
思いつきからの行動だった。
水を被せて大人しくなった野良のたぬきを吸水シートで包み込み、圧力をかけて水分を吸わせていく。
「…ﾐｽﾞ…ﾐｽﾞ…」
失われた水分を欲する言葉を聞き、たぬきのデタラメな生命力に舌を巻く。
意を決すると、重石を載せて圧縮する。
「……ｷﾞｭｴ……」
このまま数時間放置していれば、水分も余計な言葉も出て来なくなるはずだ。
出来上がったシナシナたぬきは出汁を良く吸うに違いない。
「うーん…いらんな、これ。捨てよ」
でも、捨てた。
食用に使えるかもしれないと思い実行したがよくわからないモノになってしまったので、捨てることにした───。


No.66「無味乾燥」


暖かくなってきて、実に散歩のしやすい季節になったものだ。
久々に公園に行ってみれば、何かを抱き抱えたちびたぬきが、えーんえーんしと泣いている。
その背後にはさらに幼いちびたぬきが3匹、震えて一塊に集まっている。
「まま…おなかすいたし…ままぁ…ｷｭｳｳ…」
「ﾏﾏ…ﾏﾏ…ﾄﾞｺﾀﾞｼ…」
「ｷｭｴｴｴﾝ…ｷｭｴｴｴﾝ…」
先頭のちびが抱えていたのは、萎びた鰹節の塊のようなものだった。


「どうしたの？」
暇つぶしに話しかけてみる。
状況を聞き出せるのがたぬきの良い所でもあり、悪い所でもあると思う。
「にんげんが“まま”におみずをかけたあと、アレにつつんだら“まま”がシナシナになっちゃったしぃ！」
ちびが指し示しているのは、吸水シートか何かだろうか。
「そのあとに“まま”をつつんだアレのうえに、おもたいやつをのせて、でれなくしちゃったし…ちびたちじゃどけれなかったしぃ…」
それにしても手順をすごい事細かに詳細に説明してくれるな、このちび。
そりゃそうか。
近くで見てたんだもんな。
助かる。
男はちびの話に頷きながら耳を傾けていた。
「あのにんげんはちびたちがないてもやめてくれなかったしぃ！」
それはそうだろうな。

「まま、シナシナになっちゃったし…」

「そのあとイナライって捨てられたしぃ！」

「イラナイならままかえしてしぃ！ちびにはひつようだしぃ！」

そうだね。
ごはん取れないもんね、ちびだけじゃ。
男は何も言わずに1番大きなちびが喚き続けるのを見据えていた。
親が処理される一部始終をしっかり見ていたのはこのちびだけで、残りは親がシナシナにされた事すら理解できていないらしい。
ただ鼻をヒクヒクさせ、ピスピス鳴らしているので親の匂いだけは感じて───けれども姿が見えないので余計不安になって泣いているようだ。
自らもまだ幼体でしかない1番大きなちびに、妹達を気遣う余裕などあるはずもない。


「ちょっと見せて」
こちらの呼びかけに1番大きなちびは恐れおののき、さらに強く鰹節の塊をぎゅっと抱き抱えてしまったのでそのまま観察する。
うーん、よく見てもたぬきってわからなかったけど、事細かに調べると縦長に圧縮されたたぬきとわかって気持ち悪いな。
なんで服まで萎れてんだよ。
そういえば毛皮みたいなものなんだっけ。
いやでも、髪の毛も圧縮されてるのおかしいだろ。
よそう。
…考えれば考えるほどおかしくなる。

しかしこのまま鰹節の塊みたいになった親を抱き続けていても、幼いたぬき四姉妹に待っているのは野垂れ死ぬ未来だけだろう。
どうやったのかは知らないが、せっかく春を迎えられたのだから生き延びられればいいのに。


「おしっこかけたら戻るかもしれないね」
試しに適当なことを言ってみる。
とっくに死んでいるかもしれないが、遺体はモチモチ感を取り戻すだろう。
お湯をかければ戻りそうだがすぐには用意できないし今この場で戻るところを見たかった。
水分が枯渇してこのような状態になっているのだから、水分を与えれば戻るのではないかという考えはあながち間違いでもないだろう。

「……みんな、やるし！」
思い至らなかったらしい大ちびたぬきは、光明を見出したように表情を明るくさせる。
「わかたし…」
「ﾔﾙｼ…」
「ｷｭｷｭｷｭ…」
後ろのちび達が姉の後ろから出ると地面に置かれた鰹節の塊を囲む。
パンツをずらし、発射体勢をとる。
「おしっこしー！」
「しー！」
「ｼｨｨｰ！」
「ｷｭｷｭｳー！」
親だったものは、四方からよってたかって尿を注がれていく。
しぼんでいた肉体に水分が充填され、みるみる膨らんでいくと───復活した親たぬきは意識を取り戻した。
ぶるっと身を震わせ、水滴を飛ばすようにジタバタし始める。
匂いが気になるから距離をとっておいて本当によかった。

