～ちびの苦悶～

「ちょっといいかし…？」
「なんだし…」
スラムの一角。
1匹のたぬきが、古株のたぬきに相談に来ていた。
「ゴミ捨て場でちびを3匹拾ったし……育てたいし…」
腕の中でスヤスヤを眠る3匹のちび。
「おぉ…可愛いし……わかったし…応援するし…」
「子育て部屋を借りたいし…いいかし……？」
「構わないし…スラムの仲間にも伝えておくし…」

＊＊＊＊＊

たぬきが『子育て部屋』と呼んだ場所は、スラムの奥まったところにある。
乱雑に置かれた廃材と、その上に被せられたビニールシートによって生まれた空間。おかげで、雨や鳥の襲撃を心配する必要が無い。
スラムで拾われたちびのほとんどは、ここで育てられるのが慣習であった。

親たぬきが、3匹のちびを地面の上に寝かせる。
　ｷｭｰ…ｷｭｰ…
目が覚めたのか、もぞもぞと動き出したちび達がたぬき玉を作る。お互いに触れ合い、ようやく落ち着いた。
「ふふ…可愛いし…」
しかし、いつまでも見てはいられない。このちび達はまだ生まれてから何も口にしていないのだ。
　ｸｩｸｩ…　ｷｭｰｷｭｰ!
早速、親たぬきに向けて空腹の訴えを始めるちび達。
「ちょっと待つし…」
ちび達の声に応え、親たぬきは尻を突き出して踏ん張り…

「タヌゥ…ウンッぅうんっ……ぉほっ……………ヴッフ」
ブリュブリュブリュ…！

親たぬきの尻からウンチがひり出される。あっという間に悪臭が立ち込めた。
「ふぅ…昨日と今日は腐ったネギを食べたから臭いがすごいし……さあ…ちび…」
戸惑うちび達を抱き上げ、そのままウンチの目の前まで運んだ。
　ｷｭｯ…!? ｷｭｳｩｳｳ……ｷﾞｭｰｷﾞｭｰ!
目に沁みる悪臭に、ちび達はのけぞって泣き叫ぶ。
「…たんとお食べし…」
　ｷｭｯ……!?
親たぬきからの信じられない一言に、ちび達が硬直する。
「ふふふ…ちび達は大人のたぬきのうんちを食べて育つんだし…」
　ｷｭｳｯ…ｷｭ…ｷｭｳｩｯ…!
イヤイヤと身体をモチモチさせるちび達に、それまで微笑んでいた親たぬきの表情が厳しくなる。
「…ワガママはやめるし。だいたいちび達にはまだ歯が生えてないし…虫も野菜も食べられないし…」

親たぬきの言葉に間違いはなかった。
たぬきには授乳という生態がない。したがって、栄養価はあまり高くないが、ちびは大人の柔らかい糞を食べて生き延びるしかないのだ。
ちなみに人間に拾われたちびの多くは、そういった生態を知らずに飲まされた牛乳で、下痢を起こして死亡する。ちびのうちは、そもそも消化できる身体になっていないのだ。

 ｷｭｳｩｩｩｩ… ｷｭｩｳｳ…
それでもちび達にとっては、目の前の『こんなモノ』が食事であるとは信じられなかった。か細く拒絶の鳴き声を上げ続ける。
「…さっさと食えし……ここには他にちびが食べられるモノなんて何もないし…」
親たぬきはそう厳しく言い放つと、あとはじっとちび達を見守ることにした。

　…ｷｭｩｩ…
結局、空腹には勝てず、折れたのはちび達だった。
実は美味しいのかもしれない…そう自分に言い聞かし、親を信じてウンチにかぶりつく。

　ﾇﾁｬｯ

　……ｵｴｯ
　ｵｴｯｵｴｯｵｴｯ …ｷﾞｭｯ ｵｴｯ ｵｴｯ…ｵｴｪｪｴｯｵｴｯ…ｵｴｯ
臭く、えぐく、全身が総毛だつ嫌悪感。先頭を切ったちびはすぐさま吐き戻し、何度もえづく。
顔面に付着したウンチを拭おうと、必死にもがく。

　ｷﾞｭｵｯ…ｷﾞｭｳｩｳ…ｵｪｪｪ
その横でも、同じく意を決して一口食べたちびが突っ伏して吐いていた。

　………ｷｭ………
最後の1匹は意地でも食べないと決めたのか、少しでも悪臭を逃れようと自らのシッポを抱き締め、そこに顔をうずめていた。

そんなちび達を親たぬきが叱った。
「こら…ちゃんと食べるし…お残しは許さないし…」
さらに食事を拒否するちびを、シッポごと押さえつける。
　ｷﾞｬｯ…ｷﾞｭｯｳ!
「まったく困った子だし……食べさせてやるし…」
自らのウンチを手に取り、ちびの口元に押し付けた。
　ｸﾞｷﾞｬｫ!
限界までのけぞり、呻くちび。
親たぬきはグリグリと口の中にウンチを押し込み、さらに吐き戻せないように手でふさいでしまう。
　ｳﾌﾞｯ…ｺﾞｷﾞｭｯ…ﾝﾌﾞｼｯ…
むせ返って鼻からウンチを吹き出し、白目を剥くちび。その喉がウンチを嚥下するのを確認し、親たぬきは満足げに微笑んだ。
「よし…それでいいし…」
卒倒寸前のちびの頭をウンチにめり込ませ、さらなる摂食を促した。

