「放して！放してしぃぃい！たぬきが何やったしぃぃい！」
「ｷｭｰ！ｷｭｰｷｭｰ！ｷﾞｭｳｳｳｳｳ！」

あまり人気のない線路にたぬきが騒いでいた
手足を縛られ、ジタバタすらできずに動けない親たぬき
泣き喚きながらも線路の窪みに入れられて狭そうにしながら動けない子たぬき
まさに絶体絶命とも言うべき恰好だった
このような状態で電車が来ればひとたまりもない

「なぁ、としちゃん。本当にやるのか？危なくないか？」
「へーきへーき。たぬきの軽さなら何ともねーって」

たぬきの置かれた状況を作り出したのは同じく線路の上にいる二人の少年だった
大人が見ていれば注意を通り越して警察に連絡が届いて拘束されてもおかしくない危険行為をしているのだが、その理由は極めて単純だった
この少年たち、完全に思いつきで野良たぬきを捕まえて電車に轢かせようとしているのだ
これが硬い石であればシャレにならない事故を引き起こすのを知っているが、同時に生き物で軽ければ電車は走り続けるのも知っていた
現にたぬきが電車に轢かれて電車が遅延及び事故を引き起こしたという事例はなかった

「へへ！面白い結果を期待してるぜたぬき！」
「待ってし！解いてし！チビも出してほしいし！待ってしぃぃぃ！」

少年たちはそそくさと線路から抜け出して見守る体制に入った
ろくに動くことが出来ず、子たぬきの苦しむ声を聞きながら10分ほどの時間が流れる
がたんごとんと音と共に地響きがするような感覚がたぬきたちを襲う
もうすぐ電車が通るのだ

「ひぃし…やだし…助けてし…助けてしぃぃいい！」

たぬきからすれば電車はとても硬くて長い大蛇の如き存在だ
人間が乗る鉄の箱(車)を超えるそのスピードは接触すればたぬきの命を容易く奪えると理解できる
逃げようにも手足が縛られ、芋虫のように這いずり回ろうにもろくに動けない
音が大きく近づくのが分かるたびにションボリとした顔は焦燥感が増していく

「やだし…やだしやだしやだし…！まだ死にたくないし！チビだってまだ喋ったのを聞いてないし！ﾀﾞﾇﾀﾞﾇﾀﾞﾇﾀﾞﾇﾀﾞﾇｰｯ！！！」

いくら死を恐れないからと言って未練がないわけではない
ようやく成体となり、子たぬきを育て始め、いつの日か子たぬきから「ママ」と呼ばれる日を夢見ていた
そんな些細な幸せすら見れないのか怒りで暴れまわろうとするが無駄だった
たぬきの力では拘束を解くこともできず、気づけば目の前に電車が迫っていた

「あっ…」

もう自分はどうしようもなく死ぬ
目の前迫る巨大すぎる鉄の塊に怒りは消え失せた
同時に線路の窪みにハマっていた子たぬきも声も上げる事もできずに塵と化した
幸いなのは子たぬきはあまりに一瞬すぎて痛みも無しに死ねた事だろう

そして親たぬきは寝転がる形でいたために、電車からの正面衝突は避けられた
このまま寝転がる態勢のままでいれば電車の下でやり過ごすことができただろう
たぬきの小ささゆえに電車の大きさではすり抜けてしまうからだ
しかしこの時の電車は快速線であり、そのスピードからたぬきを浮かばせてしまうほどの風圧が生じた
正面からの衝突は避けられた
しかし親たぬきの不幸は浮かんだ事で高速で走る電車の裏側に接触してしまったことだった

「！？！？！」

柔らかいモチモチの肌は何一つ役に立たなかった
高速で走る電車の裏側は容易にたぬきを紅葉卸するかのように削ったのだ
一瞬に過ぎないそれは声を出す事も許されずにたぬきの命を奪った
がたんごとんと電車は過ぎ去り、辺りを見回して少年たちは駆け寄ってくる

「うわっ…グロいなこれ…」
「あー…ちっちゃいのはやっぱ何も残ってねぇや」

子たぬきを埋めていた線路の溝には何もなく、少々がっかり気味
そして親たぬきのほうは想定以上に悲惨だった
一瞬の接触にも関わらず、たぬきの前面が見事にすり下ろされているのだ
もちもちとした顔も、もちもちとした体も、全て無くなって肉が丸出しとなっていた
ジタバタすら行うこともなく静かに命を終わらしたたぬきの死骸を蹴り飛ばしながら線路の脇に捨てていく
見れるものを見れた少年たちはそのまま帰っていく
命の軽いたぬきだからこそやれる所業。少年たちも一週間もすれば行った事も見た光景も忘れてしまうだろう


