害獣駆除ファイル5  「宿りたぬき」

害獣駆除を生業とする男は、この日愛車の軽トラを走らせ緑深い山道を進んでいた。
今回の依頼主は山間部で蜜柑農園を営んでいる磯沼親子。
早くに母親を亡くし父磯沼春夫と息子磯沼武夫の二人三脚で曾祖父から受け継いだ家業を守り続ける立派な男達だ。
依頼の内容は近辺のたぬきの根絶である。
問題発生までの顛末はこうだ。


＊



その日は11月の中旬頃。
今年最初の収穫を行うため実った蜜柑を切り取り籠へと入れていたまさにその時事件は起こった。

「…ｷｭ……ｷｭｰ…」
「…！」

切り取った蜜柑から聞こえた僅かなか細い鳴き声を聞き付け、春夫は顔をひきつらせて耳を澄ませた。

「ｷｭｰ!ｷｭｰ!」

決して幻聴ではない。
間違いなくたぬきの、それも産まれて間もないちびたぬきの可愛らしい鳴き声である。

「あぁ、そんな！」
「どうした親父？なにかあったか！？」

あまりにも悲痛な叫びをあげたことを心配して声をかけた息子を他所に、春夫は切り取ったばかりの蜜柑の皮を剥いた。

「ｷｭ!ｷｭｰ!」

そこには本来あるはずのたわわに実った蜜柑の身はなく、代わりに蜜柑の鮮やかなオレンジ色の毛に一筋の緑色の毛が混じる変わった髪色のちびたぬきがちょこんと座っていた。
たぬきは鳥のように産まれた直後に見た動く生き物を親と認識する刷り込みを備えている。
蜜柑の皮が剥かれ、今まさに生物として生誕の瞬間を迎えたこの蜜柑たぬきは目の前で呆然として膝立ちになっている春夫を親と認識したのか皮からぽてぽてと這い出し、覚束ない二足歩行ではなく確実に前へ進めるハイハイでよちよちと一生懸命に歩いてその膝にたどり着き、愛おしげに親愛のほっぺたもちもちをするため頬を擦り付けた。

「ｷｭｩ〜♪」

完全に安心しきった甘え声を出してちび蜜柑たぬきは春夫の膝に抱きついてる。
それを見て我に帰った春夫は頬擦りを続けるちび蜜柑たぬきを掴んだ。

「ｷｭ?ｷｭｩ!」

持ち上げられ、遊んでもらっていると思ったのかちび蜜柑たぬきはｷｭｯｷｭｯと楽しげに笑う。
しかし春夫の方は全く楽しくなかった。

「た、たぬき…！」
「こんの…！」

愕然とする武夫とは対照的に、春夫は憤怒の形相でちび蜜柑たぬきを地面に叩き付けた。

「ｷﾞｬｯ!?ｷｭｯ!?」

突然の衝撃を受けて地面を転がったちび蜜柑たぬきはじたばたをしてストレスを受け流そうとした。
たぬきのもちもち肌の持つ優秀な衝撃吸収能力は肉体労働に勤しむ成人男性から全力で投げ飛ばされても大したダメージにはならない程度に収めてしまう。
しかし圧力には無意味だった。

「くたばれっ！」
「ﾀﾞﾇｯ!?ｷﾞｭｰｰｰ!」

追撃とばかりに春夫はじたばたを続けるちび蜜柑たぬきを全力で踏みつけた。
ちび蜜柑たぬきはじたばたとして何とか靴の裏から逃れようとしたが、非力なちびにその体重をはね除ける力などあるはずもなかった。

「ﾀﾞﾇｰｰｰｰｰ!ｷﾞｭｩｩｩｩ!ﾋﾞｬｯ!?」

長い悲鳴が響き、やがてバツッとなにかが破れるような小さな音がして地面に赤い血が流れた。
はあはあと肩で息をする春夫は幽鬼のような足取りで籠に山と積まれた蜜柑に手を付けた。

「武夫…手伝え…他を改める…」
「あ、あぁ…」

親子は二人でせっかく長い時間をかけて育ててきた蜜柑を一つ一つ開けてその中身を改めていった。
もしかしたら被害は開けた一つだけだったかもしれない。
そんな淡い期待は直後に裏切られることになる。