「…ぷはぁ…し…！死ぬかと思ったし…」
なんで生きてるんだよ。おかしいだろ。
「ままー！」
「よかったしぃ！」
「ｷｭｷｭｳｳー！」
「ｼ…ｼｰ…」

「アッ…なんかくさいし…！？」
「ちび達がおしっこかけたからだし！」
「いっぱいしー！したし！」
「ｷｭｳｯ…！」
「ﾌﾞﾙﾌﾞﾙ…ｼ…」
まだ放尿を続けていた幼いちびが残尿を染み出させる。

「なんでそんなことするし…！？」
我が子らの暴挙に驚きながら、少し黄色がかった身体を嗅ぎまくる。
「クンクンし…クンクンし…クンクンクンクンし…くさいし…」
諦めて嗅ぐのをやめると、胸に手を当てて息を吐いた。
「でもまあ、よかったし…重石乗せられた時は死んじゃうかと思ったけど…生きててよかったし…」
感慨深く呟いた親たぬきだったが、自分達の排泄物にまみれた親たぬきのアンモニア臭に耐えきれず、ちび達はずりずりと後退りして離れていく。
親たぬきは不審に思いながらも寂しかったであろう我が子を想い手を差し出した。
「再会のモチモチするし…」
「モチモチは、しなくていいし…」
「まま、ｸｻｲｼ…」
「ｺﾅｲﾃﾞ、ｼ…」
「ｷﾞｭｴｴｴ…ｹﾎ､ｹﾎ…」

「え…どしたし…ちび達、ままの事キライになったし…？」
「ひっ…いいし…やめてし…！」
「さわらないでしー！」
「ｵﾈｴﾁｬ、ﾏｯﾃｼー！」
「ｷｭ…ｷｭﾜｧｧｧ！」
半狂乱になりながら駆け出した大ちびと中ちびは両手を振り回して泣いていた。
小ちび2匹がその後を追い、トテトテと走り去る。
ショックを受けてすぐには動けなかった親たぬきだったが、我が子の向かう先が公園の出入り口だとわかるや否や、歩き出して子供たちを追いかける。

しかし、仮死状態から復活できたとはいえ水分も栄養も摂れないままだった親たぬきは目眩によってふらつき、つまずいてしまった。
手を伸ばして呼びかけるが、1匹として止まる者はいない。
「待つし…ちび、そっち行っちゃだめし…」

一方、道路にぞろぞろと飛び出したちび達は出合い頭に迫り来るトラックの駆動音に驚いて立ち止まってしまった。
中ちびは路上でジタバタし始めた小ちび2匹を助け起こそうと身を屈めていた。

「あっ…し」
1番大きなちびが、かろうじて声をあげた。
どうしようもないと悟って、親たぬきにションボリ顔を向ける。
瞬間、黒い車輪に押し潰されて見えなくなった。

トラックは止まってくれなかった。
というか、角度的に近すぎて見えていなかったのだろう。
唸るような轟音にちび達の悲鳴も潰れる音もかき消されてしまい、赤黒い轍だけが残されていた。

あーあ。
せっかく親たぬきがシナシナ状態から戻れたのに、ちび達が死んじゃったよ。
でもたぬきを乾燥させるのは面白いな。
ちょっと色々準備してみよう───。

男はおしっこで復活した親たぬきには既に興味をなくして歩き始めていた。
起き上がり、トボトボと歩いた先の道路に散った赤黒いシミを前に呆然と立ち尽くしたままの親たぬきだけが残される。

その後、身体の水分をちび達のおしっこで補われてしまった親たぬきは、ちび達のおしっこ臭を形見として身にまといながら余生を過ごした。
当然だがおしっこ臭いせいで同族にはモチモチしてもらえず、新たなちびを拾ってもアンモニア臭に耐えかねて吐血して死んだり逃げ出したところをたぬきもどきに食われて死んだりした。
時折自身の体臭を嗅いでは、やだし…と呟きながら孤独なままにたぬ生を終えたのだった。


　　❇︎      ❇︎      ❇︎


「ｽｩ…ｽｩ…」
ベンチの下で隠れるように丸まって寝息を立てていたのは、1匹のちびたぬきだった。
身なりはボロボロで、辺りに親が見当たらない所を見る限り、捨てられたか親に先立たれたかが窺える。
目尻の端には涙が浮かんでいて、夢の中でも良い目は見れていないようだった。
かわいそうだな───。
そう思うと居ても立っても居られず、眠りについたままのちびを軍手に覆われた手で優しく持ち上げる。
そうして、ちびたぬきから聞いた手順を実行してみる事にした。


