害獣駆除ファイル3  「家たぬき」

害獣駆除を生業とする男は、愛車である軽トラを走らせて郊外の住宅地へと向かっていた。
今回の依頼主は住宅地に住む初老の夫婦。
一週間ほど前からなにやら天井から足音がするようになり、その正体を突き止めてほしいと男に依頼を出した。

「ここか...」

事前に知らされた住所に建つ一軒家の前に車を停車させた男は、降りていって玄関のインターホンを押した。

「御電話いただいた業者のモトダです。」
「......」

しかし返答はない。男はもう一度インターホンを押して用件を伝える。
 
「御電話いただいた業者のモトダです。どなたかいらっしゃいませんか...？」
「......」

やはり返答はない。呼んだ以上留守にしているという訳でもないだろうと今度は玄関ドアをノックした。
するとようやく反応があり、足音がして依頼者である初老の男性がドアを開けて現れる。

「あぁ、すみませんね。どうも最近インターホンの調子がおかしくって...取り敢えず上がってください。」

家主に招き入れられ、男は一軒家の敷居を跨ぎすぐに問題の音の聞こえるという部屋へと案内された。
リビングルームである。よく片付けられており、調度品も品のよい物で揃えてあり依頼主の趣味の良さを伺わせた。

「この上辺りからですね、毎晩何かの足音がするんですよ...生き物でも住み着いたんじゃないかって家内が心配してましてねぇ」
「分かりました。すぐに見てみましょう。点検口などはありますか？」
「ええ、バスルームに。」

そういう訳で男はバスルームに軽トラに積んできていた脚立を持ち込み、点検口を開けて屋根裏の捜索に入った。
埃っぽい場所での作業を想定して、厚いゴーグルに防塵マスク、ヘッドバンドライトの装備で挑む。
この時点で、男は屋根裏に巣食う獣については脳内のリストからいくつかの名前をピックアップしていた。
まず第一候補はアライグマである。言わずと知れた特定外来生物であり、春と秋に繁殖をする生態をしている関係上この時期は特に依頼件数が多い。
第二候補はハクビシンやイタチなどの四足歩行哺乳類。
いずれにせよ隙間から天井裏に侵入し巣を作る害獣である。
依頼主が言っていた音による被害は勿論、糞尿によって天井が腐り落ちるという特大の被害に発展する可能性もある。

「割りと綺麗だな...」

最初に覗き込んだ感想はそれである。
こうした場合はまず糞尿の激臭が襲ってくるものであるが、埃や木材の匂い以外はとくにおかしな点はない。
梁も齧られた跡すらなく綺麗なものである。
しかし何かがおかしい。男の経験がそう告げている。
ヘッドライトを点灯させ、問題のリビングルームの方向を照らしてその様子を伺い、それを見つけた。

「この足跡は...」

やはり屋根裏には何かがいた。今はいないが家主の聞き付けた足音の主とこの足跡の主は同一であろう。
先に挙げた犯人リストに乗っている動物は肉球と爪で構成された足跡を残す。
しかし、この足跡は随分と奇妙だ。
積もった埃の上にはボールを押し付けたような円形の足跡と、その中心を通るように何か細いものを引きずったような跡が出来ていた。足跡同士の感覚も遠い。
四足歩行動物の足跡の前後の間隔はもっと狭い。これはどちらかというとスケールダウンした人間のような二足歩行の動物によって付けられたものだ。
男はここでピンと来た。
ゆっくりと点検口から階下に降りる。

