぬきですし…よろしくですし…」
「わぁ…たぬきちゃん！」

清潔に消毒されているたぬきは少女の前に置かれた
ぬいぐるみのように軽いたぬきは成体であっても少女の負担にならない
モチモチとした温かな肌触りに少女は喜ばしそうな顔をしていた

「あなた、温かいね。ぎゅっとしてもいい？」
「ヴッフ…どうぞご自由にし…」

少女にされるがままのたぬきであるが、人慣れしているたぬきは子供相手に「触るな」と無粋なことは言わない
しかし確かに抱き締められているのだがそこに力はまるで感じなかった
下手すればたぬきのチビにも劣っているのではないのか
目の前の少女が蝕んでいる難病の重さがたぬきにも理解できるほどだった

「今日から毎日、たぬきと少しお話をしようか」

それは普段は何もない空間に、毎日たぬきを連れてきて貰えるという言葉でもあった
これだけの設備の揃った場所で入院ができる少女は両親にも愛されている証明だ
事実としてどんなに仕事が忙しくなろうとも両親は少女のために会いに来てくれるし、病室内に持ち込めるものであれば買って貰える
しかし同年代の話す機会が極端に少なくなっているため、大人以外とお喋りするという行為に飢えてる部分もあった

「私は双葉芽衣…たぬきちゃん、あなたのお名前は？」
「たぬきはたぬきですし…」
「えっ？」
「えっし？」

お互いの自己紹介からまさかのアクシデント
たぬきは自分の名前に拘らない。たぬきはたぬきであってそれ以上でもそれ以下でもない思考だからだ
なんなら双葉芽衣…芽衣からたぬきと呼ばれているからそれが名前として呼ばれていると思っていたぐらいだ

「でもたぬきちゃんっていっぱいいるじゃない…」
「うーんし…ああ…先生たちからは7番って呼ばれてたし…たぶんそれが名前だし…」
「ななばん…？うーん…」

芽衣にとってたぬきはあまり縁のない存在だった
もちろん目の前の小さな生き物が自分の病気を治してくれるのは理解してもこうして直に触れ合うのは初めてだったのだ
だからこそ、自分が番号で呼ばれていてもそれが当然だという認識のたぬきには少し理解が及ばなかった

「なら、あなたは今日からナナキちゃんね」
「…し？」
「名前がないなんて悲しいことを言わないで。あなたはここに生きてるんだから」

なぜ、目の前の女の子は個体認識の一つに過ぎない名前に拘るのだろう
ぎゅぅと、力なく抱き締められる
互いの温かさを交換するように行われるそれに、たぬきは与えられた新しい名前と共に不思議と心地良いものを感じた

それからナナキと名付けられたたぬきと芽衣の交流は始まった
一日に数十分
難病に冒されている芽衣の体ではそれが限界とはいえ、芽衣にとって初めての近い話のできる"友達"だった

「健康になったらね、またお母さんの料理を食べてみたいの。ハンバーグにミートボールと…あとお肉のコロッケ！」
「タヌー、芽衣ちゃん意外と肉食系かし…？」
「病院にいるとあまり食べれないの。ナナキは何が食べたい？」
「たぬきは甘いものが大好きですし…今は食べれないけど芽衣ちゃんが健康になったら一緒にアイスクリーム食べるし！」

話の話題は専らとして健康になったその後だった
まだ10代にも満たない少女にとって常に病室にいることは悲観的になってもおかしくない
骨髄移植という本来であれば不可能に等しい治療の確率に先の見えない難病の前にして心が折れる患者も珍しくない
しかしたぬきの骨髄が治療に使えることから現在では難しいが治る病気という形になっている
現在では治療に向けてナナキも過酷な食事制限と管理がされており、好きなものが食べれない状態だ
しかし病気が治ったらお互いに好きなものを食べようと約束する微笑ましい光景に病室内にアラームが響いた

