春麗らかな天気の中、青々とした芝が一面に広がっていた
ここはカギカッコファーム
広大な敷地を誇る牧場は引退馬の第二の人生を支援する養老施設である
放牧されたヒツジやヤギの白い影に混じって、黒々とした体毛と隆々と発達した筋肉の大柄な影が1頭現れた
競走馬―――所謂サラブレッドだ
ヒツジやヤギ、さらにはニワトリもそこら中をうろつく中、黒鹿毛の馬は気にする風もなくゆったりと散歩するように歩んでいる
現役時代は「ブラック・モンスター」と恐れられた気性難の馬であったが、引退後にここで過ごすようになってからまるで人が…いや馬が変わったように大人しくなったのだ
自分より小さな動物たちに纏わりつかれていても、悠然とまるで保護者のように見守るように立っている
最近ではこの姿がインターネット上で話題になり、遠方からも見学客が訪れるほどだ

「ホリデー！　ご飯だぞ！」

厩舎員が飼い葉桶を持ってやって来た
中には干し草が山のように積まれ、好物のニンジンとリンゴも入っている
ゆっくりと飼い葉桶に向かう黒鹿毛の馬―――ホリデークワイエットと並ぶように小さな影が現れた

「ヴッフ…」

そこに現れたのは野生のタヌキであった
自然な環境に作られた牧場なのだから、こういった野生動物の乱入も日常茶飯事であった
とはいえ厩舎員はぎょっとした
ホリデーはヒツジやヤギなら一緒に暮らしてきて慣れているだろうが、見たこともない来訪者の存在にはどう反応するか―――？
しかしそんな厩舎員の懸念は杞憂に終わる
いつものように悠然とした態度を崩さず、足元に纏わりつくタヌキにじゃれつくように顔を寄せたのだった

「ヴッフヴッフ…」

ここはカギカッコファーム
ありとあらゆる動物を受け入れる楽園である




青々とした芝の上を、トボトボと歩く二つの影があった
二足歩行で体の構造は人間に近いが、指がなくモチッと丸い手足
獣のそれを思わせる頭部の耳とふっくらと毛の生えたしっぽ
軍隊の儀礼服を思わせる飾り付きの深緑色の服
そして何よりもこの世の全てに不貞腐れたような、薄目とへの字に曲がった口の、可愛いとも憎たらしいとも言い切れない不思議な表情
たぬき、と呼ばれる生命体である

「本当に大丈夫なのかし…？　ここって人間の住処じゃないのかし…？」
「大丈夫だし…ここは“ふぁーむ”っていう動物のお世話をする場所だし…だったらたぬきたちのこともお世話してくれるはずだし…」

ションボリ顔でトボトボと歩く2匹のたぬきは同じ森で生まれ育った姉妹のような関係だ
何をするにも一緒で、ションボリし合い、モチモチし合い、ジタバタし合い、食料を分け合い、うどんダンスを踊り合った
冬の凍えて眠れぬ夜には2匹でたぬき玉となって身を寄せ合い、ここまで生き延びてきた仲だ
2匹ならいつも辛いことは半分に、楽しいことは倍になった
だから片方が行きたいと言うのなら、ついていくのが道理だ

しばらく歩いて行くと、ファームの動物たちがたぬきを出迎えた
たぬきたちが住んでいる森の動物ともまた違う姿に、たぬきは興味津々である

「すっごい毛だし…たぬきの冬服より暖かそうだし…」
「ん？　たぬきとモチモチしたいのかし…？　タヌッ！？　やめるし！　たぬきの服は食べ物じゃないし…！」

ヒツジやヤギの群れを掻い潜り、その先でたぬきが目にしたのは黒光りする巨獣だった
威風堂々としたその佇まいに、たぬきでさえも圧倒される

「ふああ…し…凄くカッコいい生き物だし…」
「でっかいし…人間よりもデカいし…」

見上げんばかりの巨体と隆々とした筋肉、艶のある黒毛は神々しくさえもある
たぬきとは似ても似つかず、モチモチさの欠片もない生物であるはずなのに、たぬきたちは何故か強い親近感を覚えた
もしかしたらこの動物こそがここを治める王なのではないか？
たぬきの思考回路は一つの答えを導き出した