「ｷｭ！」
「ﾀﾇｰｼ!」
「ｵﾚﾝｼ!」

蜜柑の皮を剥けばを次々と可愛らしいちび蜜柑たぬきが蜜柑の身に変わって元気に飛び出し大合唱である。
磯沼親子は完全に据わった目になると一つ開けては切り取るのに使ったハサミの先端で刺し殺し、また一つ開けては刺し殺しを繰り返した。
籠の中の蜜柑を剥き続けた二人は、しかしその全てにちび蜜柑たぬきが入っていたことに絶望する。

「お、親父…！」
「言うなっ！」

武夫が言いかけた言葉を春夫は叫んで封じた。
そうでもしなければ気が狂いそうだったのだ。
無事な蜜柑が実った木があることを祈って二人は予定を変更してそれぞれの木から何個かの蜜柑を切り取り自宅兼作業場へと持ち帰る。しかし結果は悲惨なものだった。

「嘘だ…そんな…」
「畜生！たぬきめぇぇ！」

結論から言うと親子の育てていた蜜柑はほぼ全滅した。
無事だった蜜柑は全体の１割も無い。もしや無事かと思った蜜柑はその身をじっと見るとたぬきの顔が浮かび上がり始めており遠からず蜜柑たぬきへと変異することは明らかだった。
生き残りも売り物になる数ではない。
害獣に指定されているたぬきはどのような種類の変異体であろうとも飼育、販売共に禁止されている。
そもそも蜜柑に成り代わったたぬきが商品になるはずもない。
さらには深刻な糞害をもたらすたぬきもどきを誘い込む要因にもなってしまう。
それらの全てを親子は泣く泣く焼却炉へと放り込んだ。

「ﾀﾞﾇｰｰｰｰｰ!?」
「ｷﾞｭﾜｧｧｧｧ!?」

ぱちぱちと蜜柑の皮やたぬきに含まれる水分が高温で破裂する音にも負けないほどの絶叫が作業場に響いたが、憎い相手の断末魔であっても親子の傷心を慰めることは到底できなかった。

「俺たちの蜜柑が…」
「ちくしょう！返せ！返しやがれぇ！」

沈み行く夕日に向けて親子は慟哭した。
１年近くの時間と手間を掛けて育ててきた蜜柑は、たとえたぬきが惨たらしく殺されたとしても帰ってくることはないのだ。
これから冬も本格化するという時期に収入源の全てを失った親子は最後に一縷の望みを懸けて駆除業者の男に連絡を取ったのである。 


＊  
 

磯沼親子からことの全容を聞いた男は覚悟を決めた。
今回の仕事で自分がしくじればこの親子は路頭に迷う。

「事情は分かりました。必ずたぬきを駆除してこの農園を取り戻します。まずはその蜜柑を見せてもらっても？」
「ああ、見てもらった方が早いと思って何匹か捕まえてある。武夫！」
「直ぐに持ってくるよ親父！」

息子の武夫が作業場へと走り去り、すぐに発泡スチロールの箱を抱えて戻ってきた。

「この中に閉じ込めてあります。」

男は丁寧な手付きで箱を受けとると中にいくつか転がっている蜜柑を手に取った。
本来ならば甘酸っぱくて美味しい身を付けて客に供されるはずだった品物である。

「ふうむ…」

男は蜜柑を360°さまざまな角度から眺めた。
一見するとなんの問題もない普通よりもすこし大振りな蜜柑なだけのように思える。
しかし男の鋭い聴覚は聞こえてくるたぬきの鳴き声を聞き逃しはしなかった。

「…ｷｭ…」

男はそれを聞き付けると蜜柑の皮を手早く剥いた。

「ｷｭ…?ｽｩ…ｽｩ…ﾎﾟｺｰ…ﾎﾟｺｰ…」

中にはやはりちび蜜柑たぬきがいた。
産まれたばかりのちびたぬきはまだおねむだったようである。
皮が剥かれて差し込んだ外の光の眩しさに目を覚ましたが、しょんぼりと垂れた瞼をもちもちの手でくしくしと擦りくぁ…と小さな口を開いて欠伸をすると蜜柑の色を模した髪色と同じ色の体毛で覆われたふかふかの尻尾を抱き締めて安らかな寝息を立て始めた。
男は一連の可愛らしい動作を冷ややかな目で見据えると自分が害されるなどとはこれっぽっちも思っていないちび蜜柑たぬきの側頭部に腰から抜いたナイフを刺し込む。