「どうでしたか？」

家主が心配そうに聞いてくるので、男はマスクを外してわざとらしい大声で答えた。

「えーと、多分、アライグマじゃないですかねぇ。この時期は多いですからねぇ。いや、ハクビシン？もしかしてイタチかもしれませんねぇ」

その適当な物言いに家主は流石に表情を歪めた。

「そんないい加減なことでは...む？」

流石にそれでは困ると言おうとした家主は言葉を詰まらせた。
男が懐から取り出したメモ紙に何かを走り書きして見せてきたのだ。

『ここではダメ   外で話す』

家主は怪訝な顔で男を見るが、当人はそんなことには構わず家主を引っ張って外に連れ出した。
そして停めてある軽トラの近くまでやって来てようやく口を開いた。

「まず結論から言いますと、あの家には家たぬきが住み着いています。」
「家たぬき...！？何ですかそれは？」

家主はまったく知らない単語に驚いたが、男は軽トラのダッシュボードから資料を取り出して丁寧に説明を始めた。

「家たぬきというのはたぬきが家屋侵入に特化した変異をした個体群です。このようにサイズは大きくなっても10㎝ほど。子供にいたっては5㎝もありません。」

資料には駆除され白目を剥いて倒れている家たぬきとその横にサイズ比較のため置かれたタバコの箱が写った写真があった。

「最大の特徴は天井裏ではなく壁の中に棲み家を作り、そこから数を増やし壁の中を掘り進んで増築を繰り返すことです。」

男は資料を捲って次の写真を見せた。
壁板を外し、内部の構造がさらけ出されている。
家たぬきの違法増改築を繰り返された壁内は、断熱材を全て取り払われてスカスカになっていた。通されていた電線は切り取られて漏電している。
該当の家屋は写真以外の壁にも別の家たぬき一家が住み着いており家たぬきの集合住宅といった有り様で、あまりの惨状き復旧困難という事で取り壊しが行われた。家の主はマイホームを失いローンだけ残してアパート暮らしである。

「こ、これは...」
「写真は侵入に気がつかず一年放置されていた壁の様子です。逆に言えば一年あればここまで破壊されます。玄関のインターホンが動かなくなったのも電線を切られたからでしょう。」

男の言葉に家主は絶句した。今、我が家の壁内ではこのような蛮行が進行しているのか！？
到底受け入れられない事実である。早急に排除してもらいたいと男に口早に告げる。

「勿論です。しかし準備は慎重に整えなければなりません。奴らは厄介なことに人語を介する...恐らく、貴方が私に連絡した電話も聞き付けられているでしょう。だから屋根裏も妙に静かだった...今頃壁のなかで息を潜めているに違いありません。一旦家から出てもらったのもそういうことです。」
「な、成る程...」

顔をひきつらせる家主に、男は駆除計画を話して安心させることにした。こうした駆除はまず家主にさまざまな許可を取らなければ立ち行かないのである。

「まず奴等の警戒を解く必要がありす。私が連中に気がつかず仕事を終えて帰ったと認識させます。一度戻りましょう。私が言うことに合わせて大声で言ってください。」
「わ、分かりました。よろしくお願いします...」

こうして男と家主による子供騙しの三文芝居が始まった。

「まぁ、アライグマでしょうなぁ。今は丁度よく狩りにでも出ていって空っぽになってますので、掃除をしてから隙間を塞いでおきます。害獣避けの匂いのする薬剤も撒いておきますので、それで一週間ほど様子を見ましょう。」
「えーえ、よろしくお願いします！どうかアライグマを入れないようにしてください！」

適当に言ってはいるが、実際アライグマがいた場合男はこのように対処するつもりでいた。
特定外来生物であるとはいえ問答無用で殺したり捕らえたりということは出来ない。地域差はあるが自治体に事前の申請が必要であり、その受理には時間がかかるのである。
依頼主としては家から出ていってもらえればそれでよいのであるから、手早く済ませるために追い出しと侵入防止策を実施することは駆除業者界隈の常套手段であった。
しかし、たぬきは違う。動物愛護法の範囲内にも入っていないので即刻排除可能である。放っておいたらそれらの動物の比ではない損害を家屋に与えるという点もある。

「じゃあまずは天井裏を掃除しますね。」
「よろしく！お願いします！」

男は大型掃除機を点検口から突っ込んで埃を吸い込み始めた。
今頃壁の中では大人の家たぬきが大きな音に怯える子たぬきをなだめているのだろう。
糞尿などはなかったため天井裏の掃除はすぐに終わった。
綺麗になったことで視界もよくなり、男は家たぬきが壁から天井裏に侵入するために開けたであろう穴も発見した。

「それじゃあ、隙間を塞いでおきます。」
「分かりました！よろしくお願いします！」

そう言って男が取り出したのはシリコーンガンである。
ドロッとした液状のシリコンで満たされたカートリッジを接続し、引き金を引くとピストンが押されてシリコンが出てくる道具である。
これを穴の入り口に出して封鎖をした。