「ふぁーむの王さま…どうかたぬきたちもここに住まわせてくださいし…」
「森はごはんが少ないし、怖いもどきもいるし…どうかよろしくお願いしますし…」

黒鹿毛の馬にペコペコと頭を下げて懇願するたぬきたち
そんな異質な連中にも相変わらず泰然自若としているのだからやはり大した馬である

「駄目って言わないからきっといいんだし…ありがとうございまし、王…！」
「王(オサ)！　王(オサ)！　し…」

何も言わず何もしてこないのを勝手にそう解釈したたぬきたちはくつろぎ始める
それを見つけた厩舎員がやって来て、たぬきたちを咎めた

「こら！　ここはファームの敷地内だぞ！　野良たぬきはさっさと森に帰りなさい！」

変な病気を持っていてファームの動物たちに移されてはたまらない
そう抗議したがたぬきたちの態度は予想に反してふてぶてしかった

「人間のくせにやかましいし…王がここに住んでもいいって許可してくれたんだし…」
「そうだし…王の決定に逆らうのかし…？」
「はぁ？　王？」

腕を組んでふんぞり返り、眉を吊り上げた偉そうな顔でそうのたまった
たぬきたちはどうもホリデーをこのファームの主と勘違いしているらしい
確かにインターネット上では「ヒツジの王」なんて呼ばれて愛されているが、本当にそういう訳ではない
ましてや我々人間を支配しているはずもない
なんとか誤解を解こうとした時、たぬきがホリデーの足元に居るタヌキを見ると、急に顔を青ざめさせた

「ヴッフ…」
「「もっ…もどきだしぃぃぃぃぃ！」」

もどき
正式和名たぬきもどき
たぬきを四足歩行にして、服を脱がせて毛むくじゃらにしたような、これまたたぬきに劣らぬ怪生物だ
もどきとは言うがたぬきなんかよりもよっぽどタヌキに似た生物で、たぬきに対してだけ非常に獰猛で、たぬきを好んで捕食するたぬきの天敵である
人間すら長年タヌキとムジナ(アナグマ)を混同してきたのだ
たぬきの頭ではタヌキともどきの区別などつかなかったのだろう

2匹は手足を上下に激しく振りかぶるたぬき独特の反射運動―――所謂ジタバタを始めた
するとその奇妙な動作やたぬきの泣き声に驚いたタヌキはサッと走り去っていった
もちろん本当にもどきであったならジタバタしている間に2匹とも食われているだろう

「あっ、もどきが逃げていったし…」
「きっと王の威光に恐れをなしたんだし…流石し…」

そうとも知らない2匹はタヌキに代わってホリデーの足元に纏わりついた
この王の下にいれば、「ふぁーむ」に住まわせてくれるしもどきからも守ってくれる
そんな自分たちの守護者に親愛の証としてモチモチをしてやろうと考えたのだった
そして1匹がホリデーの後脚にモチモチしようと近寄り―――

「おいっ馬鹿よせ！」
「しっ？」

その瞬間、跳ねた後脚がたぬきの体を蹴飛ばした




空気が破裂したかのような鋭い轟音が鳴り響き、たぬきの柔らかい肉体が勢いよく吹っ飛ばされる
そのまま地面を弾むように10数mほど転がってようやく停止した

「あああぁぁぁぁぁ！？　なんてことをするんだし！」
「そりゃそうだろ…」

片割れのたぬきが叫びながら吹っ飛んだ相棒の下へと走って駆け寄る
厩舎員も様子を見に行った
馬の後脚による蹴りは400～500kgにも達し、死亡事故も少なくない
だがたぬきの肉体はモチモチしていて、打撃には強いと聞いたことがある
もしかしたらションボリ顔でケロッとジタバタしているのかも―――