「…!…!」

脆い頭骨を貫通してナイフはその脳へと到達した。
ちび蜜柑たぬきはじたばたをすることすらなくビクッと痙攣したかと思うとそのまま動かなくなる。

「分かりました。他の蜜柑を見せてもらっても？恐らく蜜柑とたぬきの中間に変異途中のものがあれば…」
「あっ…あれならうちの冷蔵庫に入れてある！」

息子の武夫の言葉によると冷蔵庫に何とか食べられないものかと考えて一つ入れていたらしい。
男は頷くと案内を受けて作業場の奥へと向かった。

「これです。ほとんど蜜柑みたいだけどたぬきの頭だけ出来てて気味が悪いのなんのって…」

男はよく冷えた蜜柑を受け取りまたもやしげしげとそれを眺めた。
武夫の言うとおりそのおぞましさは気の弱いものなら吐いてしまいそうなほどだ。
その柔らかい身をナイフで切り裂き腑分けをする。
流れ出るのは蜜柑の果汁ではなく赤い血だ。
見た目はまだ蜜柑の部分を多く残しているが内部はほとんどたぬきに変異が進んでいる。
小さな臓物を次々と掻き出していった男は、やがてあるものを見つけた。

「む…」

それは半ば溶解した木の実だった。
たぬきの毛色のごとき緑と茶色が半々に混じりあった人指し指に乗る程度の大きさで丸々としている。

「なんだこりゃ？」

蜜柑の専門家である親子は二人揃って首をかしげた。
こんなものは本来蜜柑の内には存在しない。種だとしても明らかにサイズや色が違う。

「…これはたぬ木の木の実。奴らの卵とも言うべきものです。」
「たぬ木？」

男は険しい顔をしながら親子に説明を続けた。

「たぬきはこのようなたぬ木の実から産まれて来ます。中で身体が形成されると内側から木の実を食べて栄養をつけて出てくる…」
「しかしなぜそんなものがうちの蜜柑の中に？」
「奴らの生存戦略の一貫です。」

男は乗ってきた軽トラのダッシュボードに収めてあるたぬきの資料を広げて見せた。
「たぬ木:宿りたぬき」と書かれた上には様々な植物の木の実や作物の断面図が写された写真が貼り付けられている。
そして、そのどれもが今しがた男が腑分けした蜜柑のようにたぬきに変異しかけていたのである。

「うっ…？」

武夫はあまりのことに口許を手で押さえた。
咎めるでもなく男は更に資料をめくって説明を続ける。

「実際のところこの木の実単体での生存率は低い。だから産まれて生き延びたたぬきは自分の次に産まれてくるたぬきのためにこれらを出来るだけ守ろうとします。環境を整えたり、どこかに隠したり…そのうちの一つに宿りたぬきという生態も含まれています。」

男は次のページを見せて宿りたぬきという生態についての説明を始めた。磯沼親子の蜜柑が被害にあったのはこの生態によるものなのだ。

「ある程度成長したたぬきはたぬ木の実を見つけるとそれを守ろうとします。周囲に目ぼしいものが何もなければ自らの手で。しかし先ほどの資料にあったように使えそうな作物などを見つけるとそこに木の実を埋め込むのです。」

資料の中には穴を空けられ、そこから内部にたぬ木の実を押し込まれたスイカの写真もあった。
一週間毎の経過観察が行われており、おおよそ三週間で孵化の時を迎える。

「宿りたぬきはたぬ木の実だけでなく埋め込まれた作物も食べて育つので産まれた時点でも健康体で死ににくい、というわけです。育てられている作物に埋め込んでしまえば人間がそのときまで守ってくれるという打算もあります。」
「そういや…あの時たぬきがいたな…」

春夫は記憶を辿り数週間前のことを思い出していた。
野生動物や泥棒による被害を防ぐために蜜柑農園の周囲は柵で囲んである。
しかし、何処から入ったのか農園内部に侵入していたのを見つけたのだ。
そのときは野良猫でも入り込んだような感覚で柵の外に放り捨てて対処したのだが、もしやその時にたぬ木の実を混入されたのではないだろうか、と。

「間違いなくそれでしょうね。どの辺りで見ましたか？」
「山の森が深い方、南の入り口近くだ。」

男は頷くとたぬき駆除の計画を立てた。
まずは農園に侵入していたというたぬき達の出所を探る。
追跡すればたぬ木まで芋づる式に発見することができるだろう。
既にやられてしまった蜜柑の大多数を救うことはできないが、その下手人とたぬ木を駆除すれば今後の被害を防ぐことはできる。
計画を磯沼親子に説明し、協力を取り付けると男達はその準備のため農園の各所に散らばっていった。



