害獣駆除ファイル10   「土竜たぬき」



害獣駆除を生業とする男はこの日、郊外の広い敷地に作られたこぢんまりとした菜園へとやってきていた。
この菜園は個人によって回されているささやかなもので、何かしらの作物を計画的に大量に育てたり出荷したりといった経済活動とは無縁の、若い頃からの趣味だった野菜の栽培が高じただけのあくまでも趣味のための土地である。
男がやってきたのはこの菜園の主である初老の男性によって出された依頼を受諾したからであった。

「ここ最近、うちの畑の周りに土竜が住み着いたようでね…地面がボコボコにされてて困っている。」
「なるほど、派手に掘られましたな。」

忌々しげに顔を歪める男性の視線の先には掘り返された土によって作られた所謂「土竜塚」がいくつもあった。
土竜が地面の下にトンネルを掘ったときに出た土を地上に排出するとこのようになるのだ。

「私も手を尽くしたがどうにも追い払えない。それに仕事もあって四六時中張り付いているわけにもいかない…そこで貴方に頼みたい。」
「分かりました。土竜を駆除しましょう。」

男の返答に男性は頷くと懐から一本の鍵を取り出して彼に渡した。木製のキーホルダーには「柵」とだけマジックペンで書き込まれている。

「ここの菜園の柵の合鍵です。渡しておくので好きに使ってください。」
「お預かりさせていただきます。」

受け取った鍵を男がポケットに仕舞うのを見届けた男性は帰宅していった。
菜園の世話もあくまで趣味の範疇、餅は餅屋に任せてくれるのが男にとっても都合がよい。
去っていった男性を見送った男は土竜駆除のための準備を始めた。
相手は地下にいるため通常の駆除業務とは大分趣が異なってくる。
専用の道具、専門のノウハウ、その他色々な要素が必要なのだ。
だがまずは好き勝手に掘られたトンネルを潰すことから始めなければならない。

「アレもコレもダメだったか。ずいぶんと警戒心が強いな。」

菜園の端には男性がホームセンターで購入して設置し、しかし成果をあげられなかった土竜用の罠がいくつも置かれていた。
金属製の大型洗濯ハサミのような罠、金属製のアームの間を土竜が通るとピンが跳ねて勢いよく挟み込み対象を捕殺する。
捕獲のための籠罠、基本構造は一般的な籠罠と変わらないが土竜をとらえるため地面に埋め込む仕組みになっている。
振動で追い払うためのソーラーパネル付き杭。微細な振動を刺した地面を中心に伝播させ土竜に不快感を与え撃退するための道具だが今は沈黙している。
その他にも忌避剤のスプレー缶や風車など土竜退治の道具として一定の成果を上げている評判のよいものばかりだ。
そのどれもが失敗したとなるとこの菜園の地下に潜む土竜は非常に賢く警戒心も高い個体ということになる。

「これはまた厄介なのに目を付けられたものだ。」

特異体というものがある。
通常の個体とは明らかに異なる力量や知能を持ち合わせた存在が自然界には時として現れるのだ。
件の土竜はそれに当たるのだろう。
かつて、未だ都市開発が進まず山間部が動物達のものだった頃、こうした優れた個体は時として人々を脅かした。
人間よりも優れた身体能力を持つ獣達相手に、猟師は知恵を絞り策を巡らせ鍛えた腕前で挑み時に撃ち破り時に敗れてきた。
時代が変わり土地の支配者が人間になったとしてもその基礎は変わらない。
習性を理解しその動きを読むのだ。

「よし…これで行こう。」

掘り返された地面を調べていた男は脳内に駆除に至るまでの道筋を構築すると、それを現実のものにするため準備を始めたのだった。




＊




それは男が菜園へと呼び寄せられる数日前のこと。
日もすっかり落ちた午後二十時頃、外界と菜園を隔てるための柵の外側にごそごそと蠢く三つの影があった。

「ちび達…準備はいいかし…？」
「大丈夫だし…」
「おまかせだし…」

月明かりに照らされるそれはたぬき達。
親たぬき、長女たぬき、次女たぬきの三匹によって構成された親子の群れであった。
彼女らの容姿は他のたぬきと比べ幾分か特徴的だ。
ふさふさの髪の毛と尻尾にもちもちの手足、マシュマロのようにふわふわの頬は栄養を十分に摂取出来ているたぬきの普遍的な特徴である。
彼女らの外観で最も目を引くのはその毛皮服の色である。
通常の個体が緑色であるのに対してこの親子の毛皮服は灰色がかった茶色、所謂モグラ色と呼ばれる地味目な色である。

「それじゃあ掘るし…ママにはぐれないようにしっかり着いてくるし…」
「分かったし…妹…お姉ちゃんの尻尾に掴まるし…離しちゃダメだし…」
「し！」

親たぬきと長女たぬきは柵の前で屈み込むとそのもちもちの両手を前に突き出して思い切り力を込める。

「しぃぃぃぃ…！」
「ふんぬっ…しぃぃぃぃ…！」

掛け声と共に力むと二匹のもちもちの両手は俄に沸き立った。
皮膚の下で何かが蠢いているかのような脈動を経てその丸い形状は徐々に変容していった。
柔らかな球形から正反対に硬く窪んでいく。
それはさながらシャベルのようであった。

