「お酒は本性を暴くもの…と言いますがし…私はそう思いませんし…」

酒を求めて人が集う
そうした店を居酒屋と呼び、今宵も居酒屋には客が来る
居酒屋『狸』の大将たぬきはモチモチとした手でありながら慣れた手で串に刺した魚を焼いていく
ぱちぱちと音を鳴らし、脂の滴るそれはなんとも食欲をそそられるものだった

「しかしねぇ…どうも私は、酒を飲んだ後にたぬきに酷いことをしているようだ」

カウンターの席に座り、コップに入った日本酒を男は飲み干す
この男、三度の飯より酒が大好きな人間であるがとにかく酒癖が悪かった
酒を飲んでも記憶が残らず、しかもその横暴な行動が全てたぬきに向けられた
幸いにも向けられるのはあくまで野良のたぬきだけ…人間は元より飼いたぬきにも手を出さぬ性分でもあったようだが

「しかしお客様は私には手を出しませんし…こうしてたまに話をして黙って飯を食って黙って酒を飲んでお支払いして帰って頂く…これ以上のお客様はいませんし…」
「まぁね…だとしてもそれが不思議だ…ピンポイントに野良のたぬきだけを酷いことをするなんて…それが私の本性なのかい…？」
「さて…それは先ほども言いました通り違うと思いますし…注文の鮎の塩焼きですし…お熱いのでお気をつけてし…」

焼き立ての塩焼き魚を受け取り、ありがとうと一言添えてかじり出す
脂たっぷりのそれは噛めば噛むほど旨味が出てくる
出来立ての熱さは体全体が温まり、塩の効いた魚はとても酒に合う
気づけば一升瓶の日本酒を飲み干していた

「お話を聞く限りでは酷いことをする…と言っても殴る蹴るのようなことはしていないですし…まぁたぬきも弱いから死ぬ事もありますし…」
「いやまぁ…それが酷い事じゃないのかい…？」
「たぬきが死ぬ事なんていつものことだから気にしなくていいし…とはいえそれではお客様も納得しないので一つ仮設をし…」

大将たぬきは他の注文を捌きつつ、店員たぬきに指示も送りながらも話を続ける
とてもたぬきと思えぬような技能の持ち主だが、逆に言えばこれだけの技術無しで人間と混ざって働くなど不可能だ

「お客様が野良たぬきと接するのはいわゆる絡み酒に近いものですし…しかしお客様は野良たぬき以外でそれをしたことは見たことないですし…」
「まぁ…確かにやったことはないな」
「つまり野良たぬき相手に気安く接するようになる…そこが本性…もとい、お客様が本当に求めているものだと思いますし…」

店員たぬきが持ってきた焼酎の水割りを飲みながらも男は静かに大将たぬきの話を聞いていく
確かに野良たぬき以外に絡むようなことはしていない…と思う
同僚や親戚との酒の飲み合いをしたこともあるが、酒癖の悪さに指摘されたことがないからだ

「おそらくお客様が求めているのは友達付き合いだと思いますし…気の知れた友人と何も考えずに遊ぶ…それを野良たぬきに求めてしまったのかとし…」
「友達…そんなものか？」
「そんなもんですし…失礼ですがお客様は社会人に成られて何年経ちますし…？学業のご友人との連絡や遊びに行ったりしましたかし…？」

大将たぬきに問われたことに男は返答に詰まった
社会人となってすでに十年以上。もはや中年という年齢に差し掛かり、遊びらしい遊びはしていない
そして思えば友人との連絡も途絶えたままだった
仕事に忙しいから、一人で酒を飲みたいから、疲れているから…
色んな言い訳染みた理由で遊ぶことを遠ざけていた節もあった

「……ない、な…気づけば酒が好きになって毎日のように飲んでる…それが幸せだと思ったし、今もそう思ってるからだ」
「しかしお酒を飲むことでお客様は本能的に昔のように遊びたい…そう思ってるのかもしれないですし…」

酒を飲み干し、男はじっと目を閉じて考え込む
きっとこの店を出れば酔いだして、記憶を失い、野良たぬきに酷い事をするかもしれない
しかし男とて好きでやっているわけではないのだ
野良たぬきがどうなろうと男はどうでもいいが、それでも好きな酒を飲んで暴れる悪癖なぞ無いほうが良い

「ふぅー…ありがとう大将。参考になったよ…お勘定」
「まいどし…ではまたのお越しをし…」

気づけば男は家の中で飛び起きた
どうやら店に出たあたりから記憶を失っていたようで、「ああまたか」と眉間にしわを寄せた
手には薄汚れた緑色の布を握っていたようだが、汚らしいというばかりにゴミ箱に捨てていく
携帯で時間を確認し、今日が休日であること確認して一息を付くと、メッセージが一通入ってることに気付いた

「あっ…この名前は…」

それは高校生になってからの友人だった
メッセージ内容は久しぶりに出会わないかという簡潔なもので、すでに返信済みである
どうやら記憶がない内にメッセージを男は返していたようだった

「遊ぶ、遊ぶか…そうだな……」

大将たぬきの言葉を思い出し、男は記憶こそ薄れているがかつての友人に会いに行くと決める
具体的にどう遊ぶなのかもわからない
そもそも過去の友人が今も友人として付き合えるかもわからない
それでも今の自分にはそれが必要なのだと、うっすらと理解していた



たぬき余談話

酔っぱらい男
大将たぬきのアドバイス通りに友人と遊ぶ事、共通の趣味を持つ友人を作る事にした
そのお陰でお酒の悪癖が少なくなり、被害に合う野良たぬきは減った

大将たぬき
居酒屋『狸』の大将でこの道10年の大ベテラン
たぬきの平均寿命を大きく超えて生きているので人間への助言はお手の物

服を千切られたたぬき
裸たぬきになったが野良の大半は裸なので特に問題はない