＊



男が作業を終えたのは既に夕日が地平線に沈み始めた頃だった。
春夫がたぬきを目撃したという農園の森側の方角に生えた蜜柑には本来は嵐などに対応するための防風ネットを張ってたぬきが手出し出来ないようにしてある。
そうなるとたぬきはお手上げになって追跡する前に引き上げてしまうので、敢えて持っていかせるためにいくつかのちびたぬき入り蜜柑を自然に落ちたと思わせるために蜜柑の木の下に転がしてあった。
誘い込むため柵も一部解放してもらっている。 

「たぬきもちびたぬきがどのくらいの時間で産まれるか承知しています。ここは敢えて持っていかせ、巣とたぬ木の位置を割り出します。」
「分かりました…よろしくお願いします…」

親子は男を全面的に信頼して全てを任せることにした。
実際のところ自分達ではたぬきをどうこうすることは出来ないのでもう専門家に賭けるしかないという状況であったのだ。
そうこうしている内に周囲はどんどん暗くなっていった。
明かりは作業場に付いている電灯と月明かりのみ。
親子には作業場で待機してもらい、追跡の術を知り尽くした男が単独でたぬきを追う手筈となった。
そのため装備を男は整えている。
灰色がかったツナギにゴーグル型の暗視装置、たぬきを駆除するためのナイフ、動きを封じるためのかんしゃく玉、たぬ木を伐採するためのノコギリ。
そしてたぬきを誘引するための最後の一押しをする。

「ｷｭ…?」

蜜柑たぬきの入った蜜柑の皮を剥いてそれを蜜柑の木の下に投げて転がす。
皮が剥かれたことで意識が覚醒したちび蜜柑たぬきは、しかしいきなりの回転と振動にストレスを受けて産まれてはじめてのじたばたを数分にわたり繰り返した。
やがて疲れ果ててしまうとのそのそと皮から這い出して親として保護してくれる大人のたぬきを探す。
あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろと見回しても夜なこともあいまって動くものは風に揺れる蜜柑の木の葉しか無い。

「ｷｭ…ｷｭ…」

心細げにか細い鳴き声をあげるが、やがてちび蜜柑たぬきの感情はストレスで決壊した。
しょんぼりとした瞳の端に涙を貯めながら大声で泣き始めたのである。

「ｷｭｩｩｩｩｩﾝ!ｷｭｩｩｩｩｩﾝ!」

周囲によく響く高い鳴き声。ちびたぬきが親たぬきを呼ぶために出す鳴き声である。
成体のたぬきはこの声を聞くと本能的に保護欲求が高まり音の出所を探ってちびたぬきを助けようとする。
また、たぬきもどきも好物とする獲物が孤立している証拠であるこの鳴き声に誘引される。
男はこの性質を利用して既に何匹ものたぬきもどきを駆除することに成功していた。

「ｷｭｩｩｩｩｩﾝ!」

ちび蜜柑たぬきの鳴き声が響くなか、男はじっと伏せてたぬきが現れるのを待つ。
最悪親たぬきではなくたぬきもどきがかかる可能性もあるが、そのときは叩き殺して次の蜜柑ちびを用意すればいい。
忌々しいことに数だけは腐るほどいる。

「ｷｭｩ…ｷｭ…」

時計の針が深夜を回る頃、蜜柑ちびは泣きつかれたのか自分が産まれてきた蜜柑の皮まで戻るとそれにくるまってうとうとと船を漕ぎ始めた。
小さな身体に長時間泣き続けるのは辛かったようで、すぐに寝息を立て始める。
そして、ちょうどそのタイミングで風の音と蜜柑ちびの寝息以外の声が微かに聞こえてきたのである。

「……から……ちび……」
「ずいぶん……し…」
「……迎え……し…」

たぬきの声である。
蜜柑ちびの泣き声を聞き付けて回収にやって来たのだろう。
男はまだ立ち上がらず、耳を澄ませて微かな音も聞き漏らさないようにして転がしてある蜜柑を見据える。
そして遂にそれが視界に入ってきた。

「ちび…？ちび…どこだし…？」
「蜜柑がいっぱい落ちてるし…中のちびは大丈夫だし…？」
「この辺りから聞こえてきたし…よく探すし…」

やって来たのは３匹のたぬきだ。月明かりを頼りに慎重な足取りで蜜柑の木の下へと歩み寄っていく。
そして、蜜柑の皮にくるまって寝息を立てる蜜柑ちびを発見した。

「…！ちびいたし！」
「ほんとかし！」
「蜜柑から生まれた蜜柑ちびだし…」

にわかに活気付いた３匹の声を聞き、すぅすぅと眠っていた蜜柑ちびは目を覚ました。
そして一番最初に見た３匹の中の先頭を進んでいたたぬきを親と認識したのか嬉しそうにぽてぽてとした足取りで進んで抱き付いて頬擦りをする。