「変身完了だし…さぁガンガン掘るし…」
「やるし！」

この親子は通常のたぬきではなかった。
危険な陸上での生活とエサの確保を放棄し、比較的安全な地下に活路を見いだしそのために変異した土竜たぬきなのだ。
その掘削能力は成体の土竜に匹敵する。
瞬く間に地面を掘り進め、地面にはたぬきが横に二匹並んで通れるくらいの穴が開き始めた。
掘り進む親たぬきと長女たぬきの後ろで控えている次女たぬきにはまた別の仕事がある。
掘り起こされて出てきた土を穴の入り口から外へ排出するのだ。

「ふんし！ふんし！ふんし！」
「どんどん掘るし！」
「ほるしー！」

二匹の掘削能力はすさまじく、瞬く間に柵の下を潜って菜園内部へと通じる穴を開通させてしまった。
地上へと通じる出口の穴を開けた二匹は満足げに額の汗を拭う。

「ふぃ～…また立派なトンネルが出来たし…」
「良い出来映えだし…惚れ惚れするし…」
「りっぱだし！」

穴から頭だけ出した親子は暫しの間互いの頬を変形を解いた手でもちもちし合うと獲物へと視線を向けた。

「見るし…あそこには美味しそうな大根さんがいっぱい生えてるし…」
「ゴクリし…」
「ｷｭｩｩ…しろくておいしそうだし…」

三匹は菜園で栽培されている大根に前々から目を付けていた。
彼女らは既に数回この菜園に侵入して人参やジャガイモなどの根菜類を地下トンネルからちょろまかすことを続けていたのだ。
特に芋類は地上からはどうなっているか把握出来ないので一つの株に実ったものを全滅させたりしない限りは怪しまれることはない。
リスク無く安全に栄養満点の野菜を得ることの出来るこうした菜園は彼女達にとってビュッフェスタイルの食堂と言っても過言ではない。

「目指すは大根さんの方角だし…ママに着いてくるし！ご馳走はもう目の前だし…！」
「やるし！」
「だいこんたべるし…！」

再びトンネルを掘り始めようとした親たぬきは、しかしある程度進むとそこでピタリと手を止めた。

「どうしたし？」
「少し待つし…くんくんし…くんくんし…鉄の匂いがするし…」

土竜たぬきに変異した親たぬきは嗅覚もまた優れたものとなっている。
その敏感な鼻が地中には無い匂いを嗅ぎ付けたのだ。
掘り進む手を慎重に切り替えた親たぬきはやがてそれを掘り当てた。

「これは…人間の罠だし！」
「ひっ！？怖いし…！」
「やだし…」

それはクリップ型の罠だった。
数度に渡る土竜たぬき親子の襲来を受けた菜園の主は土竜対策のためにこのような器具を設置していたのだ。
なにも知らずに掘り進んでいたらクリップに挟まれて身動きがとれなくなり死んでしまったことは火を見るよりも明らかであった。
自分達に向けられた人間の悪意に怯んだ子供達を、しかし親たぬきは宥める。

「安心するし…たぬき達はうどんの神様の加護を受けてもぐらになったし…だからこんな罠なんかに負けないし…ちび！木の枝を持ってくるし！」
「分かったし！」
「し！」

トンネルの出口にから落ちていた木の枝を拾ってこさせた親たぬきはクリップ罠の作動部をつついた。
ばちん！と激しい音がしてクリップが挟み込まれるが彼女達へのダメージはまったくない。

「ふふ…人間の考えなんてこんなもんだし…トンネルも掘れないやつらがたぬき達を捕まえようなんて百年早いし…」
「ママ格好いいし…」
「すてきだし…」

キラキラした尊敬の眼差しを向けられる親たぬきは自然と得意気な顔になったがすぐに本来の目的を思い出した。

「さ、邪魔が入ったけど今度こそご飯に向けて進むし…」

こうしてトンネルは大根を植えている畑の畝の直下へ開通してしまった。
今、親子の目の前には地中に埋まった太くて美味しそうな大根がその姿を晒している。

「いただきますし…」
「ますし…」
「し…」

三匹は変形を解いた両手をもちりと合わせると大根にかぶりついた。
しゃくしゃくと歯応えのよい咀嚼音が狭いトンネルに響き、暫くした後には先端部分を綺麗に食い尽くされた大根だけが残ったのである。

「ふぅ…お腹いっぱいだし…」
「美味しかったし…」
「またくるし…」

膨れたお腹をポンポン叩いたり撫で擦ったりしながら親子は帰路についた。
来た道を戻るだけという訳でもない。
道中は掘る必要がないので三匹はその発達した嗅覚をフルに活用してあるものを探していた。

「くんくんし…」
「すんすんし…」
「くんし…あっ…まま！おねえちゃん！みみずいたし！」
「でかしたしチビ！」

彼女らが探しているのはミミズだ。
よく耕された畑の地面の下には大抵豊富な栄養を作るミミズが生息している。
もちろん土竜たぬき達はこれも食料とする。
それもその場で食べるためのものではなく、万が一食糧難に陥った際に手をつけるための保存食として見ているのだ。
親たぬきは掘ってきたトンネルから逸れて新しく穴を掘り、出てきたのたうつミミズを捕まえるとその端を長女たぬきに持たせ、自分も逆側の端を持って思い切り引っ張った。