「…時間だ。すまないね、芽衣ちゃん…ではまた明日だ」
「あっ…はい、先生…またね、ナナキ」
「分かりましたし…またし、芽衣ちゃん…」

キッチリとした時間制限の中に病室内でじっとしていた医者がナナキを回収していく
治る見込みがあるとはいえ、それでも芽衣の体は一刻を争う重度の体だ
医者に定められた時間と管理が無ければ治療を行う前に危篤になりえる

「芽衣ちゃん…元気になってる気がするし…」
「もうすぐ治るかもしれないという希望は体に想像以上の力を与えるものだ。もちろん君の交流もあると思うがね」

大事に抱き抱えられる形で病院内を歩いていくが、交流が始まってから数日経つが芽衣は少しずつだが会話の量が増えてきている
あまり無理をすれば医者もドクターストップするつもりであるが、人間の体というのは不思議なものだ
どれだけ危険な状態であっても生きる強さと希望があるならその想像を超える時だってある
加えてたぬきとはいえ会話による交流も良い刺激となっているのだろう
可愛らしい見た目とモチモチとしたたぬきはカウセリングの面でも発揮するのではないかと研究されている

「和馬先生！305号室の山田さんが急変されています！至急指示を！」
「むっ！…7番、君はここで待っていてくれ…すぐに行く！！」

看護婦からの救援から医者はたぬきを待合室の椅子に座らせてすぐさま消え去った
医者とはハードなものだ
いつ急変するかもわからない患者一人一人を死なないように管理する必要があるのだから
ぽつんと残されたナナキであるがこのようなことは病院にいればいつものことだ
時間こそかかるがいずれ医者も戻ってきてナナキを回収するか、手が離せないのが長引けば他の看護婦に頼まれてたぬきの待機部屋に連れていかれるはずだ

「おっ、たぬ公じゃねぇか。今日は一人か？」
「源さんかし？こんなところで歩いてていいのかし？」

待合室に大股で歩く老人は気軽にナナキに話しかけてきた
このご老人、タバコに酒とやりまくってもまるで死ぬ気配のない健康体でありながらついに体の中に石ができるとてもお辛い病気になって入院中である
そんな入院中の患者に寂しくならないようにと輸血待機しているたぬきが駆り出される時がある
ナナキはその中でも古株だけあってか病院の老人にはよく知られているたぬきだった

「カーッ！ちょっと石出来たぐらいで酒飲むなとかうるせぇもんだぜ！」
「懲りない爺さんだし……先生言ってたし…治療中にチビみたいに泣き叫ぶから敵わんってし…」
「バーロー！別に泣いてねぇし！」

皺だらけで髪も真っ白
誰もが老人だと分かるがその元気ぶりは誰よりもパワフルだ
いつか芽衣もこのぐらい生きられるのだろうか。そう思うほどに

「ほれ、飴ちゃんだ。最近は棒付き飴も見ねぇなぁ」
「ありがたいけどやめとくし…私はダイエット中だし…」
「ああ？こんなモチプヨのほっぺでよく言うぜ！」
「さ、触るな…ｷﾞｭﾌﾟｩ…」

老人名物自分より小さい孫ぐらいの子にはお菓子を上げる奴だ
たぬきとの交流もあってか病院での老人世代は精神的に落ち着いた人が多い
そうなると健気で可愛らしい小さな子にお菓子を恵んであげたくなるのは人情というものだろう

「実は近々移植をするんだし…私の体液が女の子を救うんだし…」
「なに…？」

誇らしげに胸を張るナナキであるが、老人は少し怪訝そうな顔をしていた
てっきり褒められるかヤケクソ気味に頭を撫でられるかと思ったのである

「移植ってあれか…確かあれってお前らが死ぬって…」
「ちょっと源次郎さん！！？勝手に出歩かないと何度言ったら分かるんですか！！」
「うわぁ！？お姉ちゃんちょっと！？」