「ｷｭ…ﾏ…ﾏ…!」
「すごいし！お前もう話せるし！？これは天才だし…！」

多大なストレスに晒されたことで脳の成長が促されたのか、蜜柑ちびは生後僅か数時間で簡単な言語を話せるようになっていた。
将来有望な子供を得て先頭たぬきは大喜びで蜜柑ちびを抱き上げ、たぬき同士の親愛を表すほっぺたもちもちをした。

「ｷｭ！ｷｭ！ｷｭｩ〜♪」
「ちび！これが親愛のもちもちだし！お前も他の妹が出来たらしてやるし！皆仲良しだし！」
「あー！リーダーずるいし！たぬきももちもちするし！」

どうやら先頭のたぬきは集団のリーダー格であったようだ。
やいのやいのと騒ぐ他の２匹を制すると笑いながら言った。

「まあそう焦るなし…まだ蜜柑はいっぱい落ちてるし…この辺りの蜜柑にはみんなたぬ木の実を仕込んだから、好きなの持ってくし…取り放題だし…」
「たぬきも親になるし！子育て勲章貰えるかし…？」
「それはちびを一人立ちさせてからの話だし…気が早いし…まずはちびを見つけるのが先だし…」

そういうと他の２匹も転がしてある蜜柑の元に走り、もちもちした手で落ちていた小さな石を拾い、皮に亀裂をいれるとそこから手を突っ込んで器用に剥き始めた。
手慣れた様子と発言からこのたぬきの一団が磯沼親子の蜜柑を台無しにした下手人であることに間違いはない。
あとはたぬ木まで案内して貰うだけである。

「ｵﾚﾝｼ!」
「ちび産まれたし！生命の神秘だし…」
「ｷｭ！」
「よしよし…たぬきがママだし…すぅ…蜜柑ちびはいい匂いがするし…」
「皆ちびは見つけたし？終わったら引き上げるし…」

各々ちびを確保した一団は、リーダーの号令で集まると来た道を引き返して森へと向かっていった。
ここで男も行動を開始する。
たぬきの一団に気取られぬようゆっくりと膝立ちの姿勢になると音を立てぬように一歩一歩踏みしめるようにしてその後を追った。



＊



元々色々と鈍いたぬきはちびたぬきを抱えた状態で障害物の多い森の中を抜けるのに結構な時間を要した。
その上抱いているちびたぬきがぐずったり何かしらに興味を示してはモゾモゾと動くのでそれをあやすための時間もまた必要だったのだ。
その度に男は追跡を中断して木の影や草むらに身を伏せて見つからぬように努めた。
努力は結ばれ、ようやく男はたぬき達がやって来た住処へとたどり着くことに成功したのである。

「戻ったし！」
「リーダーお帰りし…」
「ちびはいたし…？」

そこは一本のたぬ木を中心として形成されたたぬきの集落ともいえる空間だった。
たぬ木を中心に生えている雑草は踏み固められ広場のようになっており、至るところに草を編んで作られた小さなかまくらのような住居が見える。
そこから何匹かのたぬきが這い出してリーダーたぬきを出迎えていた。

「新しい仲間の蜜柑ちびだし…ちびも皆にご挨拶するし…」
「ｷｭ!」
「蜜柑色のちびだし！可愛いし…いい匂いもするし…」

３匹の蜜柑ちびは集落にすぐに受け入れられたようである。
リーダーたぬき含む３匹にそれぞれ抱えられた蜜柑ちびの元に集まった里のたぬき達は、それぞれ仲間であることを示すために順番に親愛のもちもちをして行った。
終わる頃にはすっかり里のたぬき達はご機嫌になったようである。

「よーし…みんな挨拶は終わったし？だったらお祝いのうどんダンスを皆で踊るし…たぬき達の躍りを母なるたぬ木に捧げるし…」
「踊るし！」
「新しい仲間の宴だし！」

たぬき達は自分達を産み出したたぬ木に対して大なり小なり信仰かそれに近い感情を持っているという。
この里に住まうたぬき達はたぬ木を母として躍りを奉納するという形態を取っているようである。