たぬきが目覚めた時、最初は悪い夢を見たのかと思った
空は蒼天ではなく暗い色をしている
明かりもなく、最初は寝込んで夜のかと思い込んだ

「…チビは…！そうだし、チビはどこだし！？」

しかし夢ではないと気づいた
たぬきが住処として暮らしている場所とは大きく違う
鉄の蛇が行き交う線路の上でたぬきは寝ない。そんな危ないことはチビだってしない
だからたぬきが今ここにいるのは間違いなく人間の子供たちに捕まり、線路の上で放置された現実を思い出した
見覚えのある線路の溝に急いで駆け出せばそこには何もない
本来であればたぬきの子供が埋まっているのを見たが、血肉一つすら見つからなかった

「ダヌ…ダヌダヌダヌダヌーッ！！！許さないしぃぃい！あの人間は絶対に許さないしぃいいい！！」

癇癪と怒りを込めた全力のジタバタは生涯で経験したことのないジタバタだった
子供を奪われた嘆き。あっさりと消えゆく命。玩ばれた現実
それらどうしようもない怒りがたぬきを支配している
しかしジタバタを終えれば先ほどまでの怒りが消沈したかのように落ち着いた
たぬきは常にションボリを抱えてドライに生きている
ジタバタ自体は本能であり、ダヌーッ！と癇癪を表明するような怒りを表すのは若いたぬきぐらいだった

「……チビを失ったのは悲しいし…でも次があるし…」

自分が生きているなら次がある
割り切った考えで次の思考に移行できるのがたぬきであり、だからこそ自然界では脆弱な身であっても成体になるまで育つ個体だっている
なぜ自分が鉄の蛇が迫る中で生き残れたのかわからないが、それでも運良く拾えたたぬ生の続きだ
ありがたくそれは享受して生きて行こう

「……たぬ？どうして歩けないし…？？」

何処とも知れぬ線路の上にいつまでもいられない
いつ鉄の蛇が来るかもしれない場所から立ち去ろうとしたが、なぜかたぬきは線路の上から出ることができなかった
足を動かして線路から出ようにもそこから先に動かないのだ
そんな未知の経験にたぬきは呆けていると、今度は線路の上を自分の意思とは無関係に足が勝手に動き出す

「たぬ…たぬ…？なんで勝手に動くし…尻尾も濡れてないし…」

とぼとぼと歩き続けるが腰から上を動かせる程度で足は完全に制御が効かない
休み無しに線路の上を歩くのだが不思議と疲れすら感じなかった

「楽ちんだし…でも何処に向かってるんだし…？」

歩いてる最中にまた鉄の蛇が来ると思うと恐怖心が湧き出てくる
幸いにも鉄の蛇どころか周辺には乗り物の類から人の気配まで一切しない
たぬきは正確な時間こそ分からないが休み無しに数時間歩き続け、ついに自分以外の何かを線路の上に見つけた

「あっ…人間、だし…？」

かつては怒りを込めて許さないと宣言したが、それはもはや過去の話
むしろ自分に酷いことをしてくるかもしれない人間にも恐怖心を持ちながらも目の前で近づく人間の背にビクビクする

「やだし…やだし…足止まってし…」

勝手に動く足は今更止めることもなくどんどん人間に追いついていく
予想に反して人間を追い抜く形となっても人間はたぬきを何もすることもなく、ほっと一息を付いた
しかしなぜ人間がこのような場所にいるのだろう
通り過ぎようとする人間の顔を見て、たぬきは絶句した

「ひぃ！ひぃぃいし！お顔が、お顔がないしぃぃい！？」

後ろ姿で言えばスーツを着た一般的な男性にしか見えなかった
しかし前面から見ればその人間の顔は原型を留めていないほどに潰れ、脳漿をぶちまけ、よく見れば手足が曲がっていない方向に曲がっている
生きているはずがないほどに壊された人間の姿にたぬきは悲鳴を上げるしか他なかった

「おばけ…！おばけだしぃぃぃ！逃げるしぃぃぃい！！」

本来であれば走って逃げたいのにたぬきの足は歩き続けるしかない
すぐ後ろに怖い亡霊がいることに耐えきれずに上半身だけのジタバタを行うしか他なかった
そしてたぬきが歩き続けて鉄の蛇が一旦停止する…人間が駅と呼ぶ施設に近づくにつれてどんどん亡霊の数は増していく