「薬はあとで撒いておきますので、また一週間したら連絡をください。ダメなようなら追加で作業を行います。」
「ありがとう！ございました！」


そういって男と家主は一緒に外へ出た。

「本当にこれで大丈夫なのでしょうか．．．」
「問題ありません。勝負は奴らが寝静まる夜間になってからです。12時から開始しますので奥様にも説明のほうよろしくお願いします。くれぐれも説明の際は屋外でお願いしますよ。私は駆除の道具を用意するため一度本当に戻ります。」
「ええ、わかりました...」

不安そうな家主に、男は小型の録画装置を取り出して渡した。

「これは？」
「ビデオカメラです。リビングに置いておいてください。もしかしたら連中の住み処を特定できるかもしれません。」
「わ、分かりました...」

それだけ言うと男は家主を残して拠点へと帰っていった。



＊



「...行ったし？」

それから数分後のことである。男の見立て通り壁の中に潜んでいた家たぬきは壁に耳を当てて駆除に雇われた人間が居なくなったことを確認すると安堵のため胸を撫でおろした。
本来の家主が一瞬もどってきたが、またすぐに出ていく音が聞こえていたので今は無人状態である。

「行ったみたいだし...良かったし...これで一安心だし...」
「ちび達を起こしてくるし...皆怖がってたし...あの人間許せんし...」

壁の中には家たぬきが2家族10匹屯している。
一週間ほど前にエアコンのホースから屋内に侵入し何とか壁の中に家を作ることが出来た。
出入口は床近くのコンセントを外してそこを扉のように使っている。あとは住み良い家を作るため上へ上へと掘り進んでいた。
先日ようやく天井裏への穴が貫通し、開けたスペースに感動して全員でうどんのダンスを踊ったものである。
それがいけなかったのか住んでいる人間に別の人間を呼ばれたが、それも上手くやり過ごすことが出来た。
すごく大きなおとがして子たぬきはすっかり震え上がってしまっていたが、今は落ち着いている。
家たぬきの前途は明るい...少なくとも当人達はそう信じている。

「ｷｭｰ?ｷｭｰ!」
「ちび...もう安心するし...怖い人間はどっか行ったし...」

成体の家たぬきは2匹、対するちびたぬきは8匹の大所帯である。
家たぬきはその小さな身体ゆえに死にやすいため、生存のため子供が多くいる。
この家族も家にたどり着くまでに多くの子たぬきと親たぬきを失っている。
あるものは鳥に拐われ、あるものは人間の罠にかかり、またあるものは道路を渡ろうたしたところを車に潰された。
数々の犠牲の上に今自分達は立っている。
その自負がたぬき達を動かす大きなモチベーションになっていた。

「ここに家を作るまで本当に大変だったし...今さら追い出されるつもりなんてないし...！」
「死んだちび達のためにもここで幸せになるし...たぬき達にはその権利があるし...」

家たぬきの主な食料は住み着いた家屋から頂戴する。
住人の外出時などの無人のタイミングを狙って作り置きされていた料理、調味料、お菓子など、バレないように少しずつ取って棲み家に戻る。
慎みの無い家たぬきは袋に入ったお菓子をまるごと持っていこうとして入り口から壁に入れず痕跡を残し、場所を特定されるがこのグループはそうした迂闊さは無かった。

「ししし...バカな人間はたぬき達に気付いてないし...あらいぐま？なんていないし...」
「平和が訪れたお祝いだし...派手に祝うし...うどんのダンスも踊るし...出動するし...！」

２匹の家たぬきはコンセントの蓋を外してリビングルームのフローリングの上に飛び出した。
目指すは部屋の中心に置かれたテーブルである。
テーブルの上はこれまで発見されることや痕跡を残してしまうことを恐れて今まで一度も踏み込んだことの無い未踏の地である。
しかし、落ちてきていたお菓子の欠片や野菜の切り屑を回収して食料にしているたぬき達はそこが手付かずの宝の山であると確信していた。
２匹はテーブルの脚にそのもちもちとした手を押し付けた。
家たぬきの手のひらはもちもちきている上に脂分を含んでおり、ロッククライミングの要領で垂直の壁等も張り付いて登ることが出来るのだ。
同様の機能を備えている最も身近な生物はゴキブリである。