「ふぉっくす……らくーん……むーん……ふらい……みーと……」

珍妙な呪文に合わせてたぬき達は踊った。
地域によって差はあれどたぬきの躍りの内容は共通している。
本能に刻まれた行動というべきなのかよほどの理由がなければこれは変わることはない。
そしてたぬきの躍りはその小さな身体の持つポテンシャルを全て吐き出す行為だ。
当然に終わったあとはへとへとになる。

「うっ！うっ！」

最後の締めの腰を左右にフリフリとする部分を終え、たぬき達は満足げに息を吐いた。
数分間ぶっ通しで激しい動きを伴う躍りを完遂したのである。
彼女達の身体には心地よい達成感と疲労が満ちていた。

「ふう…最高の躍りだったし…母なるたぬ木もきっと喜んでるはずだし…来年も実をつけてくれるし…」
「見たかしちび…ちび達もいずれこのダンスを覚えるんだし…そしたら皆で仲良く踊れるし…」

一様に肩で息をするたぬき達目掛けて男はかんしゃく玉を投げつけた。

パンパンパン！

激しい閃光と炸裂音が連続し、疲れていたたぬき達は瞬く間にじたばたを強制させられることになった。

「…！？なんだしぃぃぃぃ！？」
「うるさいし！目が見えないし！」
「ｷｭﾜｧｧｧ!?」

パニック状態となったたぬきの里に遂に男は踏み込んだ。
最優先目標は成体のたぬき達、次に回収された３匹の蜜柑ちび。最後に動かないたぬ木である。

「やばいし！人間だし！じたばたしてる場合じゃないし！」
「ちび！ちびはどこだし！？」

流石というべきかリーダーたぬきは他のたぬきに比べてじたばたからの復帰が早かった。
震える手足で立ち上がろうとし、しかし力が入らずがっくりと地面に崩れ落ちる。

「立てないし…」

リーダーたぬきは口惜しげに呟いた。
男がダンスが終わるまで待ったのはこのためである。
ダンスで疲労し、さらにじたばたを強制すれば多くのたぬきは体力の限界を迎え身体が言うことを聞かなくなるのだ。
それでも必死に逃げようと這おうとしたリーダーたぬきの背を踏みつけ、男はナイフをその首筋に射し込んだ。

「ギュピッ！？ゴボボボ…」

声の変わりに血の塊を吐き出してリーダーたぬきは絶命した。
このままちびを無事育て上げれば勲章もあり得た優秀な個体であったが、死んでしまえばなんの意味もない汚い肉の塊である。

「リーダー…！皆逃げるし！」
「でもたぬ木はどうするし！？」

なんとか態勢を立て直せたたぬきが逃げるか立ち向かうか躊躇した隙を突き、男は再びかんしゃく玉を叩き付ける。
今度は学習して耳を塞ぎ目を瞑ったたぬきもいたが、そうした個体は目を瞑っている間に動きが止まるので男が近寄りそのまま刺し殺した。

「やだし…やだし…踊るし…たぬきの躍り見るし！」

もう、立ち向かったり逃げ出したりする気概のある個体は残っていないようだった。
生き残りのたぬきはすっかり怯えて命乞いのために躍りを披露しようとするか震えるのみだ。

「身体が痛いし…ダメだし…踊らないと殺されるし…動くし！ちびのために動いてし！」

披露でガタガタの身体を叱咤してなんとか踊ろうとしていたのは蜜柑ちびを回収した3匹のうちの２匹だった。
リーダーたぬきの無惨な死を目の当たりにして里の仲間達や蜜柑ちびを救えるのは自分達しかいないと決意した２匹は死力を尽くしてややぎくしゃくとした躍りを行う。

「見てし…見てしぃぃぃい！」

しかしその努力が報われることはなかった。
２匹がどれだけ渾身の躍りを披露しても男にとってそれは駆除すべき相手が晒す隙でしかない。
踊っている間にあれよあれよと言うまに里のたぬきは刺し殺されたり切り殺されたりして倒れて行く。
仲の良い友達たぬきが胴体を真二つにされて倒れる様を踊りながら見ていることしかできない。

「どうしてだし…たぬきの躍り…ギュッ！？」
「皆ごめんし…」

男は逃げ出さなかった愚かな２匹にそれぞれ頭を一刺ししてトドメを刺した。
転がった死骸に真っ赤になったナイフの腹を擦り付けて血を落とすと今度は蜜柑ちびを探す。
正直なところ庇護をする親たぬきがいないちびたぬきの生存率は極めて低い。
だがその極めて低い確率を引いて生き残ったとしたら？
人間に強い恨みを持ち、男の駆除のやり方を学んで仲間に広めるだろう。
そうしたリスクを避けるため、男のやり口は徹底している。

