野良のたぬきはそれなりに警戒心が高い
当たり前と言えば当たり前だが知能の高さがあまり生かされないモチモチで脆弱な肉体を持つたぬきは基本的に他動物の恰好の餌だ
見つかってしまえばその足の遅さから逃げても十中八九は捕まって食べられてしまう
幸いと言えるのは30cm代の成体がいればそれなりに満足する量にもなるため、たぬきがいれば全て食い尽くそうとするもどき以外には群れであれば意外と逃げれる場合もあったりする
しかしそんな希望的観測で野良の世界でたぬきは生き残れない
なのでたぬきなりに警戒心を強めて最低でも自分から自分以外の動物に関わるということはしない

とはいえ、それはあくまで苦を味わい続けてションボリと顔が固まったたぬきに言えたことだ
まだ掌サイズで言葉も喋れるかどうかの子たぬきにそれを要求するには酷なものだった
山で産まれ、山で育ち、親たぬきに大事にされてきた
そうして一匹でも問題無く歩き回れるようになった子たぬきはヤンチャなもので、何と親たぬきから離れて探索を行おうとしていた

「ｷｭ…ｷｭｰ？」
「ｷｭｰｷｭｰ」

「…ん？珍しいな、こんなところまでチビたぬきがいるのか」

小さな掌サイズの子たぬき姉妹は天を貫くような大きな大きな巨人を眺めていた
初めて見るそれに驚きの顔と声を隠せない
そしてその巨人もとい人間は、子たぬきの存在に気づいたようだった

「ここはたぬきが少ないって聞いたけどなぁ」
「まぁたぬきなんてどこにでもいるだろ」

ジュージューと何かを焼いているバーベキューセットに大きなテント
山でキャンプをしている若い二人組だった
しかし子たぬきは好奇心に動かされるようにポテポテと近寄ってくる
もし近くに親たぬきがいればすぐに静止にかかっていただろう

「ｷｭ？ｷｭｩｩﾝ」
「ｷｭ？？」

「おっ、一丁前にこいつに興味あるのか」

好奇心に突き動かされる子たぬきがまず反応したのは匂いだった
調味料を施された肉と野菜を焼き、そこから発せられる香りは野生の世界で嗅いだ事のない甘美な世界に導いてくれる
気づけば小さい口から涎も溢れ出るそれは今までのたぬ生で未経験の領域と言えるだろう
そして人間の一人がそれに気づくと金網の上で焼かれている肉の一つを切り分けていく
大きさで言えば人の親指分ぐらいの肉を一つ、子たぬきの前に投げ入れた
焼かれたばかりの肉は強い匂いと共に煙を出し、それを至近距離で浴びた子たぬき姉妹はジタバタしている

「おいおい…たぬきと言っても野生動物に餌なんてやっていいのか？」
「うーん…まぁたぬきならいいんじゃね？どうせ明日になったら死んでるかもしれんし」

本来キャンプ地での現地の野生に餌を与える行為は禁止される事がほとんどだ
なぜなら餌やりに慣れてしまうと人の集まる場所に寄って来るようになり、様々なトラブルを起こすからだ
餌を求めるようになった野生動物はより多くの餌を貰うために攻撃的になり、そして人間の食べ物を食べるのだから動物の病気にも繋がる
小型動物が多く集まればそれに釣られて大型の肉食動物まで現れて人間を襲うケースもありえるのである
しかし若者は都会のたぬきは毎日何かしら死んでる事も知っており、特に子たぬきなんてそれこそ干からびたミミズ並みによく死骸を目にする程度だ
なので特に考えもあるわけでもなく、肉の一つを気まぐれで与えてやったわけである