「ふっし！ふっし！ふっし！」
「えんやこらし！どっこいし！」

２匹は掛け声を出しながらするするとテーブルの脚を登りきり、未知の領域へと辿り着いた。
テーブルの上に置いてあるのは空のコップが２つとそして木製の深皿である。
たぬき達の目線は深皿へと釘付けになった。

「くっきーだし！」
「おせんべいもあるし...！」

深皿には家主が男に出すために用意していた茶菓子が入っていたのだ。男はそれには手をつけなかったため、今もその全てがそのまま残されている。
２匹は目をキラキラさせて皿へと飛び付いた。
今まで落ちてきた欠片しか食べることのできなかった甘いお菓子が自分達の目の前にそのまま全部置いてあるのだ。

「すごいし...！宝の山だし...！」
「持って帰るし！ちび達と一緒に食べるし！」

個包装の袋に頬擦りをすると２匹はそれらを担いでテーブルの端まで引きずって行った。
10㎝あるかないかのミニマムボディでは手のひらに乗る大きさのお菓子を運ぶことすら一苦労なのである。
そしてそれらを床へと次々落としていった。

「これで全部だし...引き上げるし...」
「ちび達まってるし！」

深皿をすっかり空っぽにしてしまった２匹はどうやって階下に降りるのであろうか。
登ってきたとき同様に手足を張り付かせるのかと言うと、違う。
なんとテーブルの端まで行くとそのままうつ伏せに突っ伏して全身を脱力させたのだ。
そして、完全にリラックスしきると尻尾の一点のみに力を集中させた。ゆっくりと尻尾が回転を始める。それは段々と加速していき、１０秒もすると残像を残す程の高速回転を始めたのだ。

「風になるし...」
「ぶぅぅぅんし...」

遂に尻尾の生み出す揚力によってその小さな身体がふわりと僅かにだが浮き上がった。
身体の小さな家たぬきだからこそ出来る芸当である。
通常サイズのたぬきでは尻尾の揚力よりも体重の方が勝っているので同じようなことは出来ない。
だらんと垂れ下がった手足で軽くテーブルを蹴れば、その身体は宙へと躍り出て、そのままゆっくりと降下していく。
流石に自由に飛び回ったりすることは出来ないが、前述の壁に張り付く能力も合わさることで非力な家たぬきにとっての大きな強みとなっている。
そのまま２匹は緩やかに着地をすると落としたお菓子な袋を引きずってコンセントのドアとの間を何往復もした。
そして全てを回収し終えると何事もなかったかのように壁の中の家へと消えていったのである。
そして、それらの様子は家主の設置した録画装置に全てバッチリ撮影されていた。

「ちび達、今帰ったし！」
「大漁だし！宴だし！」
「ｷｭｳｰ♪」

一方の家たぬき達は戦利品のお菓子で宴に興じていた。
成体の２匹ひ各々好みのお菓子の袋を開けてかぶりついているし、ちび家たぬき達は８匹全員が甘い匂いの漂うクッキーに張り付いて小さな口に生えたこれまた小さな歯でサクサクと音をたてながらかじりついていた。

「うーん和の味わいだし...」
「甘辛いし...クセになるし...」

成体の家たぬき２匹は餅の味わいが気に入ったようだった。
家に侵入するまでの厳しい外の生活は言うに及ばず、侵入してからも掃除の行き届いたこの家では食べ物が落ちていることなどほとんどなかった。
なんとかお菓子の欠片や野菜の切り屑などを回収してもそれは欠片だけ、辛うじて飢える事はなかったがそれだけだった。
今、この家たぬきの一家はそのたぬ生ではじめて心のそこから満たされる満腹を味わっていたのである。

「これだけの食料があれば家をもっと大きく出来るし...」
「ちびももっと増やすし...ここにたぬきの理想郷を築くんだし...」

心と身体が満たされれば次に首をもたげる欲求は拡大である。
２匹の脳内には既に輝かしい未来の予想図が完成しつつある。
家をもっと大きく拡大する。天井裏だけでなく、近くの壁にも辿り着いてちび達のための部屋を確保するのだ。
そうして自分達だけの王国を築く。この家を拠点としてもっと多くの家へと移り住み、たぬきにとっての理想郷を作るのだ。
そこは何者にも脅かされることなく、たぬきがのびのびと自由に暮らすことの出来るようにする。
そうすればいずれ、家たぬきではまだ誰も成し遂げていない勲章を手に入れることも夢ではない...
そんな分不相応の夢を抱いたのである。