「伸ばすし…ミミズを伸ばして逃げられなくするし…」
「伸ばすしー！」

びよんと伸ばされたミミズは身体を動かすための節を破壊され肉の詰まった長い袋のようになってしまう。
獲物を捕らえて大満足の三匹は今度こそ帰路に付いたのであった

「ただいまだし…」
「帰ってきたし…」
「ただいましー！」

親子の住処は菜園を遠くから一望することの出来る小高い丘の上に作られている。
通常のたぬきが築くような段ボールやごみ、あるいは雑草で編んだような簡素なものではなく地中に掘られた穴という本格的なものだ。
それも一本の木の根の下に食い込むように作ってありこれが雨への備えともなっていた。
重なった木の根が屋根の役割を果たすのである。
また出入り口の穴は上向きには作らず小高い丘であることを利用して下向きに開けられ普段は土の塊で封鎖していた。
雨風の侵入を防ぐと同時に他の獣、たぬきもどき等の襲撃にも対応できる合理的な造りである。
地中は保温効果も高いため冬場であっても安心して暮らすことの出来るたぬきの構える自然の住居としてはおおよそ最高のものであった。
明かりは当然ないが発達した嗅覚を持つ彼女達にはむしろ不要である。
帰って来た彼女達はまず戦利品であるミミズを木の根に紐を掛けるようにぶら下げた。
こうしておくことで水分が抜けて乾燥し長持ちするようになる。
巣の中にはこのように乾燥させ保存食となったミミズが何匹も保管されている。

「まま…おなかいっぱでねむいし…」
「たぬきもねむいし…」
「それじゃあ今日はもう寝るし？」

くぁ…と大きな欠伸をした長女たぬきと次女たぬきはしょんぼりした目をくしくしと擦って頷くとそのまま横たわり互いの尻尾を抱き合うたぬき玉を作って安らかな寝息を立て始めた。
それを慈愛のこもった眼差しで眺め、親たぬきもまたその横で眠りについたのであった。



＊



土竜塚を埋め直し、直下にトンネルが掘られたことを示す地面の盛り上りを踏みつけて平らに均す。
男が土竜退治に当たって最初に始めたのはトンネルの位置の確認であった。
土竜はトンネルを掘る生き物であるが、だからといってその全てを余さず活用しているというわけでもない。
それぞれのトンネルにはエサ取り、水飲み、エサの保管、侵入者から隠れるための小道といった明確な役割が備わっておりそうした役割を持つトンネルとそれらを繋ぐ通り道であるトンネルは本道と呼ばれ太く硬く作ってある。
一方でエサ取りトンネルから派生した見つけたミミズを捕まえるために掘ったトンネルは支道と呼ばその時限りで二度と使われないことも多い。
男が探しているのは本道である。
支道はいくら潰したところで土竜にとって痛くも痒くもない。
だが本道を潰されると生活に支障が出るため再び掘り直すことになる。
均して潰したはずの地面が再び盛り上がるのだ。
それで本道と支道を判別するのである。
つまり初日は盛り上がった地面を均す以外に出来ることはない。
均した箇所を示す目印にするために地面に小枝を刺し、その日は作業を終了したのであった。




＊




男がトンネルを埋める作業を行った九時間後、暗くなった菜園にまたもや土竜たぬきの親子がやってきた。
三匹の頭のなかは美味しい野菜のことでいっぱいである。

「今日はお芋を食べるし…」
「お芋は甘くて美味しいし…」
「おいしいし…ぷぅがいっぱいでるし…」

数ある野菜のなかでも芋は、とりわけ甘いサツマイモは彼女達にとって一番のご馳走である。
その上地中に数多く実るので一つ二つまるごと持ち出しても育てている人間は全く気付くことがない。
人間がサツマイモを育てていることは彼女達にとって周知の事実であった。
今日この日まで手を出さなかったのは一度根本まで掘り進んでまだまだ未成熟な大きさであったことを確認したためである。

「あの日から結構経ったし…お芋さんも今ごろはちびくらいの大きさになってるし…」
「楽しみだし…今日は持って帰っても良いんだし？」
「勿論だし…でも全部はダメだし…人間にも残しておいてあげないと可哀想だし…」
「まま…おいもいっぱいたべたいし…」

欲を見せる次女たぬきを見た親たぬきはまだ小さなその身体を抱き上げると諭す口調でしっかりと言い聞かせる。

「ちび…お前の言うことはよくわかるし…ママも出来ることならずっとずっとお腹いっぱいだいたいし…でもそれはダメなんだし…他の生き物のことも考えないで食べたいだけ食べるのはもどきとなにも変わらないし…分けあう心がもどきとたぬきを分けるんだし…」
「し…」

きょとんとした顔をする次女たぬきを下ろしてその頬をもちもちすると親たぬきは長女たぬきと穴を掘り始めた。
いつかきっと分かってくれると信じて。
しばらく掘り進んで畑の畝にたどり着く少し手前の所までやってきた親子は疑問を抱く。

「…し？穴が崩れちゃってるし…」
「ホントだし…結構硬く作ったはずだし…」

土竜たぬきである彼女らも土竜の習性に習いよく使う通り道はしっかりとした作りにする。
それこそなにも知らない人間が上を通っても崩れたりはしない程度にはがっしりと作り込むのだ。
だが男がトンネル潰しをしっかり行ったため畝へと続くトンネルは崩落していた。
最初から掘り直さなければならない。

