雲一つない青空の下で複数のたぬきが走っている
緑の勝負服の上にはゼッケンのようなものを身に着け、それぞれ番号が書かれていた
たぬきの歩行速度は野生で生きるには致命的なほどに遅い
なにせ成体のたぬきですら精々30cmほどである
たぬきが歩いても人間の赤ちゃんのハイハイですら追い付かれてしまうほどだ

そんなたぬきが短い足で一生懸命動かして走っているのは微笑ましいまである
なにせその走っている速度ですら人間が少し早歩きすれば追い付けてしまう程度だからだ
しかし走っているたぬきの顔はションボリ顔ながらも真剣そのもの
追い付かれまいとする。追い抜こうとする。それは正しくレースという競技だった

ポテポテポトポトと擬音の鳴りそうなレースもついに終盤だ
白い線で描かれたゴールまであと少し
3番のゼッケンが先頭に立ちながら速度を緩めずに直線に走り抜けようとする
しかし背後から迫る8番のゼッケンがたぬきらしからぬ速度でゴール直前で差し切った
カメラ判定をするまでもなく、一着は8番ゼッケンたぬきの手に渡った瞬間だった

「あ…あぁぁ～！悔しいしぃいぃい！！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「やった…やったし！一番だしぃぃぃぃぃい！」
「ひぃし…ひぃし…負けちゃったし…」
「まったく追いつけなかったし…」

後続で次々とゴールに入り、たぬきたちのレースが終わる
先ほどまで先頭のままゴールに入るはずだった3番は悔しい思いをジタバタで表現し、見事一着を飾った8番たぬきはニッコリ顔だ

「ようやったたぬ公！ほれ、8番の菓子だ！」
「惜しかったなぁ、1番…残念賞だ」
「残念賞でも嬉しいし…お菓子だし…」

レースが終わるとそれを見守っていた人間たちが現れた
大半が年配の方々だが、彼らは市民公園で野良のたぬきたちでレースを鑑賞する人々だった
最初は暇潰しも兼ねてやっているのだが思いの外ギャンブル趣味や暇を持て余していたのも多く、あれよあれよとルールが整備されていく

参加するたぬきは野良でも飼いでもOK
参加者は一律で安物の駄菓子が与えられ、好成績には追加分もある
そして観賞組も小銭程度の賭けをすると言った丁度良い暇潰しとなっていた
たぬきもたぬきで普段は手に入らない菓子の類が手に入る上に参加賞でも良いのだから参加者は途絶えない
もちろん参加する以上は本気でやるのだからたぬきなりに獣としてのプライドもあるようだ
そのため予想がつかない結果もあるため、賭けとしてもそれなりに面白いと人間でも好評だった

「次のレースやるし…次は200mの女王杯し…」
「参加者はゼッケンを受け取りに来るし…押さない駆けない尻尾を濡らさないのおかしを守るし…」

次のレース準備に入ってスタッフたぬきたちは着々と準備を整えていく
人間たちも参加たぬきにどいつを賭けるかと話し合っている
とはいえたぬきの状態を見たところでどいつが良く走れるのかわからないのでほとんどが勘だ

「ありゃ…一匹欠員出たし…お腹痛くなって早退し…」

しかしここでトラブル発生である
予定していた参加たぬきが突然のリタイアをし、欠員が出てしまったのだ
無論、このままでもレースは開始できるがたぬきレースは飛び入り参加も認められている
そのためスタッフたぬきは人間のほうに呼び掛けてみた

「すみませんし…欠員が出ましたから飼いたぬきのほうで参加してみたいのはいますかし…？」
「あっ、じゃあ俺のたぬきを出してみようかな」

たぬきレースは時々飼いたぬきも参加している
あまり野良と飼いは接する機会も少ないのもあってたか、飼いたぬきは貴重な同族との触れ合いも兼ねて参加している

「お前もやってみたいと言ってたし良い機会じゃないか？」
「う、うんし…やってみるし…」

男に抱かれていた飼いたぬきは少々内向的に見えるがそれでもレースに参加するようだ
12番と書かれたゼッケンを身に着けてポテポテとスタートラインに並ぶ
各自準備を整えればスタッフたぬきが思いっきり息を吸い込んで手に持つトランペットで音を奏でる
気の抜けるようなヘッタクソなファンファーレが特に場を盛り上げるわけでもなく淡々とスタートする