「ｷｭｰ!」
「ﾀﾇｰ!」
「ﾎﾟｺｰｼ!」

蜜柑ちびは探すまでもなかった。
かんしゃく玉の炸裂から男が里の大人のたぬきを全滅させるまでの間、ずっとじたばたを続けていたのである。
男がナイフを片手に近づくとようやく危機に気がついたのかオレンジ色の尻尾を逆立て、可愛らしい鳴き声をあげて威嚇をする。
しかし男はそれらを意に介さずまず一匹の頭をナイフで刺す。

「ｷﾞｬﾌﾞｯ!?」

血を吹き出しながら絶命した姉妹を見て、一匹の蜜柑ちびは恐怖のあまり失禁しながらじたばたを行い、もう一匹は大慌てで逃げ出そうとした。
しかしまだ産まれてまもない蜜柑ちびに全力疾走など出来るはずもない。
覚束ない二足歩行を諦めて四足で逃げ出そうとするが、手足を縺れさせその場にころころと転がりこけてしまった。
男はその無防備な背中を思い切り踏みつける。

「ｷﾞｭｩｩｩｩ!」

小さな身体の蜜柑ちびは男の靴の下であっけなく圧死した。
全身から内蔵や血液が飛び出し地面を赤く染める。

「ﾀﾞﾇｰｰｰｰｰ!ﾀﾞﾇﾀﾞﾇﾀﾞﾇﾀﾞﾇｰｰｰｰ!」

最後に残った蜜柑ちびはあまりの惨状に現実を放り出してあらん限りの声で泣き叫び手足が千切れんばかりの力で全力のじたばたを繰り返していた。
しかし5秒もすると力尽きたのか手足の動きは緩慢になり、息は過呼吸にでもなったのか浅く早い。
男は疲れ果てた蜜柑ちびをナイフで手早く仕留めると最後の仕事に取りかかった。
広場の真ん中に立つ一本の木。
一見すると普通の広葉樹に見えるがその正体はたぬ木の実を付ける諸悪の根元である。
即座に伐採するべく男はまずナイフで根本に近い部分に切れ込みを入れるとそれを目印としてノコギリの歯を立てた。
ギコギコと木屑を散らしながらその幹へとギザ刃を進めていく。

「ダメ…だじ……だぬぎをぎっじゃだめだじぃぃ！」

げに恐ろしきはたぬきの無駄な生命力である。
先ほどナイフで胴体を上下に切り離されたはずのたぬきの一匹は血の跡と漏れでた内蔵を引きずりながらたぬ木まで必死に這い寄り木の根本にすがりついて叫んだ。
男は即座にその頭を踏み潰して脳を破壊する。
たぬきを即死させるには重要臓器である脳か心臓を破壊する必要がある。
それ以外の場所にダメージを入れても、遠からず死ぬがそれまでずっと苦しみ続けるのだ。
邪魔を全て排除した男は幹の中ほどまで切り開くと一旦ノコギリを抜き、反対側に同様の亀裂を入れてまたノコ引きを再開した。
横から見るとさの切れ込みはVの字の形をしている。
左右のバランスはかろうじて取られている状態だ。
男はそこに思い切り蹴りを叩き付けた。
メキメキというたぬ木の繊維が軋む音がして、バランスを崩したたぬ木はそのままバッサリと地面に叩き付けられる。
そこまで大きな木ではなかったのが幸いし、斬り倒した木は男一人でも引っ張っていけるほどの重量しかなかった。
打ち倒した敵将の首級を掲げるがごとく、男はたぬ木を引きずり磯沼親子の農園へと帰還する。

「お疲れ様です…もしやそれがたぬ木？」
「ええ。この農園の蜜柑を台無しにした木の実はこの木の周りに住んでいたたぬき達が植え付けていたようです。」
「何てこった！」
「あいつら…駆除は、駆除はこれで完了なのでしょうか？」

不安げに聞く武夫に男は首を振った。
まだたぬきは残っている。

「蜜柑は…全て処分することになるでしょう。」
「……あぁ、分かってるよ。」

春夫としてもこの事実は受け入れがたいものがある。
しかし、たぬきの苗床と化した蜜柑は全て処分してしまわなければ残った蜜柑の木が次なるたぬ木と化す可能性すらある。
親子は嗚咽を漏らしながら、男は暗い顔で本来は収穫して出荷するはずだった農園の蜜柑を摘み取っていった。