「ｷｭｰ…？ｷﾞｭ！？」
「ｷｭｷｭｰ！？」

初めて見る焼かれた肉に興味津々ではあるが、迂闊に触れてしまったことで更にジタバタしてしまった
焼かれたばかりの肉はとても熱く、モチモチの手に味わった事のない痛みが走ってしまう
それを見て人間も笑っているが特に手助けもしたりしない。あくまで肉を放り投げただけで処理するのは子たぬきだけでやらなければならないことだ
熱い肉を触れた手をふーふーと冷ますようにもう一匹の子たぬきが息を吹きかけているが、気休め程度とはいえそれで落ち着いてきたようだ
どうやら肉は熱い。だから冷ます必要がある
それを学んだ子たぬき姉妹は二匹掛かりで息を吹いて冷ますようだった

「おー、結構賢いんだなこいつら」
「それなのによく死んでるのを見るんだよね…」

若者も思ったより最適な行動をしている子たぬきに感心しているようだった
人間の若者にとってたぬきは可愛がるほどでも興味を向くほどでもない何処にでもいるションボリとした不思議生物でしかない
なので思えば子たぬきをこうして観察するのはあまりないことだった

「ｷﾞｭ…ﾌｰ…ﾌｰ……」
「ﾌｰ……ｷｭｩｩ……ﾓｶﾞ…ﾓﾆｭ…！！」

十分冷めてきたかな？
そう判断した子たぬきの一匹を意を決して肉をかぶりついた
歯が生えているとはいえ子たぬきの顎の力はたかが知れているのだがその子たぬきでも噛み千切れるほど柔らかい肉
そして口の中で広まるまだ熱々の肉汁、焼かれた肉の濃い味がダイレクトに子たぬきの脳に響いた
その味わったことのない衝撃の美味さに肉にかぶりついたままジタバタをしているほどだ
残った一匹も同じようにかぶりつき、やはりかぶりついたままジタバタをしている
一度食べ始めればもう止まらない。器用に手足をジタバタしながら肉を食い進めていく様は可愛らしい子たぬきの面影が無かった

「だはは、そんなに美味かったのか。ほらよ、オマケにもう一枚だ」

その様子を眺めていた人間は上機嫌に同じような肉を切り分けて子たぬきたちに放り投げた
たぬきには良い感情も悪い感情もないが、それでも美味いものを食べて喜ぶ姿を見て気分を良くする程度の人間性はあった
すでにお腹いっぱいと言えるほど中で美味しいご飯のおかわりに子たぬきも上機嫌だ

「ｷｭ……ｷﾞｭ……ｱﾘ…ｱﾘ…ﾄｳｼ！」
「ｱﾘｶﾞ…ｼ…！ｷｭｰｷｭｰ！」

未知なる味の衝撃は子たぬきの脳を揺さぶり、なんと言葉を喋りだすようになった
それもご飯を分けてくれた人間に対する感謝の言葉が最初の言葉となった
山に住むたぬきの多くは木の実で生きており、子たぬきも例に漏れずに甘い木の実から酸っぱい木の実まで食べて育ってきた
それらから感じたことない肉の味わいと濃さを感じる調味料は野良の世界では決して得られない経験だ
単純な経験と侮れるなかれ、たぬきの味覚は人に近いのだからそれだけでも言葉を喋るのに足りえる成長へと繋がったのだ

「ふーん、礼言えるなんて良いたぬきじゃん」
「人前に出るようなたぬきだから長生きできるかもわからんけどね」

沢山のお肉を食べたことで、そのお腹はたっぷりと膨らんでいる
ションボリ顔ながらも口元は幸せそうな形をしてそのままスヤスヤを眠りだした
人間もそれ以上子たぬきをどうこうすることもなく各々バーベキューを楽しみ、食べるものが無くなれば片付け始めた
テントも仕舞われ、ゴミ一つ残さずに痕跡を残さないキャンパーの鏡のような立ち去りをした頃には夕日が差し掛かり、子たぬきが目覚める頃には人間はすでにいなかったようだった