「ｷｭｳｰ♪ｹﾌｯ」
「ちび達、お腹一杯になったし？もう夜も遅いし...今日は皆で玉になって寝るし...」
「ｷｭ!」

満腹になって眠気も出てきたのか、一家は全員で一つのたぬき玉になってぐっすりと眠り安らかな寝息を立て始めた。
家を作ってからはじめての満ち足りた状態での就寝である。
憂いもなく、警戒をする必要もない。幸せな眠りであった。



※



そして夜になった。
男は軽トラに必要と思われる駆除用の装備を積んで再び老夫婦の家へと戻ってきたのである。

「そういう訳で、これから駆除作業を開始します。たぬき達に気がつかれないようにお手数ですがそれまでの間外で待機していただけると助かります。」
「分かりました。家をよろしくお願いします。」

事前に家たぬきの被害に合った家屋の写真を見せていたのが効いたのか、老夫婦は協力的であった。
老後の生活のために手に入れた一軒家が物理的に食い荒らされているというのだから多少の無理も仕方がないのだろう。

「録画データを確認してみますね...」

まず最初に男が始めたのは家たぬきがどこに居を構えているかの確認である。
家主に取り付けてもらった録画装置は取り付け場所が部屋全体を見渡せる位置だったので役目を完璧に果たした。
コンセントの蓋を開けて出てくる２匹の家たぬきの姿と、一連の窃盗の様子が全て録画されていたのである。

「こんな生き物が家のなかに？」
「うえぇ全部持っていってますよあなた...早く駆除して欲しいわ...」

老夫婦は自宅に潜む浅ましい盗賊の姿を初めて目にした。
あまりのことに顔をひきつらせている。

「コンセントの蓋か...」

ともかく位置は特定できたので男は屋内へと踏みいった。
真っ直ぐと足音を出来るだけたてないようにリビングルームへと向かう。
家たぬきは元々身体が小さく死にやすいので一家でまとまって眠る習性がある。一匹でも探知できればそこに他も纏まっていると判断できるのだ。
聴診器を音が頻繁に聞こえていたリビングルームの壁に当て、内部の音に聞き耳を立てる。
ゆっくりと慎重に位置を移動して聴音を続け、コンセントの蓋付近で遂に男の耳が家たぬきの音を捕えた。

「ｽｩ...ｽｩ...ｷｭｰ...ｷｭｰ...」

やや高い寝息が男の耳に響いた。子たぬきの寝息である。
壁を隔てて５cmもない向こう側に子たぬきが寝ている。
親たぬきも子供を守るためにその近くで寝ているのは間違いない。
音で起こしてしまわないようにゆっくりとコンセントの蓋の端に指を引っ掻けて引き出す。
コンセントの蓋は固定などされていないかのようにあっさりと外れた。
内部の電線は完全に取り除かれている。

「ｷｭｰ...ｷｭｰ...」

蓋が開いて外と繋がったことによりたぬき達の寝息が漏れだし始めている。
音からして結構な数がいるので、男の行う駆除作業には一匹も逃さない正確さと素早さが求められた。
複数用意した道具のうちの１つをまずは取り出す。
バルサンである。
言わずと知れた殺虫剤で、煙で殺虫成分を室内に充満させ隠れている害虫もまとめて駆除することのできる強力な薬剤である。
これに含まれるフェノトリンという成分がクセモノで、これは身体が小さなペットなどが過剰に接種すると痙攣を起こし呼吸困難に陥って死亡する程の効力がある。
猫よりも小さな家たぬきならば言うまでもない。
使用することは事前に知らせていたので、リビングの火災警報装置とテレビには既にカバーがしてある。
容器に水を注ぎ、金属缶を入れてコンセントのあった穴に入れて、また蓋を閉めた。
30秒ほどしただろうか。バルサンは燻煙を始めた。壁の内側が瞬く間に煙で満ちる。
聴診器を壁に当てて音を聴きつつ、男は待機する。