「すまねぇ…」

親子は無駄になってしまった蜜柑に詫びながら雑草や切り落とした枝などを処分するための焼却炉に次々と蜜柑を投じて行った。
蜜柑の中には、内部の身を食いつくして栄養を付けたぬきとしての身体が完成した蜜柑ちびが誕生の時を待って眠っている。
たぬきの本来の想定ならば実が落ちるか大人のたぬきが回収に来たときに皮が破れて誕生し、スムーズに親子関係を作ることが出来る合理的なシステムとなっているが、今後蜜柑ちびを出迎えるのは優しい親たぬきではなく身を焦がす炎である。

「ｱﾂﾞｲｼﾞｨｨｨ!?」
「ｷﾞｭｪｪｪ!?」
「ﾀﾞﾇｯ!?ﾀﾞﾇｰｰｰｰｰ!」

蜜柑をひとつ炎に投げ込む毎に産まれることなく燃え尽きるたぬきの絶叫が響いた。
熱さによって意識が覚醒したとしても産まれる前の蜜柑ちびの周りは皮で包まれており脱出など不可能だ。
例え皮が破れて逃げ出せたとしても外は灼熱の炎である。
何個投げ出してもたぬきの悲鳴が聞こえるということは、つまり蜜柑には余さずびっしりとたぬきが詰まっていることを意味している。
磯沼親子の怒りは遂に頂点に達した。

「ふざけるなぁぁ！」
「燃えろ！燃えてしまえ！たぬきどもめ！」

真横で燃える怒りの炎を見ながら男もザルに山と積まれた蜜柑を炎の中へと放り込む。
親子の怒号と蜜柑ちびの絶叫は夜を徹して山の中に響き渡った。



＊



そして夜が明けた。
焼却炉の炎は燃え尽き、今は細く白い煙が空へと上っており火元には大量の灰と焼けたたぬきの骨が散乱していた。
炎と同時に磯沼親子の怒りも燃え尽きたように思える。
狂ったような復讐の狂熱が過ぎ去れば、後に残るのはこれからの収入や農園の建て直しといった現実的な問題だけだった。

「親父…これからどうするよ…」
「草をむしって水をやって…何時もみたいに繰り返すだけさ。俺の親父の代に大風で蜜柑が全滅したときも、俺はお前と同じ事を聞いたっけ…」

春夫はかつての自分を息子と重ねていた。
数十年前も嵐により蜜柑が全滅したことがあった。
途方に暮れる当時の春夫の肩を彼の父親はがっしりとした腕で抱いて、決して諦めなかったことを覚えている。
かつては父親にしてもらったことを今は息子にするべきだと春夫は思った。

「親父？」
「諦めねぇさ…お前のじいちゃんから受け継いだ農園だ。たぬきなんかに負けてたまるか！」
「…！ああ！」

こうして親子は精神的な再建を果たし、蜜柑農園の復活へと歩みだした。
一方の男はというとスコップと除草剤のタンクを片手にたぬきの里へと舞い戻り、切り株を根ごと掘り出すと周囲に除草剤を散布してたぬ木の完全な根絶を行っていた。
斬り倒されるまでのダメージを受けたたぬ木が復活する可能性は低いが、知識のあるものが接ぎ木をして倒れたたぬ木を復活させたという報告も聞いたことがある。
男は親子に再びたぬ害が及ばぬよう万全の体制で臨んでいたのだ。
焼却炉まで戻ると男は気を取り直した親子の姿を見て胸を撫で下ろした。
全国で農産業に対する宿りたぬきによるたぬ害の被害総額は拡大の一途をたどっている。
その中には生活基盤を完全に破壊され、世を儚んで自死を遂げた者も少なくはない。
男は親子がお互いを支え合ってこれからも蜜柑農園を守り続けていくと確信が持てた。
人間はたぬきなどには決して負けない。
その強い意志がなによりも重要なのだ。


＊


「本当にお世話になりました…」
「これが仕事ですから…では。」

昼頃に全ての後始末を終えた男は惜しまれながら磯沼農園を後にした。
山道を降りて町へと向かいながら、男は磯沼親子の強い心を思い出す。
これから農園が昔の姿を取り戻せるかどうかは、彼らの頑張り次第である。
しかし、男は不思議と心配はしていなかった。
短い間の付き合いだったが挫けるような人柄ではないことは分かる。
来年になったら蜜柑を食べようかな…
男はそう思いながら街道の車列へと消えていった…