単にオムツなどの吸水性ポリマーを備えたもので包むだけではごわごわして不快なだけだ。
しかしどうやら水を浴びせてから包むと、吸水性ポリマーがたぬきの外側の水分を吸う際に身体の中の水分まで持っていってしまうらしかった。
「……ﾑﾆｨ……ｷﾞｭﾜｯ！？」
ペットボトルから注いだ冷水を浴びせかけられ、びっくりしてジタバタするちびをすぐさま吸水シートで包み込み、両掌で圧縮する。

「……ﾓｶﾞ…ﾓｶﾞ…ｷﾞｭ…ｩｩ…」
ジタバタもできず、シートの中でもがくように揺れるだけでろくな抵抗もなされていなかったが、次第に動きが小さくなっていく。
「できた…」 
シートを開いてみると、シナシナになったちびたぬきが姿を現す。
たしかに水分を持っていかれて圧縮されたように見えるが、生き物としてどうなんだろう。
科学的な根拠とか考証は専門外なので割愛する。
たぬきについて真面目に考察するだけ時間の無駄に思える。


耳をすませればまだ「ｷｭ…ｷﾞｭ…」と鳴き声が聞こえてくるので、重石を載せて1日放置した。
静かになった吸水シートを拡げてみれば、先日目の当たりにした鰹節の塊と同等のものが、そのままちびサイズで出来上がった。
振っても擦っても、何の反応もない。
自信がついたので、成体でもやってみよう。

1匹きりのシナシナちびがかわいそうなので、親1匹と5匹のちびから成るたぬき玉をションボリに作用する睡眠スプレーをかけてから同じように処す。
親子水いらずで過ごせてよかったな。
隣によそのちびを添えてやる。
これであの孤独ちびも寂しくないだろう。


一度成功してからは早かった。
手当たり次第、目についたたぬきを全てシナシナたぬきに作り替えていく。
ビジネスチャンスを感じたからだ。
これほど体積が変わるならば、保存するときはスペースの節約になる。
しかも死なないのが利点となるのではないかと考えた。
はじめから食肉用として飼育し、糞抜きを済ませておき必要な時にお湯や水をかければインスタントたぬきとして売れるんじゃないか───。
災害時の食糧にも使える。
シナシナちびを持ち歩いて水をかければ好きな時にいじめる事だってできる。
乾燥して細く萎びたたぬきを見ているとさまざまなアイディアが湯水の如く溢れ出す。
商談になると思った。
企業にサンプルごと持っていった。
冗談にされた。

たぬきの一定数の確保と食用にするまでのコスト面などの折り合いがつきにくいと丁寧に説明もしてくれたが、対応してくれた社員さんに『たぬきで食い繋ぐなんて人間そこまで堕ちたらおしまいですよ』と諭された。
その通りだと思った。
どうかしていた…。


　　❇︎       ❇︎       ❇︎


「なんだよ…役に立たねえな」
公園にいたたぬきをことごとく乾燥させ、山ほどリュックに詰め込んでいた。
リュックをひっくり返して、全てを河川敷にぶちまける。

山積みになった用済みどもをどうするか思案する。
「うーん…いらんな、これ。どうしよ」
公園はたぬきが居なくなって平和になったことだし、わざわざ戻すのも気が引ける。
河川敷に解放するか、このまま干物として埋めておくといつか未来に発掘されておもしろいことになるかもしれない。でも穴掘るの面倒だしな。徒然に考えていると、ぽつぽつと手や肩に触れる水滴に気がついた。

雨が降り出す。
突然の暖気と残っていた上空の寒気が合わさって作られた雨雲は分厚く黒く───この月で最も強烈な雨を呼んだ。
男は慌てて橋の下へと避難して、運べなかったシナシナたぬき達の推移を見守る事しか出来なかった。

では、たぬき達はどうなったかというと───。
水をかければ復活する適当な生態を持っていたので、放置されていた山積みのシナシナたぬき達といえば、その雨を真っ向から浴びて肉体が潤いを取り戻していく。

「ぶわっ…し…！？」
「な…なんだし！？」
「つめたいしー！」
「ｷｭｴｪｪｪ…！……ｪ…！」
「ﾏﾏｧー！」
「ぐる……じ…」
「や、だじっ…やだじぃぃ…」

水気を吸ってぶよぶよになり、無理やり意識を覚醒させられた戻したぬき達はビックリしてジタバタしているうちに───水かさの増した川に飲み込まれて漏れなく溺死し、流されていった。

オワリ