今日はお兄さんと一緒のピクニックだし！
たぬきも準備万全だし！
ママさんが用意してくれたお弁当！
お茶の入った水筒！
ピクニック先で遊ぶ玩具！
あとお気に入りのリボンも耳に付けてるし！
お兄さん…ここ最近人生に悩んでるところあるし…
まだ若いんだから心配ないし！このピクニックで気分転換を狙うし！
明日が楽しみだし…！





意識の覚醒と同時に思ったのは最悪の一言だった
まず頭がひたすら鈍く思考が定まらない
体は重くて上手く動けない
いつもは二本足で立つのに手足を使って四つん這いにならなければまともに歩けない
加えて体中がごわごわとした心地よさと感じたことのない気持ち悪さが同居している
それはふらふらと立ち上がっては歩き、よろめきながらも水溜まりに映る自分を見た

「ギュ…キュゥゥ？」

毛皮の生えた四足歩行の獣
そう評するしかないものが映っている
しかしあえて言うならその獣の顔はションボリとしている
それこそがこの獣の正体を明確に表していた

（な、なんだしこれ…たぬきは…どうなっているんだし…？）

たぬきもどきは困惑していた
なぜこんなところにいるんだろう
なぜこんな姿になっているんだろう
考えても考えても答えは出せない

（あっ…お兄さんのくれたリボンがないし…）

水溜まりの透明度ではっきりとわかる自分のようで自分じゃない顔
自分であればあるべきものがないと認識した瞬間にもどきの自我がはっきりとしてくる
思考こそはまだ鈍いが体の重さは無くなっている
むしろ前より早く、力強く動けると思えるほどだ

「クゥゥゥン…クゥゥン！」
（ここ…どこだし！？お兄さんは…！？）

もはや自分が人の言葉ではなく獣の言葉しか喋れていないことに気付いていない
周りを見渡してその場を飛び出せばすぐに見覚えのある光景が映った
人もいる。飼われているたぬきから野良たぬきまでいる
そうだ、自分はここでお兄さんとピクニックに出かけていた。それは思い出せた

（お兄さんは…いないし…というかたぬきはどのぐらい寝てたんだし…？）

たぬきではなくなった自分が今迂闊に外に飛び出せば良くないことが起きる
本能的に察したもどきは茂みに隠れながら様子を伺っている
楽し気なヒトの家族や小さいチビを引き連れた野良たぬきだっている目の前の光景に何処か羨む目を向けてしまう

（なんで…どうなってるんだし…）

必死に思い出そうとする
ピクニックに公園までたどり着いて、お兄さんと一緒にご飯を食べて、それから一緒に遊んで………
それから…それから……
そこから記憶が途切れている
思い出そうとすればするほど鈍った思考が更に鈍ってくる
しかしその鈍った思考と裏腹に尖って産まれてくるものがあった

（おなか…すいたし…）

呑気なことだとたぬきも思った
しかしその空腹はただ普通の空腹とは違って感じた
なぜなら目線の先にある野良たぬき、そしてヒトに抱かれたたぬき達に向けられているからだ

（…たぬき、は…今何を考えて……）

それがとても恐ろしいものだとすぐに気づいた
だがお兄さんとの先の記憶を思い出したい思考も止まらずに恐ろしい空腹はどんどん高まっていく

「ん……お前、そこで何してるし…？それ…毛皮の勝負服し…？」

隠れているもどきを一匹の野良たぬきが見つけてしまった
もどきの思考は見つかったと思うよりも先に目の前のたぬきが自分のために現れたご馳走に思える程度に思考が狂ってしまう

「えっ…何をす」

騒がれるのが面倒と言わんばかりに口を食い千切った
そのまま素早く茂みの中に持ち込むと抵抗する暇も与えずに野良たぬきを食い荒らした
幸いと言っていいのか人間たちのピクニックエリアまで音は届かない
彼らの発する楽し気な声と雰囲気がそれを遮っているからだ

「ギュゥ…？」

もどきの腹を満たされて正気に戻れたその光景は悪夢と言っていい
肉片と勝負服が散乱し、自分の口の中に広がるどうしようもない「美味かった」という味と食感が現実なんだと認識させる

「ギュアア！ギィアア！グゥゥウウン！！！」

もどきは走り出す
輝かしい人とたぬきの共存した場所から反対方向へ
ただ本能的と言えるほどに人もたぬきも避けて走り続けて人気のない場所に辿り着くや否や、もどきは我慢できずに吐き出した

「ギュボァ！ボアアア！ギヒィ！ヒィ！！」

今でも美味いと感じ続けている自分の味覚が嘘でほしかった
同族を食らうなどという野蛮な行為をした自分が夢でいてほしかった
しかし吐き出して消化すらされていないたぬきの肉塊と勝負服を前にそれは現実だと嫌でも分からされてしまう

（だぬ”ぎは…！だぬ”ぎは！！いったい、どうなってるんだし…！？）

意味のわからない悪夢に気が狂いそうだった
いっそ狂ってしまうほうが楽だったのかもしれない
ションボリ顔はこれまで以上にションボリし、目も虚ろになってふらふらとしだす。
お兄さんの元に帰ろうにも家から公園までは車で来たのだ。帰り道はもどきにはわからない
何もかもわからないまま知らない街中の片隅に落ち着ければ目線の先には今まで通りの日常が映っている