「ん〜...なんだし？けむたいし.........！煙だし！火事だし！皆起きるし！火事だし！」
「わっ！？ちびをつれて逃げるし！」

壁内はすぐに蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
煙によって起こされた親たぬき２匹は煙が充満しているのを察知すると直ぐ様ちびたぬきを起こして逃げ出そうとしたのである。

「お菓子は置いていくし...！？」
「運んでる暇はないし！ちび達、ついてくるし！」
「ｷｭｳ〜!?」

自力で素早く歩くことが出来ないちびたぬきは脇に抱え、歩けるちびたぬきは後に続くように指示して２匹は駆け出した。
ようやく手に入れた家もこの先暮らすために必要な食料も迷うことなく切り捨てる。
その素早い判断が外での生活を生き抜いてきたたぬきの群れのリーダー足る素質であった。

「屋根裏まで逃げるし！」
「ちびは尻尾に掴まるし！」

家の中に満ちてきた煙から逃れるために２匹が選んだ逃げ道は屋根裏であった。広い屋根裏ならば煙をやり過ごすことが出来ると考えたのだ。
屋根裏に通じる穴は細いパイプ状になっており手足を突っ張るようにして昇る。
２匹は尻尾に掴まったちびたぬき達の重量と登ってくる煙の恐怖に耐えながら何とか登りきろうとした。
しかしそこで悲劇が発生する。

「な...この白いのなんだし！？」
「どうしたし！？早く上がるし！煙がもうここまできてるし！」

先頭を行った家たぬきの頭は屋根裏には出ずに男が穴を塞ぐために出していたシリコンにぶつかった。
天井裏への道ははじめから封鎖されていたのである。

「ダメだし！通れないし！」
「その白いの何だし！？あっ、ちびダメだし！手を離しちゃ...あぁー！」
「ｷｭｩｧｧｧｧ!?」

進むことも退くことも出来なくなった２匹、そのうちの１匹の尻尾に掴まっていたちびたぬきの手が限界に達した。
３匹程のちびたぬきが悲鳴を上げながらまっ逆さまに上がってきた煙の中に消えていった。

「ちび！ちびー！」
「降りるしかないし！」

手を伸ばして助けようとすることも出来なかった。
壁に突っ張るのを止めてしまえば自分と残りのちびの体重を支えることは出来ないからだ。
屋根裏へのルートを諦めて何とか降りようとするも、既に煙が容赦なく２匹と生き残ったちびたぬきを責め立てる。

「この煙変だし...！」
「ヴッフ！ヴッフ！」

咳き込んだ拍子に先頭のたぬきの手が壁から離れた。
あっと思う間もなくその身体は下にいたたぬきも巻き込んでまっ逆さまに落下を始める。

「タヌー！？」
「ヤバイし！助けてし！」

下のたぬきはなんとか踏ん張ろうとしたが同じくらいの体重のたぬきとちびたぬきの重さを一人で支えられるはずもなかった。
抵抗むなしくそのまま地面に落下したのである。

「ｷﾞｭｩｩｩ!?」
「ｸﾞｼﾞｪｯ!?」
「う...生きてるし？」

先頭にいた家たぬきは無事であった。
皮肉にも先に落ちたちびたぬきの死骸と巻き込んで落ちたもう１匹のもちもちの身体がクッションとして作用したのである。
しかしそれ以外は惨劇と言って良い状態であった。

「ぐ...げ...」

下敷きになったたぬき達は身体が潰れていた。
何か言うことすらできずに血を吐いて死んだのである。
 
「あ...あぁぁぁ！？ごめんし！ごめんしぃぃぃ！？」

詫びようとも失われた命は帰ってこない。
生き残った家たぬきは恐る恐る自分の尻尾に掴まっているはずのちびたぬきを確認した。

「ｷｭｩ...」

掴まっていたのは１匹だけだった。他のちびたぬきは落下の最中に手を離してしまったのか潰れた死骸の山にいたのだ。
10匹いたはずの家たぬき一家はこのわずかな時間の間に２匹だけになってしまった。