12番以外のたぬきは全て野良のようであり、それもレース経験がある
スタートと同時に走り出す様は慣れを感じさせ、12番たぬきは出遅れる形で走り出す
本来野良と飼いでは身体能力で言えば大きな差こそはないが、それでも恵まれた食事の差もあってか特に運動をしてない飼いたぬきでも野良たぬき以上の力を持っている事が多い
出遅れる形とはいえ走る速度で言えば野良に負けておらず、スタートこそ差は付けられていてもそれ以上付けられる事もなかった

「おー！たぬき頑張れー！」
「3番追い抜かれるぞー！もっと気合入れろー！」
「8番先頭だし…続いて3番と1番が競り合ってるし…5番が様子を伺ってるようだし…」
「8番は掛かってるかもしれないし…落ち着けると良いんだがし…」

人間の応援と解説たぬきの声が重なり、たぬきたちのレースは続いていく
残り100mを切ったが12番たぬきは未だに最下位であり、差こそ付けられないが追い付けないでいた
身体能力こそ確かに負けていない…むしろ飼いたぬきゆえに勝ってるのだがこればかりは走り続けた経験の差が如実に響いていた
例え食事の差で劣っていてもそこは野良生活の長い野良たぬきだ
走るという基本動作を磨き続けたのだから埋まらない実力差が存在していた

「ひぃし…ひぃし…」

これまで長い距離を走ったこともない12番たぬきにとって200m走るというのはかなりの難行だ
それでも参加したのは楽しそうだったからだ
飼いたぬきとして大事にされつつも遠目で楽し気に走るたぬきに魅入られてしまったのだ
もちろん野良たぬきからすれば参加賞でもある菓子の量にも影響するので楽しいばかりではなく本気で走っているのだがそこまでは飼いたぬきには分からない

結果で見れば先行争いをしていた1番が一着を取り、12番たぬきは最後まで他のたぬきを抜かすこともできずに最下位となった
参加こそしたが結果はビリという結果にションボリ顔にトボトボとする
しかし待っていたのは野良たぬきからのモチモチの賞賛だった

「お前…初めてなのに200mもやれるなんて凄いし…頑張ったし…」
「飼いでも走り切れるガッツを見たし…」
「最後まで諦めなかったし…モチモチするし…」

野良たぬきと言えども人間に飼われている飼いたぬきには複雑な心境があるのも事実だ
しかしそうした中でもレースに参加し、頑張って走り続けるたぬきに野良も飼いも関係はない
走り切ったたぬきに賞賛を送り、全員が勝者と言わんばかりに褒め称え合う
そのスポーツマンシップ溢れる空間に12番たぬきもションボリ顔から少し照れた顔でモチモチし返した

「え、えへへし…」

晴天の中でたぬきたちは走り続ける
俗物的に言えばお菓子という報酬のために
しかし走り続けて行くうちに走ることに誇りを見出すたぬきもいずれ、出てくるのかもしれない
そんな予感を感じさせた



たぬき余談話

たぬきレース
暇を持て余した競馬好きの人たちが野良たぬきを巻き込んで始めた
最初は野良たぬきでかけっこをする程度で軽く駄菓子を賭けるものだったが、凝り性の一人がどんどんルールを整備して今の形になった
参加賞として駄菓子を貰え、一着から五着まで入れば追加の報酬がある
参加するだけでも駄菓子は貰えるのだが追加報酬欲しさに腑抜けた走りをする野良たぬきはいない
賭ける側も同じく駄菓子か、お金も上限50円程度のお遊びである
飼いたぬきも貴重な野良とはいえ同族と触れ合ったり遊んだりする機会なので参加意欲は高い