獣道、と呼ばれる人では通れない道が存在する
本来の意味で言えば山に住まう動物たちが動き回った自然の道であるが、広義的な意味では動物たちが通れる道とも取れる
それは人間が築いた都会であっても変わらず存在し、ほんの少しの隙間を通るネズミやコンクリートの塀の上を足場にする猫などがその部類だ
そしてたぬきの住まう双葉市に置いてもたぬきが使う獣道もまた存在する

「たぬ…たぬ……大丈夫し…？ついてきてるし…？」
「ﾀﾇｰ…こわいし…なんでこんなところとおるし…」

川に間に掛けられた大きな橋
鉄骨によって頑丈な強度を誇るそれは毎日のように人を、車を乗せて街を繋げる縁の下の力持ち
しかし毎日のように人々が利用するならそれだけ多くの往来もされるということで、小さなたぬきが利用すれば人知れずに踏まれ蹴られ命を落とすだろう
所詮はたぬき、命が枯れ木よりも軽くて脆い彼らは公共の場を利用するには人通りの多い場所というのはそれだけで危機を晒すことになる
しかしリスクを差し引いてもたぬきが移動するなら橋を利用したほうが楽なのも確かだ
もし橋を利用しないで向こう岸まで行こうとするならそれこそ三日三晩は歩き続ける必要はある上にそんな行軍を行って向こう岸に辿り着く頃には良くて1匹が無事でいるかどうかだろう

「ｷｭｰｩﾝ…」
「ぜったいにしたをみちゃだめし…」

だから橋を利用し、渡ろうとする
それも橋の鉄骨として人間ならほんの僅かでしか掴めない出っ張りの部分を足場にたぬきは渡ろうとしていた
人間であればとてもじゃないが足場としても使えず、余程の筋力と手の強さが無ければ掴み続けれない箇所だ
それは正しく自然ではない、人間の作り出した人間には利用できない人工獣道と言う他はない

成体たぬきはその30cmほどの大きさ故に不安定だが、掌サイズの言葉を喋り出した当たりの子たぬきであれば問題なく歩くことができる
そうした子たぬきがまだ言葉の喋れない産まれて間もない栗サイズのチビを抱き抱えている
本来出れば子たぬき全てを抱き抱えて移動したい親たぬきではあるが、このような道ではとてもじゃないが他たぬきに構える余裕などはない

「あと少し…まだ半分もあったし…」
「ひぃし…ひぃし……ちびおもいし…ままかわってし…」
「無理言うなし…」

なぜこのような場所を利用してるのかは定かではない
駆除から逃れるためか。はたまた家族の引っ越しのためか
それとも仕事のために置いていけない子を連れて向かうためか
どちらにせよあまりに無謀とも言える人工獣道を通ろうとするたぬきにも相応の理由があったのだろう
しかしどんな理由があろうとも不安定な道を通って無事で済む話などありはしない

「ｷｭ…ｷｭｱｱｱ！？」
「ああ！ちびが！」
「…駄目だし…風に飛ばされたからもう助からんし…」

チビの中にはよちよち歩き程度だが一匹で動けるのもいた
しかしそれがまずかったのか、まだ数グラムにも満たない軽さの子たぬきでは少し強い風が吹くだけでも簡単に飛ばされてしまう
ほんの一瞬でチビは風に攫われて宙に浮かび、ふわふわとしながらすぐに落ちていく
空中でジタバタしてもそれで浮かぶ事も飛ぶ事もできぬまま、ポチャンと音もしないまま川に落ちて行った
当然浮かび上がることもない

「ちび…ちび…」
「…早く行くし…運が無かったんだし…」

妹を一瞬で亡くして嘆くのはまだ若い証拠だ。そして成体の親たぬきはたかが我が子1匹亡くした程度では悲しみもしない
たぬきはいつ死んでもおかしくない
だからいつまでも引きずらずに切り替えて生きていく
それこそがたぬきの種族としての価値観であり、だからこそ成体まで生きている個体だって存在する
あえて言うならば親たぬきは言葉を喋れるほどの感受性を持った我が子の心ぐらいには触れておくべきだったのだろう
しかし多くの子を育てても100匹に1匹が成体になればいいほどの野良の世界でそれを担えるたぬきは、あまりにドライな精神に身を置きすぎた

「ちび…」
「ｷｭｩｩﾝ……」

妹を目の前で失い、それでも前を向いて歩いて獣道を渡り切らないといけない
しかしそんな悲しみに心が揺れてる状態でただでさえ子たぬきがチビを抱えている不安定な状態でまともに歩けるわけがない
ふらりと身を崩す。ただそれだけだ
普通の道であればすっこんでモチモチの体を持つたぬきであれば傷一つ付かない
しかし今いる場所は子たぬきでも広いと言えない足場なのだ。転んだ先にあるのは地面ではなく、一面に広がる青い川であった

「あっ…」
「ｷｭｯ」

一瞬の不注意から来るそれに後悔する暇もなく、抱き抱えられたチビも何もやれることはなく、川に叩きつけられ沈んでいく
それをただ見るだけであった親たぬきはションボリした辛気臭い顔に更なる掘りを深めながら溜息を吐いた
ああ、今回の子も駄目だったか…と言わんばかりそれは期待外れとも残念とも入れ混じった、多くの子を亡くしたたぬきだからこそ出せるションボリの溜息だった
しかし死んだ子たぬきに構っていられる余裕はない。ションボリ顔は変わらずとも中身はすでに切り替えて急いで橋を渡ろう
そう決めた直後だった

ﾆｬｱ…ﾆｬｳｱｳ

「猫さん…？なんで猫さんもここにいるし…」

たぬきとしては想定外だったのだろう
まさか獣道に猫も利用してくるなどと
目の前から野良らしき猫何匹も鉄骨の獣道を歩いて迫ってこようとしている
もしもぶつかり合えば間違いなくたぬきのほうが橋から落とされる上に、下がろうにも猫の歩行速度のほうが圧倒的に上だ

ﾆｬﾌﾞ…?

「待ってし…たぬきはここを通りたいだけし…先に通らせてほしいし…」

ただでさえ野良の世界ではもどきに並ぶ危険生物の猫相手に逃げ場のない場所でかち合えばさすがのたぬきもどうしようもない
せめて話が通じる相手でいてくれ。そんな儚い望みを託しながら迫りくる猫に懇願をする

ﾆｬｲ!!

「へぶっ！ひどい、し…あっ……」

しかし猫の答えは道を塞ぐ邪魔なたぬきに猫パンチであった
幸い爪を込みにした猫パンチではない、本気ではない一撃だったのでモチモチ顔の成体たぬきではダメージにはならない
しかしぎりぎりのバランスで保っていたたぬきにとってそれは足を踏み外されたと同じ意味であり、気づけば猫から見下ろされる立場となっている
我が子を亡くし、ただ橋を渡ろうとしただけのたぬきはこの最後に果たしてどんな顔をしていたのか、一瞬すぎて猫には分からない
子たぬきと違ってポチャンと川に何かを落とした音が響き、それが猫たちは聞いていた
少なくともたぬきの生きた価値はそれだけあったのだろう
しかし猫は欠伸を一つすると、何事も無かったように獣道を使って向こう岸に渡ろうとする日常の風景がそこにあるだけだった