「最後のちび...たぬきが絶対に守るし...」

家たぬきは恐ろしくて震えている生き残りのちびたぬきをぎゅっと抱き締めて決意を新たにし、この地獄から抜け出すための一歩を再び踏み出す。
目指すはコンセントのドアだ。例え火の中に突っ込むことになったとしても我が身を捧げてちびたぬきを守る。
一歩一歩踏みしめながら家たぬきは固く誓った。
しかしそれもすぐに奪い去られることになる。

「ｷｭ...？ｷｭﾜｯ!?ｷﾞｭｩｩｩ!ｷﾞｭｩｪｪｪ!」
「ちび！？どうしたし！？ちび！しっかりするし！」

遂にバルサンの効果が出たようで、そのもちもちとした柔らかい肌は皮膚炎を起こして真っ赤なでこぼこだらけになった。
常軌を逸した痛みに子たぬきは本能的に出るじたばたを行いさらに炎症を悪化させるという地獄の苦しみを味わった。
そして、煙もたっぷりと吸い込んだので今度はじたばたすら出来ずに身体が痙攣し、呼吸を奪われ数秒とせずに物言わぬ屍となって転がったのである。

「ちび...！ちびー！」

守ると誓った矢先にその対象は無惨な死体となった。
全てを奪われ、最後に生き残った家たぬきはがくりと膝を地面について項垂れる。

「そんな...ちびが...皆が...嘘だし...こんなの嘘だしぃぃぃぃ！」

絶叫して煙を吸い込むのも構わず家たぬきは駆け出した。
死にたくなかった。何も考えたくなかった。現実と向き合うにはあまりにも過酷だった。
コンセントの蓋に体当たりをして無理やり開けて外に飛び出す。
炎に焼かれようとも構わなかった。
しかし、最初からずっと火事だと思っていたことすら間違いであったとたぬきは思い知ることになる。

「えっ？」

身体がふわりと宙に浮かぶ感覚を覚えて家たぬきは困惑した。
そして立っているはずの地面が妙に柔らかいことにも。
煙が晴れ、視界がクリアになると目の前には男の顔があった。
聴診器で壁内の様子を聞き取っていた男はコンセントにビニール袋を被せて逃げ出してくるのを待っていたのである。

「ひっ！？人間だし！？」

冷たい視線が家たぬきを貫いていた。
恐れをなして逃げ出そうとしてもビニール袋に飛び込んでしまった家たぬきに脱出の手段はない。
そのまま家の外へと運び出されてしまった。

「こいつが家たぬきです。」
「うわっ...おぞましい...」
「やめてし...酷いことしないでし...たぬきにはもうなんにも無いし...」
 
家たぬきの心は完全に折れていた。
生来の意気消沈したしょんぼり顔をさらにしょんぼりさせて脱出の気力すらなくしている。

「嫌だわ...早く駆除してちょうだい。」
「勿論。」

短く答えて男は袋の中の空気を抜き、家たぬきを握りしめる。

「！？やだし！やめてし！死にたくないし...！」

流石に命の危機が迫るとそれを拒否するぐらいの意思は残っていたようであるが、男にはそんなことは関係がない。
じたばたとして抵抗しようとするたぬきの小さな身体を一気に握り潰した。

「やだし！や...ｷﾞｭｸﾞｵｯ!?」

ぶちっと嫌な音がしてビニール袋の中が赤く染まった。
念のため地面に降ろして足でグリグリと踏みにじり完全にトドメを刺す。
 
「こ...これで終わりなのでしょうか？」

目の前の出来事に怯えながら家主は男に訪ねた。
男はそれに頷く。

「ええ...家にいたたぬきはこれで全てのようです。壁の中は相応に荒らされてるみたいので後日工務店に連絡した方がいいですね。」
「わかりました...有難うございます...」
「問題が解決して良かった...私は後始末をして失礼させてもらいす」

男は最後に屋根裏の掃除にも使った大型掃除機をコンセントの穴に突っ込んで壁の奥で放置されていた死骸を吸いとってしまうと挨拶をして老夫婦宅を後にした。


こうしてまた一つの依頼が終わった。
しかし、全国のたぬきによる被害は年々増え続けている。
老夫婦宅は早期発見できて運が良かった事例と言える。
一日でも早くたぬきの被害から人々が解放されるように、男は今日も愛車を走らせ被害者の元へと赴くのだ...