何かを言いかけた瞬間に響く看護婦の大きな怒鳴り声
もちろん病院でこのような大声はご法度でも何度も駄目な事を繰り返すダメな老人には仕方ないことだろう
引っ張られるように連れていかれる老人
それを呆然とナナキは見つめていた

「死ぬ……？なんだし、それ……」

老人の戯言だと切り捨てられない程度にナナキは老人のことを理解してるつもりだった
何処かもやもやと分からないのを抱えたままじっとしていると急患に駆け付けていた医者が戻ってくる
大事そうに抱えられていながらもそのもやもやは少しずつ不安の種になっていった

「あ、あの先生……ごめんし…なんでもないし…」
「……そうか」

聞いてみたかったが、医者に尋ねる勇気が出なかった
たぬきは死をそこまで恐れない
というよりポップとリポップという特殊な生態系ゆえに独自の死生観を持っているというのが正しい
今死んでも次がある
そうした考えゆえに自分も他たぬきも何処までもドライな価値観になる
特に野良であれば大事に育てていたチビであっても必要とあれば切り捨てる、囮にする、餌にするなど躊躇いがない
しかしナナキを始めとした病院で育てられたたぬきはそこまで擦り切れていない
たぬき特有の価値観はある程度残っていても、自分が死ぬかもしれないという不安を持ち合わせる程度に感性が人間に近かったのだ

「……キ！……キ！ナナキ！どうしたの？上の空だよ？」
「…あ…ごめんし…ちょっと考え事をしてたし…」

次の日からたぬきはぼんやり気味になっていた
病院で暮らすたぬきは独自の死生観が変わっていることを少し自覚している
なぜなら人間が死ねば次がないのだから、たぬきだって次がないと考えてもおかしくない

「……時間だ。それと芽衣ちゃん…手術の日程が決まった」
「本当ですか！」
「ああ…これで体が元気になる。今までよく頑張ったね」

難病に冒されながらも今日まで生きていけたことへの賞賛
そしてそれがついに報われるのだ。芽衣も喜ばしさを顔に浮かべていた
しかしナナキは少し浮かないションボリ顔のままだ。本来であればナナキも喜ぶべきことなのに

「そうだ、ナナキ！」
「し…？」
「これ…あなたの立派な勲章より不格好だけど…私も作ってみたの。受け取って」

芽衣から渡されたそれは、紙で作られた勲章だった
形もヨレヨレで、装飾には糊で付けられたビーズと言ったものが付けられている
たぬきにとって勲章は自分の生きた証だ
ポップという自然界ではありえない産まれ方をするために自分の意義や形を求める傾向にある
それこそが勲章であり、多くの勲章を残したたぬきはたぬき界に名が残ると信じている
例え同じたぬき同士の作った形の悪い勲章であっても喜ばしく受け取るほどに、たぬきにとって勲章は重いものだった

「ナナキ…短い間だったけどありがとうね…だから、手術が終わったら一緒にお母さんの料理を食べようよ。お母さんもお父さんも歓迎するって言ってたよ」

この力が弱く抱き締められるのも最後となるだろう
病気が治り、健康な体になればたぬきも息苦しいと感じる程度の力で抱き締められるようになるはずだ
手渡された紙の勲章を見つめているナナキを抱えた医者は歩いていく
ぽつりぽつりと言葉を口にしながら、医者はそれを静かに聞いていた

「教えてほしいし…たぬきのお姉ちゃんも、妹も…そして私も…移植で死ぬんだし…？」
「……そうか、やはり知ったのか…」
「本当なのかし…？」
「ああ……」

その言葉に思わずナナキは滅多にしなくなったジタバタをしそうになった
嘘だったのだ
先に移植のドナーとなった姉も、妹たちも、移植後には飼いたぬきになったという話は
自分の知らぬ所に死んでいたのだ
それがとても恐ろしく、逃げ出したくなるほどに恐怖を感じた
人を生かすために今まで共に過ごしていたはずのたぬきを殺せるという選択を行える者たちに