「仕方ないし…また掘るし…」
「大丈夫だし…お芋が待っているなら頑張るし！」
「おいもし！」

三匹の心は一つ。
心を蕩けさせるほどの甘さを持つサツマイモへと一直線である。
崩落した穴を掘り返して短時間で再びトンネルを掘り直すことに成功したのだ。

「やったし…見るし…お芋がこんなにいっぱいあるし…」
「美味しそうだし…」
「おまちかねだし…」

三匹はにっこりとしょんぼり口をV字型にしてほくそ笑むと各々持てるサイズのサツマイモを根っこを千切って持ち帰っていった。
それが破滅への入り口であるとこの時親子の誰も想像すらしていなかったのだ。

「これだけ食べ物があれば冬も絶対に越えられるし…」
「冬って寒いんだし…？」
「ちびが生まれたのは春先だから知らないのも無理はないし…でも冬を無礼たら死ぬし…ママの仲間も友達もみんな冷たくなって動かなくなったし…」

親たぬきが子供達を率いてこのように食料集めに奔走しているのも、全ては厳しい冬を越えるためである。
かつて町中のスラムに属していた親たぬきは、しかしスラムのリーダーたぬきの無知ゆえに冬越えの為の備えを怠り餓死と凍死の二択を迫られたのだ。
追い詰められ、必要に迫られた親たぬきは人間の営む畑に侵入し、そして掘られていた穴に落ちた。
暗闇の中と飢えいう極度のストレス環境がその変異を促し、土竜たぬきへと覚醒したのである。

「でもこのお家はあったかいし…」
「ぽかぽかし…」
「それはそうだし…寒くなってきたらお外には出られなくなるし…だからそれまでの間に長い間食べていけるだけの食べ物が必要だったんだし…だも大丈夫、お前達のお陰で食べ物はかなり手に入ったし…明日、また行くし…それが終わったら暖かくなるまではお家でじっとしているし…」

親たぬきは肌で感じる外気の温度からそろそろ日中、夜間問わずたぬきが外で活動するための限界が近いことを悟っていた。
これ以上寒くなれば自分は兎も角まだ身体が出来上がっていないちびたぬきの段階にある次女たぬきは耐えることが出来ない。
そう判断したからこそ、早い段階から貯蔵食料を用意していたのである。
今でも食料は余裕があるが万が一の事態に備えなるべく多い方が良い。
そう考えて明日を最後の収穫にしようと親たぬきは考えていた。

「ｷｭﾌﾟ…ﾎﾟｺ…ｼ…」
「よしよし…お前達はママが絶対に守って見せるし…」

すやすやたぬたぬとたぬき玉になって安らかな寝息を立てる長女たぬきと次女たぬきの頭を撫でながら、親たぬきはそのしょんぼりと垂れた目蓋の奥の瞳に決意の炎を宿らせていた。
食べ物と暖かい寝床ともちもちさえあれば、たぬきでも冬を越えることが出来る。
その事実は去年の彼女自身が証明している。
越冬経験たぬきの実力は伊達ではないことを親たぬきはその行動で示そうとしていた。




＊




次の日の朝、再び菜園を訪れた男は平らに均した地面が再び盛り上がり、土竜塚が出来ているのを見てその存在を確信した。

「成る程、ここか。」

菜園の柵と畝を繋ぐように盛り上がった地面の跡が一直線に延びている。
該当する土竜はやはりこの近辺を住処としているようであった。
本道もこの一直線上になった地点の真下であると思われる。
だとすれば対処法は一つ。
匂いや振動による撃退が不可能な土竜には最早駆除以外の方法をとることは出来ない。
捕らえて殺す必要がある。
幸い土竜の間には縄張り意識というものが存在し、一つの狭い土地に二匹三匹と多くの土竜が群れることはない。
これは常にエサを食べ続けなければごく短時間で餓死してしまう土竜の燃費の悪い食生活にも関連しており、狭い範囲で食料を奪い合えば互いに餓死すると分かっているのである。

「これの出番だな。」

男が取り出したのは細工が施された一本の竹筒だった。
これは男が自作した土竜退治用の罠であり、特に警戒心の強い個体を相手に使用すると決めている。
その構造は至って単純である。
節を境目として両端を輪切りにして穴を開け、同じく節から削り出した丸形の内開きの蓋をつけるというものだ。
理屈としては単純な捕獲用の籠罠とまったく同一であるが、この罠の肝は構造ではなく匂いである。
地中での生活に特化して視力と引き換えに嗅覚と聴覚が飛躍的に向上している土竜の特に警戒心の強い個体は市販の土竜罠に良く使われる鉄やプラスチックの匂いを感じとると警戒して近づかず罠に掛からないことが多い。
この竹筒罠は自然物であるためその心配がないのだ。
自作のため金銭的にも優しい。

「頼むぞ…」

男はこの自作の罠を幾つか用意して土竜の掘った本道の真上を掘り返して埋めた。
この埋め込む作業にも一工夫を加えることが土竜を欺き罠へと誘い込むために必要なのだ。
掘り返した土を竹筒の周囲に擦り付けて泥まみれにし、内部には誘い込むためにミミズを数匹入れておく。
これをやるだけで捕獲率は格段に上がる。
数本の竹筒罠を地面が盛り上がっていた直線上に埋め込んで設置し、男は再び結果を待つために引き上げていった。
土竜との対決は基本的に頭を働かせ相手が罠に掛かるまでじっと待つことにある。
男はセオリー通りに行動していた。