「ママー、今日のごはんは何ー？」
「今日はカレーね。たぬきちゃんは人参入り食べるでしょ？」
「わーい！たぬきもカレー大好きですし！」

「今日のお仕事はこれで終わりだし…おつかれーし…」
「おつかれさまですし…」
「今日も尻尾が濡れて疲れたし…」

「おー！たぬ公！今日もしゃきっとしてねぇ面だなぁ！」
「おやっさん…またタバコ買いに来たんですかし…」
「俺にとっちゃ命の煙だっつのぉ！ほれ24番を2セットな！」


今まで通りの日常が目の前にある
今まで通りであればもどきの明日も明後日もあの中にお兄さんと一緒にいられたはずだ
それなのに自分だけが意味のわからない悪夢の中にいるのがとても許せなくて、羨ましくて、それが理不尽だと思っていながらもそう思わずにいられない自分に嫌悪感が湧いてくる
いっそ自分の命を自分で終わらせて次のポップ先にお兄さんとまた出会えることを祈る
そうしたほうが良いのかと考えた矢先だった

「ｷｭｰ？ｷｭｰｷｭｰ！」

もどきの傍にはチビがいた
恐らく親元から離れたのか。それとも野良なのか。もしくはついさっきションボリの気が集まって産まれたのか
いつもであれば愛らしいと感じていたたぬきのチビだが、もどきの目にはもう小さくて美味しそうな餌にしか映らなかった

「ギュア…ア…アア……」

これを食べてしまったらもうもどきは二度とたぬきに戻れない気がする
しかし目の前の美味しそうなチビを食べたいという本能の全てが総動員するかのように誘惑してくる
そうだ
食べてしまおう
元に戻れない？逆だ。逆に考えるんだ
たぬきを食べ続ければたぬきに戻れる。そう考えるんだ

（ごめんし…………）

人と共に暮らして相応に美味しいものを食べてきた記憶はある
だけど目の前のそれはどんな料理も過去にするほど甘く、美味しく、そして反吐が出るほどに幸せだった


食べて、吐いて、食べて、吐いて…
それを一月は繰り返して吐かずに食べれるようになった

三月経つ頃にはたぬきを効率的に食うように狡猾となった
野良のたぬきが一か所に集まるスラムが狙い目だった。集団でありながらもそこまで強くないから文字通りの食い放題だ
逆に勝負服の着ているたぬきには極力手を出さない。大概は人間に飼われているか仕事をしている立場のあるたぬきだからだ
迂闊に食おうとすればこちらが駆除されるのを察した

半月も経てば人の入れ組んだ住処はもどきにとって快適な空間と成り得た
小柄ゆえに狭い場所でも行き来が可能であり、ますます野生の力を身に着けていく
この頃からすでにたぬきを食う事とたぬきを食えば元に戻れる認識が同一化していった

その間にもどきはもどきの同族をいくつか目にした
しかし慣れ合うこともないのか目を合わせるとすぐに去っていくのがほとんどだ
これはたぬきであれば目を合わすと互いにモチモチしてきたもどき以前の過去もあって少し悲しい事だと思えた


たぬきもどきになって約一年経とうとしている
あれだけたぬきを食うことに恐れていたもどきはもういない
路地裏でチビ達が寄り添っているのを見つければ喜々として食らうようになっていた

（…もうすぐ春が来るし…こんなにいっぱいたぬきを食べたし…もうすぐ戻れるはずだし…！）

口の中でじっくりと味わうようにチビを咀嚼しているともどきは信じられぬものを見た
視界の先に見覚えのある人がいる
薄れてきたたぬきの記憶をどうにか引っ張り出していく。今がその時だろうと
お兄さんだ！今まで一緒に暮らしてきた大好きなお兄さんがいる！

「キュウゥゥゥン♪キュン！グウウン♪」

気づけば駆け出していた
寂しさに対して警戒心と危険性から決して人に近寄らなかったもどきだが、一年近い思いがついに爆発した

（お兄さん！たぬきはここにいるし！お兄さん！お兄さん！！）

もどきの顔を自分で見れたならそれはとても幸せそうな顔だったと言えるだろう
しかしその対象的とも言うほどにお兄さんの顔は険しく、そして向けられたのは無慈悲なまでの銃弾だった
猟銃から放れた一撃は容易にもどきの肉体を貫いて即死させる
その瞬間に口からぶちまけられたチビの肉片にお兄さんは嫌悪感を露わにしていた

お兄さんはハンターであった
それもほんの少し前に就任したばかりの新人である

かつて飼っていたたぬきが突然いなくなり、たぬき自ら大事にしていたリボンもバラバラになった姿で発見された
当初はたぬきはもどきに食われたのではないかと警察に説明され、お兄さんは心底後悔した
その時は就職難で上手く行かずに余裕が無かったとはいえ己の不注意で大事な家族を亡くした怒りが彼を変えた
仇討ちとも言えるハンターとしての道を歩み出したのだ



たぬきもどき
それは狸とたぬきの外形を持ちながらたぬきを捕食する害獣
その産まれは不明な点も多く、しかしながらたぬきへの被害から駆除対象となっていた

お兄さんはもどきを処理用袋に無雑作に入れ、散乱としたチビの肉片を丁寧に埋葬していく
奇しくもお兄さんともどきの再開の場所は、一緒にピクニックへと向かった公園の入り口だった
処理を終えればお兄さんはすぐに次の現場へと向かっていく
かつて一緒に暮らしていたたぬきはもどきになっていたことを知らず、そしてこの先も知らないまま駆除していくのだ



たぬき余談話

飼い主のお兄さんが遊びの休憩中にたぬきがもどきに変異してころころと転がって死角に隠れてしまう
変異+ころころでリボンも解けてしまった