「うぷっ…なんし…なんであの人間はバラバラ…」

「あのたぬきは…真っ二つだし…」

「もどき…なのかし…？お肉が別々に動いててキモいし…」

「あの子供…足がないし…手で歩いてるし…？」

出会う亡霊は皆一様に傷ついているのがいないほどに地獄のような光景が広がっていた
時折亡霊とぶつかっては何もするわけでもなく、むしろぶつかった拍子に相手の血液や内臓が降りかかるのが不快かつ恐ろしかった
死んでいるはずの怪我を負いながらも死なずに漂い続ける亡霊
そうした存在を見ることができ、触れることすらできるようになったたぬきである自分
知能の高さゆえにその答えを導き出し、そのことに深く動揺した

「そんなわけないし…たぬきは…死んでないし…死んだらリポップするはずだし…」

もしも自分があの時、チビと一緒に鉄の蛇に殺されたのならなぜここに漂っているのか
たぬきは死ねば次のたぬきにポップするんじゃないのか
あまりに理解しきれない現状に現実逃避しながらもたぬきの足は止まらずに歩き続ける
しかし逃避した思考を取り戻させるように少し前に聞いたことのある音と衝撃がたぬきにも伝わった
ガタンゴトンという地面が揺れる感覚と音と共にたぬきの目の先には鉄の蛇が襲来しようとしていた

「あ……やだし…やだしやだし！！やめろ！たぬきの足言う事聞くし！聞け！！聞けしぃぃぃいいいいい！！！」

しかし足は自ら贄に食われる事を望むようにどんどん鉄の蛇に向かって歩いていく
その過程で鉄の蛇は自分以外の亡霊を次々と飲み込んでは破壊していった
駅から飛び降りた女子高生がバラバラに砕け散ってたぬきに降り注いだ
何者かに投げられた同族のたぬきが体液をぶちまけながらたぬきに降り注いだ
たまたま鉄の蛇を横切っていたもどきが、犬が、猫が、あらゆる生き物が押し潰されてその血液がたぬきに降り注いだ
人も、獣も、たぬきも、全てを飲み込んで押し潰していく恐怖の蛇はたぬきの目前に迫っていった

「嫌だしぃぃぃいいいいいいいいいい！！ギュポ」

一瞬だった
巨大な鉄の塊はろくな呻き声も叫び声も出させずにたぬきの肉体を粉々に打ち砕いた
肉体は四散し、奇跡的に無事だった大きな頭が千切れて空中を舞う
しかし頭からの視線は、鉄の蛇の窓ガラスに映った自分を見ていた

「　　　」

顔が無かった
削られたように、最初からそうであったようにたぬきの顔が存在していなかった
削られた肉体の如き顔をしてなぜ喋れるのか、なぜ視界が機能するのか
そんな考えすら浮かばないあまりに衝撃的な自分の姿に全てを悟った
ああ…ここは本当に地獄なのだと

どちゃどちゃと音を立てながらあらゆる死骸が鉄の蛇を去った後に散乱する
しかし少し時間が経てば死骸たちは元の姿を取り戻し、永遠と彷徨い続けることとなる
たぬきもまた爆散したはずの肉体が元に戻り、再び自分の意思とは無縁に歩き出す
確認をするまでもない。おそらく自分の肉体も亡霊たちのように顔が削られたたぬきなのだろう
今はまだ、ジタバタで自分の嘆きを表現できるだけの余裕はある
しかしこの先、延々と鉄の蛇に同じことをされて無事でいられるのだろうか？そもそも終わりがあるのだろうか？
それは先客でもある亡霊の彼らが答えとなる
未練を残し、恨みを携え、この世を去った者たちは延々と救われることのない地獄を繰り返す

たぬきは何処までも何処までも太陽が昇らない闇の中の線路を歩き続ける
いつの日か降って沸いた地獄が終わらせてくれる終着駅に辿り着けると信じて…



たぬき余談話

何十年も人の血と怨念を吸った線路は一種の呪いを化してる
死んでもションボリでリポップ可能なたぬきですら逃れる事はできない
線路内で死ぬ、電車が原因での死を経験すると怪異に取り込まれて延々と線路内を彷徨って幻影の電車に轢かれて死ぬことを繰り返す
ションボリごと怪異に取り込まれる事になるので現実世界に影響を及ぼすことはない

子たぬき
線路の溝に嵌った状態で死んだので当然怪異入りしている
延々と幻影の電車のタイヤ部分にくっついて潰され続けている