＊



夜の帳が降り、周囲の気温が一気に下がり視界も頼れるものは月明かりのみ。
そんな冬の訪れを感じさせる菜園に、またもや土竜たぬきの親子は姿を表していた。

「ｷｭｳ…ママ…さむいし…」
「ちび…ママがもちもちしてあげるし…」
「大丈夫かし…？」

親たぬきの見立ては当たっていた。
ここ最近の気温の低さに次女たぬきは時折身震いをしていたが、それでも弱音を吐いたりはしなかった。
それがここに来て自発的に寒いと口にしたのだ。
今夜以降気温はどんどん下がっていく。
今日がその限界であると親たぬきは判断した。
これが終われば家に籠って春が訪れるのを待つことになる。

「あったかいし…」
「ママ…今日は土を出すのはたぬきがやるし…」
「やってくれるかし？分かったし…お姉ちゃんは妹思いの良いたぬきだし…」
「えへへ…し…」

土を掻き出すために穴から一度外へと出る仕事はこれまでずっと変異が未熟なちびたぬきである次女たぬきの役割だった。
まだまだ変異が不十分な彼女は手を変形させることが出来ず毛皮服がもぐら色になるだけに留まっていたのだ。
だが冬を越える頃には彼女も土竜たぬきへと覚醒している。
その時のために穴掘りの予行演習をさせて感覚を掴ませるのも悪くはない。
親たぬきは健気にも仕事の代行を申し出てきた長女たぬきの頬をもちもちしながらそう考えていた。
普段ならばそれはまったく正しい思考であった。
だが、人間が丁度罠を仕掛けていたこの日においてそれは誤った判断となってしまったのである。

「ママの掘る姿を良く見ておくし…」
「わかったし…べんきょうするし…」

親たぬきは先頭に立って地面を掘り始める。
連日掘り返して固めたはずのトンネルは今日も崩落していた。
だが掘り返すことを続ければ土も自然と手付かずの状態に比べて柔らかくなる。
ちびたぬきの次女でも簡単に掘り返すことができ、まずはお手本を見せてから実際にやらせて成功体験を与えることで自信をつけさせて変異を促していやろうという算段だった。

「ふんっ…し…」

掛け声と共に親たぬきのもちもちの手はシャベル状に変形する。
そうして容易く土を掻き分けていった。

「ママ…相変わらず早いし…」

長女たぬきはその手並みを眺めて遥か遠い母の背中にいつか追い付くことを心に決め、妹の代わりに黙々と土を運び出していく。

「ふぅ…こんなもんだし…さ、ちびもやってみるし…」
「わかったし…がんばるし…！」

決心を固めた次女たぬきは掘削途中の土の前に堂々と立つ。

「お手々をもちもちからかちかちにするし…大丈夫、ちびならやれるし…なんたってママの自慢の娘だし…」
「やるし…ふんっ…し…！」

たぬき特有のもちもちとした両手が、この時俄に波打つようになった。
皮膚下では急速な変異が行われその硬度を飛躍的に高める。
次の瞬間には次女たぬきの手は親たぬき同様のシャベル変形を完了させていた。

「やったし…！まま！たぬきやったし…！」
「よくやったしちび…！ママは感激だし…！」

順調に成長する娘の勇姿に親たぬきはそのしょんぼり目の端にホロリと涙を流した。
だが次女たぬきはまだ土竜たぬきの入り口に立ったにすぎない。
これから母親の姿から穴掘りの技能を身に付けねばならない。

「からだがうずうずするし…たぬきのおててがあなをほりたくなってるし…！」
「いいし…ちび…好きなようにやってみるし…！」
「やるしぃぃ！」

変異が進んだことによって新たに芽生えた本能が次女たぬきの肉体を突き動かす。
両手をじたばたと時のような激しさで動かし柔らかくなった土を削り、掻き出していく。

「すごいし…！たぬきあなほってるし…！」
「うう…感動だし…」

思うままに外付け本能を発揮して掘り進む次女たぬきを親たぬきは後ろから追っていた。
だから本来は警戒してしかるべき前方の様子を確認できていなかったのである。
前を進むのはあらゆる意味でまだまだ未熟な次女たぬき。
親たぬきは本来ならばその軽率さを嗜めるはずであるが、最初の穴掘りくらいは思いどおりにさせてやろうという親心がそれをさせなかったのである。

「たのしいし…あなほりたのしいし…！」

無我夢中で掘り進む次女たぬきの鼻は、そこで嗅ぎ慣れた美味しいミミズの匂いを探知した。

「まま！みみずがいるし…！」
「本当かし！？よーし、行くしちび！初めての穴掘りに初めての狩りも一緒にやってしまうし！」

彼女には土竜たぬきとしての十分な素質があったのである。
そして迷うことなくその方向へと掘り進み、そして嗅ぎとった通りにミミズを捕まえたのである。
親たぬきも将来有望な娘の後を追って進み、そして気づかぬ内に罠に掛かっていったのである。

「つかまえたし…もうにがさないし…！」

うねうねとうごめいて抵抗するミミズを、次女たぬきは全身で覆い被さるようにして押さえつけることで捕らえていた。
追い付いた親たぬきはその頼もしい姿に再びの感涙を堪えながら適切な処置を教育する。