「ごォぶッ！！！」

そんなことはなかった
蹴られたたぬきの頭と胴体の境目は、くっきりと蹄鉄の形に陥没していた
たぬきの体は全身をピンと弓なりに伸ばした不自然な状態で硬直しており、まるでうどんダンスを踊っている最中のようだ

「ごォ～～～！　ごォおオオ～～～～！」

目を見開きながらおかしなイビキをかき始める
恐らく喉が完全に潰れて、呼吸困難を起こしているのだろう
頸椎にも深刻なダメージを受けたようだ
除脳硬直のままビクビクと痙攣している

「うぅ～～～うぃぃィィィ～～～ぃィぃ～～～」
「しっかりするし…ほら…モチモチするし…ビクビクじゃないし…モチモチ…しぃ…」

もはや手の施しようのないたぬきに縋って、片割れたぬきが必死で勇気づけようとしている
だが無情にもそんなたぬきの思いは通じず、蹴られたたぬきは間もなく絶命した
死亡後も肉体だけが反射でビクンビクンと痙攣を続けていて、それをまだ生きているものと勘違いしていた

「くさいし…お漏らししちゃったし…？　大人なのにお漏らしなんて笑われちゃうし…早く起きてし…」

仲間の死骸のスカートやパンツに小便のシミが広がっていくのにも構わず、呼びかけを続けるたぬきに見かねた厩務員が死骸からたぬきを引き離した
その頃には痙攣も収まっており、たぬきはようやく親友の死という現実を認めたのだった

「うぅぅぅ…やだし…やだしぃ…うわぁぁぁぁん…！　たぬきの友達…死んじゃったしぃぃぃ…！」

長年連れ添った親友の亡骸を前にさめざめと涙をこぼすたぬき
厩務員も流石にたぬきが気の毒になってきた
「一緒に弔ってやろう」と提案しようとしたが、たぬきは背を向けると両手両足で地面をポヨンポヨンと弾むように逃げ出した

「こんなたぬき殺しのケダモノの巣窟になんか居られないし…！　森のたぬきのおうちに帰るしぃ…！」

4つ足移動はたぬきが追い詰められた時に行う行動だ
普段は人類のように2足歩行で生活することに妙な誇りを持っているたぬきだが、身の危険が迫ってなりふり構わない状況では腕も使って4つん這いで動物のように走る
それでも犬や猫に比べると鈍足この上ないが、2足歩行時よりは俊敏に移動できるのだ

「おーい！　そっちに行っちゃ駄目だ！！」
「人間の言うことなんて聞かないし…あっかんべーだし…」

厩舎員の制止も無視して、4つ足で芝を駆け抜け牧場を横断しようとするたぬき
振り向きざまにモチモチの手で器用にショボショボした片目を開き、舌を出して挑発する
だから眼前に迫る脅威に気付くのが遅れてしまった

「し…？　なんか地面が揺れてるし…地震かし…？」

ドカッドカッと地面を叩きつけるような轟音と振動を、勘の鈍いたぬきでもようやく知覚した
そしてふと影が差したように視界が暗くなり、今日はいい天気なのに何事かと見上げてすぐ目の前に蹄鉄が見えた刹那、たぬきを衝撃が襲った

「おキ゛ゅッ！！！」




「止まれブロン！！　止まるんだ！！」

厩舎員の必死の制止でようやく白い馬体がランニングを止めた
先ほどの黒鹿毛のホリデーよりも大柄な葦毛の馬、メグロブロンソンである
急いで駆け寄ると、500kgをはるかに超える恵体のブロンの前脚に踏み潰されたたぬきの額が、くっきりと蹄鉄の形に陥没していた
原型を留めたままで、破裂して血肉が飛び散らなかったのはモチモチの肉体の成せる業か
しかし肝心の内部を保護するにはまるで力不足であり、たぬきの頭蓋骨はビスケットのごとく粉々になり、脳髄はイチゴジャムのようにめちゃくちゃに破壊されていた