「…少し、話をしようか」
「先生…？何処に行くし…？」

病院の外に出るとそのまま病院とは少し離れた場所へと辿り着いた
そこは丁度太陽の光が照らされた温かい場所であり、そこには大きな石が鎮座していた

「これは戒めだ。人の命を救うために人以外の命を犠牲にし続けなくてはならない今を良しとしてしまう私たちのな…」
「戒めし…？」
「あってはならないんだ…犠牲ありきの救い方なんて、何のために医者になったのか分からなくなる」

医者の顔は悔恨を噛み締めるような、今まで聞いたことのない弱々しい声だった
その言葉は一種の理想論だ
医療という歴史を振り返れば多くは試行錯誤という名の実験があったからこそ発展していった

「ここは今まで犠牲になったたぬきたちを納めている墓だ。君より先に移植ドナーとなったたぬきがここに眠っている」

輸血パックという名目があってもそのほとんどは使われない
いくら希少の血液の型であっても希少というだけあってか利用されることも少ないからだ
大部分の型は常に常備され、もしもという時の安心感でしかない。たぬきは骨髄のドナーのために生かされている
数千匹に一匹というドナーの一致の高い確率でありながらたぬきそのものはポップでポコポコと産まれてくる
そのため、たぬきの骨髄移植が医療として認められるようになると多くの人間が救われる事となった
そしてその分のたぬきは生贄という形で犠牲になっていく

「…おや、先生」
「ああ、鈴木さん。今日もいらしてくださったのですね」
「まぁ、はい…現金なものです。少し前はたぬきなんてそこら中にいると思ってたのに、いざ救われるとこうして足を運んでますから」

墓参りといういった出で立ちの中年男性だった
大きな石の墓の前には多くの花やぬいぐるみが添えられ、それを見れば大事にされているかがわかる

「鈴木さんのお体のほうですが、あれからどうですか？」
「すこぶる快調です。情けない話、妻と娘を残して死ぬのかと思ってましたから…一日を噛み締めて生きていますよ」

花を添え、お祈りを済ませると男性はお辞儀をして去っていく
ナナキは初めて会う人間であったが、直感的に分かった
あの男はたぬきの骨髄移植をされた元患者だったのだと

「あの人…もしかして…」
「そうだ。君の妹…47番と134番のドナー移植によって助かった患者だ。成人であると1匹分では足りない…最低でも2匹分の骨髄が必要になる」
「そうかし…だからあの時……」

骨髄ドナーとして待機されているたぬきと言えどもすぐにお呼びにかかるわけではない
そして呼ばれる時は複数匹纏めての時もあり、なぜ何匹もの妹たちが一度に呼ばれたのかも理解した

「現金な話だ…骨髄移植を行った患者はこうして命をたぬきに繋がれた事で、たぬきにも命がある事とありがたみを知る」
「それは…仕方ないですし…たぬきはションボリがあれば何処かでポップできますし…」
「仕方ないで終わらせたら私は医者では無くなってしまう。それを認めたくないんだ」

きっとこの人は、何処までも優しくて、真面目で、医者になることが正しい道の人なんだろう
ナナキとて死を恐れながらも、例え死んでも次のポップがあることぐらいはわかっている
そんなたぬきすら一つの命として見ていてくれるのだ

不安の種から産まれたのは希望の花だった
芽衣への移植によって、自分の命は別の命に繋げられていく
それは死ねば何も残らないたぬきにとって、勲章にも等しい行為だ

「一つだけ聞かせてほしいですし…」
「なんだ？」
「たぬきたちは移植された後の人たちをよく知らないし…成功の確率はどうなんだし…？」
「術後の安定もあるから一概に言えないが…少なくともたぬきの骨髄移植によって病気の完治は100%と言っていい」