「お手柄だしちび…いつもお姉ちゃんがやってるみたいにミミズのはしっこの方を掴むし…」
「わかったし…」

ミミズの筋肉を無理やり伸ばして筋繊維を破断させ生かしたまま動きを封じるこのやり方は少しでも長持ちさせるために親たぬきが編み出した方法だ。
親から子へと有用な生活の知識を伝えていくのがたぬきの知性の持ち味なのである。

「しっかり握っておくし…ふん…しっ…！」
「たにゅにゅ…はなさないし…」 

一気に引き伸ばされたミミズは先程まで激しくのたうって抵抗していたのが嘘のように動かなくなった。
全身を動かすための筋肉が引き伸ばされて収縮出来なくなってしまったからだ。
あとは住処に持ち帰って木の根に吊るしておけば数日後には乾燥して保存食にすることが出来る。
食べ物が手に入らない冬への備えは多いに越したことはない。
思わぬ収穫に思わず親たぬきと次女たぬきのいつもはしょんぼりと垂れている口の端が持ち上がりV字を描いていた。

「ようし…それじゃあお芋に向かって出発し…」
「しゅっぱつし…」

再び掘り進もうとした親子はそこで比喩ぬきに壁にぶつかった。
掘り進もうにも変形させた手で掻くことの出来る土が目の前に存在しない。
代わりにつるりとした得体の知れない何かがあるだけだ。
地中は真っ暗で視界が存在しないため、周囲の状況確認は匂いと音、そして触覚に頼ることになる。
そしてそのどれもが親たぬきに最悪の状況を想定させた。

「まずいし…」
「ままどうしたし？すすめないし…」

親たぬきが先にすすめなくなってしまったことで真後ろに位置していた次女たぬきももちろん進むことが出来ない。
疑問を口にしたがそれはすぐに鬼気迫る表情になった親たぬきの声でかきけされた。

「ちび…！後ろに下がるし…！」
「わ、分かったし…」

有無を言わさぬ声色に次女たぬきはすぐにUターンしてもと来たトンネルを戻り始める。
だがそこですぐに開けたはずのトンネルの代わりにつるりとした得たいの知れない物体に阻まれてしまう。

「もどれないし…なにかじゃまなのがあるし…」
「あぁ…これ…やばいし…」

親たぬきの脳内には「罠」の単語が渦巻いていた。
人間の仕掛ける罠は独特の鉄の匂いがするためちびに先頭を任せていても余裕で対処できる。
その慢心が今のこの状況を招いていた。
人間は匂いのしない罠を仕掛けたのだ。
思えば先日に罠を解除した時、あの時を潮時としてやめていれば良かったのだ。
そんな後悔が一瞬浮かんだが、親たぬきはすぐに適切な行動へと移った。

「お姉ちゃん！聞こえるかし！？」
「あれ…ママどこだし…？」
「こっちに来ちゃ行けないし…人間の罠だし…！」

即座に二次被害を防ぐため残土の排出作業を行っていた長女たぬきに警告を飛ばす。
姿が見えなくなった親たぬきと次女たぬきを探して追ってきていた彼女はこの警告ですんでのところで罠に掛からず直前で止まることが出来た。

「罠…人間の仕業だし…！上から掘り出せば逃げられると思うし…お姉ちゃんお願いだし…！急ぐし！」
「おねえちゃんたすけてし！」
「わ、分かったし！すぐに行くし！」

親たぬきの判断と指示は完璧だった。
男の仕掛けた竹筒罠には外側からしか開けることの出来ない獲物を取り出すための蓋も取り付けてある。
親たぬきの言うとおり一旦地上に出て罠の地点を土竜たぬきの掘削能力で掘り返せば蓋を開けて捕らえられた二匹を解放することも出来ただろう。
だが親たぬきにも想定できない要素が今の菜園には散りばめられていた。
それは数日前に親たぬきが解除したはずのクリップ罠だった。
男は既に警戒されているであろうこの罠を侵入経路を限定させるために敢えて本道以外の地点に再設置していたのだ。
一刻も早く親たぬきと次女たぬきを助けるために穴を掘り進んでいた長女たぬきは、匂いで方向や危険を確認することそして罠が存在していることの確認すら疎かにしていたのだ。
掘り進んでいた土の感覚の中に妙に硬く、そして冷たい鉄の棒が混ざっていることを疑問に思う暇すらなく鋼鉄のクリップがバネの力で力強く挟み込まれる。

「ｵｷﾞｭｯ!?」

勢い良く閉じたクリップは長女たぬきの顎部分と胸元部分にがっちり挟み込み、圧力に脆弱なたぬきのもちもちボディに容易く食い込んだ。

「ｱｷﾞｷﾞ…ｹﾞｹﾞｹﾞｯ!?」

顎に食い込んだクリップはそのまま下顎の骨をごりごりと砕きながら喉を圧迫しつつ止まった。
たぬきの肉体の中でも骨はそれなりの強度を持つためここで止まったのである。
胸元に食い込んだクリップの方は幸運に恵まれはしなかった。
あばら骨を砕きながらその破片と共に肺の片側を破損させたのである。

「ｹﾞﾌﾞｼﾞ…ﾀﾞﾇ…」

言葉を発することすら出来ず、長女たぬきは致命傷を負い瞬く間に死へと転げ落ちていく自分自身をその瞬間には認識すらしていない。
急になにも感じなくなったと思ったら身体を動かすことも出来なくなったのである。