「ぐじじじじじぃ～！　し゛し゛し゛し゛し゛し゛ぃぃぃ～！　いいイイぃぃぃぃ～～～～！」

血の混じった泡を吹きながらセミの鳴き声のような唸り声を上げるたぬき
いつもはショボショボと細められた目は見開かれて血走り、への字に曲がった口は歯茎を剥き出しにして食い縛られている
そんな狂貌のままジタバタを繰り返しながら痙攣している様は、あのションボリ顔の生物とはとても思えない

「ぎっづっね！　ぎっづっね！　ぎっづっね！　ぎっ！　ぎっ！　ぎづっ！　ぎづづづづづづぅ～～～～！　ぎぎぎぎギギギィッ！」

するとすっくと立ち上がって痙攣したまま体をモチモチクネクネと動かし始めた
最後に残った本能がうどんダンスの振り付けをリピートしているようだ
しかしそれは壊れたテープレコーダーのごとくノイズまみれで歌詞も振り付けもめちゃくちゃで、挙句の果てには漏れ出た小便がパンツからにじみ出ている
やがて地面に突っ伏すと先ほどの相方のようにエビ反りになって激しく痙攣し出した

「うっ！　うっ！　うっ！　う゛っ！　う゛っ！　う゛っ！　…ゥ！　…ゥ！　…ゥ！　…ゥ！　…ゥ！　………う゛イ゛ぃっ！！！」

そして狂った獣のような断末魔の唸り声を上げると、最後に一際大きく痙攣してたぬきは絶命した
弛緩してだらりと開いた口からポロっと小さな肉片が転がり落ちた
最期の痙攣の時に噛み切った舌であった

「なんとかを邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちる…か」

厩舎員は大きくため息を吐いた
のどかな牧場はあっという間に2匹のたぬきの惨死体が転がるスプラッタ現場と化してしまった
引退馬の養老牧場という命を大切にするための場所で、こんな惨事が起こってしまうとは…
なお加害者である2頭の馬は気にした風もなく、2頭で仲良く飼い葉桶の中のご馳走を堪能している
普段は穏やかな2頭ではあるが、タヌキとのじゃれ合いを邪魔した上に気安く触れてきたり、ランニングの邪魔をしてくる不埒者には容赦する理由などない
ただただたぬきの不注意が招いた事故だ、責任は一切負いかねる
そう結論付けて2匹の死体を片付けようと厩舎からゴミ袋を持って来た時には、たぬきの死体は忽然と消えていた

「…おいおい」

牧場の外れを見ると先ほど逃げ出したタヌキとその仲間がたぬきの死体を咥えている
雑食性のタヌキにはたぬきの屍肉もご馳走なのだろう
勝負服を引き剝がすと、モチっとした腹を食い破って新鮮な内臓から食べ始めた

ここはカギカッコファーム
ありとあらゆる動物を受け入れる楽園である




ホリデークワイエット　
アメリカ生まれの競走馬　牡馬、黒鹿毛
ケンタッキーダービーを始めGⅠ6勝、エクリプス賞、年度代表馬にも選ばれた競馬史に燦然と輝く伝説
日本に渡ってからは種牡馬としても大活躍する
凄まじい気性難だったが引退してからすっかり大人しくなった
メグロブロンソンとは大の仲良し


メグロブロンソン
名門メグロ軍団の一角を成す競走馬　牡馬、葦毛
スタミナに優れたマイラーで、天皇賞(春)連覇という快挙を成し遂げた名馬
現役時代から食い意地が張っており最近太り気味
ホリデークワイエットとは大の仲良し