その言葉に、ナナキは少し安心した
せっかく自分の命を賭けるのだからこれで実は失敗しますなんて言われたら怒りのジタバタを行うところだった
手には持つのは不格好で、人の子供が作った勲章
最初に貰ったドナー勲章に比べたら確かにちゃちな作りだが、その勲章はナナキにとってより輝いて見える
勲章の裏側にはあまり綺麗と言えない字で「ななき」と書かれているからだ
かつて、個体認識のための名前がなぜ必要なのかと疑問視していた
しかしこの名前こそが命を感じられ、自分はここにあるという証明だったのだ
ならばそんな名付け親となってくれた少女を救うことにもはや躊躇ないなんてありはしない
ナナキは、覚悟を決めたのだ

「ここは…綺麗だし…ションボリが感じるたぬきにもそれがないと分かるし…ここにあるのは感謝の気持ちだし…命にありがとうと言ってるし…」
「そうか…君たちには……そう感じられるんだな…」

手術日の当日
厳重な管理とあらゆる準備を整えられた形で芽衣の骨髄移植が行われる
二週間かけての抗がん剤と放射線照射によって血液を作り出す造血細胞を完全に無くし、新しい骨髄液を受け入れるためだ

そして別室ではたぬきが意識を保ったまま骨髄を抜かれている
本来、人間であれば全身麻酔を行うほどの大がかりなものであるが生憎とたぬきの正しい量の麻酔を行える医師が存在しない
精々局部的に麻酔を施すだけであり、それですら骨から直接細胞を抜き取る行為は激痛と伴う

「ふっし…ふっし…！」

目に涙を浮かべ、歯軋りするようにナナキは耐えていた
今まで食らったことのないような痛みは本来であれば絶叫するほどだ
こんな痛みを、今まで姉と妹たちは味わっていたのかと過去の自分の能天気さを張り倒したくなるほどだ

「……別に叫んでもいいんだぞ。ここ以外は聞こえない」
「ふっし…！ふっし…！！だ、駄目ですし…たぬきは…耐えなきゃ…芽衣ちゃんも…頑張ってるから…！」

防音を施された別室はいくらたぬきは泣き叫ぼうとも外に聞こえる事はない
もちろん今か今かと移植される骨髄を待ち望む芽衣の部屋にも届くことはありえない
しかしナナキは必至に耐えていた。ここで泣け叫んで、痛みに屈したら、自分の命が芽衣に届かないような気がして
医者たちはそんなたぬきたちの覚悟を何度も見てきたのだろう
黙々と作業を続け、しかし決してたぬきの覚悟から目を逸らすまいとする

「元気になったら…！まずはママのハンバーグと…あとパパと一緒にお出かけをするし…！アイスだって食べれるし…それで…それでし…！」

ああ、自分の中の大事な何かが抜けていく事が分かる
たぬきは変なところにしぶといと言われても、命そのものを抜かれて無事な生物などいるわけがない
自分が芽衣の命を繋いで、そうして命のバトンは自分の代わりに芽衣が繋いで行ってくれる

きっとこれから、芽衣は素敵な女性になってくれるだろう
両親に愛され、健康になって学校に通い、たぬきではない人の友達も出来て、美味しいものもいっぱい食べて…
そしていつしか誰かを愛して、子供を作り、その子供が命のバトンを繋いで行くのだ

それはポップとリポップで生態を作っていくたぬきには出来ない美しい行為だった
ボロボロと涙が流れてもはや視界が映らなくなっていく。それでもそれは痛みによるものではない

「ともだちと…いってくれたんだし…めいちゃん……どうか……げんきで…………」

自分の命は美しく生きていく人間と共にある
だから寂しくなんてならない
涙を流し、しかし満足げな顔を浮かべ、最後まで友達の無事を祈ったたぬき
その尊い祈りを無駄にすまいと抜き取られた骨髄液を急いで芽衣の元へ届けられる

