野良で生きるたぬきはとにかく厳しい
何せ知能はあっても体格の小ささと身体能力の低さはどうしようもない
大半は食われる立場というピラミッドの底辺に位置し、ポップした直後であればそれこそ虫にも食われるのも珍しくない
しかしたまたま親たぬきという保護下にあって運良くやり過ごせた個体は成体へと成長できる
こうしたたぬきは親からの教えもあって何が危険か、どうすれば生き抜けるかの知識が授かれる
元々知能の高さもあるたぬきはそうして知識を着実に受け継いで生存率を高める事も可能となった

「たぬーし…たぬーし…どうかご飯を恵んでくださいし…たぬきはご飯が採れませんし…」

しかし全てがそうではなかった
本当にあらゆる点に置いて運が良かった。ただそれだけで成体になれる個体も存在する
多くの兄弟の死を見届け、もどきや野生生物にも襲われず、特に人間とは関わらない
100匹1000匹の割合では効かぬ中とはいえ、確かにそうしたたぬきが成体に至れる可能性もあった
この物乞いをするたぬきもそうである
親らしい親を持たず、小さい頃から特に脅威を受けずに生き延びてきた
そして成体となり、小さなチビたぬきを拾っては親のように過ごしてきた

「たぬーし…たぬーし…お腹ペコペコですし…チビもお腹空かせてますし…」

しかしその運もついに尽きたようだった
元々餌を取るのもそこまで得意ではないらしく、自分含めて子たぬき分の餌も満足に取れなかった
加えて頭も弱かった。要領もそこまで良いとは思えなかった
そうでなければ今まで関わってこなかった人間の前に出て物乞いを行うなどやらないだろう
せめて子たぬきなど拾わずに一匹で生きればまだ運も長引いただろうが、それを成せるほどの知識は備わってなかったようだった

「あぁあぁあ～？たぬきちゃんはぁぁ？ご飯が欲しいんでちゅかぁあ？！」
「ひぃぃし……ご、ご飯欲しいですし…くれますかし…？」

物乞いたぬきに関わるような人間など本来ならいない
ポップとリポップで産まれてくるような命の軽い野良たぬき風情にいちいち構う暇も無ければ慈悲もないからだ
そんな物乞いたぬきにわざわざ構ってきたのは顔を真っ赤にして酔っぱらった男だった
明らかに様子のおかしなことのわかる風貌に物乞いたぬきも少しビビっていた

「あぁ～…ご飯…飯ィ！？なーんもねぇな…」
「そうですかし…ならいいし…」
「釣れないなぁぁぁあ！たぬきちゃんもっと元気出してぇよぉ！」

たぬき相手にウザ絡みはもはや見ていて痛々しかった
通りがかる人間も目を逸らして何も見なかったとするほどだ
そんな絡み方をされる物乞いたぬきも溜まったものでもない

「あっ！！あったわ、たぬきちゃんにご飯上げれるのあったあった！」
「ほ、本当ですかし…！？」
「ほんとほんと…あーじゃあ取り出すからたぬきちゃんお口開けてぇ」

今まで脅威らしい脅威を知らず、文字通り疑う心を持たない物乞いたぬき
素直に口を開けてワクワクしながら待っているのはいっそ滑稽まであった
しかし男はちょっと小さいなと思ったのか手で物乞いたぬきの口を大きく広げる
モチモチの肉体を持つたぬきは思った以上に広げようと思えば広げられる
小さな丸っこい口の穴は人間の手で無理やり広げられて人間の大口より開けられた

「ひゅご！がががばにを！？」
「あ～…直で流すから頑張って食べてねぇ！おぼ…げぼぉぉぉあああ！！」
「が！ぐぼぁあああ！ぎゅぼぼあああ！！！」

男が込み上げるような顔をする
そして周囲の人間は嫌な予感がしてすぐに離れる
そしてその嫌な予感は見事に的中した
男が吐き気を催した瞬間に、物乞いたぬきの大口目掛けてゲロを流し込んだのだ
酔った男の胃の中に消化していなかった食べ物、酒、胃酸が纏めて物乞いたぬきに注がれていく

「……………！！！？？！」

今まで嗅いだ事のない悪臭と口の中に嫌でも広がる酸っぱさと苦さと気持ち悪さのオンパレードだ
その拒否反応を示すかのように体は高速でジタバタを行っている
しかし口を力強く固定されていて頭は微動だにせずにゲロを流され続けている

「げぷっ…」

ある程度流し終えて手を放すとたぬきは声を出せずにジタバタと暴れまわった
普段ションボリとしていた垂れた目が見開き、歯軋りをするように凶変している

「うぷっ…あ、駄目だ…げぼぉおああああ！ぐぼおぉあ！」
「うわああ！きったねぇよおっさん！！」
「わぁ…あのたぬき悲惨だわ…」
「あんな汚いの見てないで早く行こうよ…くっさ…」

しかし男の吐しゃ物は一度では終わらなかった
一度吐いたことでストッパーが壊れたのか
ジタバタとする物乞いたぬき目掛けて大量のゲロを放った
もはや声も出せずに本能的なジタバタを行う物乞いたぬきが回避できるわけもない
尻尾が汚物塗れになるほどのそれはあれほど高速ジタバタを行っていたのにピクピクと動くだけのゴミとなっていた
たぬきの顔も体も尻尾もゲロで覆い隠されてそこにたぬきがいるとは思わないだろう

「あぁ～～～～！なんかすっきりしたな…帰るか…」

そんな所業をしでかした男は酔っぱらいながら帰っていく
居酒屋近くであればこうした光景も珍しくはないが…ここまで悲惨な目に合うたぬきは珍しいと言えるだろう



たぬき余談話

物乞いたぬき
発狂してもおかしくないがなんとか生き残れた
しかしゲロを食わされてゲロ塗れになってすっかり体臭がゲロと化した
そのため住処に戻っても子たぬきに近づくのもモチモチも拒否られ、失意の末に子たぬきを見捨てて一匹で彷徨う
皮肉なことに、一匹生活に戻ると脅威らしい脅威に出会う事なく生き延びられるようになった
ゲロ体臭は死ぬまでこびりついていた

物乞いたぬきのチビ
親のあまりの体臭に拒否ったら捨てられた
住処でキューキュー鳴いていたらもどきを引き寄せて纏めて食われた