　ｷﾞｭｵｯ…
　ｷﾞｭｰｷﾞｭｰ…
親の厳しい態度を目にして震えあがった残りの2匹は、必死にウンチを食べ始める。
涙を流しながら、泣き声を上げながら。何も考えず、ひらすらウンチを喉の奥に送り込む。
「よしよし…ふふふ…いっぱい食べればその分大きくなるし…」

…2匹の頑張りの甲斐あって、徐々にウンチは減り、当初の半分程度までになっていた。

しかし、ちびの片方が、ついに限界に達する。

　ｵｴｯﾌﾟ…ｴｯﾌﾟ…　ｵｯﾌﾟ…ｴｯﾌﾟ…ｵｯﾌﾟ…ｵｴｯ…ｵｯﾌﾟ…
顔面を蒼白にして、お腹を大きく痙攣させる。ズリズリとウンチから離れ…
　ｵｴｯ　ｴﾚｴﾚｴﾚｴﾚｴﾚｴﾚｴﾚ………
滝のように大量に吐き出される、茶色のペースト。全部吐いてしまったのだ。
　ｷﾞｭ… ｷﾞｭｳ…
汚物の海でぐったりと横たわるちびに、親たぬきがため息をつく。
「……あーあー…食べ物を粗末にしたらダメだし……吐いた分も全部食べるまでゆるさないし…」
　ｷﾞｮｵｯ…!?
「甘えるなし…みんなこうして大きくなるんだし…」

…ちび達が生まれて初めての食事が終わったのは、それから2時間後だった。


＊＊＊＊＊＊＊＊


それからの日々は、ちび達にとっては地獄となった。
本来は最も楽しいはずの食事の時間。しかし、食べられるのはウンチだけ。
何も考えず、感じずに、ひたすら飲み込むしかない。
あとはひたすら眠り…そして起きると、また食事が始まる。

1週間後。

ちび達は、一回り大きくなっていた。最初に食事を拒否したちび1匹を除いては。

　…………ｷｭ……
全身の肌がどす黒く変色しつつあるちび。もはや自分のシッポを抱き締める力もなく横たわっている。
生まれた時からほとんど大きさが変わっていなかった。

「……このちびは、出来損ないだったし…」
もう5日間、何も食べていないのだ。
「たまに居るって聞いたし…ウンチを食べようとしないちび…」

親たぬきも知らぬ事情なのだが、このちびは、リポップ前は飼いたぬきであった。
飼いたぬきには、大人用もちび用もちゃんと餌が開発されており、流石にうんちを食べて育つということはない。
だが、弊害はある。
リポップしたときに野良たぬきとして生を受けると、リポップ前の記憶が邪魔をして糞食を受け入れられず、餓死してしまうことが多いのだ。

…翌日、このちびは亡骸となっていた。


＊＊＊＊＊＊＊＊


さらに一週間後。
残されたちび2匹の片割れにも、異変が発生していた。

　ｺﾞﾎｯ! ｷﾞｭｯ…ｷﾞｭﾎｯ!　ｷﾞｮﾎｯ! ｺﾞｯ…ｷｭｩ………

何度もせき込み、体力を消耗してぐったりするちび。
呼吸音もゼェゼェと雑音が混ざり、危篤であることは間違いなかった。

「大丈夫かし…頑張れし…いっぱい食べるし…」
親たぬきは必死にウンチを与えようとするが、そのたびに激しく咳き込み、飲み込むことができない。

このちびは、何度も何度もウンチを吐き戻していた。
その一部が肺に溜まり、肺炎を起こしていたのだ。

 ｷﾞｭｳｳｳｩｩｳｩｳｳ……ｷﾞｭｳｩｳｳｳｳｳｳ…
深呼吸しても楽にならず、その苦しみに涙するちび。

…このちびも、翌日に亡骸になっていた。


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最後の1匹も、生き延びはしたが、その苦痛は続いた。
何か悪いことをしただろうか。なぜこんなモノしか食べられないのか。なぜ…

この食生活から抜け出す方法は、たった一つ。

歯が生えるまで育つしかない。大量のウンチを食べて、少しでも早く。
そうすれば、他のモノを食べられる。
そして、歯が生えれば喋れるようになる。
親に訴えることができるのだ。ウンチ以外も食べたいと。


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そして、生まれて2か月。
身体の大きさが倍ほどになったちび。

またウンチをひり出そうとする親たぬきを見て、必死に口を開いた。

「………し…」

「…も……………やだ……し…」

「ほか……………の…たべたいし…」

懇願。

「……！」
喋ったちびに驚き、そしてニコリとなる親たぬき。

「ふふふ…ようやく喋ったし…いいションボリ顔になったし…立派だし…」
ちびから、子たぬきへ。ハの字になった両眉。苦悩に満ちた顔つき。
このションボリ顔こそが、成長の証であった。

「よしよし…このウジ虫を食うし…」

虫、生ゴミ、腐敗した人間の食べ残し。
…ようやくご馳走にありつける。
子たぬきは、涙を流して齧りついた。


end




ちびたぬき
子たぬきになれるのは一部。

子たぬき
大人になれるのはごく一部。