骨髄移植は無事に成功
双葉芽衣を長年蝕み、命の危機に晒した病魔は去った
こうしてたぬきの犠牲によってまた一人、救われたのだった

しかし重度の難病であったのは変わりなく、完治と分かるまでは退院はできない
下手をすれば再発の可能性だってありえるのだから移植後の油断などあってはならない

「ねぇ先生…ナナキは何処に行ったの？」
「7番…いや、ナナキは別の病棟に向かったんだ…たぬきも忙しいからね」
「そうなの…？せっかく病気も治ったから家に連れて行こうと思ったのに」
「こらこら…治ったとは言ってもしばらく検査と安静はしっかりしないといけないからね？」

我ながら心苦しい嘘だと医者も心の中で自嘲した
ナナキはもういない。あの日の骨髄液の抜き取りによって死に、その遺体は丁重に焼き払った。
骨すら残らずただの灰となり、それはあの犠牲になったたぬきの墓に埋められていくのだ

「ナナキから預かっていたものだ…これを芽衣ちゃんに渡してほしいと…」
「これ…あの子の勲章？でもいいのかな…たぬきちゃんって勲章が大事なんでしょう？」
「だからこそ、友達の君に預かってほしいとのことだ。出来れば受け取ってほしいな」

煌びやかで細かな装飾が施された勲章
それはかつて芽衣がナナキにあげた紙の勲章とは比べ物にならない出来栄えだった
勲章の裏側には「7番」の文字が彫られ、その隣には「ナナキ」と新しい文字だと分かるのが彫られている

「ナナキは感謝していたよ。たぬきではない自分だけの名前があることに」
「そっか…また会えるかな？」
「ああ…きっとまた何処かで会えるよ」

これから長い時間を歩めるだろう人間であれば、いずれリポップしたナナキに出会えるかもしれない
そんな希望を持たせつつ、検査を重ねていく
近いうちに芽衣は退院し、そして新たな患者が部屋を埋めていくだろう
命を繋げていくその行いに尊さを感じながらも決して犠牲を受け入れるわけではない
医者はそう心に戒めを置きながらも今はただ、そのバトンを繋いでくれたたぬきへ感謝の祈りを捧げたのだった





たぬき余談話

ドナー勲章
骨髄移植を行う上で移植を提供するたぬきに送られる勲章
職人が一つ一つ丁寧に作られた正真正銘の勲章であり、主に医者や看護婦のポケットマネーで制作されている
内部には逃走防止、探索用のGPSと小型盗聴器が仕込まれている
一つの命を救うためにたぬきの命を犠牲にする医者たちの敬意と戒め
決して逃がさない無駄にしないという人間のエゴが詰められている
ドナーたぬきが患者への譲歩を希望する際の勲章にはGPSと盗聴器は外されている

その後の双葉芽衣
骨髄移植を終えて無事に完治
知らずとたぬきと別れる事となったが成長した後に真実を知る
自分を生かしてくれたたぬきと医療のために医者になる決意をする
いつの日か、たぬきを犠牲にしなくても互いに笑い合える日を夢見て

骨髄ドナーたぬき
主に予備の輸血パックとして常に待機させる
幼い頃からストレス無しに育てられるため、良質なモチモチと体液を持ち合わせている
そのため、時々病棟の子供たちや寂しい思いをする老人の相手にすることも多い
骨髄ドナーとして適正があれば"消費"されることに倫理的な問題はないのかと人間の間に議論される
しかし所詮は行為だけで本気で取られる事もなく、人の命を優先されるのが現状である
番号呼びなのは管理目的と共に医者側に情を持たせないためである

たぬき墓
病院の少し離れた場所に設置された、移植のために犠牲となったたぬきたちの墓
たぬきに救われた人たちがお参りにしてくるため常に綺麗にされている
たぬきの墓でありながらションボリは存在せず、そこには感謝の気持ちで満たされている温かい空間