(あ…どうしてだし…ママと妹を守らないとダメだし…)

動かない手足を無理やり動かそうとした所で、その全身を満たしていた激痛はゆっくりと戻ってきていた。
土竜ならば即死していたであろうダメージを受け、未だに生命だけは保てているのはたぬきの無駄な生命力ゆえである。

(いだいじ…ま"ま"…だぬぎじにだくないじ…だずげ…じ…)

定まらない思考で親たぬきに助けを求めながら長女たぬきは苦しみの中地中に血を染み込ませながらゆっくりと冷たくなっていった。

「まま…おねえちゃんおそいし…」
「お姉ちゃんはきっと来るし…信じて待つし…それまでママと辛抱だし…」

竹筒罠に閉じ込められた二匹は最早助けなど望めないことなど知らず、手の変異を解いてお互いを励まし合うためもちもちを繰り返していた。
時間が経つ毎にもちもちをしている時間は長くなり、そして間隔も短くなっていった。
そうして、なにも出来ないうちに夜が明けたのである。



＊



朝、太陽が登るのと同時に男は菜園へとやって来た。
冬の訪れを感じさせる肌寒さをジャンパーとネックウォーマーでシャットアウトした彼は、早速前日に仕掛けておいた罠の状態を確認する。

「…こっちに掛かったか。」

まず目についたのはあくまで誘導用と考えていたクリップ罠が閉じられている様子であった。
ミミズを求めて支道を掘っていた土竜が偶然掛かったのだろう。
兎も角決着がついたのならばそれは良いことである。
男はクリップ罠の上部分を掴むとそれを地面から引き抜いた。

「これは…」

そうして出てきた獣の姿を見てその表情を無に変えた。
ぽたりぽたりと地面に死後時間が経ったことを示す赤黒い変色した血を垂れ流す、激痛に醜く顔を歪ませて絶命しているたぬき。
本来は土竜の死骸を入れるために持ってきた黒いビニール袋にたぬきの死骸を放り込み、男は大きく溜め息を吐いた。
しばらくぶりにたぬきなる異形の獣と全く関係ない通常の駆除業務に再び手を付けることが出来たと思い、内心男は安堵していたのである。
だが落胆は一瞬、男はすぐに思考を切り替えた。
たぬきが絡んでいるとなれば単独である可能性は低い。
急ぎ他の罠も確認しなければならない。

「最後はこれか。」

本道に埋め込んでいた竹筒罠の最後の一本を男は掘り出した。
他のものと違いこの竹筒罠はずしりと重い。
持ち上げるとすぐにあの甲高くおぞましい鳴き声が漏れ聞こえてきた。

「タヌッ！？動いてるし…！ちび！お姉ちゃんが助けに来てくれたし！」
「たぬきたちたすかるし…！」

中には二匹のたぬきがいる。
男は今日は土竜退治の予定でやって来たのでたぬきを駆除するためにいつも使っている槍やナイフ、ガスボックスは持ち込んでいない。
そのため土竜を仕留めるために使う予定だった方法をそのまま使うことになる。
筒をもって菜園が水やりのために引いていた水道の元へと向かい、置いてあるポリバケツに水をため始める。

「な、何の音だし！？」
「おねえちゃんどこなんだし！？へんじしてし…！」

助けが来たと思っていた二匹はそれが違うということを嫌でも理解せざるおえなかった。
そとの様子はまるで分からず、呼び掛けても待ち望んだ長女たぬきからの返答はない。
そして水がためられる轟音だけがその耳を叩いた。

「まま…！こわいし…！」
「大丈夫だし…ママが…ママが何とかするし…！」

恐怖のあまりたぬしっこを漏らしながら次女たぬきは親たぬきにすがり付いた。
親たぬきは自分自身の手足も震えていることを自覚しつつも子のため勇気を奮い起こしていた。
やがて水をため終わり男は蛇口を捻って水を止める。
轟音が聞こえなくなった親たぬきは意を決して外に声をかけた。

「あの…もしもし…？どなたか聞こえますかし…？聞こえていたら返事をして欲しいし…たぬきとちびがここにいますし…出られなくなっちゃったんだし…出して欲しいですし…」

男は筒の中からの呼び声に対し無言で竹筒罠を上下に激しくシェイクした。
たぬきとあれば勲章を確認しなければならないのがこの仕事の面倒なところである。
だが面倒くさがって確認を疎かにしてリポップを許してしまえば罠の通じないたぬきが誕生することになるのだ。
現状でさえリポップ現象発覚前に駆除された相当数の勲章持ちたぬきがたぬ害を撒き散らしているのだ。

「タヌーッ！？」
「ｷｭｩｰ!?」

親子揃って激しい上下運動に晒された二匹は頭や尻を激しく打ち付けて鈍痛に呻き声を上げる。
身動きがとれなくなっている間に男は素早く取り出し用の蓋を開けて内部の様子を確認した。

「い…痛いし…」
「やだし…やだし…」

子供をじたばたに巻き込まぬよう必死に尻尾を握ってじたばた衝動を堪えている親たぬきと、堪えきれずにもちもちぽこぽこと両手両足を激しく動かして親たぬきを叩いているちびたぬきが筒の中にはいた。
その胸に勲章の類いは存在しない。
つまりこのまま駆除してしまって問題ないということである。
男は躊躇無く竹筒罠を水の満たされたポリバケツに沈めた。
内開きの蓋から水が侵入し竹筒罠は下から徐々に水没し始める。

