公園で子どもたちとたぬきたちが集まって遊んでいた。今日は鬼ごっこだが、日によって缶蹴りだったりだるまさんがころんだだったりする。
自治体から危険な遊具の多くが撤去されながらも、子どもたちとたぬきたちは知恵を絞り合って様々な遊びをやっている。
たぬきたちは子どもたちより頭一つ小柄なのだが、見た目にそぐわぬすばしっこさを活かして子どもたちと張り合っており、普段のションボリ顔と違ってなかなか楽しそうな笑みを浮かべている。
勿論こちらも道路公園課の市職員として子どもたちが遊べるよう最大限の配慮をしているのだ――その為に昼間から煩いだという老人や、子どものちょっと危険な遊びを過剰に心配して公園で遊べないようにしたがる過保護な親の愚痴を延々と聞かされるのだが。
ハァ、とついションボリした溜息を私が吐いてしまい、「大丈夫かし…？」と同じベンチに座っていたたぬきに心配されてしまう。
大丈夫だよと答えると、「そうかし…」と訝しげに言いながら、ぽてっとベンチから降りてそのたぬきも子どもたちの遊びに加わりに走って行った。

実際少し無理をしている部分はある。幼少期は危険な遊びをしてきたはずの無理解な大人たちから、子どもの遊びの自由を守るのは大変だ。
かと言って公園で遊べないようになったから子どもたちが道路で遊ぶなどとなると、危険から守る為の公園封鎖だったのが本末転倒で。
だからなのか、私は休日の殆どはベンチに座って子どもたちが楽しそうに遊ぶ姿を見守る。こうしていると、私がやってきた事が無意味じゃないと思えるからであり……。
「とりゃー！」「おっと危ないし…」
大きく漕いだブランコから飛び出して鬼から逃げようとし、しかし着地が失敗しそうな子を、私が駆けつける前にたぬきがもちっと受け止めた。
「ごめんねーありがとー」「どういたしまし…」
子どもたちの遊びを守っているのは私だけじゃない、共に遊ぶたぬきたちも彼らを気遣い、守ってくれている。それがまた嬉しくなり、私の決して面白いものではない仕事へのやる気が出て来るのだ。

ﾌﾟﾍﾟﾍﾟﾎﾟﾋﾟｰ…ﾌﾟﾍﾟﾍﾟﾎﾟﾋﾟｰ……
17時半を伝える気の抜けるようなラッパの音が響くと、「さよならだし…」「またねー！」「また明日遊ぶし…」とたぬきたちも子どもたちも皆手を振り合って帰って行く。
「おかーさん、今日は皆とたぬきたちと鬼ごっこして遊んだよ！」
「あらそうなんだ……」
楽しそうに今日あったことを語る子どもたちの母親の顔は訝しげだ。大人の多くはたぬきが見えていないのか、子どもの戯言だと思っているらしい。
何でも受け入れてしまえる子どもだから見えるのか、そして危険を予測出来ずに無茶をしてしまうのか。
頭が固い大人だから見えなくなるのか、そして現実だけを見据えて危機管理をするのか。
ならたぬきが見える俺は幼稚な子どもなのか、現実以外も受け入れられる大人なのか……色々、疑問に思う。
「あ゛～結構腰に来るし…」「今日は里からきのことどぶろくが届いたから、皆で集まって呑むし…」「せっかくなら公園おじさんもどうかし…？」
そして、たぬきら自身は子どもなのか大人なのか。子どもたちと遊ぶ姿は幼く見えるが、酒は飲むし、子どものように元気のリミッターが外れてない訳でもなさそうだ。
疑問に思いつつも、まだ若いつもりで居た俺はおじさん呼ばわりに涙を静かに流し、しかし呑みの誘いには乗ってたぬきたちの住むアパートへと向かった……。