「ｷｭｰ…ｵｵｷｲ…ｷｴﾁｬｯﾀｼ……」
「ﾏﾀ…ｱｴﾙｼ…ｵｲｼｶｯﾀｼ…！」

呑気なもので子たぬきたちはニッコリ顔のまま未知なる味にすっかり魅入られた様子で元の住処に戻りだす
しかし姉妹は忘れていた
こっそりと親元から抜け出してしかも何時間も経っている事を
当然ながら他の野生動物に見つからないように探していた親たぬきに烈火の如く叱れてしまい、すっかりと元のションボリ顔に戻ってしまったようだった

「はぁ…でも無事でよかったし…しかもいつの間にか喋れるようになってたし…今夜はご馳走にするし…」
「ﾜｰｲ！ｺﾞﾁｿ…ﾀﾞｼ…！」
「ﾏﾏ…！ｱﾘｶﾞﾄ…ｳｼ…！ｷｭｰ♪」
「でも今度また同じように勝手にいなくなったら許さないし！たぬきの顔も二度目はないし！」
「「ｷｭｰﾝ…」」

自分の子が無事だった事は喜ばしいがあまりに勝手なことをされては親も溜まらない
元々ドライな性質のたぬきのことである
いくら喋れるようになっても二度も同じことをやらかせば親たぬきは躊躇い無しにこのチビはダメだなと捨ててしまうだろう
とはいえそれでも喋れるようになるまで成長したことは喜ばしいため、親たぬきは秘蔵の甘い実をご馳走に取り出す
夜になってもたぬきの一家は少しばかり賑やかそうであった

そして山から人間が住まう都会に戻りつつある若者たち
車でのんびりと帰宅中であったが、助手席に座っている若者がふと喋りだす

「そういや…あいつら普通にたぬきの肉食ってたな…」
「あー…たぬきって同族でも平気で食うし問題はないかなって…」
「もし切り分けた肉じゃなくて頭のほうを投げてたら普通に逃げてたかもな、あいつら」

バーベキューとして持ってきた食材
その中の一つにたぬ食用の冷凍たぬき肉が混ざっていたのだ
サイズも同じぐらいの子たぬきで人間からすれば一口サイズなのだが、腕一つ切り分けてもそれは子たぬきからすれば満腹になる量だ
焼いている最中には冷凍から溶けて息を吹き返したのかうるさいぐらいに叫び声を出していたのだが、子たぬき姉妹がやってくる頃には声を出せないほどに焼き上がっていた
つまり子たぬき姉妹が美味しそうに食べていたのは豚でも牛でもなく、同族の肉だったのである

果たしてその真実を子たぬき姉妹は知る機会はあるのか
そもそもそれまでに山の自然に負けずに生き延びれるのか
来年にもう一度同じ場所にキャンプに行ってみるか
若者たちは軽くそんな想いを馳せていた




たぬき余談話

キャンパーの若者たち
大学生ぐらいのキャンプ趣味の若者
子たぬき姉妹が出会ったのは一夜を過ごしてから帰る前の昼飯バーベキューの真っ最中だった
たぬきに関しては何処にでもいる変な生物ぐらいの認識
基本的にキャンプの心得を厳守しているのだが、たぬきには良くも悪くもな対応をするあたりにどうでもいい対象である
子たぬきにたぬき肉を与えたのも善意ではなく気まぐれかつ安い肉だったから

子たぬき姉妹
山でポップしてから親たぬきに育てられてる
基本勝手な行動をしないように言いつけられているが少しばかりヤンチャな性格をしている
それでも最初に感謝の言葉を喋れる辺りに教育はしっかりされている
人間が食べるような濃い味こそ経験してしまったが同族のたぬき肉だったのでそこまで舌は肥えておらず野良生活に支障はない

冷凍たぬき肉(小)
スーパーTANUが売り出している冷凍食品の一つ
毛の処理が施された丸ハゲ全裸の子たぬきを醤油ベースで味付けした状態にして冷凍
そのままフライパン等で焼くことで食べられる人気商品
焼く際に冷凍が溶けて叫び出すがその叫びにアクが抜けてより美味しくなる
10匹入りの一袋\300円