「ひっ！？み、水だし！ちび！尻尾を上げるし！濡れたら溺れちゃうし！」
「や！やぁ！やだしぃぃ！？」

親たぬきは穴掘りの経験から、時として雨などで貯まっていた水や水路にトンネルを開通させてしまった際には何よりもまず尻尾を真上に持ち上げて尻尾の水濡れによって身動きがとれなくなることを防ぎ脱出に移れるようにするのが重要であると理解しておりそのように行動し次女たぬきに指示も出した。
だがそれまでそう言ったことは経験の無かった次女たぬきは足元を濡らす水の冷たさに怯み、反応が遅れたのである。
その尻尾は一瞬で水を吸い全身から力がへなへなと抜けていくのを次女たぬきは感じた。

「しっぽも…ぬれたし…」
「ママに掴まるし！」

親たぬきはすぐにげんなりしょんぼりした次女たぬきを抱き上げて溺れないよう守ろうとした。
だが次女たぬき本体の重量に加え尻尾の吸った水の重さもあり持ち上げるのは困難である。
その上にパニックを起こした次女たぬきは持ち上げようと伸ばされた親たぬきの手をいやいやをするように拒んだ。
じたばたと同様これもまた本能に根付いた行動である。
だが次女たぬきは一秒でも命を長らえさせる可能性を自ら捨ててしまったのだ。
この時、水位は喉元まで既が上がってきている。
身動きすらとれず次女たぬきは顔を真上に向けて必死に水を飲み込むまいと抵抗をしている。

「おぼっ！？ぼごごご…」

だがそれも一、二秒が限界だった。
鼻と口から冷たい水は容赦なく次女たぬきの体内に侵入する。
肺に流れ込んだ冷水はすぐさまその呼吸に深刻な影響を与え、しばらくもがくような緩慢なじたばたをした後に次女たぬきは最後の息と命を同時に気泡として口から吐き出しそのままぐったりと水底に沈み動かなくなった。

「ちび…！」

最後まで次女たぬきを助けようとしていた親たぬきは動かなくなった次女たぬきを水から引き上げようと必死だった。
この瞬間にも水位は上がっており親たぬきの腰から上、つまり尻尾の付け根にまで達しておりとっくに尻尾は濡れている。

「あ…あ…だめだし…ちび…やだし…返事するし…！」

全身から力が抜けていくのを感じながら、親たぬきの脳裏にはこれまでのたぬ生の光景が高速でフラッシュバックしていた。
所謂走馬灯である。
一説には間近に迫った死の危機を回避するために脳内に刻まれた記憶の中から役立つ経験を洗い出しているのだという。
だが親たぬきのたぬ生の中には溺死を回避するための知識など存在しない。
濡れて水をたっぷりと吸い重くなった尻尾や毛髪は泳ぐことすら許さずにたぬきを等しく水底へと引きずり込むのだ。

(ち…び…そんな…ここまで折角頑張ってきたのに…ちびだって穴を掘れるようになったのに…こんなの…こんなのってないし…たぬきが何をしたし…！)

血中の酸素濃度が急激に薄れていくなか、親たぬきの最期の思考はこれであった。
全身くまなく水没し空気を出すまいと必死に引き結んだ唇の端からはしかしぷくぷくと気泡が漏れ出している。

(あぁ…せめて…あのこだけでも生きていけたら…たぬきは…たぬきは…た…ぬ…)

結局戻ってこなかった長女たぬきの無事を願いつつ親たぬきの意識は闇の中へと消え、最期には暗い水の中に力を失って漂うたぬきの死体が二匹分あるだけだった。



＊



たぬきを水に沈めてからたっぷり十分待機した後に男は竹筒罠を引き上げた。
獲物を取り出すために取り付けていた蓋を取り外して内部の死体を外へと出す。
大量に水を吸ってふやけた水死体となった二匹のたぬきがごろりと転がり出てきた。
二匹ともの頭を踏みつけて死亡を確認すると男は死骸を先程のたぬきを入れた袋に放り込み軽トラの荷台に積み込むと依頼人にどのように説明するべきかと頭を悩ませつつ罠の始末を始めたのであった。

「はぁ、たぬきだった？」
「ええ…どうも土竜のような変異を遂げた個体のようでして…駆除は済ませたのでご安心ください。」
「これで作物が荒らされなくなるならんでも構いませんが…」

一通りの状況を説明したのち、アフターケアとしてたぬきが掘っていたと思われる穴を真上から踏みつけたりして潰し男は帰路に着いた。
今回の依頼で出たたぬきの死骸は変異種である可能性が高いため研究機関へと提出する運びとなっている。
男の目から見ても実際に捕らえられた姿を確認するまで完全に土竜の仕業であると誤認するほどにこのたぬき達は地中生活に適応していた。
たぬきが死なない程度のストレス空間に長時間晒されているとその環境に適した変異をするというのは数多くの実例から今では通説とサレテイルガ今回もその例なのだろう。
男は溜め息を吐き、次の依頼こそはたぬきに関係ないものが来るように祈りながら町中へと消えていったのであった。